●リプレイ本文
「ありがとう、ワガママ言ってごめんね!」
フィオ・フィリアネス(
ga0124)は整備員達に向かって手を振ると、黄金色に輝く愛機のコックピットにひらりと収まった。
彼女にとっても今日が最後の出撃。記念の日だからと特別に「ゴールドラッシュ」を換装して貰ったのだ。
「あんたとも長い付き合いだったよねー」
操縦桿をきゅっと握ると、手に吸い付く様な感触が返って来る。
これまでに何度、こうして操縦桿を握って来ただろう。
今日の主兵装は突撃仕様バルカン、この機体に一番最初に取り付けた武器だ。
「最後にもうひと働きしてこようか?」
キャノピーが音もなく締まり、エンジンの回転数が上がる。
『管制塔へ。フィオ・フィリアネス。R−01改「ゴールド」出まーす』
スロットル全開。
さあ、最後の空だ――
赤い月の無い空。一点の曇りも無い、どこまでも続く青。
「綺麗‥‥」
ケイ・リヒャルト(
ga0598)は「トロイメライ」のコックピットでひとり呟く。
長い戦いの末に、漸く取り戻した空。
しかしそれ故に、今後は飛ぶ機会も少なくなっていくのだろう。
「そう思うと、それはそれで何だか寂しい気もするわね」
『でも、自由な空ってのもいいものだよね』
回線を開いたままにしてある通信機が、ルナフィリア・天剣(
ga8313)の声を拾った。
行く手に見えるのは、花、花、花。
『わぁ‥‥ほんとにお花が漂ってる‥‥』
これはフィオの声。
『空飛ぶ花園って訳かい。ホント、バグアのやる事はわかんねーや』
そう言いつつも嬉しそうな声はビリティス・カニンガム(
gc6900)のものだ。
『‥‥こんなキメラが、居たんだ」
これは殺(
gc0726)の声。
『今回の任務は、この花を撃墜する事‥‥ですか』
周防 誠(
ga7131)の声も、どことなく楽しそうに聞こえる。
しかし危険はないと言われても、そこはやはりキメラ。
本当に大丈夫なのだろうかと、フィオは少し不安になる。
だが、こんな事もあろうかと事前に調べておいた人物がいた。
「そこは大丈夫そうですよ」
答えたのは「俺の嫁」のコックピットに座る森里・氷雨(
ga8490)だ。
念の為に空域直下の地上動静や同域のバグア動静、撤退済みバグアの声明などの情報を集めてみたが、これを作った者の意図はわからなかった。
だが、少なくとも悪意をもって作られたものではない様だ。
この空域には輸送機等の痕跡もない。という事は、どこかのプラントで作り出された後に自力でここまで漂って来たのだろうか。
「本当に餞のために浮かべられた花なら‥‥」
気圏を飛ぶ最後の仕事が、誰かの為の配達業務というのも悪くない。
「‥‥あー、何だ、危険性は低そうだな」
低いと言うか、ほぼゼロに等しい。
愛機「フィンスタニス(VI)」のコックピットで、ルナフィリアは苦笑いを浮かべた。
「なら、気ままに飛ぶか」
ただ飛ぶ事を楽しむ。以前には考えられなかった事だ。
「うおー! すっげ、マジで空中庭園だぜ!」
いつの間にか高度を上げたビリティスが興奮した声を上げる。
眼下には一面に広がる花の絨毯。
時折薄い雲が流れては消えるその様子は、話に聞く天上の花園を思わせた。
手持ちのカメラやガンカメラで、ビリティスは写真を撮りまくる。
と、その脇を猛スピードで掠めて行く機体があった。
「何だ!?」
一瞬、隕石でも落ちて来たのかと思った。
しかしそれは――
「やっと平和な空が戻った‥‥。この美しい星を守る事が出来た」
空と宇宙の狭間に愛機「天之尾羽張」を漂わせ、孫六 兼元(
gb5331)は頭上に見える青い惑星に思いを馳せていた。
これが、自分が守り通した惑星の姿。それを脳裏に焼き付けながら、孫六は重力に身を任せる。
この鎖を断ち切って、宇宙へ飛び出す選択をした仲間もいた。
しかし、孫六は‥‥
「後は残務処理と、明るい未来だ!」
機首を地上に向け、ブーストに点火。一気に加速して花畑を目指す。
更にツインブースト・OGRE/Bを起動させ、目に入った巨大な花――ラフレシアとスマトラオオコンニャクを、その翼で断ち切った。
「KV兵法・隼鷹!」
真っ二つに割れた花は、優雅さとは程遠い姿で落ちて行く。
だが幸い、それが発する腐臭まではコピーされなかった様だ。
「だからって、コレを降らせるのは無粋ってモンだろ」
ビリティスがそれを追って急降下。
「いっちょお掃除すっか! 行くぜテラヴェロス!」
『うむ、我が力思い知らせてくれるわ!』
ボイスチェンジャーから返って来る野太い声と共に、ホーミングミサイルで粉々に吹き飛ばした。
「‥‥そういう依頼じゃねーけどなっ」
と、スピーカーから豪快な笑い声が響く。
『すまんすまん、手間をかけさせたな!』
声の主は「ガッハッハ!」と笑いながら水平飛行に移り、今度は桜の花が群れ集う場所へ、バレルロールで斬り込んで行った。
染井吉野、枝垂桜、牡丹桜‥‥萼に斬り付けては花びらを散らして行く。
『各種サクラの桜吹雪だ!』
一面の花畑に、雪が舞っている様にも見えた。
「このまんま飛ばしておきてえ位だが‥‥キメラだし駄目だよなあ」
その様子を写真に撮りながら、ビリティスが呟く。
『この上は速やかに引導を渡すべし。余、テラヴェロスのやり方でな』
「ああ、わかってるって!」
テラヴェロスは機首を下に向け、花畑の下側に回り込んで行った。
「なるほど、あれは斬り付けても良いのか」
その様子を見て、殺が呟く。
ならばと自分もエアロダンサー改を起動して「天人」を人型に空中変形させ、機刀「獅子王」で斬り付けてみる。
何の花かわからないが、薄紅色の花弁がはらりと散った。
「舞い散るは、花弁の如くとあるが‥‥正しくだな」
次は少々派手に、ちょっとだけアクロバティックにやってみようか。
「アグレッシブトルネード改、起動っと」
芍薬、牡丹、そして百合。美人の姿に例えられる花々を一気に斬り付けてみる。
「三連星、なんちゃって」
おまけにストライクシールドで一撃を加え、ダリアの花を散らしてみた。
「四方散華、舞い落ちる花は万華鏡の如くって感じかな」
花びらの中を舞いながら、天人は再び飛行形態に戻る。
「こうして自由に飛べる日が来るなんて‥‥」
もう、この空は戦場ではない。
「あぁ、このまま飛び続けられたら――」
いや。出来ないからこそ、尊いか。
それでも、今は出来る限り長く、この空で遊んでいたかった。
ルナフィリアは気紛れで搭載していたスモークで虹色の雲を描きながら宙返りをしつつ、高速ミサイルを花に向けて撃つ。
続けてロケット弾に、長距離バルカン‥‥
「とりあえず一通り使ってみるかな。どうでもいいけど言う程命中精度悪くないよね、このロケット弾」
接近した所で強化型ブラストシザースに切り替え、ブーストで一度距離を取ってから急旋回、レーザーライフルで萼を撃ち抜く。
「KVの中では鈍重だけど、それでもKVだからこんな真似も出来る訳で。しかしKV出現以前の人が見たら腰を抜かしそうな機動だな、我ながら」
普段は一撃離脱と遠距離射撃が主軸の戦闘スタイルをとっている。
こんな派手な飛び方をしたのは初めてかもしれない。
だが、今は好きに飛べる状況なのだ。
「折角の機会だし、偶には遊びを入れてみるのも悪くない」
氷雨もまた、気圏飛行の名残にと気ままな機動を楽しんでいた。
「普段の戦闘では試みる機会がありませんでしたからね」
自由な飛行を楽しみながら、氷雨は花の雨を降らせる。
自機・僚機・気圏の空と海と地上に居る『誰か』へ向けて、ただ美しく。
「バグアの意図が誰宛てでも、各々が自分への餞、大切な人への餞と思えばいい」
旅立つ者、路を拓く者、それぞれの翼にも花びらが舞う。
「思えば、このライフルとも長い付き合いでしたね‥‥最後まで、頼みますよ?」
誠は「ゲイルIII」に搭載したスナイパーライフルの照準を合わせる。
舞い散る花に銃弾が混じるのは無粋な気がした。
花の中心を撃ち抜くと、花弁が見事にばらけて散った。
「なんか、みんな楽しそうだな‥‥」
仲間達の様子を見て、フィオはウズウズしてきた。
「よし。参戦〜」
ちょうど目の前にあった大ぶりな椿の花をバルカンで撃ち抜いてみた。
普通、椿の花は丸ごと落ちるものだが、こうして散る姿もまた良いものだ。
「ねえねえ。皆これからどうするの?」
次々と花を撃ち抜きながら、フィオはふと翼を並べて飛ぶ仲間達の声を聞いてみたくなった。
透明な蒼いこの空を皆はどんな想いで今、飛んでいるのだろうか?
「あたしは傭兵引退して、学校行きなおそうと思ってるの」
それに応えて、ルナフィリアの声がした。
『今後か‥‥最先端の最果てに到達したいから、研究者になろうかなぁとか考えてる』
具体的にはエミタやバグア技術・能力の研究をするつもりらしい。
『俺もこの依頼を最後に予備役扱いとなります』
氷雨にとっても、気圏を戦闘機乗りとして飛べるのは今日が最後だった。
緊急招集でもない限り、もう飛ぶ事はないかもしれない。
『ワシは能力者としての力を活かした、民間のSARを設立する心算だ!』
今度は孫六の声。SARとは、捜索救難隊の事だ。
『あたしは傭兵続けるつもりさ』
そう答えたのはビリティスだ。
「ほら、あたしはこれから家庭持つわけじゃん」
こう見えて、既に人妻。
「金が幾らあっても足らねーし、養ってもらうだけってのは性に合わねーしな」
そう言いながら、ビリティスはたんぽぽの花をウィングエッジの腹を使って器用に集め、下からスナイパーライフルを連射した。
萼を正確に撃ち抜かれ、花びらが一気に散る。
「やっぱ花びら多いと派手だな!」
『フランスではたんぽぽの事をおねしょ(pissenlit)と言うのじゃ。為になったであろう』
「そーいやあたし、依頼中に何度もちびったけど流石に寝小便は‥‥っておい! 今のは嘘な! みんな忘れろよ!」
わかった、記憶に刻み付けておく。
「これが最後のフライトですって?」
それぞれが未来への展望を語る中、ケイはトビウオにそう声をかけた。
また一人、空から去っていく。ならばせめて華々しく送り出そう。
ほら、丁度あそこに‥‥
「スイートピーの花言葉は、門出、優しい思い出、永遠の喜び‥‥」
『へぇ、物知りだな』
トビウオからの返事が返る。
「沢山あるわね‥‥それなら派手にいきましょ」
ケイは微笑と共に軽やかに機体を回転させると、花達よりもやや低い位置からK−02でマルチロック。
これから新しい人生を送る貴方に。
そして新しい一歩を踏み出すこの世界に。
「いってらっしゃい!」
五つの花が一斉に弾ける。
その柔らかな花弁はとても優しく見えた。
「自分の場合、とりあえずは北海道周りの復興事業ですかね」
次々と散りゆく花達を見ながら、誠はそう答えた。
「一傭兵としてではありますが、多少なり関わった以上、最後までできる限り協力していきたいと思っています。その先は‥‥」
自分の傭兵生活はこの機体と送ってきたといっても過言ではない。
戦争がなくなったからといって手放す気は、さらさらなかった。
「こいつを活かせる商売‥‥そうですね、運送業でもやってみようかと思ってます」
クノスペ等と比べて積載量では劣るが、これでも最速のKVだ。
「どこにでも、素早くお届けします、なんて売りにできそうじゃありませんか?」
ワイバーン急便、みたいな。
「戦争中飛んでばっかだった自分も、こういう風に考えてるわけです」
誠はトビウオに向けて言った。
「空を飛ぶのは軍人だけじゃありませんしね。飛ぶのが好きなら、航空会社とかに再就職ってのも手かもしれませんよ?」
何しろ、空を飛ぶのを邪魔する敵は、もういないのだ。
そう言いながら、誠はガーベラの花を撃つ。
『ガーベラ達の花言葉は、チャレンジ、崇高な美、冒険心、究極の美、そして‥‥』
ケイの言葉に、誠も声を重ねる。
「「希望」」
二人が降らせる色とりどりの花弁を地上から見上げたら、どんなにか綺麗だろう。
「人々の未来に、希望があらんことを‥‥なんてね」
その花吹雪の中を、トロイメライは優雅に抜けて行く。
目指す先は、あの一際高空に浮かぶ大輪の赤い薔薇――
ブーストで急上昇し、空中変形から練剣を一振りすると、鮮やかな紅が咲く。
その中を、不死鳥は尚も上昇を続けた。
「そうだ。ちょっと腕比べしてみませんか? 狙撃できる武器で」
フィオが再び皆に呼びかける。
『よし、やるからには全力勝負だ!』
孫六が応える。
ルナフィリアもスキル全載せの本気で挑んで来た。
「大人気無い気もするが、勝負で手抜きする方が好みじゃない」
人類を見縊っていたバグアじゃあるまいし――
「アサルトフォーミュラBモード、ブースト起動‥‥そこだっ!」
『むう、ワシも負けてはおれん!』
孫六もAAS−10kvで次々に標的を撃ち落としていく。
『トビウオ、キミもやらんかね?』
『望む所だ!』
本気の勝負とは言え、皆楽しそうだ。
「皆、お相手ありがとー」
フィオは忘れな草をロックオン。
私を忘れないで――花言葉に込められたその想いを射抜くのは乱暴な感じもするが、花びらを降らせる事で想いが成就するよう祈りを込める。
「地上で受け取った人には、きっと伝わるよね」
最後の締めに、孫六はムスカリを散らしに掛かった。
その花言葉は絶望・失意。だが通じ合う心・明るい未来という意味もある。
「絶望と失意を斬り伏せ、ワシの刀で未来を切り開く! 舞い散る花は、その為の花道だ!」
軸を撃ち抜くと、淡い紫色の花が鈴の様に散った。
「トビウオ、空も海も、何時も其処に有る。想いを忘れなければ、また飛ぶ事も出来るさ! 人間、想い・信念が有れば、不可能は無いのだから!」
『ああ、そうだな』
トビウオの返事は少し笑いを含んで聞こえた。
もしかしたら、今後の進路について多少の変更があったのかもしれない。
「新たな門出へのブーケトス、受け取って下さい」
折角の女性型機体なのだからと、氷雨は僚機の上から花びらの雨を降らせる。
「花びら達が舞い降りるのを見ると、戦いが終わった大地を祝福するシャワーのようだね」
フィオは手を止めて、暫しその光景に見入っていた。
更にその上を飛ぶケイは、地上の様子を思い描きながら呟く。
「色んなことが在ったわ。まだ‥‥平和とまではいかないのかもしれない」
だけど。願わくば。
「皆が幸せでありますように。美しいモノを美しいと思える世界でありますように」
上空に漂う花も、残り僅か。
「地上に戻ったら、記念撮影と行こうぜ!」
ビリティスが言った。
「出来上がったら送るからな。みんな、いつかどこかで会う事があったら宜しく!」
空には氷雨が描いた大きなハートが浮かんでいる。
「じゃ、またな!」
『さらばじゃ!』
また逢おう。
いつか、どこかで。
空は繋がっている。
そして、この空は――自由だ。