タイトル:海底から救助せよマスター:加藤しょこら

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/22 05:44

●オープニング本文


●ノルウェー西方沖
「艦首魚雷発射室にて爆発発生!」
 鳴り響く警報音。艦内が非常灯の赤光に切り替わる。
「エンジン緊急停止!! 急げ!」
「メインタンク、ブロー‥‥沈降、停まりません!」
 緊迫した怒号が飛び交い、ダメージコントロールを試みる乗組員達。
 ガゴン!
 数分後、着底の衝撃で艦内が揺れる。適切な処置により、最悪の事態は免れたが、自力で浮上することはもはや不可能だった。
 ノルウェー西方沖の水深約70mの海底に約22000トンの船体が擱座したのだ。

●マンチェスター市郊外
 久々に自宅に戻ったリチャード・ブレアがのんびりとフットボールの試合を観戦していた。
「お父さま。コーヒーが入りましたよ。ご機嫌ですね。‥‥ニュース速報??」
 長女のソフィアがコーヒーを口に含めながら柱に手を付く。
『‥‥ロシアの戦略潜水艦ベールゴロド号沈没‥‥ノルウェー西方沖。同海域を‥‥』
 画面に流れるテロップはロシアの機関が出所のようだ。すばやく沈没の情報が公表されたという事は緊急事態なのだろう。
「ぶっ‥‥ベールゴロドってまさか!」
 ソフィアが鼻からコーヒーを流してむせ返りながら大粒の汗を流す。
「オスカー改II級だ。確かにただでは済まんだろうな‥‥」
 画面の中では、地元チームがゴールを決めるも、リチャードが笑うことは無かった。

●3日目の朝
「周囲を警戒中の艦船がシーサーペント型キメラと交戦との報告がはいりました」
 悪化する情勢がリチャードに伝えられる。
 旧ロシア軍を主体としたUPC北方軍は自力での救助を断念。UPC欧州軍に支援を要請する。
 同時にラストホープ島の能力者に対しても依頼が出される。
 ロシア側の情報によると、沈没の衝撃が救出用ハッチに歪みを生じさせており、救助艇の接続ができなかった。
 今も100名近くの乗員が艦内に取り残されている。

「艦内の酸素は持って1週間‥‥でしょう。しかし、なんとしても助けたい!」
 UPC北方軍のイワノフが頭を抱える。
 イワノフは特殊な弾頭の兵器は搭載されていない事や、船体内部の壁面を叩く音で乗員の生存や状況を伝えてられている事、そして、時間に猶予がないことを語る。
「ハッチの修復はサイエンティストでもなければ難しいのですね。それに周囲の安全確保も必要。判りました、できる限りの協力はしましょう」
 リチャードはそう言うと受話器を置いた。

●参加者一覧

伊佐美 希明(ga0214
21歳・♀・JG
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
刃金 仁(ga3052
55歳・♂・ST
ゴールドラッシュ(ga3170
27歳・♀・AA
這い寄る秩序(ga4737
41歳・♂・FT
ロジャー・ハイマン(ga7073
24歳・♂・GP
ギィ・ダランベール(ga7600
28歳・♂・GP
エメラルド・イーグル(ga8650
22歳・♀・EP

●リプレイ本文

●灰色の海上
「陸地が見えるな、今回は海中の山猫か‥‥。するってぇと、海猫っつーことになっちまうのかな」
「吾輩にはよく見えないんだが‥‥」
 指さして伊佐美 希明(ga0214)は東の方角を示したのだが、指先には灰色の海があるばかりだった。
 刃金 仁(ga3052)がぼそっと言う。注意深く彼女の指し示す先を見ると微かに陸地が、一枚の薄板が浮いているように見える。人の暮らす大地とはかくも薄氷のような存在だったのか‥‥感じさせられる瞬間でもあった。事実、地球の表面の7割は海であり、平均の水深は3.8kmと言われ、富士山の高さよりも深いことが知られている。
 予定通りの時刻に一行と機材を載せた船は到着した。赤い星を付けたヘリコプターが飛び回り、またベールゴロドの沈没地点を中心にフリゲート艦が輪を描くように配置されている。
「暗闇と沈黙の海の底‥‥乗務員の方々の恐怖はいかばかりの物か、急ぎませんとね‥‥」
 確かに、暗く狭い空間に長時間閉じこめられることは訓練された兵士であっても耐え難い苦痛だろう。ギィ・ダランベール(ga7600)は救助を待つ兵士達に思いを馳せる。
 一行を乗せた作業船は艦列の間を抜け輪の中心部へ入る。
「我はゲソの代理人‥‥ゲソレンジャーの一人ィ‥‥我らの使命は、海に巣食うバグア共を一片残らず殲滅すること!!」
 這い寄る秩序(ga4737)のドスの利いた言葉にリチャードは『しっかり頼みますよ』と気持ちを込めて握手を返す。
「人命救助、結構ではないですかァ〜。力を振るって良いのはバグアのみ。一人残らず救い出しましょう!!」
 意図は計りかねるが、這い寄る秩序が突然物腰を軟らげた調子で言う。そんな彼にリチャードは笑みを返しながらも鋭い視線を海面に移す。
「なんだ! あれ」
 希明が声を上げる。
 海面がお椀を逆さにしたように盛り上り、刹那、白い水柱があがる。海面に姿を現したシーサーペントにフリゲートの速射砲の砲火が集中する。フォースフィールドが煌めくも瞬く間に胴体を砕かれる。灰色の波間に白い腹を見せ瞬く間に浮遊物となる。
「なんでこんな近くで戦闘が行われているんだ!」
 鯨井昼寝(ga0488)の顔が引きつる。
 救助のために集まった艦艇が惹き餌となり、およそ20体余のシーサーペントの接近が確認されていると言う。
(「ボスが無謀な真っ向勝負を挑むような事があれば留めなければ‥‥」)
 昼寝の様子をゴールドラッシュ(ga3170)は心配そうに見つめている。
 ゴールドラッシュは素早く作戦の段取りを提案する。
 内容は救助作業への直接の被害を食い止める直衛役と障害となるシーサーペントを遠ざける陽動役の2班構成。
 基本2人1組を1単位として戦う。この手法は機体戦闘の定石の一つであり、初陣の者であっても理解することは出来るだろう。全体の方針を全員が理解する事は戦いにおいて最も重要な要素の一つである。
 空には灰色の雲が立ちこめ、午前であるにもかかわらず少し薄暗い。海面は色を失った灰色が広がっているように見える。
「‥‥やっぱり、他の人に任せれば良かったかな?」
 初めての水中活動にロジャー・ハイマン(ga7073)は不安を覚える。沈没地点を中心に環状に配置されている艦船まではそれなりの距離があり、護らなければならない水域の広さは不安を感じさせるには充分なものだ。
「ブレアのオッサンには借りがあるからな。‥‥きっちりやってやるさ」
 希明の神妙な言葉は重い。軍から傭兵への依頼はたいてい困難なものである。そして危険である場合が少なくない。しかも情報は曖昧であり‥‥。困難に立ち向かう傭兵達に十分な援助をできない事は痛恨の極みであった。
「でも、水中にも助けの手が必要なのですね」
 請け負ったことのある依頼の半分が救助・救出だと言うロジャーも何が起こるか分からない水中への不安に落ち着かぬ心地だった。
 人類とバグアとの18年の抗争。既に世界の半分の人間が理不尽な暴力によって殺害され或いは故郷を追われた現実。死が身近な世界にあっても多くの者が感覚を麻痺させずに人命こそ何事にも代え難き重みのあるものと信じて戦っていた。
『目的は金』だと豪語するゴールドラッシュ。そして彼女は人命の価値を深く理解しているのかも知れない。金の価値は人間にしか分からないからだ。
「刃金様とソフィア様、お二人が成功の鍵をお持ちです。作業に集中できるよう、全力で援護させて頂きます」
 ギィは言う。最も頼れるのは自分と仲間達の行動である。状況を読み取る目が重要だ。
 ヘリコプターが海面近くを飛行し聴音ブイを投下し設置してゆく。水中の様子をきめ細かに把握するためだ。
「海竜は好戦的かつ、攻防両面に優れた強敵。だがしかし、それだけだ。遠距離攻撃手段を持たず、ただ目についた相手を襲ってくるだけの大型の海棲獣に過ぎない」
 昼寝はふうっと一呼吸いれてから語ると、指でポーズを作りウインクをしてみせる。
「初撃を放つ際は、自機の後ろが救助艇という位置関係は避けないといけませんね」
 エメラルド・イーグル(ga8650)は戦闘自体が水中作業に及ぼす影響を懸念して述べる。
「ご指導、宜しくお願い致しますね‥‥素早いですね。此方が足を引っ張らないように致しませんと」
 ギィは控えめに呟く。
 昼寝はギィの肩を軽く叩き『急げ』と促す。そして素早い身のこなしで乗機へと向かう。
「ゴールドさん、私たちも」
「決めるべきところはきっちり決めて行こう」
 エメラルドの言葉にゴールドラッシュが応える。
 昼寝・ギィとゴールドラッシュ・イーグルの2組4人が囮となり広い海中での行動を開始する。
 
●海中
 コーン‥‥コーン‥‥
 海中に入ると波長の長い探信音が響いている。潜るにつれて周囲は真っ青に変じ、やがて急激に暗くなりはじめ、水深50mを越える頃には闇夜のような暗さとなる。
 水中では肉眼によりもソナーなどの音波探知装置が重要な意味を持つ。敵にとっても音が重要であることは同様なのかもしれない。
 水上艦艇からの情報支援もあり、囮班は的確にシーサーペントの位置へ向かうことができていた。
 自分たちの数倍の数に相当する敵に対しながらも、囮班では慌てるものは居なかった。
 巧みに間合いをとって放たれたエメラルドの重量魚雷が一撃でシーサーペントを撃破する。
 誘導を意識した攻撃であったが、敵の予想以上の脆弱さに能力者の誰もが驚いている。
 問題はどれだけ居るかわからないシーサーペントのすべての注意を引くことができるかどうかだけだ。
 一方、ベールゴロド周囲は今は落ち着いている。
 聴音機からは遠くで魚雷の爆発音に続いてシーサーペントの断末魔の叫びが伝わってくる。
 水深約70m。可視光線の到達量は地上の1000分の1程度であり闇夜の風景よりも尚暗い。ソフィアが操作する探照灯の光が巨大なベールゴロドの船体を照らす。
 5人の視界に爆発の影響で千切られ、フランスパンのような形状となり果てた船体が映る。艦の表面に貼り付けられていた吸音パネルが至る所で剥がれあるいは浮かび上がり船体へのダメージの大きさを物語っている。残骸にしか見えない船体に生存者が居ることは奇跡としか言いようが無い。
 ハッチの位置を把握した刃金が作業機材と共に慎重にベールゴロドへ近づいてゆく。
 ベールゴロドの艦橋部には本来乗組員全員を収容できる緊急脱出カプセルが装備されていた。しかし爆発事故のダメージにより艦橋は水没してしまっている。速やかに艦橋を放棄した英断がここまで死者を出さなかった奇跡であり、救助を困難にしていた原因の一つでもあった。そして、艦内に通じるハッチは2つ存在していたが、接続が期待できるハッチは居住区画にある1つのみ。
 希明・ハイマン・這い寄る秩序がの3人は作業を見守るようにベールゴロドを中心に僅かに散開し警戒する。
「さて、時間が惜しいな。とっとと始めてしまおうではないか。乗員は皆、救助をまっておるぞ」
 破損の少ないハッチの上に一回り大きなハッチを取り付け補強する。これが今回の作業内容だ。
 もし作業によって船体に亀裂が入ったりすれば船内は浸水してしまうだろう。水中での溶接も含む高度な技術と判断力が必要であるためサイエンティストの力が必要だった。
 特殊な作業に刃金は危なっかしさを見せながらも、数分でハッチの修理を終える。
 救助艇は沈降を開始した。僅かに70mほどの距離であり、もし攻撃を受ければ回避は不可能だろう。
「そっちに向かった! 気をつけろ!」
 操縦席に搭載されたスピーカーから警告の言葉が響く。
 囮班のエメラルドは可能な限りキメラが救助現場に向かわないよう配慮していた。ゴールドラッシュの方針も正しく囮班の行動にミスはなかった。しかし、手数の少なさに加え敵の数が想定以上に多かったという事態は他に対応を行う余力を失わせていた。
 そしてハッチ修理の作業音がそのままの状態で周囲に響き渡っていたことが災いし、発見が困難な海底に潜んでいたシーサーペントを呼び寄せてしまうことになったのである。
「キメラは一匹見たらぁ〜三匹いると思えぇイッ!!」
 多数のキメラの出現を予測していた這い寄る秩序がホーミングミサイルを放つ。ミサイルは刃金機に近づきつつあったシーサーペントの後を追うように誘導され命中する。爆発の衝撃波が海水を地震のように揺れる。
 水中に肉片を散らせ、瀕死のダメージを負ったシーサーペントは尚も前進する。間一髪の所でロジャーの放ったミサイルが命中し刃金は難を逃れる。
 しかし、2回の水中爆発で刃金とソフィアの機体は大きく揺さぶられる。金属と金属の擦れ合う言い様のない音響が水中に響いた。救助艇がハッチに接続中の事であればと思うと背筋が寒くなる揺れであった。
 済んだことを分析する暇はなかった。
 2体目シーサーペントが沈降している救助艇に一直線に迫っていた。
「野郎ッ!! させるかッ!」
 希明の放ったスナイパーライフルの弾丸が一撃でシーサーペントの頭部に粉砕し水中に肉片の華を咲かせた。
 能力者ならではの圧倒的な反応力により、目の前の危機は脱することに成功した護衛班。
 防御に優れたKVならば攻撃を受けてもかすり傷であっても、救助艇やソフィアの乗るような作業艇への一撃は生死を左右する深刻なダメージとなる可能性が高い。
 シーサーペントの数は多く再び現れる可能性があった。そして救助を成功に導く時間は残されていなかった。
 危険を理解しながらもリチャードは作業の続行を承認した。
 周囲の落ち着きを待ち立てる音に注意しながら一回目の接続が開始される。
 緊張した時が流れておよそ3分。救助艇の船体から静かに空気の泡が放出される。圧搾空気が二重構造の船体に入っている海水をゆっくりと押し出したのだ。そして、浮力を得た救助艇は上昇を開始した。
 ロジャーと希明が浮上する救助艇をしっかりと護っている。もし、敵が来てもすぐに対応可能だった。
 接続のタイミングのみ乗り切れば絶対に大丈夫だ。誰もが確信した瞬間だった。

 1回目の救助成功の報はすぐに囮班の4人にも伝わる。
 引き寄せられるシーサーペントの数は増え、戦闘は激しさを増していた。派手に戦えば戦うほど多数の敵をおびき寄せられる事を誰もが直観的に理解していた。
「20秒後に方位70度に対潜ロケット来ます!」
「わかってる! 上の連中! 少しくらい気を使いやがれ!」
 ゴールドラッシュの言葉。激戦にも関わらず昼寝の口調は明るい。
 刹那、水中に飛び込んできた無数のロケット弾が一斉に炸裂し、水中のKVはゆりかごのように揺れた。
「量産機ではありますが、堅さでは引けを取りませんよ」
 爆発の衝撃に追われたシーサーペントが向きを変えて近づいてくる。
 ギィがガウスガンを放つと水中に弾丸の華が咲きシーサーペントは幾つもの大きな坑を胴体に穿たれて絶命する。
 尚、囮班の4人で撃破したシーサーペントの総数は24体に上る。

●守ったもの
 好機を充分に活かすことができた事で救助艇は計3回の往復を実施し107名全員の救助に成功する。
 そしてこの規模の海難事故で全員が救助される事は奇跡的であった。
「運が悪かったわね、アナタも。住む場所さえ間違えなければ、もうちょい長生きできたでしょうに」
 海面には多数の死骸が浮かび上がり、シーサーペントの墓場のような状態である。
 今回の戦闘は相当数のキメラが北海に侵入してきている可能性をあらわしている。
 突如現れたキメラの意図する所は分からない。だが、キメラは兵器であり、ただ戦う為だけに作られた生命である。繁殖し子孫を残すことも無いと言われる。つまりキメラが自然に発生する訳はないのだ。
 キメラがどこからやってきて、何処でどうやって自然死するのかを確認した事例は報告されていない。
 浮遊するシーサーペントの死骸を軍艦が回収してる様子が見られた。
 ヨーロッパ諸国にとってのアキレス腱‥‥北海油田が存在。報じられなかった今回のキメラ発生は沈没事故以上に沿岸諸国の安全保障に暗い影を落とす事に発展する可能性もあった。
 ベールゴロド号に搭載されている動力炉は2基で約34万Kwの熱出力をもつと言われる。特殊な燃料が搭載されており、今後の船体の扱いに懸念を抱いた刃金が疑問を投げかけた。
 疑問にはソフィアが答えた。船体はサルベージの準備が整い次第引き上げられ解体される予定であり、其れが不可能な場合でも先例に倣いコンクリートで密閉するの処置がとられる。
 艦の性質上、船体に深刻なダメージを受ければ動力炉は何を差し置いても停止させられる。もし、その装置を止めることで多くの人命が失われる可能性があってもである。
 テレビの画面には救助成功の快挙に沸くヨーロッパ各地の街の様子、そして家族の喜びのみが報じられている。
 奇跡的に107名全員が救助されたことは直ぐに周辺諸国へ伝えられた。モスクワからも感謝の言葉が伝えられる。
「血を流すばかりが傭兵の仕事ではない‥‥少し、救われます」
 ギィの言葉にロジャーを始め誰もが頷く。
 過去に救えなかった者がいたとしても、過去に過ちがあったとしても、新たに救えた者がいるとするならそれは充分正しく評価されるべきである。それが自己の意志によって主体的な行動だったとするなら尚更ではないだろうか?
 日が沈み始める、灰色から黒へと暮れてゆく海は何も答えてはくれなかった。
 誰もが様々な思いを胸に秘め生きている。集まっていた船は海面に白い筋を立てながらそれぞれの母港を目指すのだった。