●リプレイ本文
「果樹園は地図のここです。キメラは、大きいのが3匹。これは確実です。小さいのは‥‥たくさん居たとしか、言えないんですよ。果樹園が大きすぎて、確認できませんでした」
ここは『お隣のおばさんちのリビング』。果樹園に出没しているキメラ退治の依頼に参じた傭兵の数は8人。しかし、果樹園の持ち主との話を詰めているのは御影 柳樹(
ga3326)とUNKNOWN(
ga4276)の2人だけである。残り6人は‥‥。
「初めまして、アキラ君。お話は伺いましたわ。おにいちゃんとして頑張ってられますのね」
ふわりと微笑み、アキラと目線を合わせようとα(
ga8545)は身をかがませる。αの金色の髪がアキラの頬を柔らかくなでた途端、アキラは真っ赤になってうつむいてしまった。
「どうしました? 具合でも悪いですか?」
佐倉・拓人(
ga9970)がアキラのおでこに手を当て、熱はないですね、と首をかしげた。
「男の子には色々とあるのじゃ、放っておくがよかろう」
秘色(
ga8202)が和服美人にはおよそ似つかわしくない言葉遣いで快活に言い放つ。拓人が手を引っ込めると、入れ替わりに百地・悠季(
ga8270)が笑顔でアキラの頭を優しくなでた。
「お母さんを大事にしてるなんて偉いわね。サキちゃんの面倒もきちんと見れているじゃない」
アキラは悠季の目を見つめ、嬉しそうに頷いた。そんなほのぼのした光景を引き裂くかのように、きゃーっという嬌声とどたどた走る足音が流れ込んできた。
「サキたーん、つーかまーえたっ!」
きゃーきゃーと笑い転げ、隣室より走りこんで来る少女。そのすぐ後を足音の主が追いかけている。村雨 紫狼(
gc7632)は広告紙を丸めた棒で軽くサキの肩をぽん!とはたいた。
「今度は〜、サキたんがオニね!」
紫狼はサキに棒を渡すと、また隣室へと足音高く消えていく。その後を息を切らせながら、サキが楽しげに追っていった。
「はいはい、さっさとお仕事に向かうさあ!」
果樹園の持ち主と話を終え、ちびっ子と戯れる仲間達に柳樹が声をかける。背後に控えるUNKNOWNが首をかしげた。
「おい、憐はどこへ行った?」
「爆食神サマなら、だ・い・ど・こ・ろ♪」
果たして紫狼の言う通り、最上 憐(
gb0002)は一人台所に居座っていた。ミルクで口の中のパンを流し込むと、椅子から降りた。
「‥‥ん。腹ごしらえ。終了。ごちそうさま」
そう言っておばさんに向かってちょこんとお辞儀をした。
「気にしないで。パン、買いすぎて困っていたのよ。食べた分、弟の果樹園のキメラ退治をしっかりよろしくね」
傭兵達が出かけようとした時、アキラの声が響いた。
「あの、りんごを‥‥その、もぎに連れて行ってもらえませんか? イカイヨウのお母さんに、煮りんごを作ってあげたいんです‥‥」
顔をそらしながら小さい声で懇願するアキラ。UNKNOWNが踵を返し、アキラに顔を寄せた。
「自分のお母さんへのりんごは、自分でもぐんだ。一緒に来るか? キメラからは守ってやる」
クルミの殻で打たれた手をさすりながら、アキラはじっと考える。やがて顔を上げると、傭兵の見送りに出てきたおばさんにきっぱり言った。
「サキをよろしくお願いします」
こうして8人の傭兵と少年1人は出発した。
●
一辺が1キロメートルほどの広い果樹園。おとりとして悠季&拓人、秘色&柳樹が果樹園にもぐりこみ、りんごを持ってうろつきつつ少しずつキメラを南東の広場へ誘い出す。出てきたキメラを憐、紫狼、UNKNOWNが撃破。αは連絡係と万一の際の回復役。これが今回の作戦だった。『キメラを退治する代わりに、りんご食べ放題』という約束なので、皆やる気充分であった。
おとり班が各々キメラ集めに出発した後、αは広場の隅で緊張しているアキラに優しい笑みを向けた。
「一緒に、後ろの方にいましょうね。覚醒すると少し姿が変わってしまいますが、ちゃんと守るから大丈夫ですよ♪」
「カクセイ?」
初めて聞く言葉に首を傾げるアキラに、ウォームアップを終えた紫狼が陽気に声をかけた。
「覚醒ってのは〜、ちから解放! で、超強くなっちゃうってこと。αたんの覚醒後はマっジ『ないすばでぃ』なんだぜー☆ ちなみに、憐たんとあんのん兄さんは覚醒済みでぇ〜す」
αは能力を開放する。優しい笑みが一瞬で消え、生体電算機となったαがトランシーバーにソプラノを響かせた。
「こちら広場班、準備は完了ですわ」
『悠季よ。広場が見えたわ。キメラ5匹、よろしくね』
『秘色じゃ。こちらもそろそろ広場に着く。キメラは4匹じゃ』
そのやり取りを聞き、ちょ、まって! と慌てて紫狼も覚醒する。
「俺も行くぜ! はあああーっ!!」
たちまち黒いオーラが彼の体を包み、それは侍装束の着物に似た漆黒の衣装となり紫狼を覆った。初めて『能力者の覚醒』を目の当たりにしたアキラは、眼前の魔法のごとき光景にキメラへの恐怖も忘れ、口をぽかんと開けて立ち尽くした。
紫狼は何か思いついたようにUNKNOWNの元へ駆け寄ると、やがてコートを受け取って戻ってきた。
「UNKNOWNさんに借りてきた。これに包まってしゃがんで隠れてるといい。UNKNOWNさんから伝言。『キメラと戦うのは私達の仕事、その後りんごをもぐのはアキラの役目』だそうだ」
紫狼はアキラにコートを渡すと、爽やかな笑顔を浮かべて憐とUNKNOWNの傍らへと歩を進めた。
憐が近くの木のりんごをあらかたお腹に収めた頃、ようやく2組のおとり班がキメラを従えて広場へ来た。
「‥‥ん。来た。林檎。食べ放題の。為に。退治させて貰う」
憐はりんごの芯を足元に放ると、およそ似つかわしくない大鎌「ハーメルン」を軽々と振りかざし、『りんごたべたな!』とばかりに襲い来るリスキメラにむかい一閃、なぎ払う。憐の攻撃を合図に、UNKNOWNと紫狼も動き、確実にキメラを絶命させていった。
「わしらの出番はなさそうじゃ。もちっと奥まで踏み込んで、キメラをひきつけて来るかのう」
「そうしましょう。ああ、憐さん。りんご食べ放題、手加減してあげてくれますでしょか‥‥」
「‥‥ん。食べ尽くす。前に。キメラ連れて来て。よろしく」
再びりんごに手を伸ばす憐に、あわてておとりの2組は果樹園の奥へと消えていった。
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「結構斬ったわね」
悠季がふうと一息吐き、額の汗をぬぐう。その時果樹園から足音が響いてきた。
「多分、これで小さいキメラは最後さー!」
背後に10匹を越えるキメラを従え、柳樹が広場に居る仲間に叫んだ。広場の中央まで誘い込まれたキメラに憐が突進、残像斬で一気にカウンターを決め一網打尽にする。わずかに残ったキメラも、悠季と秘色に蹴散らされた。
「それにしても、大きい3匹はどこへ行ったんでしょう」
拓人の問いは傭兵全員が感じていることであった。
「わしらに見つからんように、移動しているとしか思えんのう」
「結構、頭いいのね。なら私が」
もう一度見に行く、と悠季が提案したとき、皆の背後でごそごそと音がした。
「あの‥‥終わりましたか?」
アキラがUNKNOWNのコートから恐る恐る首を出している。キメラの死体が見えぬよう、UNKNOWNがすっとアキラの眼前に立った。
「あと3匹ぽっちだ」
コートに入れ、と言いかけた時であった。
「きたさ!」
柳樹の探査の眼が残り3匹となった大きなリスキメラを捉えた。一気に緊張が走る。拓人が練成強化を発動させると、仲間の武器が淡い光を放ち始めた。
すぐに果樹園を抜けてきた3匹のうち、両側の2匹は傭兵めがけ突進してきた。そのまま噛み付こうとする。誰もが一瞬そちらに気を取られた瞬間、残った1匹がクルミの殻を投げた。まっすぐ、岩をも打ち砕きそうな勢いで、アキラに向かって。本気の殺意を感じて、アキラはキメラを見つめたまま動けなかった。αが声にならない声を上げ、アキラを守ろうとコートの上から抱きしめる。クルミでも当たれば結構痛いのかしら、とダメージ計算を始めた時、紫狼の声が響いた。
「ボディガードぉ!」
2本の直刀を構えアキラとαの前に滑り込む。きん! という澄んだ音が響き、直後に紫狼が額を押さえてうずくまった。
「ってぇ」
紫狼の額からあふれる血を見て、憐が弾かれたように瞬天速でキメラとの間合いを詰める。接敵すると振りかぶって大鎌を薙いだ。同時にUNKNOWNがライトニングクローでキメラの喉元を引き裂いた。痛みに大暴れするキメラの攻撃を華麗なステップで避けると、憐と挟撃し、物言わぬ塊へと変えた。
拓人はイアリスを構え左側のキメラと対峙した。今はキメラと1対1。刃を敵に向け、袈裟に斬った。手ごたえはあったものの、わずかに致命部分から外れていたらしい。痛みに猛り狂ったキメラが拓人に牙をむいた。
「早よ斬らんかえ」
秘色がキメラの背後から両断剣を発動した。戦場とは思えぬ優雅さで天照を振る。舞っているかの如く軽やかなのに、その一撃は重いものであった。どん、と音を立て瀕死のキメラが横たわる。
「ほれ、とどめじゃ」
腕組みする秘色に促され、拓人はイアリスを深々とキメラの心臓に突き立てた。
右側のキメラに向かった柳樹は、盾扇で突進してくるキメラをいなす。間髪いれず、牙を見せて飛び掛ってくるキメラの頭を思い切りフトリエルで打ち据えた。
「力なら負けないさあ!」
大声で威嚇するとキメラが本能でたじろぐ。悠季はその一瞬を見逃さず両断剣を発動させる。黒と青の羽毛翼をなびかせ、機械爪「ラサータ」の超圧縮レーザーでキメラの首を横に薙いだ。牙をむいて両目をかっと開いたまま、キメラは絶命した。
全てのキメラが地面に倒れた直後、拓人のかけた練成強化が効果を失い、武器の光は消え去った。
「こんな傷、大したことない。殻は刀に当たってから額にぶつかったし、血だって止まってる」
「いいえ、治療します」
押し切られる形で、紫狼はαに練成治療を施してもらう。紫狼の額の傷は、みるみるふさがってゆく。そこに覚醒をといたUNKNOWNが現れた。
「今、探査の眼で果樹園内部を見回ってきたが、生存しているキメラはいなかった」
その言葉を聞いて、αの傍らのコートの山がもぞもぞと動く。中から涙で顔を濡らしたアキラが出てきた。
「怖かった‥‥」
「アキラ君、もう大丈夫よ。よく頑張ったわね。安全の見極めもちゃんと判ってるから周りにそれほど心配かけずに済んだし」
悠季が母親のようにアキラを抱きしめる。アキラの嗚咽が落ち着くのを待ち、一行は帰ることにした。
「‥‥ん。とりあえず。持てるだけ。もぐ。家まで。ギリギリ持つかな」
アキラは煮りんごのため、憐は食料として、思う存分りんごをもいだ。
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「鍋にりんごを入れたら、果汁が出てくるまで強火じゃ。ぐつぐつしたら弱火にする。──そうじゃ、うまいのうアキラは」
持参のしゃもじを振りかざしながら、秘色が嬉しそうにアキラをほめまくる。
「よそ見してると、鍋で火傷しちゃうさ。鍋のふちに触らないように気をつけて」
柳樹は手出しせず、危険と思われる場合にのみ助言している。
「追加のりんごが切れましたよ」
初めて包丁を使って指を切ったアキラの代わりに、『割烹着の似合う男』拓人が上手にりんごをむいた。秘色はウサギや木の葉、チューリップといった飾り切りを作ると、柳樹に声をかけた。
「これをサキに持っていってくれるかのう」
柳樹は二つ返事で引き受け、飾り切りを持って台所を後にした。
「弱火にしたら、焦げないように火加減を見続けることです。とろとろに煮れば、お母さんの胃にも優しいですよ」
にっこり微笑む拓人の顔を見て、アキラは顔を曇らせ下を向いた。
「火傷しましたか?」
拓人が覗き込むと、アキラは涙をこらえていた。
「お母さん‥‥イカイヨウなんて、死ん、死んじゃう」
拓人は涙をこぼすアキラの肩をぽんぽんと叩いた。
「うちのお婆ちゃんは胃を全部切っても元気に85まで生きてましたから大丈夫」
秘色がアキラの頭をなで続けた。
「胃潰瘍はの、優しくて頑張り屋さんがなり易いんじゃ。神様が『少しお休みしなさい』と休ませておるのじゃで、安心せい」
「イカイヨウといいますのはお腹が痛くなってちょっと病院にいかなくちゃならなくなったの。すぐに元気になって帰ってきますわ?」
焼きりんごの入ったガスオーブンの様子を見ていたαも、アキラを安心させようとにっこり微笑んだ。
「ほ、本当に、お母さん、無事に、帰ってくる?」
しゃくりあげるアキラに、そこにいた皆がいっせいに頷いた。
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「あんのん兄さん、マジ料理上手っすね!」
紫狼はUNKNOWNが作ったという『胡桃とりんごのタルト』に舌鼓を打った。
アキラの家のリビングのテーブル上には、各人自慢のりんご料理がずらっと並んだ。コンポート、ジャム、アップルティー。焼きりんごに、豚肉とりんごのソテーまである。憐と柳樹は『お代わりもたくさんあるからね』という言葉を受け、競うように食べ続けた。
「サキさん、りんご食べましたか?りんごはお腹にいいんですっ」
飽き始めたサキに、拓人がライオンのぬいぐるみを取り出し、裏声で話しかけた。サキは目を輝かせ、ライオン! と大はしゃぎした。
「サキさんに、ライオンさんを差し上げましょう。いい子でお母さんを待っているご褒美です」
サキはライオンのぬいぐるみを抱えると、拓人にもっと遊んでと甘え始めた。
「じゃ、私からはアキラにこれをプレゼントしよう」
そう言ってUNKNOWNは液体の入った瓶を取り出し、アキラの前に置いた。
「ワインイーストを使った自家製シードルだ。お母さんが退院したら、お祝いにあげてくれ」
アキラは拓人とUNKNOWNに深々と頭を下げる。続けて他の皆にも、今日はありがとうございましたとお礼を言った。やがてアキラたち家族の分を残し、りんご料理はほぼ、皆のお腹に収まった。悠季が冷やし固めておいたりんごゼリーを持ってくると、アキラがお腹をさすった。
「もうお腹いっぱいです‥明日食べてもいいですか?」
「あら、気が付かなくてごめんね。冷蔵庫にしまっておくわ」
憐がアキラを見やりながら、ゼリーを口に運ぶ。
「‥‥ん。沢山。食べないと。大きく。なれないよ?。私の。目標は。身長。2メートル」
「ええっ?」
驚くアキラに、憐はすましてゼリーをぱくついてみせた。
こうしてアキラとサキの一週間の留守番は終わりを告げる。明日は待ちに待った、お母さんが帰ってくる日だ。