●リプレイ本文
「ちょうどいいですわ! 秋の学園祭に向けて、予告編の撮影をいたしますわよ!」
日下アオカ(
gc7294)は、ビデオカメラを片手に張り切っていた。
しかし、彼女がこんな風に張り切っている時には大抵碌な目に遭わない‥‥と、シャルロット(
gc6678)は米噛を押さえる。
そんな彼の内心を知ってか知らずか、アオカは今ひとつ状況が呑み込めずにきょとんとしている月居ヤエル(
gc7173)にレンズを向けつつ、ニヤリと笑った。
「‥‥ところで、なんで私だけランタン‥‥?」
ヤエルは持たされたランタンを見て首を傾げ、次いでアオカの方を見て目を丸くした。
「何でカメラ回ってるの‥‥? え、撮影? 聞いてないよー?!」
うん、言ってないし。
「‥‥あいかわらず碌な事考えて無いなぁ」
シャルロットは苦笑いを漏らす。だが彼等の無茶ぶりに振り回されるのはいつもの事だし、そう酷い目に遭っているという自覚もない。だから今回も、嫌な予感を覚えつつも特に異を唱える事なく、素直に従っていた。
「だってヤエルは主演女優だし。演劇部の為、素敵なPVを作ろうね♪」
納得がいかない様子のヤエルに、星和 シノン(
gc7315)がにっこりと笑う。本当はオバケ屋敷でアオカとデートとか、してみたかったけれど、贅沢は言うまい。それに、いずれチャンスが来ないとも限らないし。
「う、うん‥‥」
主演女優と言われれば、ヤエルも悪い気はしない。けれど、怖いものはやっぱり苦手だ。キメラだとわかっていても、怖いものは怖い。怖くないけど怖い。
「あらー、まさか本当に怖いのかしらー?」
そんなヤエルの内心を見透かした様に、アオカが意地の悪い笑みを浮かべた。
「お、お化け屋敷っていっても、中にいるのはキメラだもん! 怖くなんてないんだからねっ!」
そう、その顔。良い絵が撮れた。必死の強がりと、そこから漏れる不安の表情のアンバランス。
次は驚愕の表情をと、期待に胸躍らせるアオカ。キメラ、早く出ないかな‥‥と思ったら。
とんとん、誰かがヤエルの肩を後ろから叩いた。
振り返ると、そこには――
「ふふふふふふ‥‥大丈夫ですよ、治療が失敗しても死ぬだけですー」
世にも恐ろしい、血塗れ怪奇ナースが!
「きゃあぁーーっ!!」
だが、よく見ればそれは、フェイクの血糊を塗りたくった顔を下から懐中電灯で照らすという古典的な技を使った、未名月 璃々(
gb9751)だった。ご丁寧に白衣を着込み、王道の巨大注射器‥‥の代わりにカメラを構えている。
美味しい画を、ごちそうさまでした。
「はぁ、参加者若い子ばかりね」
同行者の顔ぶれを見て軽く溜息をついた南 星華(
gc4044)は、これではまるで引率の先生だと思いつつ、さっさと歩き出した。ずんずんずんずん、先へ行く。だって、わざと怖がって抱きつく様な相手もいないし!
しかし、そんな星華を颯爽と追い越して行く者達がいた。
「私お化け屋敷なんて初めて!! 楽しみー♪」
二丁拳銃を構えたエレナ・ミッシェル(
gc7490)は壊すだけではもったいないと、遊び倒す気満々だった。
「うん、面白そうだね! 楽しみつつ派手にぶっ壊そうっと!」
ワンピース代わりに大きめのタンクトップを着た御名方 理奈(
gc8915)が、和風エリアの井戸を覗き込む。大丈夫、今日はちゃんとぱんつ穿いてるし。
さて、何か出て来るかな−。
「出たー!」
歓声を上げて喜んでいる。だって、キメラだと分かっているなら怖がる必要はないし。
しかし、これにはお化けキメラのプライドが少なからず傷付いた様だ。
白い着物を着た女の幽霊はするりと理奈の背後に回り、その身体に腕を絡めようとした。が‥‥更にその背後へと回り込むエレナ。
――だきゅっ!
思わぬ反撃を受けた幽霊は、目を白黒させている。ついでに青白い頬をほんのり紅く染めたりして。
しかし、ここで璃々から厳しい指摘が!
「幽霊さん、もう少し恨めしそうな顔で。心霊写真コンテスト入賞狙ってるんで」
微妙にヘコんだ様子の幽霊は、気を取り直して理奈の首に手を回してみる。が、ここでもNGが出た。
「首絞めNG。恨めしさがない、そこは怨念で殺す感じで。寄りそうんです、相手と」
こ、こうかしら。幽霊は、ひたっと寄り添ってみた。頬を染めながら。
「残念ですが、転職を考えた方が」
つまり、才能がないという事か。
ショックを受けた幽霊は、井戸の底に引き籠もってしまった!
そのすぐ後で通りかかった星華は、何やら必要以上に怨念が籠もった井戸端で足を止めた。
「あの古井戸いかにも怪しいわね、出てくる前に埋めておきましょうか」
井戸の底からは延々と呪詛の声が聞こえるばかりで、何かが出て来る気配はないが‥‥とりあえず壊せるものは壊しておこう。
次の餌食は、ふわふわと漂う人魂だ。
これはこれで情景的に綺麗だと言う璃々が撮影を終えるまで待って‥‥
「あら、今度は射的」
追い付いて来た星華も交えて、射的大会!
星華はWM−79で、エレナはCL−06Aの二丁拳銃で、取り憑く隙さえ与えずに撃ちまくる。
「‥‥8、9‥‥10匹!!」
エレナのマイルールでは10匹倒したらゲームクリアらしい。残りは後から来る人の為に残しておいて‥‥さあ、次だ次!
次なるエリアは両側に破れ障子がずらりと並んだ長い廊下。
その破れ目から這い出した無数の手を、エレナは片っ端から握っていく。寂しい子がいない様に、一本一本、全ての手と握手するのが目標だ。
そして理奈は、背中をさわさわされていた。
「あははは! くすぐったいよ!」
色気も何もあったものじゃないが‥‥
「‥‥そうだ! 丁度背中が痒かったんだ、掻いて〜♪」
タンクトップを思い切り捲り上げて、背中を見せた。
「ちょい右! いきすぎ! そこそこ! もうちょっと力入れて、でも爪立てちゃダメ!」
そうそう、その調子。なかなか使えるじゃないか。
やがて満足した理奈は、満面の笑顔で超機械ブラックホールを取り出した。
「ありがとー♪」
感謝を込めたエネルギー弾を受け取って、障子はけなげな手達もろとも粉々に砕け散った。
伸びる手キメラのうちで一番良い思いをしたのは、恐らく星華の身体に忍び寄ったものだろう。元ファッションモデルの触り心地は伊達じゃない。しかし、甘美な時は続かなかった。
「ちょっと何所触っているのよ」
逆鱗に触れた彼等は、円閃の一撃で砕け散る。
そんな美味しい光景を、璃々は激写しまくっていた。心霊マニアよりも、寧ろ腐的な人々をターゲットに出来そうな画が、次々と切り取られていく。
「コ○ケで売りますよー」
売れるんだろうか。って言うか、売って良いのか、それ。
「忍びよる心霊の手。ちょっと障子を破ってみたりしましょうか」
元々破れている障子だが、破れていない部分もある。そこをぺりっと破いてみた。
「特に何もありませんねー」
面白くない、そう思った途端。
失望させてはいけないと思ったのか、律儀でけなげな手達は小さな穴から大挙して飛び出して来た!
慌ててシャッターを切ったその一枚には、ちょっとピンぼけ気味の迫り来る無数の手が写っていたという‥‥
続くスライムの洞窟は面倒だし気持ち悪いし、一気に駆け抜ける事に決定。
洞窟内は迷路になっていたが、大丈夫。迷子になった仲間はいない様だ。人数もちゃんと合ってるし。
しかし‥‥仲間達が理奈だと思っていたそれは、何と妖怪ぬらりひょんだった!
だが、エレナは気にしない。妖怪の手を取って、ずんずん先へ歩いて行く。
次のエリアではゾンビが踊っていた。いや、踊らされていた。
エレナの二丁拳銃が炸裂する度に手足が吹っ飛び腐りかけた内臓が飛び散り、更に恐ろしい姿に変貌しながら踊り狂う。
目指せ歴史に名を残す名監督! オスカーは無理でもラジーなら!?
一通り堪能すると、頭を吹っ飛ばして次へ。
鉄の処女にはドMなミイラ男を捕まえて、中に入れてそっと扉を閉めてあげる。
「貴女は拷問具。恍惚とした表情で、血の伯爵夫人が生みの親です」
ここでも璃々の演技指導が入ったところで、それを星華が鎖でぐるぐる巻きに。
ドSお化けとドMお化けの夢のコラボ、ここに完成!
その頃、洞窟の分岐で仲間とはぐれた理奈は、何故か和風なエリアに逆戻りしていた。
そこに聞こえて来た、しゃーこしゃーこと何かを研ぐ音。
振り返ると、そこには竹の物差しを研ぐ和服姿の女の後姿が!
「‥‥何故物差し?」
その声に振り向いた女の顔、それは‥‥
「げげっ! 姉ちゃん!?」
女は理奈の腕を掴み、問答無用で自分の方へ引き寄せる。
「理奈‥‥こっちに来てお尻を出しなさい!」
「ぎゃあああ! ごめんなさい!」
ええと、何だろう、何したっけ。そうだ!
「お釣り誤魔化して漫画買ったのも、姉ちゃんの口紅を体に塗って、密林の謎の部族ごっこしたのも謝るからー!」
しかし。
バッシーン! と、それはそれは良い音が、理奈のお尻で炸裂した。
「痛あああい!」
でも、何か違う。痛さが足りない。
「‥‥あんたは姉ちゃんじゃないね」
理奈の目は誤魔化せても、尻の痛みは誤魔化せないのだ!
「姉ちゃんの尻叩きは、そんなへなちょこじゃないよ! 当たっただけでお尻が弾け飛びそうな、情け容赦ない叩き方だよ!!」
ああ、思い出しただけでお尻が弾け飛びそうだ。
「偽物め! 食らえー!」
日頃のお返しの念も込められていそうなエネルギー弾の連射に、女の仮面が弾け飛ぶ。現れたのは、世にも恐ろしい鬼婆の顔だった。
そして、演劇部の四人組はと言うと‥‥
「ぐぬぬっ、しぃもアオカと‥‥っ」
並んで歩きたい、とは言えないシノンは、先行するアオカとヤエルから少し離れて後ろを歩いていた。シャルロットと二人で彼女たちの撮影をサポートするのが役目だったが‥‥
「しぃだってアオカ撫で回したことないのに!!!」
伸びる手にあちこちタッチされるアオカを見て、シノンの嫉妬は最高潮。でも、どさくさに紛れてオバケに便乗すれば、アオカに触れるかな、とか思ったりするけれど‥‥そんな勇気はどんなに振り絞っても一滴も出て来なかった。
暫く後、アオカが溜息をついて立ち止まった。
「やっぱり、撮影者だけをやりすごしてくれるキメラなんていませんわね」
もっと良い位置から撮りたいのに、余計な所に現れるお化けキメラが邪魔をする。満足の行くものが撮れないアオカは、意を決した様に振り返った。
良い画の為ならヤラセも辞さずとばかりに、シャル君にゴーストの衣装を手渡し、それを着てヤエルを脅かせと目で指示を出す。
「‥‥まったくもう‥‥」
本気で碌な事を考えないと思いつつ、人の好い彼は素直にその衣装を頭から被り、ヤエルの背後に立った。
その時――
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
天井も突き抜けそうな悲鳴と共に、ヤエルがお化け姿のシャル君に抱き付いてきた!
「えっ?」
ほんの一瞬、勘違いしかけた彼の首が、ばきべきぼきっと音を立てる。華奢な身体がふわりと宙に浮いた。
「いい! いいですわよっ!」
ついつい撮影に夢中になったアオカは、後ろからトントンと肩を叩く誰かに向かって、鬼の様な形相で振り返った。
「今いいとこですの、うるさいですわよ、シノンっ!」
いや、シノンじゃない。お化けに扮したシャルロットは剛力ウサギに釣り上げられてノビてるし‥‥とすると、キメラか。
「大丈夫だよ、アオカのことは、しぃが命を賭けて守るからね!」
少しは男らしい所を見せようと、シノンが割って入ろうとした、それより先に――
「邪魔しないで頂けますかしら」
冷たく言い放つと、アオカは機械脚甲スコルを取り付けた足を一閃、キメラを吹っ飛ばす。
しかしその時、事件が起きた。
気を失ったシャル君の襟首を掴んで引きずったまま、パニックになったヤエルが走り出したのだ。そして、気を失っても尚しっかりと握り締めていたオモチャの大鎌が、アオカが構えるカメラのストラップに引っかかり‥‥
「‥‥あっ!」
と言う間もなく、二人は視界から消えた。ビデオカメラと共に。
ヤエルは走っていた。ひたすらに、脇目もふらず‥‥壁や床にぶつけられてボロボロになったオバケをびったんがっこんと引きずって。
しかしそれでも、お化けキメラ達は遠慮なく襲って来る。
「もうイヤー!!! 出口ドコ?!」
瞬速縮地で更に加速、出口目指して一目散。壁をぶち抜き、障害物を蹴散らし、邪魔なキメラはシャル君の身体をバット代わりに全力でぶっ飛ばし‥‥
「はうっ、ぶべっ、おごっ」
何だか変な声がするけど、耳に入らない。
やがて扉を蹴破って、明るい太陽の下へ転がり出た。そこで漸く気が付いたらしい。
「シャル君!? 何気絶してるのよ、ばかばか!」
半泣き状態で思いっきり揺さぶってみるが、反応はない。とりあえず息はある様だが‥‥
「どうして、こんなズダボロなの?! あのお化け屋敷怖すぎ!」
いや、怖いのはお化け屋敷じゃ‥‥
そして取り残されたアオカとシノンは、良いムードに‥‥なる筈もなく。
カメラも主演女優も消えたとあっては仕方がない。さっさとここを出て、次のステージでリベンジしなければ。
「行きますわよ、シノン」
きっぱりと言い放ち、さっさと歩き出すアオカ。その背を見つめ、シノンは今回も幼馴染からの昇格は難しそうだと肩を落とした。しかし、めげない。お化け屋敷で二人きりというこの状況を、めいっぱい楽しまなければ!
「アオカがいっぱい映ってる」
鏡の迷宮では、ほくほくと‥‥しかし喜んでばかりもいられない。折角の幸せ空間だが、危ないから鏡にはペンキをぶちまけないと。
別の入口から迷宮に入った星華は、エアスマッシュで遠距離から鏡を壊しつつ進む。迷路も何も関係なく、とにかく真っ直ぐに。たまにレーザーが襲って来るが、それより怖いのはエレナが放つ跳弾かもしれない。
「素敵なメロディーを奏でましょー♪」
何コンボするかな? きっと鏡も割れて一石二鳥!
そして最後は貫通弾でミラー抜きの記録に挑戦してみようか。
「実際お化けより生きた人間の方が怖いのよ」
お化け屋敷を無事にクリアした星華が、出口に横たわるボロ雑巾の様なオバケを見てしみじみと言った。
最後に皆を脅かそうかと思ったけれど、やめておいて正解だったかもしれない。
「犯人はウサ‥‥」
言い残して息絶えるズダボロオバケ。いや、絶えてない。
「早くキメラを退治してこの依頼を終わらせないとボクの体が持たない‥‥」
大丈夫、もう終わったから。
「2本目のお化け屋敷巡回は絶対やらないんだからね!」
アオカはご不満の様だが、ヤエルもそう言ってるし。後はお詫びにアイスでも奢って貰えばめでたしめでたし。
そして、振り回されて壊れたカメラからは、乱れた映像に乗せて世にも恐ろしい悲鳴が聞こえて来たと言う。
禄でもない事考えるからだよ、ね。