タイトル:CoffeeSlakeマスター:墨上 古流人

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/17 14:20

●オープニング本文



 某所某日某時刻
 雨は上がったが空は曇天、しかし心地よく澄んだ冷たい空気の下、
 ラストホープの一角にあるスイーツショップ『スリジエ』には、
 つい甘いものを口に含みたくなるような、馥郁(ふくいく)とした豊かな香りが店内に広がっていた。

「‥‥雅ぃ、全部同じな気がしてならないんだけど」
「店長、あんたはそれでも仮に喫茶をやってく気があるのか‥?」
『休憩中』と下げられたドアの向こうでは、灰色頭に今日とてスーツの井上 雅、
 そして、よれよれの薄汚れたコックコートに身を包んだ、妙齢の女店長が腕を組んで立っていた。
 二人の前のテーブルには、グラスとスプーンがそれぞれ5つ、
 湯気の立つグラスの中には、挽いて細かくなった珈琲豆が、グラス毎に黒の濃淡の違いをつけつつ、沈んでいた。

「紅茶も珈琲も料理長に任せてるんだよ。それに、元々うちは紅茶派なんだ。あまり珈琲が目立つと、茶葉の香りがゴッチャになるだろう?」
「だからこそ、種類が少ない分、厳選したコーヒーを提供すべく、あんたがコーヒーに詳しくなるのは無駄じゃない。さぁ、続けるぞ」
 まだ始めてもいない時点で、もうウンザリと言う顔をした店長と、
 いつものポーカーフェイスながら、多少鼻息が荒くなっているようにも感じる雅。
 二人は、コーヒーのカッピングというものをしていた。
 これは、コーヒーの香りや風味、後味、酸味、質感、甘さ、苦さ等を細かく分析し、
 消費者の誰もが『美味しい』と言えるコーヒーを選出する、いわゆるテイスティングである。
 本来はそんな『スペシャリティーコーヒー』と言うものを格付けする為のものだが、雅曰く、味覚のトレーニングなのだという。

「あんたがそんなに珈琲好きだとは知らなかったよ‥‥」
 店長がカッピング用のスプーンにコーヒーをすくい、音が出るほど強く一気に吸い込む。
 普段なら行儀が悪いところだが、口の中で霧状にすることで舌全体で味覚を調べ、
 鼻腔の嗅覚を刺激するところまで届かせるのが目的、とは雅談。

「俺はここに来るといつもコーヒーを頼んでいたと思ったがな。特に煙草とコーヒーの組み合わせは、仕事後の心地良い疲労と共に嗜めばたまらないものだ」
 腕を組み、彼女の行程を見守る雅。
「しっかし、今の世の中、珈琲も貴重品じゃないか。そんなに好きなら、こだわると結構入手はムズいんじゃないのかい?」 
「確かに、な。農園がバグアの被害にあって、市場に出回らなくなったものも多いだろう。紅茶も然りじゃないのか?」
 雅が首だけカウンターへと向ければ、色とりどり、大きさも様々な茶葉の缶が棚にずらっと並ぶ壮観な光景が視界に入る。
「紅茶は‥‥有名どころのスリランカが支配でも競合でもないからね、そこだけでも、ダージリン、ウバ、ルフナ、ディンブラ、ヌワラエリヤ、キャンディ‥‥こんだけあれば、後はバラエティ豊かなスイーツで勝負ってもんよ」
 自身の腕っ節をパシッと叩いて笑ってみせる店長。作るのは彼女ではないのだが。
 二人の会話の通り、市場や人材による流通システム自体に、バグアによる被害があるかもしれないが、
 産地自体は、紅茶よりコーヒーの方が圧倒的に支配下にあるものが多い。
 

「危険に身を晒す身の、ささやかな贅沢。あの爽やかな酸味をまた堪能したいものだ」
「なるほどねー‥バグアってのは、直接的な脅威だけじゃなくて、意外にこーゆー所でも人様に迷惑かけてるんだねぇ」
 いつの間にやらカッピングをやめて椅子に着く店長。
 肩が凝るのか、男の前にも関わらず、豊かな二つの主張は机の上に乗せるようにして机にうつ伏せる。。
 雅も諦めた様子を見て、溜息一つ、それ以上は何も言わなかった。

「傭兵も、純粋に戦闘で武力的脅威から治安を守る部隊と、そーいった私らの身近に繋がる日常生活の脅威の排除と分けて活動すれば、効率的なんじゃないかい?」
「無茶言うな。LHを見れば多いが、千人分の一人で適性を見つけるのだって一苦労なんだ。それに、元々そういう依頼も無いわけではないからな」
 難しいねぇ‥と頬杖を突きながら、なんとなしにグラスの中身をかき混ぜる店長。
 休憩と称し、しばし落ち着いた時間でも過ごそうか、と思うやいなや、慌ただしく店の正面のドアが開き、静寂は妨げられ‥

「雅っ! インドネシアのマンデリンの農家からUPCへ依頼よっ!」
 柚木 蜜柑が、飛び込んできた。
 肩で息をしながら、UPCオペレーターの服を着た彼女は、二人へ歩み寄る。

「で‥俺に行けと、言うのか」
「行けとは言わないけど、滅多に無い機会だから、話だけでも、融通してやろうと思ったのよ」
 既に豆が沈殿しきって上澄みとなったコーヒーでも、お構いなしに席についてすする蜜柑。
「エスプレッソを思わせるような重厚なコク、そのくせ後を引くあの後味‥うむ、捨て難いな」
「えぇ、フレンチローストで力強く鼻を突き抜ける薫り‥カラメルを彷彿とさせるほろ苦い風味‥あぁ、想像しただけで、甘い物が食べたくなるわ‥」

「‥あんたも、珈琲派かい」
 憩いの味へキラキラと思いを馳せる二人を尻目に、
 自分の店なのに、肩身が狭いね、と苦笑してティーポットを温めにゆく店長だった。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN
飲兵衛(gb8895
29歳・♂・JG
ウェイケル・クスペリア(gb9006
12歳・♀・FT
エイミ・シーン(gb9420
18歳・♀・SF

●リプレイ本文


 一台のジーザリオが、体を揺らしながら山道を走っていく。
 ここインドネシアは乾期に入っており、ボンネットを照りつける陽光こそ眩しいが、
 比較的過ごしやすい気候となっていた。
 運転席の白鐘剣一郎(ga0184)が、悪路もいとわずスムーズに、目の前に現れた農園の横へ車を付ける。

「‥農園荒らしとは良い度胸だね‥一人の愛好者として‥この光景‥赦せないな‥」
 ウラキ(gb4922)の目に入ったのは、大岩が転がったか、それとも局地的な台風でも来たかというような、
 沢山の木々が見るも無残な姿でなぎ倒されている光景だった。
 これからの季節、8月の収穫期へ向けて成長に入るはずだっただけに、無念さは計り知れぬものがあるに違いない。

「美味しいものは‥心の癒し‥。もしコーヒーが飲めなくなったら‥ダメージ大きいな‥。死守したい‥よね‥」
 土に汚れたコーヒーの実を手に取り、幡多野 克(ga0444)が呟く。
 バグアの勝手で、自分達の嗜好が侵されたとなるのは、受け入れがたいものだろう。

 飲兵衛(gb8895)が、雅にキメラの出現の詳細を聞こうとしたのだが、
「すまない、俺は農園主の避難にあたらねばならなくてな‥」
 煙草の火口を光らせて、雅が答えた。
「ただ‥鷹は、夜は来ないらしい。鳥目なんだろうな」
 理屈はともかく、として、剣一郎がテントと罠を運び出しながら、雅に問う。
「設置は敷地の中でいいな? その方が緊急時に対応しやすい」
「あぁ、守る木に被害が無ければ、問題ない」
 一通りの傭兵の流れを見てから、頼んだぞ、と言うと雅は、別の車に乗り込んで農園を後にした。

(実は紅茶派だなんて知られたら消されかねん)
 そんな時枝・悠(ga8810)が、少しだけ、気だるそうな視線で農園を見やる。
 もちろんどっち派であろうと関係ははないのだが、既に何十というキメラを葬ってきたダークファイターの彼女を、一体誰が消せようか。

 黒い傘のカルディナレを差して立つ皇 流叶(gb6275)の横では、ウェイケル・クスペリア(gb9006)――ウェルと、エイミ・シーン(gb9420)が、落ちたコーヒーの豆を拾っていた。
「みぃちゃん、あらかた入れ終わったよ」
「‥うん、じゃあこれで完成ですよー♪」
 彼女たちの手の中には、石やコーヒーの実を入れたペットボトル
 ここに来るまでに業者や雅によって、沢山のボトルを集めて、移動中もお手製の鳴子をごそごそと作っていたのだった。

「我ながらよくやったと思うぜ‥」
 広めの農園に、二重にしかける手はずだった為、こなした量は多い。
 ウェルは疲れた手をぷらぷらとさせながら、更にこれから設置する畑を見やり、苦笑するしかなかった。



 傭兵達は8人を4班に分け、ローテーションを組んでいた。
 最初の休憩班である克と飲兵衛が、木板とペットボトルの鳴子を仕掛け、
 残る3班は、50m四方の保護対象を三分割し、警戒にあたる。

「‥これは‥」
 ウラキは、必ず残っているはずだと、柔らかい土に残る足跡を探っていた。
 すると、乾期で降雨量が少ない土地の地面に、
 まるで、大きな蹄を付けたような足跡が数歩、見つかった。

「‥土を蹴って歩くものって事かな‥さすが農園‥良い収穫だった」
 大体の襲撃方向も把握出来たので、無線を飛ばす。どうやら、このままでは自分達が一番にそのキメラを出迎える事になりそうだった。
「明るいウチに出てきてくれりゃぁいーんだけど、な」
 彼とペアのウェルも、体つきを生かして、木に登り警戒にあたるつもりだった。
 彼女が木に登ろうと足をかけて‥‥ふと、動きが止まる。
 スカートから覗く純な素足が、少女に―――このままで、いいのか。と伝える。
 察したか、ウラキも咳払い一つ、

「‥もう少し‥向こうのツリーに登ってくれると‥助かるな、色々」
「‥‥覗いたら、スキル込みで蹴らせてもらうぜ」
 そういう人ではない、とわかっておいて、わざと不敵な笑みを浮かべるウェル。
 気分を変えるよう首を振り、気合いを入れなおして双眼鏡を構えるのだった。

「妨害する相手がいないなら昼間に来てもおかしくはない。夜に備えて仕掛けの設置は必要だが、余り気は抜けそうにないな」
 剣一郎の言葉に、了解しました、と頷く流叶。彼には個人的に恩があるらしく、
 作戦、戦闘、すべてにおいてスムーズに運ぶようサポートする次第だった。
 剣一郎も、好意こそ素直に受け止めるものの、では遠慮なく、と頼り切る性格ではない。
 これからの長丁場を、決して油断しないよう、毅然として立っていた。
 乾いた風を頬に感じながら、時間は過ぎてゆく‥‥

 ローテーションも3巡目が終わる頃、休憩に入る克が、手筈通り周囲を警戒してから戻ろうとしてると、
「あ‥‥」
 目の前で、二匹の鷹型キメラが降りてきて、ペットボトル式鳴子をくちばしで弄び始めた。
 程なくして、振動がライン上の鳴子に伝わり、低く弾むような音を鳴らす。
「あ‥そっか、豆!」
 エイミがボトルに入れた豆は、彼女の予想を超えて、おびき寄せるエサとして機能していた。
 相方の悠を強化すると、陽炎のように揺らめく彼女の刀が、飛ぶ前の鷹を土へと埋める。
 克も抜き、もう一匹の翼へ月詠を振るったところで、克よりも先を歩いていた飲兵衛が、振り向きざま鷹を仕留める。
 すると、騒ぎに乗じてか、傭兵達が警戒した全3方から、ぞろぞろと獣が沸いて出るので、急ぎ休憩中のA班へ無線を飛ばし、
 D班二人も持ち場に戻り出した。

 三体の狼が、生き残りのコーヒー豆へ食らいつこうと、矢のように倒れた木々や鳴子の間を駆け抜ける。
「行かせるわけねーだろ?」
 そこを、ウェルが猫のように陰木から飛び降り、その勢いで、扇嵐の竜巻を扇ぐように発生させる。
 鉄扇も開き、牙を剥いて飛びかかってくる狼を舞っては落とし、いなしては払う。
 だが、3匹のキメラに、少々翻弄されたようだ。彼女の死角で、姿勢を低くしていた狼が、少女の流れた髪へと掴みかかる。
(エイム‥捉えた‥)
 が、文字通りの間一髪、ウェルに飛びかかった狼は、一条の弾丸に宙で頭蓋を撃ち抜かれた。
 狙撃とは、引き金を引きたくなる誘惑に耐えるものだという言葉がある。
 プローンで徹底して潜み、確実にタイミングを狙ったウラキの狙撃は、支援としても決定打としても有効だった。

「豆が欲しいかそらやるぞ‥なんてのは、甘いんだよ‥!」
 滑空して低い高度で接近する鷹の進路へ、飲兵衛がライオットシールドを構えて立ちふさがる。
 キメラの体当たりを、盾越しで肩に力を込めて押し返す。そのまま態勢を崩した鷹へ弾幕を張れば、
 克が横から飛び出し、月詠を振りおろした。休む間もなく、次の、空を飛ぶ鷹へ、銃のS−01を放った。

「攻撃の時、降りてきた所がチャンス‥あたり‥!」
 けん制に刺激された鷹が、急降下、一直線で自分へ向かってくるのを確認すると、
 迎え撃つように刀を納め、一足一刀の間合いに入った刹那、振り抜く。
 綺麗に描いた弧円の軌道に、まるで吸い込まれるようにして、キメラはその身を裂かれた。

 一体の熊が、別方向から守備範囲へと接近している。
 悠の斬撃により、おびただしく血が流れ、既に腹の毛皮は許容出来る水分の量を超えていたが、
 タフなのか、鈍いのか、ゆっくりと確実に木へと近づいていく。
 エイミが浪漫の鉄拳――ロケットパンチを、悠が紅炎と月詠を同時に構えて、靴が埋まるほど力を込める。
「天都神影流・虚空閃!」
 辺りに剣一郎の声が響くと、刃の無い斬撃が熊の後方から飛んでくる。
 前のめりになった熊の隙を身のがさず、悠が踏み込み、紅炎を喉元へと突き刺した。
 柄頭に左掌を添え、力を込めれば、熊の体は、それ以上動かなくなった。

「すまない、遅くなった」
 悠の方へと倒れ込む熊の体を慌てて抑え、剣一郎が言う。
「‥ルカちゃん!」
 エイミが叫んだ方向には、体をふらつかせながら、傭兵達へ背を向ける鷹キメラが見える。
 急ぎ流叶は迅雷で駆け、空を乱れ飛ぶ黒弾と共に鷹の背へと喰らい着く。

「とど‥‥け!!」
 流叶が目いっぱい乙女桜を払う、切るのは―――風。
 シャドウオーブの弾と、切歯扼腕の思いの流叶を背に、鷹は農園から姿を消した。



「みんな、油断せず立て直そう」
 剣一郎の言葉に、見張りと戦闘に疲労した体を奮い立たせ、持ち場に戻る。
「‥すまない。私がもう少し早く動けてれば‥」
 流叶の、傘の柄を握る手には、悔しさから自然と力が入る。
 落ち込んで長々と引きずるタイプでこそないが、やはり目の前で取り損ねたとなると、大きい。
 そんな彼女の両肩に、ぽむっと手が置かれ、

「どんまいですよっ♪ 私だって撃ち落とせなかったですしー‥」
「ま、根詰めたって、何とかなるもんでもねーからな。戻ってくるなら、借りはそん時返せばいーだろ?」
 エイミとウェルが、にぱっと微笑みかければ、すとん、と肩の荷が降りたかのような安堵感を覚える。
 ターコイズの指輪で繋がった仲間に救われ、流叶は頬を緩めるのだった。

 ――時は過ぎ、深夜。
「‥10時方向‥50m先、敵影多数‥うごめいてる」
 ウラキが『蛇の目』で捉えた情報を、無線で流す。
 敵の数に依っては、持ち場を離れず守備を続ける手筈だったが、いつでも動けるよう構える。

「なるほど‥オーガかトロルの類かと思ったが、更に厄介そうだ」
 剣一郎が捉えた敵の影‥それは、体は大きな人間、だが足には蹄が付き、上半身は、羽を生やして雄々しく角を捻じったヤギ。
 まるで熊と狼を従えるかのように、二体のバフォメットが、悠然として接近してきていた。

「‥来るぞ!」
 二体のバフォメットは、翼を広げると、息のあった動きで近づいてくる。
 盾に身を隠しつつ、飲兵衛がとっておきの制圧射撃を空へ向けて砲火する。
 激しいマズルフラッシュに顔を照らしつつ、シエルクラインを放つが、激しい弾幕に、軌道を変えるキメラ。
 陽動か、偶然か、バフォメットに傾注した横を、熊と狼がすり抜けていく。 

「しま‥っ!」
「飲兵衛さん、こっちは俺が‥!」
 リロードの隙を、克が埋める。熊の重いクローを肩に掠め、延髄を流し切った。
 急所の一撃にも関わらず、熊は動きを止めず、克に拳を放つ。
 危うく刀の鎬で止めきったが――ブラフ、刀を持つ手を、牙が襲う。

「うぐ‥!」
 痛みに顔をしかめながら、左手で銃を抜き、大きくなった的、額へ撃てる限り撃ちこむ。
「大丈夫ですか!?」
 傷に気を遣いつつ、飲兵衛が制圧射撃で牽制し、熊の注意を逸らす。
「平気、まだやれます‥!」
 気を取り直し、正眼で構える。
 息の荒い、振り下ろされた熊の手を、刀で受け止め、そのまま踏み込み、すれ違うように空いた胴を月詠が走った。
 月明かりの元、残心を取る克の前で、熊はその綺麗な太刀筋を、なぞるかのように体を分けて、倒れた。

「雑魚が邪魔だ‥」
 悠が三体目の狼を月詠沈め、やっとバフォメットの一つと対峙する。
 エイミの強化込みで、月下にたたずむキメラへを二刀を放つ。

「‥っ!?」
 甘んじて、人間のような皮膚で十字の軌跡を受けると、姿勢を低くして、
 角で悠の腹部へ抉りこんだ。
「時枝さん!」
 エイミがすかさず治療し、咳きこみながら、活性化を施して、バフォメットを睨み、もう一度刀を構えた。

「くそっ‥情けねぇ。足を止めるので精いっぱいだぜ‥」
 ウェルと潜んだウラキを相手取るバフォメットは、喰らっていないものの、かわりに、決定打を当てることも出来ず忌々しささえ覚える。
 そこへ、自身の熊と狼を沈め、二人が翻弄していたバフォメットに背中から接近する剣一郎。

「天都神影流・斬鋼閃!!」
 人間で言う腎臓の部分に刀を突き立てれば、キメラが怯んで体をすくませる。
「‥そこか‥!」
 見逃さなかった。スコープの中で、キメラが顎元を露出する。
 計算と、超感覚の世界。静かに、まるで決まっていたかのように、その一瞬でウラキがトリガーを引く。
 音もなく、されど確かな破壊力を含み、ウラキの弾は顎、舌、鼻腔、視神経、脳髄を一つに捉え、キメラを沈めた。

「どれだけ人の懐が好きなんだ、この山羊は‥!」
 あまりの力に苦々しい顔をし、交差して構えた刀で、バフォメットの額を受け止めている悠。
 目の前の禍々しい角が、鈍い光沢を見せた。

「悠、下がれ!」
 声に従うと、駆け付けたウェルが、扇嵐の竜巻を彼我の間に発生させる。
 刹那、流叶が駆け、危機の悠を攻撃範囲外へと離した。
 今こそ、とエイミが初めてサザンクロスを抜く。目は、機械剣よりも神々しく、極光のように輝いていた。

「さて、どこまで通じるやら‥!」
 連携の合図を悟り、ウェルがありったけの嵐でキメラの進路を塞いだ。
 前か後ろ――キメラに深く考える知能等無く、そのままエイミへと近づく。

 が、

「悪いな。そちらは通行止め、だ」
 キメラが急にガクン、と前に倒れる。
 戻った流叶が手にしていたのは、木々に張られたワイヤーアンカーだった。

「まだ早いかもしれないけど‥それでも私の『願い』に力を!」
 エイミが十字のレーザーを振りかぶり、流叶が凄皇を激しく響かせ、ウェルも紫苑に持ち変える。

「――今度は、外さない」
 三陣の知覚の刃は、バフォメットに為す術を与えず、屠るのだった。



「とりあえずお疲れ様、だな」
 そう言った剣一郎含め、皆の手元には、コーヒー。
 雅も交えて、お礼と労いを何重にも受けつつ、傭兵達はようやく一息ついていた。 
 ウラキは報酬を農園の復興に、と申し出たが、頑なにそれだけは丁重なお断りを受けてしまった。

「マンデリン‥僕も好きな品種でね、話したい事が多くあるんだ」
 是非とも、と握手を求める農園の主人。
 その横で、悠がコーヒーに砂糖をドバドバと、滝のように入れ込んでゆく。
 思わず見ていた雅に気付き、

「…良いじゃないか飲み方くらい自由にしたって。苦いのは人生だけで充分だよ」
 若干、むっとして見せて言う悠。
「だが‥人生も、存外コーヒーみたいなものだぞ。黒と白、苦さも甘さも混ざり合う、どちらか片方だけとは限らない。だから、深い」
 そんな持論を述べる雅の横では、悠に負けず劣らずの量のミルクと砂糖を入れる、甘党兼大食漢、克。
「他の木もまた‥時が経てば元気になる‥かな‥その時は‥良い実をつけてくれると‥嬉しい‥」
 いつもの三人、並んで仲良く珈琲をすすっていたエイミが、飲兵衛の腹をふにっとつつき、
「のんさんも、お酒じゃなくて今日から代わりにコレを飲むのはどうですっ?これでやっとメタボ解消ですよ!」
「え‥いや、ちょうど一杯どっかで飲もうとしたとこ‥って、メタボじゃないし!っていうか聞くの!?お‥教えてみやびん先生ー」
「‥みやびんじゃない。雅だ」

 コーヒーと、少しの食べ物と、仲間と歓談。
 何にも勝る憩いと癒しが、心地よい疲労と共に、しばらく続いていたのだった。