●リプレイ本文
その夜は、満月が赤く輝いていた。
どこか余所の世界では、空に赤い月が浮かんでいたそうだ。
だが、この世界の月が赤く輝くのは珍しい事だった。
その不気味な赤い月を見上げて、一匹のもっふもふなサイベリアンが爪を研ぎながら、漲る闘志をアピールしていた。
「いよいよラスボス戦、燃えますニャー」
ばーりばりばり。
飼い主にはラルス・フェルセン(
ga5133)と呼ばれているその猫は、ニャオエバーグリーン。七匹兄弟姉妹の長ニャンだった。
「無頼豚さえ倒してしまえば、家族も安心してくらせますニャ。‥‥兄は頑張るのです!」
普段はおっとりとした飼い猫だが、今の彼はニャオれんじゃーの一員。歴代戦士達の爪によって削られてきた板塀で爪を研いでいると、彼等の魂が乗り移って来る様な気がした。
夜が更けるにつれて、周囲には仲間の戦士達が続々と集まって来る。
「ふふ‥‥二足歩行猫の名誉にかけて、頑張ります」
真っ白な日本猫、ニャオホワイトの石動 小夜子(
ga0121)の隣には、ご近所の親友猫ニャオブラック1号が寄り添っていた。
ブラック1号はお尻の所だけがぽちっと白い、尻尾の短い猫。飼い主には弓亜 石榴(
ga0468)と呼ばれている。
戦いに備えてお互いに毛繕いをしながら、ブラック1号が言った。
「一緒に力をあわせてごろごろ‥‥もとい戦いますにゃー」
ブラック1号とホワイトが肉球を合わせると、光の使者が生まれるのだ。たぶん、きっと。
ニャオブラック2号は、滝沢タキトゥス(
gc4659)という名前だった。
猫なのに、やたらと胸が突き出た黒のタンクトップを着て、ホットパンツを穿いている。狭い額に余った毛をヘアピンでバッテン留めにしている所を見ると、長毛種なのだろう。猫耳は‥‥付けなくても元から付いている。だって猫だもん。
「にゃにゃっ! 豚さんをやっつけた後はたくさん食べるんだにゃ!」
どうやら、ブラック2号は食いしん坊の様だ。
「とんかつ・丸焼きもいいんだにゃあ‥‥」
じゅるりとヨダレも垂れている。
「ブライトンもまさかこんなネタに使われるとは思ってもみんかったろうな‥‥」
ニャオカーマイン、星月(
gc8302)が呟く。しかし、彼はそこではたと気付いた。
「にゃ? ブライトンって誰にゃ?」
いや、あれは無頼豚だ。大きな豚だ。何か夢でも見ていたのだろうか。
コンビを組んだニャオアスール、由里 蒼眞(
gc8376)も、何やら寝ぼけている様だった。
「猫‥‥見てる分には好きでも猫になるなんて‥‥」
何を言っているのだろう。アスールは猫だ。生まれた時から猫だ。猫以外の生き物だった事など、ただの一度もない。
「そ、そうだっけ‥‥?」
そうです。そうなんです。
「ニャオれんじゃーの名に賭けてッ! いくぞ無頼豚!」
「にゃうにゃうにゃうーっ、がんばろうなの、ルーガッ!」
向こうではニャオゴールドのルーガ・バルハザード(
gc8043)と、ニャオシルバーのエルレーン(
gc8086)、金銀師弟が気合いを入れている。
気合いを入れすぎた為か、ゴールドは弟子の言い間違いにも気付かない。今はルーガではなくゴールドなのだが‥‥まあ良いか。
そして、その熱い魂が熱波となって周囲に広がり、他の戦士達の魂にも火を点けていった。
余りに熱すぎて、仲間同士でケンカを始める猫達もいた。
「ギャオ! ウギャオォゥ」
「フシャアァァッ」
イエローとグリーンが取っ組み合い、団子になって転げ回っている。
その団子が、近くでぼんやりしていた黒い塊を弾き飛ばした。
「みゃあっ!?」
コロコロと転がった黒い塊は、高槻 ゆな(
gc8404)という名の猫だった。
‥‥いや、猫ではない。体の大きさは大人の猫と同じくらいだが、実は黒豹の子供なのだ。
このおっとりとした黒豹は、のんびりとご近所を散歩しているうちに訳も判らず巻き込まれてしまったらしい。
のんびり屋にも程があるが、可愛いから許す。
「そんな所にいると、また弾き飛ばされるニャ」
泥で汚れた毛をせかせかと舐める黒豹の子供に、声をかける猫がいた。
ニャオブラウン、ジョージ・ジェイコブズ(
gc8553)だ。
ブラウンは前足でちょいちょいと手招きをすると、迷子の黒豹を自分の所に呼び寄せた。
「ここなら安全ニャ」
全身を甲冑で包み、手には軽機関銃、背にはジュラルミンシールドを背負ったブラウンは、決戦に備えて銃の手入れをしながら言った。
「しかし、巻き込まれたなら覚悟を決める事だニャ。コードニャームは何と言うニャ?」
問われて、黒豹は考える。墨色・漆黒・墨染‥‥どれが良いだろう。子供の割には随分と難しい言葉を知っているのは大したものだが、決断力は今ひとつの様だ。
「呼びやすいのは、どれですみゃ?」
かくりと首を傾げた黒豹の頭を、ブラウンは爪を出さずにぺしぺしと軽く叩いた。
「よし、ニャオ漆黒。今からお前も我等の仲間ニャ」
決定。異議は認めない、らしい。
これで百匹、全ての猫が揃った。一部違うが気にしてはいけない。
「にゃ! やっとぶ‥‥ぶら‥‥ぶらいにゃに?」
ふにゃふにゃと柔らかい演台の上に立って、リュウナ・セルフィン(
gb4746)ことニャオリュウニャンが演説を始めた。
しかし、名前が出て来ない。えーと、なんだっけ。
「リュウニャ様? 最後の敵は無頼豚です、ブライトン」
そこですかさず、ニャオ龍牙がこそりと耳打ち。夢の中では東青 龍牙(
gb5019)という人間の姿になる事もあるが、それはあくまでも夢。リュウニャンも龍牙も、猫の姿こそが真実なのだ。
「あ、そうにゃ! 無頼豚にゃ!」
助け船を得たリュウニャンは、張り切って演説を続ける。
「無頼豚を追い詰めたにゃ! このまま一気にカタをつけるにゃ! 諸君らの力を平和の為に最後まで貸して欲しいにゃ!」
「「にゃーーー!」」
沸き上がる歓声、燃え上がる闘志。まるで指揮官になった気分だ。ああ、気持ち良い。
「さぁ、リュウニャ様! 共に敵地に参りましょう! そして! 全て終わらせましょう!」
そんなリュウニャンを頼もしげに見つめ、感動の余りに涙しそうになる龍牙。
今、この場の雰囲気は最高潮に達し、仲間の士気はこれ以上ないほどに上がっていた。
しかし‥‥!
「‥‥‥‥(ぐぅ」
一匹だけ、寝ている猫がいる。しかも、リュウニャンの足下で演台にされ、思いっきり踏みつけられながら。
「って! トラニャンさん! 起きてください! おーきーてーくーだーさーいー!」
ぺしぺしぺしぺし!
虎縞のぬこは、龍牙に前足で叩きまくられて、漸くもぞりと体を動した。誰が付けたか通称トラニャン。本人は西島 百白(
ga2123)という本名で呼んで欲しい様だが、その要望は名付け主によって華麗にスルーされていた。
「起きたにゃ! おはようだにゃ!」
「やっと起きましたね! さぁ、行きますよ!」
トラニャンは、のそりと起き上がると思い切り伸びをした。
「面倒だが‥‥仕方あるまい‥‥」
いかにも気が乗らない様子で歩き出す。
他の猫よりも一回り大きなその背に、小柄なリュウニャンが飛び乗った。
「にゃ! それじゃあ無頼豚の所まで全軍! 突撃にゃー! トラニャン! 早く進むにゃ!」
「‥‥」
温厚なトラニャンは乗り物にされても気にしない。いや、文句を言ったり振り落としたりするのが面倒なだけかもしれないが。
指揮官のマネをしてそれっぽく振る舞ってみたリュウニャンの後に続いて、総勢百匹の猫がぞろぞろと行進を始めた。
猫族の伝統に則って四本足で歩く猫も、ニュータイプな直立二足歩行の猫も、尻尾をピンと立てて得意げに歩く。
やがて彼等の目の前に、宿敵無頼豚が根城とする空き地が現れた。
「ココが無頼豚のいる場所、そして‥‥決戦の舞台‥‥」
龍牙がシリアスに言ってみる。が、猫にシリアス豚に真珠。つまり、似合わない。龍牙にゃん、ちょっと凹んだ。
「‥‥異常は‥‥ないか?」
しかし、面倒だと言いながらも周囲の確認を怠らないトラニャンの姿を見て気を取り直し、無頼豚を探す。
その時、猫疾走で密かに先行していた斥候のエバーグリーンから、猫テレパシーで連絡が入った。ニャオれんじゃーのメンバーは、そのアツい友情の絆によって、互いに意思を通わせる事が出来るのだ。
『ごろごろしてますニャ。油断している今がチャンスですニャ』
他のメンバーにも、エバーグリーンの目に映るビジョンが見えた。草っ原の真ん中に、巨大な高級黒豚がどでーんと寝っ転がっている。待ちくたびれて居眠りをしている様だ。
「リュウニャ様、敵総大将の無頼豚を確認しました!」
龍牙が叫び、指揮官(仮)の指示を仰ぐ。
「にゃ! 無頼豚確認にゃ! 早速名乗るにゃ!」
敵はぐーすか寝ているが、気にしない。百匹みんなで名乗りを上げるうちに、きっと起きて来るだろう。
そんな訳で‥‥いざ、スーパー名乗りターイム!
「地獄の白毛番猫! ニャオホワイト!」
「無頼豚! 私達の食卓の為に覚悟するのにゃー!」
ホワイトが頭上で一文字に掲げた日本刀、蝉時雨の刃に乗って、ビシッとポーズを決めるニャオブラック1号。大丈夫、刀は鞘に収めたままだから痛くない!
ホワイトの動きには一抹のぎこちなさが残るが、まだ少し照れがあるのだろうか。しかし、そんな和猫の奥ゆかしさがまた、マニア心をくすぐるのだ。‥‥何のマニアか知らないけれど。
「冬でも茂る緑の強さ、常緑のニャオエバーグリーン!」
キラリと光る伊達眼鏡。だが、その強さは伊達じゃない!
「元気バクハツ気紛れ上等! ゴハンが命、ニャオブラック2号!」
因みに鯛焼きはこしあんに限る、らしい。
「眩き光輪、黄金師匠ニャオゴールド!」
「渋き光彩、期待の一番弟子ニャオシルバー!」
金銀師弟は息もぴたりと合った一糸乱れぬポーズを決める。
「えと‥‥驚きの黒さ! 闇夜の黒豹ニャオ漆黒!」
腹の中の話では、ない。
「我のにゃはニャオブラウン‥‥又のにゃを弾幕騎士<バラージ・ニャイト>」
じゃきん! ブラウンは立ったままでの射撃がしやすい様にフォアグリップを取り付けた機関銃を両手で構える。
弾薬を帯状に連ねたベルトが、横に長く、長く、なが〜く伸びて、そこが最前線である事を示していた。
こうして、それぞれに工夫を凝らした名乗りが百匹分、延々と続く。
一体いつになったら終わるのだろうか。そろそろ夜が明けてくるのではないだろうか。
しかし、無頼豚は待っていた。辛抱強く、全ての名乗りが終わるのを待っていた。
だが、それで「コイツ案外律儀でイイヤツじゃん?」などと思ってはいけない。相手の名乗りを待つのは、この世界では常識なのだ。それを破って名乗り中に攻撃を仕掛ける事は、どんな悪逆非道な行為よりも忌まわしい、卑劣極まる暴挙なのだ。
だから、無頼豚は待った。いつまでも待っていた。彼も卑劣感にはなりたくないのだ。
「黒龍神の使い(自称)! ニャオリュウニャン!」
「青龍神様の命により推参! ニャオ龍牙!」
「‥‥ニャオ‥‥タイガー‥‥」
ぼそり。約一名、明らかに嫌々渋々なのがわかる名乗りっぷり。当然の如く、リュウニャンからダメ出しを喰らった。
「にゃっ! トラニャン、ノリが悪いニャ! もう一度ニャ!」
「‥‥孤高の虎、ニャオタイガー!」
にゃおーん! ついでに遠吠えもしてみる。もうヤケクソだ。
三匹とも色じゃないというツッコミも、この際どうでもいい。歴代の戦士にはイーグルやシャークも居た事だし。
「「「三匹揃って! ニャオBWB! 見参!」」」
三匹で声を揃える。トラニャンも何とか頑張ってみた。何度もダメ出しを喰らうより、一度で終わらせた方が面倒がない。大丈夫、恥ずかしいのは一瞬だけだ。多分。
「悪有る所に我ら有り! さぁ、覚悟するにゃ!」
「さぁ! 覚悟してください!」
「‥‥これで‥‥満足か?」
最後、何か違う気もするが気にしない。
「決まったにゃ!」
「決まりましたね♪ リュウニャ様♪」
お嬢さん方もどうやら満足らしい。ハイタッチで肉球をぶつけ合って喜んでいる。
そして、名乗りのトリを務めるのはカーマインとアスールだった。
「にゃんだかんだと聞かれたにゃらば、答えてやるのが世のにゃさけ。紅蓮の衝撃、ニャオカーマイン見参!」
カーマインは旅芝居の芸猫の如きノリの良さで見得を切る。
反対に、相棒のアスールは‥‥
「‥‥‥‥‥‥蒼穹の閃光‥‥ニ‥‥ニャオアスール‥‥」
目が泳いでいる。思いっきり泳いでいる。台詞も見事なまでに棒読みだった。
(星月さんの頼みじゃなきゃ、誰がこんなことするかよ‥‥)
そう、顔に書いてあった。
‥‥いや、だからそこはコードネームで‥‥ダメだ、聞いてない。
とにもかくにも、これで漸く百匹の名乗りが揃った。
最後にもう一度、全員で声を合わせてポーズをキメる。
「「ネコの元気は地球の未来! 萌える肉球魂! 百ニャン戦隊、ニャオれんじゃー‥‥参る!!」」
いつの間に仕掛けられたのか、背後で盛大な花火がドドンと上がった。
さあ無頼豚よ、大人しく我等のゴハンになるが良いっ!
「戦闘開始です!」
「トラニャン! 突撃にゃー!」
ハッパをかけられ、トラニャンは戦闘態勢に入る。低い姿勢から一気に近付き‥‥
「‥‥」
ぴたりと止まった。
「にゃ! トラニャン! どうしたにゃ!」
その目の前に、トラップがあった。お日様の匂いがする、ふっかふかのクッション。
「フニャッ! クッションにゃ!」
リュウニャンが声を上げるが、トラニャンの耳にはもう誰の声も届かない。
「トォウ!」
ぼふーん! トラニャンはクッションに向かってダイブした!
ごろごろくねくね、すーりすーり。クッションの上で仰向けになったり、頬擦りしてみたり。
「って! トラニャンさん! なにやってるんですか!?」
しかし、龍牙の声も届かない。
トラニャンはクッションを咥えると、すみっこの静かな場所に持って行った。
草の上に置いて、ぽふぽふと前足で形を整え‥‥ごろーん。
「‥‥ムニャムニャ」
「って! フニャー! トラニャン! 起きるにゃ! 来る前に寝てたにゃ! また寝るつもりかにゃ?」
しかし、トラニャンは既に爆睡している!
「グゥグゥ‥‥」
「にゅぅ‥‥」
トラニャンは実に気持ちよさそうな寝息を立てている。その姿を見ていると、リュウニャンも無性に眠くなってきた。
「リュウニャの入るスペースも作るニャ!」
ごそごそもそもそ、懐に潜り込む。
「にゅ! 丁度良い感じニャ!」
「戦闘中に寝るつもりですか!?」
龍牙が叫ぶが、二匹にはもう何も聞こえなかった。
「もう! ふて寝してやる! 場所少し空けて下さい!」
ぐいぐいぎゅうぎゅう、龍牙は二匹の間に無理やり潜り込む。
三色ぬこ団子、完成。
無頼豚は、まだ寝そべっていた。
小さな目をしょぼしょぼと見開いて、自分を取り囲んだ猫達の様子をうるさそうに眺めている。
時々思い出した様に、くるんと丸まった小さな尻尾を振った。
「百豚夜行を滅多切る和猫一刀流の力、見せてあげます」
その目の前で大仰に見得を切ったニャオホワイトは、ニャオブラック1号の繰り出す技に合わせ‥‥合わ‥‥せ‥‥られなかった。
鞘走った刀を手に呆然と見守るその目の前を、黒い疾風が駆け抜ける。
「必殺技その1、黒猫横断注意! 無頼豚の目の前を颯爽と横切ってやるのにゃー!」
人間達の間では、黒猫が目の前を横切ると何か不吉な事が起きるという言い伝えがあるらしい。
それは勿論ただの迷信で、近頃では却って喜ぶネコスキーも多い様だが‥‥まあ、それはそれとして。
「これをされた相手は、何か不運になった気分になるのにゃー!」
叫びながら、無頼豚の目の前を右から左へ、左から右へ。
「どうにゃっ!? 落ち込んだにゃっ!? これでもにゃっ!?」
しゅたたたたー、ずだだだだー、よろ、よろり‥‥
「ま、まだにゃっ!?」
疲れた。しかし途中でやめる訳にはいかない。
「無頼豚がこちらを見て落ち込むまで! 横切るのを止めないのにゃ!」
落ち込む様子は全くないが、とりあえず余りの鬱陶しさにイラッと来てはいる様だ。
無頼豚はのそりと起き上がると、猫一匹くらい軽く吸い込んでしまいそうな巨大な鼻の穴から、空気を吸引し始めた。目の前をチョロチョロする五月蠅い猫を、鼻息で吹っ飛ばそうと言うのだ。
しかし、ホワイトはその時を待っていた。
吸い込まれない様に死角に回り込むと、ホワイトは刀を振り回しながら無頼豚の鼻先に飛び掛かる。しかし刀はフェイント、本命は鞘の方だった。
ばちこーん!
『ぶふぉっ!』
鼻面を思い切り叩かれ、溜めた空気が空砲となって夜空に吸い込まれる。
『ぶごぉっ』
無頼豚は「ずるいぞ」と言っている様だ。しかしホワイトは首を振る。
「か、刀は一振りしか使ってないから一刀流なのです」
二刀流と言った覚えはないし、例え攻撃に使おうとも鞘はあくまで鞘であって、刀ではない。いとも簡単にフェイントにひっかかる方が悪いのだ。
『ぶもーっ!』
無頼豚、怒った。猛烈な勢いで地面を掘っている。これはどうやら、突進攻撃の予備動作らしい。
そこへすかさず、ブラック1号が何かを差し出した。
逞しいニャオクローで見事な千切りにしたキャベツ‥‥と言えば聞こえは良いが、実際は猫の爪で引っ掻いてボロボロにしたキャベツの成れの果て。それがボウルに山盛りになり、傍らには飲み水に見せかけたビールも添えてある。
(無頼とはいえ所詮は豚にゃ! 美味しそうな餌や飲み水を出せば食いつくハズにゃ!)
ビールとキャベツの餌は豚肉を柔らかくコクのある味にすると聞いた事がある。
「必殺技その2、特選高級豚肉育成レシピ! これで無頼豚のお肉は一層美味しくなるのにゃ!」
しかし‥‥
「‥‥攻撃じゃないにゃ!?」
ガビーン。
無頼豚の視線が痛い。その小さな目には、哀れみが込められている様な気がした。
「‥‥なんか、疲れたにゃ‥‥」
こうなったら、必殺技その3を出すしかない!
よろよろ、ブラック1号は戦線を離脱して、ごろーんと横になった。
「ホワイト、グルーミングをお願いするのにゃ。それで気を静めると共に疲れを癒すのにゃー」
「は、はい‥‥」
これで本当に疲れが取れるのだろうかと思いつつ、ホワイトはブラック1号の艶やかな黒い毛を舐めてやる。
「気持ちいいにゃー」
ぐるぐるごろごろ、喉を鳴らす。
しかし‥‥
「‥‥必殺じゃないにゃ!?」
がぼーん。
「行くニャよ、エルレーン! タイミングを合わせて攻撃ニャ!」
「はいなのニャ、ルーガ! がんばるぅ!」
金銀師弟コンビが息を合わせて、無頼豚の尻に飛び掛かる。
「ツープラトンニャンパーンチ!」
ぼよーん!
しかし、二匹はそのオスのくせに妙にせくすぃーでムッチリプリプリな尻の肉に弾かれ、跳ね飛ばされてしまった。
何という弾力! これではネコパンチやネコキックで打撃を与える事は難しい。自慢の爪も、ツルリと滑ってしまうだろう。
「流石はラスボス、無頼豚ニャ」
受け身を取って見事に着地を決めたゴールドが悔しげに言う。
しかし、いくら無頼豚でも腹の肉までは鍛えられないだろう。と言うか、腹の辺りは見るからに脂が乗って美味そうだ。
「後ろは駄目ニャ! 腹を狙うニャ!」
「はいなのニャ、ルーガ!」
弟子に指示を出し、華麗にジャンプを決めて飛び掛かろうとしたゴールドは、そこでふと足を止めて弟子に向き直った。
「エルレ‥‥いニャ、ニャオシルバー」
「はいですニャ、ルーガ」
「‥‥私はニャオゴールドニャ。ルーガではニャい」
戦闘中にもかかわらず、この落ち着き。この余裕。流石は師匠、寧ろ戦闘前よりも冷静だった。
「あ‥‥っ! ごめんニャさいなのニャ‥‥っ!」
弟子の反応にイイ笑顔でサムズアップを返すと、ゴールドは天高く舞い上がった。
気合いを入れ直したシルバーが一撃を喰らわせた所に、間髪を入れずゴールドが大上段から飛び掛かる。
「コンビネーションネコキイィック!」
続けて両サイドから同時に攻撃を見舞った!
「ニャンダフル・クロスアターーーック」
『ぶごふぅっ』
無頼豚の口から赤い泡が飛び出した。
行ける! この調子で攻撃を叩き込むのだ!
しかし流石はラスボス無頼豚、そう簡単に倒されるタマではなかった。
ぽとり、二匹の目の前に何かが投げ出される。
「にゃっ!?」
「にゃにゃっ!?」
どれだけ技が冴え渡ろうと、そこは猫の哀しさ。ゴールドにはマタタビ、シルバーにはオモチャに弱いという致命的な弱点があったのだ!
「う、うにゃ‥‥っ、くう、最近またたび断ちをしていたのに‥‥」
その場でくったりぐてえっと伸びたヨッパライゴールド。飲み過ぎには注意しましょう。
「はにゃにゃー!! あわわわわっ、て、手が勝手にぃ」
ネズミのオモチャを転がして、戦線離脱するシルバー。遊び過ぎには注意しましょう。
「今度はあたしが行くにゃっ!」
漫画肉と氷剣「IスキャンD」を振りかざし、ブラック2号が走る。
「にゃにゃっ、豚さんもこんなお肉にしちゃうんだにゃ!」
ぶんぶんっ!
「豚さん、アイスキャンディー食べるかにゃ?」
ずぼっ!
地面を蹴って軽々と飛び上がると、ブラック2号はその両方を一本ずつ、無頼豚の鼻の穴に突っ込んだ。
しかし‥‥
『ぶふぉーーーっ!』
無頼豚は鼻息でそれを吹っ飛ばす。巻き込まれて、ブラック2号も一緒に吹っ飛んだ。
「ぎにゃあああああっ!! 豚さん痛いんだにゃあ〜!!」
じたばたじたばた。
「豚さんのバカぁ〜! あたしもう知らないっ!」
つーん。
拗ねた。泣きながら隅っこの壁に向かって座り、ざりざりと前足を舐める。どうやら気分を落ち着かせている様だ。
『ぶひ‥‥』
そんなブラック2号の背に、無頼豚が声をかけた。
「‥‥え、なに? 豚さん‥‥」
あれ、何か良い匂いがする。もしやこれは、豚まん!?
「にゃにゃっ、食べ物は全部あたしのものにゃあ♪」
ブラック2号は、いつの間にか背後に置かれていた美味そうなほかほか豚まんに飛びついた。
しかし、それは勿論‥‥無頼豚の罠だ。
「うにゃあ‥‥‥‥何だか体か火照っちゃったんだにゃあ‥‥‥‥」
ふらーり、ふらふら‥‥へにょん。
豚まんに仕込まれたマタタビに酔ったブラック2号は、へなへなとその場に倒れ込む。
もう、戦闘意欲は欠片も残されていなかった。
そんな仲間達の姿を見て、ニャオブラウンは「ちっちっちっ」と人差し指を振った。
「漢の戦いを見せてやるニャ」
最前線に立ち、機関銃で段幕を張る。いや、まだだ。
「今のは弾幕ではにゃい‥‥点射ニャ」
50発ほど撃っただけでは弾幕とは呼べないのだ。
今から見せるのが、本物の弾幕。目ん玉ひんむいて、よく見るが良い。
ドドドドガガガガドガガガガッ!
弾薬を連ねた長い長いベルトが、瞬く間に短くなっていく。
因みに撃ってから狙うのが漢のスタイルだ。
「無から有は生まれないのニャ」
考えるより先に走れ! 狙う前に撃て! そして、戦うと決めたら矢折れ刀尽きるまで一歩も退くな!
誰の教えか知らないが、とにかく漢とはそういうものなのだ。
「これが弾幕ニャ」
残弾を全て撃ち尽くした機関銃は、銃身が焼け落ちて白い煙を上げていた。
その煙をふっと吹き払うと、ブラウンはこれで漢の仕事は終わったとばかりに背を向ける。
「弾幕に弱点はにゃいニャ。高密度の射撃に立ち向かうのは無謀でしかにゃいのだニャ」
しかし、弾幕に弱点はなくても、それを繰り出すのは人間‥‥いや、猫だ。
そしてクールに決めたブラウンにも、たったひとつ‥‥致命的な弱点があった。
「‥‥ニャッ!?」
ひくん。ひくひく。ブラウンの敏感な鼻が、何かの匂いをキャッチする。
「こ、これは‥‥っ!」
好物のオムライスだ。
「流石は無頼豚、我の好みまで完璧にリサーチ済みとは敵にゃがら天晴れニャ‥‥」
罠と知りつつ、ふらふらと吸い寄せられる。
「家庭料理と職人料理の狭間に位置するオムライスこそ、至高‥‥!」
主観だが、物事を主観で語れずして真の漢と言えようか。
ブラウンはじりじりと距離を詰め、遂にオムライスの真ん前に辿り着いた。
しかし‥‥そのオムライスには何と、タマネギのみじん切りが入っているではないか!
ネギ類は、猫にとっては猛毒なのだ。命を落とす事も珍しくない。そんなものを好物に仕込むとは、何と卑劣な!
‥‥でも、食べたいニャ。
‥‥いやいや、これは毒ニャ。食べたら死ぬニャ。
‥‥でも美味そうニャ。
揺れ動く欲求と自制心の狭間で、ブラウンは身動きが取れなくなっていた。
しかし、無頼豚が繰り出す数々のトラップには見向きもしない強者がいた。
エサやじゃらしには目もくれず、エバーグリーンは突っ走る。
「グルメな私を侮らないでくださいニャ。じゃらしも飼い主の技に比べたら‥‥ふっ、ド素人ですニャー」
トラップ地帯を駆け抜け、近くの塀に飛び移ったエバーグリーンは、その上から攻撃力を増強させた必殺の弓を放った。
「祖国の緑、必殺タイガアロー!」
次々と放たれる矢の雨が、無頼豚の背に降りかかる。その援護を受けた他の仲間達が無頼豚を追い詰めていった。
「針鼠ならぬ針豚になれですニャン」
仲間の動きを敏感に捉え、得物をSMG「ターミネーター」に持ち替える。反撃に出ようとする無頼豚の動きを弾幕で抑えながら、エバーグリーンは塀の上で得意げに胸を反らした。
だが、その時‥‥風に乗ったマタタビの香りが鼻をくすぐる。
「く、これは‥‥」
誰かが引っかかったトラップから漂って来たものらしい。
その香りを吸い込んだ途端、エバーグリーンの足下が怪しくなった。ゆらりと揺れたかと思うと、落ちる様にして塀から飛び降りる。次の瞬間、弾かれた様に飛び出した。
それは猫疾走よりも遙かに速い、猫爆走。ニャオれんじゃーの中でも極めた者は殆どいないとされる幻のスキルだ。
エバーグリーンは目にも留まらぬ速さから、渾身の猫パンチと猫キックを叩き込む。
「酔えば強くなりますニャン、ひっく」
ふらーり。
エサもオモチャも効かず、マタタビには酔えば酔うほど強くなるというエバーグリーンには、一分の隙もなかった。
そしてマタタビトラップが通用しない強者は、ここにもいた。
ニャオカーマインはフラつく足取りで無頼豚に接近すると、ヨッパライの不思議な踊りにしか見えない動きで斬り付ける。しかし、その狙いは正確かつダメージも大きかった。これぞ酔拳、いや酔剣。
とは言え、非常識な生命力を誇る無頼豚を弱らせるのは容易ではない。
「ニャオアスール! 今こそ合わせ技を決めるにゃ!」
合わせ技と聞いて、何故かぽっと頬を赤らめるアスール。しかし‥‥どうにもノリが悪い。
猫か。猫なのが気に入らないのか。猫でなければやる気が出るのか。
よし、わかった。
「仕方にゃー‥‥」
のそりと近付くと、カーマインはアスールの耳元で、とっておきの何事かを囁いた。
「‥‥真剣にやってくれたにゃらば‥‥ごにょごにょごにょーら。ごにょごーにょ‥‥をしてやるにゃ」
「‥‥‥‥? ‥‥!!」
アスールの鼻と耳から、蒸気がぼふんと噴き出す。
「さらに‥‥ごにょごにょごにょ‥‥‥‥までつけてやろう。どうだにゃ?」
「‥‥っ!!!」
(あんな事を!? 星月さんがあんな事をしてくれる!!?)
いや、だからニャオカーマイン。って、聞いてないか、やっぱり。
「無頼豚! 星月さんの為に倒させてもらう!!」
ご褒美に釣られて俄然やる気を出したアスールは、ロングライフルを連射する。
その射撃に合わせて突撃したカーマインが、ざっくざっくと斬り付けた。
フィニッシュは連射しながら無頼豚の懐に飛び込んだアスールの零距離射撃と、カーマインの刺突のコンボだ。
「行くにゃ! 必殺、ランページ・キャッツ!!」
決まった‥‥!
皆の頑張りで、戦いもそろそろ大詰めを迎えようとする頃。
「‥‥」
むくり、トラニャンが起きた。
いつの間にか傍に置かれていた食べ物の匂いで夢から引き戻されたのだろうか。
のそのそとエサに近付いたトラニャンは、ふんふんと皿に盛られたねこまんまの匂いを嗅ぐ。
「‥‥」
とりあえず、毒ではない様だ。
遠慮なく頂こうと大口を開けた、その瞬間。
――ひゅぅるるる‥‥
何かが空から降ってきた。身の危険を感じたトラニャンは、咄嗟に自分の身を守る‥‥前に、大事なエサを確保しようと、皿を咥えて安全な場所に引きずって行こうとした。
しかし!
――べしょんっ!
その鼻先で、哀れねこまんまは皿ごとひっくり返り、潰され四散し泥だらけに。
「‥‥」
トラニャンはがっくりと肩を落とすと、足下で無残な姿を晒すねこまんまを見つめていた。
いや、降ってきたニャオピンクに罪はない。
悪いのは無頼豚だ。
「‥‥上等!」
怒った。まるで大型肉食獣の様な顔つきで、無頼豚を睨み付ける。
「その命‥‥諦めてくれ」
食い物の恨みは恐ろしいのだ。ダメになったねこまんまの代わりに、大人しく胃袋に収まるが良い!
本気を出したトラニャンは強かった。相手の関節だけを狙って牙を突き立て、まずは機動力を封じようとする。
『ぶもっ! ぶももっ』
「にゃうぅっ! にゃうにゃうぎゃぉうっ!」
周囲が俄に騒がしくなった。
「‥‥にゃ?」
その音で、リュウニャンが目を覚ます。
「にゃ! 寝てたらひゃくにぃが本気出してたニャ!」
いや、寝ぼけちゃだめだよ。今はひゃくにぃじゃなくて、トラニャンだから。
「あ、そうだったにゃ!」
次いで龍牙も目を覚ます。
「しまった! つい気持ち良すぎて寝てしまいました!」
どうしよう、全然戦ってない。ニャオれんじゃーの一員として、これは非常に拙いのではないか。
しかし、まだ間に合う。今ならまだ、手柄を立てる余地がある筈だ。
「今が! 合体技のチャンスにゃ!」
リュウニャンが叫ぶ。そうか、その手があった!
「龍ちゃん! ひゃ‥‥トラニャンの背中に乗るにゃ!」
「リュウニャ様! 合体技ですね! 了解です♪」
龍牙はしゅたっと走ってトラニャンの背に飛び乗った。
「‥‥構わん‥‥乗れ」
トラニャンがぽつりと言う。乗って良いかとも訊かれなかったし、もう事後だけど。
更にその上にリュウニャンが乗って、ぬこ重三段重ねが完成した。
「「必殺! にゃんにゃんヴァスター!」」
上に乗った二匹が叫ぶ。すると、トラニャンの口から‥‥
――ドォォン!!
「!?なんか口から射出(で)た!?」
それは、白く輝く高エネルギー弾。
光の弾は無頼豚に向かって真っ直ぐに突き進むと、その体を呑み込んで炸裂した。
「これで、終わりにゃ!」
「これで、終わりです!」
真っ白な光の向こうから、肉の焼ける香ばしい匂いが漂って来る。
『ぶ‥‥ぶひぃ‥‥ん』
無頼豚は虫の息だ!
「最後のトドメは百匹全員の力を合わせた超コンビネーション猫キックニャー!」
ニャオエバーグリーンの叫びで全ての猫が力を合わせる!
戦いに巻き込まれて右往左往していたニャオ漆黒も、この時とばかりに頑張った!
「「必殺! 百烈猛爆シュートぉぉぉっ!!」」
どかどかどかーーーん!!
一列に並んで見守るニャオれんじゃー達の目の前で、無頼豚の体はゆっくりと崩れ落ちる。
その動きに合わせる様に、猫達はくるりと背中を向けた。
思い思いに勝利のポーズを取る猫達の背後で、巨大な黒豚は爆発に呑み込まれる。
燃えさかる炎と沸き上がる煙。それを背にした猫達の顔を、昇ったばかりの太陽が照らす。
「ニャオォォォーーーン!」
誰かの雄叫びが聞こえる。今ひとつ迫力には欠けるが、そこは猫だから仕方がない。
長い戦いは終わった。
猫の世界に夜明けが来たのだ。
すっかり昇りきった太陽の下、無頼豚の弔いが始まった。
最後は爆発に巻き込まれ、盛大に燃えていた無頼豚だが、あれは所謂演出というものだ。
実際にはきちんと焼いて、荼毘に付す必要があった。
という訳で‥‥
「丸焼き以外のお肉が欲しい方は申し出て下さいね。切り分けておきますから」
ニャオホワイトの言葉に、既にかぶりついていたトラニャンは、名残惜しそうに無頼豚から口を離した。
「豚さんのお肉は生で食べると危険ですから、きちんと焼いて下さいね」
言われて、トラニャンは素直に大きな切り身を貰って行く。うっかり呑み込まない様に気を付けながら、いつの間にか設営されていたバーベキュー会場へと、それを運んだ。
金網の上にどさりと降ろすと、隣ではニャオエバーグリーンが豚汁や焼き豚、豚の角煮、豚しゃぶなどなど、様々な料理を作っている。彼は料理も得意なのだ。
「‥‥味見しても‥‥いいか?」
訊ねたトラニャンに、エバーグリーンは笑顔で頷く。
「猫舌にー、気をつけてー、くださいニャ〜」
こくり、頷いて一口。
‥‥美味い。
これは、ワイルドに丸ごと齧り付こうと思っていたこの肉も、きちんと料理して貰った方が良いだろうか‥‥?
そうこうしているうちに、向こうでは豚の丸焼きショーが始まった様だ。
「ごちそうにゃー! 丸焼き! 丸焼き!」
ブラック1号は、両手に持ったナイフとフォークをチンチンと鳴らしながら待っている。
そのリズムに合わせて、ホワイトは丸焼き台に乗せた巨大な豚をぐるぐる回して‥‥まわ、し‥‥、‥‥一人じゃ、回らない。こんな大きいの、無理。ダレカタスケテー。
やがて、こんがり焼けた巨大な丸焼きが火から下ろされる。祝勝会の始まりだ。
「とっても上手に焼けました♪」
と、ホワイトの言葉も終わらないうちに、丸焼きに突進する猫達!
「たらふく食べるにゃー!」
がつがつ、もりもり。盛大に食らいつくブラック1号。
「これぞ勝利の味なのにゃ!」
ブラック2号の周りには、各種豚肉料理がずらりと並んでいた。
「にゃにゃっ、豚さん美味しいんだにゃ♪」
好き嫌いは言わない。って言うか、こんな美味しいものを全て食い尽くさずして何とする。
巨大な豚はあっという間に骨になり、骨に付いた肉の欠片さえ、猫特有のザラザラ舌で舐め尽くされてしまった。
満腹になった猫達は、思い思いの場所で食後の毛繕いを始める。美味いものを食べた後のお手入れは、いつにも増して丁寧だった。
しかし、中には横着して寝転んだままの猫もいる。
「‥‥」
ニャオカーマインは、腹を上にしたヘソ天状態で寝転がっているニャオアスールをじっと見つめ‥‥
――ざりん。ざりざり。
その顔を、舐めた。
(星月さんが‥‥な‥‥舐め!?)
驚き硬直したアスールの顔から耳、首筋から体へ、カーマインはそれはそれは丁寧に舐める。
どきどき、ばくばく。半ばパニックに陥ったアスールはしかし、一抹の不安に襲われる。まさか、あの約束はこれでチャラとか‥‥!?
「こ‥‥これで誤魔化されたりしませんよ。ちゃんとさっきの約束は果たしてもらいますから!」
しかし、カーマインはアスールのそんな反応などお見通しとばかりに余裕の笑みを浮かべた。
「心配せんでもさっきのは戻ってからちゃーんとやってやるにゃ」
「‥‥っ!」
青猫が、赤猫になった。赤いなんてものじゃなく、それはもう真っ赤っかに。
そんな仲間達による弔いの様子を、ブラウンはひとり泰然と眺めていた。
(弔い‥‥とむら‥‥弔ってはいるのかニャ)
酒池肉林の戦勝パーティーにしか見えないが、無頼豚を送るには、これが相応しい形かもしれない。
「にゃつの身体は薬莢と共に土へ帰り、その魂は銃声と共に天へ還ったニャ」
ブラウンは空に向けて別れのサインを送る。
さらば、無頼豚。
君の美味しさは、決して忘れない――!