タイトル:プラントマザーマスター:墨上 古流人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2010/05/14 18:01

●オープニング本文



 
 某所某日某時刻
 舐めるように頬を滑るぬるい風が、着こんでいるはずの肌へ潜り込んで撫でつける。
 心許無い月明かりの下で、廃れた参道を走る二つの影があった。
 足元へ気を配る余裕も無いような、絶えず踏みしめられる砂利の音、荒く酸素を求める息使いと、
 偶に響く銃声が月夜の世界を支配していた。
 
 先を駆けていた影が、ふと足を止める。
 肩で息をしながら見上げれば、そこには暗い視界でも充分に認識できる程に、古ぼけた建物があった。
 有刺鉄線に絡まるツタ、積み上げられた頑丈なコンテナ、
 雲間から照らされるクレーンアーム、微かに残るオイルの香り。
 
 それは、廃工場と言う名の城塞だった。
 
 空を切る鉛弾が手にしていた銃を弾き飛ばすが、広いに行く余裕は無い。再び足を動かし穴の空いたフェンスへ滑り込む。
 後を追う方も、警戒など忘れとにかく背中へついて行く。
 機能性など見込まれていないカジュアルシューズが、向上の固い床に何度となく足を奪われそうになり、
 長い廊下をひた走り、ついに一つのドアに飛び込めば、文字通り一足遅れて後ろの者もドアノブに手をかける。

「もう逃げ場はないですよー?」
 真っ直ぐに視線を飛ばせば、先ほどまで逃げていた方がくるりと、振りかえる。

「ふふ‥逃げてたと思うの? 若くして天才科学者と謳われた私が、頭で何も考えずに体を動かしたと?」
 刹那、その者の後方の窓から飛び込む銃弾。
 きらめく破片の中を突き抜ける軌道は、追いかけていた方の銃を真っ直ぐに捉え、奪い取り、
 銃で済んだだけよかったと、すぐに体を直線の死角へ運ぶ。

「これでお相子よ。さぁ、私の計算通りの、綺麗なデータを見せてちょうだいね‥‥?」
 窓の外では、赤い一つのランプが輝く。人の骨格のような形を持つそれは、手と思える部分に長い砲身を構え、そこから微かに煙を立ち昇らせていた。
 メガネの位置をずらし、窓から飛び降りようとするその者の背中へ、

「ごめんなさい、お勉強は苦手で、期待には答えられないですー…!」
 撃ち込まれる銃弾。殺気を捉え、すぐに床へ転がりみ、無理な体勢で飛び込んだ方へ痛みを覚えながらも、立ち上がりざま予備の銃を抜いて向き直る。
 そのまま、しばらく構え合いの状態が続いた。

「絶対、つれて帰ってあげますからねー?」
「誰がそんなこと頼んだの? 私はもっと高みに行ける! それを望んでくれる人がいる! その為に頑張る事が、何で悪いと決められるのよ!!」
 スイッチを押したのか、合言葉があったのか、
 彼女の叫びに呼応するかのように銃声以外、静まり帰っていた工場の各所から小さな音が漏れだしてくる。
 堅牢に見える堤防が、ひとつの綻びから止めどなく崩れ落ちるかのように、
 機械の音は徐々に溢れかえり、小さな歯車が、大きなものへと生命の鼓動を吹きこんでいった。
 
 城塞は、築かれた。


 
「うーん‥キメラって本当便利よね、とりあえず人外なら何だってキメラなんだから」
 いつものブリーフィングルーム、いつものように依頼を受けた傭兵達が席に着き、
 資料に目を通しながら、俗に言うお誕生日席の柚木 蜜柑が愚痴をこぼす。

「こんな事、件の子に聞かれたら怒られちゃいそうだけどね。今回皆にお願いしたいのは、とある天才科学者の『保護』」
 びっ、とボールペンの先を向け、蜜柑は話を進める。
「うちの傭兵が一人先にね、その子を追ってたんだけど、部屋で確保したと思ったら、そこは元バグアの拠点だった廃工場なんですって」
 工場の概観の写真がプロジェクターに映し出される。少し前なのだろうか、廃工場、と聞いた割りには整った印象を思わせる

「そこがまた厄介な所でね‥『能力者を機械で再現』をコンセプトにキメラを作っていたみたいなの。男の子にとっては、ロボットっぽいとなると、浪漫なのかしら?」
 アンドロイドとか聞くと、何か萌えない? と話を逸脱してみるが、傭兵の刺さるような視線を咳払いで誤魔化す。

「といっても、結局プランは途中で破棄されたみたい。予想される敵については、別途資料に掲載しておくから見といてっ」
 詳しい解説の付与された手元の資料は、事前に蜜柑が机に配布しておいたものだ。
 随所でちゃらける彼女とは裏腹に、場にそぐわぬフォント等無く、資料は一貫として真面目な作りだった。

「手綱を握ってるヤツのとこにいた方が一番安全だろうって、その子を逃がさないように、一触即発の状況らしいわ」
 ぁ、これは地元警察の偵察情報ね、と付け足す蜜柑。
「いい?最初にも言ったけど、目的はあくまでその天才科学者の『保護』 まだバグアに傾倒してから日が浅いので、今のうちにその頭脳をこちらに引きずり込んで活かそうと言う‥まぁ、上が考えそうな建前のたの字も無い本音よね」
 わからなくもないけど、わかりたいとは思わないわね、と相変わらず反骨精神が旺盛な所を見せる。
「まだ歳も若いらしいし、若さゆえの過ちってヤツじゃない?ほら、若いうちって色々夢中になって突っ走っちゃうじゃない」
 ‥まだ私も若いけど、と付け足さなければ良いものを付け足してから話を続ける。
「そういう子に必要なのは、飴でも鞭でもなくて、標よ。エンジンは最初からフルスロットル、ハンドルの回しかただって知ってる年頃なんだから、後は私達が、導いてあげればいいの」
 天才と言っても、泣いて笑う人間よ。間違える前に、正してあげましょ。と言うと、彼女は席を立った。
 プロジェクターのスイッチを切り、インサートカップの珈琲を一気に飲み干すと、一度、傭兵達に視線だけ送ってから、部屋を後にする。
 
 皆が飲めようが飲めまいが、必ず淹れておくコーヒーの馥郁とした香りが、彼女に代わって傭兵達を見守るかのように残っていた。

●参加者一覧

レーゲン・シュナイダー(ga4458
25歳・♀・ST
雨霧 零(ga4508
24歳・♀・SN
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
フォルテ・レーン(gb7364
28歳・♂・FT
飲兵衛(gb8895
29歳・♂・JG
カンタレラ(gb9927
23歳・♀・ER
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER

●リプレイ本文


 思わず溜息が出そうな、綺麗な丸い月。典雅な光を避けるように、近くの茂みに数人が潜んでいた。
 そのうちの一人、レーゲン・シュナイダー(ga4458)――レグは、機械弄りが好きな血が滾り、
 乗り捨てられている大きな重機やクレーンアームに視点を止めてそきそきとしている。
 その横で、レグのサポートに入った今給黎 伽織(gb5215)が彼女の横顔を見つめ苦笑している。 


(13歳。LHに来た頃の私と同じか。周囲が全て敵に見えたあの頃の。どうにか、したいな)
 時枝・悠(ga8810)は、ぼんやりと工場を見つめながら、自身と科学者の境遇を重ねていた。
 何かと多感で、それでいて、何も知らない自分も、自分の事を知らない世界も、全てが未知である事への怖れ。
 強がって、胸を張ってみても、どこか不安定であろう状態の科学者に、淡く惻隠の情を馳せていた。
 横にいるカンタレラ(gb9927)も思うところは科学者への厚情。
 戦闘狂な面を見せる彼女も、普段はこうも柔和で優美なお姉さんなのだ。

 先ほどから忙しなく細かい動きで情報の整理をしているのはサポートの御闇(gc0840)だ。ULTへの傭兵についての問い合わせは、間に合わず
 目撃した警察に予め写真を見せても、確かにその二人が居た、というだけで判別には至っていない。
 
 遠方から監視に徹するので、と仲間達へ顔を向けた矢先、ちゅん、と鋭い音が彼の足元の地面を削る。
 獅月 きら(gc1055)が小さく抉られたその部分を見ようとして‥杠葉 凛生(gb6638)が、急ぎ彼女の襟元をぐいっと引っ張り寄せる。
「すまない。だが、そこはもう射線だ」
 見れば、他の傭兵達も、音と状況で射撃と検討づけ姿勢を低くしていた。

「ふっ。簡単に天才にお目通しは願えないと言う事だね。よくわかるよ。何故なら‥‥私も天才だからね!」
 射撃されたと言うのに、どーん、と態度をでかくとるのは名探偵こと雨霧 零(ga4508
 彼女の威勢にたきつけられた訳ではないが、隠れててもしょうがない、と当初の作戦通り二手に分かれて飛び出す傭兵達。
 月夜に響く砂利の音が、勇ましく響いていた。



 B班は裏口からの侵入となった。
 用心してカンタレラが扉を開けると、どうやら物置のような、無骨で開けた場所に出た。
 辺りは暗く、工場の大きな機械のパーツやコンテナで、折角窓から漏れる月光も遮られてしまう。
 凛生が探査の眼を発動し、エマージェンシーキットの懐中電灯を、煙草よろしく口にくわえながら、地図と現状との差異を探り出す。と、

「‥まずい、伏せろ!」
 凛生の叫びと、傭兵達の行動、流れ襲う多数の銃撃は本当に絶妙な僅差だった。
「いきなりガッツン‥なんて冗談じゃねぇよ‥!」
 罠がありそうな機械群には用心していたフォルテ・レーン(gb7364)だが、そうも言ってられない銃弾の嵐に体を窮屈に潜め、様子を見る。

「ふむ‥そことそこ、あとそこは斜線が変わってないね。恐らく罠の銃で、それ以外は、敵の射撃なんじゃないかな?」
 零が頭を抑えながら、ザフィエルで指し示して名探偵っぷりを発揮する。
 それなら、とカンタレラが鞭を構えて前に出ようとする。痛みを恐れず、寧ろ好んで接敵しようとするのは、ある種頼もしいと言えば頼もしい。
 何故かそきそきと喜び勇む彼女に、まあ、待て。と、凛生の腕が止めにかかる。
 探査の眼で場所を把握している凛生がある程度の敵と罠の位置を教え、合図と共にまずはガンナー二人が先に地を蹴り飛び出した。 
 
 セントリーガンが対象の移動を感知して扇状の旋回を始め、その動いてる途中の僅かな隙を狙って、零の影撃ちの軌道がセンサー部分を貫く。
 凛生も先手必勝で、相手より素早く4発の弾丸を叩き込むと、
 セントリーガンを破壊したおかげで、動ける場所が大幅に広がった。フォルテが物陰に隠れながら、狙撃タイプの機械兵へ近寄り、

「派手な歓待ありがとよ‥!!」
 溜め込んだ鬱憤を払うべく、斧状のブラックハートを相手の銃身へ振り下ろし、派手に叩き割る。
 その敵の後ろでは、もう一体が銃口をフォルテに向けていたが、カンタレラが前に出て弾を引き受ける。
 自分が被弾することで、回復の対象を減らす‥というつもりらしいが、本音は恐らく別にあったかも知れない。
 そのまま接敵し、鋭く振るう雷光鞭で足を掬い、間髪いれず、彼女を見上げる敵へ莫邪宝剣を地面ごと思い切り突き下ろした。

「機械の鳴き声も、いいものですね‥♪」
 軋むギア、崩れ落ちるネジやナットの響く音。『壊す』事で奏でられたそれらを聞きながら自身を回復し、妙に悦に浸るカンタレラだった。



 A班は、正面入り口からの突破だった。
 最小限の敵を相手にし―最も、強化を受けた悠はほとんどの敵を一撃で斬り伏せたが―正面入り口に辿りつくと、探査の眼を発動していた伽織が止まれと合図する。
 扉は取り外され、代わりに両端の壁には蝶番ではなく、フジツボのような小さな丸い突起が、線対称に数個並んでいる。

「これが、恐らく赤外線センサーなんだろうね」
 伽織の言葉を聞いて、赤外線の確認の為、レグが懐から煙草を取り出すと、

「どうせなら、俺がやりますよ。火をつけるには、吸わないとだから」
 ぽむっ、彼女の肩に飲兵衛(gb8895)が手を乗せ、交代する。
 レグも煙草の匂いに馴れていない訳ではなかったが、どうせなら喫煙者が、という彼なりの配慮だった。
 ふっ、と肺まで満たした煙が真っ直ぐに扉を抜けると、微かに、赤いラインが並んでいた。解除のコツも掴めず、迂回してルートを探す。
 ちょっといぢってみたかったかも、何て素の甘えは、既に覚醒の効果で姐御肌を露出しているレグには無かった。もしくは、言えなかった。



 A班とB班は一階で合流した。
 そこはほぼ作業スペースで、壁がなく、ベルトコンベアや流れ作業を担当するアーム、各種資材や運搬用の重機を見れば、極々普通の工場の風景だった。
「そっちはどうだ?」
「人に会ったのはこれが初めてだ」
「なるほどね‥」
 フォルテが問いかければ、悠が最もな言葉で返す。と、
 突如、地を揺らす衝撃が傭兵達の身体へ伝う。
 震源地を探ってみれば、中央のリフトが下がっていく振動らしかった。

「‥まずい、止めろ!」
 伽織の探査に嫌な予感が過ぎる。8人総出で近づくも、リフトなど無視して下から機械兵が跳びあがってくる。

「今度の敵が機械とは聞いてたけど‥ガワが骨だけなら、未完成なのを喜ぶべき?それとも人間そっくりじゃないことを悲しむべき?」
「いやいや、そっくりだと、逆に壊しにくかったりして‥」
 フォルテの質問に飲兵衛が相槌を打つ。二本の突剣を構えた機械兵へ弾を掃射し、避けて着地した地点でフォルテの剣が薙ぎ振るわれる。
 拡声器のような腕を持つ機械兵から、能力者の脳を揺さぶる程のハウリングが響き渡り、傍にいた半数以上が怯んで動きが鈍くなった。

「つまらん真似を‥!」
 奥歯を噛みしめ、脳を直接針で刺すような衝撃に耐えつつ、旋風の後蹴りでまだ底の深いリフトの穴へ突き落とす。
 その横で、カンタレラが虚実空間を発生させれば、自身には無効だった音波を喰らうようになり、機械兵はふらふらと足元覚束ないまま後を追ってしまった。
 邪魔が無くなったうちに、零が後衛へ近づく敵へ強弾撃を正面から叩き込み、跳躍して来たグラップラー型を返り討ちで制止させる。

「皆さん、これ以上長引くと‥保護対象達が危ないですよ」
 施設調査に出向いていた御闇から連絡が入る。
 彼は単独行動なのでかなりの動きが制限され、動力の把握も困難だった。
 恐らく瞬天速が使えなかったら敵や罠に捕まって致命傷を負っていたに違いない。
 無線の直後、リフトの穴の淵に、ずしん、と重いものが乗っかる。否、引っかかる。
 同じく、コの字型をした鉄の塊が、線対象で対に現れると、その真ん中からは‥『頭』が覗いた。

 崩れた天井から零れる月光に照らされ、苔や蔦を絡めながらこちらを睨んでいたのは、
 歯車、螺旋、パイプ、鉄板等、それを司る素材をまったく隠さずに作られている、上半身だけで天井に届く程の無骨な『龍』だった。
 機械仕掛けのドラゴンは、金属同士が擦れ合ったような音で咆哮し、傭兵達を見下ろす。
「2階がまだですよね?‥行ってください!」
 これ以上のロスは危ないと判断したきらが、銃を敵へ向けてB班に叫ぶ。
「‥わかった。行こう。危なくなったら、すぐに呼べよ!」
 フォルテが残る4人を見渡してから、背を翻して駆けだす。
 機械龍が背を向ける傭兵達の方へ身を乗り出すと、

「お前の相手は、こっちだ」
 龍の頭上から悠が真っ直ぐに降って来て、上顎辺りを斬りつける。
 見れば、レグがクレーンのフックを操作盤で動かして、不意打ちの為に悠を釣り上げた後だった。

「負けやしないさ‥嘗めるンじゃないよ‥!!」
 いつもは心躍らせてくれる機械を、完璧に壊す対象として鋭い目で捉え、エネルギーガンを横撃ちに弾く。
 流れるように複数個所へ撃ち込む隙に、悠が迫りくる大きなクローを真っ向から受け止め、二段撃のもう一つを手首へ叩き込む。
 すると、機械龍は耳をつんざく咆哮の後、口から火炎放射を吐き出し、全員を乱暴に包み込んでしまう。

「機械のクセに、気が利くな‥!火なら間に合ってるんだよ!」
 まるでライターの火でも喰らったかのように余裕を見せ、飲兵衛が温存しておいた制圧射撃でやり返す。

「この龍、弱点とかあるのでしょうか‥!」
「ここをヤりなッ!」
 きらが消耗の読めない機械相手に困惑すると、レグが肘の裏へ駆けこみ、わずかに見えた配線へ、ビッ、小太刀を削ぎいれる。意図を悟ったきらは、そのまま射撃を続け、離脱するレグへの龍の意識を逸らした。
 構造上、どうしても防御を厚く出来ない部分‥それは、肘、もしくは膝の裏。
 普段からKVにも熱を注ぐレグにとって、それに気づくのは容易だった。
 片方の腕のあちこちで火花が散り始めると、傭兵達は畳みかける隙を逃さなかった。

 きらが残りの力全てを使ってありったけの弾丸を掃射し、相手の自由な行動を更に封じると、飲兵衛がプローンポジションでもう片方の肘の配線へシャープな弾の軌道を描く。
 両腕のバランスを無くしたところで、レグの強化をもらった悠が、逆手に持った双刀を思い切り突き刺す。
 まるで肉や内臓を斬ったかのような、ずぶっと、鈍く、柔らかい音を感じ、
 一寸拍後、戦闘前よりもか細く、途切れ途切れの叫びを上げながら、上がりきったリフトの上で、機械龍はパーツの塊と化していた。
 
 

 御闇の無線により、部屋の位置を把握していたB班は、急ぎ部屋の中に飛び込むと、
 部屋の中には、セミロングの金髪少女と、ショートボブの黒髪少女が銃を構えて立っていた。

「そこの天才頭脳を持つ科学者、その頭脳‥世界じゃ二番目だ!」
「そんな事言う奴の方が二番目よ!!」
「いーや‥‥実は、一番は、私だよ!」 
 零が、どちらが科学者かわからない以上、カマを賭けてみる作戦に出ると、以外にも喰い付きがよかった。
 物騒な物を手に持っていても、少女は少女と言う事だろうか。フォルテが駆け寄り、金髪娘の銃を失敬する。

「皆さん、うちが耶子で、あの子がドルチェ‥サン。あの子を連れ戻せ、というお仕事だったんで、とりあえず逃がさないように扉の前でずっと立ってましたー」
 ちょっと痛かったんですよー、等と先ほどからトボけたように喋る彼女は、とても幼い印象ながら恐るべきタフネスを備えているようだった。

「未知の技術よ、蓋の開いてない宝箱よ。欲するのが自然でしょ、何が悪いのよ!」
「キメラに始末されても、ヨリシロにされても構わないってか!?」
 矛先を受け止めたフォルテが、片腕を感情のまま振り広げて話す。
「ヨリシロが怖くなって逃げ出したけど‥けど!私は人である前に科学者!探求の為なら、手段も厭わない‥!!」
「何も‥解ってねぇくせに!!」
 少女の白い肌へ男の拳が飛ぶ。刹那、ドアから悠が飛びこんできてフォルテの背中へ飛び込み羽交い締めにして止める。

「落ち着け。これは話し合いだ。意見の押し付けでは断じて無い」
 遅れて、戦闘を終えたA班が駆けこんでくる。
 フォルテは舌打ちをして、どうにか暴れる事は止めたが、それでもドルチェへの嫌悪はまだ表情に出ていた。

「でも、バグアの科学力の下でおんぶにだっこになるより、人類の側でバグアに勝った方が、科学者としてはカッコイイですよね」
 カンタレラのその言葉に、ドルチェは思わず顔をしかめる。
 そう、ドルチェは科学者としての技術の進化、己の研鑽、若き彼女が捉えていたのは、ただそれだけ。『バグア』に拘る理由は無い。
 どっちつかずで揺らぎ、どちらの勢力からも逃げるようにしていた今の彼女に、傭兵達の言葉は、胸中を荒波の如く激しく揺らしていた。
 凛生も、改めて、一人前の科学者に対峙して話す。

「バグアに与しようが、人類に手を貸そうが、それは個人の自由だ。止めはしない。だが、これだけの機械を作り出す才能‥できればバグア側に手渡したくはないな」
 バグアへの道を残すことにまだ不満げなフォルテの服の裾を、くいっと、きらが引っ張って言う。

「子供は‥未熟で、でも大人よりも純粋で、欲望に忠実な問題は、彼女を見守り正す大人が周囲にいたかどうかじゃないかなと思ってます」
 彼女がこうなったのは、彼女一人だけのせいじゃないですから‥と、どこか憂うように呟く。

「バグアに加担した事実は拭えないです。でも、それを鑑みても貴方の将来に期待してくれた人がいるから‥一緒に、いきましょう?」
 微笑み、しかしにこりとではなく、どこか、この手を取ってもらえるか、不安を交えた笑顔をドルチェに向ける。
 沈黙は、長かった。逡巡してるかと思えば、どこかイライラした様子を見せたり、ふいに目を虚ろにして考えだしたり。
 天才の導き出す結論は、いかなるものか。固唾を飲んで見守っていた。
 きらが、少し悲しげにおずおずと差し出した手を降ろし始めた。その時、

「‥人類で、頑張る。バグア‥打ち負かせてやるんだから‥あんた達も、協力しなさいよねっ」
 結論を変える、いや、素直になる事を少し悔しそうに思いながら、小さな声でそう答え、きらの手を取る天才科学者。
 緊張の張りつめていた部屋に、笑顔と安堵が溢れた瞬間だった。

「まぁ、何だ。愚痴とか不満はいつでも聞くぞ。取り敢えず、モノアイについて語りあいたいとこだ、うん」
「工場にバラ撒いといた型番Harmonerはモノアイよ。後で見る?」
 遊び疲れたお子様には、おもちゃ箱の後片付けが残っている。しばらく、工場の完全撤退で表には出て来ないだろう。
 新たな未来の芽を救い、人類にまた一つ、些細な事かもしれないが、勝機の一歩を確保したのだった。