●リプレイ本文
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「まだ生きてたか、夜来香! このために貸しを作っておいたんだ。きっちり借りは返せよって、伝えてくれ!」
湊 獅子鷹(
gc0233)が、以前の依頼より協力している反バグアグループ、Criminalの構成員から作戦に必要な情報を入手していた。
彼の言う夜来香は、どうやら来ていないようだ。
東の基地は、人が近づく事自体困難なようで、ほぼ戦闘が出来ないCriminalでは荷が重く、寧ろこれでも上出来な方である。
戦闘準備でざわつく中、ウェイケル・クスペリア(
gb9006) ――ウェルが、静かな面持ちで、足取りで、基地とは反対の市内へ歩いていき、
その後をエイミ・シーン(
gb9420)が少し慌てて追って行った。
「大丈夫かな‥」
思わず、飲兵衛(
gb8895)が口に出す。
基地制圧へ向かわない様子の知り合いを見て、作戦と、彼女らの身と‥
緊張した体へ一挙に押し寄せる憂慮が、つい、彼をおろおろとさせてしまう。
「変革を行うには、collateral damage‥少数の犠牲は止むを得ない、と思っている」
横で彼女らの背を見やりながら、杠葉 凛生(
gb6638)が煙草を咥えれば、井上 雅も自分の煙草へ火を付けながら聞く。
「全てを守りきり、且つ目的を達する、という甘い感情は捨てている‥感情論を持ち出すのは、地獄を見ていない平和ボケした者の考えだ」
バグアを滅する為なら手段は問わない。本人が過去に苛まれながらも、
本望と導き出したスタンスに、軽々しく同情や悲哀を表すような者は、いなかった。
同日同時刻、非常階段を使い駅ビルの屋上へ上がったのは、ウェルとエイミ。
ビルの屋上に隠れ、市民の動向を監視。
――本当に必要と思われるまで絶対に動かない。それは、必要と思ったらいち早く表に立つ為の考えにもとれる。
「ウェルちゃ‥」
「‥‥少なくとも、根本を正さずにいりゃあ奴等はまた親バグアになる」
周りを見渡していたエイミへ、ウェルが初めて口を開いた。
「『今』の目的を果たす為に未来を保留する。それじゃあ傭兵も奴等も変わらない。元より違うなんて思っちゃいねぇ」
双眼鏡から目を放したウェルの瞳は、ハッキリと力の籠った彩りだった。
「自分はそこで終わる心算が無いだけの話だ。‥‥気にいらねぇ。気にいらねぇよ‥」
彼女はただ、自分の胸中、信念を語っているだけのはずなのだ。
だが、どこか、別の場所で、別の人へ話しているかのような。
どこかへ行ってしまいそうな、そんな不安で、エイミはウェルの袖を、少し、だが強く、握りしめた。
市内を、複数のトラックが行き交う。時間にして、まだ運送業者にしては珍しい。
積荷は、天地無用ではないが、取り扱いには注意願いたいところだ。
壓制和解放 作戰開始!!
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東の基地は、主に歩兵陸軍で警備を固めていて、
北京環状包囲網への補給の要石ともいうべき場所だ。
事前情報もほぼ入手できなかった為、かなり慎重に作戦は展開されていた。
楊江(
gb6949)が探査の眼で門周辺とその向こうを警戒する。構えがしっかりとした鉄の門だ。
少々ノイズの混じる無線を受け取ると、門の左の見張りを飲兵衛がサプレッサー付きS−O1で仕留め、
右の見張りの男の延髄には、アラスカ454のグリップが振りかかり、鈍い音を立ててその場へ倒れた。
「交代の時間、だよ」
背後でそう言った蒼河 拓人(
gb2873)の声は聞こえなかっただろう。拓人は急ぎまた男を詰所まで引っ張り中へ入ると、
数秒で、敵の服装に身を包み、無線機を奪って出てきた。
味方の無線で連絡を流せば、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が自前のジーザリオを門へと走らせる。
トラックは正面まで来れず、彼の車には何人か傭兵が一緒に乗っている。
拓人の横で、鳴神 伊織(
ga0421)が氷雨を投げてライトの一つを壊したのを合図に、ユーリが勢いよくアクセルを踏み込む。
ルーフの骨を掴み、風を切りながら、クラーク・エアハルト(
ga4961)と冴城 アスカ(
gb4188)が残りのライトへ弾を撃ち込む。
門の上の見張りが数発撃ち返してきて、ボンネットやミラーに鉛が弾ける。
拓人が門のスイッチを押して開きだすと、まだ『隙間』な門には、
館山 西土朗(
gb8573)がなだれ込み、目の前に現れた敵へメイスを振り込む。
「賭け金は市民13万人の命と中国の今後の情勢か‥でか過ぎるだろ流石に」
「何、勝てばいい。配られたカードで勝負するしかないからな」
思わず苦笑いする西土朗に、ジーザリオが近づくと、後に乗ったままの雅が言って、ユーリが続ける。
「今回俺たちが出来るのは、基地の制圧と表面上の説得‥ここまでが限界だろうな、多分」
「きっと‥利とか‥そんなのが説得の最後の条件じゃない‥そう思います‥」
金城 エンタ(
ga4154)が、車の最後部でぽそりと呟く。
敵の弾を斧の広い刀身に隠れるように弾く。制圧には積極的に参加しつつ‥彼の胸中は、複雑だった。
だが、憂いに浸る時間はない。続々と武装した敵の兵が宿舎から吐き出され、終いにはエンジン音までかしこから聞こえてくる。
「おい、装甲車とか来る前に中に入った方がいいんじゃないか!?」
「正規軍の傭兵がいれば何とかなるって言う考え方、改めた方が良いと思うな。俺達は超人じゃないんだぞ?」
獅子鷹は近づく敵にショットガンを、クラークはため息と共にSMGの弾を吐き、ジーザリオは宿舎では無い方の建物へと轟音を響かせて走って行った。
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「さて、と。俺達にやれる事をやるとするか」
「難しいことは考えなくていい‥目標を破壊するだけだ。」
「‥GO」
西は一度門を突破すれば、広い分、次の敵が駆け付けるまでのインターバルが長かった。
アレックス(
gb3735)と藤村 瑠亥(
ga3862)が位置に付き、UNKNOWN(
ga4276)がノイズ混じりの無線で合図を出す。
3人は各々の首肯を確認し、一気に進路へ飛び出した。
霧島 和哉(
gb1893)アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)とアレックスが先頭で滑走路の端を駆けていると、前方から、基地のライトに照らされるライオットシールドの壁が押し寄せて来る。
その向こうには数々の容赦無い兵器を携えた者達がうごめいていた。
「相手は能力者だ! 遠慮はいらん、圧倒的武力でせん滅せよ!!」
部隊長らしき者の声が響くと、群れの後方から山なりに物体が飛来してくる。
傭兵達の目の前に着地したかと思えば、刹那、舗装された地面を抉るようにそれが爆ぜ、アレックスの装甲とアンジェリナの肌を、鉄片や熱、欠けたアスファルトが撫でつけるように切り込んでゆく。
「アレクさん‥‥HW、直接‥‥お願いできる‥‥かな。足止めは‥‥僕が、しておく‥‥から」
だが、臆すどころか身すら隠さず、シールド一枚構えて和哉が前へ出る。仲間のアレックスへ促すと、強く目を合わせ、数拍後、進路を変えてブーストした。
凛生、桂木穣治(
gb5595)ソウマ(
gc0505)も通信室確保の為、好機を逃さず群れから離れていく。
その足に鉄をも貫く弾を雨のように喰らおうと、その顔面で火薬が炸裂しようとも、
和哉は保身などまるで知らないかのように、決して歩みを止めはしなかった。
そして、とうとう敵の透明な盾に近づくと、竜の咆哮で群れを一気に崩しだした。
「これなら‥処理しながら‥通過できそうですね‥」
明鏡止水を構えた終夜・無月(
ga3084)が前に出ると、
リヴァル・クロウ(
gb2337)とハミル・ジャウザール(
gb4773)黒瀬 レオ(
gb9668)が可能な限りの敵を昏倒させつつ、駆け抜ける。
瑠亥が後に続けば‥‥苦し紛れに、ハンドガンを、彼の頭めがけて‥放った。
響く銃声。穿たれたのは、瑠亥のこめかみ、ではなく、流石の猛撃で既に満身創痍となった和哉の腕の装甲だった。
和也は発砲した本人の腕をぐいっと掴みあげ、そのままAU―KVを唸らせながら、建物の壁に放り投げると、兵は白目を剥いて動かなくなった。
和哉の装甲の陰から、アンジェリナが大太刀を思い切り振りかぶり、盾ごと敵の体を曲げる。
「逃げるなら‥‥退路の確保は‥‥してあげる、よ」
肩で息をしながら、砂のように敷き詰められて倒れる人の中に立つ二人を見て、たじろく兵は彼の台詞に本気で逡巡するのだった。
(「‥色々な『親』の形があるんだね。そうしなきゃ生きていけない貴方達の本音も辛さも」)
レオがトラックや装甲車の間を縫って走りながらふと考える。
前の依頼で親バグアのテロを初めて見てから、彼の中でまったく関係の無い思想、世界ではなくなっていた。
(「けど‥いつまでも怯えて暮らすなんてこと、させたくないよ。僕は」)
腰に差した紅炎の柄に左手が伸び、力が入る。
不条理に重く圧し掛かられ、伸びたまま動けない者達を憂い、決意が地面を蹴る力となっていた。
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「ランス『エクスプロード』オーバー・イグニッション!」
格納庫に着いたアレックスが、重心をかけて踏み込んだ足と共に突き出した炎槍は、静かなHWの装甲を穿とうとする。
が、仮にも航空兵器。参加者の中で1、2を争う火力を持ってしても、大きさと頑丈さには苦戦を強いられた。
と、息を整えるアレックスに、突然豪雨が降りかかる。
否、降りしきるそれは、スプリンクラー。
上から正式に使用許可の降りていない格納庫での不審な火に、センサーが反応してしまったのだ。
次々と現れ、倉庫の壁に沿う様に配置し、銃を構える敵兵達。
「上等だ‥Stingerの二つ名は伊達じゃねぇぞ!」
体の周りで暴れる大蛇のように槍を振り回すと、勇敢にもアレックスは正面から突撃していった。
通信室を探しながら、凛生は見つけ次第監視カメラを破壊していく。
ソウマも常時探査の眼を発動して死角のカメラやセンサーを見つけるが、
常時発動のせいか、到達前にして既に残練力が懸念される。
「よし、ここが通信室だな‥?!」
通信室らしき部屋のドアにたどり着いた瞬間、廊下の両端、そして穣治の手よりも早く中から開けられたドアの奥に、
無数の敵兵が現れた。凛生が見つけ次第破壊したカメラは、すなわち監視する側からすれば、自身の進行ルートを教えているようなものだったのだ。
「伏せろ!!」
凛生がソウマの頭を掴み、3人は浴びせかけられた銃撃と同時に地に体をつける。
低姿勢のまま部屋に飛び込み、室内の敵の銃を蹴り上げ、穣治もAIによる制御で的確に電磁波を喰らわす。
ドアを閉めても、外に激しい靴音が迫り、突入用ハンマーで破られると同時に閃光手榴弾が投げ込まれる。
閃光に警戒をしてはいたが、それを合図にする猛攻に、もはや穣治の回復も追いつかなかった。
「通さねぇ‥人も‥弾も‥不条理も! 絶対‥ここは死守してみせるぜ‥!」
力の入らない腕を抑え、切れた口で奥歯をかみ締めながら、尚も立ち、治療を続ける穣治。
ソウマも自身障壁の練力すら残らない体で、超機械を操る。
「生きて情報を持ち帰る‥!」
傭兵の兵器と気迫の前に、さすがに一般人の兵隊も続々と倒れていく。
凛生が最後の一人にマモンを撃ちこんだところで、穣治とソウマがその場に崩れる。
「ひどいものだ‥」
煙草を咥えれば、フィルターに血が滲む。鉄くさい煙を一息吐くと、そのまま凛生も意識を失ってしまった。
管制塔の、中央部。指令室はそこにあった。
傭兵達は音を立てずに忍びより、リヴァルが閃光手榴弾のピンを抜くのを、皆が確かに見届ける。
部屋の中から強力なマグネシウムの光が漏れた刹那、一気に部屋の中へ押し寄せた。
「あれ、もう来たの? 思ったより早かったなぁ‥‥」
指令室、というより、大都会のオフィスの一室のような、
間取り、その一番奥で、銀の艶やかな髪の毛をなびかせ、男が振り向いた。
振る舞う余裕もまるで構わず、無月が豪力発現込みで首を落とそうと飛びかかると、 長髪の男は、2mはあろうシャムシールで受け止める。
「っとと‥その、勝てるつもりでいる攻め方‥気に食わないなぁ‥」
鍔競りの後、男が踏み込むと、無月が背中から机に力強く叩きつけられる。
優男風情から出される、熟練の傭兵を吹き飛ばす怪力――強化人間。リヴァルは悟るや否や殺気を隠さず紅蓮の斬撃で鳩尾に飛び込んだ。
長髪の男が刀身で突きを防ぐと、後方へ飛び上がり、デスクの上に着地する。
ハミルが接近して木の葉のように舞い、クロックギアソードを『刹那』と『疾風』で突き出す。
受けの間に合わない男は机から飛び降りると、そのわずかな滞空時間を狙ってレオが紅炎で切り上げる。
服を裂いた下には人の皮膚が見えるが、傷がついたかは定かではない。
瑠亥が駆け付け二刀小太刀を振るうと、シャムシールに受け止められるが、反動で捻るようにもう一本の刀で切り込む。
流石の素早さに目を白黒とさせ、瑠亥を蹴り飛ばすと、男は態勢を整えた無月へ切りかかろうとする。
と、そこへハミルが割って入り、更に刺突を挟む。攻撃が仲間に行かないようにする錯乱だった。
「さっきからウザいよお前‥!」
長髪の男がハミルの剣を掴み、滲む血液も気に留めず、青年を力強く引き寄せる。
引き寄せられた勢いは、そのままシャムシールの剣先に吸い込まれてしまった。
紅の雫が背中から弾けると、ハミルが濁った血を吐きその場に伏せる。急がないと危ないのは、明白だった。
「少しやりすぎたようだ、な」
管制塔に迫る車両や敵兵を、廊下の窓からエネルギーキャノンで吹き飛ばしていたUNKNOWNが室内へ駆けつけると、
砲身を構えたまま距離を詰める。
瑠亥が、瞬天速で男の背後に周り、二刀の瞬速撃を浴びせれば、突きささる刃に少しずつ後ろへ下がらざるを得なくなり、
そこへ、ちょうど零距離となったUNKNOWNの銃身が近づき、不敵な笑みの後、高エネルギーが一気に放たれた。
「同じ悦には‥浸らせません‥」
サイドから出てきたレオとリヴァル、紅蓮の双牙がシャムシールに襲いかかる。
刀身が震え、全長の殆どが粉々に崩れてしまった直後、まるで時が止まっていたかのように、
男の肩には無月の明鏡止水の刃が埋まっていた。
「へぇ‥やるじゃん。この武器もダメかぁ。ぁ、君達の勝ちでいいよ。玩具が無くなったから、今日はおしまいね?」
「待て‥!
瑠亥が瞬天速で駆けるよりも早く、男は窓まで到達し‥そして、飛び降りた。
能力者でも足が砕けるような高さから飛び降りて華麗に着地すると、男はそのまま建物の陰に添って走り去ってしまった。
格納庫では、アレックスが一人で立ちまわっていた。
が、一方的に浴びせかけられる銃弾、放たれる爆撃、敵兵を貫こうとすれば援護されて逃げられ、また浴びせかけるような銃弾が飛ぶ。
既にAU−KVも限界を迎えていた。装甲が剥がれて身を抉る傷も目立つ。
と、急に格納庫のシャッターが大きな音を立てて落ちてきた。
窓、外に面した兵器の出入り口、ほぼ全ての進入口場所に勢いよく鉄の壁が立ちはだかる。
「こっちだ!」
見ると、格納庫出口の横、小さい人員出入用の扉から、アンジェリナが声をあげている。
考える前に体が竜の翼を展開し、進路上の敵など構わず駆け抜ける。
鉛弾の追い風を受けながら、ドアを潜り抜けると、アンジェリナが装甲車を動かし、閉めたドアがあかないよう付ける。
そしてアレックスがシャッターの配線を手で掴み取ると、火花を上げてそれが破れた。
「しばらくは、時間稼ぎが出来るだろう‥」
一番フリーだった彼女が格納庫に近づけたのは幸運だった。
アレックスが装甲を解除すると、思ったよりも傷が目立つ。
まずは応急処置を――悔しさから車のドアを殴りつけるが、もはや凹ませる力すら残っていなかった。
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東の基地は、訓練場や滑走路が敷地の奥にある為、敵との遭遇はほとんど建物内だった。
地の利が相手にある為、囲まれないようアスカが確実に敵を沈めてゆく。
「悪いけど腕貰うわよ」
敵を引き寄せて壁に叩きつけると、そのまま敵の後ろ腕に力を入れれば、妙な音と悲鳴を上げて敵兵が崩れた。
「伏せろ!」
アスカの横から襲い掛かる敵は、しゃがんだアスカへの斬撃を空振って、須佐 武流(
ga1461)のハイキックに顔から突っ込む形となる。
「基地を取り除けば‥希望が見えるはずだ! こんな平和と自由‥認めん!」
お互いの死角をカバーするような連携は、確実に最低限の進路を確保していた。
ついてゆく獅子鷹も、こいつは楽だ、と言わんばかりに、
二人の撃ち漏らしを『菫』で仕留めたり、後方から近づく敵へ容赦なく散弾をバラ撒いていた。
「恐らく3人だ。やるなら俺が先に行くぜ」
西土朗が探査の眼で読み取った情報を、無線に流す。受信者の応答は、ない。
蝶番のドアを蹴り開け、メイスの柄で視界に飛び込んだ敵の顎を震わせる。
敵も警杖を持ちだし、思い切り西土朗へ振りかぶるが、天井より舞い降りた3本の圧縮レーザーがその攻撃を阻んだ。
「まるでどっかの映画みたいな作戦だけど‥」
機械爪の主は、通気口に潜入していた飲兵衛だった。
室内をクリアした後、それじゃあ早速‥と腕を撒くってメイスを構える西土朗を飲兵衛が慌てて止める。
彼は壊れていない監視カメラやシステムを使って、逆に味方をオペレートしようというのだった。
その通信の中継の為にも、通信室の掌握が要だった。
「不可動!!」
フォルトゥナを構えて、勢いよく通信室になだれ込んだ楊江が叫ぶ。
通信兵達が、自身の銃を握ろうと手を伸ばすと、流れるような銃撃で頭を次々と撃たれてゆく。
「武器を手に戦いを挑む。死んでも文句はあるまい?」
クラークの放つSMGも、周りの設備に被害を与える事なく、確実に15発の弾を敵の体へめり込ませてゆく。
その間にユーリが通信室との回線と、有意義な情報の確認を行った。
「一応、自分達も使えるように最低限の注意と細工で進んできたけど、どうだろう?」
持ちこんだ工具や探査の眼、直感等で罠系の設備を弄ってきた。自動で動くカメラを針金で固定する等はしてきたが、
それなりに警備としての機能は生きているようだった。
「問題無いぜ。ついでに警備の通信が仲間の無線に中継出来るようになるt」
内線から聞こえていた西土朗の言葉がいきなり途絶えてしまった。無線で確認しようにも、まだノイズが酷い。
「俺が見てくるから、ここは頼んだ!」
ユーリが急ぎ廊下に出て駆けだす。変な予感が背中に嫌な汗をかかせている。無事であればいいが‥
「? 放送の援護が無くなったな‥」
獅子鷹が、口に咥えたショットシェルを装填して、スピーカーを見上げる。
先ほどまで、基地内の放送による音声と監視カメラで、警備室の者は戦う仲間の死角を補っていたのだ。
粗方片付いて次の階層に進もうとすると、廊下の先に大柄な敵の軍服姿を発見する。
背中を武流に任せ、アスカが先に瞬天速で駆け付ける。と、曲がり角に隠れた陰の間合いに入り、
「悪いけどお茶してる時間が無いわ、さっさと終わらせるわよ」
90度捻った体で思い切り脚甲を敵の上体へ叩きつけた。
が、その大柄な男は熊の様な太い腕一本で、アスカの足を受け止めるではないか。
「強化人間――?!」
瞬速撃でそのままサマーソルト、顎を狙うが間一髪体を逸らしてかわされてしまう。弧蹴の勢いで後ろに下がるが、
大柄な男は、腰からとても大きな『拳銃』を抜き片手で構える。
およそブッシュドノエルのように太く、無骨なそれを、バックステップ中のアスカにゆっくりと放った。
轟く重い銃声、車のライトのようなマズルフラッシュ。
そして、銃身の先では、横腹に大きな穴を開けてアスカが、今起きてる事実が信じられない、というような顔をしていた。
「この野郎‥!!」
武流が急ぎ距離を詰めるが、男はそのまま後方のエレベーターに乗って、その場から離脱した。
考えるよりも早く、エレベーターのドアを蹴り壊すと、限界突破でどうにかエレベーターのワイヤーを掴み、そのまま敵を追っていった。
「大丈夫ですか!」
エンタが横たわるアスカに駆け寄り、傷の様子を見る。
大事な臓器は避けたが、弾が貫通した際、背中の皮をかなり持っていかれている。出血も酷い、一刻も早く救助が必要だった。
「先に一緒に下がれ。俺は取れるだけ情報を取ってから合流する」
獅子鷹がエンタの肩を叩くと、エレベーターを武流とは逆に下へ降りた。
作戦に支障が出そうだからこそ、やるべき事をこなさなければならない。
説得に必要な資料等‥ここを制圧しただけでは、クリアではない。それは、この日の為の依頼を幾つもこなした獅子鷹が、よくわかっていた。
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指令室前に伊織と拓人が到着すると、
突然、廊下の奥から重い物が壊れたようなすさまじい音が聞こえてくる。
伊織が氷雨を構えて様子を伺えば、大柄な男と、破れたエレベーターを背にして猛攻を繰り広げる武流がいた。
脚爪と靴の刃で3連続の回し蹴りを放った後、踵を相手に対して一直線に突き込む横蹴りを三連打、
限界を振りきって後回し蹴りで首を刈り込むように蹴る。
その全ての連撃を、大柄な男は半分以上その身に喰らうが、全くひるむ様子を見せない。
そして間合いを取り直そうとした武流に、大型拳銃の狙いをつけて放つが、スウェーで避けられる。
恐らく15mmはあろう、拳銃ではあり得ない口径。恐ろしい程の反動をその巨躯で全て抑え込んでいるのだ。
武流と挟みこむように伊織が後ろから斬りかかる。分厚い軍服と筋肉に赤いラインを引くと、
そのまま延髄を氷雨で突き刺しにかかった。
が、伊織の腕ごと氷雨を払いのけ、彼女の重心がブレたところへ両手で握った拳が振りかかる。
破砕用のハンマーが如き一撃の軌道を、太い腕に撃ちこんだ拓人の銃撃が逸らした。
そのままありったけの制圧射撃を撃ちこむと、太い腕で頭部をかばうようにしながら身を縮める。
拓人の撃ちこんでいない斜線を流れるように進み、伊織は他者が全く気付かない程の速度と自然さで居合抜く。
振りかえり残心を取れば、敵の袖口に血が滲んでいるのが確認出来た。
「間にあえ‥!!」
辛くも合流したクラークが、柱の影に滑り込み、鋭い狙撃で傷痕を開くように、
反動を制御して弾を正確に撃ちこむ。
固い皮膚を持ってしても、一度破られてしまえばもろかった。
「畳みかけるよ!」
拓人が『援護射撃』で体や地面、至る所に銃撃して男の自由な動きを封じる。
その隙に武流が脚部へオセの蹴りを繰り出す。内股に走る痛みに、大柄な男の顔が初めて曇る。
怒りで目標を決めたか、大型拳銃の銃身を武流に向けるが、低姿勢で潜り込んだ伊織が、銃のフレームを下から斬りつける。
常世に紅蓮の力を纏い、力強く、且つシャープな軌道は、大型拳銃を斜めに斬り裂いてみせた。
脅威を排した。残りは、滅するのみ。各々が一斉に構えを取り、ラストスパートへ転じようとする。
と、窓の外から特徴的な4回のクラクションが聞こえてくる。男がそれに気付くと、背中からガラスに身を任せるように体重をかけ――
そのまま、朝日に光る破片を撒き散らしながら、外へと姿を消した。
下を覗けば、艶やかな銀色の長髪をなびかせた男が、トラックの荷台に男を乗せて、その場を走り去っていく光景が見えた。
「逃がしてしまいましたが‥一応、制圧‥でしょうか」
伊織が本当の意味でやっと刀を収め、一息つく。
携帯は、真っ先に妨害電波の被害を受けて使えなかったが、クラークが状況の整理の為に連絡を開始した。
警備室は強化人間の強襲を受けていた。
踊るような双剣の連撃に、つい防戦に陥りやすくなる。
西土朗がゴルフスイングの如く相手の顎を奪いにゆくと、
重い一撃を顎に喰らい、脳を揺さぶられた強化人間は、体をふら付かせながら飲兵衛に斬りかかる。
機爪で受け止める――が、視界すら覚束無い『様子を見せた』強化人間は、罠にかかった獲物を見るようなしたり顔で、
体を捻り、西土朗へ剣を投げる。
太ももに深く抉り込まれた刃に、苦痛で顔を歪ませた。
「くそっ、冗談じゃねぇ‥!」
大事な血管か神経を切ったのだろうか。剣を抜かずとも、目に見えて激しい出血がみるみる内に服を赤く染め上げてしまい、
立とうとしてもバランスが取れなかった。
何とか戦闘に参加しようと試みる西土朗の横で、駆け付けたユーリがウリエルを抜く。
――好機。振りかぶった相手の剣を、西土朗が地に伏せたまま、見えた柄頭目がけて電磁波を撃てば、敵の剣が手から抜け落ちてしまう。
その空振った軌道にユーリが飛び込み、腹部へ思い切り機械剣を突きたて、追うように飲兵衛が喉元へ爪を埋める。
4本の圧縮レーザーが強化人間を穿つと、だらん、と武器に支えられるようにして、男は体中の力と意識を失った。
「指令室の方も、終わったかな‥ 通信が回復次第、移動するか」
ユーリが西土朗の様子を見る。蘇生術こそ施すが、医療機関に頼るべき重傷度に、急ぎ飲兵衛と共に肩を貸して、警備室を後にする。
朝日が見上げる角度まで昇り、空も青くなった頃、
済南は長い間縛られた武力という名の鎖から、ようやく解放されたのだった。
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「さて、朝のニュースにお邪魔します‥‥ってね?」
市内、家庭内のテレビが流していたワイドショーや朝のドラマの画面が、急にぷつりと途絶えてしまう。
基本的に電波を解するものは、市外から妨害電波を強く出されてしまえば、影響を受けてしまうので、
説得に回る傭兵達は、地元のケーブルテレビを使って、市内のメディアをジャックしていた。
特別な速報の第一声を発した拓人は、持っていたマイクをリヴァルに渡す。
「俺はULTから派遣された傭兵のリヴァル・クロウという者だ。先刻を持って、ここ済南の軍事基地は、我々の手によって掌握された事を、まずはここに宣言する」
そして、済南市民全員が、大混乱に陥った。
動揺、惑乱、逆上、興奮。一緒に流れた基地の映像によって、TVの中の若者が嘘を言っていないという事は伝わっていたが、
市民のほとんどは、その傭兵達に――なんて事をしてくれたんだ、そう思っていた。
「安心してほしい。危害を加える気はなく‥この言い方は好ましくないが、バグアの『恩恵』と同程度の衣食住や、軍による安全を約束したい」
「ふざけるな! 『助ける』と言う軍の命令だけで、本当に助けられる人の事を全然見ていないんじゃないか!?」
駅前の大型スクリーンの前で、一人の男が吠える。
今、街を救ったはずの満身創痍の英雄達は、市民にとっては壮絶な『おせっかい』をした者としか見られていないのだ。
「おい、あそこ‥」
群衆の一人が、駅ビルの中から現れる人影を指さした。
中国人でも、バグアでもない要望の少女二人に、この事態を引き起こした仲間達であろうと言う推測が立つ。
不平や怒号を浴びながら、背の小さいほうの少女――ウェルが広い階段の上から群衆を一瞥すると、
突如、大砲を放ったかのような音を立てて、目の前のコンクリートを踏む。
「明日死ぬかもわかんねぇ、か。なら。あんた等は、バグアが来るまでは手前ぇがいつ死ぬか把握してたのか?」
小柄な少女の重い一撃、重い言葉。
急に静まり返った民衆を前に、沸々と彼女の感情が込みあがってゆく。次第に、語気も荒くなる。
BGM代わりとなっていた画面越しの傭兵達の説得が、アレックスの番となる。包帯やガーゼ、隠しきれない程の痛ましいを治療跡を残しながら、彼は言葉を続ける。
『勘違いしてるようだから、言っておくと。バグアがお前達を守ってくれてるワケじゃねぇ。現状はたまたまだ。状況が変われば、連中はあっさりと掌を返して、この平穏を奪う侵略者だ』
「わかってはいる! わかってはいる‥が‥! それでも私達は、街を行くバグアや、勝手に改造される基地を、奥歯を噛み締めて眺めながらも、一生懸命生きてきたんだ!」
「自分なりに一生懸命生きてるだぁ? 目先の保身だけで身フリを決めたあんた等が、『一生懸命』なんて抜かす権利は有りゃしねーんだよ!」
噛みつきにかからんとする勢いで怒鳴るウェルに、彼女の後ろにいたエイミが動き出す。
「ウェルちゃ‥ちょっと落ち着いて‥!」
抱きしめるように小さな少女を抑えれば、眼の力こそ抜けないものの、荒れた息を整えて落ち着きを取り戻した。
「文句を言うのは、立ち向かった奴にだけ許されんだよ! ここにいる手前ぇらは誰一人、一度も『闘った』事が無ぇだろう! 支配される空気だから従った。今は悲劇のヒロインだから吠える。状況に流されるだけなら、次また支配される側になっても、同じこと言うつもりなのか!? 手前ぇの頭で考えやがれ! 一生懸命生きてるならケチなんざ付けやしねぇ。だから生きろよ。これからを、一生懸命に! 出来る事なんて山ほどある! 手前ぇらはまだ甘ぇんだよ! 上っ面の方便で誤魔化してんじゃねーよ‥‥!!」
年端もいかない風貌の少女が、何周りも年上の大人達を恐れず、がむしゃらに言葉を投げてくれる。懸命に、奮い立たせようとしてくれる。
届くものはあった。だが、扉を開けて判を押されなければ、それは相手の者にはならない。
頭ではわかっていても、行動に移せない者も、多かったのだ。何故なら、根本的な、済南全体にこびりついてしまった問題が、それなのだから。
何かしら言おうと呻くものの、何も言い返せず、それ以上の言葉が喉の奥から出てこない市民を見て、
ウェルもそろそろ限界だった。撤退して軍に任せる時間も、そろそろ迫っている。
市内の警戒を終えて、迎えに来たアンジェリナとレオが階段の下に確認すると、エイミが手を引き、二人はその場を後にすることとした。
やれることはやった‥のだろうか。成果を形として見る事が出来ない分、心からやり遂げたと思えず自分を見つけられずにいた。
「籠の中の鳥でさえ‥きっと飛び出そうと努力をするのに‥ね」
民衆の横を通り過ぎる際、エイミがぽそりと呟く。
最後に、と、アンジェリナとレオが装甲車から降り立ち、目線で追う彼らへと一言呼びかける。
「私はあなたたちを誰ひとり死なせたくない。護ってみせる。あなたたちはどうだ‥‥どうして欲しい!」
「僕に出来る事なんてほんのちっぽけな事。けど‥皆がいて、基地を制圧し、そしてこの場に立っている。個は歪で小さく脆弱でも、全は補い合い限りなく正円に近いフォルムを描く事が出来るんです。皆でなら、行動を起こす事が出来ますよ」
もう‥貴方達を縛り付けるモノは、何もないのだから。
どこか寂しげで、どこか慈しむような小さな笑顔を向けてから、レオがアンジェリナを促し車に乗り込む。
返答は、なかった。だが、群衆を成す各々が、一人も漏れる事無く、傭兵の去る様子を、見えなくなるまで見つめていた。
――このままじゃ大空も知らぬままいつ訪れるか分からない恐怖におびえ続けるのかな。
私たちは‥彼らには流されるのではなく自分たちの翼‥足で進んで欲しいから。そう願うから。
装甲車に揺られながら、打って変わって静かなウェルを抱きかかえ、虚ろな瞳で、窓に映る小さな空を眺めるエイミ。
その思い描く未来は、窓程の小さなものになってしまうのか、それとも、その向こうの果てしない広さに適うものとなるのか。
●
市内の警察署から、3人の男が出てくる。
真ん中の男を先頭に、パトカーではない、移動用の黒塗りの車の前まで来ると、
車両に体を預け、紫煙をくゆらす男を目にした。UNKNOWNだ。
「時間が無いので、な。手短に。親バグア派でも反バグア派でもなく、議員でも軍でもなく市民に付け」
「‥ただの傭兵が、何を偉そうに」
「どちらがどちらを弾圧する行為も‥止めろ。約束するなら、信じよう」
UNKNOWNの台詞に顔をしかめる署長。
言ってる事は、聞こえが良い。
だが、そもそも、どこの誰とも知らない男――それを自ら名乗っているのは皮肉だが――の言葉に、市の平和を握る男が、約束もクソもなかった。
続く沈黙。
『処理』の合図を出すのに、躊躇はなかった。
そして、横の二人の男が銃を抜こうとするのを見て、威嚇の為にUNKNOWNも銃を抜こうとする。
弾ける火花は、ぶつかり合う視線だけで済んだ。
突然UNKNOWNに、横から飛び出してきたエンタが飛びかかる。
作戦中、ずっと複雑だった胸の奥で疼いていたしこり。
威圧や恫喝での説得には、どうしても体が止まったままではいてくれなかった。
銃口を向けられたまま、UNKNOWNから離れてエンタが頭を下げる。
「私達の我が侭で、街を戦渦に巻き込んだ事を謝らせて下さい」
ぺこ、と、打って変わった対応に、さすがの男達も当惑する。
「戦争である以上‥最善を尽くしても守れない命は出る。補償も不十分な事態は起こり得ます。それは‥隠せない事実です」
腹を割った話、不利な部分を取り繕おうとしない彼の姿勢は、傾聴に値すると判断されたのかもしれない。
すぐに引き金が引かれるという事は、なかった。
「その戦争に、我々は無理やり引き込まれたんだ。今まで極力関わらない努力をしてきたのに、お前達のせいで台無しだ。その責任、これから降りかかる事実。どうしてくれる」
責任転嫁だという事は、わかっていた。
目の前の少年のような風貌の小さな体に、やりきれない無常感を押し付ける自分の方が、よっぽど小さいという事に、どうしても気付きたくはなかった。
エンタは、答えない。彼が変わりに、署長の増えた仕事を担うのか。そんな、具体的な話ではないのだ。
「私は‥私は、この戦争が終わった時‥皆さんから、笑顔で『おかえり』って‥言ってもらいたくて‥戦っています。我が侭だって事は‥わかっています‥それでも‥許して下さいませんか? 一緒に歩んで‥下さいませんか?」
必死さに思わず握る拳、署の壁にまで響く声量。
心情だけで全てが動くわけではないが、銃口を向けたり、殺生な事実を突きつけたり、
無理やり変えた環境を補うには、何も言わないよりは、直接訴えかける方が、遥かに胸に迫るものがあった。
答えは、なかった。だが、銃は自然と収められていた。
終始署長の目を見て話していたエンタも、ついに視線を逸らす。――時間だ。
静かに去り行く傭兵の背中を見る署長に、横の男が耳打ちをする。
「‥‥やってくれる」
それは、親バグア派閥の幹部が不審な死を遂げた、というものだった。
まずは市民間の動揺を収束させ‥それから、どうするか。
選択肢は、支配されている時よりも、明らかに広がってくれていた。
●
「あの土地を‥本当の意味で『解放』出来るのは‥いつになるでしょうね‥」
LHへ向かう高速艇、その医務室の中、遠ざかる済南を見ながら、ベッドに横たわるハミルが呟く。
「誰も『今』から逃げることは出来ん。逃げたつもりになってるだけだ」
そんな何気ない一言を拾って、怪我人の状況を端末で記録していた雅が言う。
「『今』からは逃げられない。確かにそうだ。だからこそ、彼らは『今』に立ち向かう時だ。時間が解決してくれるような状況ではない。心が壊れるのが先か、『今』を解決できるのが先か。暗くなるまで待っていては、悲惨な状況しか見えてこない。だからこそ‥まずは俺達が、前に進まなければならないんだと思う。俺は‥な」
成果は、完全ではなかった。
だが、傭兵達は市民に『爆弾』を残す事に成功した。
本作戦の後、すぐに市民の意識を奮い立たせ『解放』する事は出来なかったが、
その為の礎は、充分に築くことが出来たに違いない。
彼らは今の自分達の状況に、真っ向から疑問を抱く事が出来るようになり、
バグアの武力から開放されて、選択の機会を得ることが出来た。
後々の着火次第で、起爆できるだろう。
そして、環状包囲網への補給の要を絶たれた事で、ウォン一派を始めとするバグア勢力はかなりの混乱に陥った。
中国でやりたい放題のバグアに、確実に一矢報いる事が出来た。これは誇るべき成果だった。
●
高速艇の艦橋上、木製のコンテナに腰をかけるユーリと、寄りかかるように胡坐を書いている獅子鷹がいた。
二人共、端末を忙しなく叩いたり、画面と睨み合ったりしている。
「あれ、どうしました?」
楊江が声をかければ、獅子鷹が画面を向けて手招く。
「おう、やっぱネイティブに読んでもらったほうが早いよな!」
「手に入れた情報をざらっと見てたんだ。バグアの言語や暗号でほとんどわかんないとこも多いけど‥中国語も、目立ってさ」
不思議な顔で獅子鷹の液晶を覗きこみ、しばし黙すると‥‥段々と、顔から血の気が引いていくのが目に見えてくる。
「これは‥‥とんでもない情報を‥」
「俺もさ、ここだけは何とか読んだ。『八門遁甲』‥どういう意味なんだろうな?」
ユーリがコツコツ、と叩く画面の地図上には、北京を中心とした8つの市に、名づけられた名前と、担当者らしき者の呼び名‥
たった今、彼らが撤収した済南に名づけられた名は『休門』、担当者は、太陰星。
今後の中国に対する戦略的優位性を、確かに揺らがせる情報に違いなかった。
戦争は、続く。