タイトル:月のある夜は気をつけろマスター:周利 芽乃香

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/27 01:50

●オープニング本文


 そのキメラは輝いていた。
 夜空に燦然と輝く――まんまるい月のように。

●双子の月
 本部に野良キメラの報が届いたのは、いまだ残暑厳しい九月初頭。
 通報者から聞き取った記録によると、キメラは人気のない広い野原に居たと言う。
 まったく同じ形、同じ大きさの満月が、双子でございとばかりに並んで宙に浮かんでいる。呆気に取られて見上げていると、片方が動き始める。怪異に驚いた人は慌てて逃げ出し、現在の所大きな被害は出ていないとの事だった。

 通報を受けて件の野原へ向かった所、先行の討伐者達はキメラを発見できなかったと言う。
 キメラ未遭遇の原因は、昼に向かったからだと思われる。キメラは月を模している、従って月が視認できない明るい間は姿を見せないようだ。
 よって、再び野良キメラ討伐の依頼を公示する。今回当依頼を請け負う能力者は、夜間に討伐を遂行されたし。

●芒に月
 秋の虫が鳴く風情を求めて、あるいは観月の芒を求めて訪れた人々が見たのは、月が二つある光景。
 ススキが生い茂り虫の音が聞こえて来る――絵に描いたような野原。
「花札の芒に月を想像してしまったよ」
 掲示を見ていた誰かが言ったが、あながち間違いではないだろう。
 人の手が入っていない場所だけに、雑草が大人の腰近くにも生い茂っている。風情があると言えば聞こえがいいが、実際はただの空き地だ。
「‥‥という事は、多そうですね‥‥虫」
 嫌そうな顔をした能力者が危惧する通り、秋らしい鳴く虫も多ければ薮蚊も多そうだ。草叢をかき分ければ衣服に付着する虫や雑草もあるに違いない。
 まあ、この程度じゃ汚れ仕事にもなりませんよと誰かが言って、能力者達は月の数を減らしに向かうのだった。

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
砕牙 九郎(ga7366
21歳・♂・AA
龍鱗(gb5585
24歳・♂・PN
桂木菜摘(gb5985
10歳・♀・FC
ファタ・モルガナ(gc0598
21歳・♀・JG
ユーニス=オーウェン(gc1041
29歳・♂・SN
サギーマン(gc3231
25歳・♂・DF
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA

●リプレイ本文

●宴仕度
 いかにも秋の野原といった風情の場所だった。
 些か陽射しに夏の名残を感じるものの、風が渡れば芒の群生が一斉に波となる。
 夜になり月が出れば、さぞや絵に描いたような光景になりそうだった。

 どこか懐かしささえ感じる古典的な風景にもジーザリオはよく馴染む。原の中ほどに止めた車両から数名の能力者が降り、最後に運転席から砕牙九郎(ga7366)が芒原に降り立った。
(「‥‥なんか、キメラ退治よりお月見の方に皆、気合入ってるような?」)
 戦闘前とは思えない長閑な光景が展開されていた。
 黒っぽい衣装にフードを目深に被り、目指してないのに魔女っぽいなどと言われるファタ・モルガナ(gc0598)。蓋を開けてみせたバスケットの中身はリンゴ‥‥ではなくて、
「ほら、おかしやジュースも持って来たよナツミちゃん♪」
 口を開くと意外と気さくな女性だった。桂木菜摘(gb5985)に「大変な事は彼らに任せればいいんだよー」などと無責任な入れ知恵して、うきうきわくわくきゃっきゃうふふしてる。
「楽しみなのですよ〜♪」
 料理は作れないのだと言う菜摘はファタの言葉に素直に喜んでいる。龍鱗(gb5585)がレジャーシートを広げながら荷台を示した。
「月見団子を作って来た。飲み物はそれで足りるか?」
 荷台に積まれた酒類ジュース類、ジーザリオ様々である。
 気合入り過ぎだろと内心突っ込む九郎だが、調理器具やら虫除け道具などのアウトドア用品を積み込んでいたり、料理はしっかり仕込み済だったりする辺り似た者同士のようだ。
 そして、この人は――
「ニホンのフゼイ、お月見にはウサギが必要らしいですわね。作戦に協力しますわ」
 荷台の影から出て来たバニーガールはミリハナク(gc4008)だ。
 間違っている、間違いなく月愛でる風雅というものを間違っている。
 芒が原に現れた妖艶なウサギさんは観月のそれとは違う。
 今、サギーマン(gc3231)に不可解な啓示が降りたなら、こんな言葉であろうか「もののあはれの解らぬ輩でおじゃる」と。
 尤も、サギーマンは啓示を受けた側の者であり、おじゃる言葉は使わない。少々古風な部分はあるが、現代に生き現代で戦うダークファイターであり、忍者などでは決してない。追い求めるは『愛と正義と真実』のみ――おや何処かの誰かのような。
「あんま気が進まないけど、草少し刈るか」
「お月見‥‥お団子‥‥」
 龍鱗の言葉に幡多野克(ga0444)がレジャーシートを敷く箇所を指して草刈鎌を握った瞬間、サギーマンの広いデコに前髪が一筋落ちた。
 生えているものは大切に。
「これくらいでしたら、草を踏み倒してはどうでしょう」
 白い指先で髪を掻き揚げ、ミステリーサークルよろしく芒を倒す方法を提案する彼の拡大した額の説得力に圧されて、皆は原っぱに優しい方法で宴会準備――もとい、キメラ迎撃準備を進めた。

 さて、月見準備が整って闇が来るのを待っている皆と離れて、黒服にガスマスクの風体の能力者が芒に身を潜めていた。
「ケ、ヒヒヒヒ‥‥こいつぁ困った‥‥」
 何気なく口にする言い慣れた言葉。本当に困っている訳ではなくて殆ど口癖なのだが――ユーニス=オーウェン(gc1041)は独りごちて空を見上げた。
 月が昇るのはまだまだ先のようだ。
 身を覆う黒服に帽子、顔を覆うガスマスクが薮蚊の襲撃を阻止しているのは良しと言うものか。それでも彼は無意識に「困った」と言ってしまうのだが。
 喰われはせぬが耳元の羽音が煩い。帽子を深く被りなおして、ユーニスは夜を待つ。
 その頃、宴会会場では克がぶーんと腕を振っていた。
「ん‥‥これ‥‥投網投げる練習‥‥」
 余興ならぬ戦闘訓練だ。
 今回のキメラは満月に模して空に浮かんでいるらしい。どの位の高さに浮かんでいるのかは判らないが、本物の月より小さい事は間違いなく形ある生体兵器だ。投網で捕獲も不可能ではないだろうと踏んでいる。
 投網が届けば地面に引き摺り下ろして袋叩きだ。もし届かなかった場合も奥の手は相談してある。
「くろーさん、高い高いしてくれるですか〜♪」
「なっちゃんも行くか。俺も行く、九郎さん頼むわ」
「よし、龍鱗さんは取っておきの方法使ってやるぜ」
 菜摘と龍鱗、九郎が大掛かりな隠し芸を仕込んでいるようだ。さて、この出し物の結末や如何に。

●そいつを落とせ!
 漸く芒が原に夜が来た。
「あれが月、と。うむ。綺麗だねぃ‥‥もう1個あるけど」
 のほほんと観月モードのファタ。探すまでもなく月が二つ浮いていた。
 さてどちらが本物だろう‥‥暫く眺めてみる。風が芒を揺らした。
「高度から考えれば雲に隠れる月は本物。雲にかからぬは偽者‥‥」
 サギーマンの呟きに目を凝らす。
 一瞬、月がひとつになった。雲が流れてすぐ二つに戻ったが――あれが偽物だ!

 銀の髪が走った。
「行けっ‥‥」
 覚醒した克が予行練習で培ったフォームで投げた投網は、綺麗な弧を開いて夜空に舞った。見事に開いて宙を攫んだと網は、しかし何も攫まぬまま地に落ちる。どうやらキメラまでの高度が足りなかったようだ。
「ちっ‥‥」
「能力者が投げる距離より高い、と」
 素早く投網の回収に向かう克と入れ替わりに龍鱗が妖刀「天魔」の下緒を解き、利き手とは逆の腕に軽く絡ませる。その意味を悟った九郎がキメラへ狙いを定めていた得物を一旦地に置いた。空いた手を組んで腰を屈める。
「龍鱗さんは後な。なっちゃんどうぞ」
「何故」
「はいですよ〜♪」
 紳士的に組んだ手を向ければ、ピコハン担いだ菜摘が楽しそうに九郎に近付いて――跳んだ。
 幼く見えても能力者、九郎の手を足場に跳躍した菜摘は次の瞬間さらに高く跳んでいた。己が筋力を高めた九郎が力任せに菜摘を投げたのだ。
「あらぁ可愛らしいですわ」
 ピコハン担いだ幼女が月夜を飛翔する様にミリハナクが呟いた。しかしバニーが双斧を構えている様もなかなかファンタジーだ。
 九郎の投げに己の脚力を重ねた菜摘は月キメラへ到達、可愛い笑顔でピコハンを振り上げた。
「お月様はいくつも要らないのですよっ」
 ぴこぴこーん!
 二連撃が入ったのは音が示していた。およそ戦闘に似つかわしくない打撃音を残して、月キメラは菜摘と一緒に落下してゆく。
「ヒャヒャ‥‥う〜さぎ兎、何見て刎ねるっと」
 草叢からユーニスが墜ちた月を撃つ。常にキメラとの距離を測り、芒に潜んでの狙撃は身を伏せての捨て身姿勢だ。
 キメラの落下が止まった次の瞬間、閃光が走った。続いて漂う焦げ臭い気配は彼が先程まで潜んでいた辺りか。
「ケケ‥‥まだ生きてていいらしいねぇ。困った困った」

 落下を止めた月キメラは反撃に出始めた。最早本物のように静止する必要はないとばかりに動き回る。
「月を射るというのもなかなか趣のある事です‥‥動き回らなければ、ですが」
 止まりやがれ!と言わないのがサギーマンの雅なところだ。長弓「梓」を構えて矢を放つも、跳ね返りの和弓は遣い手の思い通りには扱われてくれない。それでもサギーマンは弓を引き絞った。
(「当たる当たらぬはさておいて、こちらに気を取られてくれれば‥‥」)
 彼が視線のみを向けた先では二度目の離陸が行われようとしていた。
「‥‥あ?」
 龍鱗は意味がわからず、足元で徐に自分の足首を攫んでいる九郎を見下ろした。
 足首を攫んだまま、九郎は腰を上げてゆく。対して龍鱗の体勢は不安定になり、足が浮いてすっ転んだ。
「おいおい‥‥」
 菜摘の時とは違う方法で投げてくれるらしいが、何するつもりだ。
 とにかく得物を手放してはなるまいと、しっかり握って仰向けになっていると、ふいに足元が軽くなった。豪力発現で、筋力の増した九郎は、龍鱗の足を持ち上げ、ジャイアントスイングのフォームで、ぐりんぐりん回していた!
「オオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!」
「月は2つもいらないんでな‥‥偽物には墜ちてもらう!」
 九郎の雄叫びに送られて、龍鱗は大地を跳んだ!――真横に!
「「「あ」」」
 成り行きを眺めていた全員から声が漏れた。格好良く決め台詞を吐いた当の本人は、近付くどころかずんずん月から横に遠ざかってゆく‥‥が、やり過ぎたかとお茶目に笑う九郎は絶対反省なんかしてない。ついでに援護射撃と称して龍鱗へ発砲したファタも絶対故意だ。
「違ーーーーーーーーーーーーーゥ!!!!!」
 突っ込みを長く残して高度1mですっ飛ばされた龍鱗、何とか「天魔」の鞘を地に刺し軸にして方向転換すると戻って来ざまにファタに抗議した。
「危ねーだろ!」
「おやおや、飛ぶドラゴンに援護しただけなのにねぇ」
 嘯くファタを他所に次の発射準備は着々と進んでおり。
 初手より高さを欠いた月キメラを狙い弦を引き絞ったサギーマンが克を促した。
「幡多野さん、今です」
「ん‥‥今度こそ」
 再び投網が夜空を舞った。充分な高さにまで墜ちていた月キメラを捕らえた投網が、しっかり月を包み込む。そのまま一気に引き摺り下ろした。
 着陸した月キメラを、妖艶なウサギさんが双斧を構えて待っていた。
「いらっしゃい。ウサギさんが月を餅つきで壊しますわよ」
「おら!月見の邪魔だよ。さっさと退場!」
 ファタのガトリング砲が唸り、ユーニスと九郎がキメラを狙う。龍鱗は今度こそ月を真っ二つに切り落とし、菜摘のピコハンが楽しげな音を発する。
「初めて使うエクセレンターとしての力‥‥試させてもらう」
 克をはじめ、転職して新たに得た力を振るう機会を手ぐすね引いて待っていた者は多い。もとよりキメラ相手に手加減する必要もなく、皆でフルボッコしたのは言うまでもない――

●月の下で
 戦闘の後処理を終え、ユーニスは本部に寄って来ると言い残し芒が原を去った。
「さぁて、本物の月に行けるまで‥‥生きてられるかねぇ。困った困った」
 相変わらず困ったようには見えない口癖を呟きながら去る彼は、貫通弾の補充申請をするのだとか。後日談ではあるが、交渉の結果使用分だけは許可が下りたようである。
「私も失礼します」
 時には月を眺めるというのも良いものかもしれない。夜道を歩きながら見上げてみようと思うと言って、サギーマンは丁寧に宴会の誘いを辞退すると虫の音に耳を傾けつつ帰路に着いた。
 残ったのは甘味好きとバニーちゃんと紳士達。

 この時間の為にジーザリオを乗り入れた!‥‥と言ってもあながち間違いではなさそうな程、月見の席は豪華だった。
 仕込み済の食料に火を通し調理する九郎。彼は食べるよりも作る側の人のようだ。そして見るのは月でなく‥‥バニーちゃん?
(「そりゃあ俺も男ですから、見たいような見たくないような‥‥」)
 心中でぶつぶつ考えながら、ちらちらとミリハナクの艶姿を見たり見なかったり。
 一方、終始バニーガール姿の金髪グラマー美女は月光浴。スタイルに自信有のミリハナクは見られて恥じる事もなく、寧ろ堂々とその恵まれた肢体を晒していたりする。
(「恥ずかしがってないからってまじまじと見たら、完全に駄目な人だろうし‥‥」)
 悶々と九郎は悩む。彼にとって、ある意味対キメラより難問のようだ。
「月の狂気を見て楽しむなんて素敵ですわ」
 九郎の煩悶など気付かずに、自らを吸血鬼と称するミリハナクは月下で妖艶に微笑んでいる。
「因果地平、サンマが焦げてるよー」
 ファタバニーが九郎に指摘がてらお酌に寄ってきた。自身にはワインを、九郎にはミネラルウォーターを注ぐ。
「因果地平はジーザリオがあるものねーやぁ美味い。ほらドラゴン、酌をしてやろう。今回は頑張ったね」
 体を張ってキメラ退治に貢献した功労者には日本酒をなみなみと。援護射撃の件はすっきり水に流して、龍鱗は素直に杯を受けた。
「たまのお月見もいいもんだな」
 焼きたてのサンマを肴に、のんびりと月を仰いだ。オレンジジュースを持っている小さなバニーちゃんが風邪引かないか気に掛かる。
「なっちゃん、寒くないか」
「大丈夫です〜りゅー兄お疲れ様でしたっ。美味しいお酒で疲れを癒してくださいですよ〜」
 空いたコップに酒を注ぎ足した菜摘のヘッドドレスが微かに震えた。
「ほれ、寒いんじゃないか」
「大丈夫ですよ〜あ、くろーさんありがとうです〜♪」
 九郎着ていた大きなコートを掛けられて「ととさんのみたいです〜」無邪気に喜ぶ菜摘の様子が愛らしい。
「やっぱり…本物の方が美しい…な…」
 口いっぱいに月見団子を頬張って、克は空を見上げた。
 まんまるい月が優しく地上を照らす――心癒されるこの光は。
「自身で輝かないからこその…柔らかい光…。キメラには…マネできないよね…」
 唯一無二の存在に戻った月は、ほのぼのと能力者達を照らしていた。