タイトル:ハイスクールトラジカルマスター:墨上 古流人

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/31 06:35

●オープニング本文




 某所某日某時刻。

 全校放送のスピーカーが、昼休みの喧騒にピリオドを打ってから何分経っただろうか。
 教室では、斜陽の描く光華の軌道が、窓から優しく降り注ぎ、
 甘んじて浴びた生徒の数人は、上の瞼と下の瞼が仲良くチークダンスを踊り出してしまっているようだ。

 ここは、日本の某都市部に位置する私立高校だ。
 歴史が浅いので有名ではないが、進学高校としてそれなりに実力があり、
 全体的に煌びやかな建造な校内と、淑やかで上品な校風、万全な生徒の安全と学習のフォロー、
 そしてそれに比例して、苦笑してしまうような納得の高額学費に、
 現代の富裕な家庭に育つ子供が自然と集まっていた。

 ある教室で、教師が日付と同じ出席番号の生徒を指名しようとしている頃、
 高校に向かって、数台の車が規則正しい間隔で並んで走って来ていた。
 この高校に近寄る車と言えば、大抵が運転手つきのリムジンか、高級外車なのだが、
 向かって来るのは、全てが黒塗りのシンプルなバン。
 助手席にまで施されたスモークガラスが、電柱を等間隔で映し、風を切っていた。

 走ってきた時とはうってかわって、おもむろ、そして乱雑に、
 それらの車が高校の正門、校舎へと続く大きな階段の前に停められれば、
 両サイド、後ろから出てくるのは、例外なく都市迷彩に身を包み、
 手にはとても学校で使うとは思えない、物騒な武器を各種抱えて走る者達。

 車が走り去る大きな音を聞き、何事かと正門の守衛が一人、階段の下を見やると、
 ぞろぞろと上がってくる白黒灰色のうごめく集団を視界に入れた、が、次には目の前が真っ赤になった。

 校舎の静かな廊下を大勢で賑やかし、少人数毎に別れると、その者達はドアを蹴破り、
 銃声罵声が授業を中断させてしまう。

「おらおらぁ! てめぇら今すぐ携帯を机の上に置いておとなしくしやがれぇ!!」

 たまたま立っていた熟年の教師は、首を掴まれ教壇に頬を叩きつけられると、後頭部に銃口を乱暴に当てられてしまった。
 男は、そのまま教室全体に響く声でハッキリと、粗野に言葉を教室へ投げかける。

「俺達は、UPCだかULTだかしらねーが、未だに地球からバグア一匹追い出せねぇような勢力に最後の希望を託すなんて事はしねぇ!」
「そこで、早いとこバグアの言うとおりでへこへこ生きてた方がよっぽど、環境にも経済にも、命に取っても平和だと悟った!」

 他の教室でも、どうやら同じような事が言われているようだ。
 飛び入り講師による演説は、なおも続く。

「俺達はその革命の先駆けとなるべく、蜂起した! 手始めにお前らは、俺達と人類の理想の為にも、明日への足がけとなってもらう!」 
「同調した奴がいたら、同士にしてもいいぜ? 若ぇ女も、イロイロ使えるからな、歓迎だ‥」

 用心しながら、生徒達の携帯電話を回収して回る男は、
 舐めるようにたまたま見定めた女子高生に視線を這わせて言う。
 きっと目だけしか出ていない覆面の下では、鼻の下が伸びているに違いない。

「こりゃあ大変だ‥とりあえず110番‥って、警察俺だっつの。とりあえず本部‥」
 巡回中の警官が、階段上で倒れていた守衛を発見し、無線を繋ぐ。
 パニックで騒ぎ出す子もいれば、何をしたらいいかわからず動けない子、
 テロリストの銃声が、また一つ、昼下がりの長閑な学校に響き渡った。




「まったく・・今回のもまた酷い事件ね」
 ULTのブリーフィングルーム。
 今回の作戦に参加する傭兵を前にしているというのに、オペレーターの柚木 蜜柑は、
 足を組んで肘を長机につき、ため息混じりに呟く。
 ぱさっ、と放られた資料には、今回の事件の詳細が記されている。
 決して仕事への愚痴ではなく、テロリストに対する呆れが現れているだけであるという点は、根が、一応マジメな彼女の性質だ。


「んっ、ゴメンね。じゃあ早速今回もお仕事の話よ」
 インサート式のプラカップから薫るコーヒーに口をつけ、姿勢を正して傭兵達に向き直る。

「事件の起きた場所は、さっき話した通り。犯人の要求は、我々の理想の実現に向けた資金、日本円で5億と、UPCの最高責任者、あるいはそれに順ずるものを一人でここへ来させ、話をさせろ・・ですって。言ってる事がぶっ飛んでれば、要求もまぁぶっとんでるわね。というか名指ししない時点で、責任者の名前もわかってないんじゃないかしら‥」
 私はもちろん知ってるわよ?と、自身のボールペンの先をびっ、と傭兵達に向けながら、そう付け足して話を続ける。

「素人テロリスト、何て韻良く言ってみようかしら。でも、ふざけられるのもここまで。人質の命が危険に晒されてるのは事実だし、まだ高校生よ、どんな気持ちでそこにいるかと思うと‥可哀想で仕方ないわ‥」
 でもね、と柚木。

「勇気ある生徒から、かろうじて送られてきたメールで、奴らは、前進に雷光のようなものを纏ったり、身体が赤い炎のようなものに包まれていたと言う情報が入ったの。何を意味するかは‥もうわかるわね?」
 実際のメールの文面がプロジェクターに映し出される。
 絵文字や変換など見られない、ほぼひらがなのみの走り書き、ならぬ走り打ちは、現場の必死さや恐怖のプレッシャーを生々しく想像させる。

「この世で最も怖いのは人間だ、なんてよく言われるけど、ホントその通りだと思うわ‥全く、科学が発達した世の中でも、読めない事だらけよ」
 でも、右を向けと言ったら、例外なく全員が右を向くと言う環境も怖いけどね、と言うと、自分の資料を纏め、彼女は席を立った。

「望まれない、誰かを犠牲にした理想なんて、バカげてるわ。震えてる子達に、そして、こんなバカな事した奴らに希望を見せてやるという意味でも・・完璧に、こなしてきちゃって、ね」
 静かに閉じた扉の音には、心からの、傭兵達への希望と信頼が込められていた。

●参加者一覧

エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280
17歳・♂・PN
虎牙 こうき(ga8763
20歳・♂・HA
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN
飲兵衛(gb8895
29歳・♂・JG
エイミ・シーン(gb9420
18歳・♀・SF
9A(gb9900
30歳・♀・FC

●リプレイ本文


 夜風に震える警官隊の後ろで、虎牙 こうき(ga8763)がその場の責任者らしき男に問う。
「‥一ついいか? 今回の犯人の生死は問うのか?」
「いや、生死は問わん。だが、こんな事を言うと笑われるかもしれんが‥人質がまだ思春期の未成年、という事は忘れないでくれ」
 下げた拳を握り震わせ、今回の敵への怒りを露わにしているこうきへ、私にも高校生の娘がいるんだ‥と、その男は言った。

「Be cool... 感情的にならず、自分を律しましょう‥」
 対照的に、朧 幸乃(ga3078)は、あくまで自分達の生きるために進んだ道が、お互い『障害』としてぶつかっただけの事‥と、思考を冷静に構える。

「状況はどうだ?」
 皇 流叶(gb6275)が無線を飛ばし、その横には彼女の有線式アンカーの調子を見る相方のヴァレス・デュノフガリオ(ga8280
 彼らの前では、普段は学生生活の喧騒をさえぎるように校内を囲む壁が、傭兵達に冷たくそびえ立っていた。
 無線を受けたキリル・シューキン(gb2765)が、双眼鏡から目を外して状況を伝える。
 ヘリ、赤外線カメラ等高価なものは傭兵の協力要請で動くことはなかったが、近くのマンションに狙撃の為に陣取り、
 全てを見通せる訳ではないものの、自ら得た情報はそれなりに有益なものとなった。

「‥潰すぞ、徹底的に」
 流叶達と共に壁越えを画策した飲兵衛(gb8895)に、バスケットボールを入れたバッグを提げたエイミ・シーン(gb9420)が近寄り、

『ふにっ』

「‥やっぱりやるんだ」
「やっぱりのんさんにはコレをしないと‥ね♪」
 馴染みのやりとりに苦笑する飲兵衛だが、今回は、腹に覚えた硬い感触に手を伸ばし、そのままエイミから苦無を受け取った。
 今目の前の少女は流叶と揃えて、紺色のブレザーと裾に一本ラインの入ったスカート、目もカラコンに黒のウィッグをつけて、高校の生徒に変装していた。

「バグア1匹‥言ってくれるじゃない。じゃ『バグア1匹追い出せない勢力』の力を見せてやる、サ」
 敵の声明を思い出して9A(gb9900)が言う。人をまだ切った事がない凛々しい男装の『彼女』は、不安か決意か、
 忍刀颯颯の柄を強く握る。

「敵の歩哨がそこを離れた。壁を越えるなら今だ。‥頼むぞ、兄弟」
 キリルが無線を送り、流叶が合図で皆に伝える。
 スキルで跳ぶ者、仲間と息を合わせて壁を越える者、月夜に切る風が、傭兵達の作戦開始を知らせた。



「よ‥‥っと。それにしても、広くて綺麗なところだなー」
 ヴァレスが最後に降り立ち、借り受けた流叶のワイヤーアンカーを巻き取りながら、辺りを見回して言う。
 着地点には、単独行動をする予定ではない9Aが辺りを警戒しつつ待っていた。
 木や休憩所、点在するオブジェ等、隠れながら移動するには遜色ないが、それにしても行動範囲は広かった。
「わァ、思わず観察すべきモノが増えちゃいそうだね。そんな訳にはいかないけどサ‥」
 
 まずは演習棟に近づき、中の様子を把握しようとする。
 一階を観察しだすと、中世の王宮のような雰囲気の学生食堂に、現代兵器で武装した厳つい男達が居るのは、なんとも不釣り合いな事か。
 せっかく、パートナーと一緒に来てみたいなとも思えるのに、台無しだ。ため息交じり、もう一度笑顔で会う為にも、ヴァレスは気を入れ直し、生徒棟の屋上へアンカーを打ち込む。
 フェンスに引っかかる手ごたえを確かめ、無線で連絡してから学校の壁を登り始めた。9Aも後から迅雷を使おうと警戒しつつ待機する。

「‥おい、あれは‥‥!!」

 だが、見張りの居ない外側の壁の登りとは訳が違った。
 夜とはいえ、自力で登はんしている間はどこにも身を隠すことが出来ない。
 ヴァレスは途中まで登ったとても不利な体勢で、敵の歩哨2人に見つかってしまった。

「くそ‥っ! まずいなー‥」
 登りきるか、一度降りるか、一刻を争い、鉛弾か仲間への連絡が飛ぶだろう。
 手袋の内側で嫌な汗が滲む。一度滑り降り、耐性を立て直すかというところで、9Aも仕方なく手を剣へ持っていく。

「ぐはっ!?」
 だが、ふいに褐色の影が敵の一方に飛び込んできた。
 それは、味方が見つかった時フォローに入れるよう警戒していた幸乃が、敵に後ろから当て身を喰らわせた所だった。

「ここは引き受けました‥敵の能力者の索敵にかかる前に、人質を‥‥」
 ライガークローを構えて言う幸乃に、ヴァレスは目と首肯で返し、再びワイヤーを登り始め、9Aも迅雷で跳びあがる。

 幸乃に対峙した敵が、拳銃を構えながら無線連絡を始める。
 が、それも空しく、先手必勝と瞬即撃が顔の横を掠め、全てを聞きいれる前に無線は宙へと放られてしまった。
 とっさに敵の男は至近距離の幸乃に頭突きを叩きこむと、彼女はしゃがみ、そのまま後ろへ跳び回避する。
 お互い、動きを読み、合わせている。男も能力者のようだった。
 それでも、場数の差だろう。一息後、幸乃が瞬天速で地面を蹴り、右手の爪を顔面へと向ける。
 顔だけ避ける体制に入った男は、同時に迫る左手の爪を、腰にためた銃と共に腹へ思いっきり受けてしまった。

「ぐっ‥俺ぁスナイパーなんだよ‥接近戦に武器無し、終わったな‥」
「私には、まだまだ備えがあります‥」
「あんた、傭兵よりマジシャンの方が向いてるぜ‥」

手持ちの大量の苦無を指の間に計4本構え、血反吐を吐く敵を見下ろす幸乃へ男が言った。
褒められてるのか、からかわれてるのか、謎のままにして、男は動かなくなった。




「‥騒がしいな」
「美人な保険医でも残ってたんじゃないか?」
「バカ言うな。同じ事言って真っ先に保健室に飛び込んだ奴がいたじゃないか。‥ところで、そいつらは?」
 生徒棟の正面玄関にて男二人がそんな会話をする。片方の男は2本のロープを握り、その先では、何とエイミと流叶が後ろ手で縛られていた。

「あぁ、ロッカーに隠れていたところを連行してきた」
「‥その荷物の中、ちゃんと身体検査したか?」
「バスケの自主練でいつも使ってるんだよ!」

あくまで横で落ち着き、状況を見据える流叶と、演技か事実か、頬を膨らませぶすっと不機嫌そうにするエイミ。

「そこまで言うなら‥貴方がもう一度、チェックしてくださいますか‥?」
 校風に合わせて淑やかに喋り、上目で覗きこむように少し身体を傾けてみる流叶。
 世間では清楚なイメージの制服と、その上からでも解る身体のラインと仕草は、男の邪念を刺激するにはダイレクトだった。

「‥いや、必要ない。早く連れていってくれ」
 慌ててそう言うと、男は当たり前だが靴もはき替えずに、下駄箱から外へ出て行く。

「‥あら、案外うぶなお方」
「本当は検査を見せつけるつもりだったんだけどな‥ま、潜入の疑いを逸らすには充分でしょう」
 変装中につき女言葉の流叶と、ロープの先を握った男が言う。
 そしてエイミに、のんさん、と急かされると、その男は事前に預かった苦無を懐から取り出し渡す。
 飲兵衛の被っているバラクラバの後頭部には、銃弾が焦がした穴が一つ、空いていた。

「まて。各階、廊下を敵が2人闊歩している。変装班はいいとして、他はどうする?」
 2階の踊り場で、キリルからの無線が入る。ヴァレスと9A、こうきも、同じ理由で動けなかったのだが、廊下はヴァレスが引き受ける事となった。
 流叶達はそのまま怪しまれず飲兵衛が連れていき、二人を教室へ入れたのを確認したのを9Aが確認すると、無線で合図を出す。
 一斉に、遅刻で跳び込む生徒よりも早く、傭兵達は教室へと駆けだした。


 「な、なんだっ!?」
 いきなり教室へと飛び込んでくるこうきに面を喰らい、教壇でうろたえる男は、クロッカスの電磁波を浴びる。
 能力者ではないのだろうか、すぐに白目を剥いて倒れたが、被害を抑えるべくウラノスへと持ちかえ、もう一人へ向き直る。
 だが、敵は教室の後ろにいた。

「少しでも動けば、こいつは生きた人体模型になるぞ」
 槍の穂先を席に着いた女生徒の首に当て、言い放つ。
 非現代的な武装は、能力者と見分けるのに都合がよい、のだが、状況はあまりよくない。

「‥待て、降参する。だから彼女らには手を出さないでくれ」
 ウラノスを捨て、素直に、静かに両手を上げて敵へと向かうこうき。
 大人しく縛られる彼を見上げて、女生徒は涙を流しそうな目をして慌ててしまう。

「俺の傷など‥いつでも治せる、君達には掠り傷一つつけさせたくない‥だから、そこにいてくれ」
 だが、こうきは窮地にも関わらず、力強い目つきで彼女に訴えかけ、少しでも落ちつけようとする。
 そしてそのまま、こうきは後ろ手を縛りだした敵へ、地面を蹴って背中を向けたまま突撃した。
 思い切り壁で挟むように倒れかかると、装備したままのクロッカスで真後ろへ電磁波を発生させる。
 ありったけ、ありったけ、目に見えている者を護り、目に見えない敵は弾き、打ちのめす盾が如く、後ろ手のまま超機械を撃ち込めば、
 やがて、こうきは背中に士気と動きが無くなるのを感じた。

 9Aは迅雷で教室へ飛び込み、視界に入った敵へ颯颯をみぞおちにそのまま沈める。
 相手の反応の鈍さ、手に残る感触。‥どうやら、この教室の二人は、能力者ではないようだ。
 人を殺めた事がない自分が、もしもの時、ちゃんと刀を振れるのかという逡巡を思い出してしまう。
 ‥それが、本当に『人間』なのだから、尚更。
 一拍躊躇する9Aを見て、残りの男が手榴弾のピンを抜こうとする。この狭い教室で‥
 不穏な事態の展開に『今何をすべきか』という言葉がふと9Aの頭を過ぎる‥答えは、簡単だった。
 弱者の為に武器を抜き、腹を括って刀を構え、決意で敵へと走り出す。行動という刀の軌道が真っ直ぐ敵を裂くには、それで充分だった。
 崩れ落ちる敵を見やり、ふぅと一息零す。もう、迷いが出る事は無いだろう。対人初陣のひと段落に、そう願いたいところだった。
 
 人数配分の都合上、エイミ達から離れC組のドアを蹴破り、『手』から3撃の銃弾を飛ばすのは飲兵衛だ。
 義手という予想外からの攻撃に非能力者は思い切り油断を突かれてしまった。
「避けると逆に痛い所当たるぞ‥!」
 対能力者用に貫通弾を込めておいたS−01のアイアンサイトを照準する、が、人質等居ないかのように、相手が雷光を身に纏い高速で移動する。
「生徒に伏せるよう伝えろ。私も撃って奴の移動範囲を狭める」
 フェンサーの機動に苦戦していた飲兵衛にキリルが無線を入れる。全生徒が窓に映らなくなったのを見て、プローンポジションで照準を覗き、息を吐いてタイミングを計る。

「怯えろ‥お前は狙われているんだ‥‥」
 遠く離れた建物から、人差し指一本の致命傷が教室へ飛び込んでくると、フェンサーも伏せるわけにはいかず、迅雷を止め、苦虫を噛み潰すような顔で、弾が飛ぶ場所を極力避けて移動せざるをえなくなってしまう。

「Спокойной ночи‥‥」
 おやすみ、とロシア語でキリルが呟いた頃、スコープの中では、キリルの弾に気を取られて飲兵衛の方向へ跳び込んでくる男へ、
 真っ直ぐに、したり顔で彼が銃口を向けている所だった。

「ぁ? まだ生徒が…っ!?」
 生徒姿のエイミと流叶は、はたから見ればただの生徒。潜入の為に着席する席が無くとも、相手の不意を突くにはかなりの効果だった。
 流叶がクロッカスを目の前の敵に放ち、エイミも苦無で持ち込んだボールを切って、仕込んだ武器を取りだし、強化を施す。

「ガキが‥!!」
 もう一人の敵が憤り、弾をありったけフルオートで彼女らにばら撒き出す。
 超機械の電磁の歪みで流叶が弾を逸らそうとしたが、リスクが高かった。決断をすぐに切り替え、近くの生徒をかばうよう床へ倒れる。

「ルカちゃん!?」
「大丈夫だ‥‥」
 走り寄ろうとする友人を制止し、流叶は生徒を庇ったまま向き直る。
「おそくなってゴメン、流叶‥!」
 刹那、廊下の敵の肩へナイフを突きたてたヴァレスが、最愛の人の名前が叫ばれた事に駆け付け、事前に預かった機械剣を放る。

「間に合ってくれたから許す‥!」
 そのまま空中へ躍り出ると、掴んだウラノスをそのまま勢いよく敵へ振り下ろす。
「みぃちゃん!」
「OK、ラストぉ!」
 敵がよろめいた方向には、気持ちの良い笑顔でロケットパンチ――浪漫の鉄拳――を構えるエイミがいた。
 潜入で大人しく我慢していた鬱憤を、全て込めた連携プレーの前に、男は弾倉の銃を全て撃つことなく、葬られてしまった。

「他は、済んだようですね‥‥」
 傭兵としての経験を積んだ幸乃の前に、素人テロリストの抵抗はあまりに虚しいものだった。
 悔しさか、諦めきれずか、クロッカスを浴びて彼女の足元へ倒れた男が、幸乃のブーツを、弱々しく、しかし何度も、逆手に持ったナイフで刺そうと振り下ろす。

「悪魔か‥畜生‥」
 息も絶え絶えながら、とうとう男は手を止め、虚ろな目で彼女を見やり、そう吐きやる。どんなに強くあろうと、目の前に居るのは小柄な女性。男の汚い言葉をどう受け取るかは解らないが、幸乃は終始冷静だった。

「貴方と私の進む道が、たまたまぶつかり合っただけのこと‥ここは、道を開けてもらいます‥‥」
「俺は‥人生の分かれ道で‥とんでもない死神に唆されたみたいだな‥‥」
 それが、テロという武力に逃げた結果の、ある男の末路だった。


「どんな理由があろうとも我々はテロリズムには屈さぬのだ、絶対に!」
「手前らには、色々と吐いて貰わなきゃならん事があるからな」
 合流を果たしたキリルと飲兵衛が、生かしておいた敵の引き渡しに立ち会っていた。
 胸糞悪い事件だな‥と飲兵衛が燻らす紫煙越しに、首謀者らしき者を乗せた車が学校を去って行く。
 パニックを起こした生徒には、流叶が親身に付添い、話し、落ち着かせている。
 彼女の肩がちょんちょんと突つかれ、後ろを向けば、エイミが手の平を上に挙げて満面の笑顔でそこにいた。

「あぁ、お疲れ様‥っ」
「お疲れ様っ♪」
 パシン、と小気味よく乾いた音がその場に響いた。
「あ‥あの‥緑の目をした小さいお姉さんは‥?」
 生徒の一人が、おずおずと聞いてくる。幸乃の事だろうか。
 だが、彼女はそこにはおらず、同じ頃、自分が潜入する際越えた壁の上に腰をかけていた。

「あえて姿を見せる必要もないでしょう‥誰かの心に深く介入しようとも、思いませんから‥‥」
 どこを見やるともない目で、高所の風を感じながら自身のフルートに手を添える。
 曇り一つなく輝きを見せるそれには、緋色の朝日が映え出していた。

 暴力は人が犯す最大の愚かさだと人は言う。
 何故人は、愚かさを見据えず、無視し、それでも尚進んで愚劣に走るのだろうか。
 あと何人、その道を通り、その道で犠牲になるのだろうか。
 今はただ、一人として無益な犠牲者が出なかった事に、安堵するだけだった。