●リプレイ本文
●雛鳥
夜明け間近。色を帯び始めた東の空、地上に灯火はなく、薄暗い地面が続く。
機体に装備された警戒装置のアラームが『ポ−ン、ポーン』と一斉に鳴り始める。
闇の中から光る筋が自分の方へと迫ってくる。筋の先端が弾けると空に明りが拡がる。
編隊の先頭を飛ぶ間 空海(
ga0178)は、それが敵の対空砲火であることを瞬時に理解する。
「ハウンド1『滋藤』からへオリオン、ハウンド各機へ、対空砲火です。回避機動を開始して!! きゃあっ!!」
コックピットが大きく揺れた。掠ってしまった敵の一撃。不運にも機体の装甲の3分の1が抉り取られる。
「こちらオリオン4。大丈夫か? ハウンド1! 密集するとやられるぞ! 距離を取れ!!」
煉条トヲイ(
ga0236)は叫ぶ。光の筋が次々と破裂し、周囲の空は激しく点滅する。黒塗りの『岩龍』の機体が影絵のように浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
「ハウンド4より! 2時の方向からも砲撃!」
建宮 風音(
ga4149)が仲間に警告する。刹那、編隊の周囲に、新たな光弾が飛来して炸裂する、振動した空気が機体を激しく揺さぶる。
「ハウンド2アル! おかしいアル! 此方のジャミングは完全ではないアルか!? ぎゃあっ!!」
悲鳴に近い叫びを上げるのは烈 火龍(
ga0390)である。
至近で炸裂した光弾の欠片が装甲板の一部を吹き飛ばす。損害は軽微。
バグアの対空砲の破壊力は、回避能力の低い機体にとって重大な脅威である。ジャミングは確かに機能していた。しかし、他のKV機体に比べて回避力の低い『岩龍』にとっては、ジャミングによる回避能力の向上は焼石に水程度の効果しかなかった。
「こちらハウンド1です。まだ飛べます。オリオン・ハウンド各機へ、速度を維持して下さい! そんな何度も当たるわけありませんよ! Good・Luck ALL!」
何事もなかったように応える空海(そらみ)。
彼女は機体の損害を確認すると態勢を戻す。あと2発も当たれば墜落するかもしれないと知る。額に冷汗が滲む、焦りではなかった。
(「なんて脆い機体」)
彼女の険しい表情は、脆い機体を採用するUPCに対する怒りで、満ちているようにも見えた。
「ハウンド1へ、ハウンド3了解! 各機に確認! 編隊を維持し、機体の間隔を広げて!」
ルティア・モース・倉火(
ga2411)はリーダー機の無事を確認すると状況を分析し冷静に言う。出掛けに飲んだ苦いコーヒーの味を思い出した。空気が揺れる。
「こちらオリオン2『緋色の閃光』、了解した!」
霧島 亜夜(
ga3511)も応える。命中はしにくいと判ってきても、機体が揺らされ続けることは気持ちの良いことでは無い。さらに不規則に点滅する風景は怖い。
間もなく砲台の射程から逃れると、空は静けさを取り戻す。低空を飛ぶハウンド隊、高空のオリオン隊は機体の損傷が作戦に支障が無いことを確認する。そして、時間を惜しむように南下する。
前線を超えた地域では、まとまった対空射撃を受けることも少なくなり、比較的穏やかな空だった。
「オリオン1、ゲットレディ! さ、夜明け空の散歩と行こうかぁ」
わずかに生まれた心の余裕。新条 拓那(
ga1294)は軽い口調で言う。本当に大丈夫だろうか? 未だ見ぬヘルメットワームへの恐怖は誰の心の中にもあったに違いない。
「でもさ、護衛がいないからこそ、バグア軍の裏をかけてるんじゃない? 上手く行くにきまってるよ!」
平 均(
ga4107)は不安を振り払うように言う。
「大事件の予感がするアル! 偵察を成功させるアルよ!」
火龍は、任務への決意を語る。志願は好奇心からだったかもしれない。ただ、戦場では動機に関わらず、誰もがソルジャーになる。経験や若さによる例外は無い。
視界の遠い先に薄ぼんやりと、富士山が見えた。夜明け間近の空は赤紫を帯びたグラデーションを作り始めている。
「敵の居ない空なら、どんなに気持ち良く飛べたでしょうか‥‥」
空海は言葉を漏らす。生きて再びこの山を見ることが出来るだろうか? ひとときの静寂であった。
(「初の実戦飛行がこんな無謀な作戦だとは‥‥」)
空海が何を思ったのかは、正確にわからない。それでも任務を投げ出すことなく八王子を目指すのだった。
●天の助け
ここで時間を少し戻す。
一行は日本海ルートを東進することを選択した。飛行距離を優先して日本アルプスを縦断する案もあり、また、別働の千歳の情報もあったことから、ルートについては紛糾し、長いミーティングで経て、現在のコースがの決定される。
小松隊の幸運は、日本海沿岸に展開する航空基地の存在であった。大陸方面から飛来するヘルメットワームは存在したのだが、近隣の基地に所属の要撃機がスクランブルを掛けていたのである。
KVよりも劣る性能の機体で戦う、名もなきソルジャー達。語られることのない奮戦が戦線を支えていた。
その隙を有効に使って、偵察隊は速力を上げて激戦区を駆け抜ける。戦闘に巻き込まれる事なく、力を温存することができた。
●死線を越えて
空中への砲撃が再び激しくなる。遠く下方の街並みに、灯りはない。炸裂する弾の明かりが、朝焼けのグラデーションに異質な光彩を加えていた。
音速を超える速度で飛ぶ『岩龍』。あと3分ほどでシリウス‥‥目標の八王子だ。
「ハウンド1よりハウンド・オリオン隊各機へ、まもなく、ポイント・シリウス上空です」
空海が仲間に祈りをこめて通信すると、ハウンド隊、オリオン隊は計画どおりに編隊を二手に分けはじめる。そして、両隊は異なる方向から八王子市街への接近を開始するのだった。
撮影開始ポイントまであと1分弱。対空砲火は、激しく空気を揺らしている。
遠く前方の地面の一画がぼんやりと光を放っている。目標の銀河重工業跡地の方向だ。
「シリウスまであと少し! 撮影体勢に入るよ!」
ルティアが言う。ちょうど東の空から太陽が顔をのぞかせ始めた。
緊急通信が入る。
「緊急事態! 小松エアベースより、ハウンド、オリオンヘ! 八王子上空に、ワーム多数出現!!」
刹那、正面から後方へ飛びぬけてゆくヘルメットワームの編隊。
『ポーン、ポーン』という危険を伝えるアラーム音が一斉に鳴り始める。
撮影開始まで、残り40秒。両編隊は目標への進入コースに入っていた。
ヘルメットワームの編隊は2隊に分かれるとオリオン隊、ハウンド隊に襲いかかる。
「きゃあっ!!」
考える間もなかった。
ヘルメットワームが放つ光線が、先頭を飛ぶ空海の機体を掠る。一斉に警告のレベルが上がる。空海は機体損傷大のため撮影不能と宣言し、全力で空域の離脱を開始する。
「リーダーがやられたアル! うわああっ!!」
突然の大きな衝撃に慌てて叫ぶ火龍。
ワームの放つビームの直撃だった。不運にも、一発で機体の装甲のほとんどが消し飛ぶ。操縦席の機器がスパークする。損害重大を意味するアラームが一斉に鳴り響く。
「日々精進、是もまた修行也アル」
火龍は悔しそうに、告げると速度を上げ、空域を離脱する。
残り30秒。市街地に灯りは無かった。薄暗い街並みが広がっている。しかし、円形に輝く一画が前方にはっきりと見える。シリウス‥‥、銀河重工業跡地。目標である。
「ハウンド1、ハウンド2がやられました、両機とも全力で離脱中」
ルティアが静かに損害を告げる。
「オリオン4から全機へ! 単縦陣をとってくれ! これより目標に突入する!」
先頭に出たトヲイが隊列を組みなおそうと呼び掛けるも、敵ワームの飛び交う中、誰もそんな余裕はなかった。
「目標を視認! 音速のパパラッチーズの参上だよーっ!」
拓那は恐怖をかき消さんとに叫ぶ。
「どりゃぁぁ!!」
そして、バルカン砲を下方に向かって放ちながら旋回を始める。
そんな拓那機をヘルメットワームは見逃さない。下方から火線の真正面に移動する。
「今はあんたらの相手はしてらんないんだ。悪いけど、出直してねっ! うわ!」
間髪を入れずに光線を放たれた。冷汗が流れるよりも早く、光線は拓那の機体を直撃する。
深刻なダメージを伝えるアラーム。落下してゆく機体を立て直すのが精いっぱいだ。
もはや拓那が生き残るには、全力で離脱するしか選択肢が無かった。
皆勇敢に目標を目指していた。しかし、ワームの放つ光線は確実に『岩龍』を捕えた。しかも、勇者を護る盾はあまりにも脆弱で、容赦のないダメージが刻まれてゆく。
「新条ちゃんがやられたっ! うわーーっ!!」
悲痛な声を上げる均。
真正面にワームが出現したのだ。
唯一の武装であるバルカンのトリガーに指を掛ける。『バリバリバリ』という震動が均の腕に伝わってくる。火線は確実にワームを捕えて、命中した。
「相棒! やった?! えへっっ! あれ? えっ? そんな!」
均の放ったバルカン砲の砲弾は確かに命中した。
しかし、すべての弾丸は弾かれ、僅かのダメージすら与えることができない。
刹那、均の機体もワームの放つビームの餌食となる。
エンジン停止。一斉に重大損害のアラームが鳴り響く。落下を始める機体。
「うっ動いてよーっ!!」
泣き叫ぶように計器を叩く均。炸裂する対空砲が機体を揺らす。奇跡的に推力が回復する。
逃げるなら今しかない。均は機首を起こすと、全速で戦場を離脱するのだった。
戦闘開始からの僅かな時間で、偵察隊の半数が撃破されていた。
目標上空まで、残り20秒。
「きゃあっ!」
ここまで、運よく致命的なダメージは回避できていた風音の機体に大きな衝撃が加わる。
機体の損傷を示す表示一気には85%に達する。
(「人類はそう簡単には諦めないからね♪」)
心の中で、風音はそう思った。
「ハウンド4大丈夫か?」
僚機のルティアからの通信。
「ハウンド4まだ行けます!」
風音は強く応えた。殆どの者ならば既に撤退の判断をしてもおかしくないダメージを受けていた。
「ハウンド3これより撮影に入る! きゃぁぁ!!」
ここまで、運よく損傷を抑えていたルティア機が被弾する。損傷率が危険領域に達する。
「これまでね。幸運を祈るわ!」
そう告げると、増速し離脱を開始する。
同じく積み重なるダメージが9割を超えた亜夜も、もう無理だと撮影を断念し、全力で離脱を開始する。
残り10秒。撮影開始!
「まだ、無事だぜ、見えた!」
残っているのは、2機だけだ。ワームが続々と迫ってくる。
「残っているのは俺たちだけか‥‥? 上等だ。‥‥運試しと行こうか‥‥!」
トヲイが言う。
「ああ、行こう」
風音が小さな声で応えた。
0秒‥‥!
「実現不可能な計画をバベルの塔とは良く言うが‥‥皮肉な作戦名だったな」
北の空に全力で離脱しながらトヲイは呟く。
フィルムには直径数キロメートルに及ぶ巨大なワームが映されていた。