●リプレイ本文
●焚き火をしよう
本部が示した無責任な作戦も、実行者次第で無味乾燥ではなくなるようだ。多様な趣味特技を持ち合わせた能力者達が集い、ただの仕掛けもレクリエーションになっていた。
調理道具一式に食材色々、旬の果物も大量に持ち込んで、ヘイル(
gc4085)は集まった面々を見渡した。
(「この面子だと、かなりの量が必要になるな‥‥」)
――持って来た材料だけで足りるかな?
思わず心配になるような食いしん坊の顔があちらこちらに見受けられる。ともあれ始めようかと簡易竈を準備する。
思い思いに荷を降ろし仕度を始める中、囮という名の主役たる焚き火の仕度も抜かりない。
「火起こしには、私は煩いよ?」
片目を瞑ってみせたUNKNOWN(
ga4276)は煙草を咥えた口元を優しげに歪め、藁と新聞紙を取り出した。
「そうだね、まずは‥‥」
最初から大きな火を作ろうとしてはならない。まずは小さな火種から。黒い革手袋を嵌めたままマッチを擦れば、頭薬の燃える匂いが立ちのぼる。
鍋奉行ならぬ火起こし奉行の手際に、和泉恭也(
gc3978)が感慨深く火を見つめた。
「野‥‥キャンプなんて久し振りです」
「昔は、もう少し自由にできたものだが、今は煩くなったから、ね」
お日様のような笑顔が似合う恭也だが、言い直す辺り相当苦労していそうだ。丁度良さそうな石を見つけて腰を下ろすと、荷から編み針を取り出してセーターを編み始めた。
黒を基調にしたUNKNOWNの装いは何処までも極上で何処までも上品だ。艶のないロイヤルブラックのフロックコート、帽子は兎革、手袋とベルトと靴はコードバン。黒の装いにシャツとシルクのロングマフラーが白く際立っている。モノトーンに色を差しているタイとチーフはスカーレットレッド、彼が動く度に銀と白蝶貝のクラシックなカフとタイピンが上品な光を放った。
短冊様の小さな木切れに火種を移し、炎を徐々に大きくしてゆくUNKNOWNは生き生きとしている。
「便利な着火剤とかも増えた、が、素からの火起こしはいいものだよ?」
焚き火の周りに人が集う。
暖かく、光り輝く火。人間が他の獣類と決定的に違うのは火を使いこなす事だという考えもあるように、古来より焚き火は人々の生活の中心になってきた。
酒を片手に、ゆったりと炎に相対している紳士は時折火を掻き、火力を調節している。その向かいで、背中に影を背負って何かを燃やしている青年が――
「小さい秋、小さい胸、小さい桃華‥‥」
「シンちゃん、何か言ったー?」
天道桃華(
gb0097)の声を聞いた藤枝真一(
ga0779)は、慌ててふるふると頭を振った。背中の影が濃ゆくなる。
「さよなら‥‥そして今までありがとう‥‥」
今まで随分とお世話になったものだ。
恋人に見つかってしまった紙面の彼女達との別れを惜しみつつ、真一は物思いに耽った。
秋だね、胸の中を木枯らしが駆けてゆくようだ‥‥哀愁って、哀しい秋の心って書くんだよね、フフフ――畜生。
面と向かって桃華には吐けぬ本音を炎に消えゆく書籍類に吐いた。
「‥‥って、何を持ってきてるのよー」
真一が燃やしている物に気付いた桃華が、健全な他の能力者達の目に触れてはと焦って焚き火に立ちはだかっている。大丈夫、肝心な箇所は燃え尽きた‥‥真一の目元が光って見えたのは、煙が沁みたからだけではないだろう。
「レンさーん こっちこっち、空いてる場所みつけたよーん」
自分に手を振っているパンダ、もとい着ぐるみの同行者におっとりと応えを返し、k(
ga9027)は車椅子のハンドリムを回した。
近付くkの儚げな姿に手を振りつつ、七市一信(
gb5015)は約束が果たせた事を嬉しく思う。
あの子と約束したお出かけ、戦闘依頼だけれど、さくっとやっつけてレンさんに楽しんでもらっちゃおう!
バグアが作り出した生態兵器、キメラ。今回報告されているのは栗の木型であり食用と予測されているが、地球外生命体が作り出したモノを食うというのも不思議な話だ。
(「栗とはいえキメラを‥‥人間の食欲とはかくも恐ろしいものか」)
サヴィーネ=シュルツ(
ga7445)は、傍らの恋人、ルノア・アラバスター(
gb5133)を眺めながら思った。今日もルノアはとても可愛かったけれど、キメラを食うのは――
「栗‥‥マロン‥‥お菓子♪」
――撤回、やっぱりルノアは可愛い。
大切な恋人が何を考えていたのか露知らず、ルノアはそわそわわくわくと栗の木キメラが現れるのを待っている。
「栗狩り、ですか。珍しい催しがあるもんですね」
皮肉げに呟いたソウマ(
gc0505)の横で、パトリック・メルヴィル(
gc4974)は実に興味深いと独りごちる。
「植物型キメラですか。どうやって移動しているのか、謎と言うのは興味深い」
出現の瞬間を見逃すまいと、焚き火周囲、全方向に注意を払う――が、奴は何時の間にか近寄っていた。
●その栗よこせ!
「おや、植物型キメラの移動方法は謎のままですか」
都合よく近付いた栗の木キメラに皮肉っぽく言い捨てて、パトリックはビスクドールを構えた。風もないのに枝を揺らした栗の木は、ばらばらと毬栗を落とす。途端に弾ける実爆弾。
「あーっ!もったいない!」
桃華が巨大ポイを構えるより早く爆発した実に抗議した。何やってんだと言う真一に、一発くらい不発弾があるかもと桃華は言うが、耐火捕虫網を構えている恭也も同じ考えのようで。
「皆様には悪いですが少し持って帰らせてもらいましょう」
確保せよ、明日の食事!
恭也が毬栗ごと枝を狙って斬り落とす。獅子を象った金色の鍔が煌めき、すとんと枝が落ちた。
「シーズン限定キメラか‥‥売れ残って切ない生き物にならないよう、せめてシーズン内に始末してやるのが、情けというものか」
1日違うだけで滅茶苦茶切ない生き物になるよな、サンタクロースキメラとか。
武器を構えて指を指す。ぶつぶつと解説めいた独り言を吐きながら真一は淡々と攻撃を繰り返している。
「飛んで火に入る夏の虫、と言いますが‥‥飛ばして火に入る秋の栗、と言った所ですか」
勝手に降って来ては破裂する毬栗を喩えて、ソウマは我ながら微妙と辛辣だ。敵を見据えるソウマの超機械「グロウ」に強化を施し、沖田護(
gc0208)は流れ弾ならぬ流れ毬栗を盾で弾いた。
戦友の援護が頼もしい。護に背を向けたまま、ソウマは指揮者の如く「グロウ」を構えた。
「さて栗狩りの始まりですよ。しっかりと美味しい栗を残して逝って下さい」
冷ややかに微笑う少年は背に戦友への信頼を湛え、タクトを振る。キメラの奏者へ、狂想曲を。
「ASAP。私のノアの為に、潔く飯になれ」
「えぐりこむように‥‥打つべし、打つべし、討つべし!!」
サヴィーネ、さりげなく惚気を滲ませてる。
負けじと一信も着ぐるみでもこもこ殴る。見た目はほのぼのしいが、威力は充分、キメラでなければひとたまりもないだろう。
サヴィーネと背中合わせで「吼竜」を構えたルノアの足元が淡く光を帯びた。足の筋力を増強し小柄な少女が大樹に迫る。
「一気に、狩り、とり、ます!」
たどたどしい言葉からは想像もつかない力強い武器捌きで斧をぶん回したルノアが幹を深々と抉った。樹本体は毬栗を落とす位しかしないが、生命力は毬栗と連動しているようだ。
「どうやら生命力は樹本体に連動しているようですね」
前線へ援護しつつ戦況を分析していたパトリックが不発栗が増えた事に気付いた。樹本体を倒せば毬栗も無力化するに違いない。
皆、実を食べるつもりでいるから、一粒たりとも無駄にはしたくない。一気に増えた不発栗を、せっせと拾う亜守羅(
gb9719)とラスティーナ・シャノン(
gc2775)。
「テキトーに頑張りますわよー」
「こういうキメラでしたら幾らでも大歓迎です」
「ふむ、自ら材料になるとは、殊勝な心がけだ。有難く使わせてもらおう」
ヘイルは着々と調理を進めながら栗まで下拵えし始めた。
しかし、中には未だ元気な毬栗もあったりする。
「‥‥待て、おい、火の付近で爆ぜようとするんじゃない」
焼芋がてら栗御飯の仕度をしていた周太郎(
gb5584)、栗は欲しいがキメラは要らぬと、転がってきた毬栗を蹴っ飛ばした。間一髪、蹴られた先で木っ端に破裂する毬栗。
だが確実に栗の木は弱ってきていた。それは収穫できる実の増加を意味する。
「七市、頑張って」
「テン ション あがって キターーー!!」
kのおっとり応援に、パンダさん元気百倍!
もっふり柔らかな毛並みに龍の紋章が浮かび上がった。一信の命の意思が如く黄金に輝き、鼓動が如く脈打つそれは次第に激しさを増してゆき――
「やや内角に‥‥討つべし!」
一信の左拳が幹の裂け目に吸い込まれた次の瞬間、栗の木は折れてどうと倒れたのだった。
●美味しく食して
――で。
「もう栗は爆発しないようですね」
ちゃっかり持ち帰り分の栗を確保完了して、恭也は辺りを見渡した。調理要員が足りていると見るや、再び焚き火の近くに戻り編み物をし始める。
「無事かな?お姫様」
「ん、と‥‥無事、です‥‥サヴィも、大丈夫?」
王子様さながらのサヴィーネに手を差し出され、ルノアは小さな手を預ける。くいっと手を引かれたお姫様は、愛する人の腕の中にすっぽりと収まった。
「しかし‥‥すごい量だな。ノアは何が食べたい?」
「ん、と‥‥モンブラン」
「‥‥モンブラン?」
思わず鸚鵡返ししたけれど、期待の籠もった眼差しで見上げてくるルノアの額に軽く口付けを落とし、サヴィーネは頼もしく微笑んだ。
「‥‥いや、よし。任せて。私に不可能はない!」
大好きな人の為なら何でもできる。
大量の栗を前に、いい所を見せようと気合を入れるサヴィーネである。
「さーて、焼芋焼き栗、ジャガイモでやるのも美味しいのよね♪」
うきうきとアルミホイルでジャガイモを包んでいる桃華の背後を、真一がそーっと離れてゆく。桃華に振り向かれて、ぎくりと立ち止まった。
「‥‥焼き栗や焼き芋で、そこまで失敗するはずないでしょっ!」
真一の言いたい事は物凄くよくわかっている桃華である。わかっているから尚悔しい。焼きあがったら絶対食べさせてやるんだから!
騒がしい恋人達に肩竦め、パトリックがジャケットポテトを作っている。焚き火の邪魔をする木を排除し終えたUNKNOWNは、燃えさしの木切れを拾うと新しい煙草に火を点けた。
「火は扱いを誤れば危険だから。ね」
炎に敬意を、炎に畏怖を。火の恩恵を受けた人は旨そうに紫煙をくゆらせた。
戦闘前より人が増えたように見えるのは気のせいではない。キメラがいる間に、近辺の野山を散策し自然の恵みを集めてきた能力者達が合流したのだ。
「秋の味覚、しっかり集めて来ましたよ」
釣道具一式持って戻って来た龍乃陽一(
gc4336)のクーラーボックスには川魚、糸が引くのを待つ間に集めた山菜もビニール袋にたっぷり詰まっている。簡易竈の火を見ていたヘイルに魚を預け、更に山奥へ入っていたLetia Bar(
ga6313)達に加わる。
「レティアはどんな山菜採れた?」
川辺では何が生えていて‥‥などと情報交換。こっちには山好きがいたからねとLetiaは番朝(
ga7743)を紹介した。人見知りのない朝は元気にご挨拶。
「俺、アシタって言うんだ。陽一君か、よろしくな!」
「アシタ、さん‥‥女性なんですね」
声を聞いて朝の性別に気付いた陽一、中性的な顔立ちの彼は女性に間違えられる事も多いそうで、色々ありますよねと気にする様子もなく人好きのする笑みを浮かべた。
「よくもまぁこんなに集めたものだ。調理の準備はできているよ。任せておけ、秋の味覚の真髄を魅せてやろう」
呆れ混じりに感嘆した後、ヘイルは表情を改めた。調理――開始。
エプロンの紐をきゅっと結び、橘川海(
gb4179)は自信満々、宣言した。
「ふふーん、私がバイクしかいじれないと思ったら大間違いなんだからっ」
そんな事、思やしないよと護は内心考えて、海の元気な笑顔に微笑で返した。
兵舎で交友のある、友達。幅広い交友を持ち、自分にも元気に優しく接してくれる海は面倒見の良い子だ。
「亜守羅ちゃんは何作ってるのかなっ?」
「あうー、襷忘れてしまったのですよー」
着物の袖を持て余している亜守羅の視線は澄野・絣(
gb3855)に向いていて、海は襷を借りてやる。
「予備を持って来ていて、良うございました」
おっとりと微笑んだ絣は着物に襷掛け、割烹着を着込んだ古き良き大和撫子姿。人手の足りない所を見つけては、さり気なく手を貸している。
「ゆーきさん手際がすごくいいのですよー」
「亜守羅のは栗御飯かしら?」
採れたての山菜や茸類を分けている百地・悠季(
ga8270)が作ろうとしているのは山菜おこわ、亜守羅は栗を栗御飯と甘露煮にするつもりのようだ。仲良く仕度をする二人は色彩の違いこそあれ美人姉妹のよう。
くるくると身軽に皆の手伝いをしている海を見るともなしに見つめ、護はアルミホイルで包んだジャガイモを焚き火の灰に埋めた。熱が通れば塩バターで食べよう。
「沖田君はジャガバタ派なんだ?美味しいよねっ」
何時の間にか海が隣に来ていた。僅かに緊張したものの「そうだね」無難に返す。
――が、海が何気なく言った言葉に、護の心は微かに痛んだ。
「食べさせてあげたいなぁ」
あの人がここにいたら。
海が言葉にしなかった部分を護は正確に補完していた。
護は知っていたから――海が切ない片思いをしている事、その相手が自分ではない事を。
(「海さん、知っていますか‥‥ぼくが強くなりたいと願う動機」)
目の前にいる、この人の笑顔を守れる力が欲しい。
今、ぼくが願う動機の半分くらいは、あなたが与えてくれた――でも、それは言えない。
「日を改めて、作ってあげてはどうですか。こういうものは出来立てが一番美味しいですし」
我ながら当たり障りのない事を言っていると思う。だけど、海に悟られてはいけないとも思う。
彼女の望む相手が自分でないのならば、望む相手と幸せになって欲しい。そう護は願うのだから。
料理が出来上がりそうな、丁度良いタイミングで大食漢の幼女が戻って来た。
「‥‥ん。料理の。匂いがしたので。帰還。コレ。お土産。色々。取れたよ」
最上憐(
gb0002)が取り出したもの、は。
車椅子に座った膝の上に乗せられた個性的な食材の数々に、リセシリアス・A・峯月(
gc5119)は戸惑っている。
「え‥‥えっと‥‥ど、どうも‥‥?」
「‥‥ん。紫の。キノコとか。怪しい。草とか。足がある。魚の様な。モノとか。取れた」
食べられるのだろうか。ある意味キメラより怪しげな気がするのだが‥‥
中にはマトモそうな木の実や野草、魚や川蟹などももぞもぞ動いている。リセシリアスは引き攣った様子で「早く調理してしまいましょう」と促した。
大食漢は大食漢と引き合うらしい。
「あ、またあの時の少女‥‥!」
陽一が憐を発見して闘志を燃やす。憐に再戦を仕掛けるべく、マシュマロを焼いていた集団から離れた。
初めて食べる焼きマシュマロ、Letiaに教えて貰った通り焼いてみた朝は童女のように喜んだ。
「上手く焼けたぞ」
言葉は淡白だが手付きが嬉しさを物語っている。次々焼いては皆に勧めている。
「お、アシタ上手だね!〜美味しい♪」
Letiaに褒められるともっと嬉しいから、朝はもっとマシュマロを火で炙る。そんな様子に微笑んでUNKNOWNはハーモニカでブルースを奏で始め。
「リズレット、楽しんでいるか?」
リズレット・ベイヤール(
gc4816)の様子が気になって、ヘイルは調理の合間に声を掛けた。
「‥‥あ‥‥ヘイル様‥‥その‥‥」
口篭る幼い子の白銀の髪をぽふぽふ撫でて、ヘイルは「無理しなくていい」出来たばかりの焼芋をリズレットの手に持たせる。朝とLetiaにも配り、腹の虫抑えに食っとけといい置き調理に戻る。
「ありがとだ」
「ヘイル、ありがと!熱いからねっ、気をつけるんだよ?」
後半は妹のように思う二人に言って、Letiaは芋を二つに割った。ほかほかと、色まで付いていそうな甘い匂いが立ち込める。
「美味いな」
「んーっ、幸せぇ」
「‥‥お芋‥‥温かくて‥‥美味しいです‥‥」
仲良く一緒に食べながら、共に微笑い合う。
そんな何気ない様子が大切で、愛しくて、リズレットは知らず笑顔で涙を流していた。
「‥‥今日は‥‥ありがとうございました‥‥」
「え、ちょ、リゼちゃん!?」
焦るLetiaに感謝の言葉を繰り返す。
やがて落ち着いたリズレットは、控えめに荷から魔法瓶を取り出した。
「‥‥あ‥‥紅茶‥‥淹れてきたのですけど‥‥いかがですか‥‥?」
彼女の紅茶は、幼いながらも懸命に淹れた、丁寧な味がした。
やはり隠しきれませんでしたねと、ラスティーナは周太郎に首を傾げてみせた。
二人だけで食べようと準備した栗御飯。飯盒から漂う炊飯の匂いは隠しきれるものではない。まして此処はキャンプ場だから、周太郎も本気で隠蔽するつもりはなくて、求める人あらば分けようというスタンスだ。
「戦闘で疲れた、なんて奴はこっちに来ると良い。しっかり食べて、しっかり安め」
場に居合わせる者は皆仲間。折角の機会だからと呼び寄せる。
飯盒の具合を見つつ、これは良しこれはうちなどと判別しているラスティーナは、自分達が食べる分を取り除けると他の飯盒を仲間達に提供する。
多めに準備した飯盒の中身は全て栗御飯のはずだが‥‥
「サツマイモで芋御飯でも作っていたのか?印の付いた飯盒があったようだが」
「いえ、周太郎様の気のせいでしょう」
そらとぼけたラスティーナ、印付き飯盒がその後どうなったのかは知らない。
その飯盒の中身を食べた能力者が、あまりのしょっぱさに水をがぶ飲みしたなんて、与り知らぬ事。そう、塩水を大量に仕込んでなんて‥‥いませんよ?
「さあ、わたくし達もいただきましょう。周太郎様、慌てて食べて火傷しないよう気をつけてくださいね?」
焚き火を囲んで豚汁の椀を啜る。刻んだ生姜が冷えた身体に心地よかった。
「あっすらちゃんもおかわり欲しいのですよー」
まだお裾分けはしないでと空の椀を出す亜守羅によそってやりながら、悠季はしみじみと物思いに耽った。
少し離れた見晴らしの良い場所では、kと一信が焼芋を食べている。
「ふう‥‥美味いねえ、いい眺めだし最高だよ」
「はい、どうぞ」
二つに割った熱々の片方を、皮を剥いて一信に分ける。着ぐるみパンダがどうやって芋を食すのかは、一信の背しか見えない皆にはわからなかった。きっとkだけは知ってるはず。
「風が、冷たくて、もう、晩秋ですね」
「レンさん、寒い?」
いいえと首を横に振るkに、んじゃもう少し此処にいようかと一信。
「さてさて、ここでばかばかしい小話をひとつ」
一信は最近覚えたばかりの漫談を始めた。
涼しい顔で聞いているkの反応はいまひとつだったもので、さらにパンダのジャグリングまで披露するが――
「ナンテコッタイ‥‥‥‥」
どこまでもクールなkには勝てなかった。
芸するパンダの様子を遠目に眺めていた憐は不思議食材も塩辛過ぎる栗御飯も難なく食し、更にまだまだ食べられそうだった。
「‥‥ん。参加者に。パンダが。居る。あの。パンダの人は。食べちゃダメなのかな?」
そのパンダ、食べればキメラ食どころか人食になってしまう。
だが憐は少し位なら甘噛みして味見させて貰っても大丈夫だろうかなどと怖い事を考えている。つい、一信とkの会話が聞こえる辺りまで寄ってった。
「レンさぁん、俺の芸で何が一番面白かった‥‥?」
前屈のままお伺いを立てるパンダさん。kの答えは次の通りであった。
「‥‥やはり、火達磨に、なるのが、一番、面白かった、かと‥‥」
それをもう一度やれと申すか。
再び落ち込む一信に、憐の声まで降って来た。
「‥‥ん。焼き。パンダ。意外と。美味かもしれないね」
能力フル活用、覚醒までして全力で完成させたモンブランはサヴィーネの人生最大の傑作だった。
「ふぅ‥‥何とかなるものだな」
かなり強引に完成させたのも、大好きなあの子の笑顔のため。
そわそわと待っていたルノアに「お待ちどうさま」給仕をすれば、ちょこんと座った彼女はモンブランにそろそろとフォークを入れた。
「あむ‥‥ん、美味しい、です」
にこぱと笑ったルノアの笑顔!あぁもう、かわいいなぁ!
全ての苦労が一瞬で報われたサヴィーネの幸福は、すぐまた次の驚きに上書きされた。
「ごちそう様、です‥‥サヴィ、作って、くれて、有難う、です」
爪先立ちで懸命に背を伸ばす恋人に合わせて身を屈めたサヴィーネに、ルノアの満面の笑顔が近付いた。そのまま近付いて――頬にキス。
「ノア!?」
「有難う、です」
誰よりも愛しい人からのご褒美。
身を屈めていたサヴィーネは両腕にルノアを抱き締めると「お褒めに与り光栄です」姫に仕える騎士のように囁いたのだった。