●リプレイ本文
●死に行く街
「‥‥バグアめ。随分と派手にやってくれたじゃないか‥‥。あれはステアーか?」
煉条トヲイ(
ga0236)の表情には悔しさが滲み出ていた。
基地の看板に描かれた瞳を潤ませるたまねぎのキャラクタが風で流された黒煙の中に見え隠れしている。
「ステアーは先日の決戦でちらっと見ただけですが‥‥こんな状況下では見たくないですね‥‥」
突然姿を見せた強敵に神浦 麗歌(
gb0922)の額に冷や汗が滲む。
ステアーが札幌市内で活動していれば丘珠基地は目と鼻の先‥‥数キロしか距離はない。
破壊された機体の残骸が散らばり凸凹だらけとなった滑走路では消火が進められている。
『あと15分、いや10分で離陸できるようにします!』
慌ただしく復旧作業が進められてゆくなか能力者の一行も出撃準備にかかる。
「着いて早々三沢にかぁ‥‥。まったく、戦場ってのは忙しいね。任務変更は了解したけど‥‥大尉、帰ったらビールくらい奢れよ」
「ああ、向こうでな」
伊佐美 希明(
ga0214)が軽い口調で言うと、関大尉も頭を掻きながら調子をあわせる。
‥‥もし誰かが希明の年齢に気づいていれば間違いなくミルクを差し出される事になるだろうが。
格納庫の中でジェットエンジンの回転音が響く。
輸送機はリージョナルジェットと呼ばれる双発ジェット機で型式CRJ−200改、装甲なんてものはない機体である。有事行動計画のQ号計画に則って、緊急脱出の要人達が既に乗り込んでいる。
「ぬぅ‥‥、敵さん、このタイミングで仕掛けてきたか!」
ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)は奇妙とも言えるバグア攻勢の同時性に不審を抱く。
追う立場から追われる立場に、攻勢に出ていた人類が半日ほどで守勢に入るなど誰も想像していなかった。
防空の要の千歳、丘珠のKV部隊が実質的に戦力を失った痛手は大きかった。攻撃準備中の僅かな隙をフォロー出来なかった事が今更に悔やまれた。
テレビでは北部方面隊がQ号計画に従って配置についたと繰り返し述べられ、一般市民に向けてシェルターへの避難を指示する内容がテロップで流れている。大型ヘルメットワームがキメラを投下する様子、一行の滞在する丘珠基地がもうもうと煙を上げる様子なんかが中継映像で流れている。
(「できればあの子とも戦いたくない‥‥」)
どんな相手でも戦って命を奪うことには抵抗があると思っていたリーゼロッテ・御剣(
ga5669)だが、眼前で絶望に染め上げられてゆく街の様子に気持ちが揺れる。
「今日もウチぃは箱の中〜♪ 明日もきっと箱の中〜♪ あれ?」
陽気にふるまっていた要 雪路(
ga6984)が声を失う。
報道から得られる情報を把握しようとしていた彼女だったが、表情に衝撃の色が拡がってゆく。
『最後のニュースをお伝えします。‥‥ここ札幌放送センターにもキメラが侵入‥‥してきました。ボゴッ! ガリガリッ!』
予告無く切り替わったテレビの画面には閑散としたスタジオで濃紺のスーツを着用した男性アナウンサーが染みいる様な声で視聴者に語りかけている。
「なんやこれ! 我が精鋭第七師団が反撃中ってゆうたばかりやのに!」
『私たちはみなさまと共にあります。さようなら、さようなら‥‥ザーー』
壁か扉かが破ける衝撃音が響いた瞬間、映像が消えた。
「ケーブル放送も駄目や!」
雪路が祈りを込めるようにチャンネルを変えても映るのは白い砂嵐ばかり。
アルヴァイム(
ga5051)が無言で首を振る。
市内5カ所のテレビ局は同時制圧され、間もなく全てのメディアが沈黙した。
●危険な時間
「一足先に上空の安全を確保するぜ! あとは任せたぜ!」
「そ、そうだな確かに」
ジュエルはそう言うと機体へと走り出す。砕牙 九郎(
ga7366)も後に続いた。
KVならば短距離で離陸が可能である。ならば滑走路の整備を待たずに離陸できるはず。
直感的にジュエルは輸送機が離陸する時間が最も危険である事を理解していた。目的は輸送機に攻撃が及ばないようにすることである。
「事情はよく知らないけれど‥‥今は目の前の事を何とかしましょう」
「数で劣るバグアがそのリスクを押して戦線を上げてきたんだから、絶対の策があるんだろうよ」
麗歌が仲間達の気持ちを察して言うと、希明が予測を交えて呟く。リーゼもそれに無言で頷く。
こうして一行は先ずは上空の安全を確保することが重要だと認識するに至った。
そしてアルヴァイムが念のためにと飛行コースの概要と確認事項が周知されているかを確かめる。
『あと5分で輸送機の離陸できます』
「今は俺達にしか出来無い事に全力を尽くすまで。輸送機は必ず三沢まで送り届けてみせる」
トヲイが関に向かってそう言うと、あとは任せておけという表情で関も頷く。
「あ、そうだ、袖擦り合うも他生の縁だ。名前を聞いといていいかい?」
ジュエルがハヤブサに搭乗予定の3人の男達に声をかける。
「谷だ」
「俺は中野」
「永峰です」
3人は手短に言うと、一行によろしく頼みますと頭を下げる。彼等は20歳になったばかりの能力者達である。
KVの整備はとっくに終わっておりいつでも稼働できる状態だった。
人型に変形し空港の開けた場所に移動した九郎とジュエルは難なく離陸に成功する。
「楽勝だったな」
「まったくだぜ」
九郎が言うとジュエルが軽く応える。
ロッテを組んだ2人は基地の上空を円弧を描くように旋回し上昇する。
2人に続いて次々と離陸を開始するKV。
高度2000まで一気に駆け上ると、市街地外周の高架道路の内側に広がる街並みから幾筋もの煙が上がっているのが見えた。
「ち、近いっ!」
九郎の視線の先では大型ヘルメットワームが市の要衝を狙ってキメラを降下させながら移動を繰り返している。
そして、市の中心部のテレビ塔の近くで赤い光が煌めくと街の各所に火柱が上がる。ステアーである。
地上軍の砲火が集中しているのかステアーの周りに爆炎が拡がっている。何事も無かったように赤い光線を撃ち返している。在来兵器だけでは有効な反撃は難しいだろう。対抗手段であるKVは傭兵達を含めても11機。
攻撃を掛けることは不可能ではなかった。だが、接近して来ない限り戦闘を避けると言う方針の元、攻撃は見送られる事になる。
「非道い‥‥」
リーゼは落とされたキメラが引き起こす惨劇を思いを巡らせる。そして、火柱の下では多くの兵士達がステアーに絶望的な戦いを挑んでいるのだろう。
時に人として許せない・見逃したくない事も大きな目的の前に置き去りにされる事がある。戦士として正しい行動が能力者にとっての誇りのある行動と一致するとは限らない。リーゼの胸の中には締め付けられるような感情が膨れ上がってゆく。
「敵だ」
アルヴァイムからの通信。
瞬間、南東から銀色に輝く魚型ワームが西に向かって飛ぶ。後には橙色の球体‥‥目玉のような物体が至るところに浮遊している。麗歌がロケット弾を放つとあっさりとそれは命中し魚型ワームは大きく体勢を崩す。反撃はしてこないようだ。
「みんな見てや! 南東!」
雪路は偵察用カメラの『梟』を起動する。遠く南西の空から黒く蠢く雲が蛇行する水の流れのように急速に近づいてくる。その正体は飛行型のキメラの大群である。
「なんだと! 奴等の戦力は底がみえたはずじゃねぇのか?!」
希明の思いは北海道のUPC軍全てが抱いていた思いと同じだった。だが、その期待を打ち壊すように耳障りな音がザワザワ響き、次第に大きくなってくる。
『こちらCRJ−200改。発進します』
上空で戦いが繰り広げられる中、輸送機が滑走を開始する。
数分を待たずして基地はキメラの群れに飲み込まれてしまうだろう。チャンスは今しかない。
「すまない、関大尉」
『成功を祈る』
トヲイの通信に万感の念を込めて関は答えた。対空砲の爆煙が空に灰色の花を咲かせ空気を揺らす。
刹那、4機の小型ヘルメットワームが市の中心部方向から薄紅色の光線を放ちながら接近してくる。
輸送機の離陸が先だったなら、この一撃を避けることは不可能だっただろう。
「まずいってば!」
被弾の警告アラートと真っ赤に光る警告灯。九郎がパネルに視線を移すと3割相当の装甲が削り取られていた。プロトン砲の威力が格段に向上していることは確実である。
「ヤバイ! こいつらマジでヤバいぜ!」
可能な限り敵を叩き落すという軽い期待は脆くも崩れ去った。ジュエルもプロトンビームの凄まじい威力に血の気が引く。生やさしい相手ではない。
「‥‥わかっている!」
アルヴァイムは早口で言う。防御に特化した機体であっても危険な破壊力。攻めに転じるしかない。翼に剣の力を宿したディスタンは役割を盾から剣へ、まさに刃となって翼を輝かせる。
滑走するCRJ−200改に向けて放たれたプロトンビームをハヤブサが身を挺して受け止める。爆発。火球となったハヤブサは滑走路に墜ちバラバラに砕け散った。
瞬間、煙と炎を乗り越えてCRJ−200は地面を離れ、角度をつけて上昇を開始する。
「役に立ってくれ!」
敵への妨害を少しでも強めようと希明が高性能ラージフレアを射出すると向きを変えて点々と浮かぶ橙色のワームに向かって銃弾を浴びせる。透き通った橙色の球体は一撃で形を失い、液状となって落下する。拍子抜けする程に貧弱な防御力である。しかしそれが生み出す特殊な場がプロトン砲の威力を向上させた一因である。
「リーゼさん、敵がそちらに向かっています」
やや後方、上空から迫る新手に回避しようと斜め降下からエルロンロールに入るリーゼ。躱して一回転を終えようした瞬間、2方向4筋のプロトン砲の直撃。慣性制御を備えたヘルメットワームは真後ろへの射撃など造作も無い。
「リーゼ! くそ何でこんな事になるんだよ!」
リーゼの機体のダメージは既に8割を越えていた。機体から黒い煙が筋を曳く。だが前に進むしか無かった。
これから三沢に向かおうとする一行を迫るキメラの群れから遠ざけるため基地からは猛烈な勢いで射撃が続けられている。輸送機は残った2機のハヤブサと共に北を目指して速度を上げている。
「雪路! 何をしてる」
「情報を少しでもおっちゃんに‥‥ひゃあっぅ」
アルヴァイムの声が響く。雪路を援護しようと敵の動きを先読みして放った弾丸は大きく外れ、撮影に気を取られ一瞬の隙を見せてしまった雪路のウーフーは薄紅色の光線で十字に貫かれた。
刹那、雪路の眼前のパネルが弾けるように火花を踊らせる。鋭い凶器と化した熱っせられた金属片が衝撃波と共に彼女の細い身体切り刻む。操縦席に鮮血が飛沫いた。右肩に視線を移すと肩から鎖骨にかけてがぱっくりと割け白い骨が露出し、とうとうと血が流れている。
「好きにはさせないぜ」
味方の弾幕が炸裂する中ジュエルは機体ごとキメラの群れの中に飛び込みグレネードを爆発させる。風景が一瞬輝き、巻き込まれた僅かに数体のキメラが燃えながら落下してゆく。それはせめてもの餞であるかのようでもあった。
最高と呼ばれるエースだけでは巨大な力の前には無力である。エース部隊が局地的に勝利を収めても人類が圧迫され続ける状況は何一つ変わっていない。問題を解決するには違った何かが必要なのである、
「南西からヘルメットワーム×8や!」
雪路が赤黒い血を吐いて喉を詰まらせながら声を絞ると骨の見える腕。痛みを堪えてボタンを押すと煙幕弾が射出され急速に煙幕が拡がってゆく。
「援護します」
麗歌とトヲイが傷ついた九郎とジュエルに代わり殿を務める。
(「出来る事なら、今直ぐにでもバグアに一矢酬いたい」)
思いながらトヲイは死に行く基地そして札幌に別れを告げる。
ヘルメットワームとの戦闘は苛烈極めた。慣性制御を始め未知のテクノロジを備えるヘルメットワームは乗り手次第で豹変する。それはその他の機体でも同様である。
ダメージを受けるとヘルメットワームは直ぐに逃げ去った。そしてすぐに新手がやって来た。経験を積むことで敵はさらに強くなることだろう。
「これ以上、精鋭部隊に捕捉されない様、慎重に行こう」
トヲイが静かに言う。
『THE ENDだね』
リリアンが去りゆく傭兵達を確認すると満足げに呟いた。僅かな時間でバグア軍は札幌の大部分を掌握する事に成功した。そして、彼女が傭兵達に対して唯一懸念していた事は発生しなかった。
離陸に成功した輸送機は真北の石狩から小樽方面に機首を向ける。小樽を超えるとその先は実質的なバグア占領地である。敢えて2000〜3000メートルの低空を飛んだ事で岩内→せたな→松前では地上からの砲撃に晒されるが、懸念された敵機の来襲は状況が味方したため無かった。奥尻海峡の周辺で4機の味方F−15改とすれ違っただけで、遂に敵機との遭遇は無かった。
深浦から五所川原へ眼下に美しい森が広がる。
「右前方に味方機×4、ここまでくれば大丈夫だな」
九郎が依頼の成功を確信して言う。あと三十分もすれば夕陽も沈むだろう。そして、あと数分で三沢に到着である。
西から三沢を目指す一行の前を横切る形で青森基地から発進した4機のハヤブサが北に向かってゆく。むつ市に単機のヘルメットワームが来襲したらしい。
リーゼのコックピットの内壁に染みついた血の染みが夕日に照らされて赤黒く光る。
「ありがとう‥‥みんな、ここまでよく無事に」
突然のしんみりした科白に希明が目を見開いて驚く。
「おいリーゼ、どうした? 何があったんだ? 答えろよ! おい!」
刹那、リーゼの機体がバランスを失った。滑走路に斜めに接触した主翼が吹き飛び機体は回転しながら分解した。
●任務は完璧に果たされたが‥‥
消沈する一行の気持ちに追い打ちを掛けるように札幌陥落の報が伝えられる。札幌方面隊司令部は苫小牧に転進し、札幌周辺の残存部隊は市の西部の山岳地帯に陣地を築き態勢を立て直し、徹底抗戦の構えだと言う。
しかし、どこからともなく軍の北海道を放棄するという噂が広まりはじめていた。
「これからどうなるんやろ」
雪路がしょんぼりとした口調で呟く。
「今は『その時』では無い。リベンジの機会を待とう。いつか、必ず機会は訪れる」
トヲイがなだめるように言った。
リーゼは一命を取り留めたが、意識が戻らぬまま眠り続けている。あとは本人の気力次第だろう。
そんな彼女の脇に希明は付き添っている。
札幌を起点に降伏を促す放送が開始された。その内容はUPC軍行動の矛盾点をこき下ろすもので、旭川のミサイル攻撃の惨状や危険地帯から脱出する要人の姿などが巧みに触れられている。
「なに言ってやがる‥‥」
アルヴァイムは呟くとテーブルを叩く。
「んで、リリアンちゃんはそれが楽しいのかい?」
ジュエルが茶化すように言った。だが、目は笑っていなかった。