●リプレイ本文
●おいかけて
「フィアナ! ‥‥ふぅ、追いついた。どうしたの? 暗くなってきたし、危ないよ」
皐月・B・マイア(
ga5514)が、フィアナ・ローデン(gz0020)を追いかけていた。手には、野菜ジュースとぶどうジュースを抱えている。彼女はフィアナを呼び、広場に遊びにきていた。そこでジュースを買いに行ったとき、フィアナが追いかけていくのを見たのである。
「ぼ、帽子が‥‥」
「帽子? あ、あの猫?!」
クマ好きの猫がフィアナの帽子をくわえて、走っている。
「いそがないと‥‥」
「まって!」
フィアナが追いかけるので、マイアも息を切らして付いていく。
風雪 時雨(
gb3678)と風雪 六華(
gb6040)がペットショップでゆきという猫の健康診断を終えた頃だった。
「どうして、自分がこんな格好をしなくちゃいけないのですか?」
なんと、可愛いゴスロリの格好をさせられている時雨であった。
「いいじゃない、似合うんだから。もっと良い物を着せてあげる」
時雨の言葉に、六華はそう言う。
「にゃー」
そんな兄妹のやり取りをよそに、ケージに入っていたはずのゆきが、飛び出していった。
「あ、ゆき!」
「おいかけなきゃ!」
姉妹(?)は、そのまま飼い猫を追いかける。
そこで、帽子が横切っていくのをゆきも付いていくように走っていく。その後に見えたのは、
「ああ! フィアナ!? あぶない!」
「兄さん危ない!」
ずしゃーとかすべーとかいう音とともに、フィアナと時雨がぶつかってしまった。もつれることはなかったのだが、お互い尻餅をついている。
「いったぁ‥‥ごめん‥‥。‥‥え?」
「あつつ、すみません。‥‥え?」
2人が顔をみる。
「フィアナ!」
「時雨! なに? その格好? そんな趣味が‥‥きゅう」
「ああっ! フィアナ!」
ああ、哀れというのか、彼女の彼氏は、実は女装趣味というインパクトに気絶するフィアナ。
「時雨どの〜。フィアナを気絶させてどうするつもりなのかな‥‥」
マイアは怒気を放ちながら、覚醒する。怒れるフィアナのメイドさん。たぶん、アキラより怖いぞ(笑)。
「一寸待って、これは‥‥、私が頼んだの‥‥だから、兄の趣味とかじゃない‥‥」
妹の六華がマイアに事情を説明した。マイアは一応納得したようである。
「‥‥フィアナを起こして、追いかけよう。フィアナ、フィアナ!」
「う、うーん。 っは! ねこさんは? えっと、時雨は実は女の子だった?」
目が覚めたフィアナは誰でも分かるような、混乱ぶりだ。
「混乱してる‥‥。フィアナ落ち着いて!」
マイアが必死に、彼女の肩を揺する。深呼吸すると、フィアナは落ち着いた。
フィアナが冷静を取り戻した後、再び猫を追う4人であった。
●開けた場所で
まだ壁もない工事中建設ビル数階は、風が吹いていた。そこで、ベル(
ga0924)が夜景を見ながら考えていた。
「‥‥誓いを捨てよう」
そう、一言。
もう自分の役目は終わったのだ。フィアナを守るという誓いを棄てること。今の彼女には、彼女を守る本当の騎士が居る。そう、時雨のことだ。なら、偽りの騎士は要らない。俺にはもう、何も出来ないかもしれない‥‥。これからは彼女だけを守るだけでは駄目だろう‥‥。そして、彼女の親友であるマイアさんにこれ以上悲しい思いをさせたくはない。手を汚させる訳にはいかないのだ。
「‥‥俺が、手を汚す役を担います‥‥」
と、決意を新たにする。
しかし、それが良いことか、分からない。そう、誰も。彼女は悲しむだろう。しかし、これ以上、自分がそばにいるのは、駄目ではないかと思っていたのだ。
彼が帰ろうとしたときに、白い何かが動いているのをみて、悲鳴も上がった。
「‥‥なんでしょうか?」
そこに、警戒して向かう。すると、よく見る和服少女が腰を抜かしていた。
「‥‥由梨さん?」
「首だけが動いているものが‥‥。お、おばけ‥‥っ!」
着物の少女が先の方を指さす。確かに、先ほど見た白い物体がいる。それがもぞもぞ動いていた。
「‥‥帽子?」
白い帽子に別の影がぶつかっいる。帽子が裏返り、そこから猫が転がり出てきた。
「にゃー」
「くるるぅ」
猫が二匹。じゃれ合っている。
「‥‥猫‥‥どうしてここに? それより大丈夫ですか? 由梨さん」
「ふう、び、びっくりしました」
震えていたのは如月・由梨(
ga1805)だった。
「‥‥どうしてここに?」
「いえ、リハビリをかねて‥‥散歩を‥‥」
立ち上がらせて、怪我がないか尋ねる。幸い尻餅をついただけで大きな怪我はなかったが、冷や汗が出ている。よほど怖かったのだろう。
由梨は大規模の傷を癒すために、リハビリで散歩をしていたらこういう箇所に入ったのだという。そこで、あの動く帽子をお化けと間違えたのだ。
「何を笑っているのですか?」
「‥‥いえ、なんでもありません」
ジト目な由梨に、笑いを堪えるベルだが、
「‥‥あの帽子、誰かの‥‥」
帽子に見覚えがある。あの猫も。
「ゆきー!」
「ねこちゃーん!」
「熊でつれないんだな‥‥こまったぞ」
聞き覚えのある声が外で響いた。
「‥‥どうも、フィアナさんもマイアさんも居るみたいです。‥‥と、いうことは‥‥帽子の持ち主は、フィアナさんと」
「かも、しれませんね」
ベルが、舌をちっちっちとならしながら猫二匹を呼ぶ。
「くるるぅ?」
「にゃうー」
気にした猫は、帽子をくわえながら、またどこかに向かおうとした。
「‥‥あ、まつんだ」
つかまえようとしたら、猫は素早く横に逃げる。ベルはそのまま勢いで転がった。
「うわあああ!」
大きな声とともに、資材の山にぶち当たる。
豪快な資材が落ちる音。一斗缶が最後にベルの頭を直撃した。
「‥‥ぐふ」
猫の姿はもうなく、資材の下敷きになったベルは、マイア達に助け出されるのだった。
●つかまえるのも一苦労。
「そうですか、事情は飲み込めました」
「‥‥ですか」
帽子を奪った猫と、飼い猫が遊び飛び出したのを追いかけていると分かる、ベルと由梨。
「‥‥手分けして、無線機もってますか?」
ベル以外全員首を振る。
「‥‥あれ?」
携帯が使えると思いこんでいる以上、早々無線機は持ち運ばないだろう。それに、全員偶然の重なりでこの場所にいるから、偶々持っていること自体がかなりの低確率である。
「しかし、あの帽子を持って逃げ足が早いのは凄いわ」
六華が感心していた。驚愕でもある。
ちなみに時雨が女装していることについて、ベルは突っ込まないことにした。
「そう遠くには、向かってないはずだな」
「そうね。マタタビを炊いておびき寄せましょうか」
と、六華が提案する。
マタタビを炊くと、猫二匹がやってきた。ちかくまで行くとゴロゴロし始める。酔っぱらったみたいである。
こうなれば、覚醒しなくても、つかまえることが出来た。
「はい、捕獲‥‥っと」
「帽子が‥‥」
フィアナが、しょぼんとなっている。しかし、猫を怒るつもりはないらしい。
「探そう」
暗い中を必死に探すこと、20分、汚れてしまった帽子が見つかった。マイアが見つけたようである。キャンドルホルダーでの明かりが功を奏したのだ。
「あったよ! フィアナ!」
フィアナは安堵の溜息で、ありがとうとお礼を言った。
●お食事
「このたびはお騒がせしてすみません」
フィアナが深々と頭を下げた。
「いえ、こっちもゆきが逃げたから‥‥」
「‥‥猫、かわいいですね」
「ぐるにゃー」
のんきに鳴く猫。
ただ、フィアナは安堵していても、まだ前のことが気がかりで、笑顔がない。
六華が、ぽんと手を叩いて、
「これからお食事にどうですか?」
と、誘う。兄が何かをいおうとしたら黙殺されたもようだ。
「フィアナさん、マイアさん、ベルさん、由梨さんも」
「いえ、‥‥」
ベルと由梨は辞退する様子だった。
「フィアナ‥‥?」
マイアはフィアナを見る。
「お言葉に甘えます。ね? ベルくん、由梨さん」
「‥‥あ、はい」
ということで、6人は風雪兄妹のアパートに向かうのであった。
「‥‥で、時雨さんのその服装は、趣味ですか?」
「ちがいますっ!」
「男の娘、はやってますね」
「時雨きゅんで」
「フィアナ‥‥」
●食事
時雨の作る料理は良くできていた。ご飯味噌汁、野菜サラダに鮭のムニエルという日本的な和洋折衷。
最後にゼリーと、ベルの買っているシュークリームを食べて、一休み。
猫についての会話をしたり、他愛のない話をしたりするともう23時近かった。
「今日はごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
それぞれが帰路につく。
時雨も向かいたかったが、マイアがいるため、今回はひかえることにした。
「もしライヴで歌うことがあれば、自分は駆けつけます」
「ありがとう、時雨。お邪魔しました」
彼女は時雨の頬にキスをした。
分かれ道では、ベルと由梨が別れる。
「‥‥フィアナさん‥‥」
「なんですか?」
「本当は、俺があなたに守られていたかもしれません、ありがとう‥‥」
「そんなことないですよ。あたしが‥‥守られているの」
「‥‥いいえ、そうじゃないです。今の俺があるのはあなたのお陰でした。ありがとう‥‥そして」
一つ間をおいてから。
「さようなら」
と、駆け出すように去っていった。
「‥‥ベルくん‥‥」
その姿が悲しい。フィアナはそう思った。
「では、今日はこれにて失礼しますね」
由梨がお辞儀をして去っていく。彼女が行く先は、ベルと同じ方向だった。
残ったのはマイアとフィアナ。
「色々あったね」
「うん」
「帽子、クリーニング出さないと」
「うん」
まだフィアナは元気がない、少し元気が出たと思うとまた落ち込んでいる。まだ大将の言ったことに、打ちのめされているのだろう。
「あのね、フィアナ」
「‥‥」
「私も同じ表情だったんだろうなって」
マイアは、あの手を汚した瞬間のことを思い出した。
「人にはさ、得意不得意があって当然だと思う。フィアナに、戦争出来る力はないよ。そして、私には歌で人の心に希望を与える力はない。でも、フィアナが歌えば、それが出来る。私は戦う力がある。足りない部分を補ってこその、人でしょう? 私に出来ない事をフィアナがやって、フィアナに出来ない事を、私がやる。ドンと構えてればいいんだよ。頼ってくれていいんだよ。壁が壊せないなら、私達も手伝うから。ね?」
動く手だけで、フィアナの手を握る。
「マイア‥‥」
「フィアナは、私の希望そのものだから。笑って? 歌おう、フィアナ」
マイアはすべてを吹っ切った、さわやかな笑みを見せて言った。一つ成長する。
「‥‥うん! マイア、一緒に歌おう!」
フィアナの笑顔は、いつもの元気な笑顔だった。
お互い支えて生きる。それが人なのだ、そう思う。
問題を起こした熊好きの猫はというと、また広場の隅にあるねぐらに戻って気持ちよさそうに眠っていたのだった。