●リプレイ本文
●前哨戦
「パンチが足りない‥‥どうでしょうな。きっちり水準は満たしてると思いますが。ハイマニューバは命中も上がりますし、確実性を考えればトントンかと。それでもダメですか?」
受付にやって来た稲葉 徹二(
ga0163)は自機への熱き思いを語りはじめた。
「マニューとか、こんな悠長なことやるのは不謹慎じゃないですか?」
ツッコミを入れるのはイシイ タケル(
ga6037)だ。能力者の誕生でようやく反攻の糸口をつかみかけているご時世。確かに、こんなことやってる場合じゃないと指摘されれば返す言葉もない。
「カモン☆ バトルロワイヤル上等!!」
別の意味で覚悟完了な阿野次 のもじ(
ga5480)もやってきた。
「そもそもこんな行き当たりばったりな企画が許されるとでも思っているのですか?」
タケルの説教はドロナワに向けられる。刹那、顔をそむけた彼女の瞳に一筋の光が流れる。
「え?」
突然の出来事にタケルの心が乱れ、手に抱えていた紙束を落としてしまう。
風で飛ばされた書類を拾い上げたアヤカ(
ga4624)の表情に驚きの色が広がってゆく。目にした文書の内容のためだ。
「そう言うのが流行ってるんニャね〜、ん〜基本強がって見せているニャが、打たれ弱い女の子って感じとも言えるニャね〜」
「いやこれは‥‥ツンデレの下らなさを確認するだけにコピーだけとった訳です。べつに必要なものじゃありませんがね」
冷静な様子で書類を集めていたが、どこかぎこちない。
そんな光景に微笑みを浮かべる婦人が一人。細い目に黒髪の淑女‥‥。
「ちゃんとしたコンテストなら別にいいんだけどさ‥‥」
伊佐美 希明(
ga0214)がドロナワに対戦方式についてのツッコミを入れていた。制限時間や順序の問題が大きいらしい。
「はっはっはっ、フリーダム結構! バトロワとは趣が少し変わるが良いだろう。‥‥と言うわけで諸々は希明に任せるから、胸にジーンと来るやつで頼むよ」
そう言うとイベントの仕切りを希明に託す。
「胸は関係ないでしょうに」
皇 千糸(
ga0843)はツンと不機嫌に言うと受付をすませる。
其処に『カッカッ』乾いた音が響く。杖で地面を叩く音だ。
「‥‥人の心を癒す依頼だと‥‥聞いたので‥‥」
「ほむ、頑張りましょうネッ♪」
視力が不自由であるため、白い杖で足下の確認しながら進むシエラ(
ga3258)に、同じく受付に訪れていた赤霧・連(
ga0668)が穏やかな調子で声を掛ける。
受付の脇には忘れられたように募金箱が設置されていた。
風で飛ばされた資料を探していたタケルが募金箱に気づきクレジットを投入する。
「ほむ、どうぞなのですッ♪」
連が募金箱に備えられていた赤い羽根を上着の胸に取り付けると笑顔を見せる。
「募金? これは小銭が邪魔だったから減らしたいだけです」
素直になれないタケルはそう返すのが精一杯であった。
会場となっている広場には他にもイベントが行われており、普段よりも賑やかだ。
見覚えのある顔を見つけた希明が手を振りながら駆け寄ってくる。
一連のイベントには解放されたイタリアの復興支援のチャリティという目的があったらしい。
●ツンデレをつくる者達
「皆、ツンデレは好きかー!!」
「幼馴染と喧嘩したいかーー!!」
「ツリ目とツインテールは好きかーーー!!」
含蓄のあるマイクパフォーマンスが広場に設けられた特設会場に響く。観客としてイベントに集まったのは殆どが女性であり、意外な程に男性の姿がない。
パフォーマンスに反応しない観客の様子が希明の闘志に火を付ける。彼女が指をパチンと鳴らすと舞台と会場の上空数メートルにだけ雲がが現れ、陽光を遮ってゆく。見た目は簡素なステージだったが、何かのコネにより地球科学の総力を挙げた舞台装置が仕込まれているのだ。
薄暗くなった壇上を杖で足下を確かめながら歩くシエラ。強めの風が吹き、頭上で雷鳴が響く。
「降雨技術の応用か? それにしては高度が低い、煙幕か? ならば雷鳴は何なんだ」
タケルは謎科学に思考を巡らせるが答えはでない。
「あの程度の雷ではナイチンゲールの知覚力には遠く及びませんな」
徹二は相づちをうちながら関係の無いことを語る。
女性の中に孤立した二人の間には空回り気味な連帯感が生まれていた。
「あっ危ない!」
風で飛ばされてきた紙切れに脚を取られてバランスを崩すシエラに咄嗟に希明が手を貸す。
「大丈夫、一人で歩けます‥‥。甘えれば、癖になってしまいますから‥‥」
シエラがそう言った刹那、ステージの上空を蔽っていた雲が僅かに動き彼女の姿だけが陽光で明るく照らされる。
「すみません。私は‥‥何をするにも失敗ばかりで‥‥皆さんを喜ばせることなんて‥‥」
マイクを額にぶつけながらも、健気に語る彼女に静まりかえる会場。
「‥‥でも、一つだけ‥‥」
刹那、演壇からの真っ暗なスモークがステージを覆い隠す。暫くして煙が晴れると水着姿となったシエラの姿があった。この変身も現代科学の粋を集めた業かもしれない。
会場からの拍手に少しだけ表情を崩し、笑顔になった彼女が頭を下げる。
「かわいー」
「よくやったー」
ツンデレについては意見が分かれるが、演出が効果的に働き観客を喜ばせた。
「シエラは心を閉ざした拒絶系ツンデレ。目の前で最愛の人を失った記憶と同じ事が再び起こる事を恐れ、他人と壁を作っています。でもその奥では‥‥人の温もりを求めているのです」
希明が流れるような口調でフォローを入れると観客も好意的な解釈をする。
「好意を頑なに拒もうとする姿勢は良評価できますが、水着までやってしまうと一生懸命さが目立ちすぎています」
そんな空気の中ジャンヌがさり気なく呟く。その言葉はあらゆる価値ある物を鉄屑に変えてしまう魔力が籠もっているようにも聞こえた。
(「ちょっと見ない間にいい女になっちゃって‥‥」)
ドロナワはすっかり女っぷりが板についたジャンヌを見て目を細める。
「ちょっと厳しすぎるんじゃないか?」
希明がドロナワに耳打ちするも、ジャンヌの判断は確かだとドロナワは首を横に振るのだった。
次の参加者は水理 和奏(
ga1500)である。
(「僕がツンとデレを語るなら‥‥相手はやっぱりあの人しかいないかな、えへへ」)
なんて事を考えて手を後ろに組みもじもじしてる。
「どうしたのー」
「がんばってー」
会場から励ましの声が飛んでくる。
「な、なんでもないよ‥‥でもツンデレフェスタだし、特別に聞かせてあげるっ」
ステージの上空を蔽っていた雲が散って明るくなる。
「バレンタインにね‥‥僕初めての手作りチョコレートをあげたんだ」
因みに現在、和奏は13歳、その男性は43歳、実名は事情により伏せさせて頂くが、UPC軍の中佐の一人だ。
「その後お返しとか全然無くて、感想の一つくらい言うべきだと思うよね‥‥おじさんのバカ、唐変木っ!」
「うーん、全力の惚気ですな」
徹二のさり気ないコメントが会場に響いた。そこには報われぬ愛機への思いが籠もっていた。
「‥‥あっ、別に期待はしてなかったけどねっ!」
波が静まったような空気に包まれた会場に和奏の言葉が続く。
「か、勘違いしないでよねっ! そんな事ない‥‥言葉で言ってくれなくたっていい‥‥」
ダメだと言いながらもピンチの時には助太刀にやって来たおじさん。和奏は言葉よりも行動が重要だと説く。
「中佐のおじさんは‥‥凄いツンデレだよね! だから、僕もツンデレ好きって事だし‥‥ツンデレ好きなみんなも、仲間なんだからねっ! 応援してよね、約束だよっ!」
和奏の言葉を聞きながらジャンヌは中佐に対する穏やかならぬ疑念を抱き始めていた。
「ジャンヌ‥‥?」
黒いオーラを漂わせるジャンヌに希明が声を掛ける。
「なんでもありません‥‥良いお話だと思います。さぁ次に進みましょう」
ジャンヌは氷のような笑みを浮かべながら応えた。
いきなりブースト発動のような勢いで徹二が吼えた。圧倒される観客。
「付き合い始めたのは北米の大規模作戦頃からであります。ええ、しまったと思いましたな。その直後にディアブロ、ディスタンが公開され‥‥。まあ次世代機に比べれば地味なモンですよ、実際」
響き渡る肉声はハイマニューバのように加速されたイメージで会場を支配した。だが間もなく何の関係も無いのではないかという疑惑があちこちからわき上がった。次第に不利になる状況に果敢と立ち向かう徹二は最後の力を振り絞る。
「俺のナイチンゲールは世界一です! 異論は認めんッ!!!」
ざわめく会場に渇を入れると、周到に用意されたちゃぶ台をえいやとぶん投げて、駆け足で壇上を去るのだった。
「‥‥無茶したね」
ドロナワは立ち去る徹二の背中を目で追いながら呟く。念のためにと確認した彼のナイチンゲールは原型を留めぬ程に強力な改造が施されていた。
吹き出た煙に映像が表示されステージは教室の風景に変わる。煙の粒子に映像を映す最新科学の力。
「ふふ‥‥見てなさい、私のツンデレは百八式まであるわ」
三番手となった千糸はセーラー服姿である。とてもかわいらしい。おんとし19歳。学生時代から成長していないだろう等とツッコミを入れてはいけない。女の子はデリケートだから。
「へぇそれはどういう事かな?」
外見年齢が16歳である希明はそう言うとステージの端を歩く。
(「分かりやすく王道で行こう、シチュエーションは学校でお弁当!」)
「お弁当作り過ぎちゃったから分けてあげるわ。感謝なさい」
そんな事を思いながら千糸は希明にむかってそう言うとハンカチで包まれた弁当箱を差し出す。
「べ、別にただ貴方が最初に目に付いたから。そう、ただそれだけ」
「それにしては手は絆創膏だらけじゃないかー?」
と会場からのヤジ。しかしデレに転換した千糸は怯まない。
「良かったら‥‥また作ってあげないこともないわよ? いや一人分だけ作るのって分量的に難しいから」
面倒見のよい希明は素直に相槌を打つ。
「やった♪ ‥‥え? ううん、何でもないの!」
「それでは、次のひと‥‥」
ちょっと疲れた様子で希明がそう言いかけた刹那
「わ、私と貴方が付き合うとしたら面白いと思わないかしら!?」
「わ、わ、わ! なんなんだよ! いきなり!」
千糸の突然の申し出に、希明の頬が赤く染まる。演技であることは分かっているが。
「ずっと‥‥ずっと好きだったんだから‥‥気付きなさいよ、バカ」
デレデレの空気が漂い始めた。
振り向いて千糸が呟いたところに顎肘ついたのもじが座っている。
「ふーんおはよう」
気のない挨拶の声が響く。デレな雰囲気は瞬時に一掃される。
突然、雷鳴のような効果音が響きタケルが光で照らされる。
「私はタケル君に萌え死んだ! 何故だ!」
「ごほがはごほ!!」
脈絡のない指名に咳き込むタケル。
「密かに募金をする優しさとか綿密な準備をひけらかさない慎ましさが評価されたそうだ」
希明が解説を入れ、ドロナワが頷く。千糸はいつの間にかにステージをおりてくつろいでいる様子。
のもじは下記要素がツンデレには重要だと主張する。
・ツンとデレは磁石の如き反発と吸着が魅力
・電流的に激しく感情極変化
・表裏を示す仮面性
・感情の深みを与える過去設定要素
・テレ隠しに腕ぷしブリ
「では、情報を元に私が今までの全員のツンデレ特徴を掛け合わせ最強のツンデレキャラを作ってみます」
『ドン!!』
のもじが言った刹那、コンピューターがと爆発音を立てて停止した。まるで結果の表示を拒むように。
「こりゃダメみたいだねぇ」
ドロナワが微妙な表情を浮かべてのもじに告げた。ジャンヌは顔をそむけて黙っている。
いよいよコンテストも終盤。
「べつに、私は貴方のことなんて、何とも思っていませんから」
ステージに駆け上がってきた連はツンの一撃で会場の空気を掴む。マイクを持って立っている希明をキッと睨む。デレが殆どを占めた千糸や和奏、シエラとは対極を成すようにツンで99%を意識した彼女の演技は注目を浴びた
希明を睨みながら逆ギレに近い表情でパフォーマンスを締める連に拍手が起こる。
「惜しむらくは具体性に欠けた事でしょうか『妾は上手く言えないのじゃ、その、だから‥‥』といった感じに逆ギレ気味の告白で締めくくるべきでしょう」
ジャンヌの個人的な嗜好が炸裂したコメントだ。ここまでで連が暫定トップである。
次はセーラー服に眼鏡をかけたツインテール『いいんちょ』スタイルのアヤカである。
『いいんちょ』といっても白衣を着ていたり、皆の雑用を押しつけられるえむな人の事ではない。
「ちょっと‥‥この進路希望の紙‥‥ふざけてるの?」
紙を机の上に叩き付けるように置く。ツンの流れが続いていた。
「あっ!」
タケルが思わず声を上げる。アヤカが手にしていたのは風で飛んでいった筈のツンデレの資料。
「あんた‥‥ツンデレがテストに出ると思っているわけ? こんなレポートじゃ進学出来るわけ無いじゃないの‥‥一体何考えてるの?」
「私はこの下らないフェスタに冷や水を浴びせるために参加しただけであって進学には興味ありません!」
ツンにツンで返してきたタケルに驚きの表情を見せるアヤカだったが、即座に立て直す。
「あ、あたしと一緒に演技したいから‥‥参加した‥‥ですってぇ?」
自分の台詞に顔を赤らめる。
「いや、そうはいってない‥‥」
何を言っても合わせてくるアヤカの演技に辻褄を合わせざるを得なかった。
「し‥‥仕方ないわねえ‥‥分かったわよ! だったらツンデレを教えてあげる! だけど、あなたの事なんて何とも思っていないんだから勘違いしないでっ!」
「折角なら一緒に‥‥行きたいもんね‥‥」
アヤカはそう締めくくる。
最後に現れたのはタケルである。
「わたしはエミタに選ばれた優越感を味わうためにLHにいるだけです。人類の平和とか人々の笑顔を守るとか、どうでもいいですね」
散々ダシに使われてしまった不憫を微塵も見せずそう言い放つと。足早にステージを降りる。上着の胸に付けられた赤い羽根が輝いていた。
優勝したのはタケルであった。天然にも見える自然な行動が連の演技力よりも高く評価されたのだ。
タケルには『決して強化はしないでください』と念を押された記念品が贈られる。
「戦争だけでは人の心が枯れてしまいます。ステキな企画でしたよ」
タケルはジャンヌに言葉を返す。
ジャンヌの正体が発覚する事はなくフェスタは終了するのだった。