タイトル:往生際の悪い奴マスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/10/19 01:57

●オープニング本文



 世の中には二種類の人間がいる。
 勝者と敗者だ。
 男はこれまで、常に勝者だった。
 流れには逆らわず、長いものには巻かれ、弱きを挫き強きを助ける。
 これで敗者になる筈がない。
 なる筈がないと、そう思っていたのに。

「それが‥‥何でこうなる!?」
 バグアに協力した自分は、勝者だと思っていたのに。
 あの侵略者達が、人類に負ける筈はないと思っていたのに。
 それが今や敗色濃厚。男はその人生で初めて、敗者の側に立たされようとしていた。
「このままバグアが負けちまったら、俺はどうなる!? どうなっちまうんだ!?」
 強化人間の巻き戻しというのは聞いた事がある。バグアに改造された身体でも、元の人間に戻れるとか‥‥。
 しかし、それを受けられる強化人間の数は限られているとも聞いた。何らかの形で人類に貢献する等といった、余程考慮に値する理由がない限りは、投降したとしてもそのまま死んで行くしかないと。
 異星人の命じるままに、或いは命令がなくても、人類に対して悪逆非道‥‥とまではいかない、寧ろセコい悪事ばかりを働いてきた小悪党である彼の場合は、捕まっても処刑される事はないかもしれない。が、巻き戻しが許される可能性は万に一つもなかった。
 それは即ち、メンテナンスを受けられず、緩慢な死が訪れるのを待つしかないという事だ。
「‥‥そんなもん、自爆でもした方がマシじゃねぇか‥‥っ!」
 男は拳を震わせた。こんな事なら早いとこ寝返っておくのだったと悔やんだ。
 しかし、今更悔やんだところで運命が変わる筈もない。
 変わる筈もないのだが‥‥
「変えてやる! 俺は負けねぇ! このまま常勝街道を突っ走ってやるぜぇっ!!」
 男は自分が管理するキメラプラントに立て籠もった。
 ここならメンテナンス装置もある。キメラも作り放題だ。
「ここを拠点に、俺は人類の頂点に立つ!」
 誰にも邪魔はさせない。出来るもんならやってみろ。
「最後に笑うのは、この俺だぁっ!!」
 山陰にひっそりと建つ小さなキメラプラントに、男の高笑いが響いた。

●参加者一覧

旭(ga6764
26歳・♂・AA
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
荊信(gc3542
31歳・♂・GD
エレナ・ミッシェル(gc7490
12歳・♀・JG
ジョージ・ジェイコブズ(gc8553
33歳・♂・CA

●リプレイ本文

「なんで山籠りするかなぁ‥‥」
 山の中にぽつんと建ったキメラプラントを遠目に見て、旭(ga6764)が呆れた様に呟く。
「そう悪い人じゃないと思うんですよね」
 それを受けて、ジョージ・ジェイコブズ(gc8553)が言った。悪人でないなら、出来れば助けてやりたい所なのだが‥‥何とか説得は出来ないだろうか。
「ま、可能な限り生かして帰るよう頑張ろうか」
 全身を覆う白銀の鎧をガシャリと言わせて、旭は前へ出る。
 その背を眺めながら、荊信(gc3542)は煙草の煙を輪の形にして吐き出した。
「要は敵だろ、なら好き嫌いは関係無ぇさ。敵なら倒す、それ以上でもそれ以下でも無ぇだろ」
 相手がどんな奴か、何を考えているのか‥‥そんな七面倒臭い事は考えず、やるなら真っ向勝負。
 とは言え、誰かが説得を試みるなら邪魔はしない。とりあえず言い分だけは聞いてやろう‥‥
「ま、大して面白い答えなんざ返ってこねぇたぁ思うが」
 カラカラとした笑い声が、山の向こうから木霊となって返って来た。

 そんな訳で、まずは交渉。
 その結果次第では、黙って見逃す事もありそうな流れになっている様だが‥‥
(テキトーにからかって殺しちゃえば良いのになー)
 と、エレナ・ミッシェル(gc7490)は思う。
(あ、でも説得してからの方が絶望しそうだから、その方が良いのか)
 持ち上げてから落とすのは基本だ。
(プライドズタボロにして弄ぶのとか面白そう!)
 なんて、声には出さないが顔には出ている。それはもうハッキリと。
 そんなエレナの様子に一抹の不安を感じながら、交渉役のジョージは建物の前に堂々と置かれた監視カメラの前に立った。
 その横には言葉の援護射撃を担当する夢守 ルキア(gb9436)が控えている。
 そして背後には、旭、荊信、エレナの三人が、その戦闘力を誇示する様に立っていた。
「‥‥ぁ、あー‥‥こほん」
 さて、どうやって切り出そうか。いや、まずは挨拶から入るのが基本だろうか‥‥例えこんな場合でも。
「‥‥こんにちは。えーと‥‥聞こえますか?」
 すると、扉の脇にあったインターホンらしきものから応答があった。
『な、なななな何だてめぇらっ!?』
 狼狽えている。多少、怯えた様子も伝わって来る。
 UPCからの要請で派遣された傭兵である事を告げ、ジョージは続けた。ネゴシエイターとして、ここがウデ‥‥いや、クチの見せ所だ。
「勝ち馬に乗ろうとするからこうなるんです。勝てば勝つほど、便乗者が集まってその質は下がっていく。そしていつかは負けるんです」
『だ、誰が負けてるってんだ!? 俺は負けちゃいねえ! 未来永劫、勝利は俺のものだ!』
「うわー、自信過剰な強化人間? そんなのなかなかいないと思うけど、いるんだねー」
 エレナが横から茶々を入れる。が、幸い相手には聞こえなかった様だ。
「ところで」
 何事もなかったかの様に、ジョージは言った。
「今、当てがなくなった強化人間のかたって多いみたいですよ。何かしたくとも許されず、地域によっては強化人間なだけで『狩り』の対象でもあるのだとか。彼らは今まさしく、負けているわけです」
『だから俺は負けねぇって! 嘘だと思うなら、かかって来やがれ!』
 向こうで何か吠えているが、構わず続ける。
「俺たちだってそのうち負けます」
『そうだろ、俺が負かしてやるんだからな!』
「でも俺はこのままでいきますよ。やりたいこと一つ見つけましたから」
『てめぇの事なんざ知るか!』
「勝ち馬ならぬ負け馬も良いものです。負けてる分、少しの努力や功績も大きく評価されます」
 確かに出来の良い子の百点は当然だが、一桁得点が当たり前の子が五十点も取れば、周囲もお祭り騒ぎだろう。
「今からでも負け馬に乗ってみてはいかがですか?」
『‥‥乗って‥‥どうすんだよ』
 お、少し反応が変わって来た。もしかして、身に覚えがあったりしたのだろうか。
「捕まったら自由もきかない、それで済まないかもしれない」
『何だよ!? やっぱりオシマイじゃねぇか!』
「でもできること、あるはずですよ」
『うるせーうるせーウルセー!っ』
 わめき声と共に、正面の扉が開いた。中から人型をしたキメラがどっと溢れ出して来る。
「どういうつもりだ?」
 答えは予想出来たが、荊信は一応訊いてみた。
『てめーらブッ倒すに決まってんだろ!』
 ああ、やっぱり。
 しかし、ルキアはまだ諦めなかった。
「降伏しない?」
 ずばっと言ってみる。
「無血開城してくれたら、UPCに協力、って言う風に取れる。キメラを下げてくれたら、歩み寄った話し合いが出来るんだケド」
 返事はないから、勝手に続けた。
「この基地を明け渡して、身柄確保させて貰えば血は流れないって約束する。ねえ、きみはずっとココに立て籠もってるつもり? でも永久的にじゃないよね?」
 もしこのプラントが自給自足可能だったとしても。
「今は上手く切り抜けても追手は尽きないだろうし、戦争が終われば、撲滅戦に入る可能性だってある」
 そうなったら逃げ道はない。次にここに来る者達は問答無用で潰しにかかるだろう。
「反面、傭兵の立場は重い。私の胸についてる、勲章。軍はこんなモノまで発行してる」
『‥‥だから‥‥何だよ? そんなモン見せびらかしたって、怖かねぇぞ!』
 いや、別に脅しの意味で付けてる訳じゃないんだけど。
「今、軍人はいない。きみが貢献したって言う『報告』をするもしないも、私達にかかってるって‥‥そういうコト」
『‥‥なるほどな』
 強化人間は何かを考え込む様に黙り込んだ。ややあって、また声が聞こえる。
『そういう事なら‥‥ま、一度ツラ付き合わせて話し合おうじゃねぇか』
 キメラ達が道を開く様に両脇に退いた。奥へ来いという事か。
 ――どうする‥‥?
 傭兵達は顔を見合わせる。罠かもしれない。いや、罠だとしか思えない。しかし、罠だとしても‥‥どうせ中には踏み込むつもりだったのだ。
「それならさ、ここはちょっと顔を立ててやっても良いんじゃないかな?」
 エレナが微笑む。ここで優越感を持たせておけば、後の絶望もより深く激しくなる筈だ。

 一同はゴツい人型キメラに周囲を固められながら、プラントの奥へと進んだ。
 その様子をカメラで観察する強化人間だったが‥‥
「‥‥なんか、一匹足りなくねぇか?」
 画面をじっと見つめて、首を捻る。
「あのチビはどこだ? あの勲章ジャラつかせたクソ生意気な小僧は‥‥?」
 傭兵達は団子の様に固まって歩いている。その中に挟まれて見えないのだろうか? ちらちらと金色の頭が見え隠れしているが、あれはもう一人のチビか?
「ま、良いか」
 チビの一匹や二匹、逃がした所で大した影響はないだろう――

 プラントの中心付近まで進んだ頃だろうか。
 高い壁に囲まれた視界の悪い十字路の中心にさしかかった時、スピーカーから声が聞こえた。
『止まれ』
 同時に、押し寄せた人型マッチョキメラが前後左右の通路を塞ぐ。その足下では大型犬が唸り声を上げていた。
『俺をその気にさせてぇなら、チカラってヤツを見せてみな。ここを突破出来たら、改めて話し合いと行こうぜ?』
 声の調子からすると、突破など出来る筈がないと考えている事は明白だった。
「ハハッ、面白ぇや」
 荊信がさも楽しそうに笑い声を上げる。
「お前みてぇな考え方は嫌いじゃねぇな」
 嫌いではないが‥‥
「とはいえ、お前ぇの好きにさせる訳にゃぁいかんのさ。だから、この皆遮盾荊信がお前の道を遮ってやるよ!」
 監視カメラに向けてとびきりのイイ笑顔を見せると、荊信は目の前に迫るキメラ達に銃弾の雨を降らせた。
「怯えろ! 竦め! 一歩たりとて動けると思うなッ!」
 その言葉通り、通路に詰まっていたキメラ達はその場で動きを止める。
 ――キャイン! ギャンッ!!
 犬達の悲鳴に、傍に居たマッチョが泣きそうな顔をした様に見えたのは気のせいだろうか。
 しかし、銃弾の雨は容赦なく降り続く。だが流石は筋肉馬鹿と言うべきか、威力を増した銃弾を何発も撃ち込まれても、人型キメラ達はビクともしない様に見えた。
 ならばと、荊信は試しに急所を狙ってみる。人間の姿をしているし、どう見ても男だし‥‥となると、やはり急所はソコか。
 ――ぐぁぎゃあぁっ!!
 焦げ茶色の悲鳴が辺りに響き渡る。そうか、そこが弱点か。ならば集中的に狙わせて貰おう。
 暑苦しい筋肉集団を盾で押し返しつつ、荊信は至近距離で小銃を撃ちまくった。

「銃器に鈍器にチェーンソー‥‥。これはまさか鎧対策っ!」
 後ろから来る敵に向き合った旭は、怖じ気付いた様な声を上げた。が、そのビビりまくった声とは裏腹に、剣を頭上高く振りかざした輝く全身鎧は、ガションガションと足取りも軽く敵に躍りかかる。
(別に武器がいっぱいあれば強いわけでもないしなぁ)
 だいたいチェーンソーとか音で遭遇のタイミングが‥‥いや、それを言うなら自分の全身鎧も相当に派手な音を立てている訳だが。
 しかし自分にはそれを補うすべがある。と、思う。
 それに、分銅鎖なんか通路が狭くて振り回す事も出来ないじゃないか。
 何だかちょっと可哀想になってきた‥‥色んな意味で。しかしここは、心を鬼にして攻撃を続けるしかない。この光景を見ている筈の強化人間に自分の圧倒的不利を悟らせるには、こうしてプレッシャーを与えるしかないのだ。
(それで改心してくれるなら、逃がしてあげたいんですけどねえ)
 応戦しつつ、ジョージは思う。あの強化人間は、未だかつて口喧嘩で勝利を収めたためしがない程に、無駄に高すぎるネゴシエーションスキルが通用しなかった初めての相手だ。
 しかし、今ここでの交渉は不発に終わったとしても、いつかは自分の言葉がじわじわと効いてくるかもしれない。即断即決が良いとは限らないし、状況が変われば考えも変わるかもしれない。
 プラントを爆破すれば、逃がしたとしても証拠は残らないし‥‥
(なんて、甘いですかね)
 目許を隠すサングラスは、相手にそんな考えを読まれない様にする為だろうか。
 そんな三人の間に隠れる様にしながら、エレナが左右の通路に向けて二丁拳銃‥‥いや、拳銃と呼ぶにはゴツすぎるSMG「ターミネーター」を連射する。
 ただでさえ威力のある所に強弾撃で破壊力を上乗せした攻撃は、キメラ達を容赦なく粉砕していった。
 だが、頭の悪そうな彼等にも学習能力はある様で、倒れた仲間の身体をバリケードの様に積み上げて、その背後から攻撃の機会を狙う者が現れた。
 リロードの隙に、バズーカの如き巨大な銃器で反撃を仕掛けて来る‥‥が。
 それが火を噴くよりも先に、目の前に飛び込んで来た派手な鎧に蹴りを喰らって吹っ飛んだ。鎧はそのままマッチョを踏み付け、カメラに向き直って余裕のある所を見せてみる。
 そして、リロードを終えたエレナの跳弾がバリケードの背後に飛び込んでいった。

 強化人間は、モニタに貼り付く様にして戦いの様子を見守っていた。
 不利だ。どう見ても不利だ。
「あいつらバケモンか?」
 傭兵達はキメラの群れを難なく片付け、既にプラントの奥へと進みつつあった。
 この場所まで攻め込まれるのは時間の問題だ。そうなったら逃げ場はない。
 その前に脱出しなければ‥‥!
 しかし彼は気付いていなかった。裏口に仕掛けたカメラが、いつの間にか壊されていた事に――

「どこ行くのかな?」
 司令室を出て裏口に向かった彼の行く手を塞ぐ者がいた。
「てっ、てめぇ小僧っ! どっから‥‥っ!?」
「気付かなかった? 裏口から入って来たんだケド」
 そんな余裕は、ある筈もなかった。
 その侵入者‥‥ルキアの背後に続く通路には、派手な色のペンキがぶちまけられていた。更に進めば、その先は全てが破壊されて瓦礫の山と化している事に気付くだろう。
「どけ小僧っ! どかねぇと‥‥っ」
 強化人間は、やたらとゴツい銃をルキアに向けた。だが、その銃口は僅かに震えている。
 その時、背後からも声がした。
「逃げようとするって事は、やっぱり死にたくないんだよね?」
 振り向くと、先程までモニタの中に居た傭兵達が道を塞いでいる。声の主は、あの派手な鎧らしい。
「‥‥簡単に命を捨てない方がいいと思うんだよね」
 鎧の中身、旭は相手を下手に刺激しない様にと武器を収め、攻撃の意思がない事を示す。
「この数年で人類は、地上の勢力図を撒き返して宇宙へ殴り込みに行った。強化人間が緩やかな死を待つ現状も、変化があると思わない?」
「うるせぇっ!」
 強化人間が喚いた。
「それまで何年かかる? その間、俺はどうなる? てめぇらのナサケにすがって、ヘコヘコしながら生きろってのか!?」
 冗談じゃない。それに、今更どのツラ下げて戻れと言うのか。
「‥‥なるほどな」
 言い分はわかったと、荊信が頷く。
「さぁ、もう言葉は要らんだろう‥‥殺り合おうかッ!!」
「だが断るッ!」
 言葉と同時に襲いかかる荊信の攻撃を辛うじて耐え、強化人間はその右手を高々と掲げた。
 そこに握られているのは‥‥
「自爆スイッチ、ですか?」
 ジョージの言葉に、傭兵達は一斉に身構える。しかし‥‥
「俺にそんな度胸があってたまるかチクショー!」
 それはプラントの爆破スイッチだった。
 ここを潰すのは惜しいが、戦っても勝ち目がない事は彼にもわかる。ならば逃げるしかなかった‥‥例え行く宛てはなくても。
「じゃあな、アバヨ!」
 自爆した方がマシだなどと言ってはみたが、いざとなればやっぱり命は惜しい。
 強化人間は呪縛をかけようとしたルキアを突き飛ばすと、裏口へ向けて走った。その直後に司令室で起こった爆発は、連鎖を起こしてプラント全体に広がっていく。
 裏口へ続く通路も、あっという間に炎に呑み込まれてしまった。

「‥‥ぶっ壊す手間が省けたか」
 脱出の途中で燃え滓になった煙草を吐き捨てながら、荊信が少し残念そうに言った。
 プラントはまだ小さな爆発を繰り返し、炎を上げて燃え続けている。
 ルキアが裏口に仕掛けたワイヤートラップは外れていたが、それが罠が作動したせいなのか、それとも爆発の影響であるのかは、判然としなかった。
「あそこから逃げられるとは思えないケド」
 バイブレーションセンサーでも、爆発による振動以外は感知出来なかった。逃げ道を塞がれた彼は、恐らくプラントと運命を共にしたのだろう。しかし、確証はなかった。
 もしかしたら、しぶとく生き延びて‥‥いずれまた、どこかで会う事もあるかもしれない。
 その時こそ、きっちりと引導を渡してやろう。
 或いは‥‥今度こそ、説得に応じて投降してくれるだろうか――
「そう言えば、名前も訊いていませんでしたね」
 ジョージの呟きはひときわ大きな爆発音に呑まれ、誰の耳にも届く事はなかった。