●リプレイ本文
●開催前
秋月 祐介(
ga6378)は会場でドリンク剤を飲み干す。どうも徹夜明けで疲労が蓄積しているらしい。
「ま、まだまだですよ‥‥自分は」
見た目から『大丈夫?』という感じなのだが、彼はこの日を待ち望んでいた。休むわけにはいかない。伊藤 毅(
ga2610)はそんな秋月を心配しながらも委託本をおいた。100部の『ソラノカケラ』の戦闘機本だ。
「お願いします!」
「ああ、まかせたまえ」
「他の人は?」
「うむ、女性陣は全部着替え中です」
【MODE−AUTUMN】と【ウェンライト工房】(【秋&L】)の合作サークル参加であり、7人が参加していることになっている。
少し話してから、彼はげんなりしているジェームス・ハーグマン(
gb2077)を見やる。おびえるジェームスの肩をつかみこう言った。
「さて、わかっているとは思うが、ジェームス候補生、作戦計画(買い物メモ)と燃料(飲料水)と実弾(お金)だ、帰還予定時刻は1600、場所は秋月氏のブース、二度目だから一人で帰れるだろう」
「ええ?! またですかっ?! で、その持っている物は何ですか?!」
「ああ、僕がコーディネートした、オトコノコキャラのコスプレだ、大丈夫大丈夫、君は身長があるから、女装してるようにしか見えないって‥‥それでは、good ruck!」
「いえ、そこはGood Luckです」
ジェームスは冷静に突っ込んでみた。伊藤は黙ってしまった。その隙をついて、「行ってきます」と言い、ジェームスは着替えをせずに出発することができた。
「お待たせしましたっ!」
月夜魅(
ga7375)、直江 夢理(
gb3361)、葛城・観琴(
ga8227)、リリー・W・オオトリ(
gb2834)が戻ってきた。
「おお、戻って‥‥」
祐介が振り返ると、固まってしまった。
バニー服姿の観琴に釘付けになっているのだ。
「あの、似合ってますでしょうか?」
観琴が頬を朱に染めながら祐介に尋ねたが、当の本人は黙ったまま‥‥後ろに豪快に倒れる。あわてて月夜魅と夢理が受け止めた。
「大丈夫ですか? 祐介さん!」
観琴が駆け寄って、彼を抱く。
「萌えてしまったみたいだね」
リリーさんがウンウン頷いている。
「観琴さんは秋月さんを介抱してくださいね。さて、ボク達で売り子をしていこう!」
「はいですよ!」
「わ、わかりましたっ」
こういうときは女性が強い。
エスティヴィア(gz0070)のスペースに、あどけない11歳の少女がやってきた。
「お姉ちゃん!」
アセット・アナスタシア(
gb0694)が笑顔で挨拶する。
「アセット! 来てくれたんだねぇ。お姉さんは嬉しいようぅ」
エスティヴィアはアセットを強くハグした。アセットはそのぬくもりが気持ちよかったようで、嬉しくて微笑んでいた。
「いたいよ、お姉ちゃん‥‥ゲーム大会以来だね!」
「おお、ごめん、ごめん。そうねぇ」
こうはしゃぐエスティヴィアは見たことがないとコアーはびっくり。
「そうそう、彼氏が来るので大船に乗ったつもりで居てねっ!」
「おお、頼もしいねぇ。男手はほしいからねぇ。こういう戦場では」
そこで着信メール。
「誰からだろ? あ、懐かしい人だわぁ」
そのメールの相手は、アキト=柿崎(
ga7330)であった。
『今年も出るからヨロシクv』
と書かれている。遊びに来るのだろう。
一般参加者行列整備の一号館では、アキトのような、ヲタクも居るが、初心者も多い。
「これが、コミレザか‥‥アセットに呼ばれてきたのは良いけれど、さてどんな物なのかな?」
初心者が居るようだ。中性的な風貌の少年であった。滅多に見ない行列。そこには様々なオーラを持ったヲタク達が居るのだ。彼の世界観では常識外なので退いてしまう。
「あれー? ファイナさんではないですか」
鳳 つばき(
ga7830)が彼を呼び止めた。彼女はいつもの格好をしているが、大きな鞄を持っている。おそらくコスプレ用具一式が入っているのであろう。
「つばきさんっ?!」
「ほほう、ファイナさんもこの世界に‥‥ようこそ、歓迎しますよ」
つばきは目を光らせて、ニヤリと笑う。
ファイナ(
gb1342)と呼ばれた少年は、この先にある一抹の不安を顔に出していた。
「何か怖いことが起こりそうだ‥‥」
少し離れた列では、グラサンに深く帽子をかぶった男女が居た。
「息抜きも必要ですよ」
優しく手を握っている彼と、俯いて元気のない女性だった。
「でも、あたしは今日は‥‥」
どうも来たくなかったらしい。
「自分の誘いでもですか?」
「そ、そんなことないよ、時雨」
風雪 時雨(
gb3678)とフィアナ・ローデン(gz0020)のカップルであった。『狂気の教授』が居たらとんでもないことになっているだろうが、今居るのは贋作者の秋月であり、まずそれはない。もっとも、彼は同じ頃には倒れているので、その心配はなさそうだ。
(「しかし、覚醒禁止だからメイクで何とかごまかしているけど大丈夫かな」)
幸か不幸か、時雨は覚醒すると練力切れまでそのままだ。しかし、覚醒厳禁のため、止められているのである。女性化するのを彼女の前で知られたくはなかったので、これはこれで良いことだと思う。
さすがに人の多さと雰囲気に気圧される時雨はぽつりと、
(「‥‥やっぱり、自分は来るべきではなかったんだろうか‥‥いやいや、百聞は一見に如かず!」)
フィアナを元気つけたい気持ちもあるために、彼はがんばろうとしている。フィアナの手を優しく握りながら。
一方、百地・悠季(
ga8270)がスタッフとして列整列をしている。休憩時にコスはOKなので、スタッフジャケットを着込んでの対応だった。
「はい、4列に並んでください」
拡声器も使ったり、上の人に指示を仰いだり、教えて貰った作業に徹する。彼女は結構働き者だとわかる先輩スタッフは、彼女に色々教えていくのであった。
「あ、百地くん」
「はい、何でしょうか?」
「この物を二号館から四号館まで運んでほしい」
荷台に積み上げられているのは、パンフレットだ。コミレザでは内部で販売する。パンフの入場券としての購入はしないことになっているのだ。
「わかりました」
彼女は、それを押して各自配っていった。
途中で、「白熊堂」という企業スペースを見るわけだが‥‥。
「KV少女がいっぱいじゃないの‥‥」
一寸退いてしまった。
アンケート用紙には、『今度はどんなKV少女がほしい?』という事が書かれている。
「白熊‥‥か‥‥彼の店なのかしらね?」
悠季はそう考えながら仕事を再開した。
辰巳 空(
ga4698)は救急班のメンバーにマニュアルを渡して、熱射病など夏によくある病気の対応策のレクチャーを前から行っていた。それに加えて医者が参加してくれるという事で、信頼感が増している。スタッフにも居るには居るが、限界があるのだ。
「救急病棟みたいにならなきゃ良いのですが」
空はこの熱気に不安を感じていた。
救急リーダーが、檄を飛ばして、持ち場に着いた。
無事であることを祈るしかない。
「大変です! サークル内で人が倒れました!」
「いきなりですか?」
運ばれてきた人に空は驚く。
「秋月さん?」
「徹夜で疲労困憊だったみたいなんです」
一緒に付いてきた観琴が言う。
「まったく‥‥自己管理しっかりしてほしいですよ」
幸い空と言う医者が居るお陰で、医療器具はそろえている。応急セットのようなその場しのぎのではない。彼が診察すると、
「幸い寝れば何とかなりますね。栄養剤も点滴で打っておきましょう」
と、彼の診断結果だった。
「よかったです」
観琴は祐介を看ていた。
格闘ゲームの島に、サークルとして初参加のドクター・ウェスト(
ga0241)が【西研】としてサークルを構えていた。
「さて、初参加だけど、緊張してくるね〜」
半分魂が抜けるほど緊張してる彼だが、心地よい緊張にドキドキが収まらない。
周りのサークルにも、新刊である『王者の技』をわたして、よろしくと挨拶をするのだ。
「あ、これはどうもありがとうございます」
「うむ、我が輩は今まで買い専門だったが、こういう事を経験したくてね〜。今日はよろしく頼みますよ〜」
本来敬語を使わない彼だが、同人世界における礼儀は重んじる紳士であろうとした。なので、ぎこちないながらも一部一部に丁寧語で話をしていた。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
まずは周りに印象はOKの様である。
「白熊堂」では飾り付けに必死な鈴葉・シロウ(
ga4772)がいた。
「前に、白熊騒ぎがあったけど、大丈夫かな?」
しかし、参加した状態を辞退する開けには行かない。擬人化KV少女本を配布して、れいちゃんフィギュアで呼び込もうと精一杯のサービスを心がけるのであった。
そうするうちに、開場放送が聞こえる‥‥。人の波、喧騒が企業ブースに押し寄せてきた。
●戦場
人気サークルや企業ブースは戦場となる。壁サークルに行列が出来るのは当たり前だ。シロウは一人で必死になって擬人化KV少女本を売っていった。彼が作ったフィギュアのは出来がよいのである。
「スタッフ雇えばよかったでしょうかね」
一人で切り盛りするには問題があった。
「あれ、シロウさん」
企業ブースで、1枚だけ「魔法と少女と肉体言語2」体験版を持ったアキトがシロウに声を掛けた。
「お、柿崎君、良いところへ来ましたね! 手伝ってください!」
「え、ええっ?!」
結局売り子するハメになるアキト。白熊プリントのエプロンをつけて。
「エスティヴィアさんのサークルに行きたかったのに」
「いや、ひとりじゃむりでね。ほい、グッツを袋に詰めて」
エスティヴィアの所へは、一緒に行こうじゃないかと言うことで決着(けり)が付いた。
時雨はフィアナをどこに連れて行くのか考えた末、エスティヴィアの所に向かうことにした。
一方、【秋&L】では、月夜魅が、新作『HELP ME TSUKIMEEEEEE!』の魔女っ娘コスつきみーをしているわけだが、
「い、今更ですがこの作品の名前を叫ぶのですね‥‥恥ずかしいっ‥‥」
「そうだよー」
リリーが笑顔で答えている。
「つばきさんおそいですね〜」
「たぶん買いあさっていると思うよ。落ち着いたらくるかも」
と、のんびりとしている一方で、夢理もつきびとのゆりりんコスである。
「ああ、つきみー姉様。素敵です♪」
すでにトリップしていた。
さて、つばきはというと、
「へっくち。さては誰か噂していますね‥‥」
くしゃみして、サークルの本を買いあさる。魔法少女つばきコスで写真を求められるが、「コス会場ならOKで、いまはノンノン」と断り、水を得た魚のようにスペースを泳いでいくのであった。
(「いまは20歳です」)
と、きりっとした態度で挑み、あっち系のスペースに向かい購入しようとするのだが‥‥。
「お嬢ちゃん、まだ早いし、我々も問題を起こしたくない」
と、いうことで購入を断られるスペースが数件あった(でも2冊は買えたようだ)。
「むむ! ここはおばさんに頼むしかないのかっ!」
一寸敗北感。仕方ないので、【秋&L】に向かうことにした。
そこで驚愕する。
「秋月さんが、倒れたって?」
「そーなんだよー」
今は観琴が医務室で看病しているようだ。
「ムチャシヤガッテ」
苦笑するつばきだが、「良い感じのフラグっぽいので放っておいて良いでしょうね〜」と言う。
「それにしても、つきみーさんと直江さん、衣装は似合ってますよ。くっくっく」
「は、はずかしいですっ!」
「こ、光栄です‥‥ああ、これで、あのシーンが再現‥‥いたい〜」
夢理が、つきみー本のラストが出来たら嬉しいなぁと言うと、妄想し始め、月夜魅にほっぺをつねられた。
「やりたくないですよ〜」
「みてみたいな〜」
女の子の会話が、盛り上がる。
「うう、それはコスプレスペースでっ!」
「ま、そっちのほうがいいよね」
人が足りなくなったので、とりあえずつばきもリリーもつきみーも夢理も売り子に専念することになった。
「いらっしゃいませー」
「新刊ありますよ〜」
空は、完全に臨時病院の医者として働いていた。
「だから、皆無茶をして‥‥。氷嚢セットと団扇を用意して!」
ほとんどが熱中症や熱射病だ。漁港の巨大魚のように、患者がいっぱい並んでいる。
「これは、戦場ですね。遊びに行けないな‥‥」
彼は医務室に缶詰だろうと言うことを覚悟した。
秋月はというと、少し目が覚めた。隣には白衣を着ている、バニー眼鏡の観琴が居た。彼女は彼の手を握っている。
「‥‥自分はまだ夢を見ているのかも‥‥」
「えっと、大丈夫ですか?」
「‥‥あ、それは、だ、大丈夫です‥‥スペースに‥‥いって‥‥」
まだ、朦朧としている意識の秋月は、拒幸症を起こしている。いま、ずっと彼女が居ると言うことに、不安と拒否反応が出ているのだ。幸せという物に。
「わかりました。もし何かあったら‥‥呼んでくださいね」
観琴は心配そうに、秋月の元から離れていった。
「自分は‥‥これで良いのか? いや‥‥考えるのは止めよう」
ひとりごち、また意識を闇に落とした。
「さすがに初回では人はこないね〜」
暇そうにしているドクターだが、コアーがスキップして買い物をしているのを見て一寸退いた。
「な、なんだのだね?」
「売り子さんが多くて、私解放された気分なのですよ!」
自由になった彼女は大喜びで同人誌を買いあさっているというのだ。
「ああ、そういうことか〜」
我が輩も自由になりたいと言う顔をする。少し魂が抜けていた。
察してか、コアーが「代わっておきましょうか?」と言うと、ドクターは生気を取り戻し、
「では、我が輩は買い物してくるよ〜!」
喜び勇んで飛んでいった。
「いってらっしゃい〜。はあ、私も世話焼きだなぁ」
エスティヴィアのスペースにファイナが着いた。
「アセットがお世話になっています。ファイナです」
挨拶する。
「彼氏さんこんにちは、エスティヴィアよぉ」
エスティヴィアが、にこにこしながら挨拶した。
何か不穏な空気が流れている。来てよかったのだろうかと不安になるファイナ21歳。
「ねーねー、ファイナ」
「アセット、その格好はいったい? エスティヴィアさんの売り子手伝いだよね? それと、見たような物を持ってるけど‥‥? まさか‥‥」
肉体言語のキャラ、シャルロッテコスをしているアセットに、真っ赤になるファイナだが、彼女が持つ衣装に固まる。通称・ファイ娘(ふぁいにゃん)衣装だ。ブレザー風セーターにミニスカートである。
「これ着てみてよ。凄い似合ってるんだからこういうときじゃないと着る機会ないでしょ? ね? 駄目かな?」
「きれないよっ!」
全力で拒否。やっぱりあれは黒歴史だ。彼はそう思っていた。しかし、その意志はアセットの涙目に瓦解する。
「ファイナがそれを着てくれないと‥‥私‥‥私‥‥」
「わ、わかったよ! き、きるよ!」
アセット11歳に全くかなわないファイナ21歳であった。
「すでに、尻に敷かれているのねぇ。ファイナ君は。くっくっく。あ、お客さんだ。いらっしゃい〜どうぞ、見てってねぇ」
「いらっしゃいませ〜お買いあげですか? ありがとうお兄ちゃん、またいーっぱい買ってね?」
すぐに、お仕事に戻るアセットとエスティヴィアだった。
10分後に、ファイナはファイ娘としてモジモジしながら帰ってきた。
「こ、これでいいのかな?」
アセットは衝撃を受けている。落雷の背景の演出がふさわしいだろう。
「ファイ娘可愛い‥‥これが萌え‥‥?」
「萌えないで! それに、可愛くなんかないです! ああ、これは他の人に見られたら困ります‥‥」
かなり落ち込むファイナ、否、ファイ娘。
「はっはっは、ここには男の娘がいたのか〜」
ここで、ドクター登場。
「ほほう、これはまた新しい萌えの領域ですか? エスティヴィア女史」
「こんにちは、体験版とラムネ持ってきました‥‥あれ? 女の子二人の売り子ですか?」
シロウとアキトも来る。
これは運命のいたずらか? もしくは策略か?
遠巻きで、フィアナと時雨も『彼女』を見ていた。
「噂に聞いていたファイ娘が居ますね‥‥」
「え? ああ、そうですね」
覚醒したら、女性的になってしまう時雨だが、この時ほど、そのファイ娘という人に同情したくなる事はなかった。
さすがにここまで知り合いが多いと、迷惑なので、少し落ち着いてから再び向かうことにした。
「うむ、男の娘というジャンルも棄てた物ではないね〜」
「これはこれで色々と」
「だーかーらー」
「コスプレ会場で、お披露目もいいよねぇ」
すでにファイ娘祭りである。
「似合ってるよ。ファイ娘」
アセットがほめるが何か嬉しくない。そうおもう、ファイナ‥‥もとい、ファイ娘であった。
その話が、【秋&L】に届くのも早い。エスティヴィアが、月夜魅とリリー、夢理に通知したのだ。
「よーっし! ここは、ファイ娘を拝みに行かないといけませんね」
つばきがメールにて確認してから言う。
「その前に、ボクが見てくるよ。代わりにほしかった物かってきてあげるし」
「あ、それはおばさんお願い」
売り子が一気にいなくなるのは問題だ。しかし、観琴が戻ってきたので、その問題は解消された。
「勝手がわからないから、私が売り子専門で居ます」
と。
もっとも、つきみーとゆりりん、つばきWのコスなどで結構売れていたからである。伊藤やジェームスはまだ戻ってない。
結局、ほとんどの人間が、ファイ娘を見に、楽しんでいたのであった。
●午後のコス会場に、買い物事情。
悠季も伝達などがんばったお陰か、大きな問題もなく休憩になった。チアガールのコスになって、コスプレ会場で、写真撮影の被写体になっている。
「こういうポーズでお願いします」
「こうかしら?」
カシャッ。
「ありがとうございました!」
一寸楽しいかなと思っている悠季である。
そこで、見知った人たちがわらわら集まってきた。
「? つばきに、ドクター、シロウに‥‥。ファイ娘?!」
「ファイ娘と言わないで!」
つきみーとゆりりんのハグシーン(キスはなし)ポーズもしたり、つばきは魔法少女つばきであそんでみたりと、20分程度の短い時間だが、充実した時間となる。
アキトは各所に差し入れをしながら、ドクターの【西研】の手伝いをする。
短い時間内で、各々は目当ての物を買っていく。
ドクターは琴線に響く物しか買わないので、それほど買い占めることはないが、その逆がシロウである。全くの逆ではあるが、主義の論議はなく、互いを尊敬する。
紙袋5個とかありそうな状態のシロウと、紙袋1個でもまだ余裕があるドクターは対照的でおもしろい。
つばきが買えなかった同人誌をリリーが纏めて買っていった。リリーが身分証らしいのを見せればすぐにOKだった。40前後だと文句は言えまい。結局つばきとリリーは40冊近く買っているのだ。
「ゆりりん、そういう物を買っていってはダメです!」
「いたい、いたい、いたいです〜。つきみーおねえさま」
危ない感じの本を買おうとするゆりりんの耳をつねり、引っ張っていくつきみーがいた。
夢理的には、ヲタク知識(百合方面)を月夜魅にたたき込みたかったらしい。
「これは、おお、いいかんじだねぇ」
リリーさんは問題なく買っていく。あとで渡せるだろうとか考えながら。
フィアナと時雨は、誰にも見つからず会場をでた。エスティヴィアにも無事にあっており、挨拶もすませている。
「LHに戻りますか?」
「はい‥‥」
やはり、元気がなかった。
時雨は彼女の肩を抱く。フィアナは抵抗しなかった。
エスティヴィアからはこういわれた。
『ちゃんと守ってやるんだよ』
と。
「白熊堂」のKV少女アンケートの集計は、雷電のごっつい中身がじつはロリという、ギャップ萌えを狙うものや、委員長風のウーフーなどがあがっていた。ワイバーンもかなり人気があったらしい。
●閉会とうちあげ。
開場時間まるまる眠りこけていた秋月が戻る頃には、女性陣と伊藤とジェームスだけで片づけが終わっていたのだった。
「よく眠れた?」
「‥‥ええ、まあ、申し訳ありません」
「無茶はだめだよ!」
「そうだよー」
「そうですよ、ファイ娘見逃したよ」
「‥‥いやそれはどうかと」
シロウは企業サイドなので片づけから、企業打ち上げでいけないし、悠季も空もスタッフ打ち上げがある。
「色々大変なのがここからよねぇ」
「手伝ってくれますか?」
「もちろんよ」
空の頼み事に、悠季は肩をすくめて応じてくれた
エスティヴィアとドクターは、ファイナとアセット、アキトで打ち上げだった。
「さて、普通に飲む?」
エスティヴィアが聞くと、
「我が輩は飲めないな」
ドクターがアルコールはダメなのだという。
「ふむ子供もいるからジュースで良いよねぇ‥‥どこか落ち着いたカフェでまったりしようかねぇ」
「賛成!」
アセットは、右腕にファイナ、左手にアセットの手を繋いでにこにこしている。
「‥‥僕もその方が良いです」
ぐったりしているファイ娘、否、ファイナが居た。
「楽しかったかい?」
「うん、たのしかったよ、エスティヴィアお姉ちゃん!」
「それはよかった」
頭をなでると、アセットは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「僕はさんざんだったよ‥‥でも‥‥アセットが楽しそうだからいいな」
複雑心境なファイナであった。
「「そのままでも良いんじゃない?」」
「いやです!」
カフェにはいると、紅茶やコーヒージュースを頼んで、夕食のセットを食べながら、収穫物は見ないで、今日の出来事を振り返った。もちろん、今回はファイ娘が話題である。
「似合ってたねー」
「もうその話は良いです」
涙を流して、落ち込むファイナであった。
「ねーねー、写真もあるよ」
「とってたの?!」
秋月達は、落ち着いた寿司屋で、握り8人前を囲みはじめた。
「皆さんお疲れ様でした。後、ご迷惑おかけしたので、お寿司をどうぞ」
「ぁぅぃぇ〜!」
つばきと、つきみー大はしゃぎ。
「思いっきりはしゃぎまう!」
「酔ってないのに舌咬んでる! さすがつきみーさん!」
「はう!」
「伊藤さん、未成年にお酒のませちゃいけません!」
リリーがむすっとして、伊藤に注意した。
「む、大人の味はいま‥‥」
「だめだよっ!」
「わかりました‥‥」
(「今回はたすかったぁ」)
と、ジェームスは安堵する。
「オレンジジュースやお茶をお願いします」
未成年ズはソフトドリンクを頼み、お寿司に舌鼓を打つ。
つきみーはお酒をのんだらさらに呂律が回らなくなり、咬んでいるが色々通じている不思議である。酔った勢いで百合に絡んでいるがほほえましい姉妹みたいに見えるので問題なかったし、夢理も妄想はするが、一線を越えることもなく、真っ赤になって、月夜魅の膝枕でうたた寝してしまう。
「仲が良いのはいいですねぇ」
秋月の隣に観琴がいる。
「あの、私、秋月さんのことが気になるのです」
「‥‥え、そう‥‥なの‥‥ですか?」
「だから、今日も甘えても良いですか?」
「え、あ、は‥‥」
秋月の思考は停止していた。それを肯定と受け取り。観琴は彼の体にもたれ、お酌を始めた。空気を読む一行は、各々で楽しむ。つきみーの呂律が回らないボケに突っ込んではしゃいだり、伊藤とジェームスの代理購入分の分配にいそしんだりとしたわけだ。
今回、代理幹事はリリーであり、あとで、秋月と割り勘となっている。
「またこういうイベントに向けて原稿を書きたいね。今度ネタは何しにする?」
と、お寿司を囲んで、冬に向けて考えていた。
秋月は今、何かの枷から解かれようとしている。自分が幸せになるべきか否かの檻から、今居る女性によって開けられた気がした。
(「‥‥でも考えるのはよそう」)
――鍵は開いた。後は『そこから出る』のは彼の勇気次第だ。
●夕日の二人
ラスト・ホープに戻った、時雨とフィアナは、猫が居る広場のベンチに座っていた。
しばらく黙っていたが、
「オタワではお疲れ様でした。残念な結果ではありましたが‥‥。それで、あなたの気持ちを教えてくれませんか。その願いを支えますから」
フィアナは、しばらく黙っていたが、口を開く。
「‥‥歌いたい。あたしは、あたしは、どんな危険な場所でも‥‥勇気を出せる歌を歌いたい」
純粋にただ純粋に。しかし、守られている自覚があると問われたことが、彼女にとって、枷になっていた。規模が大きくなるほどその責任はのしかかる。
時雨は、彼女を抱きしめて、
「約束します。必ず守ると」
「時雨‥‥ん‥‥っ」
二人は熱いキスを交わした。
こうして、夏の戦いは終わりを告げる。また、冬に向けての戦いを待ち望んで。