タイトル:【VD】チャリティライヴマスター:タカキ
シナリオ形態: イベント |
難易度: やや易 |
参加人数: 31 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2009/02/13 04:31 |
●オープニング本文
去年、フィアナ・ローデン(gz0020)はバレンタイン2月14日にコンサートをした。一応賑やかな物となったそうだが、今回は彼女の意図はかなり違うようだ。
カウントダウンライヴのかなり前の話。
「ロス解放に、エルドラド解放‥‥イタリアやグラナダ‥‥アジア‥‥」
ニュースのスクラップとにらめっこをしていた。
「どうかしました?」
スタッフでベース担当のスティンレーさん(35歳)が訊ねる。
「これ見て」
最新や過去のニュースの束を目の前に突きつけた。
『難民キャンプの数最高に』
『戦災孤児上昇に孤児院がパンク』
『難民の栄養失調などの問題』
『再開発都市に移住するにも‥‥』
平和な状態ではない。
「あたしは、やはりこのままでは居られないの」
「ですね。『デスペア』に狙われている以上は‥‥自重して‥‥」
「其れがダメなのよ」
「‥‥フィアナ」
「カウントダウンの収益だけでは、子供達に良い食事なんて、それにチョコなんて‥‥」
真剣な顔つきだった。
「しかし、いまはじっとして‥‥UPCがデスペアを」
「まてないの! あたしが!」
気迫に充ちていた、少女とは思えない気迫に。
スティンレーは気圧される。
「お母さんに会ってくる‥‥」
母親のローザにフィアナは今の状態を話す。
ローザは、難民生活などで体をこわし、ずっと寝たきりだ。しかし、声だけは生きていた。
「フィアナ、貴女の気持ちは変わらないでしょ?」
「うん、お母さん」
「辛い思いをしている助けになるために、貴女が思ったことをしなさい」
「‥‥はい」
彼女の声は澄んでおり、心の奥にまで響く。
そして、彼女が打ち出した案は‥‥。
「エイジアの大ライヴハウスを使い、ライヴを行います」
と、言う物であった。
大きなオールスタンディング型の大ホール。2階と3階が席つきである。1ドリンク制。内部に、ショットバーやレストランもあるライヴハウスだった。そして、エイジア自体もバレンタインで盛り上がっていることがある。
「ラスト・ホープのチョコレートのカカオやお菓子を買い占めるような勢いで、あたしは歌います」
「え?」
「つまり?」
スタッフは面食らう。
「そう、バレンタインデーは愛の告白の日だけど、チョコレートを渡すことは、ジャパンのお菓子会社の宣伝しかないわ。普通ならどちらかが、心のこもった、手袋とか指輪とか、愛の誓いの儀式がロマンティックよ?」
「初詣も実際、鉄道会社と寺社の営業関係だったらしいからな。初詣が出来たのは明治らしい」
日本人の佐藤さんが考え込む。
「高見台の、南京錠が良いじゃない?」
「ふむ、しかし手料理でもあるチョコを」
「難民の人はどうなるのかな?」
「あ‥‥」
その言葉で全員が黙った。
「あたしだけじゃ、歌うしかできないけど、このライヴで得たお金で、チョコ以外にも物資を買って、直接送りたいの。勿論、そこで歌う。そのために立ち上がらないと行けないの」
フィアナの思いは其処にあったのだ。
「よし、それで行こう」
スタッフは立ち上がり、着々と準備を進めていった。
依頼受付には、派手さはないが、大きなフォントでこう書かれていた。
『エイジアで、戦災孤児や難民にチョコレートと物資を配るためのチャリティライヴを行います☆ チケットはローデン事務所まで』
●リプレイ本文
●1週間前
ローデン事務所に差出人不明のA4サイズの封書が届く。厚さからしてかなりの書類のようだが。
「なんだろ?」
「爆弾か?」
「其れは怖い」
スタッフは警戒して封を開けなかった。
実際はある知っている人物が送ったものなのだが、フィアナの現状況下では、匿名の封書や計画書などは警戒されるものである。いくら、安全なラストホープといっても用心するのである。後日其れが何であるかを知ることになるだろうか。
水上・未早とベルのカップルがフィアナやスタッフに『ローデン基金』なる物を作ってはどうかと持ちかけてきた。それは、スタッフにとってもフィアナ・ローデンにとっても、良い考えだということで、早速募金箱を作り、売店などに設置することとなった。
「これで、良い感じになると思います」
未早は満足した顔であった。
未早が微笑んでいるのを眺めているベルに、フィアナがくすくす笑う。
「‥‥な、なんですか?」
「未早さんを大事にしないさいね」
「‥‥わ、わかってます」
ベルは真っ赤になった。
演奏のヨネモトタケシ、シーヴ、皐月・B・マイア、嵐 一人、テミスは今日も事務所で歌の打ち合わせだ。もちろん、各アーティストも、日替わりで練習している。前日にはエイジア入りをし、大がかりなリハをする。
ある日、篠原・悠がフィアナを呼び止めた。
「や、久しぶり〜♪」
「悠さん。おひさしぶり」
握手から軽く抱き合ってから、微笑みあう。
「今回のライヴでさ、ちょっとお願いしたい事が‥‥ごにょごにょ」
耳打ちで話すと、フィアナは驚いた。
「え? ええ?! いいの?」
「お願いできる?」
「‥‥うーんっと‥‥あたしでいいの?」
「もちろん!」
悠は親指を立ててウィンクする。
「はい! では、喜んでっ!」
フィアナは、悠の手を握って、OKをだした。
音あわせで問題が発生する、ソフィリアの声は綺麗なのだが音痴過ぎて、これではステージに出られないことだという。
「困ったなぁ」
フィアナは、唸っている。
「え? だめなのですか」
「声のレッスンをしないとダメよね」
「あたいも手伝うニャ!」
練習でうまく行けるか分からない。
数時間後‥‥。
「今回は、裏方に回って欲しい」というスタッフ総意の見解をソフィリアに伝える事になった。
「うまくなってからですね」
「あう〜」
それ以外は、全て順調だ。水鏡夫妻やカルマの警備、立花 ひなとジン・デージーの誘導はインカムなどの配布と配置処理、辰巳の医療設備。
エイジアでのライヴが待ち遠しい物だった。
●当日ライヴハウス前
行列が出来ていた。誘導のひなとジンは必死になってスタッフと共に誘導をしている。
「指定席はこちらに並んで下さい〜」
「困ったときはスタッフまで〜」
拡声器をつかい、人を並ばせる。
(「思ったよりきつい〜」)
其れもそうだ、フィアナだけでなく、IMPもかなり参加しているのだ。相乗効果UPで倍率ドン更に倍。基本的にグループで演奏ではなく、殆どソロでの発表となれば、興味の方向も変わる。誰目当てで来ているかの指針になるではないだろうか?
警備の方も、其れと言ったトラブルもなく、道を聞かれるぐらい。しかしシメイは方向音痴な為、道案内などは誘導に託すわけである。妻の珪はしっかり者なのでそのことについては問題ない。迷子が出たら、誘導と警備で必死になって探すことになるだろう。
リハも終えて控え室にいるアーティスト達は、心地よい緊張で開演を待っている。演奏班は既に、ステージでチェックをしている。
「こぉ見えてもやる気は満々なのですよ‥‥。やるからには気合入れましょう!」
必死に練習していたタケシが、演奏担当メンバー全員に声をかける。
「おお!」
気合い充分、今からでもハッスルできます。
「はじまります!」
スタッフが声をかけた。
●前座
観客がIMPのソロ祭りと知っているため、目当てのアーティスト名を叫んでいた。そして徐々に最初に歌うIMPメンバーのコールになっていた。鬼道・麗那がステージに立つ。
裏の照明では、大槻 大慈と、田中 直人がてんてこまいで働いている。
「気合い入れるよ、たなぴー」
「OKまかせろ」
スポットライトを当てて、麗那を映し出す。黒エナメルの学生服姿の少女だ。
新人なので、他の先輩よりは少ないモノの、麗那コールがあがった。流石に「麗那様」と付ける者は少ない。IMPに成り立てなら、幸先は良いとおもわれる。
「麗那は最初からクライマックスよ! 『BLACK SPIDER』!」
彼女は叫び、演奏担当の嵐 一人を見てから、歌い出した。
♪小悪魔的 eye beam
♪非現実な story
♪目を合わせた瞬間から
♪私の手の中
♪足掻いても駄目
♪逃げても無駄
♪甘美な毒を味わいなさい
♪運命の黒い糸
♪捕らえられたらもう虜
♪Ah
♪アナタは悲しいピエロ
♪どんなに望んでも
♪ノガレラレナイ
♪Ah
♪私は black spider
一人がソロで出たとき、彼女は背中をくっつけて、派手に演出する。
一曲歌い終わった後、「chao!」とウィンクをしてステージから去るとき楓姫とハイタッチで入れ替わる。楓姫がベースをスタンドに置いてからステージ前方に出る。代わりにテミスがベースを持って、マイアがギターとして参加する。
「あとよろしく!」
「はい‥‥」
ステージに立った少女を前に見たことがあるな、という観客のざわめき。
「カウントダウンで楽器弾いてた」
「おお、あの子か!」
一瞬静かになった。直人がライトを当てる。小柄の金髪の少女。
「楓姫です、聴いてください『夢繚乱』」
彼女の歌は和風ポップでダンスをするようなノリの良いメロディの歌だ。テンションは麗那のものよりは違うのだが、観客はリズムを取っている。
♪誰もが花を持っている
♪花の名は夢想花
♪咲く花は 十人十色
♪夏も冬も関係なく
♪歩む度に花育つ
♪たとえ嵐が迫ろうと
♪たとえ傷付こうと
♪いつか必ず 日が照らす時
♪億もの夢想花 咲き乱れる
♪きらりと美しく
♪ふわりと空を見上げる
♪果てのない夢想花繚乱
♪らーらら ららら らーらら ららら
♪煌くユートピア
歌い終わると、楓姫コールと拍手が鳴った。
彼女の歌は、後で聞いた事だが、学校の友人と作ったらしい。
「おつかれ。アイドル志願とは聞いているけど、今ならないのは惜しいなぁ」
と、フィアナは言う。後ろからアヤカが抱きついている。
「惜しいニャー」
「え、えっと、平和になるまで、まだ‥‥ですから」
赤面するが、意志を曲げない楓姫だった。
シーヴのキーボードが、ピアノ調に変わって、ゆったりとした曲になる。
黒いワンピースを着た、お嬢様風の少女がステージに立った。フィリス・シンクレアである。曲と共にほぼ無名の少女を見る観客。
素顔のアルヴァイムが百地・悠希と見ている。
「ミッドナイトサマーで主題歌を歌っていたはずだが、知っているか?」
アルヴァイムが訊ねると彼女は首を振るだけだった。
「かわいいわね」
2人は楽しみながら聴こうと言うことになった。
「フィアナさんの願いが、心に届き、人を巡り‥‥苦しむ人達たちの元まで、声も。心も。物も。人の優しい温もりが渡りますように‥‥歌わせて頂きます、『いつまでも愛の笑みを』」
♪穏やかな あの頃 あの時間
♪大切な想い出になるなんて
♪思いもせずに 過ごしていましたね
♪初めての 手紙 ラブレター
♪込めた気持ちを受け止めて
♪キスを交わした 一瞬を忘れません
♪デートの待ち合わせをしたあの場所
♪旅行で巡り並んで眺めたあの景色
♪今は変わってしまいましたが 私は覚えています
♪約束と共に 今も変わらず 私は微笑んでいます
静かな歌が終わると、拍手が巻き起こった。
少しの間、5分ほど楽器調整(実際は結構短い)。今度は派手な歌になるからだ。
(「ここに居ねぇでも、伝わればいいと思うです」)
シーヴはそう思いながら、キーボードを演奏する。イントロにはいった。
「こんどは、常夜ケイだ」
可愛い薄ピンク色のワンピースで、マイクを持つケイ。
『皆ハグして☆アジアの隅まで』
と、ウィンクして、ユーロビート調のイントロが流れた。
「みゅみゅっと歌うでつ、れっつごーやつげ満月〜!」
彼女曰く、ケイちゃん語で「盛り上がろう」と言う意味らしい。
知っているファンが「やつげ満月〜」と叫ぶ。
『カカオラブ・カオス!』
♪ずっと終わらない永久ループ
♪もう止まらない募る想いルージュ
♪誰もが羨む恋なのに義理だのマジだの気にするの?
♪一年間待ったのに好きだよ一言で済まさないで
♪貴方の温もり私を溶かす
♪鼓動の高まり貴方を満たす
♪カカオのカオスが輝く! 翔ける!
♪必ず叶うよ絆は固い
♪悩んでる間に空高く
♪この手で掴んでこの想い
♪大きくかざして咲かせましょ
先ほどの静かな曲とは変わって、明るいテンポだ。IMPファンはモッシュしているようである。
ステージ外では、シメイと珪が警備しているが、歌が聞こえていた。
「誘導のほうはもう大丈夫のようですね」
「迷子も居ないようですし」
大まかな仕事は終わったが警備だけはまだまだ本番である。
マイアも調整時に楓姫達に交代して貰い、辰巳に診察して貰っている。
「腕以外は問題ないですね。あまり無理しないように」
「ああ、分かっている辰巳殿」
「フィアナさんが心配されますからね。それに今回のライヴは長い」
「貴方も疲れるではないのか? 全員の体調チェックをしなくてはならないのだから」
「しかし、私は医者ですから。其れが仕事です」
辰巳は答えた。
タケシは覚醒してないのだが、体から湯気がでていた。流石にスーツは厚くなってきたため上はシャツ1枚となっている。覚醒時の湯気と、こうしたテンションでの湯気は別物と考える方が良い。
「しっかり水分取っておくように」
辰巳に言われるので、
「はい、分かりました、先生」
素直に従うタケシであった。
●更にソロ
鷹代 由稀の由稀コールが会場に響く。
「さて、あたしの出番だね!」
颯爽とステージに向かう由稀。
「がんばってー!」
袖からIMPのメンバーがー応援する。
ヨネモトタケシやテミスは頷き、一人もギターを鳴らした。
心地よいイントロに、
「他のメンバーも来てるけど、今日のあたしはソロでのステージ。まず一発目、クリスマスライブで歌った『Catch The Hope! アレンジVer.』をあたしのソロバージョンとしてお届けっ!」
彼女は乗りの良いトークをしながら、歌い始める。
おわると、前の賞賛の静けさから別の盛り上がりを見せた。
「続いては、まだ耳に新しいかな? あたしが歌詞書いた『Time』いってみようっ」
『おおっ!』
♪止まっていた時計の針 動き出す
♪踏み出せなかった闇の中 君という光を見つけた
♪辿り着くには遠いけど 失った時間取り戻すため 踏み出すんだ
♪もう止まらない 止まっちゃいけない
♪動き出した時の中 旅を続けるんだ 約束の場所まで
彼女の歌は元気で、IMPの先輩という位置。人気はある。コールも止まない。
歌い終わると、又歓声が上がった。
『由稀! 由稀!』
「このあともまだまだ続くからね。このまま最後までクライマックスなテンションで楽しんでってよーっ!」
腕を突き上げながら、ステージを去っていく。
次に現れたのは、篠原 悠だ。
『YOU! YOU!』
YOUコールのなかで、落ち着いた様子の悠。
「や、こんばんは。いつも元気なポップチューンをお届けしてるYOUですが、今日は少ししっとりと、恋する乙女に捧げます。‥‥聴いて下さい。──思いの伝え方──」
♪思いを伝える事 難しい事じゃないけれど
♪あなたの前に立つ私の足が震える
歌い始めると、それは静かな恋の唄。
Bメロ辺りに袖から、誰かが来る。フィアナだ。そして、2人が揃って、歌い出す。
☆おかしいよね ずっと言って来た事なのに
☆不思議だよね 胸が苦しくて
☆ここから 後一歩 踏み出せたなら
☆きっと言える筈
ずっと‥‥
───大好きです───
歌い終わると、由稀に匹敵するぐらいの大喝采だ。
ソデに戻ったときに、
「おおきに! フィアナさん!」
「楽しく歌えたよ」
と、年頃の女の子のようにきゃっきゃっと喜んだ。
「何というサプライズですか。ヲタ☆クマとしては見逃せないものです! YOU! フィアナ!」
スタンディングではシロクマ頭の鈴葉シロウが拍手を送っていた。
「ということは、そろそろフィアナじゃ?」
「まて、あれは」
「アヤカ!」
軽やかに歩いてきたのはアヤカだ。
「みんなーあたいの歌を聴いて〜!」
♪輝く太陽 新しいメール
♪話題のラブソング
♪今日はバレンタイン
♪一歩前に踏み出そう
♪勇気を出して あいつに‥‥
♪恋する乙女は
♪子猫みたいに キラキラしてる
♪好きなものには 猪突猛進!
♪目的に向かって 一直線!
♪あいつにこの気持ち とどけるために
と、歌い出す。
流石に壊滅的音痴のソフィリアがステージに出ることは出来ないのだが、裏方の方で頑張っていた。彼女の力量では、へたに練習をしすぎて喉を潰れては元も子もない。美声なのに惜しい物である。
「頑張ってくださいませ」
彼女は祈るだけしかできなかった。
少し間が空く。演奏のメンバーが一度引き上げ、楽器の再調整のために暗くなる。
「お疲れ様。未だ続くけど、休憩、休憩」
タケシがタオルで汗を拭く。まだ湯気が出ている。
「結構ハードだね」
テミスがスポーツドリンクを飲んでいった。
「お疲れ様、カズトさん」
「麗那もな」
「次のプログラムは?」
再確認するメンバー。
「さて、私の出番だな‥‥」
常に黒い服の男、UNKNOWNがゆっくりステージに向かっていった。
「いってらっしゃい〜」
直人や大慈が、ステージの彼にスポットライトを当てないようにした。
「いやぁ、照明も厳しいなぁ」
「漫才する時の勉強にもなるさ」
「私は『イスカリオテ』‥‥」
闇の中でマイクに向かっていった後、サックスでバラードを奏でた。
ゆっくりとダンスするにも似合うラブバラードで、聞く者に悲しみや嬉しさか、想い出が胸に去来する様な、知らず涙が少しこぼれてしまう様な曲だった。
曲が終わったと、会場は静かだった。
「又、会おうどこかで」
黒服の男は闇消える。
観客は何が起こったのかよく分からなかったが、音色に感動した観客が拍手を送った。まばらではあったが‥‥。
その後に、ハンナへと続く。スポットライトは闇から光へ。修道服とロックステージのこの場所は不釣り合いなのだが、しっかり打ち合わせをして、練習した照明の2人とスタッフで、違和感がない。
ハンナ・ルーベンスはお辞儀をし、歌い出した。裏ではシーヴがセットしている。音響の方も万全だ。
♪清き水面(みなも)よ
♪そなたが瞳
♪我が生命を
♪賭しても悔いず
♪故郷(くに)よ家族よ
♪我は戻りぬ
♪声を届けよ
♪青き水面よ
演奏はない。彼女の歌声のみ。音響は彼女の声をバックコーラスに編集したのみだ。シーヴが其れを行っている。
(「すげぇ、うまい歌声でありやがるです」)
「いいなぁ、あたしもああいう声で歌いたい」
フィアナが、ぽつりと言った。
「良い歌だな」
マイアが隣にいた。
「私も頑張ろう!」
「あたしもー!」
テミスに由稀も気合いが入った。
歌い終わると又一礼し、
「有難うございます、皆さん。‥‥今日この場で唄えた事を‥‥私は感謝しています…」
と、ハンナはステージを去っていく。
拍手が巻き起こった。
●裏方
ベルと未早、風雪が、裏方の雑用などを必死にやっている。
「‥‥フィアナさんに会えるかな‥‥」
「此処まで忙しくなると難しいでしょうか?」
「どうでしょうね‥‥、ファンとしてなら作るのも!」
音響、照明以外の裏で必要な仕事は幾らでもある。
スタッフへの昼食や飲料の手配、アーティストの世話などだ。
アリが働くようにあちこち走り回るのだ。能力者でも疲れる。
休憩出来る時間が丁度フィアナの出番だった。ソデから見ることの出来る3人。
「幸運と言うべきですね」
「‥‥ええ」
「どんな歌なんでしょう‥‥」
「‥‥聴けばわかりますよ、未早さん」
●フィアナ
テミス達が、またそれぞれの楽器を持って再調整する。
聞き覚えのある曲に、観客が、コールし始めた。
「フィアナ! フィアナ!」
心地よい軽音楽の音。
スポットライトが彼女に当たる。
「みなさん、来てくれてありがとう! フィアナ・ローデンです! 世界の‥‥悲しみに打ち拉がれた人を助けるため、希望を与えるために、是非聴いてください!」
彼女の訴えに皆は、歓声で応えた。
冬の歌、希望の歌、恋物語の歌を歌う姿はまさに、この1年間彼女が歌った軌跡だった。徐々にアーティストが、ステージに上がって一緒に歌い出す。まずは葵コハル、そしてアヤカと‥‥。
「みなさん、大合唱です。『ピース・ザ・ワールド』!」
アーティストと演奏の全員が一斉に歌い出した。
サビの部分で、観客全員が歌い出す。
この歌を最後の歌として、ライヴは成功を収めた。
●高見台
ライヴが終わったあとに、アルヴァイムと悠希が高見台に向かっている。未だ夕刻。しかしそろそろ日の入りで暗い。穏やかな明るさの外灯を標に、2人は寄り添いながら腕を組んで歩く。アルヴァイムは彼女の体のあたたかさに、安堵していた。
そして頂上。噂の長老桜と、その周りに鍵が付けられた柵を目にする。誓いの柵だ。
悠希が南京錠を鞄の仲から取り出す。アルヴァイムは何かを察した。
「あのね‥‥、アルに好きだっていう気持ちで縛られてるからこそ、他の皆を嫌いになったり憎んだりする事から束縛されず、心が自由で居られるのよね」
「ふむ‥‥」
続きを待っている。
「だから‥‥このままずっとアルに縛られたままで良い?」
と、南京錠を彼の前まで持っていく。
「構わんよ。それより私の方も頼む‥‥。止まり木が無ければ、鳥はいつか死んでしまうからな」
彼女の手を握り、一緒に南京錠を柵にかけた。これは、誓い。2人が常にいることの誓い。
そして、2人は桜の木の下で、熱いキスを交わすのであった。
●打ち上げ
『おつかれさまでしたぁ!』
ジュースやビールや、カクテルや、各々が好みの飲み物をグラス入れて、乾杯しての打ち上げ会。ライヴハウスと同じ所に、バーや飲食店があることで、出来る芸当だと言えよう。
「いやー、此処まで長く演奏したのは始めたかも知れないな」
実際1曲2分とかすれば、かなりの時間を演奏したことになる。
「悠ちゃん、抜け駆けは酷いニャー! あたいもデュエットしたいニャー!」
アヤカがヤキモチ妬いたかのように悠に話しかける。
「はっはっは! しっかり打ち合わせしてたもんねー。ねー? フィアナさん!」
「うん☆」
フィアナとのデュエットはサプライズだったようだ。
「たなぴーとかしらんかった。アドリブで何とかなったけどー」
「俺も驚いた」
カルマや水鏡夫妻も顔見せ程度に参加、ケイは思いっきりチョコパフェを食べている。穏やかなのかカオスなのかよく分からない打ち上げパーティになっていた。何人かは途中で抜けることもあるが、直ぐに戻ってくる。
苦笑して、全スタッフの体調を気にするのは辰巳ぐらいだった。食あたりや急性アルコール中毒にならないようにと思うのは当然だろうか。タケシも覚醒していないが湯気が出ている。かなり暑かったようだ。
「さて、私たちはこれで」
と、水鏡夫婦は席を外すと、知り合いが一斉に、
「高見台いくのー?」
と、ニヤニヤして訊いた。
「あ、えっとその」
珪が頬を染める。
「ええ、そうですね。一度は行ってみたいです」
微笑み返すのはシメイであった。
「迷子にならへんように!」
「そうきますか」
シメイが苦笑する。
「‥‥今度行きませんか?」
ベルが未早に言う。高見台のことだろう。
「そうですね。いきましょうか」
未早は笑って答えると、
「うわー! あついあついあつい! そこら中、桃色だよ!」
由稀が、近くにあった団扇で周りを仰ぐ。
「お嬢様もいるじゃないですか。私にいないのがおかしいです」
誰かのツッコミ。でも、逆に突っ込みたくなりそうなのは何故だろう。
「ふっふっふ、実はそうなのだよ」
勝ち誇る由稀は不敵な笑みを見せていた。
「うちも行ってみたいな〜あの人と」
真剣に考える悠もいた。
「あー、私もあの人と行きたいなぁ。高見台。半年ぐらい前に告白したから‥‥」
テミスがぼやく。
「姉貴も誘えば良かったんじゃ」
「うるさーい!」
親戚同士で漫才(?)がはじまった。
「コハルさんは、ソロじゃなくて良かったの?」
「うん、フィアナの一緒に歌えるだけで良かったんだ」
コハルは笑って、答える。
マイアは疲れて別の控え室で眠っている。覚醒してのギターを弾くことは負担がかかるというものだ。其処にフィアナが看ている。ちょっと抜けてきたのだ。
「お疲れ様。マイア。忙しかったからあまりお喋りできなかったね」
フィアナは彼女の綺麗な髪を梳く。
気持ちよさそうに眠っているマイアは寝言で、
「‥‥まもる‥‥フィアナは‥‥わたし‥‥きっと」
と、言う。
「守られてるよ。ありがと」
微笑んで、フィアナは控え室を出た。
辰巳と丁度鉢合わせする。
「マイアのこと願いします」
「はい、分かりました」
一方、カルマが花束を持っていた。カードには、
『可憐な歌姫へ。
誰かの幸せを願うその気持ち、いたく共感できます。今の世でその気持ちを持ち続けるのは難しいでしょうが、僕の心はいつもあなたの傍に‥‥。
微笑の君より』
と、書かれている。
「あのキザな男どこかでみたんだけどなぁ」
スタッフに既に小切手は渡してある。偉く驚いていたことが印象的だ。どれだけの額が描かれているのか、カルマは見ていない。
「お客さん残ってませんでした〜」
誘導のひなとジンが駆け寄る。最後まで仕事をしている。
「わぁ綺麗な花束! わたすんですか?」
「いや、差し入れだって」
「ふーん。フィアナさん人気だね」
フィアナと時雨が角でばったりであった。
「フィアナさんお疲れ様です」
「風雪さんもお疲れ様でした」
お互いをねぎらう。
「えっとですね‥‥」
少し緊張して、時雨が何かを取りだした。
「クッキー?」
リハーサルの最中、彼はクッキーを全員に手渡していた。フィアナはもう貰ったよと言いかけたが、ラッピングは違うし、中身も若干違うようだ。
「えっと?」
「ちょっと余ってしまったんですよ。それを軽くラッピングしただけですよ」
時雨は、遮るように答える。
「どうしてでしょう?」
小首を傾げるフィアナ。可愛かったので、時雨は真っ赤になってしまう。
「どうして‥‥と言われましても、一番苦労をしている‥‥、違うな。頑張っているのが貴女だったからですよ」
と答えた。
「あ、そ、そういう‥‥」
意味が気付いたのか、フィアナはどんどん頬を朱に染めていく。其れかワタワタし始めていた。
そこで、フィアナと時雨は視線に気付く。
悠とアヤカ、ソフィリア、由稀がニヤニヤしていたのだ。
「いやあ、ええもんみせてもらったでぇ」
「青春ニャー♪」
「旦那様はやり手ですわね」
「あんたもやるねぇ」
この良く交流している4人がニヤニヤするのは、実はニヨニヨするとも言うが、それは横に置こう。
「余り物を配っていただけですって」
いや、言い逃れは出来ない。女の直感を甘く見るべからず。
「あ、ありがとうございます、時雨さん」
フィアナは、にっこり微笑み、お礼を言うのだった。
●アジアンストリート
シロウは、アジアンストリートに向かっている。
「‥‥べ、べつにこの時期一人身だからって悲しくとも悔しくともないんだからねっ!」
と、どこかに向かって叫ぶ独り身のシロウ。
彼の背中が哀愁漂うのものだったのは言うまでもない。
打ち上げには参加せず、そのまま直帰のUNKNOWNも、アジアンストリートにいるが、奇妙なことに、シロクマ顔の男と会うことはなかった。
「フィアナには、友達も出来たことだし、良いことだな‥‥」
紫煙をくゆらせ、肉まんを買って去っていった。
●報酬は?
殆どのアーティスト、演奏の人は、報酬を受け取らなかった。
「え? いいの?」
スタッフは驚く。
「この、チャリティで貰うわけにはいかない。その分を物資に当てて欲しい」
とのこと。
それでも、結果的に寄付金と報酬の差額を貰う人もいるがそれはそれだ。それが悪いことではない。
「ありがとう、皆さん」
あと、『微笑の君』が渡した小切手は10万cと書かれていた。観客のチケット代も含めると、かなりある。
資金が手に入り、物資を購入するには充分すぎるだろう。