タイトル:神の泉マスター:周利 芽乃香

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/28 22:49

●オープニング本文


 かつて上流階級にだけ摂取を許された、神の食物・カカオ。
 もし古代人がこの光景を見たならば、きっとこう言うに違いない。「神の泉だ!」と。

●平日午後の惨事
 日本、某都市にあるありふれた集合住宅地。
 無機質な四角い建物が二・三建っている隙間を埋めるように、その団地には小さな公園が併設されていた。
 近隣の子供達が遊べるようにとの配慮だろう、滑り台とブランコ、砂場といった形ばかりの遊具は揃えられている。敷地の隅に二つばかり置かれたベンチは乳幼児を連れた母親の指定席だ。
 遊具で遊ぶ我が子らを見守りつつ、母親は他愛ない世間話に興じる――ごくありがちな、平和な一般風景。

 しかし、その日は違っていた。

 甘い香りを漂わせ、小さな公園に噴水が鎮座していた。
「ママぁ、あれなに?」
 春には幼稚園に上がろうかという年頃の子に問われ、母親は目を瞬いた。
 噴出しているのは茶色い液体、チョコレートファウンテンに見える。だが大きさは桁外れ、普通の噴水と遜色ない。
(結婚式でも、あんな大きなのは用意できないわ‥‥)
 遠い目をした母親の視界に映ったのは、噴水周囲に何時の間にか湧いていた一輪車に乗ったピエロ達だった。
 ピエロ達は陽気にくるくると噴水の周囲を走った後、近付いて来た。手に何か持っている。
「くれるの? ありがとー♪」
 子が受け取ったそれを見るに、串に刺したマシュマロだ。
 ますますチョコレートフォンデュに見えて、母親はマンション管理会社のイベントか何かだろうと考えた。
「ゆーくん待って、ママと一緒に行きましょうね」
 ふらふらと噴水に近寄り始めた我が子を追って、母親が噴水に近付いた――その時。

 噴水が、熱々の液体を噴出した!!

「ゆーくん危ない!」
「わーん、ママぁ!!!」
 咄嗟に母親が庇った為、幸い子に怪我はなかったが、まともに被っていれば小児の事、大火傷になっていただろう。
 わんわん泣く子に何事かと人が集まってくる。
 昼間の公園をピエロ達がかき回す――あちこちで悲鳴が挙がった。

●神じゃない、キメラだ
 UPC本部に連絡が入ったのは、公園の惨劇が始まってすぐの事だ。
「キメラ発生、大1体、中5体‥‥団地内公園、近所から人がどんどん集まっている‥‥?」
 通報者からの情報を入力しつつ、オペレーターは「そこは早く逃げろよ」と内心独りごちた。
 しかし、情報を聞くにキメラ自体に人々を集める作用があるらしく、そう簡単に避難完了とは行かなさそうだ。
「とにかく、傭兵達の到着までは極力子供さん達を噴水に近づけないようにしてください。マシュマロを持った子が行ってしまう? 受け取らせないで!」
 子供にお預けをさせるのは酷だろう、今の所は酷い被害は出ていないとの事だが――早々に手配をした方が良さそうだった。

 すぐに傭兵を派遣しますと請合って、オペレーターは通報者の名を尋ねるのを忘れていたのに気が付いた。
「恐れ入ります。あなたのお名前を」
「高城です。待ってます、お願いします!」

●参加者一覧

最上 空(gb3976
10歳・♀・EP
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
神翠 ルコク(gb9335
21歳・♀・DF
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
デモン・イノサンス(gc6431
19歳・♀・DG
エルレーン(gc8086
17歳・♀・EL

●リプレイ本文

 甘い香りを振り撒いて、チョコレートが湧き出す噴水。
 一輪車に乗ったピエロ達が愉快に走り、気前良く串マシュマロを配っている。
 でも駄目、それはキメラなのだ――

●幕前の喧騒
 団地内公園は人混みと子供の泣き声でごった返していた。
「みぃちゃんもチョコたべたいー」
「ピエロさんに、おかしもらうの!!」
 お菓子が食べたいと駄々を捏ねる子がいれば、マシュマロを手にキメラのしっぺ返しを受けた子もいる。
 子らの母親や周囲の大人達が懸命に止めようとも、制止をすり抜けた誰かがチョコファウンテンに近付いては火傷を負っての大騒ぎ。子供に混じって時折若者や誘惑に負けた女性が被害に遭って、わーわー泣き喚いている子らの様子に何事かと更に人が集まって。
「まあまあ、どうしましょう‥‥あ、私は要りませんよ」
 拡大する被害の中、暢気に野次馬を決め込んでいた主婦が、マシュマロを辞退して人待ち顔で辺りを見渡した。

 白い羽を背負った美女がいた。
 住民達とは明らかに雰囲気を異にする彼女は催しの新たな主役だろうか、ふんだんにレースをあしらった日傘の下は金の髪に金の瞳、ローブ・デコルテの白いミニドレスから覗く胸元には赤薔薇の紋章が浮かぶ、何とも妖艶かつ神秘的ないでたちだ。
「皆様、ごきげんよう。庶民は下がって下さる? 嫌だと仰る方にはメシア流、オシオキ術を使ってしまうかもしれませんわ」
 女王様だ。気高き薔薇の女王様だ。
 メシア・ローザリア(gb6467)が纏う貴人のオーラに、人垣が割れてゆく。良い子ね、と悠々歩むメシアとは別の人垣を飛び越えて、道化師が一人現れた。
「皆様、その場でお止まりください」
 マシュマロピエロとは異なる雰囲気を纏った、その道化師は一輪車の代わりに大鎌を手にしている。重そうなそれを担いだまま人垣を軽々と飛び越えて、軽やかに大鎌を巡らせた。
 ぶん――っ。
 朗らかに空気が唸った。明らかに格が違う。道化師を前にすれば他のピエロ達は脇役、噴水は背景と化す。
 大鎌の道化師が醸し出すオーラもまた、人々の注目を集めるのに充分だった。
「あれは純粋無垢な子供たちを欺き傷つけようとする邪悪なキメラ」
 彼は語る。物語を紡ぐように、道案内をするように。
 さらりと述べられたバグアの生体兵器の名称を知る者は慄き、まだ知らぬ子らは親に何かと尋ねる、そんなざわめきを制するは薔薇の貴人。
「ご覧あそばせ」
 手にした薔薇をピエロへと投げつける。
 陽気なピエロが一瞬だけ異質な光を帯びた――フォースシールド、赤い壁を纏ったピエロ達は紛うことなく人外の生物だ。
 納得していただけましたわねと誇り高く微笑むメシアから話を引き取って、道化師が続けた。
「ですがご安心ください。我々能力者がキメラを退治し、子供たちに本当の夢をお配りしましょう」
 恭しく、一礼。
 小さな舞台の口上を終え下がった道化師――レインウォーカー(gc2524)の側には、いつしか傭兵達が集結していた。
「子供達を誘惑しようなんて、僕が許しませんよ!」
 メシアに傅くように膝を付き、神翠 ルコク(gb9335)が鉄扇を閃かせる。
 中性的な凛とした姿に、母親達は暫し目を奪われた。ルコクの心の中では戸惑いと乙女らしいときめきが混在していようとは思うまい。
(派手派手しい人型のキメラに茶色い液体は、ちょこれーと‥‥ましゅまろ?)
 中国の山の中で生まれ育ったルコクには、チョコレートファウンテンは馴染みのないものだ。甘い香りは心ときめくし子供達の様子から喜ばしいものだと伺える――でも、キメラ。
(何だか僕には馴染みのないものばかりですが‥‥)
「ルコク様、ダンスのお時間ですわよ」
 メシアの声に、はっとした。子供達の喜ぶものに擬態するキメラの企ての卑劣さよ。
 ルコクの額に金の文字が浮かんだ。真面目な彼女の表情が真剣さを帯びる。
(復帰戦、ルコク、参ります‥‥メシア君と共に!)
 右腕に黒竜を帯びた戦姫の周囲を大極図が囲み、銀の髪を靡かせた。

 白い翼と対になるかのような黒い翼を背負い、錫杖を握る美少女はデモン・イノサンス(gc6431)だ。避難完了までは牽制に徹さんとする彼女の錫杖から涼やかな遊環の音が鳴ると、さながら神話に登場する堕天使のようでもある。
 新たな出し物の始まりかと、なお足を止めようとする住人達を、エルレーン(gc8086)と最上 空(gb3976)が避難誘導し始めた。
「早く、早く安全な場所に避難してっ」
「大人しく避難すれば、チョコパーティですよ! 食べ放題ですよ!」

「「ちょこぱーてぃー!?」」
「たべほーだい!!」

 夢のような言葉に触発されて、何人かの子らがふらふら噴水に近付きかけたのを、エルレーンは慌てて回収した。子供の目線に合わせてしゃがみ込むと、根気強く語りかけた。
「ええと‥‥あの噴水はね? ピエロさん達がね、いたずらしちゃったの」
「ピエロさんが?」
「そう。だからね、とっても美味しそうなチョコレートに見えるけど、すっごく危ないんだよっ」
 説明しながら、エルレーンは自身でもふと迷う。
(キメラ‥‥チョコレートのキメラ‥‥キメラだけどチョコレート‥‥)
「おねえちゃん?」
「‥‥はうっ」
 ふるふる頭を振って、彼女は説明を再開した。エルレーンを真剣に見つめる子供達の純真な視線を真っ向受け止めて「でもね」と続ける。
「大鎌ピエロのお兄さんや、お姉さん達が、あのピエロさん達をこらしめたら‥‥そうしたら、きっと噴水は元に戻るよ!」
「「「ほんとう!?」」」
 顔を輝かせた子供達に、エルレーンは素直な笑顔になっていた。普段はおどおどしている彼女が、子供達の前ではしっかりと、力強く語りかける。
「うん! だからお兄さん達が遠慮なく戦えるように、少しの間、ここから離れていてくれるよね? ね、わかるでしょ?」
「「「わかった! おねえちゃんたち、がんばって!!!」」」
 子供達の期待を裏切れない、裏切ってはならない――決意も新たに、エルレーンは人混みの中へ入っていった。

 動き始めた人波の中で、通報が届いたのだと気付いた主婦の名を呼ぶ声がする。
「ソニアのママさん!居たら返事して下さい!」
 声のする方へ近付き合流すると、娘よりも歳若い少女が主婦を呼んでいた。一見小学生――十歳前後のように見えるが、この幼子もエミタ適合者なのだろうか。
「ソニアのママさんですか!」
 少女は――空は、ソニアよりもずっとしっかりしていた。直感で娘よりも経験豊富な傭兵だと気付いた通報者の高城さんは、空を子供扱いせずに一人の傭兵として相対した。
「はい、そうです。来てくださってありがとうございます!」
 傭兵到着までの状況を手短に伝え、そのまま避難誘導に協力し始めた。模範的一般人である。

 やがて、一般人退避の済んだ公園で、命を張った演目の幕が上がる――

●神の泉に魔は要らぬ
 かつて希少価値であったチョコレート。技術の進歩と共に現在では気軽に食せるものとなりつつあるが、バグアもまた思う存分食してみたいと思ったりしたのだろうか。
 チョコの湧き出す噴水を背景に陽気に一輪車を駆るピエロ達を一瞥し、デモンは本部に齎された情報を反芻していた。
(一定の距離に近付くと噴出するのでしたわね‥‥)
 ならば近付かないだけの事、錫杖型の超器械を握り締め、強く遊環を打ち合わせた。

 しゃーん――――‥‥

 それが開戦の合図になった。
 音の響きを追うように、レインウォーカーが真っ先に動いた。
「道化はボク一人で十分だぁ。三下ピエロども、その首おいていけ」
 物騒な台詞と共に大鎌を横薙ぎに振り回す。瞬く間にピエロから首が落ちた。
 誰よりも俊敏で、誰よりも手数が多かったレインウォーカーの動き。瞬殺とはこういう事か。
 それにしても妙に気合が入り過ぎているような――
「私情? 気にするなぁ」
 道化師は舞台をかき回す役を担う者。舞台上で目立つのは必然なのだ。
 ピエロキメラへの対抗心もさることながら、内心メシアよりも目立ちたかったりする道化師は誰にともなく独白し、大鎌を構えなおす。角度の変わった刃が陽光に反射して、きらりと光った。
 隊列を乱された蟻のように不揃いに動き始めたピエロの一体がルコクに近付く。手にしているのは、ましゅまろ――?
「ちょこれーとで子供達を惑わそうだなんて、許しません!」
 甘い誘惑を撥ね退けてルコクは素早くピエロの背後に回りこむと、急所目掛けて鉄扇を打ちつけた。したたか打たれて一輪車に乗っていられなくなったピエロが力なく地面に落ちる。倒れた一輪車をメシアが爪先だけで跳ね上げた。
「貴方では、ダンスの相手には不足のようね」
 もっと上手くなってからいらっしゃい。
 宙へ飛んだ一輪車を再び蹴り上げ、粉々に粉砕した彼女の手も、ドレスも少しも汚れてはいない。華麗に美しく、スマートに。見る者を魅了するステップであった。

 三下ピエロと呼ばれたように傭兵達とはあまりに格が違い過ぎて、野次馬達にはこれが戦いなのだとは思えない者が出る始末だ。
「ちょ、ちょっと‥‥そこのお兄さん、まだ動かないで‥‥!」
 エルレーンは野次馬の男性を引き止めて、はっとして赤くなる。
 おどおど大人しい彼女の行動としては少々過激だったのかもしれない――が、ここは戦場、ふるりと頭を振って、彼女は戦士の顔になった。
「まだ噴水に擬態したキメラが残っています。戦闘終了まで避難場所から動かないでください!」
 しっかりと指示の意思を示して、エルレーンは避難中の一般人達に保護の目を向けた。
 そう、彼女は剣であり盾である。人々を守る為に、ここにいる。
「あの子も、こんな事をしているの?」
 少しばかり心配を滲ませた主婦の高城さんに、空は一瞬口篭って考えた。
(まだ実戦参加してないって、言わない方がいいですよね)
「ソニアは、マイペースですが結構頑張ってますよ!」
 能力者育成訓練を。
 敢えてその辺はぼかして娘の息災を伝えると、母親は安堵したようだ。元気であればそれでいいと慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

 一方、戦闘は完全に傭兵達のペースで展開されている。
 自由に動き回るピエロ達が一掃された後となっては、噴水型キメラは只の据え物でしかなかった。
「近付かなければ、ただの的ですわね」
 いまや遮るものは何もない。
 デモンは遊環から放つ電磁波で、逃げも隠れもできぬ噴水の褐色の泉に波を立てた。それを細波に変えるのはルコクの扇嵐、更にメシアがタクトを振れば、波は音の波形を立体化してみせる。
「美しさが足りませんわね。フランス国民はこんなものでは、満足致しませんわよ」
 噴射さえしなければ液体チョコレートの流れる様は甘い物好きの心をそそるものだ。騒々しさはないけれど、液体が織り成す変化は観客達を魅了した。
 そろそろ頃合か。
「じゃぁ、ここに変化を加えてみようかぁ」
 大鎌から機関銃に持ち替えたレインウォーカーがそう言って、噴水に一際派手な飛沫を立てさせて――遠距離からの総攻撃により、噴水に擬態したキメラはその行動を完全に停止したのだった。

●甘い夢の始まり
 ――終わった。
 援軍に向かうまでもなく戦闘が終わったのを見届けたエルレーンは、そっと見物人の人混みから抜け出した。
「‥‥」
 こっそり、キメラであった噴水に近付くと、徐に懐からマシュマロを取り出す。ピエロが配っていたものではない、持参の袋入りマシュマロだ。
 そっとひとつを摘み取り、おずおずとチョコの泉に潜らせた。
「‥‥!」
 目を輝かせたエルレーンは駆けてゆく。楽しい夢の宴の始まりを子供達に知らせる為に。

 メシアの前にはマシュマロや果物などが刺さった串が沢山。
「皆様、ちゃんと並んで下さいませね」
「皆さん行き渡ってますか! まだの人は貰いに来てくださいよ!」
 空は噴水の傍で次々に手渡しながら、自分もしっかりチョコフォンデュを堪能。
 一方、キメラから奪ったものを口にするのは美意識と味覚が許さないとの事で、メシアは持参の果物を少し摘む程度でチョコには手を出さないでいる。
 そんなメシアからマシュマロを受け取って、ルコクは遠慮がちにチョコレートに潜らせた。
 ――ぱくり。
「わぁ‥‥あまい」
 ましゅまろ初体験、お気に召したようだ。里で食していた餅とはまた違ったふんわりした食感で、甘くてほろ苦くて――
「都会には、こんなに美味しいものがあるんですね‥‥」
 感慨深げに独りごちる。
 道化の仮面と帽子を外して赤髪の青年に戻ったレインウォーカーが、通報者の主婦と話をしていた。
「単刀直入に聞くけど、ソニアって名前に覚えはないかぁ?」
「ソニアなら、うちの子よ」
 空と同じく、この目の前の青年も娘の友人なのだろう。いつもお世話になってますとお辞儀した母親は、チョコマシュマロの串を片手に娘の近況を尋ねた。
「アイツはアイツなりに前に進もうとしている」
「あの子なりに‥‥ね」
 母親だけにソニアの性質は理解しているらしく、成程と奇妙な納得の仕方をして微笑んだ。微笑の意味を悟ったか、レインウォーカーも軽く首肯して言ったものだ。
「だから安心しなぁ。ボクらみたいなのも手伝ってやるしねぇ」
「よろしくお願いしますね」
 色々面倒な子かもしれませんけれど。母親はそう言って苦笑した。
 少し離れた所で、デモンはバイク形態に戻したAU−KVに寄り掛かって人々を眺めていた。
(あら、通報者の方は‥‥)
 風に乗って、レインウォーカーと主婦の会話を微かに耳にしたらしい。
 挨拶くらいはしておかねばと、少女はバイクから身を起こして輪の中に入って行ったのだった。