タイトル:Love songsマスター:風待 円

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/15 23:17

●オープニング本文


 たいせつな言葉、たいせつな気持ち。

 顔を向けると、当たり前の様に返ってくる微笑み。

 それが当たり前で無くなった時、本当に大切な物を実感する。

 いつも隣に居てくれたあなたに宛てた、何通もの手紙。返ってくる返事。

 今の私にはそれだけが支えで、それだけが生き甲斐で。

 今もあなたを想うだけで、心が温かくなる。

 できる事なら、この世の果てまで。

 あなたと二人、歩いて行きたい──


◆◇◆


「──失礼します‥‥イルマさん?」

 とある病院の一室。
 ドアのノックと共に現れた女性、ULTの職員だ。
 依頼者が病院から出られない為、こうして足を運んでいる。
 イルマと呼ばれた少女は、扉へ顔を向け弱々しく応答した。

「わざわざ有難うございます‥‥こちらへ」


 歳は17、8歳程だろうか。病に蝕まれ、思う様に動かなくなった体をベッドから起こし、イルマは呟いた。

「私の、この宝物を。大切な人の元へ、届けていただけませんか‥‥?」
「見ての通り、私はもう自由に動ける体じゃありません。ですから、このペンダントと手紙を──」

 咳き込み、苦しそうに言葉を切ったイルマは、こう続ける。

「もう、2年もお会いしていません。お互いに、体を悪くして。このご時世でしょう? あの人も、私も。なかなか会えなくて。こうやって、月に数度、お手紙をやり取りするのが楽しみで‥‥」

 衰弱した、弱々しい声。しかし、大切な人の事を語るイルマのその瞳は、愛しい人に想いを寄せる、輝きに満ちた少女の物だった。
 イルマが差し出した住所のメモと何通かの手紙、そして、シンプルなペンダント。おそらく、思い出の品であろう物。
 ──きっと、先は長くない。彼女もそれを察しての依頼なのだろう。

「ごめんなさい。メールとか、もっと便利な物があるのは解ってるんですけど、紙に書かれた文字が好きなんです。気持ちが、籠められるから」

 依頼内容を聞き、ULT職員は優しく微笑む。

「解りました。あなたの宝物、確かにお預かりします。必ず、お届けしますね」

 優しくイルマの手を握り、ベッドに横たわらせる。
 ──手を添えた背中は、驚くほど痩せ細っていた。



 ──そして、依頼が本部に出される。

 イルマの提示した住所へ、指定の荷物を届けて欲しい、と。

「場所は、バグア支配地域に近い競合地域。依頼人に提示されたピノ・パスカーレの住む住所ですが、先日大規模な戦闘行為があった地域ですので、指定の住所には人が居ない可能性があります」
「その場合、街を捜索して頂く事になりますが、小さな街です。そう難しい事では無いでしょう」

 傭兵達は、彼女の輝く想いが詰まった荷物を受け取る事になる──

●参加者一覧

シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
櫻杜・眞耶(ga8467
16歳・♀・DF
サイト(gb0817
36歳・♂・ST
平野 等(gb4090
20歳・♂・PN
雪火(gb4438
24歳・♀・SN

●リプレイ本文

●それぞれの思惑

 戦争の傷跡の残る街道を、傭兵達を乗せたマイクロバスがギシギシと軋みながら走っていく。
 先日発生した大規模な戦闘のおかげで、かつて美しかったであろう田園風景は見る影も無く、街道脇や畑の中にはKVや兵器の残骸が点在している。
 爆撃で出来てしまったのであろうクレーターを避ける様に、畑を埋め立てて作った迂回路のせいもあり、未舗装で凹凸の大きいこの道での揺れは相当な物だ。

 ──戦っている時とは違い、一般人の目線で戦場になった場所の悲惨な光景を目に入れ、傭兵達は何を思うのだろうか──

 マイクロバスの中から外を無言で眺め、思いに耽るのは九条院つばめ(ga6530)だ。
 自身も傭兵での活動を通じて知り合った人々と文通をしているのもあり、感じる事も多い様だった。
 手書きの手紙を受け取る喜び、文面から友人の姿に思いを馳せ、どんな返事を書こう。どんな事を伝えようと考えて。

 遠くを見つめながら思いに耽る九条院の肩を「ぽん」と優しく叩き。

「こんな時代だからこそ‥‥若い恋人達の想いを繋げてあげたいものです」
 温和な表情で九条院に語りかけるのはサイト(gb0817)だ。
 彼もまた、流れ行く外の景色を眺めていた。

「早く探し出して、手紙届けてやりてぇですね‥‥」
 国の家族への連絡は、ずっと手紙で行い、電子メールでは伝えられない、肉筆に籠もる色々な物が手紙にはあると──イルマから預かった荷物を眺め、シーヴ・フェルセン(ga5638)はポツリとつぶやいた。


 ──マイクロバスの運転席からは、昔流行ったのであろう歌が、安っぽいスピーカーを通した様な乾いた音で流れていた──



●戦争の傷跡

 目的地に到着したマイクロバスから、傭兵達が街へ降り立った。
 バスステーションとして使われていたであろうロータリーの中央には、おそらく戦車であったであろう残骸。そこは人の気配は無く、まるでゴーストタウンの様だ。

「この地図のまま‥‥という事は無いと思いますが、大雑把でも場所が判れば探索もしやすくなるでしょうし‥‥」
 移動中、事前に用意した地図と住所を照らし合わせてピノの自宅の場所を調べていた櫻杜・眞耶(ga8467)が仲間に地図を指し示す。

「こっち、ですね。とにかくこの場所まで行ってみましょう。ピノさんがいらっしゃればそこで届けられる訳ですし」
 地図を眺め、向かう方角を確認した雪火(gb4438)の言葉に促され、一同は商店街へと向かう。


 道を進むにつれ、ポツリポツリと人の姿を見かける様になってくる。

 路地で膝を抱えて泣く子供達。
 窓から目を覗かせ、明らかに敵意の視線をおくる老人。
 松葉杖を失った片足の代わりに必死に歩く若者。

 建物は人の住める状態の物は少なく、弾痕が残り、壁が倒壊し、屋根は落ちている物が殆どだ。
 敵の急襲を受けて仕方なしに応戦したとはいえ、音速で空を飛び、やすやすと地面にクレーターを作る兵器が戦った後なのだから、形が残っているだけでも奇跡に近い。
 軍も一般人の巻き込みは極力避ける様に指示を出していたのだろうが、やはり戦闘の傷跡は残ってしまう。

 人払いをされた場所で戦闘を行う事が多い傭兵だが、もし、戦闘区域に一般人が生活していたら、どの様な事が起こるのか。それを目の当たりにしていくのだった。


 目的地が近くなってきた時、傭兵達は一際大きな傷跡を目にする事になる。
 町の中央広場であったろう場所は、狙い済ましたかの様に大きなクレーターとなり、その場所は難民キャンプとして利用されていた。
 ピノの家は広場に面した場所だったのだが、見事に瓦礫の山になってしまっている。

「ここにはいらっしゃらないようですね‥‥等君、探索を始めましょう」
 瓦礫の山を眺め、サイトは平野 等(gb4090)に声をかけ、難民キャンプへと足を向ける。

「すいませーん、ちょっとお聞きしたいんですがー」
「ピノ君‥‥パスカーレ氏の家にはどなたもいらっしゃらないご様子でした。ご存知ありませんか?」
 平野とサイトは比較的話を聞き易そうな者に声をかけていくが、やはり人々の反応はよそよそしい。
 皆、不信感や恐怖を。明らかに憎しみを向けて来る者も居る。
 やり所の無い怒りや憎しみをどう処理すればいいかわからないのだろう。

「あそこの食料品店のピノっつーモン、何処に居やがるか、知らねぇですか?」
 九条院とシーヴの二人も周囲で聞き込みを行うものの、人々も混乱しているのか、いまいち要領を得ない。

「すまないね。皆、能力者のせいじゃないと解っているんだが、やはりやりきれないんだよ。ご覧の通りの有様だしね。もし探し人が生き残っていても、正確な情報は難しいかもしれない」
 温和に返答を返す老人の言葉に棘は無い物の、やはり目は笑っておらず、疲れた様な表情が崩れる事は無かった。

 操作も手詰まりになったかと思った時、櫻杜と雪火から通信が入る。
「ピノの働いていた食料品店の倉庫が難民の為に在庫を解放しているそうです。住所は──」

 通信を受けた傭兵達は、急いで伝え聞いた住所の倉庫へ向かっていった。



●対面と真実

 倉庫に集まった傭兵達は一人の女性と出会う。
 歳は20台半ばあたりだろうか。不美人ではないが、色濃い疲れが顔に出て、心なしかやつれている様に見える。

「あの‥‥ピノさん、いらっしゃいませんか? ロッツォさんからの依頼で、荷物とお手紙を配達に来たのですけど‥‥」
 九条院がおずおずと声をかけると、女性は優しく微笑んで答える。

「あぁ。今回はさすがに郵便屋さんじゃなかったんですね。──私、ピノの姉でエルダと申します。わざわざ遠い所から、ありがとうございます。お疲れになったでしょう? お茶を入れますので、中へどうぞ」
 エルダに案内されて、倉庫の一角に設けられた生活スペースへと向かう。

「幸い倉庫は被害を受けなかったのですが、外の惨状はご覧になったでしょう? 何か少しでも、街の人の為になったらと思って、配給が始まるまでの間、食料品の在庫を開放してるんです」
 テーブルに人数分の飲み物を用意し、傭兵達に語りかける。

「‥‥あの、ピノ‥‥さんは?」
 一向にピノの話しに入ろうとしないエルダに、九条院が問いかける。

 ──エルダの表情は、優しい笑みを失い、悲しみに満ちた瞳を覗かせた。
 エルダの表情で、傭兵達は悟る。
 予想はしていた事だ。この可能性もあると。

「──ピノは、もう居ません‥‥」

 エルダは、ポツリポツリと言葉を漏らす。
 まるで、教会での懺悔の様に、傭兵達にではなく、独白の様に。

「ピノは、イルマさんがあの街の病院に搬送された後、静かに息を引き取りました。もうすぐ二年になります‥‥」
「私はピノを想うイルマさんに、ずっと弟に成りすまして返事を書いてきました。彼女の為と自分に嘘をついて。──伝える勇気が無かっただけなのに‥‥私は‥‥っ」

 声にならない慟哭を目の当たりにし、その場に重い空気が流れる。
 部屋の隅で立っていた平野は、そっと倉庫の外へ向かっていく。

「平野はん? どこに──」
 櫻杜が呼び止めようとするが、それを雪火が制し、平野を追っていった。


 ──平野は、倉庫の外壁に背を預け、なにやら複雑な表情をしている。
「‥‥平野さん?」
 そっと雪火が声をかけると、平野は頭をかきむしりながら呟く。

「駄目なんだよねぇ、俺。解んないんだ」

「解らない?」

「俺さ、感情欠落者って奴。わかる? 愛とか恋とか、悲しいとか寂しいとか。解んないんですよ」
「場に合わせてソレっぽい面も出来ますけど、今、純粋に人を思いやってる人らの中に、俺みたいなのが居ちゃ駄目っしょ。本当の気持ちまで、一気に嘘臭くなる」

「──解りたくないのですか?」
 そっと平野の肩に手をかけ、雪火が問いかける。

「知識としては知ってるし、理解しようとはしてるよ。でもやっぱ解んないんですよ」
「ただ、一つだけ解るのは二人とも幸福な時間があったって事‥‥なーんて言ってみるー」

 おどけて、でも寂しそうに「にゃはは」と笑う平野の近くで壁にもたれ掛かり雪火は優しく応える。
「‥‥いつか、理解できるといいですね──」

 ──そっと二人の頬を優しい風が撫でて行った。



●伝わる想い

「ほら、エルダさん。涙を拭いて。それなら尚更、あなたはイルマさんの手紙を読まないと」
 サイトがハンカチを差し出し、エルダに優しく声をかける。

「私達は直接お会いしてないですけど、イルマさんの病状はあまり宜しくないそうです‥‥ですから、この場でロッツォさんにお返事を書いていただけませんか?」
「ピノとして手紙を送った以上、ピノとして読みやがって欲しいです」
 九条院の言葉に合わせ、シーヴがエルダに数通の封筒とペンダントを差し出した。

 封筒には日付が打ってあり、エルダは日付の若い順に手紙を読んでいく。
 おそらく、この二年間、エルダはずっと良心の呵責にとらわれて、泣きながら読み悲しみながら返事を書いていた事だろう。
 そして、最後の封筒──傭兵達が依頼を受けたその日にかかれた物を開封した時。
 たった一枚の小さな紙片がテーブルの上に舞い降りた。



 ──『エルダさん、ありがとう。この二年間、私は凄く幸せでした』──



 封筒の中にはその紙片一枚しか入っておらず、最後に伝えたかった言葉は、イルマが全てを知った上で、優しい嘘をつき通してくれたエルダへの感謝の一言だった。
 ──エルダの声にならない泣き声が続く。

 涙を浮かべ、シーヴの胸に顔を埋める九条院。
 サイトも、櫻杜も、やりきれない思いを胸に俯いていた。

「──字は嘘付けねぇ、ですか‥‥」
 独り言の様に、シーヴが呟いた。


 エルダが落ち着いた後、サイトはエルダに提案を持ちかける。
「ピノ君が愛したイルマさんに、何かお譲り頂けませんか?」

 エルダが持ち出したのは、ピノがイルマの為に用意していた婚約指輪。

「ありがとうございます。これ以上無い物ですよ」
 優しくエルダに声をかけ、指輪をそっと受け取った。
「それでは行きましょう。イルマさんが待っていますよ」


 マイクロバスへと歩いていく傭兵達の中、九条院が足を止めてエルダに向き直る。

「あの、不謹慎かもしれないんですけど‥‥ロッツォさんが羨ましいです。人生の最後の瞬間に‥‥心の底から、気持ちを伝えたいと思える相手が、二人も居るんですから‥‥」

 エルダに言葉を伝えると、九条院は年相応の笑みを残してマイクロバスへと走っていった。



●Love songs

 ガタガタと揺れるバスの中。
 バスの安っぽいオーディオから流れるのは、古い古いラブソング。


 彼から彼女へ、彼女から彼へ。

 想いを伝え運ぶのは、渡り鳥。


 傭兵達の耳に届くその歌は、やはりイルマとピノとエルダの関係に当てはめてしまう。
 聞き入ったその歌の最後は──?

 傍らに寄り添い彼と彼女が微笑み合う姿。

 誰も口にはしなかったが、傭兵達の口元に、優しい笑みが浮かぶ。

 ──きっと、これでよかったんだ。
 戦争の傷跡、引き裂かれた恋人達の想い、そして、優しい嘘。
 すべてが残酷で悲しいけれど──


 数日後、遠く離れた二人の元、片方には二つのペンダントが揺れて。
 ──もう片方には思いの詰まった指輪が置かれて。

 その二つの場所には、二輪のタンポポが、寄り添うように揺れていた。