タイトル:【HD】湖底の要塞・北マスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/29 03:02

●オープニング本文


 湖の底に、薄紫色の絨毯が広がっている。
 僅かな水流に身を任せ、湖面から差し込む陽の光を受けながら、ゆらりゆらりと静かに揺れるラベンダー。
 水の中でも生きられるように改良を加えられた特別な品種――キメラだった。
 その周囲を蝶の様に舞うのは、色とりどりの熱帯魚の群れ。
 それもまた、キメラだった。

 ラベンダー畑の中心に建てられたガラスの塔から眺めていると、水族館にでも来た様な錯覚を覚える。
 もっとも、今のリリアンには水族館に行った記憶などない。
 しかし――何故か知っている気がするのだ。面倒な記憶は消した筈なのに、想いだけは消えずに、胸の奥で僅かな熱を帯び続けていた。
 きっと、この身体には楽しい思い出があったのだろう。誰かに、連れて行ってもらった思い出が。
 全面ガラス張りの部屋には、リリアンの体型に合わせた小ぶりなソファが置いてあった。
 そして、それと向かい合わせに置かれた二人がけのソファ。
 大人が二人、ゆったりと寛げる大きさだ。
 勿論、この旭川要塞――リリアンはそれをクリスタルミラージュと呼んでいた――に、この部屋に入る事を許された大人はいない。
 リリアン自身、何の為にそんなものを置いたのか、わからなかった。
 この富良野を沈め、ラベンダー畑を作った理由も、わからない。
 わからないが、この眺めは悪くないと思った。

 だが、こうして静かに湖の底を眺めていられるのも、あと僅かかもしれない。

 人間達が乗る不細工な機体。
 恐らくあれは、離脱した自分の後を追って来たに違いない。
 しかし、リリアンにはそれを確認する余裕さえなかった。
 ただ、逃げる事に必死だったのだ。

 予想もしなかった、自分が押されるという展開。
 逃亡という結末。
 恐怖という、有り得ない感情。

 今にして思えば、顔から火が出る程に恥ずかしい。
 同時に腸が煮え返る程に、怒りを感じていた。
 不甲斐ない自分にも、生意気な人間達にも。

 あの入口は、知られたかもしれない。
 だとしても、防御を固めておけば侵入される恐れはない筈だ。
 ここは自分だけの城。
 招待状のない者は入れない。入る事を許さない。

「‥‥この間は、ちょっと調子が悪かっただけ」
 そう、久しぶりに動いたせいで、少し腕が鈍ったのだ。
 負けた訳ではない。
 あの戦いでは、実力を発揮出来なかったのだから。
「待ってなさい、次が本当の勝負よ」
 しかし、ステアーが受けた傷は思った以上に深く、それが完全に癒えるまでには、まだ暫くの時間がかかる予定だった。

――――――

 一方、UPCではリリアンを追った偵察部隊が持ち帰った、貴重なデータの解析が進められていた。
 高空から撮影された写真やKVの飛行データ、戦闘記録、各種センサーの走査記録、そしてパイロット自身の証言。
 それらの事から、旭川要塞についてのかなりの部分が――少なくとも外部から調査、推測出来る範囲においては、だが――明らかになってきた。

 外輪山に防空網が敷かれている事は既に判明しているが、その他にもこの外輪山の入り組んだ地形は、要塞を守る上での重要な役割を果たしているらしい。
 リリアンが逃げ込んだ谷は、低空飛行をすれば上空のレーダーで捉える事は難しい。狭く入り組んでいる為、高速で通り抜けるには相当の技術が必要だった。
 だが、傭兵達は発見した。その先にある、人工物を。
 山肌の一部が開かれ、紅い機体が吸い込まれて行く。
 ここが侵入口のひとつである事は疑いなかった。

 要塞の規模から見て、同じ様な構造の侵入口は、少なくとも東西南北に一箇所ずつ、恐らくはそれ以上の数が存在する筈だ。

 そこで‥‥

「皆さんには、今回判明したこの北部の侵入口から突入して頂きます」
 オペレータ、セオドアが言った。
 リリアンが尾行に気付いているそぶりを見せなかったとは言え、敵が全く気付かなかったとは考えにくい。
 恐らく、ここは警備も厳重になっているだろう。
 しかし、敢えてそこを突く事によって敵の戦力を集中させれば、他の場所が手薄になる筈だ。
「例えば‥‥ここです」
 セオドアは地図上の一点、湖の南岸を指した。
 富良野の周辺にある山も、谷筋が非常に入り組んでいる。ここにも侵入口があると見て間違いはなさそうだった。
「北の侵入口から最も離れたこの辺りでは、それほど警戒は厳しくないでしょう」
 北が襲撃を受けたとなれば、尚更。
「つまり、皆さんは囮となる訳ですが‥‥だからといって遠慮は要りません。別働隊の動きを気にする必要もありませんし、好きなだけ暴れて頂いて結構です」
 ただ、内部の様子は全くわからない為、いきなり大規模な破壊工作に及ぶ事は避けて貰いたい。水中に没した都市で暮らしていた人々が、そこに連れ去られた可能性もあるのだ。
「要塞内部では基本的に生身での戦闘になります」
 一気に叩き潰すつもりならKVでの侵入も考えられるが、この段階では下手をすれば一般市民を見殺しする結果になりかねない。
 ただ、内部は恐ろしく広いだろう。旧旭川市街の地下に中枢があるとしても、侵入口からは相当な距離だ。歩いていたのでは仕事にならない。
 が、そこは敵も何らかの輸送手段を持っているだろう。奪うなり何なり工夫すれば、その点は問題ないか。

 要塞内部に侵入し、内部の様子を確認しつつ可能なら出来るだけ破壊、或いは妨害工作を行い、かつリリアンを探して追い詰められれば上等。
 今回の任務をざっくりと纏めれば、こんな所だろうか。

「では、皆さんお気を付けて‥‥ご健闘をお祈りしています」
 セオドアの無駄に爽やかな笑顔に見送られ、傭兵達は送迎バス――いや、クノスペに乗り込んで行った。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
番場論子(gb4628
28歳・♀・HD
孫六 兼元(gb5331
38歳・♂・AA
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
レティア・アレテイア(gc0284
24歳・♀・ER
ラサ・ジェネシス(gc2273
16歳・♀・JG
ハンフリー(gc3092
23歳・♂・ER

●リプレイ本文

 味方による攻撃の余波が収まらぬ中、傭兵達は硝煙に紛れながら、ただひたすらに走っていた。
(リリアン‥‥こんな所に‥‥)
 ケイ・リヒャルト(ga0598)は、走りながら奥の闇に目を凝らす。
(逃がさない。折角前回、追い詰めたんですもの)
 下り傾斜のきつい通路は幅も高さもKVが楽に通れる広さがあった。ステアーも、この通路を通って要塞の奥へと逃げ込んだのだろう。
 これならKVで突入しても良かった気がするが‥‥
「生身ならば進攻し易く、過剰な破壊による洪水発生可能性を未然に防ぐ意味合いですかね」
 走りながら番場論子(gb4628)が言った。
 元々ここは、人が通る事を想定していないのだろう。破壊された入口から差し込む光が届かない距離まで来ると、辺りは闇に包まれた。何もない、ただ広いだけの空間。一定の間隔を置いて灯る誘導灯だけが、その先にも通路が続いている事を示していた。
「何もないという所が、却って不気味ですね」
 周囲を警戒しながら、アルヴァイム(ga5051)が声を潜めて言う。
 恐らく何かしらセンサーの類は設置されている筈だが、この暗さでは確認も難しいだろう。それよりも、出来るだけ早くここを抜けた方が良い。隠れる場所もない闇の中で戦うのは分が悪すぎる。
 だが、敵がこの機を逃す筈もなかった。
 ケイの暗視スコープに無数の飛行物体が映る。小型の無人ワームだった。
「これでは狙い撃ちだな!」
 孫六 兼元(gb5331)の大声が通路に響く。ワームにとっては暗闇など何のハンデにもならないだろうが、こちらは違う。多少は目も慣れてきたが、それでも不利な状況に変わりはなかった。
「ここはひとまず、逃げるが勝ちだな」
 ハンフリー(gc3092)が言った。攻性操作で同士討ちを狙っても、この数では焼け石に水だ。
「そうね、こんな所で消耗する訳にはいかないわ」
 M−121ガトリング砲を撃ちまくりながら、ケイが応える。やるべき事は他にもあるのだ。
 レティア・アレテイア(gc0284)も、陽動ならば派手に動いて破壊するのが良いだろうとは思うが、この状況では仕方がない。
「一気に駆け抜けるぞ!」
 孫六の声で、仲間達は弾かれる様に走り出した。無線が通じない中、周囲が少々騒がしくても離れた仲間に聞こえるこの声は有難い。
 一行は脇目もふらずに走った。誘導灯の輪を何度もくぐり抜け、やがて見えて来た光の中に飛び込む。

「湖の中の要塞か。まるで秘密基地のようだな」
 ハンフリーが天井を見上げる。
 通路の傾斜角と走った距離から見て、ここが人造湖の下に広がる空間である事に間違いはなさそうだった。しかし、何という広さだろう。
 金属質に光る奥の壁は、内側に向かって僅かに湾曲している。その一面に設けられた雛壇の様な駐機場には、ゴーレムやHWが整然と並んでいた。右も左も同じ光景が続いている。そして、手前の床には何本かの金属製のレールが敷かれていた。それだけなら、このいかにも軍事基地らしい無機質な場所には相応しいと言えるだろう。しかし‥‥
「どうして、敷石と枕木まで?」
 ラサ・ジェネシス(gc2273)の頭に咲いたアホ花が、首を傾げる様にぴこんと跳ねた。
「まさか、電車が走っているとか‥‥ないですよネ?」
 しかし、そのまさかだった。
 ガタンゴトンと入ってくる、三両編成のレトロな電車。流石に機関部には手が加えられているらしく、ディーゼルエンジンではない様だが‥‥外見は地上を走っていたものをそのまま持って来た様に見えた。
 傭兵達の前に停まり、扉が開く。中から現れたのは、完全武装した大量の強化人間だった。
『こんな所まで、ご苦労だったわね』
 どこからともなく、少女の声が響く。リリアンだ。しかし、姿は見えない。
「Hi、リリアン。先日の戦いは楽しかったわね」
 挑発する様に、ケイが言った。声に笑いを滲ませて続ける。
「先日泣き帰った気分はどう?」
『泣いてなんかいないわ』
 答えが帰って来たところを見ると、一方通行の放送ではない様だ。
「そう? じゃあ、どうしてコソコソ隠れてるのかしら。こっちに来て、一緒に遊びましょうよ」
 だが、リリアンはそれには応えなかった。
『ここまで来た事は褒めてあげる。でも、ここまで。後悔したいなら、もっと奥まで行っても良いけど』
 どういう意味だと問い返す間もなく、通信は一方的に切れた。
『じゃあね、バイバイ』
 同時に、強化人間やワームの群れが押し寄せて来る。
「ここは受けて立つしかない様だな!」
 孫六が鬼刀を抜き放ち、右車の構えを取った。低く落とした腰の位置まで刀を下ろし、切っ先を後ろに向けて水平に構える。そのまま右足で踏み込みながら右から左へ、突っ込んでくる強化人間を二〜三人、纏めて薙ぎ払った。更にそこから居合い抜きの様な構えに入って続く相手を切り上げ、続く八双でもう一太刀、袈裟懸けの重い一撃を与える。
 その流れる様な動きは停まる事なく、八双から右車、左車を経て再び八双と続いて行く。しかし、それでも捌ききれないほど、相手の数は多かった。
 孫六は仲間に注意を促すと、踏み込みながら脚甲で地面を踏みしめ、十字撃を放った。敵陣に十字型の衝撃が走る。
「安心するのは早いぞ!」
 避けた敵にも鬼刀の刃が容赦なく降りかかった。
 その攻撃でさえ沈まなかった頑丈な敵の目前に、ケイが躍り出た。アラスカ454を眉間に、エネルギーガンを腹に突き立て、ほぼ同時に引き金を引く。吹き飛んだ相手が動く事は、二度となかった。
 そんな二人の派手な戦いぶりを横目で見ながら、レティアは練成弱体をかけた相手に電波増強で強化したクルセイドの一撃を見舞う。
「前衛職のような戦いは苦手ですけど」
 苦手でも、この状況ではやるしかない。破壊活動という主目的を遂行する為には、この邪魔な連中を一刻も早く排除するしかないのだ。‥‥が、その戦いぶりが少々危なっかしく見える事は否めなかった。
「大丈夫ですか」
「きっついけど、なんとか」
 そっと加勢に入ったアルヴァイムに、レティアは頷く。そのきっつい部分、機械拳では届かない所から攻撃を仕掛けて来る小型ワームを、アルヴァイムは射線に注意しながらエネルギーキャノンで次々に撃ち落として行く。余裕があれば壁の雛壇に並んだワーム類も壊しておきたかったが、敵がもう少し片付くまでは無理の様だ。
「それまで、動き出したりしなければ良いのですが」
 だが、そんな心配は夢守 ルキア(gb9436)が片っ端から叩き壊していた。敵の注意が仲間に向いている隙に隠密潜行で潜行し、カルブンクルスで不意を突く。手が足りていると見れば、その銃口は手近な監視カメラや格納されたワームに向けられた。火炎弾があちこちで炸裂するが、この辺りは軍事施設として頑丈に造られている筈だ。少しくらい派手にやっても、施設自体に致命的なダメージを与える恐れはないだろう。
「ほら、見えないと気になるでしょ?」
 今この瞬間も、リリアンが何処かで見ている事を意識して口に出してみる。この声も、聞こえている筈だ。
 その向こうではハンフリーが、ラジェーションを閃かせていた。片手の超機械で素早く相手の機先を制し、間髪を入れずにその身体を爪で抉る。
「雑魚は任せてくだサイ!」
 ラサは無人ワームを雑魚と認定すると、ブリットストームで銃弾の雨を降らせた。しかしこの雑魚、結構固い。リロードして追撃するが、それでも落ちなかった。
 雑魚認定、取り消し。強敵と認め、制圧射撃に切り替える。
 止めを刺したのは論子だった。月詠で斬り込み、沈める。論子はその間にも迫り来る敵を竜の鱗で防ぎながら、スコールの弾幕で足を止めさせ、月詠で斬る。

「なんとかなったみたいだな」
 レティアが大きく息を吐き、床に散らばる様々なモノの残骸から目を背ける様に言った。
 どうやら、リリアンはこの期に及んでもまだ、人類を甘く見ている様だ。無人ワームと強化人間、そして手近にあったワームの殆どが潰されても、増援を出して来る気配はない。
 それとも‥‥
「わざと誘っているのでしょうか」
 論子が言った。
「そう言えば、さっき変なこと言ってましたネ」
 ラサが首を傾げると、頭のアホ花もカクンと揺れた。
「来たら後悔する、だっけ」
 ルキアが頷いた。
 しかし何と言われようと、ここまで来て手ぶらで帰る訳にはいかない。内部調査も破壊活動も、まだ始まったばかりだった。
「この奥に民間人が居るとしたら、助け出してやりたいからな!」
 孫六が言う。勿論、助けられるものならば、だが。
 それを確かめる為にも、この先へ進まなければならない。幸い、移動手段には強化人間達が乗ってきた電車が使えそうだった。
「ちょっと動かしてみようか」
 ルキアが運転席に乗り込んだ。普段弄っているKVとは少し違うが、整備士の目で見れば必要な部分はそう変わらない、と思う。
「動きそうか?」
 窓からハンフリーが顔を出す。これがワームの様な無人機の部類に入るなら、攻性操作で動かす事も出来そうだが‥‥
「動力系統は遠隔操作みたいだね」
「そうか」
 やはりここも、バグア施設の常として機能ごとに一元化されているのか。これを動かすには、中枢を押さえるしかないのだろうか。
「ちょっと待って、手動に切り替えられるカモ」
 ルキアは運転台の鉄板を引き剥がすと、そこに潜り込んで何やら弄り始めた。
 待つこと、暫し。足下に微かな振動が伝わって来た。
「動きました! すごいデス!」
 ラサのアホ花がぴょこぴょこ揺れる。
 これで足は確保出来た。後はレールの赴くままに‥‥

 ガタンゴトンと、レトロな電車は走る。
 その車内で一息ついた傭兵達は、傷の手当てを終えると車窓から身を乗り出し、そこから見える目障りな装置を片っ端から破壊していった。
 前から後ろへ次々に現れては消える標的を撃っていると、まるで遊園地のアトラクションで遊んでいる気分になってくる。
 ところが‥‥要塞の中には本物の遊園地があった。そればかりか、動物園まである。映画館にダンスホール、カジノバー、図書館、プール、ショッピングモールなどが揃う一角は、まるで豪華客船の内部の様だった。
 ただ、その何処にも人の姿はない。
 新たな区画に入る度に電車を停めて周囲を調べてみるが、人の気配は何処にもなかった。
 そうして電車を走らせるうち、この要塞の構造が少しずつ見え始めた。中心部は恐らく、かつて旭川市だった場所の真下にあるのだろう。
 ルキアとラサが共同で作った地図によると、鉄道は旭川を取り巻く環状線から八方向に伸び、その先にも外輪山に沿った形で環状線が走っている。それが、傭兵達が最初に足を踏み入れた駐機場を走る線路だった。内側と外側、二本の環状線に挟まれた区画には、無人の娯楽施設が点在していた。
 だが、中枢部へと続く線路はない。あったのは、ただ一箇所の小さなゲートのみ。しかし、鍵はかけられていなかった。
「罠でしょうね」
 論子が言う。しかし他に道はなかった。
 まずは周辺の監視装置等を徹底的に破壊した上で、アルヴァイムが壁越しに聞き耳を立て、中の様子を探る。全員が身を隠した事を確認すると、開閉スイッチを押した。
「派手に破壊するとするか」
 音もなく開く扉。レティアが真っ先に飛び込んで行く。

 そこでは大勢の武装した人間が待ち構えていた。
 強化人間か。しかし、どうも先程とは様子が違う。どの顔にも怯えと戸惑い、そして悲痛な決意が見てとれた。武器を持つ手や膝が震えている者もいる。
「民間人だな!」
 孫六が嬉しそうに叫んだ。
「大丈夫、敵ではありません!」
 助けに来たのだと言い、ラサはゆっくりとした動作で武器をしまう。
 だがそれでも、彼等の顔に安堵の色は表れなかった。
 何か事情があるらしいと察したハンフリーの問いかけに、一人の男が答えた。
「あんたらを殺さないと、子供達が殺されるんだ!」
 同時に、銃口が火を噴いた。
 その前に、竜の鱗を纏った論子が立ち塞がる。が、それだけで防ぎきれるものではなかった。
「捕まってるのか? 場所は、どう行けば良い、人数は!?」
 防御に徹しながら、ハンフリーは重ねて問う。しかし彼等はここに囚われた当初から親子別々の場所に引き裂かれ、居所もわからなければ、それ以来顔を合わせてもいないという。
「それなら、ワシらが探してやるぞ!」
 探して、助け出してやる。そう言っても攻撃は止まなかった。
 言葉だけでは止められない。ならば行動で示すしかなかった。監禁場所は恐らくこの奥、普段はこの要塞の維持を任されているという彼等が立ち入る事を許されない区画にあるのだろう。
 傭兵達は走った。民間人による攻撃を甘んじて受けながら、監視カメラを壊し、防衛システムを潰す。
 大きく引き離した所で、やっと一息。
「後悔するというのは、この事だったのですね」
 天井や床、遮蔽物や曲がり角からの奇襲に備えて警戒を続けながら、アルヴァイムが小声で言った。敵の迎撃の強度や経路の幅から用途を推察すれば、重要施設の当たりを付けるのはそう難しくないだろう。だが、それが目的の場所とは限らない。現に、今し方開けたこの扉も――
 そこは何かの制御室だろうか。人々の生活に直結するものではない事を確認すると、傭兵達は破壊工作に取りかかった。
「これだけ壊せばいいか」
 満足そうなレティアの声に、傭兵達はまた次の部屋へ。ラサはペイント弾で壁に印を付けながら、その後を追う。
 しかしそこでは、思わぬ人物が待ち受けていた。

「探し物は見付かった?」
 リリアンだ。心なしか疲れの見える顔に、屈託のない笑みを浮かべている。その服には所々、小さな綻びがあった。
 その姿を見た瞬間、ケイは長弓クロネリアで上空に向けた死点射を放つ。流石のリリアンも、頭上からの攻撃は予期してない筈――
 だが、頭上から降り注ぐ矢の雨にもリリアンは動じない。強化されたFFが、その威力を減じていた。
「探してるのは私のお人形? それとも囚われの子供達?」
 お人形とはステアーの事か。流石に、どちらも簡単に見付かる様な場所にはない様だ。
 だが、それに応えてルキアが発した一言は‥‥
「ネバーランドって、知ってる?」
 突然の問いに、リリアンは首を傾げる。
「ただ、私が欲しいダケなんだケドね」
 この要塞を見て、ふと思ったのだ。ここはリリアン以外には誰もいない、永遠の子供の孤独な王国の様だと。
「一人は楽だね、独りでしかないケド。きみのソンザイは、或いは私のソンザイは、何かを残すのかな?」
「何、それ?」
 苛立ちを含んだ問いに、ルキアは首を振った。価値はなくても、意味があったりする。意味を作るのは、自分だ。
「私は生き残る。独りだって構わない!」
 叫びと共に、猛烈な衝撃波が襲いかかる。
 咄嗟に防御の姿勢を取った傭兵達が顔を上げた時、そこにはもう、孤独な魔女の姿はなかった。