●リプレイ本文
ぽつり立つ、松一本。
緩やかに、うねうねと、草原を練り歩く――
●バグア許すまじ
松なのに、動く。
木なのに、火を出す。
動きまわって、火を放つ松。
「いつも思うけど‥‥キメラって何でも有り‥‥だよね‥‥」
幡多野克(
ga0444)の呟きは、同行の皆の総意に近かった。
こいつは動物なのか植物なのかと真面目に分類を悩む克の後ろで、皆より上半身分大きな青年が愕然としていた。
「松、サン‥‥コレ、ガ‥‥松、サン‥‥」
ムーグ・リード(
gc0402)は小隊で日本人の所属者から聞いた事がある。
松さんは、いい奴だ。
「松、サン‥‥‥‥日本、ハ、不思議、デス‥‥」
ムーグは混乱していた。
松さんは、いい奴‥‥だ。
「ソンナ、松サン、マデ、モ‥‥バグア、メ」
松さんの変わり果てた姿にバグアへの敵意を示す――その横で、新居・やすかず(
ga1891)は、ゆったりと件の逸れキメラを眺めている。
こんな後腐れのない仕事はいつ以来だろうか。大局に絡まず、制約も背後事情もなさそうな松キメラ。ただ倒すだけの仕事は気楽で良いものだ――が。
(「どういった運用を想定して生み出されたのか、いまいち判らないキメラですね‥‥」)
視界に映る松キメラの使い道を考えてみる。庭園にでも放して、松に擬態させるつもりだったのだろうか。
やすかずの思索の前で、うにうに動いている松キメラ。
(「‥‥成功の影には多くの失敗あり、といったところですか」)
庭園に放っても大人しく擬態しそうにない松は、破棄された失敗作のひとつなのだろう。
「イッヒッヒ。めでたくない松もあったもんじゃな」
長寿の象徴、日本では正月飾りにも用いられる神聖な樹――松。
相手がキメラであれば目出度いどころか遠慮は要らぬ。ブラドダーム博士(
gc0563)は全くもって傍迷惑なと嗤った。
まあねと苦笑するシンフォニア・ノアール(
gc1032)、初戦闘で僅かに緊張の様子が見られるものの、自身の身の置き方や行動を定める姿勢に揺るぎはない。
「悪いけど、本体のみに攻撃させてもらうわね」
「じゃ、あたしは葉っぱが飛ばせないようにしてやるぜ」
火を帯びた松葉や脚代わりの根は仲間に任せ、連携して敵を葬ろう。シンフォニアの言葉に、ウェイケル・クスペリア(
gb9006)が任せろと請け負って。
「これで年度末の仕事納め、かな」
綾河零音(
gb9784)はそう呟くと、目を凝らした。
松の動きを把握すべく、覚醒を果たした零音の右手が光る。
瞬間、周囲に響き渡った獅子の咆哮が戦闘の合図となった。
●ネンドマツ伐採
逸早く克が駆けた。
「今は被害は出てないみたいだけど、このまま野放しにはできない」
素早く射程内に入るとキメラに向けて牽制射撃、松の動きが止まった。射手を探すかのようにゆっくりと枝を動かした松キメラへ、別方向から容赦ない弾幕が降り注ぐ。
「皆、サン、ニ、楽しイ、脳筋、ヲ‥‥デス」
ムーグだ。
己が役割は松キメラの動きを削ぐ事、前衛よ楽しく攻撃せよとばかりに容赦なく弾を撒き散らす。3m強もある松だ、制圧射撃であってもかなりの弾を食らっており、脚たる根はうねうねとその場でたたらを踏んだ。
その場で動くに動けない松は格好の的だ。
「ヒッヒッ、困っておるな。もっと困らせてやろうかの」
松の幹から皮がぼろっと取れた。ブラドダーム博士の練成弱体がキメラに掛かったようだ。その変化を、やすかずは見逃さなかった。
「シンフォニアさん、今です!」
やすかずの援護を受けて、シンフォニアが松の幹へ渾身の一撃を撃ち込んだ。木皮が細かい破片になって飛び散る。太い幹に深く食い込んだ刃を全身を使って引き抜くと、幹にざっくり派手な傷が残った。
「勝機は今じゃ!いざ奮い立て皆の衆!」
発破を掛けるブラドダーム博士の目前で、ウェイケルの扇が翻る。双手の扇に籠もった力が、一筋の衝撃派となって枝を飛ばす。
「その葉っぱが厄介なのは認めてやるぜ。当然、対策は取らせてもらうけどな?」
枝を落とせば火を帯びていようと松葉は飛ばせまい。
「安心しろよ。実はいらねーから。その魂だけ、刈り取らせて貰うぜ!」
キメラはあってはならぬモノ。容赦なく伐採するウェイケルの攻撃に、松キメラはどんどん情けない姿になってゆく。
松キメラはほぼ一方的に攻撃されていた。
「狩リ、ノ、基本、デス‥‥松、サン‥‥貴方、ニ、自由、ハ、ユルシ、マセン‥‥」
足止めを食っている松さんへ、ムーグは尚も制圧を続けている。もはや松の根は動く事すら稀、こうなるとただの松だ。
――が。
剥げちょろけの枝に残った僅かな松葉が一瞬光った。
「幡多野、来るぞ!」
何物をも見逃さぬ鋭い眼、逸早く気付いた零音が言葉短く叫んだ。
「松葉を飛ばしてくるか‥‥だが、この程度の火ならば!」
零音の警告に反応した克が防御の構えのままキメラへと突っ込む。飛び来る火炎の葉をかわし、松へ肉薄した克は直刀月読を幹に押し当てた。
「悪いけど、ここで消えてもらう」
手を添え一気に力を込める。それがキメラの最期だった。
●さよならネンドマツ
「まったく、煮ても焼いても食えんとはこのことじゃな」
木っ端にした松キメラの残骸を焚き火にしながら、ブラドダーム博士が忌々しげに呟いた。キメラだけに食うには適さないだろうが、松の特徴は持ち合わせていたと見えて、随分とよく燃える。
そう言えばこの松キメラ、松の実はなかったが、実があれば食用になっただろうか。体部の残骸で軽く炒って――考えない方が良さそうだ。
この場に居らぬ友人の事を想い、零音は言葉少なに炎を見つめていた。
「心配?」
シンフォニアの言葉に、ぎくりと身体を強張らせる。彼女の方を向けば何時になく柔らかい表情のシンフォニアが居て。
「彼とは以前からの知り合いで、友人として身を案じているのであって――」
「‥‥‥‥」
慌てた零音、聞きもしないのに自ら暴露した。急に説明を始めた零音は却って仲間の注目を集めてしまった。
見守るような生温かいような皆の視線に、零音は更に焦って――
「友達以上ではありません。友達以上ではありません!」
「二度も繰り返すなんて、大事な事なのね‥‥」
「真逆だって自分で言ってるよーなもんだよな」
互いに目配せし合う、シンフォニアとウェイケルである。
焚き火を挟んで、女子達の向かい側に離れ、炎を見守っている青年達。
炎に視線を向けたまま、やすかずが克に言った。
「失敗作なんでしょうけど、何だかよくわからないキメラでしたね」
「ん‥‥やっぱり‥‥盆栽は眺めるに限るよ‥‥。動いたらなんか違う‥‥よね‥‥」
思えば、風情も何もあったもんじゃない松だった。いまや炎の中の松の根はもう動かないけれど、二度と動かないで欲しいものだと二人は嘆息する。
人の立ち入らぬ草原とは言え延焼は避けたかったから、一同、火の扱いは慎重に行っていた。松キメラの火災を防ぎに来て火事を起こしたのでは意味がない。
万一に備えて消化用水を手近に据え、ブラドダーム博士が鉄棒で焚き火を掻いた。一際大きく燃える松だったものを、ムーグは哀しく見つめる。
母の養育費を稼ぐ為に請けた仕事だった。報酬の為、そう稼ぎの為に彼は偽りの命を狩った。
生きてゆく上で狩りは必要な事――だが、現実はあまりにも厳しかった。
「サヨウ、ナラ‥‥松、サン‥‥バグア、ハ、残酷、デス‥‥」
炎の中で崩れゆく木っ端が涙でゆがんだムーグの瞼に母の――キリンの姿が浮かんで消えた。