●リプレイ本文
●雨
「麻雀、か‥‥骨休めには調度良いかもしれないな。長い事禁煙していたし、今日くらいは麻雀をしながら煙草を‥‥」
ひどい胸の痛みに耐えるように、手を押し当てて踞るのはクリス・フレイシア(
gb2547)、傷が癒えていなかった。60年以上も前の極東の島国のような気配のなかで麻雀を打つのも悪くない。
じめじめと降る雨のなか、一斗缶の中で何かが燃やされている。
「何をやっているんだ?」
クリスは炎に近づくと、ポケットから煙草の箱を取り出す。
「九連宝燈が出てしまった牌を破棄しているそうです」
「ちゅ、九連」
一つの色で『1112345678999』のような牌姿であがる役、まんがでしか見られない珍しい役‥‥出した者は死亡するといわれる縁起の悪い役満である。刹那、クリスの背中に得体の知れない悪寒が走った。
「あ、僕の煙草」
手から滑りおちた煙草の箱が炎の中に落下した。
「これで厄が取れたかも知れませんね、さぁ行きましょうか」
濡れた地面に膝をつくクリスの肩にぽむりと手を置いて室内へと促すのはリーフ・ハイエラ(gz0001)である。白衣の袖が雨で湿っている。
「傭兵としてあんまり働いてはいないけど、このくらいの息抜きは良いよね」
初対面の宮原・勉(
gb5604)も何故か気の毒に思い。クリスを励ますように肩にぽむりと手を当てる。
「麻雀か‥‥。兄貴達とよく打ったっけ。懐かしいな」
そう言いながら、お約束のようにクリスの肩にぽむっと手を当てるのは伊佐美 希明(
ga0214)である。今日だけはちょっと大人びて見える。
「‥‥ところで、コレ、負けたら脱ぐの?」
『ざわ‥』
空気が騒いだ。誰にも気づかれないよう服の下にレオタードを着込んでいる希明は堂々としているが、あまりにも唐突で、一部の方には都合が悪くて、着やせで通しているような方にも物悲しかった。
「ええ? 脱ぐのですか?」
気配の元は望月 美汐(
gb6693)の周囲である。表情は強張り額には青筋が立っている。
「久々に真剣勝負ですな‥‥」
秋月 祐介(
ga6378)が眼鏡を輝かせると、さらに周囲にざわざわとした気配が広がる。
「でも、兄貴達と打ったときは脱いでたぜ? 貧乏で賭ける物が無かったんだけどさ」
「成長した今だって、何も無いみたいですけどね」
希明の上半身に視線を向けながらリーフが優しく肩に手をあてる。折角の勝負だからさし馬なんかがあってもよかったかも知れないが、なかなかそうも行かなかった。
「賭けるものか‥‥、大学時代は奨学金や授業のノートをタネに打ってましたからね」
半袖に折った長袖の黒シャツの袖からループタイへ指を沿わせると祐介も雨露を払った。
「今日は大事な一戦の日だ。ある意味、能力者としてキメラと対峙するよりも重いプレッシャーのかかる勝負を控えているといってもいい」
ひときわ大きなざわめきのなか、祐介は言葉を続け、そこに現れたのは木場・純平(
ga3277)である。強いて言えば己が運や縁起を賭けてみると言うのも悪くないだろう。ドレスシャツにネクタイを締めた正装という雀荘にはやや違和感があるが、これもなにかのゲンを担いでいるようだ。
「なんなんだよ、お前らは‥‥」
胸に寂しげに手を当てている希明の視線の先には『第一回 麻雀王大会』という平らな看板がぶらさがっていた。
「まぁ‥‥脱ぐのは構いませんが、本人の同意やお子様に見せられる内容にする必要がありますからね」
実際のところ祐介や純平のようなおっさんにとって脱衣はなんのプレッシャーにもならない。
「僕も骨休めのつもりだし、脱ぐのは勘弁かな」
クリスもなにか複雑な事情を抱えているらしく、クールを装いながらも大粒の汗を流している。
「ようするに脱がなくても良いのですね」
「まぁ、そう言う事だな」
風来坊のような姿をした男の言葉に美汐は安堵の表情を浮かべていると、
「何々、今、何してんのー?」
こんなとことに現れて意外だという感情を露にして希明が声をあげる。その男の名前は関と言う。札幌近郊の丘珠基地で航空作戦の説明をしていた大尉である。
「昨秋以来だね。ちょっと諸々とあってね、いまはこんな感じさ」
と言い自らの腕の傷をさする。
「へへっ、じゃあ傭兵としては私が先輩だな!」
「こんなことじゃ、先に進みませんね‥‥」
「とりあえず、あみだくじで卓分けをしてしまえばいいんじゃないか?」
雀荘のオーナーの言葉に、リーフは集まった6人と自分と関の名札を手渡した。
くじの先には8人分の卓の座席番号が書かれていて、あみだで当たった場所に座る仕組みである。
●A卓〜オーラスの追撃
(222456萬)(999索)(2256筒) ※ドラ5筒
「ツモ4筒。2600、1300。ようやく目が開きました」
南三局、美汐はそっとツモ牌を卓の上に置いた。焼き鳥解消にはなったが、局面が遅すぎる。
僅かに息を吹き返したとは言え美汐は倍満以上でないとトップを狙えない。
35400点でトップを走るのは祐介。ラス親でありひとつ頭抜けているとは言え内心穏やかではない。
2着に勉、3着のリーフがトップを狙える圏内だからだ。
南四局10巡目、勉がここが踏ん張りどころだとリーチを掛ける。打2萬。
(「これは読みにくいですね‥‥だが、ここは逃げ切らねばなりません」)
河には不規則にツモ切られたらしい字牌と端牌のみ。手の内を物語るにはあまりにも材料が少ない。ツモ切りのリーチ。2萬絡みと読むには判断材料が少なすぎる。
「ここは現物支給ですね」
弱気なつぶやきを入れながら、現在2着のリーフがそっと8索の頭を落とし始める。明らかなベタオリである。
「うにゅ〜 こんな筈じゃあ」
配牌もツモも最悪。最下位の美汐も完全にオリ気味。総合点が勝敗を分ける以上持ち点の損失を広げるのは得策ではない。一方、親の祐介はタンヤオの聴牌を狙いながらまわし打っている。上がりさえすれば終了、流れても終了どちらに転んでも良い。この卓には常識的な打ち手がそろっていた。
「これは無いだろう」
15巡目、祐介が9索を切った瞬間。勉の表情が色を帯びた。
「ロン。5200」
(345)萬(2224467899)索 ※ドラ4索
4索と9索のシャボ待ち。
場にソウズが高く8索は3枚切れており6索も通っていた。祐介でなくとも9索は切ってしまっていただろう。
「不合理こそ博打‥‥だから面白い」
◇結果
祐介(+10.4)、勉(+10.4)、リーフ(−5.2)、美汐(−15.6)
●B卓〜4萬に始まり4萬に終わる
(「ドラは1萬か。これはツモ狙いで勝負に行くべきかな」)
(44456萬)(456索)(77745筒)こんな手で純平は打3萬、リーチを掛けた。
南一局の7巡目リーチのタイミングとしてはやや早かった。ドラもなく3筒ならば、3色も付かずにタンヤオのみ。ならば裏ドラにかけてリーチを掛けない理由は無い。
「早いな、おっさん、これは通るかな?」
遥か昔の思い出をもとに危険牌を絞り込もうと河をみても字牌と端牌がばかりだ。ふとした問いかけの答えを得ぬまま希明は危険牌を切る。
(「うむ、わからんな」)
山からツモって来た牌をまじまじと見つめるとクリスはそのまま河に置く。
「‥‥お前、いい奴だな」
取りあえずは現物で回していた関が安牌を増やすクリスに言う。
「カン」
10巡目、純平が7筒をツモるとすかさず4枚1組の牌を倒す。ドラが増える可能性が高いからだ。
現れたのは西で新ドラは北。
(「ドラは乗らずだね‥‥」)
「ツモ」
3筒を卓上に置き手牌を倒す。安めであったが、裏ドラをあけてみるとそこに7萬が居てドラは8萬。いい感じに満貫になった。純平がこれを機に一気に調子を上げ始める。
「まただ、またこの繰り返しだ。配牌も悪い、ツモも悪い‥‥」
南1局。クリスの配牌はまたしても六向聴。急激に配牌が悪くなり始めていた。
大物手ばかりを狙っている関も手が遅くじわじわと点棒を減らし続けている。
「リーチ」
8順目、純平が即リーを掛ける。
「僕は‥‥間違ってはいないはずだ」
既に大きな点棒も無いクリスが8萬を切って2度目の放銃。
「いや、これは失敬。狙ってるわけではないのだけどね」
純平が静かに事実を言った。禁煙グッズを口にくわえて表情を変えぬもののクリスの残り点数は5300点。
南2局7巡目、純平が3度目になるリーチを掛ける。
「だめだ、だめなんだ、これを切っちゃだめなんだ‥‥でも切る牌が分からないんだ」
河に置かれたのは4萬‥‥
「ロン」
純平が牌を倒す。親満である。
「そうはさせないぜっ! ロン! これで頭はねだな‥‥」
「ふっ、知らないのか? ここのルールダブロンありなんだぜ、まったく笑っちまうな‥‥」
雀荘のルールはしっかりと把握していたクリスが正直に言った。
「クリス‥‥お前とあえて良かったぜ」
クリスの箱割れにより終了。
◇結果 純平(+46.4)、希明(+13.2)、関(−14.9)、クリス(−45.3)
●上位卓〜オーラスの奇蹟
「リーチ」
(「ちょっと久しぶりだけど、上手くやれるかな」)
手が早い勉は願わくは前の半荘の勢いが続いて欲しいと勝負に出る。
河はこんな感じ。(北南8萬9萬発3索6索1索西)リーチ2筒
(「即リーか、せめて西と2筒の切り順を逆にすればよいものを‥‥おそらくは2筒のソバあたりか‥‥」)
祐介はそんなことを思いながら回す。純平も似たような読みだ。
基本的に順子の待ちを広く取ろうとする打ち筋、手がかりになる中張牌は順目が早くとも手の内を物語ってしまう。
「1萬ポン」
9巡目希明が動いた。清一色聴牌である。握り込んでいた危険牌勝負を掛けて4筒を切った。
「ロン! 4筒」
(456萬)(234456索)(4456筒)
だが、甘くはなかった。3色の高め。
その後は純平と祐介が好調さを見せ、勉が耐えていた。
「みんな、そんな目で見るのはやめてくれ! まだ‥‥勝負は終わっちゃいねえんだ」
そんな展開のなかの南4局、希明の箱から万点棒がなくなっていた。
「確かにまだ終わってないな。オーラスだしみんなで得点の申告でもしようか? ちなみに俺は39100だ」
2着の祐介が25100点であり、勉が23500点で追う。満貫の直撃か跳満以上のツモを上がらなければ逆転は不可能。ラス親の純平はこの局を流しきるか1000点でも上がれば勝利は確定する。
7巡目勉がリーチを掛ける。
(「まぁ、何を切ったらヤバいのかぐらいは‥‥」)
瞬間、希明の手が止まる。浮き牌は全部ヤバそうだった。
「どうしても馬鹿をやらないとおさまらないのかい。受けて立とうじゃないか」
不良少女とよばれてしまいそうな表情で牌を切る。
だが麻雀は普通、基本的には1人しか上がれない。ツキが均等であるならば上がれるチャンスは4回に1回しかないのだ。
12巡目。祐介はヤミ聴らしく無造作に安牌をツモ切っている。
(123萬)(344556索)(11筒)中中 ツモ中
「12000。リーチ・ツモ・中・ドラ3」
高めの跳満ツモ上がり。こうして勉が逆転でトップを奪い半荘が終了した。
勉(+25.5)、純平(+3.1)、祐介(−7.9)、希明(−20.7)
●下位卓〜読み切れない流れ
「さあ、今度は勝ちに行きますよ」
慎重さが裏目にでてラスを引いた美汐が気合いを入れる。
「ところで、この卓でも優勝できる可能性ってあるのか?」
−45.7と圧倒的に凹んでいるクリスがぼそりとつぶやく。
「確かに可能性は限りなく薄いですがもちろんありますよ」
得点にすれば10万点ぐらい獲得すれば追いつく算段になるが、漫画ではありがちなシチュエーションだ。
その言葉に乗せられた訳ではないが、東1局から気を吐いたのはクリス。
7巡目、8筒を切ってのリーチ。
河は、中8索2萬発北
9巡目、関がツモ牌を手に考え込んだ。そしてそのまま切った。
「ロン! 12000」
(456索)(23456789筒)西西
「イッツーか、仕方ない、まだまださ」
「まだ分かりませんよ、単にツキの流れが来ているだけかもしれませんし」
東4局13巡目。サイエンティストらしからぬ『流れ』という台詞を吐いて毒づくとリーフは牽制とばかりにリーチを掛ける。序盤に7筒を切っており、もろ引っかけの4筒切りだ。
(22萬)(2233索)(881筒)中中発発
「それでは、わたしも追っかけですね」
(23555789萬)(678索)(567筒)
手を見切って掛けたリーチ。順当に字牌からの切り、中張牌へと移っていく美汐の河はとても読みやすかった。
「リー即ツモ、ドラ1で7700。なんだか辛かったけどやっと報われた感じ」
南2局でリーフがツモ牌の7萬を激しく打った。
(1112223445668萬)※ドラ1萬
「ツモ、8000、4000」
一同が息を呑んだ。
「なんだよ‥‥それ」
「ドラ3ですね‥‥」
南四局12巡目、美汐が2着のクリスから直撃するも順位には変動なかった。
(456萬)(3346索)(234456筒)
「結局クリスさんにも追いつきませんでしたか。う〜ん、まだまだ修行が足りませんね」
可能性が低いのは分かっていた。裏ドラに賭けてのリーチであったが、恵まれなかった。
リーフ(+26)、クリス(−4)、美汐(−5)、関(−17)
●発表
「優勝は木場純平さんです。おめでとう! 景品は心ばかりの粗品だそうです」
勉の2連続トップの勢いも純平には一歩届かなかった。
大会の後は参加者も含めて一気に飲み会になだれ込んだ。
「はははは、君たちと居ると楽しいね、こうみえても私は昔、不良だったのだよ」
ビールをせがむ希明に関はビール味の飲料をグラスに注ぐ。
「軍人としてでも傭兵としてでも‥‥みんな一生懸命やっている。今はそれだけだよ」
関が言うには幸いにも北海道は食料事情がよいため、中立化によって敵との共存という奇妙な情勢となったものの、表向きは平和を得ているという。
麻雀の対局をみていると、ベストである筈の手が裏目に出てしまう事もあり、気休めとしか言えない手が大きく化ける事もある。希明は不意に見せた関の厳しい表情に励ましの言葉を投げかける。
部屋の角の長椅子をみると精も根も尽き果てたクリスがミイラのようにやつれた表情で仰向けに寝ている。その横で純平が静かにコーヒーを飲んでいる。
◇最終結果
1位 純平 49.5
2位 勉 35.9
3位 リーフ 20.8
4位 祐介 2.5
5位 希明 −7.5
6位 美汐 −20.6
7位 関 −31.9
8位 クリス −49.3
※得点計算は25000点持ちの30000点返し。
配給原点と原点の差額はトップ賞として、1着に2万点(+20)の加算としています。