●リプレイ本文
おっかなびっくり展示室のひとつに入って行ったソニアだが――
●キョウ運との遭遇
「きゃぁぁっ!!」
「わぁっ!」
一瞬、何が起こったか解らなかった。
ただ衝撃と叫び声と足の痛みが一度に来て、気付くと足元にソウマ(
gc0505)が転がっていた。
「恥ずかしい所を見られましたね‥‥あの、これ」
黒髪の少年はソニアと然して歳の差はなさそうだ。ぶつかった際に取り落とした布手提げを拾ってソウマは彼女に渡してくれた。
どうもありがとう、と受け取ったものの、どうにも気まずい。片やソウマはコント並の転び方をしていたし、ソニアは驚いて叫び声を上げた事が恥ずかしかった。互いに赤面したまま黙り込む。
事態を動かしたのはソウマの方だった。
「‥‥お姉さんは学園の生徒ですよね」
「ええ。あなたは外部の?」
現役中学生の傭兵ですとソウマは名乗り、これも何かの縁だからと学園祭巡りを申し出た。
「良かったら一緒に回りませんか?」
お姉さんと呼ばれた事、相手が年下の中学生だと言ったのが油断を招いたのだろう。安心したソニアは同行を快諾した。ソウマが内心こう思っていた事など露知らず。
(「‥‥お姉さんの近くで何か面白い事が起こる、そう僕の勘が囁いているんですよ」)
「ちょっと、あれまずくありませんか?」
「‥‥そう?」
難しい顔して言った春夏秋冬立花(
gc3009)に、諌山美雲(
gb5758)は何の疑いもなく返事した。
ソウマとソニアの遭遇を、柱の影で観察していた二人である。実はソニアとの合流タイミングを計っていた‥‥のだが。
「ナンパされてますよ、ソニアさん」
「違うと思う‥‥けど」
この先に待ち受ける、黒い企みに障害発生とばかりに眉を寄せる立花だが、美雲は余裕だ。気にせずソウマ達に近付いて行った。
「あ、ソニアさ〜ん、もしかして案内中ですか?良かったら、一緒に回りません?」
無害な笑顔でにこにこ近付く美雲を見つけて、顔が引き攣るソニア。
諌山美雲と言えば、どじっこトラブル体質のお姉さんである。側にいるだけで巻き込まれかねない、油断は禁物だ。さすがに伝染るとまでは思わなかったが、ソニアが身を竦めたのは本能的なものだった。
「って、何で引け腰なんですか‥‥?」
「‥‥いえ、何となく」
ソニアが感じていた危機感は実は別の所からも発生していたのだが、彼女はそちらには気付いていない。立花が至って無害そうに話し掛けた。
「お久しぶりです。少しは慣れました?」
おかげさまでと返すソニアに、美雲に悪気はないはずだからと形ばかりのフォローを済ませ、立花は催しの見学希望はないかと尋ねた。
「えーと‥‥」
「まぁ、聞いただけで既に効率よく見回る順番は決めてますが。ヒーローショウに行きますよ」
返事が戻る前にさっさと歩き出す。
早速振り回されているソニアのうろたえっぷりを観察しつつ、ソウマはお姉さん達の後に付いて行った。
一方、壁の角に隠れていた二人。
「ええっ、もう来ちゃうの!?」
先んじて遭遇し挨拶しておこうと思っていた姉弟が焦っていた。
弟が狙っているという女子生徒を値踏みしてやろうと、できるだけ関わってみたかった瑞姫・イェーガー(
ga9347)だが、時は待ってはくれなさそうだ。
「姉さん、行くよ。悪役やれなきゃ意味がない」
弟、柿原錬(
gb1931)に引っ張られて姿を消した。
●屋上での攻防
「輝く白は乙女の純心、純情可憐エンジェルホワイト!」
ぴしっとキュートにポーズを決めた鬼道・麗那(
gb1939)のバトルスーツが翻る。ちらり見えた絶対領域に大人のお兄さん達の野太い歓声が上がった。
とはいえ、エンジェルホワイトは夢見る女の子にも安心な清純仕様である。ファンサービスに微笑して、エンジェルホワイトこと麗那は錬演ずるカンパネラデビル・リンに向き直った。
「学園の平和はカンパネラエンジェルが守って見せる!」
「さあ、どうしてやろうか‥‥そこのお嬢さん、こっちに来てくれないかな」
右肩に蝶のタトゥー、中性的な容姿に高く澄んだ声。天使に対する悪魔の名に相応しい小悪魔的な美少女は、エンジェルホワイトを小馬鹿にしたように見下し笑うと観客席に視線を向けて、ソニアを指差し手招いた。
兵舎『闇の生徒会』主催ヒーローショーの公演待ちで、ざわめく屋上。
屋上でヒーローショーはデパートの事では?‥‥などと突っ込んではいけない。いかに頑強なカンパネラ学園であれど、能力者同士の大立ち回りを校舎内で行うよりは屋上に舞台を設ける方が無難な対応なのだ。
しかも代表者はあの芸能界随一のお嬢様キャラである。学園外からの一般客も集まって、特設ステージは大層な人で賑わっていた。
己が手招かれたその時、ソニアは大人のお兄さん達に紛れてショーを見学していた。
「さすが麗那様、格好良いな」
「レイナ様〜!」
「あの悪役のコも可愛くないか?俺好み〜どこの所属だろう」
(「麗那さん、人気がおありなんですね‥‥相手役さんも」)
男性ファン達の感想を耳にそんな事を考えていた矢先の事で、沖田護(
gc0208)に指摘されるまで、自分が指名されているとは気付きもしなかった。
「呼んでますよ、ソニアさん」
「折角だから、楽しんできたら良いと思いますよ」
「‥‥え、わ、私ですか?」
そんな馬鹿なときょろきょろしてみるも、護も美雲も、周囲は自分に注目している。指名なんてとんでもない、穴があったら入りたい‥‥本が入った布手提げに顔を埋めかけたソニアから、立花は容赦なく手提げを奪うとさっさと舞台へ押し出した。
「頑張ってねー」
(「計画通り」)
にやり。心の中で闇笑いする立花だが‥‥何の計画だか。
一方その頃、ソウマはリン配下役のグランダー(
gc5779)が投げたナイフを客席で掴んでいた。
「‥‥殺気はなかったので事故ですね」
肩を竦めて言うが当然だ。学園祭で死傷者が出ては洒落にもならぬ。
おそらくは普通の人は一生に一度もないであろう危険な事故に見舞われてしまうのが、ソウマがキョウ運の持ち主たる由縁なのだ。
舞台の上へ引きずり上げられたソニアを迎えたリンは妖しく微笑んだ。
「ようこそ、お嬢さん。ねぇ‥‥こう思った事はない?本の主人公みたいになりたいってさ」
「いえ、別に‥‥」
即答。ソニアは演技力がない上に空気も読めなかった。
「このボクが叶えてあげるキミのその欲望を‥‥って、えぇっ」
閑話休題。
リンはソニアを自分の眷属にせんと妖しく続けた。
「チッ‥‥駄目か、仕方ない‥‥だけど君のことが気に入っちゃったからボクの
モノにはなって貰うよ」
(「ボクっ娘さんに気に入られても‥‥」)
ソニア、根本的な部分で誤解していた。錬である。男の娘なのである。断じてボクっ娘ではないのだが、ソニアはリンを女の子だと思い込んでいた。
心底助けを求めてエンジェルホワイトに目を向ける。
錬の只事ならぬ演技に呑まれていた麗那は、乙女の窮地に気がついた!
「待ちなさいリン!その子を放しなさい!」
「いやだ、ボクのモノだ」
「お断りします」
何処までもノリの悪いゲストだが、観客は幸いにも主役悪役の迫真の演技に盛り上がっている。
「そうは、させないのにゃ‥‥リンのために、このシルキーキャットがエンジェルホワイトを倒してみせるのにゃ」
シルキーキャット、リンの配下だろうか。その正体は瑞姫である。
観客の誰かが気付いた。
「おい、あのシルキーキャット、海外特撮の猫怪人じゃないか!?」
「すげーなカンパネラ学園祭!」
一気に盛り上がる観客達。
舞台上ではゲストを巡ってよくわからない攻防が繰り広げられていたのだが、芝居上の演出になってしまうのだから恐ろしい。
結局、お約束通り悪は倒され、ゲストは会長の熱烈な入部勧誘を受ける事になる――のだが。
「ソニアさん!学園の平和を守るには非力過ぎるアタシ達にアナタの力を是非貸して欲しいの!」
「私はもっと非力過ぎると思います‥‥」
やっぱりノリの悪いゲストであった。
舞台袖。
(「‥‥何故来てしまったんだろう」)
ドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)の頭の中では、何故かその考えだけがぐるぐる巡っていた。
まあ、来てしまったのは団長――会長こと麗那に頼まれたからにほかならぬ。
(「‥‥やることやろう」)
相変わらず考え事は巡っていたが、手はせっせと動かしていた。
舞台の上では相変わらずちぐはぐな芝居が続いていた。だが己の存在もまた場違いではなかっただろうかと、ドゥは思う。
時々思ってしまうのだ――自分がこの世のものじゃないと改めて実感する瞬間というものを。
この場にいてはいけないのではと‥‥違和感に思ってしまう、自分。
(「あの人には楽しんで貰いたい‥‥きっと皆がそう願ってるはず」)
だから、手を動かそう。やることやろう。
舞台が引けた頃、ドゥの姿はなかった――けれど、彼が手伝った痕跡は確実に残っている。
●学祭の華、模擬店
学園祭の独特の雰囲気が好ましいと青年は和やかに笑った。
「はは、こういうお祭りって、何とも言えない手作り感がいい感じだよね。さてさて、どこから回ろっか?」
「ふふ‥‥お祭りですもの、わたあめや焼きソバ、フランクフルトの様な定番もあるでしょうか?」
新条拓那(
ga1294)が石動小夜子(
ga0121)に尋ねると、小夜子は頬染めはにかんで「食べ物屋さんばかりですけど‥‥狙ってる訳ではありませんよ?」そう応えた。
学生達が働いているところを見たいのだと小夜子は言った。学生達の調理の腕も知りたいし‥‥と。
「それに‥‥たまの休暇ですもの‥‥拓那さんと二人でゆっくり過ごせれば、私は‥‥」
最後まで言えず口篭った小夜子は真っ赤だ。言い切れなかった想いは少し思いきった行動で表してみる。
そっと手を伸ばし、拓那の手を握った。
はっとして、拓那は「じゃあ、わたあめから探そうか」そう言うと優しく小夜子をエスコートしていった。
飲食系の模擬店は終日賑わうものだが、殊に昼時ともなれば食堂は人でごったがえしている。
「今日は、うどん以外で‥‥」
「じゃあラーメンにしましょうか」
「‥‥‥‥」
美雲の反応に、立花とソニアは何とも言えない表情で互いに顔を見合わせた。事情がわからぬ護とソウマに、かつて美雲が饂飩をトレイごと宙に舞わせた事があるのだと説明し、ジャンボバーガーの模擬店に並ぶ。
「お姉さんもキョウ運の持ち主かもしれませんね‥‥ああ、ポテトを散らさないでくださいね」
ソウマの言葉に、思わず周囲が美雲のトレイを支える一幕もあったりして。
「あ、師匠」
声掛けたソニアに気付いて、最上憐 (
gb0002)が顔を上げた。彼女のテーブルには既に空きトレイが積み重ねられている。
「‥‥ん。学園祭を。食べに。私。参上」
常と変わらぬ憐の言葉にソニアは微笑んだ。彼女にとって憐は傭兵の心得を教えてくれた師匠である。たとえそれが偏った情報であろうと、食事の大切さを教えてくれた人物である事に変わりない。
「‥‥ん。とりあえず。そこで。買って来た。焼きバナナと。たこ焼きと。イカ焼き。食べる?」
「いただきます♪」
とりあえずにしては大量の焼き物を広げると、周囲はソースの香りで満たされた。出来立て焼き立てを買い占めてきたものらしく、どれも熱々だ。
「これも飲‥‥あ」
憐は熱さなど全く感じていないかのように、ぱくぱく食べている。否、丸呑みという表現が的確だろうか。焼きバナナその他は瞬く間に憐の腹に消えていった。
見事な呑みっぷりに見惚れていると、憐は食堂内出前注文を始めた。
「‥‥ん。おかわり。大至急。おかわり。遅いと。直接。厨房を。強襲するよ?」
「強襲は困るね。すぐにお持ちしますよ、お嬢さん」
俄か助っ人、UNKNOWN(
ga4276)が厨房のお姉さん達に代わって現れた。
ぶらりと普段そのままに、いつも通りに変わりなく。
学食のお姉さん達とも仲が良い彼は、冬向けのメニューレシピを進呈に食堂へ訪れていたのだが、そのまま食堂内の雑事を手伝っていた。
それもまた普段通りというべきか。
いつものように学園を訪れ、いつものように挨拶し、学園祭の準備も手伝って不具合にはささっと対処してやったりもする。それが彼、UNKNOWNらしさであった。
さて、取って返したUNKNOWNが次に現れた時、彼は両手にカレー皿を持っていた。これまた出来立て熱々のカレーが盛られている。
「お待たせ。君専用鍋を用意したそうだよ、食べ切れるかな」
ふふりと余裕の表情で憐に給仕するUNKNOWN。憐も望む所だ、すぐに厨房は下がってきたカレー皿だらけになるだろう。
模擬店前で、ディモン(
gc5589)がわたあめを作る手付きを眺めていた小夜子は、ソニアを見つけて淑やかに声を掛けた。
「ふふ‥‥折角お会いしたのですもの。ご一緒にいかが、ですか?」
ありがとうございますとソニアもわたあめを買って、食後の甘味を堪能する。お邪魔じゃないですかと遠慮がちに尋ねれば、多少の騒ぎはお祭りですからと微笑んだ。
祭りらしい食べ物をいくつか買い込んできた拓那が合流して、落ち着いて座れる場所を確保する。
「うん、実は俺も同じ位の時、やっぱり出店とかやったことあるんだよ。懐かしいね。呼び込みで声出し過ぎて喉がらがらになったりして‥‥」
懐かしく目を細めて語る拓那を、幸せそうに見つめる小夜子。ソニアはわたあめ片手に、そっと立ち去ろうと――
「見つけましたよ、ソニアさん!ここへ来る途中で通った、お化け屋敷に行きませんか?」
ちゃっかり籤など用意している美雲は明らかに何か企んでいる!
またもや不穏な空気に身構えたソニアを庇って、小夜子は怪訝な表情で一瞥した。
(「拓那さんと過ごす大切な時間の邪魔をするモノは何であれ、何処かへ片付けてしまいますよ?」)
騒がしい乱入者から、大切な人との逢瀬の刻を守りたい乙女心。その想い人は暢気に「若い者はいいねぇ〜」年寄り臭い反応をしていた。
ともあれ、食事を済ませたソニア達は次なる場所へ。
尚、そこで何があったかは一切記録に残されていない――
●いつも通りの傭兵達に
にゃーにゃにゃ?
フロックコートの背中が、にゃーにゃー話をしていた。周囲には学園内に生息中の猫さん達。猫語の主はロイヤルブラックの艶無しコートに兎革の黒帽子、UNKNOWNだ。
常とは違う学園の様子に静かな心地よさを求めて集まって来た猫達に囲まれ、彼自身はごく自然に普段通りに振舞っている。
いつもの場所で、いつもの通り。『特別』がない、というのが彼のクオリティ。
本当に猫と会話しているかのようにしっくりと溶け込んで、のんびりと午後を過ごしている。
さて、祭も終盤に差し掛かった学園内では、憐が食べ歩き。これもまた、普段と変わらぬ光景かもしれない。
「‥‥ん。おやつ。一緒に。食べに行く?。丁度。あそこの。店で。ジャンボパフェが。あるらしいよ」
向かった先では、ソウマが既に着席していたりした。
「僕のキョウ運は絶好調のようですね」
88番目の客だったとかで、無料サービスの待遇に口の端を吊り上げて皮肉気に笑んでみせた。
ソウマに運ばれて来た超ジャンボチョコパフェが美味しそうだったので、皆で注文する。
「‥‥ん。それぞれひとつずつ。私は。みっつ」
アイス溶けちゃいますよと時間差で出すか尋ねた接客の学生に平気だと答える憐。パフェ一気飲み伝説が生まれた事は言うまでもない。
「僕のキョウ運は、強運・凶運、両方の意味があるんです」
覚醒すると更にもうひとつキョウ運が加わるのだが、それは今回は伏せておこう。
超ジャンボチョコパフェを必死で飲んでいるソニアに苦笑しつつ、ソウマが言った。確かに、一人前とは思えないパフェをサービスされるのは幸運だか不運だか判らない。この量を一人前以下に数えられるのは憐くらいのものだ。
その憐は、超ジャンボチョコパフェを3つ平らげて、今度は超ジャンボプリンアラモードに取り掛かっていた。
「‥‥ん。メニュー全部。制覇。どんどん持って来て」
まだまだ入るらしい。
最後の一口を口に押し込んで、ソニアは達成感を覚える前に倒れた‥‥
――暫くして。
気がついたソニアを連れて食堂を後にすると。
「わっ、ごめん!」
「きゃぁ!」
初めて訪れたカンパネラ学園を珍しげに見学していた、はやみん(
gc5700)と鉢合わせした。女子の意地、さすがに口元は無事だったが未消化の胃には相当のダメージが加わったようで、ソニアは再びくらりと揺れた。
「大丈夫?」
「‥‥はい、大丈夫です‥‥すみません」
まさか満腹でフラフラなのだとは言えない。曖昧に笑って誤魔化していると、ソウマと憐がやって来た。憐は勿論だが、ソニアと同量のパフェを食べたソウマも涼しい顔をしている。
「今日は楽しかったです。ありがとうございますね、ソニアさん」
「‥‥ん。学園祭。終わり。‥‥物足りないので。帰りに。何か。食べて。行こうかな」
まだ食うかの視線を向ける余裕ある者はいなかった。
代わりに、事情を知らない青年が罪の無い言葉を口にする。
「良かったら、俺も一緒に行っていいかな」
はやみんはすぐに知るだろう。
能力者屈指の胃袋を持つ幼女、憐の底のない食欲を――