タイトル:コーヒーブレイクマスター:高良涼香

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/11 12:36

●オープニング本文


●デスクワークの日常
 ぐーんと椅子の上で伸びをする。
「痛た‥‥」
 さらに腰を伸ばそうと椅子から立ち上がった、その瞬間。ばしゃり。
「‥‥! うわぁ、ティッシュティッシュ!!」
 もう最悪、せっかく2日完徹して仕上げた原稿にお茶をこぼすなんてっ! 何でこんなとこに湯飲みがあんのよ! 置いたの誰!?
「はいはい置いたのは私ですぅ。‥‥原稿は、何とか無事。ちょっと黄ばんだかな?」
 ドライヤー(弱風)で原稿に風を送りながら、独り言。テンションが変なのは、あれだ、やっぱ徹夜してるからでしょう。
 乾いてちょっとシワの残る原稿とドライヤーを机に置いて、私は変身ヒーローよろしくポーズを決め、叫んだ。
「イッツ、コーヒー・ブレイク・タァァイム!!」

●コーヒー・ブレイク! あれ?
 カラン、カラン。ドアベルの音を立てながら入ると、早速マスターが笑顔を向けてくる。
「いらっしゃい。新しい漫画は描き終わったのかい?」
「終わったわよぉ。ちょっとアクシデンツがあったけど」
 ここは行きつけの喫茶店。マスターのご主人と、超旨いケーキを作る奥さんが夫婦で経営する、こじんまりとした清潔な温かみのあるお店。ぶっちゃけ、自分の机の前より落ち着く。いつ来ても混雑していないのもポイント高し(地域密着型だもんね)。カウンターの一番奥、『私の席』と呼んでいる椅子に座りながら、早速注文をば。
「マスター、コーヒー! 今日はコピルアク頼もうかな。うーんと美味しく淹れてね。あと、季節のカボチャタルト!」
 コピルアク、ってのは超お高いコーヒー。普段なら絶対頼ま(め)ない。でも今日は雑誌連載の第1作目がアップした記念だ!
 それからカボチャタルト。毎年10月・ハロウィン限定、ファンも多い美味しいケーキ。カボチャのフィリングの滑らかさは絶妙で、それを包み込むタルトの焼き加減がこれまたシットリのサクサクで‥‥。
「出せないの、ごめんね」
 奥さんが心底困った、という顔で謝ってくる。私は妄想の世界からリアルへと一気に帰ってきた。
「え、と。カボチャ品切れかな?じゃ、りんごパイを‥・・」
「りんごもないの」
「コーヒーも品切れだよ」
「「ごめんなさい」」
 マスターが指差す方、ドアの外に張り紙がしてあった。『都合により、牛乳以外出せません』 ‥‥そんな貼紙、半分意識が飛んだ状態だったから、気が付かなかった。
「牛乳なら3軒向こうの牛舎から分けてもらえるから、ホットミルクやミルクプリンを出しとるよ」
「‥・・ねえ、なんで喫茶店が牛乳しか出せないのか教えてくんない?」
 脱力。

●コーヒー農園に熊キメラ
「コーヒー農園は山頂近辺にあるんだが、3メートルもある熊が3匹も現れてジャコウネコを食っちまったらしい」
「じゃ、コピルアクの豆は取れないわね。でも在庫はあるんじゃない? 運んでもらえばいいでしょ」
「農園の主人が輸送用に小型飛行機を持っているんだが、なんと熊はキメラで、あっという間にジャコウネコばかりか飛行機も壊してしまったそうだ。農園の主人も応戦したそうだが、相手がキメラではな。怪我して寝込んでおる。生きておったのが幸いだ。ケーキを持って見舞いにいってやりたいが、キメラがなぁ」

●カボチャ畑に熊キメラ
「娘ムコがカボチャ畑やってるのよ。山地の反対側は肥沃な平野でね、いいカボチャでしょう。毎週、娘ムコが届けてくれるの」
「じゃ、娘ムコに運んでもらえばいいでしょ」
「運ぶ最中、こちらも熊キメラに襲われたのよ! 3匹よ、3匹。娘ムコの命が助かっただけいいわ。大怪我で寝込んでるそうよ、かわいそうに。‥・・娘? 今、身重で動けないわ。家にこもりっきりだそうよ。食事なんか大丈夫かしら」


「「コーヒー農園とカボチャ畑は村を挟んであっちとこっちにある」」
 『あっち』『こっち』で指を反対側に振りながら、夫婦はハモった。

●依頼しまーす!
「ねぇ‥・・解決できるかもしれないわよ」
 念願のコピルアクが待てるかっ。それに、カボチャが届かなかったら10月限定タルトが幻になるかもしれないじゃない。そんなのやだやだ。
「前に漫画の取材で『能力者』について調べたことがあんのよ。彼らならやってくれるかも。ただキャッシュがね、ちょびっと必要かな」
「なに、老後資金がたんまりある」
 マスターは親指と人差し指で円を作りながら、ニィーっと笑った。さすが、道楽で喫茶店をやってる人は強い‥・・。

 『物資輸送お願いします。コーヒー豆、ケーキ用カボチャが届かなくて困っています。コーヒー農園とカボチャ畑に行って運んできて下さい。それぞれ体長3メートル程の熊キメラが3匹ずつ居座っているので、退治してきて下さい。喫茶店店主より。──追伸:運んでくれたら皆のイラスト描いて喫茶店に飾ってあげてもいいわよっ』
「追伸? イラスト? 何だ、この依頼‥・・?」
 オペレーターはいぶかしがりながらも依頼をアップした。

●参加者一覧

御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
旭(ga6764
26歳・♂・AA
マヘル・ハシバス(gb3207
26歳・♀・ER
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
御剣雷蔵(gc7125
12歳・♂・CA
大神 哉目(gc7784
17歳・♀・PN
柊 美月(gc7930
16歳・♀・FC

●リプレイ本文

「‥‥で、描いたのは私。似てるでしょう?」
 『雑誌で有名な喫茶店のコーヒーとケーキ』を目当てに来店した客を向こうに、女性の得意気な説明がとぶ。
 アイドルが表紙で微笑むその情報雑誌には『珍しいイラストが飾ってあります。一見の価値あり!』とも書いてある。やっとこさ有給を取って、久しぶりの喫茶店巡り!コーヒーの香りに包まれ、静寂の中、名物イラストを鑑賞する、はずが‥‥。
「似てるでしょう、って言われても‥‥。この喫茶店を救ったという傭兵さんには会った事ないですし」
 客は手に持つコーヒーカップに目線を落とした。つ、と顔を上げると困惑した表情を隠そうともせず、女性に恨みのこもった視線を投げる。はーっ、と大きい溜息を聞こえよがしにつくと言い放つ。
「静かにコーヒーを飲みたいので、少し黙っててくれません?」
「あら、ごめんなさい」
 漫画家だと名乗ったその女性は、少しも悪びれず驚きの言葉を放った。
「うるさかった? じゃ、静かに語るわね。そもそも傭兵を雇う事になった経緯は──」
 カウンターの向こうから、マスターが『すまん』と呟いた様な気がして、客は仕方なく女性のほうへ向き直った。もちろん、特大の溜息を忘れずについて。話し終えるまで静かにはならないだろう。


「初めまして。私たちは今回の依頼を受けた傭兵です。早速ですがお聞きしt」
「あんたらが能力者ってやつかい」
「UPCから来た。俺は御剣雷蔵と言うもんだ。よろs」
「見た目、普通の若者と変わらんなあ」
「どこら辺でキメラと遭遇したか、戦えそうな広場とかあr」
「遠路はるばるよく来て下さった」
 自己紹介からキメラ情報の聞き込みまで、ことごとくスルー状態のマスターにシクル・ハーツ(gc1986)、御剣雷蔵(gc7125)、宵藍(gb4961)の3人は顔を見合わせた。マスターの自己完結が一息ついた隙に、御影 柳樹(ga3326)が笑顔で急ぎ、言葉を挟んだ。
「農場主さんと娘さん達に何か言伝と届け物があるなら一緒に引き受けるさぁ」
「これをよろしく頼むわね。食料と救急セット。後はお見舞いのミルクプリンも持ってってちょうだい」
 奥さんがカウンターの奥からぱんぱんに膨れ上がった大きな雑穀袋を2つ、よいしょと運び出す。そして半ば追い出されるような形で、傭兵たちはキメラ退治へと向かった。


「コーヒー農園はここで間違いないですね」
 マヘル・ハシバス(gb3207)は助手席で地図から顔を上げた。出掛けにマスターから目的の場所をマーキングした地図をなんとか貰い、宵藍が運転するジーザリオに乗り込んだのはマヘル、宵藍、シクル、御剣の4人。ジーザリオはほどなく、農園から離れた場所で停止した。
「何にもねぇな。木しか生えてねぇ」
 ジーザリオから降りた御剣が、木々が茂っているだけの農園を見まわして呟く。
「赤い実見えますか? あれがコーヒーの果実です。種を取り出して炒って飲むんですよ」
 シクルが御剣の横で嬉しそうに説明している。雑穀袋を抱え、宵藍がささやいた。
「先に農園主に挨拶に行くぞ。あんまりうるさくするなよ、熊に気が付かれる」
 農園主は思ったより元気であった。突然の来客にキメラでない事を何度も確かめ、喫茶店夫婦に頼まれた傭兵だと分かるとようやく室内へ入れた。
「骨折してかなり重傷だと伺っていたのですが」
 マヘルの心配そうな声に、農場主は手をひらひら振りながら顔をしかめ、ベッドにゆっくり腰掛けた。
「骨折なんぞしとらんよ! 腰を軽く打っただけだ。喫茶店の爺がまた話を大きくしおって。お前さん達、キメラ退治に来たんだろ? 早くやってくれ。飛行機の修理業者も呼べやしない」


「カボチャ農場はここで間違いないですね〜」
 柊 美月(gc7930)は助手席で地図から顔を上げた。出掛けにマスターから目的の場所をマーキングした地図をなんとか貰い、旭(ga6764)が運転するジーザリオに乗り込んだのは御影、旭、大神 哉目(gc7784)、柊の4人。御影はリッジウェイの使用を希望したのだが、さすがにKVの利用は許可が出なかった。ジーザリオはほどなく、農場から離れた場所で停止した。ここまでは、二班とも判で押したように変わらない。
 御影は軽々と雑穀袋を持ち、ジーザリオを降りる。大神も反対側から降りるとドアの音を立てぬよう閉め、農場を遠目に見回す。畑には食われたとおぼしきカボチャが転がっている。
「人間様の食べ物を荒らすとはけしからん奴らだね」
「恨みを晴らすためにも、僕達でさっさとケリ付けなきゃ」
 静かに農場主の家の扉をノックすると、窓から外の様子を伺っていたらしい娘がすぐドアを開けた。傭兵だと告げると大歓迎され、4人は室内へ通された。ベッドの上では娘ムコが上半身を起こして座っていた。
「全治3ヶ月の重傷だと伺っていました〜」
 柊が娘ムコに話しかけると、腰をさすりながら体をゆっくり起こした。御影が蘇生術をかけると、少し楽になったようだった
「お義父さんもお義母さんも心配性だなあ。腰を軽く打っただけですよ。え、病院? 湿布を貼って安静にしていれば治ります。それより、畑のキメラを何とかしてもらえないでしょうか」


「おーい、熊いるかー」
 コーヒーの木々の間をばんばんと足音を立てて歩きながら、大声で宵藍が叫ぶ。赤く熟した実の間を通り抜けていると、じきに遠くから地鳴りのような鈍い音が聞こえてくる。思った通り、熊キメラの巨体が近づいてきた。
「1、2‥‥3と全部揃ったな。よしこっちだ!」
 熊キメラの姿を認め、宵藍は農園外へ全力で走り出す。動く宵藍を見つけると、熊キメラは狂ったように後を追った。打ち合わせ通り、農場脇の広場へ走り出ると宵藍はストップし、熊キメラに向き直った。広場にはすでに覚醒した他のメンバーが熊キメラを待ち構え、得物をかかげている。宵藍も瑠璃色の両目の前に月詠を構えた。1人に1匹襲い掛かるだろう、という目論見は見事に外れ、2匹は宵藍に襲い掛かり、1匹は真っ直ぐに御剣へ駆け込んだ。
「ちょっ、2匹かい!」
 言葉とは裏腹に焦った様子もなく、華麗なステップを踏んで2匹の牙と爪を月詠で軽く受け、相手の体勢を崩す。
「宵藍さん、1匹引き受けます!」
 言うが早いかマヘルは近くにいる熊キメラに練成弱体を発動する。動くマヘルを『食べ物』だと認めた熊キメラは、大仰な身振りで爪を振り上げる。機械剣βに手をかけ、マヘルは身を低くした。接近戦を覚悟した次の瞬間、熊キメラの背後から鋭い声が響いた。
「遅い、もらった!」
 目に青い残光をにじませたシクルが熊キメラの背後から風鳥を構え、背中に二連撃を叩き込む。鮮血を飛び散らせよろける熊キメラに向かって、マヘルはエネルギーガンを打ち込んだ。乾いた大地にその血を染み込ませながら、1匹目の熊キメラは息絶えた。
 1対1になり動きやすくなった宵藍は、武術で鍛えた膂力で熊キメラに流し斬りを叩き込んだ。斬られた熊キメラはふらつきながらも起き上がり、ぐぉぉっと吠えると怒りから宵藍に向かい牙をむく。恐ろしい咆哮にも落ち着いて間合いを取ると、宵藍は武器を小銃「ブラッディローズ」に持ち替え、熊キメラの頭めがけて、ぱぱぱ、と弾を打ち込んだ。こうして2匹目も、1匹目とほぼ同時にあっけなく地面にひれ伏した。
 御剣はレイシールドを構え、自身障壁を発動させる。彼の周囲に鉛色の幻影が揺らめき、突進してきた熊キメラは一瞬そちらに気を取られた。
「ここなら遠慮なくやれる」
 宵闇のおかげで農園からは十分離れている。遠慮は無用、とばかりに先手必勝を発動した。幻影に惑わされていた熊キメラもようやく本来の『食べ物』を思い出したのか、御剣を追い始めた。
「うおおお、もらったあ!」
 掛け声も勇ましく、スマッシュ発動と共にノコギリアックスを熊キメラへ叩き付け、引き裂く様にノコギリアックスを引き寄せる。ぱっと血が飛び散り、熊キメラは痛そうな表情を見せた。手負いとなり倒れる──どころか益々『食べ物』への執着は強くなったようだった。レイシールドで熊キメラの攻撃を受けてはノコギリアックスで傷を負わせていく。そして何度目かの攻防の時だった。
「いってぇ!」
 御剣の腕から血がかすかににじんでいる。牙がかすったようだ。
「雷蔵、加勢しようか?」
 それぞれの担当を倒して御剣の戦を眺めていた3人が声をかけた。
「うるせぇ、こいつは俺が倒す!」
 怒りに任せて振るったノコギリアックスが、ようやく3匹目の熊キメラを絶命させた。
「こんな怪我、ツバ付けときゃ治るだろ」
 大した怪我じゃないとうそぶく御剣に、マヘルが苦笑しながら練成治療を施した。


 カボチャ畑を歩いていれば、すぐに熊キメラは姿を現す。娘ムコの言葉に従い、大神が熊キメラの誘い出しに向かった。他のメンバーは畑の外れの収穫用広場でいまかと待ち構えているはずだ。わざと足音高く歩くその足元には、中途半端にかじられたカボチャが転がっている。それをつま先でコロンと転がした時、畑の向こうに異様な気配を感じた。
「ほらほら、食べられるモンなら食べてみろっての!」
 大神は熊キメラに向かって大声で叫ぶと、皆の待つ広場へ向かって全力で駆け出した。
 ドドドという地響きをさせながら広場に近づいてくる土埃。
「ほい、熊さん3匹きたさぁ。大神さんありがと!」
 御影が大神をねぎらうのと同時に、4人は四方へ散った。熊キメラもまた標的を追い、それぞれ散った。
「御影さん!」
 旭の呼びかけに、熊キメラの攻撃をフトリエルで受け正面から力比べをしていた御影が即座に反応する。旭の持っている武器を横目で確認すると、熊キメラを蹴り飛ばし距離をとる。巨体を揺らして再び御影に襲い掛かろうとする熊キメラめがけ、旭は【OR】グラキエスを素早く投擲する。それは寸分たがわず目に命中した。一瞬の静寂の後、痛みと怒りで熊キメラは思い切り暴れだした。
「僕が責任取りますよ!」
 片目を血で染め、ぶんぶんと両腕を振り回し大暴れする熊キメラに向かい、旭が突っ込む。長い髪の毛をひらめかせ、両断剣・絶を発動すると熊キメラに真っ直ぐ聖剣「デュランダル」を振り下ろす。気持ちよいほどすぱーんと真っ二つに両断された熊キメラは、もちろん動かぬ塊となっていた。
 その頃、御影は大神に加勢していた。能力者が、大型と言えど熊キメラ1匹に引けを取るはずもない。だが、女性を一人戦わせて自分が高みの見物をしている状況でもないだろう。自分に近いほうから片付けることに決め、大神と対峙している熊キメラに瞬天速で近寄った。
「加勢? ま、害獣はさっさと倒すに限るよね」
 御影の射線に入らないよう位置を変え、旋棍「輝嵐」を軽やかに操る。流し斬りを発動すると、両目をきらめかせながら熊キメラの脇腹に思い切り一撃を叩き込んだ。あまりの痛みに一瞬のけぞった熊キメラの急所である眉間を、御影がフトリエルで渾身の力をこめ打ち据えた。
 柊は舞っていた。突撃してきた熊キメラをひらりとかわすと、黒刀「鴉羽」を構え、浴衣を着ているとは思えぬ動きで二連撃を叩き込む。
「柊さん、加勢しようか?」
 暴れ熊キメラを一刀両断した旭が声をかけた。
「大丈夫みたいです〜」
 にこりとすると光の粒子を散らし、鴉羽をなにげなく振る。大した威力はないように見えたが、その攻撃は確実に最後の熊キメラをしとめた。


 ──本日 貸切──
 喫茶店のドアにそんな札がかけられ、中からは楽しげな笑い声が漏れ聞こえてきている。
「おかげ様で大切な取引先を失わなくてすんだよ。ありがとう」
 喫茶店夫婦は傭兵たちに頭を下げた。
「今日はコピルアクでも何でも、遠慮なく飲み食いしてってくれ」

「うわ、砂糖入ってるみたいに甘い!香りもインスタントとは違う‥‥」
 初めてのコピルアクに感動する面々。淹れたマスターは得意満面でがはは、と笑っている。
 そう、無事にキメラ退治を終え、見舞いも果たし、コーヒー豆にカボチャ(ついでに熊)を喫茶店に運び入れた6人は、喫茶店夫婦の歓待を受けていた。
「はい、焼けたよ」
 喫茶店中を甘い香りで包んでいくのは、もちろん奥さん自慢のカボチャタルト。大皿に丸ごと乗り、ナイフとサーバーが添えられている。好きなだけ自分で切って食べろ、ということらしい。
「1日置くとしっとり美味しくなるから、明日の分もちょっと多めに焼いといてね」
 お菓子作るの、得意なんです──思わず言ってしまった一言から、シクルはオーブンの前で汗をかく羽目になった。11月もカボチャタルトを作る事にしたようだ。カボチャペーストを作り、タルト生地を空焼きし、ペーストを詰めて‥‥。こんな大きいオーブン、楽しいな、と浮き浮きしているシクルを奥さんが呼びに来る。
「カボチャタルトはまた後で様子を見に来るから、あんたも座って。ありがとうね。ああ、熊鍋が煮えた頃だから持っていっておくれ」
 そして6人はそろって席に着き、コーヒーに牛乳、カボチャタルト、熊鍋にミルクプリンと好きなものを取っては平らげていった。
「そうそうマスター。コーヒー農園のじいさん、すげぇ気が短いやつだったぜ」
 御剣が熊肉を頬張りながら『コーヒー農園のじいさんの真似』をすると、マスターはにかりとした。
「あいつは昔からああだ。照れ隠しなんだ、すまんな。今頃とても喜んでいる事だろう」
 そして、改めてありがとうと頭を下げた。
「そうだ、わしの取って置きを出すかな」
 マスターが調理場の棚から秘蔵酒を取り出し、呑める相手に振舞い始める。
 お茶会がどんちゃん騒ぎになった場を傍らでじっと眺めながら、近所に住む漫画家は最高の笑顔を記録しようとスケッチブックに鉛筆を走らせた。

 その喫茶店には、集合写真のかわりに『集合イラスト』が今でも飾ってある。


 いつの間にか話に引き込まれている事に気が付き、客は前のめりの姿勢を正した。
「‥‥で、描いたのは私。似てるでしょう?」
 茶目っ気たっぷりにウィンクしながら女性が再び同じ言葉を口にした。
「似てるかは分かりませんが、素敵な方達だという事は良く分かりました」
 女性の期待に満ちた眼差しを受け、客はさらに言葉を継いだ。
「イラストの仕上がりもとても良い‥‥と思います」
「そーでしょう!」
 女性は満足した表情で、またね、と言うとカランカランとドアを開け出て行った。台風のようだったな、と女性の消えたドアを見つめる客に向かって、マスターが口を開いた。
「初めてのお客さんにはいつもああなんだ、すまんな。やっと静かに飲めるだろう。カミさんのカボチャタルトと一緒にコピルアクはいかがかな?」