●リプレイ本文
「うわ、マジででけぇ!」
ずらりと居並ぶザリガニ達を見上げ、ビリティス・カニンガム(
gc6900)が声を上げた。
確かにデカいし、こんな威圧感のある角度でザリガニに見下ろされるというのも初めての経験だ。しかし恐怖は感じない。だって食い物にしか見えないし。
「食いでがありそうだな」
じゅるーり。
「‥‥ろぶすたー?」
食べると聞いて、エルレーン(
gc8086)が首を傾げた。しかしそれはロブスターではないのだ、残念ながら。
「ほんに大きなザリガニじゃのう、この辺は栄養が沢山あるのかのう」
そう、興味津々で見つめるフェンダー(
gc6778)の言う通り、それはザリガニ。でも‥‥
「ロブスターとは何処が違うのかのう」
「‥‥違うんだ、ざりがになの? うぅん、ばぐあのキメラをつくるきじゅんがよくわかんないの」
基準もわからないし、違いもわからない。わからなくても、多分支障は‥‥ある、か。食べる気なら。
「『ざりがに』か‥‥調理するだけなら面倒見て良いけど」
百地・悠季(
ga8270)が目を逸らす。これがロブスターなら、腕の振るい甲斐もあろうというものだが――
「料理‥‥作ってくれるの‥‥?」
それを聞きつけた幡多野 克(
ga0444)の眼鏡が期待に輝いた。
「ザリガニ‥‥まだ食べたことないから‥‥楽しみ‥‥」
外国では普通に食べるらしいし、土地によっては結構なご馳走だったりもするらしい。だからきっと美味いに違いないのだ、たとえキメラでも。
「‥‥あ‥‥助けないといけない人が‥‥いるんだったね‥‥」
忘れるところだった。
「幸い‥‥車の中にいるおかげで‥‥無事みたいだ‥‥。早く助けて‥‥あげないと‥‥。そして‥‥ザリガニをた」
‥‥とりあえず、食い気は置いといて。
「こういうアレな状況は今までにも結構あったけどさ」
時枝・悠(
ga8810)が武器を取り出しながら軽く溜息をついた。
何故ザリガニで。何故この大きさだ。相変わらずバグアの考えはよく分からない。
「‥‥だよな」
宵藍(
gb4961)が頷く。
こういう巨大なヤツは一体何処から湧いて出るんだろうと毎回思う。しかも鳴声‥‥だか何だか知らないが『ざり、がに』って何だ。ツッコミ待ちなのか。
‥‥まぁいいや。
「とりあえずは囚われのおっさんの救出が最優先だな、いつまでも無事とは限らないし」
まさか年下って事はないと思うけど、だったらごめん。
さて、さっさと片付けて‥‥ザリガニの味を堪能しようか。
「天堂といいます。よろしくお願いいたします」
戦闘準備を終えた仲間達に、天堂 亜由子(
gc8936)が丁寧に頭を下げた。いつまでも後ろで見ているのもそろそろ飽きたし、今回は自分が前衛の一員として行動出来るか否か、それを試す良い機会だ。
「皆さんと比べて、あまり前で活動できないかもしれませんが‥‥」
自信はあるが、万が一という事もある。前もって自分の状態を知らせておけば仲間も動き易いだろう。
「‥‥あと、戦闘中に何を私がいっても気にしないでくださいね?」
どうやら覚醒すると人格が変わるらしいが‥‥
大丈夫、気にしない。寧ろ気になるのは、その胸に刻まれた深〜い谷間の方‥‥いえ、何でもありません。
「まずは人命最優先にして、あとは周辺状況を荒らさない様に気をつけつつ殲滅撃破に雪崩れ込みたいものよね」
作戦を確認した悠季が雑木林に身を隠しながらゆっくりと歩を進め、呪歌の効果範囲まで距離を詰める。
刺激しないように、慎重に。車を刺したまま、鋏ぶんぶんされたら困るし。
ザリガニはじっと動かない。ハサミに車を突き刺したまま、微動だにしない。ただ大きな目玉だけが、くるくるきょろきょろとせわしなく動いていた。
その動きが、ぴたりと止まる。呪歌が効いたのだ。
「ん‥‥なんだか‥‥光景がシュールなんだけど‥‥。とにかく‥‥助けよっか‥‥」
救助が間に合わずに落下した時の為に、克は車の真下へ。宵藍は後ろに続くザリガニ達の気を逸らす為、その正面に回り込んだ。
「休耕地って何処だ?」
後方? いや、進行方向だ。先頭の奴を追い越させるには道幅が足りない。田んぼを横切って良いなら話は別だが‥‥
「雑木林に入ったらキメラが見失いそうだしな」
目は良さそうだが、頭は悪そうだし。そうなると後は水路の縁を通るしかないか。
「ほら、こっちだ!」
水路の向こう側に飛び移り、存在をアピールする宵藍。
『ざりっ』
『がにっ』
狙い通り、ザリガニ達は宵藍に注意を向けた。しかし、ザリガニ如きの攻撃を避けるなど造作もな‥‥
「‥‥っ!」
――べっちょん!
落ちた。勢い余って田んぼに落ちた。田んぼの泥は生温かくて、ちょっと気持ちいい‥‥かもしれない。
一方、体の小さなビリティスはザリガニの腹の下をすり抜けて走り回っていた。
「お前らに救助の邪魔はさせないぜ!」
鋏と尻尾の動きに注意しつつ、方向転換が苦手なザリガニを小馬鹿にする様にちょこまかと動く。相手がやっと向きを変えて鋏を振り上げた時には既に背後に回り込み、尻尾を一蹴りして「こっちだ」と教えてやった。ここでくるくる回しておけば、田んぼに侵入される事もないだろう。
そしてエルレーンは‥‥
「えいっ! こっちにきなさいなの!」
ファング・バックルで攻撃力を上げ、ザリガニの背後から殻の隙間を狙って魔剣を突き刺す。
『ざりぃーっ!』
多分、痛いって言ってるんじゃないかな。
「ほーらほらぁ! ざりがにさん、悔しい?! 悔しかったらここまでおいでー!」
走り回り、それを何匹かに繰り返してから、エルレーンは走った。休耕田に向けて走った。しかし、そっちじゃない!
「‥‥え? 逆方向?」
そうこうしている間に、救出役のフェンダーが動きを止めたザリガニの背中から華麗によじ登る。ハイヒールの踵を殻に引っ掛けつつ、天使のように繊細に、悪魔のように大胆に‥‥でも、ちょっと滑る。背中から鋏を伝い、慎重に車の元へ。真上まで来たら、車を落とさないように注意しつつ‥‥
――つるんっ!
滑った。車の屋根に衝撃が伝わる。次の瞬間、車は重力に逆らう事を諦めた。
「‥‥っ!」
来た。落ちて来た。そこをすかさず、豪力発現で筋力を高めた克が受け止める。
「‥‥よい‥‥しょ」
静かに下ろして、窓から覗き込んだ。中身はどうやら無事な様だ。
「この状況で生きてるとは、運が良‥‥かったらこんな目には遭わんか」
脇からひょいと顔を出した悠が苦笑混じりに言い、ドアを開ける。
シートにへたり込んだまま呆然としている男を、フェンダーが殆ど引き摺る様に背負って車の外へ。
「怪我はないかのう?」
見たところ大丈夫そうだが、慌てて車に走り込んだ際に足首を捻挫したらしい。
「ふむ‥‥この程度なら大丈夫じゃ、治療などしなくても天使のような我の前では怪我も吹っ飛ぶであろう?」
そんな無茶な。
「仕方がないのう、ほれ」
フェンダーは面倒くさそうに練成治療を施し、脇の雑木林に隠れているように言った。
「これで救助は完了じゃな」
ドヤ顔で胸を張るフェンダー。車が落ちたのはちょっとした事故‥‥いや、わざと屋根をどついて落としたのだ。だって下では克が待ち構えていてくれたし、こんなの軽く受け止めてくれると信じてたし。ほら、おかげで地上でゆっくり救助が出来たし、ドアやハンドルも壊さずに済んだし。ね?
男が安全な場所まで逃れた事を見届けた悠季は呪歌を解除し、一気に討伐すべくエネルギーキャノンを構え‥‥いや、ちょっと待った。ここじゃ拙いよ、仕留め損なって暴れるかもしれないし、中身が飛び散るかもしれないし。
「向こうに誘導するまで、派手な事は我慢するしかないか」
悠が言った。
「でも誘導って言っても、相手の行動パターンが分からないんじゃ‥‥」
色々と試してみるしかないだろうか。
「なーに言ってんだよ、ザリガニ釣りったらコレだぜコレ!」
ビリティスが大きなスルメを取り出し、ライターで炙る。途端に食欲をそそる匂いが辺りに漂い始めた。それを巨大ハエ叩きに括り付け、ザリガニ達の前で振り回す。
『ざりざりっ!』
『がにがにっ!』
ザリガニ達は興味津々の様子だ。
「そうかそうか、これが欲しいか。だったら付いて来な!」
ハエ叩きを振り回しながら前を歩くビリティスの後ろに、ずらりと並んだ真っ赤な巨大ザリガニ。
『ざり、がに、ざり、がに』
なんだか愉快になってきた。気分はマーチングバンドのドラムメジャーだ。
「ざり! がに! ざり! がに!」
ビリティスはハエ叩きを指揮棒の如く振りながらノリノリで行進する。しかし‥‥
「‥‥うわ、遅っ」
宵藍が思わず声を上げる程、バンドメンバーの歩みは遅かった。
それでもどうにか目的地に辿り着き、いよいよ本格的に戦闘開始だ。
覚醒する亜由子。その顔の左半分に漆黒色の蔦の刺青が浮かび上がり、左目の色が銀色に変わった。
「敵が何人いようと潰してやるわ。私じゃ技量不足っていうならこう返してやるわよ。知ってるよ。だからアタマと武器の性能使って殺るんじゃねぇのってなぁ!」
ぶんぶんっ! 利き手に持ったヴァジュラを盛大に振り回し、舌と中指を突き出しそうな勢いで悪態をつく。そのままザリガニ達の中へ走り込んで行った。
が、ふと気になったジャケットの谷間。
「デカい胸が邪魔にならなきゃいいけどもな」
まあ、いいか。
「格闘は踏み込みの速さと瞬発力! 多少の防御なんて必要ねぇ、こまけえ! おりゃぁぁ!!」
装備が剣なら小回りも利くと、側面や背後に位置取って攻撃を加えながら常に動き回る。斬り付けるだけではパワー不足なのは承知、それを補う為にスキルがあるのだ。流し斬りなら堅い殻にも通用する。一度で駄目なら何度でも。
振り上げた鋏が亜由子を狙う。しかしそれは休耕田の乾いて堅くなった土を砕き、飛び散らせただけだった。おまけに、間抜けな事に抜けなくなったらしい。
「隙あり!」
鋏を足場に飛び上がり、弱点の目玉に剣を突き刺す。巨体に見合った大きな球が弾け、飛び散った。
「さて、今度こそ一気に討伐するわよ」
レイ・エンチャントで知覚を強化した悠季はエネルギーキャノンを遠慮なくぶっ放す。味方に当たらない様に射線にさえ気を付ければ、後は撃ち放題だ。相手の動きが速ければ足を止める必要もあるだろうが、移動力は無いに等しい。止まっている的を狙う様なものだ。
「とは言え、流石に堅いわね」
しかしそれも、一点を集中して狙えば問題はない。
じたばた、ごそごそ、ザリガニがもがく。逃げようとしてるのだろうか。しかし如何せん動きが遅すぎる。
「そっちに行ったらだめなのー!」
周囲の田んぼへ向けて動き出したザリガニに、エルレーンが背後から剣を突き刺す。背後から攻撃を受けてザリガニはますます必死に逃げるが、移動距離は微々たるものだった。
「田んぼを荒らすような、罰当たりなマネはさせない」
克が天地撃でぽーんと上空へ打ち上‥‥がらない。流石の巨体は伊達ではない様だ。しかし、それならそれで。
「動きについて来れるか?」
側面に回って流し斬りを叩き込み、間髪を入れず月詠で殻の隙間を狙う。ザリガニはただ無闇に鋏と尻尾を動かす事しか出来なかった。
「足場‥‥まあ、そう速くもない相手だし大丈夫か」
仲間の援護に回る事も考えて全体が見える位置に陣取っていた悠も、克の動きを見て天地撃を試みる。打ち上げるのは無理でも、ひっくり返す位なら‥‥出来た。相手は柔らかい腹部をさらけ出して、わさわさと足を動かしている。そこを横一文字に切り開いて殻をひっぱがすと、ぷるんとした中身が現れた。下拵え、完了。
「誰が最初に食おうなんて考えたんだろうな」
とりあえず、食えないシロモノではなさそうだが。
(なるべく道路の上で決着を付けたいのう。田んぼに落ちて泥だらけとか可愛い我には似合わんからのう)
そんな事を考えつつ、フェンダーは練成弱体をかける。距離を取って雷上動に弾頭矢を番え、殻の隙間を狙って打つべし打つべしべしべしべし!
向こうで暴れているのは宵藍だ。接近戦では殻の繋目や腹を斬り、距離を取ったところで目玉を撃つ。向き合う二体の間では片方の背に飛び乗ってもう一方の鋏攻撃を誘い、同士討ちを狙う。
そしてビリティスは甲羅の継ぎ目に鉄槌を叩き込み、こじ開けて更に鉄槌連打。更に胴体を二つにぶち折る勢いで猛撃を叩き込む。
暫く後、休耕田のあちこちには下拵えの終わった巨大な肉が転がっていた。
「‥‥あのザリガニめっ」
宵藍は黙々と苗を植えていた。あれは事故だが、田んぼに落ちたのは事実。甘んじて受け入れ、田植えのやり直しを手伝おう。
「その辺はお互い様だしね」
悠季が微笑む。いくら気を付けても、戦闘の余波は周囲に及ぶものだ。
「まあ、苦にはならんな」
悠が言った。得意なだけで、好きとまでは言わないが。
「意外とこういうの楽しいのう」
フェンダーは嬉々として泥まみれになっている。何事も実際にやってみるものだ‥‥とは言え、ザリガニを食べる気にはならないらしい。だって、何を食べたかわからないし。
(我はか弱いので そんなワイルドなものは食べられないのじゃ‥‥)
しかし、ザリガニの残骸を熱い眼差しで見つめる約一名。
「‥‥はぅ。おなかすいた」
エルレーンには、あの残骸が食材の山に見える様だ。
「はぅ、こうやってじーっと目をほそめてみたら、ろぶすたーなの」
そう‥‥かな。
「え、えーと‥‥とりあえず、これ、焼いて食べてみる?」
しかし仲間達は、言われなくても食べる気満々だった。農家で台所を借りられるだろうか。
「さて‥‥ザリガニはどんな味かな‥‥」
無表情な克の眼鏡がキラリと光る。塩茹では勿論、味噌汁も合うだろうか。適当に身を放り込んで作ってみようか。悠季の味噌焼きも食べてみよう。
「キメラって‥‥普通に美味しいから‥‥不思議‥‥。量も多いし‥‥ね」
もぐもぐもぐ‥‥
「そうか、美味いのか! よし!」
脇から手を出したビリティスが塩茹でをぱくり。
「うめえ! うめえな!」
味噌汁も味噌焼きも美味い。仲間の料理に舌鼓を打つビリティスに、宵藍が豆板醤炒めを差し出した。これはどうだろう。
「火力は十分。問題は、俺が殆ど料理経験ないって事だ」
しかし‥‥
「こいつもうめえ!」
美味いらしい。ビギナーズラックだろうか。
どうせならと、刺身も食べてみる。この透明でプリプリした感触が何とも‥‥なんと、も‥‥
「‥‥うおお!」
腹に刺し込む様な激痛が走る!
「下る! やべえ! トイレはどこだあああ!」
走るビリティス! しかし! トイレのドアを目前にして、転んだ!
「あぎゃあああ!」
‥‥何が起きたかは、訊くまい。
大丈夫、換えはあるから。何の換えかは‥‥やっぱり訊くまい。
その日、農家の物干し竿には女児用の真っ白いぱんちゅが翻っていたという‥‥