タイトル:Hazy Mahalマスター:墨上 古流人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/29 22:27

●オープニング本文



 吸いこむ息で、肺と喉が蒸し上がってしまいそうな気温。
 何万ルクスかの照りつけるような太陽光線は、厚く暗い雲に遮られ、
 街の熱気は、籠る様に包み込まれていた。
 
 ここ、インドはジョードプル。
 町全体が青色で統一されている事から、『ブルーシティー』とも称されるタール砂漠入口の街。
 その街並みは、黄色い砂漠の中に突然と現れたオアシスのようで、まるで地球上のものではないかのように幻想的である。
 そして、入り組んで密集した旧市街のほぼ中央には、町を見下ろすよう丘の上にメヘラーンガル砦がそびえ立っていた。

 砂漠の空虚さを打ち払うかのように、丘を丸々占拠してそびえ立つそれは、
 暑さゆえの蜃気楼のように美しく、また壮大であった。

 遠景で見る厳つい風体とは対照的に、外壁には美しい文様が描かれ、
 そして、内装はさらに豪華で美しいモザイク模様が煌びやかに彩られている。
 青を好んだと言う時のマハラジャが所有し、内部には豪華な王宮や寺院が立ち並んでいたが、今はバグアによって占領、支配されていた。

 切り立った砦の壁。湿った匂いの風を、傷だらけの顔に受けながら、その男は青い街を見下ろしていた。
 2mはあろうかと言う巨躯、大きな掌に包まれた無線機は、まるでオイルライターのように小さく見えた。

『何か、見えるかい?』
 スピーカーから直で漏れる声は、ノイズに阻まれながらも端麗な言の葉で、透き通ってくる。
   
「灰色の‥‥空の代わりに‥‥綺麗な青が‥‥コントラストで‥‥とても良く映えています‥‥」
『前から思っていたけど、君は戦争屋より、詩人の方が向いていそうだよ』
 恐縮とばかりに、声の主がいなくとも肩身を縮める大男。
 くるぶしまで隠す黒い軍用コートが、乾いた音を立てた。

「いいのでしょうか‥‥俺が‥‥この砦を‥‥任されて‥‥」
『うん、何度能力者に撃たれ、斬られても生き残るキミのタフさと継戦能力は、評価しているからね』
「それは‥‥ひとえに‥‥あなたの‥‥おかげです‥‥」
 息絶え絶えのよういゆっくりと言葉を紡ぐ大男。
 その向こうの相手が、微かに笑った様な気がした。

『それに‥‥楽しみなんだ』
「楽しみ‥‥?」
『剣を振るい、兵を従わせ、人を屠る時、確かにそこに、僕がいるんだ。宙に放り出されたような虚ろな深淵の中に、確かな足場を感じるんだ』
「武人のような‥‥物言いですね‥‥」
『騎士道なんてものは、あいにく持ち合わせていないよ。見えない物は信じない主義でね。僕が生きてる事を確かめられるのは‥‥無能な兄とは違うと、感じられた時だけさ』
 滑らかな声、華奢ながらも芯のある話し方をしていた男から、
 ふと、触れれば折れそうなイメージが一瞬だけ影を見せた。
 
「兄‥‥ですか」
『また今度話すよ。今は、忘れてくれ。‥‥さぁ、準備は、いいかい? どこまでこの壁を赤く塗れるか、楽しみだよ』
「‥‥ご武運を」

 一言添えてから、無線を切る。
 コートの裾を翻し、背を向けた街の空の奥には、数機のサイレントキラーが見えていた。 
 大口径の拳銃に弾を込めながら、今は静かな砦内へと、丸太の様な足を運んでいった。

●参加者一覧

クラーク・エアハルト(ga4961
31歳・♂・JG
カララク(gb1394
26歳・♂・JG
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
ジン・レイカー(gb5813
19歳・♂・AA
エイミ・シーン(gb9420
18歳・♀・SF
エレシア・ハートネス(gc3040
14歳・♀・GD
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN
クラフト・J・アルビス(gc7360
19歳・♂・PN

●リプレイ本文



 スコールが去り、濡れた地面を強い日差しが照らす。
 照りかえしの熱気と蒸発する水分により、天然の加湿機の上を歩いているようだった。

「攻城戦‥‥相手が死守の構えとなると厄介だな‥‥」
 無線のスイッチをカララク(gb1394)が放した刹那、鋭く空気を裂く音と、それよりも大きい金属音が辺りに響く。
 先ほどまで自身が寄りかかっていた装甲車の装甲には、ギラリと光る大きな太矢が突き刺さっていた。
 着弾を合図にしたのか、坂の上からは一斉に敵軍が武器を構えて降りてくる

「得物は‥‥まさか、弓か?!」
 発砲炎を確認しようとしたクラーク・エアハルト(ga4961)が頭を伏せて言う。
 続けて、黒いてるの塊が数発飛来し、辺りの地面を響かせながら落ちてくる。大砲の弾だろうか。
 ホルスターから抜いた拳銃をスライドさせ、薬室に弾丸を滑らせると、敵の次の一手へと備えた。

「さぁ! 突き進みますよー!」
 装甲車の中で一般兵達と会話していたエイミ・シーン(gb9420)が飛び出し、
 片足を威勢よく屋根に乗せて、機械剣を構えて道を示す。 
『うぉぉい、嬢ちゃん、危ないからどっか捕まって頭伏せな! 出すぞ!』

 そして唸る様に車体が揺れ、
 装甲車を先頭に攻撃班が要塞内へと突き進んでいった。



 装甲車と攻撃班の突撃を、援護射撃で見送った後、
 残っているのは少量の砦外の戦力を相手取るUPC軍と、
 彼ら狙撃手狩りを担当する別動班だった。 

「恐らく、もうさっき狙撃した箇所にはいないだろうな・・・・」
 ウラキ(gb4922)が押し付けるように壁に背を着けながらマップを広げると、
 逃走・移動経路、視野・隠密性、追撃、更には、一つの地点で複数個所を狙える事――
 カララクが日差しや風向き、植生等を観察しフォローすることによって、
 狙撃手なら選ぶであろう予測地点を叩きだしていった。

「――ッ!」
 と、急にジン・レイカー(gb5813)が2人の横を獅子牡丹を構えて飛び出す。
 耳を刺すような音の後、彼の足元には長く太い矢が転がっていた。
「やっとお出ましか‥‥ま、楽しませてもらおうかな」
 クスクスと笑みを浮かべるジンの横で、カララクが閃光手榴弾を取り出す。
 この隙に隠れろ――その言葉は、息と一緒に飲み込まれてしまう。
 取り出した閃光手榴弾、だけを掠めて弾くように、カララクの手元を矢が走った。

「確かに凄腕だ‥‥強い。 同業者としては、尊敬する‥‥だが‥‥!」
 いつまでもここで姿勢を低くし、屈している訳にはいかず、三人一斉に地を蹴った。

 城壁の扉に差し掛かったところで、ウラキの頬をすり抜け、木製の扉を貫通してゆく太矢。
 少々の忌々しさを感じながらも、冷静に振り向き、射線を追うように銃を覗きこみ、カウンタースナイプを試みる。
 だが、手ごたえは、無い。

 ドアを開けると、両側から二人の男がナイフを構えて急所を狙ってきた。
 だがカララクは即座に反応し、相手の顎を突きあげるように踵を繰り出し、
「ひはっ。 まず、一つ‥‥」
 ジンも振り下ろされたナイフを刀で受け止め、流れるように楕円を描く軌道で空いた胴へと振り抜く。
「城壁にあがれば大砲があったな‥‥いけ、こちらは任せろ」
「悪いね、キッチリ仕事はこなしてくるからな」
 銃で横に刃をいなし、その反動で後回し蹴りを繰り出したカララクを背に、
 ジンは傍にあった階段をかけあがっていった。
 
 壁上に籠城していた敵陣は、さながらライオンを放りこまれたウサギの檻の様。
 駆け廻りながら、刀を抜き、飛ぶ斬撃を混ぜながら疾風の勢いで蹴散らし、
 時に持てそうな大砲は眼下の敵陣へと放りこむなどして、幾つもの兵器を無効化していく。
「さすがにこの上には、いないか」
 鉄の筒に穴を掘った様な古風の大砲を前にして、獅子牡丹を振り下ろす。
 線香花火の様な火花が散るが、能力者のジンにとっては、まるで寒天を切るような手応えで、
 真っ二つにごとりと、何個目かの大砲がその場に倒れた。

 ひと仕事やり終えた安堵を息に変えて吐き出す。
 その肩を仲間が叩いて労う――否、衝撃が揺らす。
 生々しく覚える、骨を砕く感触。熾烈な痛みと共に、思わずうめき声を漏らす。
 抑えた手の先には、矢が突き立っていた。
 城壁の裏に崩れるように座りこむと、まだ何発かこちらに撃ちこんできていた。
「これだけ焦らしてんだ‥‥最後まで楽しませてくれないと、納得しないからな‥‥?」
 傷を負ってなお、剥き出しの闘争心で愉悦に浸るジン。唇は、自然と綻んでいた。


 スコープの先で、数発の矢が壁に城壁に刺さっている。
 頭をもらい損ねたが、しばらくは機敏に動けないだろう。
 その隙に、また別の狙撃ポイントへ――

「これでも同業でな‥‥見つけた、ぞ」
 機械仕掛けの大弩を折り畳み、次のポイントへ移ろうとしたところで、
 背後からの声。
 慌てて振り向いた狙撃手の眼には、
 銃を構えたカララクとウラキが、息を整えながら立っていた。

「よく‥‥ここがわかったな」
 称賛するように、狙撃手が自身のいる場所を見上げて言う。
 決して多くはないものの、木陰を作るには充分の葉を備えた木が、そこには立っていた。
 そして、その木の上から、銃を構えた男が一人降りてくる。推定、観測手だろうか。

「UPC軍、サイレントキラーには見つけ次第連絡を頼んでおいた・・・・だが、全く入ってこない。 時間が過ぎる度に、おかしいとは思っていた」
 真っ直ぐに銃口を向けたまま、ウラキが続ける。

「だから『空から見えるところには絶対いない』つまり逆に『屋根のある場所』を絞って狙えば、後は狙撃手が好む場所と、今までの狙撃地点から移動ルートを予測して照らし合わせて‥‥炙り出すのは、簡単だった」
 ウラキが全ての考察を終えると、観測手が殺気をむき出しにして反応した。
 だがカララクが出し惜しみ無しに、制圧射撃で敵の動きを縫い付ける。
 
「‥‥ありったけ頼む」
 空気を変える、ウラキの言葉。
 丘の下から風を巻き上げ、勢いよく飛び出してきたのは、サイレントキラー。
 地をえぐり、赤い障壁に阻まれながらも、行動を阻害するよう轟音と共に火砲が吐き出される。
 重ねるように、ウラキとカララクは並んでトリガーを引いた。


 別動班と軍の援護により、敵の中を装甲車が猛進し、
 バリケードの積まれた、要塞の豪奢な門に突撃した。
 細かい粉塵を巻き上げて、崩れた柱の中を、クラフト・J・アルビス(gc7360)駆け抜け、
 一般兵を爪の裏拳で沈めて行く。

「モココ、二つ目がこれでよかったの?」
 最前線を行く彼が気づかうように後ろを振り向くと、友人のモココ(gc7076)がこくりと頷く。
 その爪は既に血に染まっており――

「圧死、轢死、焼死、どれがお好み? どっちにしても嬲り殺すんだけど♪ ヒャハハッ!」
 斬るべき敵を見つけるや否や、テンションを高めて敵陣を飛びまわり、かく乱して回った。
「悪いが、武器を持っている限り敵だ。恨むなよ」
 クラークも、装甲を掠る火花を横目に、弾丸の嵐へものともせず立ち向かってゆく。
 UPC軍は強化人間等へ注意しつつ、非能力者の相手に応じてくれている。今や要塞内部は乱戦状態となっていた。


 浪漫の鉄拳――ロケットパンチを使い、進路を邪魔していた瓦礫を吹き飛ばすエイミ。
 その視線の先に、うずくまり動かないUPC軍の兵士がいた。
 急ぎ彼女は石だらけの地面を蹴り、様子を見に近寄ると、

「え?」
 進路の前に立ちはだかり、雷槍の柄をエイミに向けるのは、エレシア・ハートネス(gc3040

「ん‥‥ダメ‥‥」
「その人、血だらけですよ! 早くしないと――」
「ん‥‥軍‥‥まだこのエリア‥‥連絡では‥‥誰も来てない‥‥」
 作戦行動前に、軍と打ち合わせをして連携を密にしていたエレシアは、記憶の端からの微かな疑問と小さな自信を抱いていた。
 槍は、エイミに向けられている。だが、盾も、守るべき者を包む内側はしっかりとエレシア、エイミの方を向いており――

「あははー、バレちゃった? すごいね、やっぱ殺した相手に変装する方がよかったかな。あ、ちなみにこの血も偽物ね」
 血まみれで倒れていた男は、機敏な動きで懐へ手を滑らせる。
 だがエレシアはエイミをぐいっと急ぎ引き寄せ、
 千盾『ミルフィーユ』の陰へ共に隠れる。鋭い金属音の後、床に数本の棒手裏剣が転がっていた。
 追い討つように、陰に隠れて視界を無くしたエレシアに、男は飛びかかった。
 UPC軍の服の袂から飛びだすスティレット。白い絹のような首筋を狙う凶刃、
 エレシアが咄嗟に盾を突き上げ、そのまま持ち上げるように敵を上に流してから、回転。
 自分の重心を相手に乗せるように地面へと叩きつけた。

 肺から息を漏らして男が倒れる。だが眼は死んでいない。
「やれやれ‥‥だから戦線には立ちたくなかったんだ」
 ため息交じりで、何気なく男が自身の肩に手を乗せる。
 かちっ、という音の後に、何と服を赤く染めて地面に倒れていた男は、一瞬で消えてしまった。

「――ッ?!」
 エイミが、現れたアサシンをその目に捉える。
 だが、一緒に飛び込んできた光景は、応援に駆け付けたUPC兵が、何が起こったのかわからないという表情のまま大量の血を吐き、
 アサシンが背中にナイフを突き立てている所だった。

「それ以上は‥‥やらせません!」
 反射的に手を突きだし、夢中でミスティックTの光弾を連続で放つエイミ。
 敵を鋭く睨むその左目は、筋の走った金色になっていた。

 奮い立つように、エレシアが『仁王咆哮』を発動し、アサシンの注意を自身に向ける。
 腰から長い剣を抜き、腰を落として地を滑るように走るアサシン。
 咄嗟に雷槍を反転させ、逆手に持って『四肢挫き』を突き下ろすように繰り出す。
 最後に、掬い取るように石突側の柄で払うと、態勢を崩され男が怯む。

 そこへエイミがアサシンに勢いよく駆け寄り、
 狙いの定まっていない、苦し紛れで突きだした男のナイフへ潜る様に飛び込み、
 機械剣を逆袈裟で振り抜いた。
 血糊ではない、本物の鮮血が、焦げた匂いと共に男の胸に滲み、背中から真っ直ぐに倒れて行った。

「能力者にしか使えないのは心苦しい‥‥」
 成果を発揮できない拡張練成治療を脳裏に、倒れたUPC兵の傷を診るエイミ。
 今度こそ衛兵を待つべく、警戒を強めたエレシアから無線を借り、怪我人の連絡を流した。
 

「ここから先は‥‥通しません‥‥」
 砦から砦へと渡る橋に、一人で男が立っている――推定、強化人間。
 ゆったりと、ただし無駄のない動きで両指の間に幾つもの柄付き手榴弾を構え、
 クラフトとモココへと投げつけた。
 宙で、地面で、あらゆるところでそれは破裂し、360度から爆風や鉄片が二人を襲う。

「蝶のように舞い蜂のように刺す! なんて、蜂みたいに二撃では殺してあげないよ♪」
 瞬天速で手榴弾の爆風を抜け、大男の背後へと回りこむモココ。
 自身の頬を流れる血をぺろりと舐めてから、空中で体を捻った反動で爪を背中に突き立てる

 男は動かない。だが、血も流れない。
 モココが怪訝に思いつつ離脱しようとすると、爪があけた穴から覗くのは――巨大な銃口。
 腹部に何かを捩じ込まれるような衝撃と共に、彼女の小さな体は派手に吹き飛んでいった。

「モココ!」
 急いでクラフトもかけつけようとする、
 だが、今度はクラフトの進路上に、滑る様に移動する男。

「すみません‥‥彼女の純粋な殺意は‥‥脅威となる‥‥」
「悪いが、そいつをやらせる訳にはいかないな」
 クラフトがすとんとしゃがみ、視界から消えてから回転蹴りを繰り出す。
 と、男もその場で足踏みするように片足を上げて、ローキックをカット。
 そのまま大男は拳を組んでハンマーのような一撃を振り下ろす。
 咄嗟に体を逸らすが、背中へともろに喰らってしまう。

 男が膝で蹴り上げようとしたところへ――振り上げた足は、一歩後ろへのステップと代わる。
 駆け付けたクラークが、制圧射撃で振りおろそうとした足元へ弾を撃ち込み、敵の動きを阻害したのだ。
 瞬天速で駆け付け、クラフトの首元を引きずるように掴み間合いを取る。

「カバーしますよ。一度にいきましょう」
「ああ、やられっぱなしは性じゃない」
 砦の風にも抗う、二つの疾風が武器を構えて橋のかかった空を駆けた。

 大男は、常識外れの大きさな拳銃を取り出し、狙い撃つクラークへと弾を撃ち込む。
 貫くのではない、殴られるような衝撃。
 推定、50口径以上はありそうな弾丸が脇腹へとめり込み、装甲がみしみしと音を立てて歪んでゆくのがわかる。

「悪いが、伊達や酔狂でこんな装甲服を着ている訳じゃないんだ」
 吹き飛ばないよう、足に力を込めながら、3発の弾丸を大男へと放つ。
 銃で庇うように頭部を守ると、瞬天速でクラフトが間合いを詰め、宙で踵を振り上げ、勢いよくその腕へと叩きつけるよう降ろす。
 ガードを開かれ、武器を払われた男は驚きを露わにする、急ぎ間合いを開けようと後ろへ下がるが――
 すれ違うように、後ろから飛び込んでくる影。
 それは、一矢報いるかのように、モココが爪を構えて瞬天速で味方へと駆け寄ったものだった。

「ごめんさい‥‥私にも譲れないものがあるんです‥‥」
 クラフトに肩を支えられながら、その場に崩れ落ちるモココ。
 既に練力は底を付き、覚醒は解かれていた。腹をやられて吐き気もあるのか、頭を抑えて早鐘の様に息をしている。

 大男の頬を、血のラインが走っていた。
 撫でるようにそれを抑えると、男はその身から発していた殺気を、収めてしまった。

「‥‥どういうつもりだ?」
「砦がほぼ制圧されてきたようです‥‥俺は‥‥命を張るのではなく‥‥傍に置いておくことが、文字通りの『使命』なので‥‥」 

 待て! と叫びながらクラークが銃を突きだす。
 だが、男は数発軍服に弾を喰らいながらも、橋の下へと『飛び下りた』
 鈍い音と共に、下を覗く。男は、のそのそと歩きながら、砦の扉の一つへと消えて行ってしまった。


 雪が降ったような――
 視界ではなく、概念。脳が覚える、真っ白な感覚。
 激戦の中に、ふっと舞い降りる、自然現象の様な覚束なさ。
 だが、それは確実に目で得物を捉えており、指は予定調和の如く引き金を引く。
 そして――確信して敵を穿つ。

 何十発もの銃撃戦の後、
 ウラキとカララクの最後の一発でその『雪』は降り、
 狙撃手と観測手は、糸が切れたように倒れた。

 辺りに注意を払えば、既に砦内外からの音は静かになっていた。
 次ぐように、敵が粗方片付いたという報告を受けた。
 無線を取ると、空が雲に覆われ始めている事に気付く。
 最初に入れる最初の連絡は――まず、雨宿りを。
 勝利の喜びまで流される前に、戦士達は未だ煌びやかに来訪者を受け入れる砦へと、その足を運ぶのだった。