●リプレイ本文
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薄い鋼鉄の表面を切る風と、弾ける小石の音。
見張りの為に開けた装甲車のルーフから、排気ガスと潰れる草木の匂いが漏れてきていた。
「能力者が、犯罪者などと、戦争が終わった途端こういうクズが出る」
人類の味方、騎士を名乗ってきた私が―――あいつ等を『能力者』なぞとは認めるものか。
神楽 菖蒲(
gb8448)冷徹な殺気は、漸次的に狭い車内にも満ちていくのがわかる。
「クズに成り下がったというよりは‥‥本性を露わにしたって感じね。確かにこのまま放っておいたらまずいわね」
クレミア・ストレイカー(
gb7450)が小さな窓から駆け抜けてゆく外の景色を見て言う。
バグアという驚異が消え去りつつ中、以前から懸念していた能力者の造反。ちらほらと聞くようにはなったのが事実だ。
「人と、戦えるか‥‥か」
ラナ・ヴェクサー(
gc1748)はその思いを自分の思慮へと変えていた。
戦争が終わっても諍いは起る。親バグア派の人間とは戦った。
今後はバグアの関係ない戦いに、能力者が関わるのだろう。それは復興か、人類の発展への寄与か。それとも―――
‥‥心を強く、持たなくてはいけない。この戦いは、その為の良いターニングポイントとなるだろうか。
「能力者が犯罪を起こすなんてことが頻発すると、真面目にやってる私らが割を食うからさっさと鎮圧しないとね」
一ヶ瀬 蒼子(
gc4104)も今まで死線すら超えて頑張って来た能力者として、本作戦に参加していた。
ルーフから体を出して銃を構える蒼子と、その隣には耶子。
『なんでここにいるのよ!?』
『ダメでしたかー?』
と、驚愕混じりにツッコミをいれてみたところ、ダメでしたかー? といぢわるそうににかっと笑われる出発直前のやりとり。
理由を聞き腰砕けになったものの『待っててくれる友人』という意味深な言葉には内心嬉しく思い、
肩を並べて――実際には腰と頭程の身長差だが――また一緒に戦える機会が、悔しくも喜ばしかった。
「もうすぐ目的地か‥‥みやびん先生、車両の確保とキメラの警戒を宜しく頼む」
「任されよう‥‥なぜそう呼ぶ」」
「‥‥何、風の伝で知った」
鎌苅 冬馬(
gc4368)がしれっと、今や懐かしい呼び名で雅を呼ぶと、
首を傾げる運転手の操作で、車は静かにスピードを緩めていく。
「ここからは歩いてもらうぞ。ドンパチ始まったらもう少し近くに寄せよう‥‥次の依頼までには、装甲車も、ハイブリッドにしてもらうべきだな」
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大泰司 慈海(
ga0173)がそうっと開けたドアから閃光手榴弾を放り込む。
弾ける閃光、揺れる残響。
窓をけ破って飛び込んだエイミー・H・メイヤー(
gb5994)がそのままアリーナの手すりに猫のように飛び乗る。
対面の二階部分にいる者は大きなライフルを手すりに置いたまま目を眩ませていた。
そのまま反対側へ飛び移るようにまっすぐ迅雷、途中ぶら下がったクレーンへぶら下がり、勢いをつけてもう一度宙を舞い、
側面を駆け抜けざまに刃を振るう。
開幕から怒涛の攻迅を示すが、間一髪、体を断ち切ろうとした刀は屈んでかわされる。
その後ろからふわりと舞い飛んでくるキア・ブロッサム(
gb1240)が制圧射撃を展開してくる。
すぐ隣には依然刀を振るう娘、前方は艶さ余って妖しさ百倍の女性。
不意打ちの時点で分が悪かったと、敵イェーガーは荷物のシュートへと滑りこんだ。
軋んだローラーは男を1階部分へと転がり排してゆく。
「機嫌が良い‥‥」
「?」
「端的に語ればそういう気分。普段通りに過せているのですから‥‥」
エイミーの隣へと合流したキアが、逃げるイェーガーを一瞥しながら漏らす言葉。
静かな顔に昂ぶる気持ちを潜ませながら、キアは再び銃口と瞬天速でイェーガーを追いかけた。
1階から突入したクレミアが盾を構えながら近づいてゆくと、視線の隅に降りる影―――
味方ではないと気づき、咄嗟に地面を蹴って後ろに跳ぶ。
エースアサルトの大剣が、先ほどまでクレミアのいた地面を砂利道が如く粉砕した。
斜めに構えた剣の鎬で銃弾は受け止められてしまい、
ならばとその武器を狙って激しく銃撃を叩き込むが、強風を翻す芭蕉扇が如く、力強い剣風を纏って斬撃が繰り出される。
盾から骨に響く衝撃を感じながら威嚇射撃を続けるが、威嚇だけで決定打がなければ持久戦で削れていく。
苦戦は必至だった。
そして、エースアサルトの後ろに逃げたイェーガーは、
追いかけてくるエイミーに向けてサイドアームのマシンガンをばら撒き逃げる。
そこへ、エイミーへの射線を塞ぐよう、割って入った菖蒲が刀で宙を刻む。
叩き、滑らせ、弾く等沢山の挙動を一瞬で行い、切り払われた弾が菖蒲の周りに落ちてゆく。
「見えるのよ、私にはね」
剣先を向けて圧倒的な力量を見せる菖蒲。
慌てず敢えて動かず、ライフルからグレネードを射出。菖蒲は着弾する前に横へ打ち払う。
リロードの隙で菖蒲の後ろからラナが飛びかかる。
宙で地面と平行に回転し、その勢いのまま緋色の爪で襲いかかった。
慌てて持っていた銃を頭上で構える。と、腕と頭部を刻まれながら衝撃で銃を落としてしまう。
拾いにかかると踏んだ菖蒲が近づき、その伸びた手へ刀を振り下ろす。
‥‥だが、地面に向かうはずだった手は、菖蒲の刀の横を通り、そのまま拳が顔面へと飛び込んできた。
よろめく体、だが意識を飛ばしている時間はない。血の塊を地面に吐き捨て、心配そうに見やるエイミーには無言で頷き、
「‥‥さて、死ぬ覚悟はいいか?」
改めて抜いた銃が放たれると、同時に斬り飛ばす勢いで刃を振るう。
弾が切れたハズのイェーガーが超高速装填を見せるが、突き出してきたラナの爪に銃口を逸らされる。
開いた懐へ腕を伸ばし、超零距離で顔面に叩きつけるように銃弾を放つ。
骨が砕けてぼろぼろな顔面の敵が背後へよろけると、その勢いを助けるように蹴り飛ばす。
その先には、エイミー。
マシンガンを抜こうとするが遅い。
フルパワーの両断剣・絶はその脇腹を鋭く捉え、
ゴムのように体をしならせ、男は資材の山へと吹き飛ばされた。
「『能力者』が『犯罪者』なんかに負けるわきゃないでしょ?」
冷たく言い放つ菖蒲。まるでこの勝利が決定されていたかのように。
「‥‥喋れる口が、あるといいのですが‥‥」
あくまで捕縛である本作戦目標を思い出し、そこだけ憂うラナだった。
「見えるのさ、俺にも――なんて、魂の共有の線だ、エレクトロリンカーが奥にいるぞ」
激戦で崩れたプラ段の山、その奥から一人の男が驚いた様子で姿を見せる。
慌ててベルトコンベアに伏せるよう逃げていくが、イェーガーの脅威から離れたキアが溜め込んだ銃弾を吐き出してゆく。
吹き出す血飛沫の裏から機械剣を振り下ろすERだが、小さなステップでラナが後ろへ下がる。
振り下ろした隙を狙って冬馬の幅広の刺突がERをベルトの上へと突き上げる。
「うーん、攻勢にはなってきたけど、肝心の物資が見当たらないね?」
AAの火力に削られるクレミアの回復に当たっていた慈海。
菖蒲とエイミーが援護に入ったことにより少し余裕が出来た。
高所に運転席が取り付けられたクレーン、鍵穴を撫でるような仕草で電子魔術師の技を魅せ――解除。
人ひとり分の小さなリフトが段々と上がっていき、運転席に到達するともう一度練力の鍵を用いて埃だらけのシートへと潜りこむ。
「‥‥あ、あった♪ エレクトロリンカーの奥、パレットの影!」
慈海が叫んだ先には、倒れたフォークリフトの山の陰。
AAが気づき、急いでERに合流、物資の前に立ち塞がり、大剣を振り回して気迫を見せる。
すると、エイミーが雷を纏いて急接近、迅雷で飛び込んでくる少女を、バットで打ち返すかのように思いきり体を捻るが―――
フェイク。注意が疎かになった逆サイドから、冬馬が迅雷で二人の間を潜りぬけるとパレットの山へと突っ込む。
大きな音を立てて崩れたパレット、沸き立つ埃の中から、片手でアルミの箱を掲げて見せた。
大将の首を取られてしまえば、戦意というものは火を見るよりも明らかで。
ラナが爪で引っかけるとそのままERを地面へとねじ伏せ、その頭部へキアが銃の撃鉄を鳴らしてみせる。
「‥‥御願い‥‥ではありませんから、ね‥‥」
ERはそれ以上動くことなく。地面に目を伏せたのだった。
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「‥‥外へ行ったメンバー‥‥キメラとの交戦を確認‥‥」
「じゃあ俺はこのまま見張りを引き受けるね♪」
「遊ぶな」
ゴーグルの倍率を変えて外を監視していたキア。
その横では、 ぶら下げられた男の、反った腹をつんつんしている慈海。
彼は、垂れ下がっていたチェーンやケーブルを用いて、
ものの見事に芸術的な亀甲縛りにて敵の男達を縛りあげていたのだった。
締め付けすぎず、ゆる過ぎず。絶妙の拘束のバランスで仕上げたそれは、
揺れる動き縄が食い込む度に男達の表情が変わったとか変わってないとか。
現在前衛で立ち回っているのは蒼子。
制圧射撃を用いてなだれ込む狼型の足を止め、狼を飛び越えてきた狼には自身の盾を持って体張って壁となす。
動きの鈍くなった狼には冬馬がざっくりと大きく刃を振り下ろし確実に一匹ずつ仕留めていく。
血飛沫を切り開いていくかのように大剣の乱舞を放つ冬馬。
また一匹捕捉したところで破城槌のような豪突を繰り出すと、
その繰り出した刃の鎬に乗っかり、牙をむく狼型。踏ん張った後ろ足の剣先が微かに下がり―――
蒼子が放つ仁王咆哮に足がもつれる狼型、その隙にぐりっと手首を返し、
お好み焼きを鉄板に返すように地面へ叩きつけた。
少なくなってきた狼型の軍勢をかき分け、滑空してきたバフォメット型が真っ直ぐに指先から雷を飛ばす。
打ち払うように割って入り盾で受け止める蒼子、その後ろから飛び越えてくるラナ。
もう一体が連続で雨のように降らせてくるが、スウェーとステップで下がることなく接近してゆく。
「避けきって‥‥斬り、刻む‥‥!」
跳躍、対空砲のように飛び込み爪で羽を穿つ。
赤い障壁が体の前面部でチリチリとラナを拒絶するのを感じながらも、
歯を食いしばったまま地面に一緒に落ち、貫通した羽を地面に縫い付けるように爪を立てる。
動けなくなったバフォメットを、掬い上げるような軌道で冬馬が刃を振るった。
もう1体のバフォメットが蒼子の銃撃で撃ち落とされ、残るは少量の狼型と、巨大狼型。
巨大狼型が倒れそうな程の風圧と異臭を伴い、巨大な咆哮を浴びせてくる。
だが振り下ろそうとした爪は、合流したキアとクレミアの制圧射撃によって引っ込められてしまう。
各々の武器を向けられて、囲まれる巨大狼型。倒れるのは、時間の問題だった。
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「今回は、騎士らしくなかったかしら」
菖蒲が斜面に倒れる沢山の狼の群れを見やりながら(亀甲縛りのまま連行されてゆく男達には一瞥すら惜しいように逸らし)
ぽつりとエイミーの横で呟いた。
(――だけど私はきっとこれからも、こうして『騎士』であり続ける)
護り抜いた箱を無意識にひと撫でしてゆっくりと吐いた。
騎士は、これからもその力を、護るものの姿形を変えながら、その前に立ち続けるのだ。
「今後もああいう連中がのさばってくるのかしら‥‥? 一抹の不安ってとこ‥‥?」
銃をしまいながら言うクレミアの言葉を聞いてか聞かずか、慈海の口がゆっくりと開いていく。
「みんながみんな、真っ当な人生を歩めるわけでもなくって。落ちこぼれたり、道を間違ったり‥‥ほんの些細な切欠で。人間の弱さゆえ、かな」
俺だって碌でもない人生だしね、説教できる立場じゃないんだけど‥‥とは心の内で零す言葉。
「ひとがいる限り、消えない悩みだと‥‥?」
「そうかもしれない、ね。でも人を超越した力を悪用するなら、俺も持てる力で阻止させてもらうよ。今しばらくは傭兵稼業を続けて‥‥余生を送るのは、まだまだ先になりそうかな」
夕暮れに透かす、大きな掌。その手に掴んだものは、武器でもあり、人の手でもあり。
エミタはまだ必要――そう結論を出していたエイミーの心にも、彼の言葉は少し指針として響くところがあった。
「そうだ、井上氏‥‥」
「優の事か?」
こくり、と頷き見上げるエイミーへ、雅が口を開く。
「まだまだこれからだ‥‥自分のしてきたことを見せて、辛いだろうが、乗り越えて、復興に協力させる。あいつが望んだことだ。今まで兄らしいことをしてやれなかったが、傍で力になって、な。今からでも遅くはないと思っている」
「『兄弟』はこれからもずっと続くものだからな」
「‥‥言おうとした台詞を取られてしまったな」
バツの悪そうな顔で頬をかく雅に少し意地悪そうに笑うエイミー。
長く追いかけた『神話』の終焉を聞くことが出来て、どこか落ち着けた様子だった。
「また戻ってくる時は事前に連絡をしてくれると助かるわ……そうしたら、二人でまた美味しい物の食べ歩きとか、できるでしょ?」
蒼子が耶子の両手を取りながら、言葉の最後にいつにない笑顔を見せた。
「じゃあ、ケータイケーヤクしてくるですー♪」
「‥‥そこからなの?」
かくっ、と肩から崩れる蒼子。だが、これで次の約束が出来た。
戦場で肩を並べ、追いかけてばかりだった。これからは、もっと、違う約束をたくさんしていくのだ。
「おっと、先を越されてしまったな。耶子嬢と蜜柑嬢も誘って、スイーツ女子会をと思っていたのだが‥‥」
「それじゃ、またみんなでスリジエに押しかけましょ? 何だかんだ、あそこで女子だけってまだないかも」
蒼子とエイミーの間に入り、2人の肩を組むようにして現れた蜜柑。
お疲れ様、と声をかけてから今回の物資の前に立つ。
「皆、本当にありがとう。違う道を行く人、これからも一緒に歩く人、少し足を止める人、色んな人がいるかもしれないけど、
私達は、まだしばらくここにいるから、協力してくれとも、応援してくれとも言わない。代わりに、忘れないでいて欲しいな。
それだけは、最後のワガママ、言わせてちょうだいねっ」
片目をつぶって見せる蜜柑。そんな挨拶の横で、雅が煙草に火をつけながら問いかける。
「そう言えば‥‥蜜柑、箱の中身は何だったんだ。俺も聞かされていないんだが‥‥」
「あぁ、そうだったわね」
その言葉の次には、べこんっ、と思いっきりアルミのふたを開けていた。
「どうせだから、見ていってもいいわよ。貴方達が命を賭してまで守ってくれた、大切なものだもの」
狭い箱の周りに集い、一同が一度に顔を突き合わせて覗き込む。
「ね? 傭兵として生きてきたあなたにとって、きっと一番大切なものよ」
危険を冒してまでも、護る価値があるもの。
その手を振るってでも、放したくないもの。
自分にとって、一番大切なもの。
それは――――――