●リプレイ本文
●The purpose of a mystery
カビの匂いが香るような、そんな雰囲気を見せる礼拝堂の中、静海は傭兵達を待っていた。
目的は見せず、ただ、ゲームの様に。
心待ちにしていたゲームの相手が、礼拝堂に着いた時。静海の口元に、涼やかな笑みが浮かぶ。
「ようこそ。歓迎するよ──元同業者さん達」
傭兵達が礼拝堂に足を踏み入れ、その内部を視認した時。荘厳なステンドグラスを背に、その男は無邪気な笑みでそう言った。
「ガキの遊びに付き合う程暇じゃないんだがな‥‥何の用だ?」
低く枯れた声で、杠葉 凛生(
gb6638)が静海を静かに睨み付けて口を開いた。
「用? 用なんて特に無いよ。ただの時間潰し──とするには、ちょっと勿体無いかな。あえて理由を付けるとしたら、元同業者さん達の、悩む顔が見てみたかったから‥‥とか、ね」
「何を求めてるかは知らんが、こちら側であることから逃げた時点で、お前が得る解など存在せん」
通信の情報通りによく喋る静海に、藤村 瑠亥(
ga3862)が武器を手に取り吐き捨てた。
「ははっ‥‥こちら側? こちら側ってどちら側さ? キミの言う事には多分の主観が含まれているね。そもそも俺はどっち側の勢力という事を考えて君達をここに呼んだ訳じゃない」
本来ならば神父が立つ壇上のその場所で、静海は倒れた像の頭に足をかけ、心底楽しそうにくつくつと笑い、傭兵達に話しかける。
「ほらほら、君達への依頼はこうだったはずだ。『拘束された女性傭兵を救出する事』。 早く助けないと彼女、干物になっちゃうよ。当然、俺はそれにちょっかいを出す訳だけど、ね!」
静海の手から小さなナイフが投擲され、那月 ケイ(
gc4469)に向けて飛ぶ。が、那月の持つプロテクトシールドによって弾かれた。
●Forest Ivy
佐倉の姿は、視認出来ない程であった。
蔦は佐倉の顔だけを出し、一つの樹木の様に絡み合っている。それは不気味にざわめき、脈動しているかに見えた。
佐倉救助に向かった三人の行く手には、当然の様に蔦が襲い来る。蔦の動きは想いの外早く、傭兵たちの体にまとわり付く。強度はそれ程でもないのだが、いかんせん数が圧倒的に多い為、なかなか佐倉を取り込んでいる蔦の塊に近付く事が出来ないでいた。
以前救出を要する依頼で助ける事が出来なかった存在を思い、リズィー・ヴェクサー(
gc6599)が蔦を振り切り佐倉の元に走る。
「だから‥‥今度こそはっ」
──絶対、助けるのよ、と。
シン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)の超機械「扇嵐」による攻撃と、ジン・レイカー(
gb5813)の獅子牡丹による蔦の排除で、何とか佐倉の元まで三人が辿り着く。
が、蔦は減る事もせず、さらに勢いを増して三人へと襲うペースを上げていった。
三人は蔦を排除しながら何とか襲い来る蔦を食い止めるも、佐倉を救助するまでには至らない。
蔦の動きは単純だった。正面から物量で押すだけの攻撃。ただ、それだけに少人数では抑えるだけで精一杯となる。
「く‥‥っ! キリがないよっ!!」
「ちっと俺に考えがある。少しの間二人で耐えられるか?」
リズィーがメリッサと名付けた超機械「ビスクドール」で蔦の進行を何とか止め、ジンが二人に声をかける。
「無茶を言いますね‥‥三人で手一杯だというのに。しかし、何とかしましょう‥‥!!」
シンの返事を合図に、ジンが動き出す。
(実は根っこの部分が全部で一つ‥‥とかな。駄目元だがやってみる価値はある──)
●A little serious
杠葉の急所突きを併用した跳弾が静海の頬を掠める。
「おっと──怖い怖い」
静海はヘラヘラと笑みを浮かべながら、那月と杠葉の弾丸を避け、藤村と相対する。
藤村が銃撃戦で戦闘スタイルを推し量ろうとしたのだが、そのスタイルは、ただただ攻撃らしい攻撃は行わず、三人の手が緩めば手を出してくるという形だった。つまり、どういう算段かは解らないが、手の内は全く見せる気が無いという事らしい。
蔦は佐倉の救出に向かった三人の方へ殆どが向いており、拘束される程の量は、静海の居る方向へは殆ど向かってこない。
「ああ、ちょっとイライラしちゃったりしてるかな? じゃあ、話をしながらにしようか。‥‥ねえ! そこの盾持ってる君!」
あいも変わらずのらりくらりと攻撃をかわしつつ、那月を呼ぶ。
「──君はその力を何のために使いたい?」
「‥‥俺は、誰にも俺と同じ目に合ってほしくないから戦ってる」
攻撃の手は緩めていない。しかし、邪気の無い、ただ普通に聞かれた言葉の様に感じ、那月は答えを返した。
故郷がバグアに占領されたその時、弟妹を亡くした、守れなかった、という経験が、彼の今を形作っている要因。
その事がちらりと脳裏によぎり、表情が曇る。
「──じゃあ、君達は不死についてどう思う?」
静海は涼やかな笑みを浮かべながら、さらに問い続ける。
「不死か‥‥終わりの無い生など拷問以外の何物でもない」
「だけど、生自体が拷問という考え方だってある。いいね、おじさん。アンタの目は気に入ったよ。その目は俺のよく知ってる目だ」
心底嬉しそうに笑い声を上げると、静海はぴたりと立ち止まった。藤村の攻撃が迫るのも気にせず、最初に足をかけていた像の頭部へ目をやり、問いを放つ。
「──君達は、万人への愛という物は実現すると思うかい?」
初めて静海が武器を手にし、手にしたそれで真燕貫突を使用した藤村の二刀小太刀「疾風迅雷」による攻撃をかわし、受け止める。二本の内、片手に持つ『一目で受けに特化した物と解る短剣』は藤村の剣を。もう一本は、藤村の腹部へ。それは腹部を貫通し、背中へと突き出ていた。
「速いね、君は。だけど、絶対的な自信を持ちすぎだよ。君と同等、若しくは更に速い相手と相対する可能性を考えた戦い方じゃない。でも少し、危なかったかな」
肩口を自身の血で赤く濡らし、はじける様に距離を取り、短剣の血を払うと、静海は武器を収める。
「急所は外してる。けど、暫くは動けないだろうね。そもそも俺の目的は、君達を殺す事じゃない。だから──止めはささないでおくよ」
静海は藤村を壁際へと押しやり、その武器は遠くへ蹴り飛ばされた。
「‥‥さて。続きを始めようか」
「‥‥行方不明になっていたと聞いたが‥‥地獄でも見て狂ったか? 正気を保つより、狂気に逃げるほうが楽だからな」
杠葉の言葉に静海は返す。
「まさか。地獄を見て狂ったんじゃない。地獄で正気を保てる道を選んだのさ」
挑発して本音を探る算段であったのだが、挑発には素の答えが帰ってくる。
それが本当の彼の言葉なのか、バグアとしての言葉なのか。それは依然として解らない。
しかし、会話が成り立つという所で、一つの救いを感じると共に、この静海という男に対する嫌悪感という物は更に増していくばかりだった。
●Roots
蔦の根元が集まる場所を目指し、ジンは走る。幸い見た目に株があると判る状態だった。ただし、その数は無数にある。
そこで、佐倉と二人に多数の蔦を伸ばしている物を目で追い、一番大きいそれに向かう。
蔦も近寄るジンに対して攻撃を行うが、佐倉の救出に対する警戒を第一に命令されているのか、ジンの接近への対応が遅れる事になった。
「はは、あははははっ!!」
向かい来る蔦を切り払い、ジンは株の根元に獅子牡丹を深く突き刺した。
その株から発生する蔦の勢いは途端に弱まるが、それでも生命活動は収まらないようで、一撃を加えられた蔦の株は、自己防衛に戦力を使い始める。
「攻撃の手が弱まりました‥‥か? リズィーさん、今の内に救出を」
「ちょっとビリッとするかも‥‥ごめんねっ」
シンの言葉に超機械「ビスクドール」で蔦に電撃を飛ばしたその時、佐倉の体に反応があった。
しかし、それは嬉しい反応ではなく、絶望的な反応。
声は出さないものの、顔には明らかな苦悶の色と、──吐血。
「あー、絡んでる蔦に超機械で無闇に攻撃しない方がいいと思うよ。あと、引き剥がそうとしたりすると、多分センパイ、死んじゃうかも」
のらりくらりと攻撃をかわし、那月や杠葉と応戦しつつも静海がシンとリズィーに声をかける。
「蔦はどうやって対象物から栄養を摂取するか知ってるかい? ──寄生根を張るんだよ。栄養源にね。そして、栄養源が枯れるまで共生する。‥‥つまり、今センパイとその蔦達は一体になっている訳だ」
「ひはっ。だったら簡単じゃねぇか! 七海が吸い尽くされる前に、蔦の株を全部潰せば良いだけだ!!」
ジンの声に、リズィーとシンも直ぐに状況を飲み込み、行動へ移す。
手近な株へと攻撃を始めると、確かに蔦の勢いは衰えていく。
ただ──答えに近いヒントを、敵であるあの男が、何故こちらへ教えたのか。それだけが全員の心に引っかかる。
静海はただニヤニヤと笑みを浮かべながら、それに目をやる。
ただ、傭兵達の行動を観察するかのように。
しかし、事実、静海の言う事は正しかった。
三人での対処という事で、殲滅に時間がかかったものの、勢い良く動く蔦の数は、もう数える程になってきている。
キメラが全て活動を止めた時、初めて三人は佐倉の救出へと動き出すことが出来た。
絡み付く蔦を細心の注意を払い、少しずつ解いていく。
そして、やっと佐倉の全身が見えたその時、傭兵達は初めて見る事になる。
──佐倉の左手が、壊死している事を。
恐らくエミタはもう機能していない。
能力者としても、活動する事は出来なくなる可能性もある。
「‥‥っ! とにかく治療しないとっ」
リズィーからの練成治療を受け、少しは回復しているかのように見える。
「──命は取り留めたようですね」
シンの言葉を聞きながら、リズィーは佐倉のボディチェックを済ませていく。どうやら爆弾の類は仕込まれてはいない様だった。
その様子を見て、静海は杠葉と那月から大きく距離を取り、両手を上げる。
「はい降参。君たちの目的は達成された。俺の目的も半ば達成かな。──これ以上やってると、センパイが衰弱していくだけだけど、まだやるかい?」
静海対応にあたっていたメンバーが警戒を行う中、キメラ対応にあたった三人がリズィーの準備していたジーザリオへと佐倉と藤村を運ぶ。
佐倉の意識はまだ戻らず会話も出来る状態ではないが、急ぎ医療機関へと搬送し、処置を行えば助かるであろう事は見て取れた。
「──君の目的は、一体何だったんだ‥‥」
静海に銃を向けたまま、那月は口にする。
「君達も来る前に聞いたろ? 俺の目的は、愛を分け与える事さ‥‥俺なりのね。もう一つの目的は、秘密にしておくよ」
にこりと無邪気な笑みを返す静海の言葉に、那月は考える。
そもそもこの男の愛は、誰に与えたかった物なのか。
そして、本当の目的は──
去り際、多少とはいえ残ったキメラを掃討する為に、那月の用意した火炎瓶で礼拝堂に火を放つ。
赤く燃える炎の中、生命活動を終えかけていたキメラ達は静かに灰になって行った。
──赤い炎は、ステンドグラスを煌々と照らし、内側に注ぐべきその光は、礼拝堂の外を美しい光で照らしていた。
●Saw the edge of the abyss
「準備出来たぜ‥‥って。そうか、コイツがまだ居たか」
ジンが帰還準備を済ませて残りのメンバーを呼びに戻ると、そこにはまだ静海が涼しげな顔で立っていた。
「あーそうか。君達にしてみれば、帰還する後ろからドカーン! って事も考えられる訳だ。こいつは失礼。俺は君達に手を出さない事を誓おう。今日の所はね。‥‥とまあ、言っても信じられないだろうから、俺は早々に退散させてもらうよ」
そう言うと、静海はコツコツと靴音を響かせ、傭兵達と擦れ違いながら歩いて礼拝堂を出て行く。
「じゃあね、元同業者さん達。楽しかったよ。また合おう」
そう言って礼拝堂を後にし、静海の姿は見えなくなった。
口元に常に浮かぶ笑みのせいで、一見そうは見えないのだが、その目は空ろだった。
静海の空ろな目と、杠葉の虚ろな目で視線が交差する。
──擦れ違いざま、静海の静かな笑いが聞こえた気がした。
傭兵達が佐倉を連れ帰り、佐倉は直ぐに医療機関へと搬送された。
幸い一命は取りとめ、一般生活は出来る様になるという事だった。
しかし、やはり懸念通り、エミタは既に機能しておらず、佐倉は左手を失う事となった。
リズィーは佐倉の元を尋ね、見舞いも兼ねて静海の事を聞いてみる事にした。
「話していた内容から、知り合いのようだけど‥‥‥‥彼、何者なの〜?」
──暫くの、沈黙。そして、佐倉は口を開いた。
「‥‥私の妹の、婚約者‥‥だった男、よ。妹はもう居ないし、特別接点は無いけれど。傭兵として何度か仕事をしたというだけの間柄よ」
それ以上は無いわ、と佐倉は付け足し、車椅子で看護師と共に検査の為に病室を後にする。
「──妹の婚約者‥‥?」
何かが繋がりそうで繋がらない。
今はまだ、情報は点在するだけのもの。
いつかそれらが繋がり、彼の目的が解る時が来るのだろうか。