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「自分今ハインドで飛んでるんですよね?」
眼下の風景をを紫藤 文(
ga9763)が見ている。
「珍しいのかい? あんたらのKVの方がよっぽど立派ににみえるがね」
ドロナワが気さくに笑う。ちなみにハインドの機齢はおよそ20歳、年代物である。
「うわー綺麗なところですね!」
窓の外の風景を堪能しているのはフィオナ・フレーバー(
gb0176)である。彼女の『協力してくれるのか?』といった質問などに、『頼まれれば考えるよ』とドロナワは軽く応える。実際は何でもできると言うわけではないが、努力はするらしい。
機体が前進を停止し、空中に位置を留める。ホバリングである。
数キロ先の前方に円の軌跡を描くように、集落の上空を飛行するハーピーの影が見えた。
「さてどうしたものでしょうか?」
アルヴァイム(
ga5051)が、戦いに適した地形や敵の数を確認し予測を立てる。残念な事に大型のハーピーの姿は見えない。
「はっは、故郷の味覚を守るためにも、一丁気合をいれていくとしますか」
稲葉 徹二(
ga0163)もまた、有利に使える地形がないかと軽く確認するが、着陸地点がきまらずに、確認ばかりが続く。
「囮班がハーピー達を誘き寄せ攻撃班が殲滅するという流れでしたよね?」
ミンティア・タブレット(
ga6672)が念を押す。
「稲葉さんと緑川さんとでトリオ組んでハーピー達の注意を引き付けるんだよ」
筍・佳織(
ga8765)が言う。一行が立てていた作戦概要は攻撃班と囮班に分かれるものだった。囮が戦いやすいところへ敵を誘導して戦えば、現地の施設や漁場への戦禍を食い止められると考えたからだ。
「空から見えにくい所は無いかしら?」
フィオナが口を開く。だが、周囲に身を隠せる地形は見あたらない。海に面した集落は防波堤の内側に港湾施設、水産加工場、そして民家が軒を連ねている。周囲には傾斜の少ないなだらかな斜面が続いている。
(「頻繁な移動は敵の注意を引いてしまいますね」)
水上・未早(
ga0049)は思う。しかし、ヘリで集落に接近すればたちまち敵に気づかれるだろう。
アルヴァイムの観察によると、どうやらキメラの一部に施設の中に入り込んでしまっているものもあるとの事。
「住民の方々はどうされているのでしょうか?」
過去に思い巡らせた文が犠牲者を出したくない‥‥そんな気持ちを込めて呟く。
徹二も街に被害を与えないようにと強い思いを抱いている。
事前情報によると住民のシェルターへの避難は完了している。しかし、未来永劫の安全が保証されている訳ではない。食料や水が尽きた後に起こる事態は想像に難くない。
「ハーピーの完全な排除に全力を傾けなければいけませんね」
人の暮らす地域での任務で、キメラの討ち漏らしがあれば、あらたな被害を発生させてしまう。未早が言うことは尤もであり、キメラの退治においては最も重要な事である。キメラの討伐は表面的な結果であり、真に目指すべきは依頼者の利益であるからだ。
「海の至宝、ウニを荒らす憎きハーピーは殲滅すべきです」
ミオ・リトマイネン(
ga4310)が淡々とした口調で言う。
「大型種だけが何らかの歌声を使用するようだ。注意すべきは上位種の能力だ。初撃において全力をもって上位種を撃破、その後にほかのハーピーを各個撃破する」
このまま時間を費やす訳にはゆかない。緑川 安則(
ga0157)が情報を元に上手く行けば効果的であろう作戦を纏める。懸念が大型種の出方が全くの不明であることであるが、スピードは重要なのだ。
「ハーピーねえ? 上空の敵は、やりにくいんだよな? やれやれ」
神無月 翡翠(
ga0238)が軽い調子で愚痴をこぼした刹那、ハインドは高度を下げながら集落から少し離れた空き地を目指す。間もなく、通信機の雑音が激しくなり、使えなくなった。
「気づかれたようだね。さぁ、気張ってゆくんだよ!」
二羽のハーピーが集落の上空を離れハインドに向かって来る。
地上には先の戦闘で撃ち落とされたハーピーの残骸が転がっている。
死骸の存在はハーピーが進出してくる範囲であることを意味しており、戦う場所の参考になるだろう。
●戦闘
機体が揺れる。ガドリング砲の乾いた発射音が響く。接近してきたハーピーがはじき飛ばれる。
ハインドの両脇の扉から攻撃A班のアルヴァイム、未早、フィオナ、攻撃B班の文、ミオ、ミンティア、翡翠達が素早く左右に分かれて走り出す。そして、囮班の3人を下ろすために機体を前進させる。
「初撃において大打撃を与えることが重要だな」
安則はそう言うと、ドローム製SMGを抱えて素早い動きで駆け降りると、徹二と佳織が後に続く。事実、安則の攻撃力はナイトフォーゲルに匹敵するものがある。
「どうやらおびき寄せるまでも無いようですよ」
徹二の目線の先には続々と迫るハーピーの群れがあった。
「あたしは動く壁ってね! 簡単には崩させないよん?」
壁というわりには出っ張りが大きいだろとツッコミが入りそうな台詞を言い放つ佳織だが、体型が微妙に変化し赤みを帯びた瞳の佳織が自身障壁のスキルを発動させる。覚悟完了らしい。
一方、攻撃A班、攻撃B班も水路の段差などを活用して陣を張る。
上手く誘導されれば十字砲火の要領で射撃が可能だ。
配置に着いたミオが念のためにと、無線機のスイッチを入れるが、やはり聞こえるのは雑音ばかり。何らかの理由で無線が妨害されており、視覚と直感に頼った連携に頼らざるを得ない。
「ホーホーホー! 来なよ手羽先共!!」
佳織が陽気な声を上げる。『どんな時も陽気に笑ってろ』の真意は彼女にしか分からない。急降下してきたハーピーの爪をガードで受け流すと間合いを取る
「食いついて来たのであります! 迎撃しつつ徐々に後退であります!」
徹二はそう言うと、佳織目掛けて急降下して来たハーピーに淡く光を帯びた刃を振るう。ハーピーは空中に静止すると一瞬の後、正中線からまっぷたつに割れて落下する。
続々と迫ってくるハーピーの群れ。しかし大型のハーピーの姿は無い。
安則が残念そうに舌を鳴らす。SMGを放つとハーピーは次々と地面に落下してゆく。
「後退であります!」
徹二の言葉に、安則と佳織が頷くと、多勢に無勢と言った体でハーピーを牽制しながら、仲間達が待ちかまえる後方へと走る
「3‥‥2‥‥1‥‥来た」
「今だ!」
囮班の3人が通過すると、ハーピーの群れも迫ってくる、ミオが強弾撃の力を込めてアサルトライフル放つと、アルヴァイムもドローム製SMGの銃弾を空にまき散らすように撃つ。何処を撃っても当たる程の数のハーピーだ。
足止めを意図した攻撃であったが、弾丸がハーピーに命中すると一瞬フォースフィードの赤光が輝き‥‥、刹那、身体はバラバラに四散して落下してゆく。
「大変そうね」
ミンティアが佳織に練成治療を施す。見た目ほどはダメージを受けていない佳織だったが、元気を取りもどしたように向き直るとスコーピオンの引き金を引く。
続々と飛来するハーピーを一行は難なく撃ち落として行く。射程に応じた適切な位置取りにより、銃による射撃、超機械による攻撃共にほぼパーフェクトに命中していた。こうして僅かの時間の戦いで30体近くのハーピーが撃破され、誰の目にもハーピーの群れの数が少なくなる。
そこに、耳をつんざく雷鳴のような響き。ひときわ大きなハーピーが現れた。飛行速度も大きさも段違いであるそれは親玉という感じだ。
ミンティアは咄嗟に耳栓で音を遮ろうとする。しかし、頭の中に直接に響いてくるそれを遮ることができない。頭痛が襲いかかり集中力が削がれて行く。
「不味いな‥‥距離が遠すぎる」
冷静に戦況を見つめていたアルヴァイムが苦い顔をする。親玉ハーピーはまるで能力者達の銃の射程を把握しているかのような微妙な距離を飛行する。
「さてと、始めましょうか? 皆さん、無理なさらずに、できるだけサポは、しますけど‥‥」
飄々とした調子で、翡翠がエネルギーガンを構えると、僅かづつだが、頭痛が和らいでゆく。虚実空間のスキルだ。
フィオナが低空のハーピーに攻撃を加えると、小型のハーピーの数はさらに減少し、親玉の姿はいっそう把握しやすくなる。
ならばこれはどうだ? 安則がSMGを放つ。狙撃眼のスキルを使用した弾丸は敵を貫くかにみえた。
「なにっ!」
あと少しのところで弾丸が届かない。僅かに距離が遠い。ハインドに支援を要請しようにも依然、無線機は通じない。
「メガネを外してもいけるのですよ」
未早が立ち上がって、狙撃眼の力を載せたスナイパーライフルを放つ。彼女はこの時まで、射距離を活かせぬ敵に対して発砲を自制していた。有効射程ギリギリで弾丸は命中した。‥‥僅かな射程の違いが運命を変えた。
刹那、体勢を崩し、高度を下げる親玉ハーピー。
「仕留めるぞ!」
安則が再びSMGを放つ。フォースフィールドの赤光が輝くも、ナイトフォーゲルの攻撃力にも匹敵する安則の弾丸は確実な敵にダメージを刻む。『ギャアアァツ』と奇声が轟いた。
さらに高度を下げる親玉ハーピーに苛烈な攻撃が殺到する。
「落ちなさい。私が案内してあげるわ!」
「チェストォォォォッッッ!!!」
フィオナの放ったプラズマが親玉ハーピーを捉えると身体を大きく震わせる。そして、徹二の必殺の刃が振るわれると羽根が胴体から離れて地面に落ちる。浮力を失った巨体が地上に落下する。勝負ありだ。
「スキあり!」
さらに文がナイフを突き立てると、それが止めとなり親玉ハーピーは断末魔の叫びを上げ動きを止めるのだった。
無線機の雑音が消え、通信が回復する。
「やれやれ、あのデカブツをやってしまうとはね‥‥。大したものだよ」
ドロナワがあいた口がふさがらない様子。救援に向かおうとした矢先に一瞬で敵を倒してしまったからだ。
「電撃戦の教本とはやや違う展開だったがな」
佳織の持つ無線機から聞こえる声に、安則が苦笑を浮かべながら言葉を返す。確かにおびき寄せて叩く展開を電撃戦とは言わないだろう
親玉の出現が遅かったこともあり、既に多くのハーピーが倒されていた。空中に残っているハーピーも片手で数えるほどだ。
その後、集落に進出した一行は、驚くほどの短時間で掃討を完了する。小回りが効きしかも高威力の武器が精密に振るわれれば、一般的なキメラは恐れるに足りない敵なのだ。
●勝利の後に
無線でキメラ掃討完了の報が伝わると、街中から大きな歓声があがる。
突然の歓声に目を丸くする徹二。
いったいどれだけの数のシェルターが設置されていたというのか? 建物のあちこちから住民達が続々現れる。
「能力者様ありがとう!」
「おかげで助かりました!」
誰もが口々にに感謝の言葉を投げかけてゆく。
住民達は皆、手に何かの道具をもっており、喜々としながら、キメラによって破壊された施設の修理を始める。
「キメラは撃退、犠牲者もなし。2年分はウニを食溜めしないとダメですね」
文が無邪気に言う。
「ウニですよ。ウニ! タダで食べ放題ですってー。お寿司でしょー、ウニ丼でしょぉ? 貝焼きとか、酒蒸しとか、クリームパスタなんかもいいですねぇ‥‥あれ?」
未早が眼鏡の下の瞳を輝かせながら言う。しかし、彼女の眼鏡と瞳には復旧作業に忙しそうな現地の人々の姿が映っていた。
「別にこのままウニを採りにいってもいいけど? 本当にいいのかしら?」
ドロナワがにやりと笑う。
唯一、後は募集通りにウニ食べ放題なのかどうか‥‥? と疑いをもっていたミオの予感が的中する。
このとき、言いしれぬオーラを感じたと、文が後に語ったといわれる。
このとき彼等・彼女等がなにを思ったのかは定かではない。しかし作業に協力してくれた能力者の力は重機の及ばぬ場所の瓦礫の撤去など、めざましい活躍を見せた。戦うだけが能力者の力の使い方の全てではない。
「ふう〜ん、おねえさん達とっても強いだけじゃなくてとっても優しいんだね、くすっ」
不似合いな眼鏡をかけた赤い服の少女がまるで何もかもを見透かしたかのように言うと走り去ってゆく。
戦ってくれた能力者たちに名産の海の幸を味わってもらおうと、動き始める人たちが、手早く炊き出し所をこしらえる。
取れたてウニの殻を目の前で割って作る『刺身』やウニてんこ盛りの『ウニ丼』が瞬く間にテーブルの上に並べられてゆく。漁師は漁師の能力を、料理人は経験と腕を振るう。誰もが誇りを持ち、当たり前のように誰かの為に働いていた。
「ウニ食べるよー! 楽しみ! 実は食べた事無いんだよねウニ! どんな味かなー?」
佳織が底抜けに明るい調子で、ウニ丼を口に運ぶ。とろりと濃厚な風味が口のなかに広がる。
最高の環境で高品質な昆布を食べて育つエゾバフンウニは、まさに『ウニの王様』だと漁師は語る。
ウニの味によくないイメージを持っていたミンティアだが、食べてみると、表情に驚きの色が広がる。
「これが本物のウニですか。こっちはおいしいですね」
「もうやってるのですか?」
と、アルヴァイムが、安則の方をみると、既にできあがっている様子。
「素敵な女性がいて戦友もいて、しかもウニと酒のコンボ。贅沢ですねえ」
「おや、ありがたいことを言ってくれるね、これも試してみるかい?」
そう言うと、湯葉で巻いたウニの天ぷらを差し出す。
「おっと、自分は未成年でありますのでウニ丼をいただくのであります」
徹二が頬張った刹那、ウニ飯が炊きあがった。
フィオナが炊きたてのウニ飯を口に運ぶ、ほかほかの海の香りとほんのりとした甘みが美味しい。
今度こそ本当にウニ食べ放題だと理解したミオが初ウニに挑戦する。初めてが『ウニの王様』とは羨ましい。
「ウニ‥‥頬張ると口いっぱいに潮の香りが広がって‥‥」
ホワイトソースの上にたっぷりウニがのった特製のうにグラタン。うに焼売と続々と出現するウニ料理。文と未早が競うように食べている。そんな2人を横目に少しでお腹いっぱいになる自分の体が恨めしく思うミオだった。
こうして楽しい時間はあっという間に過ぎ‥‥夕闇が迫る。
闇の訪れに人々は家路につき、周囲の家々には明かりが灯る。シェルターを出ての久しぶりの生活の筈だ。
いつしか賑やかだった炊き出し所からも人が引き、波の音が静かなリズムを刻んでいる。
帰る時間だ。一行は集落の代表者に別れを告げる。
「この北海道が真に平和になる日が来ることを信じています。私たちは生きている限りこの豊かな海と味を守り続けます」
別れ際、集落の代表者はそう言うと、うにの醤油漬け、粒の塩漬けの2種の瓶詰めを一行に託すのだった。その味はこの地の誇りだと言う。
北海道の夏は短い。
そして、バグアとの前線はすぐ近くだった。
この地の平穏が1日でも長く続くことを祈らずには居れなかった。