●リプレイ本文
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「ジャパニーズホラーを堪能するぞ」
「堪能するですよー♪」
言動と和様な周囲とは裏腹に、凛としてゴシックロリータを着こなすエイミー・H・メイヤー(
gb5994)に追随するよう、藍風 耶子が無邪気に片手をあげる。
傭兵達と案内役の係員一人は、俗に言うエントランス部分に集結していた。
『お別れの間』と書かれたその部屋へ一歩踏み入れば、
壁一面にくじら幕が張られ、献花や仏具が並ぶ様は、普通の人はまず嫌なイメージを抱くに違いない。
「ふん、くだらない。子供騙しじゃない、こんなの」
冷静に周りを観察‥しているようで、実は視線が定まっていないようにも見える愛梨(
gb5765)が言った。
そんな友人の様子を見かけたエイミーが、口の端を少し上げて、
「そういえば、霊を模したものの側には本物も寄って来たりするそうだ、ここから出たら一人増えていたりしてな」
と、愛梨の耳元で囁けば、彼女は何となし手にしていた供え物のフルーツを手から落としてしまった。
「おばけやキメラは怖いけど、大人の女はスリルを楽しめるらしいの」
カグヤ(
gc4333)は、佇まいと自信こそしっかりしたものだが、先ほどから雨霧 零(
ga4508)の後を憑いて‥‥失礼。付いて行ったりしている。
シルクハットにゴシックマント&ブーツ、やはり和風からはかけ離れた格好ではあるが、意気込みだけは充分のようだ。
軋むドアをゆっくりと開けて、彼らは闇へ、その身を自ら溶かしてゆくのだった。
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「こう、雰囲気があからさまなのは苦手というか‥うん、怖いです」
言ってる事と行動に正直なのは飲兵衛(
gb8895)だ。
彼は今、古く閉鎖的で不気味な山村がテーマの階層を、気持ちいつも以上におどおどと警戒している。
恐る恐る民家の引き戸を重くあければ、突然彼の腹部に、ふにっ、と怪しげな感触を覚える。
「うわぁ?!」
何事かと視線を下に移せば、驚いて落とした彼の提灯をキャッチして、ウェイケル・クスペリア(
gb9006)――ウェルが、
ちょうど扉の開いた位置、真顔で彼のお腹をつついていた。
「いや、やっとくべきなのかなって」
「いいよそんな気遣いっ?!」
いつもなら彼女の友人が飲兵衛にしていた事だが、結果的に、そんなやり取りのおかげで最初の恐怖はどこへやらとなる。
「民家も通路になってる場合があるみたいですー。この先から裏に出れますよー♪」
耶子が扉の影からぴょこっと顔を出して二人を手招くので、外に出る。
演出とはわかっていても、生ぬるい風が頬をすり抜けるのは、気持ちの良いものではない。
漂うように揺れる提灯で先を照らしながら進むと、突然、目の前の民家の土壁を破り、大きな火球が飛び込んできた。
3人が左右にバラけて回避すると、埃と瓦礫の向こうに、尻尾を二本生やした、虎のような巨躯の化け猫が、
スタッフらしきみすぼらしい恰好をした男性を、足で地に抑えつけてこちらを覗いていた。
「わわっ、あの人大ケガしてますー!」
「ぇ、特殊メイクじゃないかな‥いや、もしかしたらホントに重傷‥?」
武器を構えるや否や、なぁごと一声鳴いてから飲兵衛に素早く飛びかかる。
微かに血の香りがする爪は、顔まで残り数センチと言うところで、機爪の甲で辛くも振り払えた。
そのまま間合いを取り、冷静に奇襲を立て直すと、
化け猫が軽快なステップで地に降り、張り付くように四足へ力を込めると、フレアの如く猫の周りへ無数の鬼火が展開する。
施設、人、見境なく火の球が飛び交い、傭兵達の肌を熱気で焼きつけようとする。
「春の亡霊としては、ここは負けてらんねーとこだよなぁ?」
扇の裏で不敵に笑むウェル。
そして対抗するように覚醒の光を周囲に舞い散らせ、敵の鬼火を鉄扇で的確に、無駄なくいなし、捌いてゆく。
「ケガは大丈夫そうですー、こちらは任せてくださいねー」
「ご苦労さん、だ。ま、安心してくれ。こっから先は、あたしらのダックハントの見学会だから」
耶子が頭に鎌を差したスタッフに近寄れば、出血のほとんどはメイクだった事が判明した。
ウェルが扇子をびしっと、倒れた係員を指してから、最後の火の球を猫へ撃ち返す。
狭い村風景だ、逃げる場所は上しかない。
鋭い反射神経で跳躍しようと身を屈め、猫が視線の先を屋根へと向ける。
が、近距離で立ちまわっていた飲兵衛が、ガンズトンファーを叩き落とすように猫の頭へ振り下ろす。
彼が横へステップすると、影に隠れて接近したウェルが、両断剣の赤い光を纏った鉄扇で一閃を描く。
手首のスナップでくるくるとトンファーを回し、鉄扇をパシンと閉じた二人の前で、
尻尾と胴体を流し斬られた猫は、綺麗なラインで血の跡を残し、そのまま足を崩して沈んでしまった。
「地に足つけとけ‥ってな?」
「‥‥やれやれ、猫屋敷に改名した方が、いいんじゃないかな」
一息ついた矢先、左右の路地から現れる二匹の新しい化け猫。
背中合わせに構え、二人は勢いに乗らんとして駆け出したのだった。
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「俺が先頭でいこう。肝試しで男が先導するのはセオリーだからな。なので、二人にはうきうきでなく怖がってくれると嬉しいのだが‥」
無理な話か、と苦笑する天野 天魔(
gc4365)の視線の先では、
「ふむ‥いい雰囲気だな。造形もなかなか‥」
エイミーが、ぺたぺたと壊れた襖をいじったり、血塗れの仏壇をじっくりと鑑賞したりしていた。
嬉々として歩き回っている様は、ロシアンブルーの子猫を彷彿とさせる。
そして、天魔の背中には、ほぼピッタリと零が憑いて歩く。
「こういう場所は男の人が先に行くものだし盾‥‥頼りがいがあっていいよね!」
そういって警戒している彼女の目も輝いている。
苦笑を重ねつつも、軋む廊下を慎重に歩くことにした。
上機嫌のエイミーが自身の霊体験等を語りながら進んでいると、
「罠発見。二人とも注意だ」
天魔が片腕を広げ、スイッチのある床を跨ぎ、二人もそれに倣う。
「こんにゃく罠は絶対にあるはず‥!もしかしたら、今のが‥!」
「台所に行けば‥あるかも知れないぞ、名探偵さん」
「鍋に入って捻じれてる方がありがたいがな、俺は」
引っかからなかったのを若干悔しそうにしながら、その場を去る零だった。
二階部分に到達すると、障子で囲まれた畳の広間に出た。
そして、屋敷の屋根に空いた大穴から、
アトラクションの天井のライトに、鷹のような翼と姿態を持つ人型のものがぶら下がっているのが見えた。
と、零が前に出て、懐をごそごそと探りだす。
「名づけて‥ブブゼライジングアタック!」
取り出したるは、ブブゼラ。(面白半分で)込められた名の如く、くるくると上昇していくその楽器は、人型のものへ近づくと、
赤い障壁に阻まれて畳に落ちてしまった。
「ふふふ、お化け屋敷を汚す君達には閻魔様の代わりに名探偵にして神である私が裁きを下そう」
自信たっぷりに啖呵を切り、構える武器はジャッジメントですの。
鳥人めがけて飛ぶ弾は、寸前で回避されライトを破壊し、屋根の穴へ欠片を降らせる。
「向こうも、穴から入ってこないと攻撃は出来ない‥本当に、良い造りだよここは」
鳥人が飛び込んでくるところを見計らい、エイミーがピンを抜き、閃光手榴弾を炸裂させる。
完全に平行感覚も方向感覚も無くした鳥人が、身をばたつかせながら落ちてくる。
涼しい顔をしてバックラーでその体を受け止めると、体を横にスライドさせ、数秒前自身が居た所に落ちて来たキメラを流し斬った。
ばら撒かれるアサルトライフルの弾を掻い潜って、矢のように天魔へ突撃してゆく鳥人。
間に合わず、自身障壁で防御を固めるが、鳩尾への鋭い一撃に肺の息を全て持っていかれる。
「――ッ! 大丈夫かい?」
「あぁ、問題無い。エスコートはまだ終わってないからな」
口をぬぐい、零の前に立ち直る天魔。
宙で羽ばたきながら振りかぶった鳥人の足爪を避ければ、空振った爪が畳に食い込む。
援護射撃で零が敵の動きをその場に縫いつけている隙に、
そのまま、持っていたパイレーツフックを楔のように振り下ろした。
懸命にもがく鳥人だが、程なくして、延髄に、とすっ、とエイミーの蛍火が突き立つ。
声にならない声で鳴いた後に、鳥人は棒のように倒れた。
「スタッ、フゥー」
「お‥‥終わったかい?」
一応、二階の生存者の確認の為声を出せば、近くの押し入れがすーっと開き、
枯れたような顔のメイクを施した、白い死装束の男が二人出て来た。
「なるほど‥これも、驚かせるうちなのだな。プロだ。このアトラクション、実に奥が深い‥」
「え、いや、そういうつもりじゃ‥‥」
「ところで幽霊君。こんにゃくのトラップはあるかい?」
「いや、それより出口だろう‥‥」
エスコートと言うよりも、二人を誤った道へ行かないようにするナビゲートに忙しい天魔だった。
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「お化け屋敷に本物が出るのは良く聞く話だが、本物以上に厄介なのが出るとは」
ネオ・グランデ(
gc2626)が眼鏡の位置を直しながら辺りを見回して言った。
愛梨が最後の熊キメラの喉を清姫で斬り裂くと、辺りの気配は静かなものとなる。
遠方より回復に努めていたカグヤがひとまずの安全を確認すると、おずおずとビスクドールを抱えて二人に合流した。
「ふぎゅっ」
が、その途中、ミカエルの駆動を止めて一息ついていた愛梨の横を過ぎる時に、思いっきり前のめりにこけてしまう。
ビスクドールが手からぽてぽてと落ちると、近くの墓石まで転がっていき‥‥突然、耳をつんざくような叫び声と共に、血まみれの女性が現れる。
「――ッ! な、何よ。ただの作りものじゃない」
一瞬縮みあがったかのようにも見えたが、執念かプライドか、平静を装い強がる‥‥失敬。
平然として向き直る愛梨。目の端に何か光ったような気もするが気のせいだろう。
「うぅ‥ごめんなさ‥」
血まみれの女性はホログラフだったようだ。
そして、起き上がったカグヤが足を着いた地面から、カチッ、と嫌な音がする。
顔から血の気が引く二人。そして一寸拍後、首筋に、ぬるん、とした感触が貼り付く。
「な、何よッ?!」
こんにゃくだった。
「‥‥ッ、いい加減にしなさいよね、プロデューサー!」
プロデューサーのティン!と来た思いつきに、面白いように振り回される傭兵達である。
悔しさのあまり、バシン、と糸からこんにゃくをもぎとり床に叩きつけると、
気持ち力強くのしのしと先をゆく愛梨。
慌ててネオが追いかけると、二人の目の前に賽銭箱が置いてある。小石を投げるが、FFの反応は無い。
安心して進んだのも束の間、前に立つと、先ほどよりも野太い叫びと共に、賽銭箱から無数の青白い手が伸びてきて、二人を襲った。
「す、スタッフが中に居るのかしら? はいはいお疲れ様ー」
と、冷や汗と共に顔を引きつらせながら呼びかける愛梨。
カグヤが照らしながら、中から4人の係員を救助していると‥‥突如、拝殿の奥から大きな黒い物体が飛来してくる。
傭兵達がいち早く気づき、係員達を伏せさせると、頭上をかすめ、狛犬の間に突き刺さったそれは、大きな金棒。
厳かな雰囲気などまるで無視し、音を立て大股で歩み寄って来るのは、身の丈2mはあろうかという、鬼だった。
「露骨に正体がわかっちゃえば、後はやりやすいわね‥?」
「近接格闘師、ネオ・グランデ、推して参る」
スタッフをカグヤの位置まで下げ、二人が強化をもらいつつ、前に出る。
と、鬼は、投げたのとは別の金棒を背中に付く程振りかぶると、思い切り愛梨とネオへ向けて振り下ろした。
別れるように左右に散り、ネオが軽快なステップで側面や後ろへ周り爪を突き立て、
次の金棒の狙いが定まらないよう攻撃を仕掛ける。
鬼がうっとおしくなり、振り払うように金棒をジャイアントスイングすると、ネオの脇腹へ抉りこまれようとした金棒は、
愛梨が割りこんで清姫の柄で受け止める。
「――ッ!」
決して軽くはない一撃に、薙刀は軋み、押し返す足に力が籠れば、AU−KVの各所から音を立てて放熱の排気が行われる。
そこへカグヤが遠方から電磁波を浴びせれば、鬼の体から一瞬力が抜けた。
――好機。
流れるように金棒を体の横へ逸らし、そのまま石突を振り上げて鬼の顎を砕きにかかる。
直撃し、顎と脳を揺さぶられた鬼が唸りながら地に膝をつけると、すかさずネオが前方に回り込む。
「ここまでだ‥‥疾風雷花・紫陽花」
純白の爪を、殴り上げるように腹部へ潜り込ませる。
引き抜けば、禍々しい色合いの体液が、華吹雪のように辺りに散り、鬼はそのまま動かなくなった。
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傭兵達は全てのキメラを掃討した。
そして、一匹も外に出さず、一人の犠牲者も出さなかった。
遊園地の代表者が素晴らしい成果へ挨拶にと現れた‥‥のだが、
入れ替わるように、零が耶子を引っ張り、飲兵衛、ウェルも外へと向かっていった。
「仕事が終わった! さあ、遊ぶぞう!」
「きゃー、ですー♪」
天魔は、解散するや否や、すぐさまお化け屋敷方面へと駆け出す。
「くははは! 新記録樹立は貰った!」
覚えたルートや罠を生かして、タイムトライアルに挑戦するようだ。
「あれ? 今、誰か入りました? 罠の配置変えちゃいましたけど‥」
「‥‥何故だ」
そして数分後、そこには落とし穴に体の半分を埋める男がいた。
物音がしたので、そのまま体を捻って辺りを見回せば、そこには、
しゃがみこんで『日本のお化け・百選』なる本を開いているネオがいた。
「‥何してるんだ?」
「純粋に興味があってな。実は初めてなんだが‥‥お、これが有名なお岩さんか」
しげしげと、見上げるように眺めるネオに、スタッフも、命の恩人という事もあり、実にやりにくそうに苦笑する。
天魔が穴から出ようとした矢先、頭に思い切り重い衝撃がのしかかる。
何事かと見れば、迷い込んだカグヤの足蹴だったようだ。
ぴーぴー泣きながら、面白がるスタッフに追い掛け回されているところだった。
「うん、堪能した」
ほっこりと満足顔でロビーに座るエイミーと、その横には愛梨。
スタッフの一人を捕まえて、ちゃんと全員揃っているか聞いてみると、
「はい、おかげ様で。 あ、賽銭箱の三人も、ドラグーンの人によろしく言っておいてくれって」
「‥3人? え、あの腕の罠は4人‥‥」
表情が固まり、一気に顔の青ざめる愛梨。いや、自分は確かに、あの箱の中から4人出てくるのを見たのだ。
3人の男と、1人の女‥‥
「仕事とはいえ、狭いところに男女は混ぜていれないですよー」
「そういえば、霊を模したものの側には‥」
「‥‥もういやぁー!!」
異形のモノをも屈服させる能力者の絶叫が聞ければ、お化け屋敷も本望でございます。
今宵、闇に飲まれた皆々様方、骨から髄まで染まるまでには、どうか現世の帰路へとお着きくださいますように‥‥