タイトル:Blue Day dawnsマスター:墨上 古流人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/24 11:13

●オープニング本文



 某所某日某時刻。
 建物や草木で視界を遮断されない、殺伐とした砂色のパノラマが広がっていた。
 灰色の空には、大型の鳥が雲を切り裂くように悠々と飛んでいる。
 風が吹く度、土と雨の匂いを感じた。

「‥‥暑い。いや‥‥これは、熱い」 
 気温40度弱のインドの空を飛ぶサイレントキラー。
 武器や弾薬、物資にまみれた中でその姿というのもただでさえだが、
 それ以前に、この気温下にも関わらずスーツを着ている井上 雅は、
 開け放たれたヘリの縁に座り、流れてゆく景色を眺めていた。 

 吹きこんでくる熱風に目を焼かれ、思わず目を瞑る。
 額、足、背中、シングルの下で伝う汗。
 既に手持ちのハンカチは、飽和出来る水分の量に限界を迎えていた。 
 
『ジョードプルまで、あとどれくらい?』
 突如、首にかけたインカムから、ノイズ混じりの音声が漏れてきた。
 耳につけ直せば、その声が聞きなれたオペレーターの声だと悟る。

「まだだ。見えてすらいない。傭兵達も待機中だが、装甲車の中でタンドリーチキンにならないよう必死だ」
『あら、タンドリーチキンなら、この時期上見て口開けてれば、熱さにやられた鳥がそのうち落ちてくるわよ』
「お前‥‥この気候、知っててこなかったな」

 柚木 蜜柑のしれっとした返答に、拳を振るわせる。
 握っていた水筒から、水滴が少量、宙へと流された。

 ジョードプルとは、インドはラジャスタン州に広がるタール砂漠の入口にある街である。
 街のほとんどの建物が青色で統一されており、別名『ブルーシティ』と呼ばれている。
 砂漠の中に映える青は旅行者の目を釘付けにしていた。
 だが、今このジョードプルで人々の目を釘付けにするのは、街を囲む城壁であろう。
 バグア襲来以前より元々建てられていたこの城壁は、内部を旧市街と新市街に分け、
 パキスタンとの国境に近いインドの街として、防衛機能を備えていた。
 その街は今や、インド軍等、パキスタンへの侵入者を阻む防壁となっているのである。

「状況は? 溶ける前に、聞かせてくれ」
 Yシャツの胸元に空気を送りながら聞く。
 熱気が汗に濡れた胸を撫でるのは、あまり心地よいものではなかった。

『ブルーシティは、ほぼ相変わらずね。街内部に、メカメカしい造りはあまり施して無いみたい。壁の強化とか‥‥砲台くらいかしら』
「対空砲は、叩く必要があるのか?」
『別の軍の部隊が担当してくれるわ。 初っ端は無理でも、しばらくすればヘリとかも入れるでしょうね』
「ならば、俺達は何をすればいい?」
『街の中の戦力を無力化よ。他にも50人ぐらいの歩兵が街に投入されるけど、強化人間や、キメラも確認できるみたい。主に‥‥ゾンビ的なのとか』
「霊廟絡みか? この熱さで常温保存は、避けてもらいたいものだ」
『ちゃんと冷たくしてあげて頂戴。 内訳の詳細は、データで送るわね』

 腰を捻り、端末に手を伸ばそうとするが、後少し後ろへ届かない。
 立ちあがるのも億劫になり、ため息交じり、溶けるように背中から床へ倒れる。
 シャツが張り付き、大して冷たくもない鉄の床に後悔しつつ、端末を手に上半身を起こした。

「‥‥ん?」
 起動の片手間で煙草を口に運ぶ。
 だが、火をつけようとした瞬間、葉の先が濡れて火を拒んだ。
 刹那、バケツをひっくり返したようとはこの事か。
 耳をつんざく程の轟音が、ヘリの音にも負けず室内へ飛び込んでくる。
 視界を全く遮るスコールが、雅の目の前に広がっていた。

「‥‥テレビの砂嵐を5:1サラウンドで聞いているかのようだ」
『それ以上じゃない? ほぼ360度だし。雨季だからまぁ当然かしら』
 宙に投げだしていた足を引っ込め、ヘリ内に立つ。
 新しい煙草は『火器厳禁』の張り紙によって出番を無くしてしまった。

『後は、今送った情報と、私の話した事を、傭兵のみんなに伝えておいてね』
「‥‥俺はいつ、オペレーターになったんだ?」
 ため息交じりに、指先を動かす。
 と、フリックした指を、慌てて逆へ動かす。
 少し濡れた眼鏡の奥で、雅はある一点に集中していた。

『そっちにいって、良かったでしょ』
「‥‥あぁ。感謝する。オペレーター手当には、充分見合う情報だ」
 事前情報による、敵の詳細。
 強化人間の欄で、雅は、何度か見慣れた項目を見つけた。
 推定指揮官と題された下には、艶やかな銀髪をなびかせながら、ゾンビの群れの中で毅然と佇んでいる姿があった。

●参加者一覧

UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
雨霧 零(ga4508
24歳・♀・SN
旭(ga6764
26歳・♂・AA
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
楊江(gb6949
24歳・♂・EP
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN
L・エルドリッジ(gc6878
40歳・♂・EP
ルミネラ・チャギム(gc7384
18歳・♂・SN

●リプレイ本文



 青い壁に黒い影を映すはずの陽光は、灰色の厚い雲に遮られている。
 砂に囲まれた街は存外埃の程を感じず、雨季の水分で空気中の汚れは下に落ち、
 重く、それでいて綺麗な空気が、駆ける彼らの体を透き通っていった。

『サイレントキラーよりA班へ。敵影がそちらへ向かっている。各員、戦闘に備えてくれ』
 雅が上空よりライフルのスコープで覗き、引き金に指をかけ――
 飛びこむ銃声がゴングとなり、震える空気を、そして無線を通して街中全軍の耳に届いた。


「敵発見しました。ゾンビ型、10体‥‥いえ、それ以上です」
 左右を背の高い住居に囲まれた、入り組む路地。
 ルミネラ・チャギム(gc7384)がバロックを構え、目に入ったものから狙いを定めてゆく。
 動きが遅いので、敵の頭も、胸部も、一つずつ確りと捉えて穿つ事が出来た。
 
「さあ、派手に行こうか。要塞攻略のみんなのためにも、ね」
 ルミネラの射撃に反応し近寄るゾンビへ、旭(ga6764)が飛びかかる。
 宙で抜き身のデュランダルを振りかぶり、撃ちこむように斜めに突き降ろす。
 狭い道で振り回せない分、縦方向への剣のラインを考えた立ち振る舞いをしていた。
 
 旭の背にある細い道から、静かに忍び寄るようにゾンビが現れる。
 ルミネラがリロードを終え構えなおすが、同タイミングで旭はSES付きの脚甲で後ろ回し蹴り。
 首を刈るような軌道に吹き飛ばされる敵、そこへL・エルドリッジ(gc6878)――レオナルドが、
 腰を落として構えたガトリング砲を突き出す。
 秒間何発もの弾丸が、ボロボロの体を更に崩していった。

 連絡によれば更に先までゾンビは続いていると言う。
 途方の無い状況――だが共有を密にした情報は次々とレオナルドの頭の中に蓄積し、的確な攻略の指示を叩きだした。

「能力者は細い道で不意打ちの警戒、軍の連中は援護だ。サイレントキラーには、レッドカーペットを敷いてもらいたい、出来るか?」
『了解した。リムジンは横付けできないが、道は示そう』
 一寸拍後、滝のような弾丸の嵐が、傭兵達の前の道を流れてゆく。
 能力者の雅が撃ちだした機関銃は、赤い障壁を貫きほとんどの敵を屠る。
 残った敵をトドメとばかりに、ルミネラが撃ち、旭が切り込み、道を拓いていった。

『離脱する。ところで‥‥煙草の火はいらんのか? 砲火が嫌なら、スペアのライターを投げるが』
「いや、終わってから頂こう」
 帰って、この煙草に火をつけられるようにというゲン担ぎだろうか。
 サイレントキラーが切る風を背に、レオナルドも重い銃弾をばら撒きながら、キメラの血に塗れた道を突撃していった。

「おっと、客が来たな」
 UNKNOWN(ga4276)の立つ、通りを挟んで向かいの屋根を素早く駆ける人影。
 黒いタイトなスーツ姿でライフルのような武器を構え、A班の背中を追いかけようとする。
 そのエイムを遮るように、SF風対戦車ライフルの外観を持つ、エネルギーキャノンを発射。
 敵の足元に知覚の砲撃が着弾。飛び散る瓦礫の中から、
 UNKNOWNに真っ直ぐ飛び込んでくる、緑の閃光。
 ボルサリーノを抑えながら、翻るように敵の射撃を避けると、
 晴れた埃の下から現れる佇まいは、推定、バグア星人兵。

「――私が片付ける」
 即座にお互いが武器を構える。顔の横を掠める、空気の焼ける匂い。
 高低差のある屋根を素早く駆けながら、空を凄まじいエネルギーが飛び交いだした。

「最近どうにも大型の相手が多くて、慣れてきそうで怖いな」
 旭がデュランダルの樋を盾の様に斜めに構え、突きだされた腕の一撃を、滑らせるように地へといなす。
 次いで、ガネーシャは装甲のような分厚い皮膚で弾丸を弾きながら、地を蹴り突進。
 大型トラックのような猛進を、横の地面へ飛び込むように旭とレオナルドが避ける。
 と、スピードを殺しきれないガネーシャは、周りの多くの家屋、壁を崩し、
 高く積まれた瓦礫の向こう側へと、見えなくなってしまった。


 流石にこの不意打ちは、楊江(gb6949)の探査の眼でも探れなかった。
 A班の前から消えたガネーシャ型は、壁の向こうのB班の所へと飛び込んできたのだ。

「増えた、一度掃討したいので手を貸してくれ」
 崩れた壁のせいで、A班は援護に回れない。
 ゾンビを屠っていた刀をおさめ、超機械を取りだして屋上班に連絡するのは月城 紗夜(gb6417

「ふっふっふ、この時のために‥‥この‥‥」
 雨霧 零(ga4508)が屋根の上からいつもの自身に満ちた振舞いで持ちだすのは、名探偵の虫眼鏡でも、名推理でも無く、
「大口径ガトリング砲を‥‥持っててよかったよ! ‥‥ただ、結構重いんだよね、これ‥‥」
 その後ろ、空から飛び降りるような勢いで零に近づく大鷲型キメラ。
 鈍く光る爪を剥き出しにし、彼女の頭を掴みにかかる。

 そこへ、一気に走り、割りこむように飛びかかる黒木 敬介(gc5024
 至近距離でDF−700小銃を突きだし、発砲。
 素早い機動から狙い澄ました弾丸は、鋭い爪を砕き、逞しく肉付いた腿を穿つ。
 零が射撃に専念出来るよう、周囲を細やかに駆けまわり、地点を確保。
 それはまるで、強襲的な観測手と言えるような立ち周りだった。

 ふらつく零の横から手を伸ばし、ガトリングを抑えて彼女のバランスを支える。
 暑さは平気だという彼は、装備の上に着流した日避け用の布を、翻して銃を構え直した。

「レッツパーr――」
 零の威勢の良い掛け声は、何重にも連なる弾丸の音にかき消され、
 怒涛の火砲がガネーシャへと注ぎこまれてゆく。
 その隙に沙夜が建物の窓へと飛び移り、超機械『扇嵐』を起動、
 弾丸の雨に扇の竜巻を加え、ガネーシャの周囲が嵐と化してその身を襲う。

 なれば次にするのは、雨宿り。
 沙夜の入った家屋めがけて、象牙をかざして突進してゆく。
 衝撃と、轟音。
 ぼろぼろと壁を崩しながら、無理やりねじ込むように建物へ入りこんだガネーシャが、
 沙夜めがけて長い鼻をしならせる。
 檜扇型の超機械に、その身を隠すように防ぐが、鼻の鞭の威力は、彼女の体を扇嵐ごと吹き飛ばす。
 屋内に残った調度品を巻き込むように、壁に叩きつけられる沙夜。動かない体に顔を歪めると、細めた眼に飛び込む、象の足。

 踏みつぶそうとしたところへ、楊江が素早く飛び出し、マチェットをその太い足へと振り下ろす。
 重ねたダメージが分厚い皮と肉を断ち、バランスを崩した象は、窓の外へと転落していった。
 
「一度外へ出ましょう、立てますか?」
「ああ、すまない。まだ動ける」
 沙夜へ『蘇生術』を施し、急ぎガネーシャの作った穴から外へと出た。

「キメラ一体にこの調子で、僕達を相手出来るかい?」
 路地裏より、ゆらりと現れる、艶やかな長い銀髪。
 静かで、それでいて屋上にまで確りと通る声で、その男は傭兵達に語りかけた。

「‥‥前時代な装備だな。囲んで銃で撃てば幾らでも殺せる」
 空と屋根の敵を粗方仕留めた敬介が飛び降り、男が背負う身長程のシャムシールを見やって言う。

「やってごらん。楽しみだよ、その自信が欺瞞だと気付いた時、絶望的な顔を潰してやるのが、さ」
 見る者に質量を感じさせない程にすらりと抜かれた曲刀は、更に後ろから現れた強化人間と共に傭兵達へ襲いかかって来た。


「おや――」
 エネルギーキャノンを背負っていない方の肩に、ぽつ、ぽつと上着を叩く感触を覚える。
 そして、数秒もせずに、天から土石流のように降り注ぎ出した――スコール。
 UNKNOWNの目の前に、水の緞帳が張り巡らされてしまった。

 だが彼はうろたえるようなことはしなかった。
 篠突く雨の中、変わらず静かに、キャノンを構えたまま、ゆっくりと視線を動かし、消えたバグア兵を探る。
 雨がもたらす、凛とした冷たい空気が如く、感性を研ぎ澄まし――
 
 視界の端でほとばしる閃光。 
 だが悟っていたかのように落ち着いて回避。
 その様はまるでソシアルダンス、ノーシークエンスな戦闘に合わせてステップを踏むよう立ち回る。

「――お邪魔する、よ」
 そして、その小さなダンスフロアの足元へ銃口を突きつけトリガー。
 建物の壁を撃ち破り、その家屋内へと自由落下で着地する。
 室内に流れ込んでくる雨水、仰ぎ見るように静かに構え――

 敵の覗きこんだ頭部が見えた所で、狙い澄ました発砲。
 触れる雨粒を蒸発させ、光の軌跡が降り注ぐ豪雨の中に貫き通る。
 派手な光と音を出したUNKNOWNを追い、姿を見せたバグア兵は、その銃口をもう向けることは出来なかった。

 通りでは、応援にかけつけたバグア人兵士が、剣撃の猛攻で3人の傭兵相手に立ちまわっていた。
 雨では無い、殺気を放つ何かの光りに気が付くと、旭が咄嗟に『弾き落と』す。
 前のめりになったバグア兵へ、下に放った勢いを活かして回転、下から上へと大剣を勢いよく振り抜く。
 敵の縮地を止める事が出来たが、だが見えない刃に、旭が両手剣で塞ぎきれず足を刻まれてしまう。

「やらせん‥‥!」
 急所への連撃を防ぐよう、横からレオナルドが砲撃。
 ガトリングのグリップが暴れ、雨で滑らないよう必死に抑えて照準を合わせる。
 猛攻に寄せられたバグア兵は身軽な軌道でレオナルドへと飛びかかる。
 敵の手元が振られる直前に『自身障壁』を発動。そして跳躍に合わせて重い銃身を持ちあげる。
 筋の浮いた前腕に、『見えない刃』が喰らいつく。
 骨を抉られる間隔に歯を食いしばり、かすんだ目で間近に捉えれば、それはまるで水晶の様な透明な素材で出来た剣だった。

「貫通弾で届くかなぁ‥‥」
 レオナルドが作った隙で、ルミネラが貫通弾を装填する。
 サイトを覗けば、銃のスライド上で雨粒が跳ねる。その先を見通し――発砲。
 胸部で弾ける衝撃に、バグア兵が体制を崩す。
 そこへ、旭が足を引きずって、水の中をかき分けて進むかのように近づいてゆく。
 体を捻り、豪雨を打ち払うように重く、鋭い一閃が薙ぎ払われると、
 バグア兵は、体を不自然に曲げて、雨叩きつける石畳へと、倒れていった。

「‥‥すまない、ここまでのようだ」
 戦闘を終えると、早鐘を鳴らすような呼吸で崩れるレオナルド。
 スキルを使ったこともあいまり、街での長期戦で練が底を尽きてしまったようだ。
 UNKNOWNが駆け付け、交代するように軍に回収を依頼すると、
 旭が丘の上を見据えて先陣を切る。雨も、視界も、状況も、全てを切り開く気構えで3人はまた歩みを進めた。




 壁、軒、屋根、銀髪の男の周りを、能力者の俊敏さで蹴り、跳びながら敬介が銃撃を放つ。
 多方向から放たれる銃弾は、無機質に、理性も感情も纏わず容赦無く男を襲う。
 だが男は、僅かに口角を上げながら、その細いシャムシールの鎬でほぼ全ての弾丸を受け止め、いなしていた。

「囲んで撃てば、幾らでも殺せるんだよね? 幾らもいないけどさ、早く殺してみてよ」
「望み通りに‥‥!」
 台詞に反応し、楊江が武器を構えて振り向く。
 だが、その背後へ激しく降り注ぐ銃弾。
 もう一度振り向けば、零が援護射撃をしたスペースを挟んで、二本のグルカナイフを構えて立つ人間が、
 お前の相手は俺だ、と言わんばかりに切っ先を突きつけていた。
 鋭い連撃に、マチェットで逸らすように弾くが、手数が足りない部分を突いては、削ぐように肉が切られてゆく。

 濡れた石畳の上を滑るように、沙夜が強化人間の後ろへ周り、移動のスピードに任せたまま逆袈裟で切り込む。
 背中に刻まれた傷に男は振り向き、二本のナイフを揃えると、体をくの字に曲げて地面に叩きつけるように振りおろす。
 その僅かな二本の隙間に入り込むようにすっと体を逸らし、沙夜が旋風の踵を鳩尾に埋め込む。
 吹き飛んだのも束の間、グルカナイフをくるっとリバースグリップに持ち替え、強化人間は再度楊江へと跳びかかった。

「雅くん! 援護は出せないのかい!?」
『すまない、スコールで視界が悪くて狙撃も機銃も無理だ。駆け付けるにも、少し時間がかかる』
「しょうがないね、頑張るよ! あの髪の色は‥‥キャラが被るからね!」
『髪の色‥‥まさか――』
 現在位置を教えてから無線を切り、ガトリング砲を構え直す零。
 敬介が狙いを絞れるよう、少しでも男の行動範囲を阻害するよう弾をばら撒く。

 ソシアルダンスを踊るように戦う者がいれば、こちらの男は、さしずめワルツ。
 足が、手が優雅に、それでいて淡々と円舞を描き、傭兵達の攻撃を避ける。
「‥‥そろそろいいよ、飽きちゃった」
 敬介の着地点に、全く力んだ様子も見せず、かなりの距離をすっ、と移動した男。
 重い雨粒の中でも流れる銀髪をたなびかせながら、眼を見開く敬介に曲刀を一振り。
 一輪の彼岸花が咲いたかのように、繊細に、そして大きく、敬介の体から血飛沫が飛び散った。

「‥‥るいな‥」
「ん?」
 だが、敬介の口からは、一筋の血と共に、生気の宿った言の葉が漏れる。
「軽いんだよ、あんたの剣」
 振り終えた曲刀の懐へ、迅雷を纏って跳びこむ敬介。
 着込んだ布を翻すと、既に刀を抜いており――
 腹を突き、引きぬくように横に斬る。返して首を掻くように一筋、最後に、中心線をなぞる様に獅子牡丹を振り下ろす。

「ただ斬りたいだけなら、俺は斬れねーよ」
 肩を上下に揺らし、深く呼吸をしながら自身の傷を庇い立つ敬介。
 僅かばかり背丈は高いはずだが、男は、まるで見下ろされているかのような感覚を覚えた。 
「くっ‥‥‥」
 敬介の言葉を否定し、振り払うように首を振ると、
 舌打ち混じりで、雨のカーテンに隠れるかのように、銀髪の男は傭兵達の前から姿を消した。
 
 少し離れた場所で、沙夜は電波増幅を発動、高めた力を宿し、超機械の嵐で敵の動く場所を封じる。
 進路を誘導され、そこから抜けだすように駆けた男は、
 逆手持ちにしたナイフを、獣の牙のように二本、楊江の肩に突き立てる。

「が――?!」
 肩の骨を砕き、首元へ抉りこむグルカナイフ。突き立てた刃へ、柄を通して手に力が籠る。
 冷えた空気に晒された、溢れるように肩を走る血が熱い。
 だが、楊江の眼はまだ諦めていない。致命傷に至っていないのは、狙って『自身障壁』を発動させたから。
 温存していたフォルトゥナ・マヨールーを抜き、アッパーを放つように敵の顎へと突きつけ――発砲。
 至近距離で頭部に大ダメージを喰らった男は、全身を一度痙攣させると、体を真っ直ぐにしたまま、濡れた地面へと倒れて行った。



 作戦から帰投する際、雅の姿が見えなかった。
 零の無線の後、ヘリを飛び下りてから連絡が途絶えていたという。

 くまなく街中を探した結果――彼は、服も体も、ボロボロの状態で発見された。
 石畳の網目に沿って流れる血、その元を辿れば、そこには巨大なシャムシールが、虫の息で抗う体に突き立てられていたと言う。