タイトル:【ED】Awakeningマスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/05 22:24

●オープニング本文


 神は去った。
 いや、現世での仮初めの姿を捨て、永遠の存在となったのだ。

 黄金で飾られた太陽の船に乗り、去りゆく神。
 傭兵達が演出したその姿を目の当たりにして、夢の余韻に浸り続ける者は多かった。

 しかし、それを機に現実世界へと舞い戻る者もまた、少数ながら存在する。


 神、アメン=ラーが去った翌日。夢から覚めた者達は、ルクソールの一角にある食堂の隅でこっそりと額を寄せ合っていた。
「‥‥あれは、あれかね。あんまり好き勝手やりすぎたんで、上に呼び戻されたのかね?」
 彼がこの地を去った真の理由を、ルクソール市民は知らされていない。今後の統治が人類の手に委ねられる予定である事も、彼等は知らなかった。
「だとすると、誰か代わりの奴が来る事になるのか?」
「まあ、そうだろうな」
「そうなると‥‥ここも変わっちまうのかねえ」
 半ば強制的に付き合わされてきた、古代エジプトごっこ。だが慣れてしまえば、これはこれで居心地が良いものだった。時折耳にする他のバグア占領地の惨状に比べれば、ここは天国と言って良いだろう。
 それが、変わってしまうのか。いや、変わるくらいならまだ良い。
「‥‥なあ、もしお前が後任だったら、どうする?」
 一人の男が、隣の男の脇腹を肘で小突いた。
「イカレた前任者が残したワケのわかんねえオモチャなんて、大事にとっとくか?」
「‥‥いや」
 相手の男は首を振り、苦い笑みを浮かべる。
「盛大にぶっ壊すな。多分それが、最初の仕事だ」
「そうなったら‥‥俺達も巻き添えだよな」
 シェルターはあるが、彼等がこの町を丸ごと潰す気にでもなれば、それも役には立たないかもしれない。
「どうなっちまうのかなあ、俺達」
「神様、帰ってきてくんないかな‥‥あんなんでも良いからさ」
「いや‥‥あんなのだから、良かったんだよ」
 食堂の窓から見上げた空は一点の曇りもなく、そこには何の予兆を読み取る事も出来なかった。



「‥‥で、例の作戦を実行に移すワケなんだけど、さ」
 アネット・阪崎は、UPCの実質的な出張所であるルクソールの観光センターで、傭兵達を前に小さく溜息をついた。
「作戦の大筋は提案の通り。向こうの指揮は動物仮面達が執る。作戦が狙い通りに上手く行った場合、彼等が責任を取る形で投降するって事で話もついてる。でもね‥‥」
 彼等はUPCを‥‥いや、同胞である人類という種を信用していなかった。

「‥‥我々は今、この国の守護者です。しかし、人類圏に復帰したとなれば‥‥我々は敵の支配に荷担した裏切り者の烙印を押される事になるでしょう」
 アネットが非公式に彼等と接触した際、その中の一人‥‥ジャッカルの仮面を被った男はそう言った。
「でもさ、あのイカレたバグアを上手く調子に乗せて、今の体制を作り上げたのは‥‥あんたらなんだろ?」
 アネットの問いに、彼等は頷く。
 確かに、侵略軍の司令官としてやって来た異星人がこの地の歴史や文明に対して抱いた興味を利用し、彼がこの地の民にとって良き統治者となる様に仕向けたのは、彼等動物仮面の神官達だった。敵の占領下に置かれた状態で、如何にすれば被害を最小限に食い止める事が出来るか‥‥それを考え、自ら占領軍の手先となる事を選んだ者達。
「だったら、悪い様にはさせない‥‥って断言出来る様な権限は、残念ながら持っちゃいないけどね」
 アネットは肩を竦める。
「信用出来ないなら、逃げても良いよ。今ならどさくさ紛れでどうにでもなる。けど‥‥そうなると、メンテは受けられないよ。本気で向こうに寝返る気はないんだろ?」
 その問いに、彼等は躊躇いもなく頷いた。そう、本当にバグアの手先になった訳ではない。それはあくまでも、この地と民を守る為の選択だった。
 投降するなら、人間に戻れる可能性もある。しかし‥‥
「もうひとつ、問題があります」
 今度は獅子の仮面を被った女性が口を開いた。
「アメン=ラーは我等を下等な被征服民と見下す事をせず、我等の言葉に耳を傾け、心を砕いて下さいました。それがどの様な意図から生じたものであれ‥‥その恩には報いねばなりません」
 アメン=ラーはこの地に残された兵器や技術を、この地を守る為にのみ使用する事を厳命した。もしそれ以外の目的に使われたり、人類に奪われる様な事があれば、全てを破壊せよと。
「我々は、この最後の命令を死守します」
「うん、そりゃ‥‥構わないよ。元々、そう簡単に手に入るとは思っちゃいないしね」
「しかし軍の上層部は‥‥異なる考えをお持ちなのではありませんか?」
 苦笑いを浮かべたアネットに、ハヤブサの仮面が問いかけた。
 ‥‥そう‥‥かもしれない。
 アネットは何も知らされていないが、傭兵達が提案した作戦の裏でUPCの正規部隊による奪取が行われる可能性は高い。軍にしてみれば、ルクソールに残るバグア技術はどんな手段を使ってでも手に入れる価値があるだろう。
「そうなった場合、我々は全てを破壊し‥‥自爆します」
 仮面の強化人間達は、互いの決意を確認するかの様に静かに頷いた。

「‥‥ってな事に、なってるのよねぇ」
 妙に軽い調子でアネットが言う。冗談にでも紛らわせなければ、やっていられない気分だった。
 彼等を見捨てるつもりなら、何も難しい事はない。自分達は筋書きの通りに動けば良いだけの話だ。
 しかし、それで良いのだろうか。
「上にはそれとなく伝えといたけど。もし本気でやる気なら、止められないと思う」
 やる気はないと、そう思いたいが。
「もしそれが現実になったら、あんた達はどうするか‥‥よく考えて。それで出した結論なら文句はないし、どっちに転んでも責任はあたしが取る」
 だから、悔いのない様に。
「それと、もうひとつ。どう転んだとしても、絶対に疎かにしちゃいけない事があるのは‥‥わかるよね?」
 そう、一般市民の保護だ。シェルターへの誘導は当然だが、もしもバグアの施設が完全に破壊される様な事態になれば、そこも無事でいられる保証はない。アメン=ラーの意思を継ごうという彼等が、この町や人々を傷付ける事はないと、そう信じたいが‥‥万が一という事もある。
「市民にこれをどう伝えるかって問題もあるし」
 一種のやらせである事を正直に伝えれば、避難の際にも不安はないだろうが、そのせいで生じるリスクもある。
「ま、そのへんは任せるから‥‥しっかり考えてね」
 他にも対処すべき事は色々ありそうだが‥‥またしても、丸投げ。


 果たして、夢から覚めたこの町が最初に目にするものは何か。
 それは、どんな色彩に彩られているのだろうか‥‥。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
ソーニャ(gb5824
13歳・♀・HD
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER
アルテミス(gc6467
17歳・♂・JG
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER
フール・エイプリル(gc6965
27歳・♀・EL

●リプレイ本文

 ルクソールは未だ静けさの中にあった。
 アメン=ラーが去った事により混乱は必至と見てか、普段なら溢れかえっている筈の観光客の姿は殆どない。しかし、市民達は‥‥少なくとも表向きは、普段通りの生活を営んでいた。
 その市内にある観光センター。中央のロビーには、完成したばかりの大きな絵が飾られている。それは先日行われた別れの宴での刹那の時を永遠に留めようと、傭兵の一人が発注したものだった。
 その絵の前に、傭兵達が顔を揃えていた。長くこの国に関わり、見守り続けて来た者。或いは義侠心に駆られて急遽馳せ参じた者――


「ボディチェック、完了!」
 異常なし、とリズィー・ヴェクサー(gc6599)が告げる。盗聴器や発信器、その他の怪しい物は付けられていない。オールクリア。
「皆もう喋っても良いよっ」
 その声を合図に、あちこちで安堵の溜息が漏れる。
「‥‥恐らく‥‥筋書き通りにはいかないのでしょう、ね‥‥」
「当然じゃ、UPCなど信用出来ぬ。占領に乗り出して来る事は必定じゃ」
 キア・ブロッサム(gb1240)と美具・ザム・ツバイ(gc0857)が視線を交わし合う。人も組織も、信用など出来たものではない。特にこんな状況では。
 相手がどんな手を使って来るか、それはわからない。しかし、タイミングは想定出来る。
「今回の事はそもそもが茶番じゃ、ならばその事態を最大限に利用せぬ手はあるまい」
 予定通りに茶番を演じつつ、不測の事態に備える。いや、不測ではないが、あくまで予想外の出来事として、何があっても知らぬ存ぜぬでシラを切り通す事が肝心だ。
 軍がバグアの技術を欲しがるのは当然だし、それは理解出来る。だがここには技術や力よりも、もっと大切なものがあるのだ。
「また、こんな風に皆で集まれると良いねー」
 壁の絵を見て、アルテミス(gc6467)が言った。神様、アメン=ラーのお願いを叶える為にも頑張らないと。そしていつか、お帰りなさいのパーティーをするのだ。
 彼が望んだ通りの姿で守られた、この街で。


 作戦内容の最終確認と細部の調整の為、傭兵達が動物仮面の神官達と接触したのは、決行の数時間前。市内の各所にある神殿の一室での事だった。
「‥‥もしかして‥‥?」
 じぃーっ。居並ぶ動物仮面達をしげしげと眺めるリズィー。
「前に会ったのと、同じ人?」
 こくり、動物仮面が頷く。ならば、以前アメン=ラーと面会した時に警護をしてくれた人達だ。
「じゃあ、再会を祝して‥‥握手っ!」
 ぎゅむーっ。リズィーは次々と固い握手を交わしていく。獅子にネコ、ジャッカル、ハヤブサ‥‥それに、ワニさんとも握手。
「‥‥あれ?」
 ワニ仮面なんて、いたっけ?
「‥‥いえ、私は‥‥」
 それは傭兵の一人、フール・エイプリル(gc6965)だった。動物仮面達と並んでいても、全く違和感がない。それどころか、すっかり馴染んでいる。
「今回の作戦行動中は、傭兵と悟られない事が得策かと思いまして」
 確かにこれなら、動物仮面神官として立派に通用する。通用しすぎて、敵の強化人間として攻撃対象にならなければ良いが‥‥それはともかく。
「こっちの計画についちゃ、前に話した通り‥‥特に大きな変更はないんだけどね」
「君達の危惧する通り、UPCが作戦の裏で技術奪取の為の部隊を動かす危険はある」
 こちら側では唯一の軍関係者であるアネット・阪崎に続き、天野 天魔(gc4365)が口を開いた。
 動物仮面達が僅かに動揺の色を見せる。
「やはり、そうですか」
 仮面の下に隠された表情はわからないが、その声は沈んでいた。彼等が早まった決断を下す前にと、天魔は急いで言葉を継ぐ。
「いや、確実な情報ではない。今はまだ憶測に過ぎないし、杞憂であって欲しいと願うが‥‥」
 それが現実になる可能性は、残念ながら高い。 
「故に提案がある。まず防衛装置はダウンさせずにUPC本隊に使用しないだけにする。無理なら本隊が射程に入る寸前で落とす。そして監視システムで全域を監視する」
「本隊というのは‥‥本来の計画を遂行する部隊の事ですか?」
 動物仮面の問いに、天魔が頷く。
「それならば、問題はありません」
 芝居と悟られない為にも防衛装置は作動させるが、傭兵達が末端から順次破壊する手筈になっている。
「中枢施設がダウンしたと見せかけて裏部隊の侵入を誘うのじゃ」
 美具が言った。ただ、恐らく中枢のダウンは見せかけだけでは済まないだろうが。
「裏部隊を発見したら俺達で陽動し時間を稼ぐ。その際キメラを貸してくれ」
 天魔の要請に、動物仮面が頷く。ただ、キメラ達は余り頭が良いとは言えない。無用な混乱が起きなければ良いのだが。
「多少は混乱してくれた方が、時間稼ぎにもなるだろう。その間に本来の作戦を完遂させる」
「市民のシェルターへの避難指示や誘導は、私達セベク教団にお任せ下さい」
 そう言ったのはワニ仮面のフールだ。同僚の神官や信徒達の手も借りれば、数は足りるだろう。
 天魔が続ける。
「作戦が終了し落ち着けば隙はなくなる。ただしその場凌ぎだ。兵器や技術がある限り軍は欲する。強化人間の維持施設等を除いて破棄した方がいい」
「当地固有の技術‥‥残しましては要らぬ争いを生むやも知れませんし‥‥」
 キアが言った。破棄すれば万が一の時にこの街を守る手段を失う事になるが、その手段そのものが争いの原因でもあるのだ。
 最低限生存の為や深部に残せる物は残す。その代わり、街に被害が出ない程度の破壊を許可して欲しい。
「大事な物、は‥‥バグアの力より‥‥この街である、と‥‥。無論‥‥貴方がたの今後、もありますし‥‥僅かでも及ばせぬ為の礼は尽くします‥‥」
「今後においても人類の介入やバグアの再占領を抑止したいと願うなら、それ相応の代価は必要じゃろう」
 美具が重ねて言った。
「都市機能のインフラや、強化人間のメンテナンス設備等は残す故、安心せい」
 この街の文化的価値はそのままに、軍事的価値のみを低下させれば、危険度は確実に減る。それはアメン=ラーの望みとも、そう掛け離れてはいない筈だ。
「これは此処を護る為に必要な事なの。だから、ね?」
 リズィーが両手を合わせ、お願いポーズで動物仮面達を見上げる。
 だが、彼等の答えは最初から決まっていた。傭兵達に全てを託し任せると、かの人が決めたのだから。その望みを叶える為に、自分達はここに居るのだ。
 その結果、望んだ通りのものが得られなければ‥‥自爆して果てるだけだ。
「許可を得たと考えて良いんだな。ならば、俺達が上手く破壊しよう」
 天魔が言った。そして、もうひとつ。
「最後に軍に何を聞かれても、何も知らされず俺の指示に従った事にしろ。全ては功の独占を狙った俺が起こしたのだ」
 とんでもないと首を振る動物仮面に、天魔は笑いかける。
「表の責任は君達が、裏の責任は俺がとる。バランスがいいだろ?」
「あー、そこはちょい待ち」
 アネットが割って入った。
「責任取るのはあたしの仕事だよ。これでも一応、職業軍人なんだからね」
「だが、この作戦は俺達が考えたものだ。少尉に責めを負わせる訳には‥‥」
「‥‥失礼‥‥」
 背後から声がかかる。
「今、は‥‥作戦を完遂させる事が先決、かと‥‥」
 確かに、キアの言う通りだ。それについては、全てが終わってからゆっくりと。
「じゃあ、作戦開始だね」
 アルテミスが言った。
「ボクはKVで出るから、中の事はお任せするよ」
 美具とキア、リズィー、アネットは市内に潜伏し、各所で破壊工作を行いつつ司令部へ。終夜・無月(ga3084)も、建前上表の茶番で突入した傭兵として行動を共にする事になる。フールは市民の避難誘導を終えた後に、破壊工作隊に合流する予定だった。そして天魔はブレインとして司令部へ。
「では‥‥別ルートをお教えしますので、そちらから。我々と共に居る所を見られては都合が悪いでしょうから」
 動物仮面達は、破壊工作を行う傭兵達に司令部の正確な位置を教える事はしなかった。大まかな場所さえわかれば辿り着くのは難しくないだろうし、多少の試行錯誤があった方がそれらしく見えるだろうというのが、その理由だった。
「皆気をつけてね‥‥幸運を! なのよっ」
 リズィーの声を合図に、傭兵達はそれぞれの部署へと散って行った。


「‥‥さて、我々もそろそろ司令部へ‥‥」
 言いかけて、動物仮面のひとりが思わず息を呑んだ。
 自分達の他は傭兵達しか居ないものと思っていたこの部屋に、子供がいる。迷子か? いやしかし、この部屋にはチェックを受けた者しか入れない筈だ。という事は、この子も傭兵なのか。
 では何故、仲間達と行動を共にせず、ここに残っているのか‥‥そう訊ねようとした、その時。
「はっきり言って甘いわ」
 その子‥‥いや、子供ではない。見た目は幼くても歴としたベテラン傭兵、ソーニャ(gb5824)が口を開いた。
「組織を甘く見すぎている。なんの担保もなく軍を信じるなんて」
「え‥‥?」
 なんか、いきなり怒られてる。なんで? どうして?
「ずっと聞いてたけど、作戦が上手く行けば自動的に自分達の言い分も通る、なんて思ってない?」
 甘い。甘すぎる。シロップに三日間漬け込んだ砂糖菓子よりも甘い。
「停戦までに裏交渉が出来なければ終わりよ。二度と交渉の機会は無いわ」
「いや、しかし‥‥軍との合意なら既に成立していますが‥‥」
 天魔の忠告通り、書面も取ってあるし。
「それは表向きの交渉。肝心なのは裏よ」
「裏‥‥ですか」
 気圧されている。動物仮面達は完全に気圧されている。
 言われてみれば、確かにそうかもしれない。状況次第では、正式な文書でさえ握り潰されないとも限らない‥‥そう考えるべき、なのか。
「いい? 自治を獲得できなければこの茶番は無意味よ。施設を破壊して全面降伏するのと変わらない。それでも良いなら何も言わないけど」
 金色の瞳が射る様に見据える。
「本当は、どうしたいの?」
 死にたいのなら邪魔はしない。仲間にも邪魔はさせない。しかし、生きたいのなら‥‥
「きちんと要求を伝えて、言質を取るのよ。口約束なんかじゃ駄目」
「‥‥は、はい‥‥」
「まずはルクソール特別区として自治の承認を得る事。そして残されたバグア施設は区が管理する事も認めさせるのよ。特に強化人間の生命維持装置」
 この所有は譲れない。それで全てが決まるのだ。
「まさか施設を取られて一生、命乞いを続ける気じゃないでしょうね? その時は全ての施設を壊して、ざまぁみろと言いながら死になさい」
 ソーニャの言葉は厳しく、容赦ない。だが勿論、彼等もそのつもりだった。‥‥ざまぁみろ、とは‥‥多分、言わないが。
「後は人類に投降した強化人間を受け入れる事。区にいる人間は、希望すれば人類圏への移住を認める事。区内限定でバグア、強化人間、人類の共存を目指す事」
 しかし、要求ばかりで譲歩がないのでは交渉も上手く行かないだろう。
「区に残るバグア施設は共同で研究、技術の提供を行う事。これ位は譲歩しないとね」
「‥‥はい」
 聞き入れられない時は、バグア施設を即時破壊する‥‥そう脅すのも良し、実際に破壊するも良し。
「各施設にキメラを配置しておくのよ。勿論、秘密裡にね」
 いざと言う時は防衛、施設の破壊、爆破を出来る様にして、降伏後も維持すること。
「これを手放せば奴隷も同じよ。いずれ全てを奪われるわ」
 条件はこれくらいか。そうと決まればモタモタしている暇はない。
「急ぐわよ。裏作戦が始まる前に本部と交渉するの」
 ソーニャに急かされ、一同は通信設備のある司令部へと急いだ。
 相手が誠実に合意を遵守するつもりなら、裏交渉など必要ない。反対に、一度は成立した合意を反故にして裏作戦を仕掛けて来る様なら、どんなに交渉を重ねたとしても得るものはないだろう。
 だが自分達の行く末を真剣に案じてくれた、その思いには応えたかった。
 例え結果がどうなろうとも。


「‥‥面倒な事を」
 その数分後、UPC本部。要求を受け取った将校は、軽く舌を打った。
「了解したと伝えておけ。きっちり書面を付けてな」
「では、作戦は中止という事で‥‥?」
 部下の言葉に、将校は鼻を鳴らす。
「作戦は予定通りに進める。即時破壊など、どうせ脅しだ」
 破壊すれば自衛手段も失う事になるのだ。街を守りたいと言っている彼等が、それを実行に移すとは思えない。
「連中には悪いが、これも人類の為だ」
 バグアの技術はこの戦いに決着を付ける為の鍵となるかもしれない。戦いを早期に終わらせる事が出来れば、それだけ犠牲も少なくなるだろう。その代価が敵の手先として動いてきた強化人間の命なら、安いものだ。
 彼等も結局は人類の為にと考えてあの様な要求をして来たのなら、本望ではないか。



 そして予定通りの時刻に、予定通りの事故が起きた。
「神よ、良き夢を‥‥夢の都は私達が守ります」
 司令部に詰めた天魔が動物仮面達と共に静かに成り行きを見守る中、作戦は進行していく。


 キメラプラントに異常が起き、脱走したキメラが市中に溢れ出した時、通りには多くの市民が行き交っていた。その耳に、古風な町並には不似合いなサイレンの音が響く。
「何だ、敵襲!?」
「バグアか!? それともUPC‥‥」
「この街を占領しようってのか!?」
 普段ならアメン=ラー直々に状況説明のアナウンスが行われるのだが、今回は何の説明もなかった。太陽神は黄金の船で旅立ち、永遠にこの都を守る神となったと言うが‥‥あれは嘘だったのか? 神はもう居ないのか?
 普段とは異なる状況に、住民達は混乱しパニックに陥る。
「大丈夫です、落ち着いて‥‥普段通りに行動して下さい」
 そんな彼等の前に現れた、ワニ仮面。セベク教の神官、フールとその同僚、それに信者達だ。
「UPC軍からの攻撃が始まりました」
 その一言に、混乱は更に拡大するが‥‥
「いいえ、侵攻ではありません。事故に伴う一時的なものです。街の中は安全ですが、万が一と言う事も有るのでシェルターへの避難という事ですよ」
 それで納得したかどうかは不明だが、兎にも角にも誘導する人間が現れた事でパニックは収束に向かった。
 やがて住民達の避難が完了すると、フールは仲間達にも避難を促す。
「攻撃が終わればルクソールは人類圏となるでしょう。その事を市民達に教えても構いませんが、決して動揺を与えるような物言いだけはしないでください」
 そして自分は彼等と別れ、兵器庫のある区画へ急いだ。機動スフィンクスやピラミッド型HWといったバグア兵器を破壊する為に。


 一方、本能的に獲物を求めるキメラ達は、市民の避難を終えて無人となった街を離れ、砂漠へと向かった。
 その先、国境の向こう側で監視任務に就いていたUPCの部隊と衝突し――
「うん、筋書き通りだね」
 愛機オリオンのコックピットに座ったアルテミスは作戦の筋書きをもう一度確認し、頭に叩き込んだ。
 初動態勢でUPCがキメラを撃破する際に、国境を越えて攻撃を行う。ルクソールはそれを侵略行為と判断して両者は本格的な戦闘に突入‥‥今はここだ。
「その後、防衛の為に大量投入されたキメラを捌ききれなくなったUPCが、傭兵達に援軍を依頼‥‥もうそろそろ、かな」
 その時、通信装置が緊急の出撃命令を伝えた。
「じゃあ、行こうか」
 と言っても、余り前には出ない。DFスナイピングシュートを起動させ、物理攻撃のスナイパーライフルと知覚攻撃の高分子レーザーライフルを組み合わせて遠くからぺしぺしと。
「作戦が成功しようと失敗しようと、キメラは全部やっつけた方がいいだろうからね」
 頑張ろう。ぺしぺし、ぺしぺし。
 狙撃手たるもの、遠距離から華麗に仕留めてこそ美しいのだ。接近して殴り合うのは、他の誰かに任せ‥‥て、おこうと思ったのに。
「‥‥えっ!?」
 砂煙と共に足下から突然現れた巨大な四足獣‥‥スフィンクスだ。砂の下に隠されていたのだろうか、あちらからも、こちらからも、次々と現れては敵意も剥き出しに襲いかかって来る。
「まさか、カルナック神殿の参道から砂の中を通って来た‥‥なんて事はないよね?」
 あのスフィンクスの参道は、そのままの形で残しておきたい。帰ってきた神様を出迎える、その時の為にも。
『いや、大丈夫だ』
 確認を取ったアルテミスの問いに、天魔が答えた。
 戦闘が市内に及ばない限りそれらのギミックを動かす事はないし、そこまで拡大した時には破壊工作が進んで起動不能になっている事だろう。
「じゃあ、壊して良いんだね?」
 ちょっと勿体ない気はするが、そういう事なら遠慮なく。
 出来レースとはいえ、キメラの知能では本気で戦闘してくるだろう。ましてや機動スフィンクスまで出て来たとなれば、油断は出来ない。猫の様にしなやかな動きで飛び掛かって来る相手に、アルテミスは兵装をM−SG10に切り替えた。その爪をかわしつつ、至近距離から弾をばら蒔く。
 砂煙が舞い上がり視界を塞ぐが、UPCや仲間の傭兵達との間でお互いをカバーしながら、確実に敵の数を減らしていった。


「外縁部の無力化は成功。市街地の制圧は遅延中だが、君達が来る迄に終わらせるので気にせず進軍してくれ」
 そう本隊へ連絡を入れると、天魔は動物仮面達を振り返った。
「監視開始。技術奪取を狙い動くなら今か制圧直後だ。警戒を怠るな」
 今の所、本来の作戦は順調に進んでいる。このまま何事も起きなければ良いが‥‥


 他方、破壊工作を行うべく市中に潜伏している傭兵達は、目に付く装置を次々と破壊しながら都市機能の中枢へと近付きつつあった。
「‥‥これは、壮観ですね」
 整備用ハッチから内部に侵入したフールは、格納庫にずらりと並ぶ小型のピラミッド型HWや機動スフィンクスの列を見て、思わずそう呟いた。
「確かに壮観じゃが、これだけあっても人類にもバグアにも抗しきれないのであろう?」
 それはエジプト仮面も認めていた筈だと、美具が言う。
「その程度の軍事力であれば、なくしておいた方がつけいる隙が減ると言うものじゃ」
 いや、厳密に言えばちょっと違うんだけど‥‥まあ、いいか。
「うん、おじちゃんには悪いけど‥‥」
 演出の為には仕方ないと、リズィーが愛用の超機械ビスクドール――メリッサを構えた。争った跡を残す為、機械部もなく多少壊しても大丈夫そうな部分を狙って電磁波を放つ。
 機動兵器の類はフールが片っ端から壊していった。外見を損なわない様に、ピクシスアックスを振るって一撃で機能停止に陥る部分を探し、壊す。慣性制御装置を破壊しておけば、とりあえず使い物にはならないだろう。
 これだけ数があると一機ずつに手間をかけている時間はなかった。フールは一撃を与えては、すぐに次の標的へ移る。
「この場所を、そのまま博物館として公開するのも良いかもしれませんね」
 この作戦が無事に終わったら、提案してみようか。
 その時、中枢部を探すふりをしながら周囲の警戒に当たる終夜が動きを止めた。探査の眼に加えて第六感とも言うべき全身の感覚を研ぎ澄ましていたその網に、何かが掛かる。
「来ました‥‥」
 少し遅れて、各自の無線機に天魔からの連絡が入った。
『所属不明の部隊を発見。恐らく当りだ。手筈通りに頼む』
 天魔は通信を切り、動物仮面達に指示を出す。
「予想的中か。キメラを向かわせてくれ」
 しかし、その通信が切れるよりも先に、終夜は飛び出していた。義に反する行為を許す事は出来ない。向こうが汚い手を使って来るなら、こちらも相応の手段をもって対処する。
 瞬天速で接近し、問答無用で聖剣デュランダルを叩き付けた。ただし、命まで奪う事はしない。動きを封じれば、それで良い。終夜・無月と言う牙が、バグアではなく人類に向く。その恐ろしさを見せ付けるのだ。
「何だこいつは!?」
 バグアか、それとも強化人間?
 当然現れた正体不明の存在に対して裏部隊の兵士達は恐怖し、狼狽え、闇雲に反撃して来る。しかし、そんな場当たり的な攻撃が利く筈もなかった。両断剣・絶の一撃で足下の床が割れ、天井からは建材の破片がパラパラと降って来る。生身では敵う気がしない。いや、KVでも難しいかもしれない。
 予想外の強敵出現に、兵士達は上官の命令も無視して一目散に逃げ出した。が、瞬時に先回りをした終夜が道を塞ぐ。
「逃がしません‥‥所属不明の存在は全て敵と見なします‥‥」
 聖剣を構え、じりじりと迫る。その時、胸に輝くUPC傭兵大尉階級章が見えた。
「貴様、傭兵のくせに敵に味方するつもりか!?」
 しかし終夜は平然と答える。
「所属が不明でしたので‥‥」
 それに、反撃して来るなら敵だ。
「敵か味方か、見ればわかるだろう!」
 それを言うなら終夜の所属も見ればわかる筈だ。まあ、見る余裕はなかっただろうが。
 そんな遣り取りをしている間に、仲間達が追い付いて来た。
「こんなところに味方部隊じゃと?」
 打ち合わせと違うと言いたげに、美具がじろじろと見る。
「失礼‥‥本隊の方々です、ね‥‥?」
 問われて相手は口ごもった。それをYESと解釈したキアが、少し混乱した様子で続ける。
「市民‥‥優先している為‥‥私担当ではありますが停止が滞っております‥‥可能ならば助力、を‥‥」
 彼等は秘密裏に行動しているのだから、本当の事など言える筈がない。そして、嘘偽りならキアの方が何枚も上手だった。キアは困惑の色を深め、どうかしたのかと問う。
「いや‥‥あぁ、見た限り‥‥ここには君達だけの様だが」
 何とか落ち着きを取り戻した相手は、破壊の跡を指し示した。既に目的は果たされている様に見える。
「あら‥‥失礼‥‥緊急時ですので他の方が気を回してくださった様、ね‥‥」
 ほら、今もスフィンクスに登って破壊活動に勤しむ怪しげな人影が。
「貴様、何をしている!?」
 問われて振り返る、ワニ仮面。
「アメン=ラー様から、自分がルクソールを離れた折には『最早使用することは無い、文化遺産としての処置をせよ』と言われましたので、その通りに」
「むぅ‥‥」
 彼女は敵ではないと言ったキアの言葉に納得した訳ではない。しかしこんな所で無駄に争っている時間はないし、中枢を占拠すれば末端の破壊などいくらでも元が取れる。
「ならば、我々は奥へ進んでも構わんな?」
「では‥‥市民の誘導完了している区域‥‥を‥‥」
 司令部と連絡を取り指示を仰いだと見せかけたキアは、敢えてシェルター側の区域を指定し中枢から遠ざけようとする。
 その時、美具が叫んだ。
「キメラが来る、後退じゃ、後退するのじゃ!」
 格納庫の奥から大量のキメラが押し寄せて来る。とてもではないが、この人数で抗しきれる数では‥‥いや、終夜がいれば一人で壁になってくれそうな気もする。しかし今は、裏部隊をここから遠ざけるのが先だ。
 美具は仁王咆哮でキメラ達の注意を惹きつつ、時には閃光手榴弾を投げ付けながら、裏部隊がどさくさに紛れて奥へ行かない様に進路を妨害する。その巧みな誘導とキメラによる怒濤の攻撃で、裏部隊は徐々に後退を余儀なくされていった。


 今の所、他のバグア勢力が反応する様子はない。後はこのまま予定通り、本隊が司令部に到達した時点でルクソール側が降伏宣言を出せば、全ては丸く収まる筈だ。
 そう考えた天魔が、ほっと一息つこうとした時。
「色々と、ありがとうございました」
 その声に振り向いた彼の目に映ったのは、仮面を外した強化人間達の姿だった。不穏な空気を感じ、後ろ手に集音マイクのスイッチを入れる。
「礼を言うのはまだ早いだろう」
「いいえ、もう良いのです」
 天魔の言葉に、獅子の仮面を被っていた女性、セクメトが首を振った。
「たった今、時限装置のスイッチを入れました。この施設は私達もろとも30分後に爆発します」
「‥‥っ!?」
 作戦はほぼ成功した。このまま裏部隊の作戦が失敗に終われば、UPCもこれ以上の介入は断念せざるを得ないだろう。なのに何故?
「‥‥やはり、人は信用出来ません」
 UPCは彼等の要求を受け入れたにも関わらず、裏部隊を動かしてきた。それが軍のやり方なら、それに対抗する手段はこれしかない。
「それが結論?」
 ソーニャが口を開いた。
「だったら、最後まで思い通りにやりなさい。誰にも邪魔させない。ボクが見てるから」
 しかし‥‥
『早まっちゃだめっ』
 スピーカーからリズィーの声が響く。荒い息づかいと、乱れた足音。
『今そこに行くから、待ってて!』
「‥‥もう、遅いのです」
 セクメトは自分の胸を押さえた。
「私は復讐者。人類を滅ぼす為に、ラーにより遣わされた者。この身に仕掛けられた自爆装置は、ルクソールの中枢とも連動しています」
 だが、爆発の規模は調整出来る。市民を道連れにする事は決してない。
「市街地やシェルターは安全です。爆発の5分前には隔壁を閉鎖しますので‥‥その前に、退避を」
 だが、天魔は首を振った。
「確かに軍の行為は許し難い。だが、それは仲間達が退けた。もう二度と、こんな真似は出来ないだろう」
 それでも、死を選ぶと言うのか。
「だからこそ、です」
 ホルスが言った。
「あなた方の様な人々がいるなら、安心してこの地を託す事が出来ます」
 争いの種となるものは、全て道連れに。
「我々が関わりを持たない方が、きっと上手くやって行ける事でしょう。我々は所詮‥‥どこまで行っても、バグアの手先ですから。これ以上、皆さんに迷惑をかける訳には‥‥」
『そんな事ないっ』
 再びリズィーの――先程よりも切羽詰まった声が響く。
(護らなきゃ‥‥動物仮面ちゃん達を護らなきゃ)
 司令部を目指し、ひたすらに足を動かす。周囲では退避を促すサイレンが鳴り、赤いランプが明滅を繰り返していた。
 リズィーはドアロックを破壊して司令室の中に飛び込む。
 悲しげに微笑むセクメトと、目が合った。
「早まっちゃ、だめ」
 弾む息を整えながら、リズィーはゆっくりと近付いて行く。
「卑怯な人達は追い返したよ。だから‥‥止める方法、ないの?」
 セクメトは首を振った。しかし。
「‥‥彼女の体に組み込まれた装置さえ壊せば‥‥」
 豊穣の女神バステトが口を開く。
「いいの? それが本当の望み?」
 ソーニャの問いに、強化人間達は誰も答える事が出来なかった。わからない。不確定な未来に対し、彼等は揺れる。信じられない現実と、信じたいと願う心。ここで決着を付ければ楽になれる。だが、それで本当に悔いはないのか。
「迷うなら、賭けてみても良いんじゃないか」
 天魔が言った。楽になりたいなら、いつでも出来る。
「じゃあ、壊すよ?」
 リズィーの言葉に、反対の声はない。邪魔はさせないと言ったソーニャも黙って成り行きを見ているのは、彼等の目に本人でさえ気付かない真実の望みを見た故だろう。
 体に組み込まれた装置を破壊するには、当然命の危険が伴う。しかし強化人間が自爆を選択した時の様に、すぐさま治療を加えれば助かる可能性はあった。


「さーて、神様はいつごろ帰ってくるのかな?」
 戦いを終えたアルテミスは、砂漠に寝転んで空を見上げていた。あの向こうに、神様がいる筈だ。
「帰ってきたら、ルクソールの人達と一緒に、オカエリナサイって出迎えてあげるからね♪」
 わくわくと楽しそうに、空に向かって話しかける。
 その時、何処か遠くから‥‥誰かのすすり泣く様な声が聞こえてきた。そう言えば、嘆きの声を発するというメムノンの像は、この近くだったか。
「あれは確か、像にヒビが入ってたせいだって聞いたけど」
 遙か昔に修復され、今では声を上げる事もない筈だが‥‥図らずも先の戦闘の余波で傷付いてしまったのか。


 砂の大地を、悲しげな歌が潤していく。
 傭兵達がアメン=ラーの死を知ったのは、その数時間後の事だった。



 その後、ルクソールはUPCに対して降伏を宣言する。
 それによって、展開していた裏部隊も撤退を余儀なくされ、技術の奪取を目論む計画は事実上失敗に終わった。
 この街は特別区として、ひとまずは戦争が終わるまでという条件付きではあったが自治を認められ、強化人間達も統治者として残る事を許された。彼等の処分は当面保留とされ、最終的には今後の働きも考慮に入れて決定される予定だ。
 数日もすれば、街には普段通りの日常が戻って来るだろう。
 ただ、そこに神の姿はないが。


「セクメトは回復に向かってるってさ」
 数日後、結果報告の為に設けられた席でアネットが言った。その言葉に、リズィーは安堵の息をつく。
 でも‥‥
「‥‥アメンのおじちゃん、本当にもう居ないんだね」
 美具が頷く。
「墓でも作って、弔ってやらねばのう」
 しかし墓の中に入れるものは何もない。せめて遺品でもあれば良いのだが‥‥月の裏側に、何か遺されていないだろうか。もしそうなら、連れ帰ってやるのも良いかもしれない。
 神の居ない街は、これからどんな姿になっていくのだろう。
(皆の信仰する神のおじちゃんには程遠いけど、ボクが僅かでも受け皿になれれば)
 そう、リズィーは思う。
「ところで、さ」
 不思議そうに首を傾げながら、アネットが言った。
「あたし、何で三日の謹慎で済んでるわけ?」
 最悪の場合は不名誉除隊も覚悟していたのに。
「さあ‥‥何故でしょう、ね‥‥」
 キアが心の中でくすりと笑う。勿論、彼女が手を回したのだ。アネットとは、いずれ対等に御茶の時間を取りたくもある。ぞれに‥‥
(格好付けさせたくは無い、かな‥‥)


 その頃、ソーニャはひとり仲間と離れ、空を見上げていた。
「人とバグアが出会い、ただ殺しあってるだけじゃつまらない。ねぇそう思うでしょ。ラー、カルサイト」
 返事はない。
 空はただ、どこまでも青く澄み渡り‥‥そして、静かだった。