●リプレイ本文
●図書館から任務開始!
さて、厄介な紙袋を預かってしまったソニアは、小首を傾げてこれからどうするかを考えていた。
とりあえず、学園玄関と地下掲示板前に行ってみよう――広報誌ではないけれど。
そう思い決めて、机に積み上げていた名作全集を片付けようと立ち上がった所で、ソニアは覚えのある危機感を感じて窓の外へ視線を向けた。
「ふぅーははーお困りのようだね、ソニアたーん☆」
くるり。
見なかった事にして、そそくさ片付けを続けるソニア。
「‥‥あ、ちょ、まって何で避けるのおおおおっ!!」
デジカメを首から掛けて双眼鏡片手の村雨 紫狼(
gc7632)が、窓を跨いで図書館に現れた!
きっと前世か何かで非常に恥ずかしい写真でも撮られたに違いない。直接会うのは初めてなはずなのに、何故か感じる身の危険――脳内に木霊する『ロリコン紳士』のフレーズがソニアの顔色にも出ていたらしい。紫狼は全力で否定した。
「てゆーかチミ〜誰が変態やねんやねーん! こんな爽やか誠実さが売りの美青年をHENTAIとかねーZE☆」
否定はしないが自分で言うのも如何なものかと、胡散臭げなソニアの様子はお構いなしのマイペースだ。
「ってまあ何してんのソニアたん?」
事情を聞いた紫狼、快くアンケート回答第1号になってくれた。
かきかき、さらさら――ほい完了。
「ありがとうございます。正義感の強い熱血ドラグーンさんとお知り合いなんですね‥‥渾名は番長?」
「そそ、深紅の可変バイクが『弟』って言う、ウザい奴なんだぜ」
「それは凄い‥‥ところで紫狼さんは学園に何の御用で来られたんですか?」
素朴な疑問だった。学生でも聴講生でもない傭兵の彼が訪れるような重要な事情でも発生したのかしらと、本当に素直に尋ねてみただけだ。
「あ、いやー、うん‥‥未来の若人の成長っぷりをなあ〜」
そこで何故目を逸らす。
「?」
「温かく見守って‥‥っと! という事で俺はさらばっ! うん、何で不審者扱いなんだろーなあ不思議だなあっ!」
窓の外を通り過ぎる警備員を見つけ、紫狼は図書館を通り抜けて去って行った。
ちなみにこの日、初等部の更衣室と中等部の体育の授業中に覗き魔が発生した由。通報を受けた警備員が捜索したものの、遂に犯人は捕まらず仕舞いだったとか。
アンケート収集は順調(?)な滑り出しで、荷物を纏めたソニアは機嫌よく図書館を後にした。
「ソニア先輩」
図書館を出た所で出逢ったのはラサ・ジェネシス(
gc2273)。先輩だなんてとんでもないラサさんの方が能力者の先輩じゃないですかなどとひとしきり話した後、ソニアの事情を聞いたラサは同情気味に言った。
「そんなにたくさん、大変そうダ‥‥」
明朗で前向きなラサの表情を曇らせてしまったのが申し訳なくて、ソニアはおろおろ――でも。
「この不肖、ラサめにお任せあれ」
ドヤ顔!
ラサはやっぱりラサだった。
「不肖だなんてとんでもない! お手伝いしてくださるの、嬉しいです♪」
ソニアは微笑って、二人して紙袋の持ち手を片方ずつ持ってエントランスへ向かった。
●萌えを語る!
学園生徒に聴講生の傭兵、普通の傭兵に学園関係者――さすがにエントランスホールには多くの人が行き交っていた。
広いエントランス内で、ラサとソニアは離れるように立って、通り過ぎる人達にアンケートの協力を呼びかける。
「アンケートにご協力お願いしマス」
「すみません、次期会長・副会長の推薦アンケートを集めています」
「今ならなんと、もう1枚アンケートがっ!」
――え?
だけど、このラサの『1枚オマケ』は結構有効な作戦だったようで、推薦したい人物が複数いる人を中心に用紙はどんどん捌けていった。
「あ、師匠♪」
いつの間にか最上 憐 (
gb0002)が側に居たもので、ソニアは微笑した。
「‥‥ん。甘い匂いがした。呼ばれた気がした。私。参上」
くんくんと鼻を動かす様子が可愛らしくて、ソニアは今アンケートのお礼にマドレーヌを差し上げているんですよとくすくす笑う。
「‥‥ん。アンケート協力するよ。マドレーヌの為に。沢山。くれる?」
「色んな種類がありますから、お好きなだけどうぞ」
憐なら沢山食べるだろう事を見越して、どれにしますかと快くソニアは紙袋の中を見せた。
美味しいと評判の洋菓子店が作っているマドレーヌは、シェル型はプレーンやココアのほかコーヒー味やマロンペーストを練りこんだものなどが、ラウンド型にはリンゴやモモやアンズにパイナップル、定番のレーズンやキューブカットのサツマイモ、変わった所で輪切りレモンや甘納豆などのトッピングが施されていた。
ひとまず全種1個ずつ提供するとかなりの量になったが、憐にはまだ足りないだろう事は解っているから食べ過ぎの心配はしないソニアである。
「‥‥ん。学生にとっては。学食が。命だから。学食を良くしてくれる人が。良いね」
「候補者さんは細マッチョ‥‥で、学食のカレーの具を大きくする活動推進派?」
言われて、見るともなしに憐から受け取った用紙に目を通して。
学園は広い。憐以外にもカレー好きは居るようで、推薦したいのはカレー繋がりの知人のようだ。
「‥‥ん。具体的には。カレーとか。カレーとか。カレーを。更に。大盛りとかにしてくれると。良い」
育ち盛りに学食で供される食事の量は重要だ。
カレーのジャガイモはゴロゴロ大きい方が良いか、とろとろ煮溶けた小さめが嬉しいか、やはり飲むなら‥‥などと他愛ない話をしていると、聞き慣れた声がした。
「何やってんだぁ」
振り返れば紅い髪。レインウォーカー(
gc2524)が立っていた。次期会長候補推薦調査、調査員になった経緯などをソニアから聞いた彼は、やれやれと内心思う。
(まったくお人好しな奴だな、ホント。まあ、ソニアらしいと言えばらしいかぁ)
「また厄介ごとに巻き込まれたみたいだなぁ。けどまあ、中々面白い厄介ごとだな、生徒会長を選ぶって言うのはぁ」
そういう事なら少しだけ協力してやるかと、差し出されたアンケート用紙に記入する。
「レインさんは今日はどんなご用で来られたんですか?」
何気なく言ったソニアの問いに、学生でも聴講生でもない傭兵のレインウォーカーは、改めてこの学園に様々な思い出がある事に思いを巡らせた。
「学園生にならなかった割には色々と縁があるんだよな、ここも。お前の面倒を見たり、カオスな珍騒動に巻き込まれたり‥‥ホント、面白い場所だな、ここはぁ」
近く大きく環境が変わる学園を感慨深く見渡して、ちょっと散歩して来るわと背を向けた。
「ボクが協力できるのは今回は少ないみたいだしねぇ。後でお前も食堂に来るといい。お茶を用意しておいてやるよぉ。もちろん、いつものクッキーもねぇ」
「わ、楽しみにしてます」
後のお楽しみという元気を貰って、ソニアは笑顔で手を振った。
エントランスを離れる前に、もうひと頑張り――と学園を訪れていた傭兵の長谷川京一(
gb5804)に声を掛ける。
「新しい生徒会長ねぇ……ワンマンじゃなくて人を使うのが上手い奴がいいんじゃねぇか?」
学生の問いに応じてくれた傭兵は、口端の禁煙パイプを動かしながら、依頼で同行した学生傭兵の記憶を辿っている。
「本部の依頼にも出られている方なら、きっと優秀な方なんでしょうね」
「ああ。名前は知らなぇんだが、いつだかの依頼であった奴がいい感じにこき使ってくれてたねぇ」
ふむふむ。
記憶を辿る京一から聞き取りながら、少しでも多くの情報を思い出してもらおうとするソニア。
「その人、どんな感じの人だったんですか? 知っている生徒がいるかもしれません」
「うん、彼女は素晴らしい眼鏡っこだった」
その瞬間、長谷川京一を変貌させる何らかのスイッチが――ぽちっと入った。
眼鏡。
それは単に視力を矯正する為だけのものではない。ときに目の周辺を保護し、視界を確保する役割を果たす。その形状は様々で用途によって使い分けられるほか、装飾の一部としても重要な役割を持っている。
つまり、眼鏡は萌え属性のひとつ足りえるものなのである!
――という前置きを要するまでもない。京一の眼鏡萌えスイッチはしっかりと押されてしまっていた。
そんな事など気付かずに、ソニアは小首を傾げて更に地雷を踏み抜いた。
「眼鏡っこ、ですか‥‥?」
「ほう、眼鏡っこの良さをご存じない? では語って聞かせて進ぜよう。まず一口に眼鏡といっても色々あってな‥‥」
ふむふむと律儀にメモを取り始めたソニアに、京一は萌え眼鏡講座初級編。眼鏡の形状から語り始めた。
「まずフルリムフレーム」
「フルりむ‥‥フレーム!?」
いきなり聞きなれない言葉が飛び出して、目を白黒させるソニア。一般的に眼鏡と言って思い浮かぶ形かなと京一は補足した。
「全体をフレームで覆ってる形だ。これはこれで存在感があって良い。次にリムレス、ツーポイントとも言うが、これはフルリムとは逆に縁の無い物で、軽くて顔の印象をあまり変えないのが特徴だ」
「はあ‥‥」
理解しているのかいないのか、ソニアは律儀にメモを取っている。
ちょっと待て候補者聞き取りには関係ないだろうと突っ込む者は、惜しいかなこの場には居ない。
「‥‥ん。ソニア。頑張っているね」
「そうでありますネ」
憐とラサとマドレーヌ。
エントランスでのアンケートを粗方取り終えたラサは、憐とまったり雑談していた。
(会長‥‥出席日数足りてたんダ‥‥)
ドラグーンと言えば誰もが連想するであろう現会長の姿を思い出し、ラサはそんな事をふと思う。
一方、眼鏡講座はいまだ続いていた。
「さて、縁有りと縁無し、当然中間にあたるものもある。ナイロールタイプというものだ」
「無いロールタイプ‥‥???」
妙な漢字変換をして首を捻るソニアにナイロールだと言い直し、京一はメモに半縁眼鏡のイラストを描いてやった。
ああ成程と頷いたソニアに講義再開。
「フレームとレンズはナイロン糸などで固定するんだ。この辺からはお洒落向きだな、矯正度合い‥‥分厚いレンズなどでは支えきれない場合がある」
「ふむふむ」
「上に縁があるものをハーフリムといい、下に縁があるものをアンダーリムという。中でもアンダーリムの人が上目遣いで見上げてくる所を想像してみな!」
ちょいちょい。
京一に流されるまま律儀に想像の海へダイブしたソニアの制服を、誰かが引っ張っていた。
「ソニア先輩」
「萌えねぇかい?」
メモった『萌え』の文字がくいっと歪む。我に返って引かれた先を見ると、ラサが廊下の向こうを指差していた。
「憐殿に全部差し上げてしまいましタ」
廊下の先には、紙袋を提げた憐の後姿が。
拙い、任務完了までに食べ切られてしまうのは非常に拙い!
「待って、師匠それは待って! あとで全部差し上げますからっ!」
「これらの眼鏡とその人の個性の組み合わせで様々な魅力を引き出す事が出来るのさ! まだこれから形状の話が‥‥!!」
慌てて憐を追うソニアとラサに取り残された京一は、ぽつんと其処に立っていた――
●個性派揃いの候補者たち
憐を追って地下へ移動したソニア達は、掲示板前でアンケートを再開した。
そこへ現れたのは、AUKVの整備を終えて整備場から出て来たヘイル(
gc4085)。先の学園機能の所在に関する意見交換にも参加した彼が事情を飲み込むのは早かった。
「何のアンケートだ? ああ、そういう事なら協力しようか?」
適当な量の未記入用紙を受け取ったヘイルは手際よく手伝いを始めた。
「手伝ってくれるなんテいい人ですネ」
「ラサさんも手伝ってくださってるじゃないですか。ありがとうございます」
「‥‥ん。マドレーヌの為に。手伝うよ。よ?」
――などと女の子達が話している間、ヘイルは着々と調査を進めていた。
「そこの人。アンケートなのだが‥‥ありがとう、これに頼む。ああ、手が離せない? では代筆しよう‥‥番長? 今時そんな奴が居るのか?」
いまや絶滅危惧種なのではと思われる、番長やヤンキーの存在。希少な番長が棲息していた――学園はやはり広く懐の深い場所である。
そんなこんなで暫く一緒に調査した後、地下はヘイルに任せてソニア達は次の調査場所へ。
「‥‥ん。カレーが。私を。呼んでいるの。ちょっと。いっぱい。飲んで来る」
食堂へ着いた途端、憐が一時離脱。また後でと手を振って、ラサとソニアは調査を続ける。
「アンケートにご協力お願いしマス」
「簡単なアンケートです、是非!」
さすがに食堂は時間に余裕のある者が多く集っており、ちょっとした暇潰しに回答に応じてくれる者が多かった。
回答を済ませた柿原 錬(
gb1931)は、この後ソニアが休憩するだろう事を見越してお茶の準備を始めている。
そこへ地下での集計を済ませたヘイルが合流した。
「高城、集めてきたぞって‥‥なんだ、そのマドレーヌの山は」
「そろそろ終わりそうですから、お茶にしませんか? まだこんなに沢山残っているんです」
級友に貰ったマドレーヌはかなりの量だったらしい。テーブルにはレインウォーカーお手製のクッキーも並び、慰労のお茶会は着々と準備が進められていた。
かなりの量だがまあ余る事もないかと、ヘイルはカレーを飲んでいる憐の方を見遣り――視線の先で錬が湯で火傷したらしいのが目に留まった。
「おい、大丈夫か。紅茶でいいのか、俺が続きをしよう」
錬を気遣って、お茶担当を引き受ける。
用紙の束を纏めてソニアが席に着くと、皆思い思いの場所に座ってお茶と菓子を手元へ寄せた。
「お疲れ様、と。中々面白そうな案が集まったみたいだねぇ」
「ええ、個性的な方達ばかりです‥‥ん、美味しい」
「どんな奴が選ばれるのか、ボクも愉しみだぁ」
クッキーを齧るソニアに目を細め、思い出多き学園の未来に期待するレインウォーカー。
「男女ともにファンの多い人気者が良いですネ」
ファンクラブを3つも持つエレガントな生徒を推薦したラサは「仲良き事は美しき事なのデス」と笑顔で言って、マドレーヌを口に運んだ。
「ここのお店のマドレーヌって美味しいネ。幸せー」
ラサの幸福な笑顔こそが場の皆に幸せを齎すのだろう。皆、釣られるように次々と菓子に手を出して会話に花を咲かせ始めたのだった。
その後、候補者推薦のアンケート用紙は回収され、学園運営陣へと引き渡された。
どの候補者も甲乙付けがたい実力を備えており選出は難航を極めているが、面接は粛々と進められている模様である。
じき、生徒総会にて何らかの報告が為される事だろう。