●リプレイ本文
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中国の空を、複数の鉄の翼が覆う。
積めるだけの武装を積みながら、悠々と風を切る部隊が、コクピット内で最後の作戦の確認を済ませようとしていた。
「戦える場所があるのでしたら、どこにだって駆けつけますわ。戦争ほど楽しい遊びはありませんもの」
ミリハナク(
gc4008)が口元に静かな笑みを浮かべ、空戦形態の竜牙の操縦桿を撫でる。
その少し前方には、彼女が護衛を担当する夢守 ルキア(
gb9436)の骸龍。何やら陸の歩兵と綿密な相談を重ねている。
「結構困難な任務ですけれど、わたしが出来る範囲で全力を尽くしますね」
そして乾 幸香(
ga8460)のイビルアイズと、ソード(
ga6675)のシュテルン、軍のディスタンと幾らかの空爆機も同時に編隊を組んでいた。
先に行くこちらは、A班、後にB班が突入し、傭兵達は陸戦と空戦に展開していくという流れだ。
「空爆による基地破壊を装って、ワームを空におびき寄せます。その隙に、陸戦隊に歩兵の道を開けてもらい、歩兵の存在は可能なまで隠匿しようと思います」
空の機体に、新居・やすかず(
ga1891)からの無線が入る。
作戦概要は、大まかには彼の言った通りだ。彼はB班、A班に次いで突入する為に低空域にてA班に追従している。
「‥‥久々の仕事です、きっちり仕上げさせてもらいますよ」
やすかずの護衛機である鷹谷 隼人(
gb6184)も、レーダーと目視で彼の機体周辺を警戒する。
「なるほどねぇ。んで、まず俺達はどこに花火を落とせばいいんだっけか?」
「空港の出入り口を空爆してもらうんだよ。『遊びに来たよっ!』って合図したら、突入してくれるから」
「え?」
ルキアが歩兵隊との通信を終えてから言った。
各々の機体に短いポップ音が響いた。目標地点が近い。
「大規模作戦の前哨戦だ、テメェら気合入れてけよ!」
ウーフー2の初陣だというB班のカーディナル(
gc1569)が威勢良く叫び、ジャミング収束装置をいつでも発動できるよう手を添えた。
―――直後、彼のコクピット眼前を黒い影が駆け抜ける。
分厚い防風ガラスすらも突き抜ける轟音が、頭上から響いてきた。
そして、味方爆撃機の信号が一つ、レーダーから消える。
「地表、敵対空砲、ロックオンが凄い勢いで、照射されてるよ、注意!」
ルキアの解析した対空砲のデータが全機体にリンクされる。
その合間にも、先の一発を追いかけるように、対空砲による猛火が空に入り乱れた。
空戦隊は空爆による基地破壊を装ってワームを空に誘き出す、つもりであったが、
そもそもが空からの脅威に対抗するのが対空砲だ。
空に集中した攻撃が、容赦無く空域にいる者へ襲いかかってゆく。
ある者は、苦し紛れに、射程ギリギリから空爆機へ搭載してきた武装を叩き込むが、
ある者は迫る脅威に焦り、ある者は放つ前にその身を焦がした。
『対空砲の破壊は徹底されていないのか?!』
「空爆機と共に空から攻撃しようとしたのですが‥!」
『KVならまだしも、そんなの出来るわけねぇだろう! チョキにパーで立ち向かうようなもんだ!』
『何が空爆機に紛れて基地内へだ! 俺達空爆機を犠牲にして飛びこむつもりだったのか!!』
陸、空、その場に居合わせた軍人の怒号と、散りゆく爆音が飛び交う中、空戦部隊は応戦しつつも緊急降下を開始する。
朝陽基地攻略作戦の幕開けは、早くも堕ち行く炎の幕が降りてしまった。
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味方の空爆機、軍のディアブロは全滅。ディスタンは降りてしばらく工作に努めていたが、程なくして撤退せざるを得ない傷となった。
傭兵達のKVは、頑丈さや機動力のおかげで、どうにか致命傷は免れていた。
幸いと言えば、対空砲もそれなりには破壊できたと言うことだろうか。
だが、急な事態にコントロールを誤ったりする者も多く、基地の一部には空爆機の残骸による炎と鉄片が降り注いでいた。
立てていた作戦などあって無いものになってしまった事態。
急ぎ陸戦部隊も行動を開始し始めた。
空戦開始まで発見・排撃されないように、極めて集中して潜んでいた金城 エンタ(
ga4154)のディアブロが、猛スピードで基地へと飛び出してゆく。
武装を選び抜いて軽さ・速度を求めたという彼の機体、装輪装甲の勢いのまま踏み込み、爆撃機の残骸で壊れた防壁を飛び越える。
宙で機体を捻らせ、そこに構えていた無人砲台にハンドマシンガンをばら撒き、牽制する。
熱源を察知して無人の砲身が動く。12.7mmの弾が等間隔で飛び出すが、ディアブロの体を掠めるに過ぎず、
接近したハイディフェンダーに切り崩された。
「ここから行って下さい!」
壊れた防壁の残骸を少しどかし、歩兵の為の道を作る。機を逃さぬよう、すぐに小隊は崩れた壁を踏み越えていった。
「済南市の人々への約束を‥‥守るために!」
戦争では、最善を尽くしても守れない命は出る。それでも、いつか彼らに笑顔で『おかえり』と言ってもらう為に‥‥
それを願った自分と、彼らへ、嘘をつかない為に。
操縦桿に、力が籠る。
歩兵がそろそろ抜けきると言ったところで、背部に砲撃を喰らう。
むち打ちの衝撃で内臓が飛び出そうになったが、首を振り気合いを入れ直すと、歩兵への攻撃を引き受けるように照準を浴び、マシンガンをばら撒きながら走り出した。
辺りにまだ黒煙を上げて燃え上がる残骸の中に、陸戦形態でエイミ・シーン(
gb9420)のサイファーがふわりと降り立つ。
エンタの誘導していた陸戦歩兵を見届け、数発目のスラスターライフルで、最後の対空砲を破壊し終えたところだ。
作戦前から加えていたチャプスは、既に小さくなっている。
辺りを見回せば、コクピットのカメラ越しに、敵機に囲まれて混戦状態の味方を発見する。
「ウェルちゃ‥!」
点火。高機動の為の排気が行われ、排出口を燃やしながら一気に距離を詰めた先では、
ウェイケル・クスペリア(
gb9006)――ウェルが、数カ所装甲の剥げてしまったアンジェリカを駆って、タロスを相手取っていた。
背中合わせで、同じぐらい砲撃のダメージを負ったカーディナルのウーフーが練機刀を抜いている。
傍で燃える炎が爆ぜたのと同時に、二人が駆けだす。冴え冴えと揺らめく刀身が、ゴーレムの槍をかわし、柄をなぞるように滑ると、そのまま胸部を切り裂いた。
反対では、ウェルにハルバードを振りかぶったタロス、比べれば華奢なアンジェリカだが、腰周りの放熱板が、音を立てて展開する。SESエンハンサーはとっくに機動済みだ。
「近づきゃ安全とでも思ったか!?」
その身を砕かれる前に、力強くトリガーを引けば、懐を焼きつけるように18発のレーザーカノンがタロスに叩きこまれる。
よろめくその図体へ、背中から近づいたエイミが思い切り操縦桿を引く。
サイファーが跳躍し、妖精が舞い踊るように軽快な回転で体を捻ると、剣翼付きの後回し蹴りを、タロスの首を刈り込むように鋭く放った。
「対空砲の始末が終わったんなら、これ以上敵を空に上げたくねぇ!」
「それならこっちを頼む! 3時方向から残りのゴーレムやらタロスが押し寄せて来てるぞ!」
「了解ですよー!」
AIが電子音を立て、フィールドコーティングが発動する。
カーディナルのウーフーも収束装置をエイミ、ウェル、自機へと収まるよう電子画面を弄る。バルカンの弾数確認、まだ余裕だ。
ゴーレムの砲撃の嵐の中へ、3機が鋭く空気を吸い込む音を立て、突撃しだすのだった。
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霧の様な密度の対空砲火を、どうにか凌いだ者達もいた。
順序こそ違えたが、エンタやエイミに対空砲を潰されて、制空権を争うべく残HWと数体のタロスが空へと浮上してゆく。
「さあ、遊びましょう。楽しませてちょうだいね」
ミリハナクがルキア機の周囲で竜牙を操り、敵タロスが少しでもレティクルの端に反応すれば、トリガーを引く。
高命中の強化型G放電装置に捉えられたタロスへ、追い討ちでルキアのロングレンジライフルが放たれる。
「ヘルメットワーム、砲身に熱源反応確認。気をつけてね」
ルキアがHWの位置情報に熱源をプラスでリンクし、骸龍の特殊電子波長装置γを発動させる。
ミリハナクが操縦桿を倒し、衛星のように骸龍の周りを旋回すれば、矢の様に隼人のハヤブサがガトリングを撒きながら接近する。
「敵機視認、エンゲージ。援護開始します。‥‥後ろは任せて下さい」
ギリギリまで撃ちながら接近、機体を逸らしてターンしては、HWを切り刻むような軌道で大きく何度も行き交ってゆく。
嵐のような弾丸を、なるべく浴びる時間を減らそうと、一定に留まらずふらふらと慣性制御で宙を舞いだすHW。
ルキアの前につきながら、8.8cm高分子レーザーライフルをその蝶の様な機動のHWへうちこんでゆくミリハナク。
直後、やすかずの目に力が籠る。―――機はここだ、と。
操縦桿を思い切り押し下げ、フルスピードで下降し始める。
その軌道を確認した上昇機動中の隼人が、HWギリギリで機体を180度回転。背面飛行のままHWの腹を滑るように抜けると、そのままスプリットS。
操縦桿を引き上げ、やすかずと十字砲火になるよう合わせてから、二発のロケット弾を撃ち込んだ。
やすかずは画面上に増やしてゆく10個のレティクルを目で追い、一つ一つにエニセイの弾が撃ち込まれてゆくのを見届ける。
10個目の弾を避けたHW、そこは、やすかずのS−01HSCの照準、ど真ん中だった。
仲間達の激しい弾幕を読み、計算通りに追い込んだ軌道へ、ブレスノウを込めた短距離リニア砲を撃ち込む。
HWはその身を大きく焼き貫かれ、慣性制御の体を大きく揺らし、失速し始めた。
そこへ、電子戦と、補うべき個所を見つけ援護に集中するべく、行動を遅めにとっていたルキア機へ、
ハルバードを振りかぶり接近するタロス。
「よそ見しちゃ、ダメだよっ?」
ルキアは落ち着いてミリハナク機へデータを転送する。
ミリハナク機は急速転回、機首をタロスへ向けると――剥くのは牙では無く、荷電粒子砲『九頭竜』の砲口。
「守ると決めたのですから、誰も近づけませんわよ」
細かい事は苦手だからと、火力に特化したサポート。
AIの補助を受けながら放った粒子砲は、振りかぶったハルバードごと、頭から上をその光の筋に飲みこんでいった。
さながら、喰らいつかれた獲物の様な風体で、タロスはその身を崩していったのだった。
垂直離着陸の可能なソードのシュテルンは、宙に残らず手早く無人砲台を片付けていた。
「今から、ロックオンキャンセラーを使用します。『バロール』の邪眼で敵が身をすくませる間にきっちり叩きましょうね」
幸香のイビルアイズのキャンセラーが、一体のゴーレムを捕らえると、
スクリーン上のゴーレムが放ったフェザー砲は惜しいところでソード機の身を掠める。
そしてひたすらに放たれるフェザー砲の間を縫うように流れ近付けば、機槍で鋭くその身を穿つ。
だが、ロンゴミニアトの一撃を甘んじてその身に受け入れるように槍を掴むゴーレム。
そして、腰からハンドガンとは思えない口径の銃を取り出し――シュテルン機へ銃口を『付ける』
零距離からの射撃。
ソードの視界が一瞬黒に染まり、衝撃が襲った。
自身の意図せぬ方向へ体が、機体が吹き飛ぶ。
ショックアブソーバー、バランサーがフルで機動し、損傷チェック。AIが忙しなく機動音を立てるが、かろうじて戦闘行動に支障は出なかった。
ゴーレムは幸香機へ向き直り、連続した細いレーザーを放つが、彼女は装輪走行で後ろに波のような軌道を描き回避、
その間ずっとモニター内でタロスをキャンセラーの範囲内に収めるよう操縦桿を調整する。
二人を狙ったゴーレムは、明らかにさっきまで相手をしていた汎用機とは違った雰囲気を見せていた。
タロス程ではないが、ゴーレムの図体をそのまま何倍かにしたような大きな体、オリーブドラブに塗られた装甲、
そして、少し大きめのハンドガンのような武器を装備していた。
「空陸を問わずに戦えてこそのKVですからね。陸でも充分に戦える事を証明して見せます」
幸香が回避により開いた距離上で、モニターに映るゴーレムを拡大。レティクルが画面中央に飛び込み、段々と短くなる電子音がひと繋ぎの音となり――発射。
重機関砲と長距離バルカンを織り交ぜ、様々な口径の弾を撃ちこんでゆく。
だがゴーレムは頭部を腕で庇うようにしたまま、代わりに空いた胸部から無数の小型ミサイルが網の様に二人へ飛び込んでくる。
キャンセラーも、この距離だとロックオンも何もなかった。
絶望的な弾頭の嵐の中、瞬時のうちに飛び込んでくるサイファー。
フィールドコーティングを発動、真ツインブレイドを構え、迫りくるミサイルを切り払ったり、受け止めたりするのは、エイミだ。
「さて、此処からは一方通行と行きましょうか?」
けたたましいロックオンアラームを全て実力で止めた静寂の中、エイミが微笑むようにして言う。
そして彼女のサイファーの横を、幸香のイビルアイズが駆ける。
ミサイルで煤汚れたヒートディフェンダーを構えると、踏み込み、重心を押し放つように突き刺す。
「そろそろ終わらせるとしようぜ!!」
高分子レーザー砲を的確に放ちながら駆け付けるのはカーディナルのウーフー。
辺りの味方機へジャミング収束装置が機動した事がリンクされる。
「――今か! PRM『アインス』起動。ブースト作動。シャイニングペンタグラム!!」
センサーからジャミングの影響が消える。
シュテルンの翼が、SESの流れを一点に集中するよう軌道を変え、振り抜かれる練剣『雪村』
幸香が串刺しにしたゴーレムへ、一撃、二撃、六芒星を描く斬撃の後、胸部へ突き刺す試作型女神剣『フレイア』
剣の発する光に紛れ、ゴーレムの内部パーツで誘爆が小刻みに起きてゆく。
急ぎその場の全員が離れると、その特殊なゴーレムは鋭い閃光の後――その場で爆発した。
撤退する歩兵を護衛するように立っていたエンタが、センサーからゴーレムが消えたのを確認する。
指揮官は、中にはいなかったそうだ。となると、あのゴーレムだろうか。
今となってはわからない謎の中、操縦桿を握る手から力が抜ける。
そして、立ち上る煙を、そこはかとなく見つめるのだった。
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主に対空砲に迎撃された空爆機、及びそこに搭載されていた装備の落下により、
空港の設備は半壊以上のありさまとなっていた。
その際、崩れる建物や振り散る鉄片によって、歩兵部隊にも幾らか被害が及ぶ。
制圧、掃討と言うよりは、バグアから引きはらったと言う印象の方が近い結果となってしまった。
だが、確実に敵の拠点を潰したのは事実なのかも知れない。
Operation of Liberate Peking...諸君は、既に序章を読み終えているのだ。