●リプレイ本文
キメラを発見した警官が、少女の自宅の呼び鈴を鳴らす。
「UPCから、傭兵の皆さんがいらっしゃいましたよ」
警官の後ろから6人の男女が姿を現した。そう広くないリビングは、能力者たちと少女の両親、警官でいっぱいになる。
「私はこれで。まだ見回りがありますので」
そういい残し、警官は去る。
御影 柳樹(
ga3326)が人当たりの良い笑顔を振りまきながら、両親に近づく。母親は娘のハンカチをしっかり握り締め、恐ろしいものを見る目つきで御影を見やると、後ずさる。父親はそんな母親を守るかのように、一歩前へ出た。
「そんなに固くならないで下さい」
明るい青年の声が御影の背後から聞こえてきた。
「能力者を見るのは初めてですか? 『話には聞いていたけど会うのは初めて』という方は結構いますよ。ここは治安がいいから、能力者の出番もほとんどないですしね」
旭(
ga6764)はひょこっと御影の筋肉質な腕の傍らから顔を出すと、爽やかな笑顔を両親に見せた。『少女の両親の緊張を解くことから始めよう』と皆で話し合ってきた結果、まず教員免許を持つ旭の軽い会話から入ろう、となっていた。功を奏したらしく、両親の瞳には安堵の色が混じり始めていた。御影がぱっと父親の手を取り、握手する。同時に母親を手招いく。手招いた先にはリビングのテーブルがあり、能力者たちはいつの間にかテーブルを囲んでいた。
「僕達は娘さんを救助しに参りました。簡単に作戦をお話しますので、一緒に聞いて頂けませんか?」
6人の目が一斉に両親に注がれる。どの眼差しも『一刻も早く娘さんの救助をしたい』と訴えている。両親はテーブルの輪に加わった。
「作戦は来る途中で考えてきたさぁ」
御影がにっこりと両親に笑いかける。ガーネット=クロウ(
gb1717)が言葉の後を継いだ。
「娘さんが自分から登山道を外れる事はないと思います。歩くスピードは遅いでしょうから、追いつくことを期待して皆でまとまって探索します。万が一があれば、急行します」 ガーネットはにこりともせず、無表情で両親に皆の意見を伝える。両親はこくこくと頷く。
「私は別ルートを取ってみよう。山の道は実は一つではない──」
UNKNOWN(
ga4276)が口の端に笑みを乗せた。
「山の地図はないですかね?大凡の物で構わないんですが」
「古い物でもよければ‥‥」
パタパタと走って引き出しから母親が持ってきた地図を受け取り、UNKNOWNは優しい微笑を返した。
突然、父親が頭を下げた。
「皆さんの力をお借りするしかない。お願いです、娘を助けて下さい!」
母親も頭を下げる。何ともいえぬ空気が流れた。それをかき消すように、御影が豪快に笑う。
「大丈夫さぁ、まかせなさい! 大船に乗ったつもりでいるといいさ。じゃ、ぱぱっと救助しに行くさ!」
玄関に向かう能力者たち。ドアノブに手をかけたその時、御影が振り返った。
「一番大事な事を聞き忘れていたさ! お嬢さん、お名前はなんと?」
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「ショウコ! いるか?」
登山道入り口で他のメンバーと別れ、UNKNOWNは少女の名前──『ショウコ』を時々呼びながら、獣道を抜けていた。
「子供の足では厳しいルート、だがね。父親に逢いたいなら多少の無茶をするかもしれんし、ね」
独り言をつぶやくと咥え煙草を直し、軽く帽子に右手を添えて覚醒する。ふうと溜息を一つつき、探査の眼、さらにGoodLuckも発動。【OR】Bleguet Special Fob Watchで方向を確認しながら3回ほど『ショウコ』を呼んだ時であった。
「GoodなんだかBadなんだか」
眼下に広がる開けた空間。伐採場のようだ。そこにいたのは──。
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『10匹ちょっといるが、正確な数は分からない。ショウコはいない。私1人で倒してしまいたいが、数が多すぎる。下手に刺激して逃げた犬型キメラとショウコが鉢合わせ、は避けたい』
藤木 天之助(
gc8092)の持つトランシーバーが、雑音と共にUNKNOWNの声を運ぶ。
『隠れて様子を見ている。地図座標は‥‥だ』
ぶつっと通信が切れた。
登山道を登る5人の能力者は、終夜・無月(
ga3084)と御影の覚醒の眼で、ショウコの歩いたどんな小さな痕跡も見逃すまいと、足取りを追っていた。
「にしても、キメラがいるのに登山ってガッツあるなぁ」
「日が傾くと寒くなりますね。早めに見つけてあげないと」
薄暗い森の中を進みながら旭とガーネットがそれぞれショウコの心配をしていると、終夜が声を上げた。
「ここで道を、それたようです‥‥」
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泣きたい。泣いても何も解決しないことは分かっている。途中で道に迷ったことも分かっている。山の頂上に出れば道が分かるんじゃないか?そして歩き回っているうちに、完全に方向感覚を失った。
「パパ、ママ‥‥」
目の前が涙でかすむ。一回しゃくりあげるともう止まらない。次々と涙があふれてくる。
「お腹は減った‥‥何か飲みたい」
歩き疲れてついに座り込んでしまう。そこは開けた伐採場の隅。足音を忍ばせて、背後から近寄るキメラが3匹。膝を抱えて座り込むショウコは全く気が付かない。キメラはショウコに向かって地面を蹴った──。
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『子供がキメラに襲われている!』
藤木のトランシーバーがUNKNOWNの声を運ぶのと、ショウコの足取りを追っていた5人が伐採場でキメラを発見したのは、ほぼ同時だった。
3匹のキメラがショウコに向け地面を蹴る。御影は瞬天速でショウコとキメラの間に入る。藤木もまたキメラの眼前に躍り出ながら覚醒し、ボディガード。ショウコの傍らに飛び出したUNKNOWNは、これから起こる血生臭い戦いを見せまいと、ショウコの頭にコートを被せ抱きかかえた。
御影と藤木がショウコの前に出たことで、一瞬キメラの勢いがそがれる。そこに旭は迅雷で一気に加速した。
「邪、魔ぁッ!」
さらに速度を利用して脚甲「インカローズ」キックで、ショウコに飛び掛ろうとしていたキメラを弾き飛ばす。
ガーネット、終夜は瞬天速でそれぞれ他の2匹に接敵する。ガーネットは紅い髪をかき上げ、にやりと含み笑いをすると、エーデルワイスの爪を振るった。見事にキメラの頭に刺さる。そのまま手を滑らせるように横に引くと、キメラは呪いの呻き声を残して倒れた。一方、終夜は金色の眼を光らせながら明鏡止水を両手に構え、的確にキメラの急所をつく。その動きはまさに『人刀一身』とでも呼ぶべきすさまじさであった。
すべては一瞬であった。ショウコに飛び掛らんとしていた3匹のキメラは、もはや動かぬ塊となっていた。
UNKNOWNはすばやく周囲を見渡し、キメラからショウコを守りつつ戦える岩の陰を見極めるとそこへ身を翻す。コートをちょいと持ち上げると、ショウコと目を合わせ口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「助けに参りましたよ、お嬢様」
ぽかんとしているショウコに、今度は真剣な眼差しを向けた。
「ここでコートを被って待っているんだ。すぐ終わる」
緊急事態であろう事、助けが来たようである事を何とか理解すると、ショウコはうなずいてコートに包まり、その場にしゃがみこんだ。
「あと1人4匹、か」
辺りをぐるりと見回しUNKNOWNはつぶやいた。
血の匂いにつられてか、伐採場はキメラであふれていた。しかし所詮は野犬に毛が生えたようなキメラ、能力者の敵ではなかった。1匹、また1匹とあっけなく倒れていく。ほどなく、伐採場に立っているキメラの姿はなくなる。全て倒しきった──誰もがそう思った時。ずぅん。今までとは違う、響くような足音。木々の間から、見上げるようなキメラが1匹、悠々と現れた。口の隙間からちろちろと炎が見え隠れしている。
「吐くのか、炎!? 燃える物だらけだぞ、ここ!」
藤木が叫んだ通り、可燃物だらけの山で炎を吐かれたら結果は明らかだ。最後の1匹が能力者たち眺め回し、おもむろに口を開いた。口内の炎が、ぶわっと盛り上がる!
「させるかあッ!」
旭が再び迅雷で突っ込み、足を蹴り上げた。半歩ずれればキメラの口の中に膝下が入ってもおかしくない状況だが、旭は冷静だった。足の甲は確実に顎を捉え、一瞬口が閉まり火勢が弱まる。
「藤木さん! 御影さん! いまですッ」
キメラのすぐそばにいた二人が即座に反応した。キメラは閉じられた口を再度開き、炎を吐こうとする。駆け込んでくる2人の能力者をなぎ払おうと前脚を振り上げた、その刹那。御影もまたキメラの前脚に切りかかっていた。煙管刀。殺傷能力は低いがふいを付くのには適している。心臓を突いてくると本能で思い込んでいたためか、前脚の刀傷に、一瞬キメラの気がそがれた。その隙を逃さず前脚の間をかいくぐり、心臓の真下に辿り着いた藤木は魔剣「デビルズT」を掲げ、飛んだ。渾身の一撃は心臓を貫き、キメラは空ろなまなこでどぅん、と地面に伏した。
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キメラとはいえ大量の生物の死に様を見せるのは忍びない、という配慮から、伐採場から少し下山した場所で、旭が提案した。
「ショウコちゃん、疲れてたら少し休憩するかい?」
くたくたのショウコは一も二もなく賛成した。旭が携帯品の袋から板チョコとスポーツドリンクを出し、ショウコに手渡す。ありがとう、の言葉もそこそこにチョコレートとドリンクに飛びつき、夢中で胃の中に流し込むショウコを見て皆が微笑んだ。ガーネットを除いて。
ガーネットはショウコに目を向けて誰にともなく問いかけた。
「私たちはこの子を救出対象者だと思い込んでいるけど、誰か名前を確認したのでしょうか?」
ややや、と頓狂な声をあげ、御影が口を開いた。
「大事な事を忘れてたさ! お嬢さん、お名前はなんと?」
「ショウコ、です」
「ああ、人違いじゃなくて良かったさぁ」
目尻を下げ、御影は豪快に笑い飛ばす。板チョコを食べ終え、ドリンクボトルも空にしたショウコは、ほっと息をつくと、恐る恐る旭を見上げた。
「もう休憩は大丈夫です。あの‥‥チョコも飲み物も、全部なくなっちゃった。ごめんなさい」
「いいよ、ショウコちゃんのために持ってきたんだから」
そろそろ行くか、と移動を始めた時、ショウコがくしゅんとくしゃみをした。空を見ればだいぶ日が傾き、山の空気はひんやりとしてきていた。
「ショウコちゃん、寒くありませんか?」
ガーネットはブレザーを脱ぐと、おずおずとショウコに着せ掛けた。
「わぁ、ありがとう。お姉ちゃんは寒くないの? あったかーい」
ブレザーの端を握りながらはしゃぐショウコの屈託のない笑顔に、私に妹がいたらこんな風かしら、とちょっぴりきゅんとした。お腹が満たされ温かくなり安心したことも手伝ってか、ショウコは色々しゃべりだす。先行して歩くUNKNOWNに近づいて、まずはお礼を述べた。
「あの、おじさん? じゃなくて、おにいさん?‥‥ええと、さっきはコート、ありがとうございました」
「お礼がきちんと言える子は、とてもいい子だ」
温和な笑顔をショウコに向け、帽子の端に手を添える。見た目より怖くなさそうと判断し、ショウコはさらに質問をしてみた。
「UNKNOWNさんは『執事』なんですか? 先週ママと見たテレビに出てたの、UNKNOWNさんみたいな格好の執事」
本気で尋ねてくるショウコに、UNKNOWNは微笑とも苦笑ともつかない笑みを返すしかなかった。
ショウコが学校で習ったという歌を皆に披露しながら下山する。そろそろ夕方、というころ、やっと登山道入り口にたどり着く。
「ここまでくればもう大丈夫だ」
藤木の力強い言葉に、安心するショウコ。
「お兄ちゃん、私が襲われたとき助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。もう二度と危ないことはするなよ」
藤木がショウコの頭をなでた時、終夜が声をかけた。
「ショウコちゃん、お家が見えたよ‥‥ほら」
終夜が指差す先には住宅街が見え、ショウコの家も見え隠れしている。終夜は目線をショウコに合わせた。
「本当に、無事で良かったです‥‥。さあパパとママが待ってるよ‥‥」
その言葉を聞いて初めて、ショウコの顔がゆがむ。笑顔が消えた。
「パパもママも、私のこと嫌いになったかなぁ」
「大丈夫、パパもママもあなたを大事に思っているから‥‥。嫌いにはならないよ‥‥」
ほっとした表情を見せ、ガーネットにブレザーを返すとショウコは自宅のほうへ走っていく。玄関の前では両親がショウコの帰りを待ちわび、キョロキョロしていた。抱きあう3人を能力者たちは遠巻きに眺めていた。ショウコが無事で良かった、親子がまた一緒に戻れて良かった、良かった、良かった──。6人の間に言葉はないが、思いは皆一緒だった。
「皆さん、本当にありがとうございます」
深々と頭を下げる両親に頭を下げ返し、元気に手を振るショウコに手を振り返した。帰ろうか、と能力者たちがきびすを返そうとしたその時。
「ちょっと待って! 帰らないで」
ショウコが何か思いついたようにぱっと笑顔になり、両親に耳打ちする。母親がにっこり微笑んだ。父親も頷いている。ショウコが6人のもとへ走ってきた。
「一緒にママの唐揚げ食べていく? おいしいよ〜、ママの唐揚げ。パパ、大好きなんだよ!」
能力者たちは顔を見合わせた。
「ね、いいでしょう。食べていって食べていって。パパとママも『食べて下さい』って言ってる」
6人が唐揚げを食べていったのかどうか、それはまた機会があったら語りましょうか。