タイトル:【BV】血汚零凍マスター:墨上 古流人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/22 16:41

●オープニング本文


――それは、掴めそうな程濃密な静寂だった。
 そしてその静寂は、それが漂う場所にはあまりにも不釣り合いだった。

「ひでぇな‥‥」
 お店のパティシエの制服を着た、不精髭のザラついた男が、
 かがみ込んでボウルのチョコだまりで自分のヘラを回しながらぼやく。
 何度見ても、慣れていいもんじゃない。ボウルに青く映じた自分の顔は、随分としかめてそこにあった。

「カップルなんて、みんな○ねばいいのに‥」
 都合によりこちらで音声処理を施させて頂いた。

 ここはラストホープ内のとあるフランス菓子店「スリジエ」
 その店は、決して広くはない土地にちょこんと構え、
 ピンクや白系統の内装の店内、可愛い置物やぬいぐるみ等が付近の奥様お嬢様をお出迎えする、
 主に女性をターゲットにしているが、女性が喜ぶからということで、プレゼント用に男性がレジの前で、
 送る相手の好みに思考を巡らせている事も多い。
 お菓子や雰囲気も助ける見た目の彩だけでなく、小さなイートインスペースやショーケース前は常に人で賑わっている、
 店の名の通り『桜』を名実共に象徴するような場所だ。

「何が悲しくて俺は、どこの馬の骨が口にするかわからんチョコを作り続けなきゃいけないんだ‥」
 パティシエらしからぬ発言をしつつも、とても桜が似合うとは思えない男一匹冬物語な厨房では、
 シャトーショコラ、ザッハトルテ、フォレノワール、ショコラムール、ビュッシェットショコラ、
 彩りも形も香りも鮮やかで、見事なチョコレート菓子が次々と作りあげられていく。
 鮮度が命の生チョコや、ほのかに香る洋酒入り、アクセントにオレンジピール等も加えた様々なそれは、
 きっと口に入れれば思わず顔がゆるむほどの幸せな甘みが、
 味覚器から脳髄までを満たしてくれるに違いない。

「この一匹オオカミ‥いや、可愛い方がモテるな。一匹チワワにも春が来ないかねぇ‥何がスリジエだよちきしょう‥」
 立春を迎えたばかりだが、青い春の兆しは全く見えていないようである。
 そもそも、三十路の男に来る春が青いのかどうかは別としてだが、
 アホな事を言ってるうちにも、フルーツをふんだんにあしらったタルトレットショコラが何個も隊列を成していく。

「チョコは商売道具だからな。嫌でも触れねばならん。だが俺は、この時期に限ってチョコと言うものが憎い。もう、○で伏字にしたいぐらい憎い」
 伏せる場所によってはとんでもないことになるのに、この一匹チワワは気付いているのだろうか。

「店長は絶対くれないしな‥全く、10年もこんな小さい店に勤めてるんだから、一回ぐらい間違いがあったって良いじゃないか‥」
 そうぼやいた直後、男の頭に紅茶のカップが一つ、マッハの如く店先から飛んできた。
 可愛らしい木苺をデザインとしてあしらった、有名なブランド品のそれは、
 小気味良い音と共に男の頭に直撃し、飛散した。
 悲惨な事に、男は意識を失い、
 湯煎したてのチョコレートが詰まったボウルに思いっきり顔を沈めてしまった。
 投擲した本人である、妙齢のないすばでーな店長(どれぐらいないすばでーかは各自補完願いたい)は、いつもの薄汚れたコックコート姿でレジに立ち、
 愛‥というか哀がこもっていそうなmade by 一匹チワワなチョコ菓子を、何事もなかったかのように笑顔で売りさばいていた。

「おかしい‥おかしいぞ‥」
 ぬぽっ、と男が顔を上げ、涙の筋を顔のチョコレートに刻みながら呟く。
「そもそもバレンタインというのは、くじびきで半強制的にカップルを決めてそのままセミオートでムフフな展開になれるというのが起源じゃなかったのか‥!」
 女神ユノが聞いたらもう10個程カップを投げたに違いない。
「こんなバレンタインなら‥間違っている‥‥バレンタインを仕切ると言って等しい、我々チョコの担い手‥パティシエには、間違ったバレンタインなら粛清する義務が、あるのではないか‥‥!?」
 何かが燃えている。バーナーでもコンロでもない、男の背中には、目には見えないが、確かにそこに何かしらの炎が燃え上がっていた。
 
 ―――――覚醒だ。この男は覚醒した。
 
 エミタ適合者ではないが、誰もが心に持っているしっとのエミタの恩恵を受け、
 SES(すごい えれぇ しっと)搭載ゴムベラを握りしめ、文字通り独りな厨房で、そっと何かを誓うのだった。。
 


――――――――――――――――
※ これらの依頼は、依頼主の依頼を文字通りに成功しない方がULTの評価が高まる場合があります。

「‥‥あれ? これ、いいのかな」
 依頼の情報に目を通した受付担当は、首を傾げた。普段ならばULTの依頼掲示板に来る前にはねられるレベルの妙な依頼に思えたのだ。しかも、これが唯一と言う訳ではない。そして、問題になるかどうかのライン引きは慎重に行われている気配があった。明らかに作為を感じる動きだ。
「どうしたんだろう。何か上で起きて‥‥あ、こんにちは。申し込みはこの任務ですね?」
 職員は内心で首を傾げつつ、今日も笑顔で職務を遂行するのであった。

――――――――――――――――

『私の大切な結婚指輪を、お店でチョコ菓子を調理中にうっかり商品に混入させたまま売ってしまいました。方法は問いません、
→→どんな事をしてでも←←探しだしてください。』

●参加者一覧

木場・純平(ga3277
36歳・♂・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
夏 炎西(ga4178
30歳・♂・EL
佐渡川 歩(gb4026
17歳・♂・ER
ウェイケル・クスペリア(gb9006
12歳・♀・FT
エイミ・シーン(gb9420
18歳・♀・SF
カンタレラ(gb9927
23歳・♀・ER
オリビア(gc0543
28歳・♀・ST

●リプレイ本文


 頬を右から左まで突き刺すような厳しい寒さが、未だ冬を現役に感じさせる。
 ラストホープの寒空の下、春の足音を聴きとるには、まだ幾許か勇み足のようだ

「あら、指輪なんて大切なものがなくなっちゃうなんて、大変だわ」
 そんな中に立つオリビア(gc0543)が、今回の依頼について思い出し喋る。
 傭兵として初の依頼のようだが、慌てず落ち着きのある様子は、体躯とあいまりどこか頼もしい印象を持たせてくれる。

「ほぇ? 指輪‥ですか。料理はするけど指輪ってそうやって混入しちゃうものかな‥?」
 想像し難いのか、エイミ・シーン(gb9420)が疑問を口にした。
 彼女は、お菓子の入ったコンビニ袋を、一緒に食べる予定な友人に手渡し、赤くなった掌に息をはき暖める。
 その友人である、ウェイケル・クスペリア(gb9006)――ウェルも、袋を受け取りながら、あたしもわけわかんねぇ‥と返す。
 調理師が指輪やピアスなどのアクセサリーをつけて厨房に立つなんて、タブー中のタブーである。
 依頼人の店へ通じる石畳を、乾いた音で響かせながら、
 そこには真意と沢山のスイーツが待っていると期待し、3人は歩を進めていた。


 スリジエの小さなドアを文字通り潜ると、店長と思わしき女性が夏 炎西(ga4178)に対応していた。
「はぁ? だから、何度も言ってるようにあいつは独身だぞ!?」
 くたくたのコックコートに身を包んだ妙齢の女性が、呆れたように言った。
 艶のある綺麗な長髪を後ろで結い上げ、腕を組んで立つので、胸元の主張が一層際立ち目のやり場に困れば、左目の泣きボクロに視線が泳ぐだろう。

「でも、僕たちは確かにここの人からの正式な『依頼』として、ULTから派遣されてるさ?」
 御影 柳樹(ga3326)が身分と依頼の存在を証明すれば、マジかよ‥と溜息がこぼれる。
「あら‥ウソかホントか、わからなくなってきたのね‥」
 椅子に座り、話をしてる集団の方へ虚ろに目を向けたカンタレラ(gb9927)が言えば、
「販売の一時停止か、回収か。保健所に連絡する必要もあるかもしれないからな。店の協力もお願いしたいのだが」
 スラックスのプレスまでしっかり整えた、清潔感ある木場・純平(ga3277)が店長に提案する。

「万が一本当に入ってるとマズい。悪いけど、この依頼はアイツを捕まえて真偽を問いただす、って事で引き続きお願いしたい。チョコは回収したら全責任をもって交換する」
 自分の汚れていないサロンをつまんで見せ、自嘲気味に店長が言葉を紡ぐ。
「ま、私のお手並みはアイツに比べりゃ全然でね。同価値かと言われると困るんだけど‥」
「同じ店の商品なら、多少の誤差は許してくれるはずだから‥ま、頑張ってくれ。あたし等も頑張って探すからさ」
 ウェルがニパッと笑みかけ、店長に言う。
 その純然たる笑顔と自信に満ちた保証は実に頼もしい。
 とりあえず今置いてある品は全部好きに見てくれ、食べてもいいと言えば、すぐさま、それも目的だった柳樹に、デザート大好きなエイミが冷たいショーケースの裏にかけ込む。
 ウェルはどうもケタ数の多い商品ばかり手に取っているが、店長は見なかったことにした。

「指輪が入ったチョコをもらった人も、勘違いをしてしまいそうですし、早急に探さないと‥」
 炎西も、二次災害を憂いて思案を巡らす。
「あの‥料理長がどこに行ったかはわからないですか?」
 佐渡川 歩(gb4026)が一匹チワワの場所を問う。そう、今店長が彼らに対応しているのは、既に件の男が店に居なかったからだ。

「今日は店休日でな、オフには干渉しないからわかんないな‥」
「店長の監視下ではないのですね‥」
 きゅぴん、と歩の眼鏡が光ったように見えたのは気のせいだろうか。
「んー‥依頼主さんを縛り上げてみようとも思ったんだけど、今回はエイミちゃん達に任せましょう」
「あれ? レラさん行かないんですかー?」
 エイミが声をかければ、ちょっと、ね‥と、口元を隠す袖の向こうで含み笑いをふふりとすれば、何とも艶めかしい光景だろうか。

「さて、特殊な依頼ですけど‥私たちの力見せてやってみせますか!」



「来年もその先も、ずっと私のチョコ‥食べてくれる?」
 下校中の学生だろうか、公園の噴水前でブレザー姿の若い男女が、実に仲睦まじく青春を謳歌している。
 記録係が描写を改変してやろうかと思うぐらいのラブラブっぷりには、ご馳走様の一言である。そんな二人の間を、

「食べるともぉぉぉ!!」
「きゃーーっ!?」
 ばしゃあ、と激しく飛沫を撒き散らし、噴水の中から突如として現れた男が割って入った。
 褌一丁に黒いうさミミ、蝶ネクタイというのは、こんな寒いのに云々と言う前に、もう既に歩く生活公害だ。
 HAHAHA! と叫びながら追いかけまわす不審者。あと何分で警察に捕まるか、各自ベットを願いたい。

「ふふふ、完璧だ‥」
 茂みから双眼鏡で事の顛末を見ていたのは、スリジエの一匹チワワこと料理長。
 噴水の一件を皮きりに、彼の仲間達が次々と、カップルの甘い幻想のブレイカーとなって任務を遂行していた。

「民兵のバレンタイン殲滅戦もなめたもんではないという事を‥!」
「あ、もしかして、スリジエの依頼人さんでしょうか」
 拳をわなわなとふるわせ、嫉妬の炎を背中に燃やしていた料理長が、いきなり声を声をかけられる。
 振り向けば、そこには炎西がニコリとして立っていた。

「やっぱり、何か動いたなーって見えたんです」
 得意の動体視力で発見したエイミと、同伴のウェルもその後ろに付いてきていた。
 炎西の、依頼についてお聞きしたい事が‥という彼に対し、慌てて平静を装う

「どなたが落としましたか?」
「もちろん俺だよ!」
「どのような製作状況だったのですか?」
「超気合い入れてホイップしてたぞ!」
「当時の状況を再現して下さい」
「うぁぁぁぁ!!」
 男、必死で嘘がバレないように応じ、大げさに表現する様子はある意味健気だ。
「あの、失礼ですが‥ご結婚してらっしゃるのですか?」
「いや、実は恋人はいるんだが先走っちまってなぁ!?」
 既に店長から話を聞いているんだろう、と判断した狼のような悪知恵が働くチワワ。
「髭くらい剃ったら? と仰らないのかなと‥」
「俺はのびるのが早いんだよ。人一倍スケベだからな! あっはっは!」
 ほろりと流した心の涙を、誰が知ろうか、料理長‥
「さって、聞き込みはこんなもんでいいだろ。あたし等はあたし等の仕事をしねーと、偉い人に怒られちまうぜ?」
 ほらほら、と炎西とエイミの背中を押しつつ、突如男に助け船を出すウェル。
 見逃してやれ、とも取れる彼女の行動に、男は顔を輝かせるのだが、

「あんたは、さっさと替えの商品作ってきな!」
 と、今度は指をびしっ、とスリジエの方角を指して男に言う。
 飼い主の躾が良いのか、チワワはとぼとぼとハウスへ応じた
(「‥ふふ。いいネタの根拠、見つけちまったぜ」)
 と、自身の扇子の裏で静かにほくそ笑む。
 男の嘘は、もう彼女にはバレているのだろう。
 桜満開の笑顔の下には、木陰の闇が潜んでいた。

「観念すべきか‥?」
 半ば自暴自棄になりかけた男の背中が叩かれる。またか? とうんざりして振り返れば、
「静かに。回りに気付かれぬ様に聞いてください。貴方も、しっとの者ですね?」
 歩のその一言で、全てを悟った男。
 まだ、戦争は終わっていない。男達の眼光が、野望を照らす灯台かのように、ぎらりと輝いた。


「公にはできない以上、足で探すのも必要だもの」
 純平とオリビアはリスト、並びに店の包装紙を頼りにチョコの回収にあたっていた。
「すまない、ちょっと話をいいかな」
 純平の紳士なふるまいと気さくな人柄に、通りすがりの男女は足を止め、
「あなたの買ったそのお菓子ね、職人さんが自分の指輪を間違って入れちゃったかもしれないの」
 オリビアが丁寧に状況を説明して交換を願いでる、が‥
「そ、その手にのるかー!」
 一気に顔が青ざめ、二人は慌て急ぎ540度ターン、そのまま一目散に視界から消えてしまった。

「‥何がなんだか」
 あまりの態度に、呆然としてしまう純平。オリビアはそんな彼の腕をとり、先ほどのカップルが出てきた、騒がしい公園へと引っ張っていった。

「殿、毒味がまだで御座いまするーっ!」
 公園の片隅では、またひと組、カップルが餌食になっていた。
 褌でちょんまげカツラを付けたその男に、彼氏が殴りかかるが、ちょんまげ男は軽快にかわして行く
 もはや治安が危ぶまれる事態となった公園。随所でのカオスに目も当てられない状況、なのだが、

「おや‥素敵な殿方が、一体どうしてこんなことをしているでありんすか?」
 つつ、とちょんまげに歩み寄るのはカンタレラ。遊女の如く肩を出し、胸元を開いた様相は、公園の惨劇からすれば妖艶な天使だ。
 突如現れた露出の高い美女に、首筋から鎖骨を指でなぞられ、理性を保てる男がいようか。

「よ‥よいではないかーっ!!」
「よくないさ」
 カンタレラに飛びかかろうとした男を、がっちりクローで掴むのは浅黄色の袴と白袍姿の柳樹。
 施餓鬼米ならぬ施餓鬼チョコを用意し、あくまで神職としての服装で、似ているけど決して巫女ではない、と神社の三男坊が言う。
 宙吊りの男のその口に先程厨房で作ったチョコを放り込めば‥

「ぐぁ‥!?」
 男製のチョコを、浪漫溢れる日に食べるとは、なんたる事か。
 しかも、不味くないだけ余計悔しい。
 精神的に深手を負った男は、そこで戦意を喪失してしまった。
 満足げにカンタレラがにんまりとすれば、公園に着けてあった自身の車へ男を放り込む。
 中には、既に4〜5人の男が同じようにぐったりと、詰めて横たわっていた。

「ふふ、とても可愛いわよ、貴方達‥」
 機械剣の柄をぺろりと舐めあげ、怪しげに男の山を見下ろす。
「羞恥心の無い人が壊れると、どういう顔を見せてくれるのかしら‥」
「‥食べ物を粗末にしちゃ、いけないさ」
 被害にあったと思わしきカップルには店の物と交換しつつ、車中から目を逸らし、チワワの同士達が集めたチョコを頬張る柳樹。
 車の中の悲鳴は、聞こえない。決して、聞こえなかった。
 


「いいですか!? まずこんなことを考えるとは愛が足りないのです!」
 正座をした男に懇々と愛の素晴らしさを説いているのはエイミだ。
 ウェルも援護する機会を腕を組んで伺っている。

「あぁそうともさ! 足りないものを求めて何が悪い!」
 どーん、と涙目で開き直る褌。
「無理やり得るのは愛じゃないですよ! 自分の好きな人に対し‥‥好き‥な‥‥」
 ぷしゅう、何故かエイミが赤くなって、機能停止。脳裏に何を思い浮かべたのか。
「―――っ!」
 正義の鉄拳を真っ赤な顔で打ち出すエイミ。そんな理不尽なっ! と男は回避するが、
「人の幸せに嫉妬してるうちは、本当に幸せになんかなれねぇぜ?」
 ウェルの、とどめの一言。
 褌一丁で、若い娘達に辱められ、男は既に悔しさでぷるぷると震えていた。

「これは、リア充アレルギー! 皆さん、近付いてはいけません!」
 ずざざっ、と瀕死の男に駆け寄ったのは歩。
 彼は戦利品のチョコをキルマークよろしくハチマキに挟みこみ、チワワの同士と化していた。
 『うっかり』割ってしまったハートチョコが頭に掲げられているのは、嫉妬の権化以外の何物でもない。

「何をしてるんだお前らー! 俺のチョコを手段不問で確保しろと言ったろー!」
 後ろには、どーん、ともはや逆ギレとも言える態度を取る料理長。
「あら、私は指輪を探してと言われただけで、チョコを奪えとは言われてないわ」
 それはいけないこと。と、純平の護衛(?)で無事に到着したオリビアが言う。
「それでもオイタする子には‥」
 クスッ、と笑んで取りだすのは、超機械。
 もちろんLHで無闇に覚醒するわけにはいかず、オドシ程度だが。

「ぜ、全力撤退ー!」
 しかし こうどうりょくが たりない !
 危機を察知した料理長は、動けない歩を抱きかかえると即座に逃げ出した!

 が。
「あや、ぬし様は‥」
 ほくほくした表情のカンタレラが、にんまりと手を引いて、料理長を引き寄せる。
 だがしかし、カンタレラの温もりに包まれる前に、
 歩共々、柳樹の餌食となり、ぺいっと車に放り込まれる。

「結局、縛りあげることになりんすが‥勘弁しなんし?」
 その日、公園に響いた最後の悲鳴は、その日一番悲痛で、その日一番悲哀に満ちていたそうだ‥


 料理長を届けるや否や、店長の鉄拳が何個飛んだか‥そのうち純平は数えるのをやめた。
 悪いのは俺だ! 殴るなら俺を殴れ! と歩を抱きかかえ許しを請えば、よしきた、と期待は応えられる。
「まぁ、男には時に不条理を承知しつつも、守らなければならないプライドがあるのだ」
 気持ちはわからんでもない、と乙女心と同比で理解されづらい、男のプライドを代弁する。

「想い人が出来たなら、己が心に恥じぬ行いをせよと。我が師父の言です」
 炎西が諭すように、優しく涙目の一匹チワワに声をかける。
「不躾な質問ですが‥料理長さんの事、店長は、どう思われていますか?」
「いや、こいつ、毎年のように『チョコなんて嫌いだ』とかいうもんだから‥」
 それはきっと違う理由‥とは言えなかった。
「私にも好きな女性がいまして。恋人がいる人なので、バレンタインでなく誕生日にケーキを贈りたいのです。注文、受けて頂けますか」
 ひゅう、と店長が応援するようなノリで受け取るが、刹那、申し訳なさそうに
「すまない、今回の件でもう材料が残って無いんだ。この後、お詫びに無料のお茶会に招いて、食べ放題飲み放題を開く事もあって‥」
 そうですか、と残念そうに言う炎西に、
「その代わり、次、また来てくれたら、その時は必ず心からの期待に応えると誓う。小さな店だけど、それで、勘弁してくれないかな?」
 料理長の後頭部を掴んで一緒に頭を下げさせる、そんな二人に、それ以上何も言えなかった。

「さて、軍に、私欲の為に虚偽の依頼を出した事がバレたらどうなるか‥‥」
 そして、ここでとっておきを起爆するウェル。出来心だったんだ‥と青ざめたチワワに、
「あんたが平和に生きる為にどうしたらいいのか。言わなくても、わかるよな?」
 ニッ、と純然たる笑顔で詰め寄る彼女に、もはや項垂れ服従するしかなかった。
 チョコは当分勘弁という事で、冷蔵庫にフルーツタルトが人数分余っているから、手始めにそれを振舞うと言えば、エイミと歩がトレーと皿を用意しに走る。
 
 寂しさを払う温もりは、熱い寒いでは計れない。
 恋人に執着するでもなく、そこに自分を理解してくれた人がいれば、
 それはどんな優しい抱擁よりも、心地がよく、恵まれているのではないだろうか。
 気づいてくれるのはいつの事だか‥と、厨房の料理長と傭兵達を交互に見やり、気持ち良く安堵のため息を吐く店長だった。