●リプレイ本文
●地上
トンネルの入口は午後の陽光を受けて明るく、暗い影で染められた内部とは対照的だ。
「地上はいい‥‥美味い飯がある!」
背後からは味噌の匂いに後ろ髪引かれる想いを抱くリュイン・カミーユ(
ga3871)が呟く。
作業員は万一に備えて控えており、避難はしていない。依頼の結果によって変化があるものの、次の業務は決まっているからだ。
採掘された石炭を運び出すベルトコンベアーの軌道は停止しており、坑の内部は強固なシャッターが下ろされ、さらにバリケードが築かれている。
社長の箱田の指示によるものであり、キメラ退治は腕の立つ能力者に任せると決め込んでいる。
「お堅いことをいいやがる」
御影・朔夜(
ga0240)は灰皿で煙草の火をもみ消す。壁面には火気厳禁に続いて、坑内禁煙の文字が大きく掲げられている。
会社側との折衝を行ったのは、白鐘剣一郎(
ga0184)と美海(
ga7630)、そしてリュインの3人であった。
「青色の装備品は自由に使ってもいいんだって」
と美海が大抵の装備は心配しなくても良いと一行に伝える。
青色はゲスト用の色であり、役職やベテラン、新米が判断できるように坑内で必要な装備は色分けがされている。
また、ガスの測定機は区画毎に設置されており、坑内の地図も同様に設置されているため必要なときに確認ができる。
また、地下の岩盤は固いため、少々の戦いでは落盤事故は発生しないだろうと言うことだ。強力な攻撃があらぬ所に当たれば話は別らしいが。
「キメラ相手に存分に暴れられる場所はなさそうだな」
剣一郎が首を左右に振りながら言う。エレベータホールの周囲が少し広めである他は、10m四方程度の空間しか無いようだ。
その上、キメラの出現で発生した地下水の排水ができておらず、水没している区画があり、正確な水没区画が把握できていないという。
「あっあと、火気には注意してくださいだって」
火気については、炭塵爆発の危険や作業用のダイナマイトへの引火についての懸念からとの事。
美海の言葉に、朔夜の表情が曇る。
(「可燃ガスが噴出しているとも考えにくいし、だいじょうぶだろ」)
不安を振り切るように朔夜はそう思うと、小銃シエルクラインの銃身に視線を移す。実際に撃つまでは何が起こるかはわからなかった。
ファルロス(
ga3559)や、剣一郎も銃を持ち込んでいたが、可燃ガス以外の危険性については想定していないようだ。
「楽しませてくれる相手だと嬉しいんだけど」
「北海道のキメラはでっかいどー」
鯨井昼寝(
ga0488)が強気な笑みを浮かべて言うと、リュインがなにげに洒落で返す。
そんな2人の狭間で、
「百足は虫ではありません、百足は虫ではありません‥‥百足は蛇の親戚です。て、訂正はしないで下さい!」
虫が大の苦手である石動 小夜子(
ga0121)は自らに暗示をかけるように呟いている。
「その通り、デカブツ退治は乙女の浪漫だし!」
「そうだな、早く片付けて、石狩鍋か鮭親子丼だな!」
どこまでも強気なリュインと昼寝の様子に小夜子も気が楽になったかもしれない。
そんな様子を見ていた漸 王零(
ga2930)がクールに、そして淡々と、キメラ退治の段取りをまとめる。
「こんなところか?」
示された内容はA、B、Cの3班構成で、索敵の効率化のため、A、Bが2手に分かれ坑道を捜索。Cが脱出路の維持を行うという内容である。
方針として、なるべく単独の班での戦闘は避けABが合流して戦うようにするらしい。
不測の事態への対策に不安を残しながらも、一行は王零の言葉に概ね同意し、地下の現場を目指して、エレベータへ乗り込むのだった。
●坑内へ
『ポーン』
エレベータが目的地到着を示すアラーム音を響かせる。
坑内図に描かれた断面図よるとキメラの出現した18番坑道は採掘中の最も新しい層であり、最下層。水平図によると左右に2本の道がとおっている。左右に分かれた道は平行に延びているが、完全に分断されている訳ではなく、相互を連絡する通路が所々に作られている。
エレベータの周囲が他の場所に比べて比較的広いが、ダイナマイトの保管室や機械室も隣接している。
「本日は後詰ではありますが、粉骨砕身頑張るのであります」
美海がそう言うと周囲の確認をはじめる。エレベータホールの周辺を後方の拠点として使えないかと考えての事である。
「ヒィィィッ! む・虫ッ! ‥‥いや違うみたいですね」
叫ぶ小夜子の足下にはめちゃめちゃに破壊されたムカデ型ロボットの残がいが転がっている。
周囲を見渡すとキメラが一暴れしたらしく、破壊の爪痕が生々しい、キメラの足跡は左右の両方に残されており、どちらに向かったかは分からない状況だ。
「落盤の起きた地点や地下水の出た地点を確認しておくべきかな?」
剣一郎が戦いの後のことも考慮にいれて言う。剣一郎の懸念はキメラが地面を掘り進むタイプのものではないか? の一点であり、その懸念はある意味で的を射ていた。しかし、地底の岩盤は極めて固いものであり、今回のケースではキメラが掘り進んだものではない。
「よし、そういうわけで出発だ」
リュインがメンバーに促すように言うと、同じくB班のファルロス、剣一郎が続く。
「それじゃ、私たちもゆきましょう!」
と、昼寝が言うと、朔夜と王零が無言で頷き、A班も探索を開始する。
「「いってらっしゃ〜い!」」
小夜子と美海の声が背後から響いた。
●落盤現場へ
坑内の区画を繋ぐ通路には破れたカーテンがぶら下がっている。キメラによって破かれたと思われる。区画ごとに空気の状態を示す測定機が設置され酸素濃度、ガスや炭塵の状況がモニターされている。坑内電話も設置されているようだ。脇には黒板が置かれ、業務上の連絡事項が書かれている。
「あれが測定機じゃないのか?」
「いや、俺は機械のことは知らん」
リュインの言葉に剣一郎が肩をすくめて応える。ファルロスも関心がないと言った様子である。計器の数値は空気の状態は安定してることを示してた。
B班の一行が進むと水の流れる音が聞こえはじめる。さらに進むと道は水没状態であり、先に進むことができなかった。落盤の現場から流れでた地下水が坑道に溜まっているのだ。
「外れかっ!」
一行が振り向いた刹那、照明が赤色に変化し、炭塵爆発の警報と避難勧告のアナウンスが流れ始める。
●遭遇
カツ、カツッ‥‥。
音の無い空間に歩を刻む足音だけが響く、A班の誰もが声一つ出さずに、敵の気配を探っていた。
昼寝が予測したように確かにキメラの移動の痕跡は残されていたが、その痕跡は途中で途切れ、或いは脇道に入っており何処に向かったのかは特定しにくく、所々に残された天井の破壊痕も判断を迷わせる。
サワッ‥‥ゴゴッ
「う、上ッ! 」
昼寝が叫んだときには、キメラは真上から3人に襲いかからんとする所だった。
「――そう言う姿をしていたか‥‥ッ、やはりと言うべきか‥‥」
すでに見たことがある何かに似ていると感じた朔夜はひどくつまらなさそうに言うと、シエルクラインを放つ。
パキュン! キュイン! カンカン!!
「!!」
思わぬ方向から飛来した弾丸が昼寝の頬を掠める。跳弾である。
放たれた弾丸はキメラを捉え、確かにダメージを与えた。しかし、外れた弾丸の一部が岩盤に命中し通路の中を反射して飛び回っていた。
「さぁ、グランギニョルの開幕だ。汝に許されるは我を恐れその命果てるまで踊り狂う事のみと知れ!!」
銀色の頭髪をなびかせた王零はそう言うと、蛍火を振り下ろす。薄暗い坑道に赤いフォースフィールドの輝きと其れを突き破る淡黄色の閃光が相互にスパークする。そして刃は赤い輝きを打ち破る。
『イギギャギャッ!!』
キメラは形容しがたい叫びのような音を響かせると僅かに後退する。しかし、すぐに鎌首をもたげ敵意を露わにする。
「オーケー、そうこなくっちゃ嘘よね!」
昼寝は沸き立つ闘志を抑えながら、敵の様子を観察する。
顎部の巨大な牙に無数の鋭い爪のついた脚。全身凶器のような敵である。頭部の2本の触覚と左右の複眼から恐らく視界に死角がないと思われる。A班の一行は頷くと後退を始める。最も広い場所‥‥エレベータホールを目指して。
そのころ測定機の示す炭塵とガスの値は急激に上昇し始めていた。
●エレベーターホール
「こうしておけば、敵が現れてもすぐに分かるのであります」
美海はそう言いながら空き缶を地面に並べてゆく。
「なんだか、右側の坑が騒がしいような気がします」
2人しか居ない状況でキメラに襲われたら助け呼ぶしか為す術がない。そう思っていた小夜子が不安げに呟く。
『ポーン! 炭塵爆発警報! 作業を直ちに中止してください。 ポーン! ‥‥」
空気中の炭塵の濃度が危険な状態になった事を示すランプが灯り警報のアナウンスが流れる。
キメラを誘導するためのヒット&アウェイの戦法が炭塵を空気中に舞い上がらせ、急速に爆発の危険性を高めていったのである。
警報とは本当に危険になる一歩手前で示されるものであるため即座に爆発につながるものではない。
「え? 美海さん、これって‥‥」
刹那、A班の3人がホールに駆け込んでくる。
そして、その後ろから『ゴゴゴゴゴ』という音が聞こえてくる。
●合流
ズガガーン!!
巨大なキメラの身体がホールの壁面に激突し、土煙が舞い上がる。
「遠慮するな、悪評高き狼の爪牙――余さず喰らっていけ」
朔夜は黄金の獣瞳に漆黒の燐光を帯びた姿で、狂気の籠もった銃弾をたたき込んでゆく。
警報の鳴り響く中、銃声が響く。
「ぐぁっ!」
そして、次の瞬間、振られたキメラの尾部ではじき飛ばされる。
キュイン! バシュン! ガリガリッ!!
刹那、換気装置が異音を立て停止する。跳弾が装置内部に飛び込んで機能を破壊したのだ。
同じ頃、キメラの動きを見きった昼寝が凄まじいスピードで迫りシュナイザーを振るうと頭部から触覚が切り放され宙を舞う。
思わぬダメージに身をよじらせるキメラ。
「みなさん! はやく避難しましょう!」
状況の危険を察知した小夜子は胴体関節部に刀を振り下ろしながら強い調子で言う。
しかし、キメラは依然健在だ。
「待たせたな! 天都神影流『奥義』白怒火!」
全身を淡い黄金の光で包まれた剣一郎が修羅の如き形相を浮かべ、月詠を振るうと浮かび上がるフォースフィールドの閃光をものともせずにキメラの腹部に深い傷を刻みつける。
戦いの影響で爆発の危険はさらに高まり、警報は避難勧告から総員避難の命令へと変化していた。
「いい加減、これで決めさせてもらう」
ファルロスの放った矢が頭部に突き刺さる。
「滅多に出さん手だが大サービスだ、光栄に思え!」
漆黒の爪が首をもたげたキメラの腹を切り裂くと緑色の体液が吹き出し脊椎のような器官が露出する。
猛烈な速力でキメラとの距離を詰めたリュインが加えた一撃であった。虫の息となったキメラが後退を始める。
いつ爆発が起こってもおかしくない抜き差しならぬ状況である。
「みんな! 走れ!」
リュインが避難を促す。
「逃がすワケ‥‥ないでしょうがッ!」
昼寝の声が響く。
判断が錯綜する中、能力者達の最後の攻撃が実施される。
最後の集中攻撃を受けたキメラの身体は遂に真っ二つにちぎれ‥‥崩れるよう倒れるのだった。