●リプレイ本文
●出発前日
「ソウジ・グンベ中尉はいらっしゃいますでしょうか?」
UPC本部の受付を訪れた鷹代 朋(
ga1602)は、ソウジに話があると受付嬢に呼び出しを頼んだ。
数分後、ソウジがロビーに来た。
「話は何だ?」
朋は、依頼で野営する必要がある場合に必要な道具と、全員の通信手段を手配するよう申し出た。
移動はUPC高速艇だが、行き先はキメラ出没地帯であるため付近までしか移動できない。目的地である母子がかつて住んでいた家は、着地点から10キロ以上離れているので数回の休憩を要する。幼い子供がいるなら尚更だ。
「わかった。依頼に必要な物は全部俺が手配する」
「ありがとうございます」
「朋は、以前ジェフを保護していた時にもいたな。今回は、母子と面識の無い能力者も参加するから、フォローを頼む」
コクンと頷くと、朋はUPC本部を後にした。
●日曜日
翌日、ジェフと母親は能力者に護衛されながらかつて住んでいた家に向かうことに。
「お久しぶりです。覚えていていただけたら嬉しいんですが‥‥。未熟ではありますが、今回も依頼を受けさせていただきます」
母子に挨拶する朋。
「お兄ちゃん、前に僕を助けてくれた人でしょう? あの時はありがとう。今日も宜しくね」
朋のことを覚えていたジェフは、以前助けてもらったお礼を言い、丁寧に挨拶し、母親も「宜しくお願いします」と頭を下げた。
「覚えていてくれたんだね、嬉しいよ。今日は他のお兄ちゃん、お姉ちゃんも守ってくれるんだよ」
おおらかな性格のエスター(
ga0149)が、元気良く自己紹介した。
「はじめまして、エスターッス。護衛、頑張るッス〜。行って帰るまでが遠足ッスよ〜!」
今後の生活のために今回の依頼は必要不可欠と思ったエスターは、ちゃんとした思い出を作れるよう張り切っている。
「はじめまして、ジェフ君。俺は柚井 ソラ(
ga0187)っていうんだ。宜しくね」
にっこりと笑って自己紹介をしながら、両親が生きていて自分を待ってくれていることがとても幸運なことだとしみじみ思うソラ。
「俺は‥‥幡多野 克(
ga0444)‥‥。前に住んでた家‥‥本当に大切‥‥なんだろうな‥‥。家族が一緒だった時間‥‥子供には大切‥‥大人にも‥‥だけどね‥‥」
恥ずかしがり屋で人見知りするタイプであるが、克は、母子の家が無事であってほしいと人一倍願っている。
一通り自己紹介を済ませた後、朋はソウジから支給された人数分の無線、周辺地図、防寒具を能力者に手渡した。
「野営テント等の必要な道具ですが、重いので俺を含む男性陣が持つということで良いでしょうか?」
「構わない‥‥」
「わしも協力するでー。翼生えるけどまだ飛ばれへんけど。ま、気楽にいこやー♪」
野営道具は朋、克、時雨・奏(
ga4779)が分担して持つことに。
「コーヒーと緑茶もあるんですね。温かい飲み物があるのは助かります。お砂糖とミルクはジェフ君用かしら?」
支給品を確認した緋室 神音(
ga3576)は、ソウジの配慮に感心した。
準備を済ませた能力者達は、母子がかつて住んでいた家に向かい歩き始めた。
●出発
エスターと克は、先行して周辺地図を確認し、双眼鏡で敵の影を確認したり進路状況の確認を行っている。移動ルートはできるだけ見通しが良く、歩きやすく荒れていない箇所を選びたい。
克の荷物だが、彼の負担を少しでも軽くしようと朋と奏が分担して持っている。
その頃、他の能力者達は母子を間に挟み、キメラ戦担当と護衛担当が親子を挟むように移動している。
「エスターッス。安全ルートを確認したから報告するッス」
地図を確認しながら、克はエスターにルートを指示する。
「わかりました。では、そちらに向かって歩きます」
後方を歩いている朋が、地図を確認しながら無線でエスターにご苦労様ですと労う。
「念には念を‥‥ということで‥‥もう少し状況調査を‥‥」
克は、進路状況に危険物があるかどうか、キメラが潜んでいるかを注意しながら調査している。特にキメラの足跡、動物の死骸等を念入りに。
移動中は上からの奇襲も考えられるので、高い建物や木にも注意している。
「どうッスか?」
「大丈夫‥‥」
報告宜しくッスと言うエスターの言葉に、しどろもどろしながらも、克は朋に「異常なし‥‥」と照れながら報告した。恥ずかしがり屋な克は、こういうことが苦手だ。
移動途中、朋は歩きながら前回の依頼の後、ジェフがどうしていたか等の話題にしてキメラの襲撃の可能性からの緊張を和らげようと努めた。
(「キメラとの戦闘は‥‥先行隊の様子見の結果次第になるな」)
スナイパー程では無いが、それなりに直感に自信はある崎森 玲於奈(
ga2010)は、キメラ殲滅目的で依頼に参加した。
「親子に迫る危険を排除するのは‥‥当然の事だ」
誰にも聞こえることなく、玲於奈はボソっと呟いた。
「しゅーへん、異常無しー」
周辺の道を確認しつつ、奏は、母子が移動しやすそうな道を選んだ。
ソラは、奏の報告を元に幼いジェフの足でも通りやすそうな道を選び、母子を囲むようにして歩いている。長時間の徒歩となるので、見通しが悪く、足場の悪い道はかえって疲れやすい。
「ジェフ君、疲れてないかい?」
「大丈夫だよ」
気遣うソラに向かい、ニッコリ笑うジェフ。
「そろそろ、移動し始めて一時間が経ちますね。休憩しませんか?」
朋がそう言い出すと「俺もそう思ってたとこ」と同意するソラ。
足場が安定し、野営用テントが張れる箇所を見つけた奏は「ここで休憩しようや」と提案。
高速艇を降りた頃はまだ夕日が出ていたが、冬ということもあり日が沈むのは早いので辺りは暗くなっている。
無理に動かず野営し、交替で見張りを立てようという神音の提案に賛成した能力者達は、最初に誰が見張りをするか話し合った。
先行隊であるエスターと克は除外。
最年少のソラは、万一のことを考えジェフの護衛を任せるべきと判断。
残った四人は、ジャンケンで見張り役を決めた。その結果、負けた玲於奈と奏が行うことに。
「ごっつ寒ーい! キメラより、わしのほうが冬眠しそうやわー。エミタ埋め込んだせいやろか? 爬虫類に近うなったカンジするしー」
防寒具を着込んでいるが、北米はかなり寒い。自称「爬虫類に近くなった」奏は、どこまでこの寒さに堪えられるだろうか。
(「こいつは一体何者だ‥‥?」)
戦闘の妨げにならないようにと防寒具を羽織っているだけの玲於奈は、刀を構え、いつでも戦えるようスタンバイしている。
「夜の見張りも洒落ならんわー。皆ー大丈夫かー?」
テントの中にいる仲間を気遣う奏に「大丈夫」と笑顔で答える休憩陣。
「ジェフ君、コーヒーと緑茶、どっちが良いかしら?」
神音にそう聞かれたジェフは、コーヒーにお砂糖とミルクをたっぷり入れてと答えた。
「ジェフ、甘いものを摂り過ぎると虫歯になるわよ。ほどほどにしなさい」
母親の言葉に渋々従うジェフ。二人の遣り取りを見て、つい微笑んでしまうソラと朋だった。
それぞれが注文した温かい飲み物を配り終えた神音は、テントから物陰や高い場所を未だ発見されていないキメラの襲撃に備え、注意深く周囲を見ている。
確認し終えた後、見張りの二人にコーヒーを差し入れた。
「おおきに、助かるわー♪」
奏は喜んで紙コップを受け取ったが、玲於奈は受け取ろうとしなかった。
「玲於奈さん、身体を冷やしては戦えないわ。少しでも良いから飲んで」
そう説得され、渋々受け取り口をつける玲於奈。
「お兄ちゃん‥‥キメラ、出てこないよね‥‥?」
不安になったジェフは、空になった紙コップを落とした。
「大丈夫、キメラは俺達がやっつけるから! 鷹代さんに助けてもらったんなら、俺達の強さ、わかっているだろ? 絶対にジェフとママを守ってあげるから心配しないで」
ピリピリした空気を和らげようと、ソラは笑顔でジェフを励ました。
その頃、先行していたエスターと克の二人が「野営テントで休憩してください」という朋の指示に従い、休憩中の仲間と合流した。
「ダーッと休むッス! リラックスはするけど、脱力せずに緊張感を保つッスけどね」
「今のところ‥‥異常は無い‥‥」
お疲れ様と二人を労った神音は、ホットコーヒーが入った紙コップを手渡した。冷えきった身体を温めることで、少しは疲れが癒されるだろう。
●キメラ出現!
身体が温まったところで、一行は再びジェフ宅に向かって歩き始めた。
先行隊のエスターと克は、様子を確認するため既に出発している。
「ん〜何にも見えないッスね〜」
木に登り、双眼鏡で周囲を見渡すエスター。克は、その周辺でキメラの気配を探っている。
「何か聞こえないか‥‥?」
「何かって、何ッス‥‥」
言葉を中断し、エスターは耳を澄まして注意深く周囲の物音を聞く。
二人が聞いたのは、たとえるなら、地響きに近い音。
克が目を凝らして音がする方角を見ると、そこには‥‥三メートル近くある獣の影があった。
「キメラが来たようだ‥‥。音から察するにゾウ型だな‥‥。大きさからすると、アフリカゾウといったところか‥‥」
「早速、後方隊に連絡ッス!」
エスターからキメラ発見の報告を聞いた朋は、素早く覚醒した。
「護衛役の皆、ジェフ君達を宜しく。俺は、先行隊と合流する」
そう言うと『瞬天速』でエスターと克と合流するため移動した。
「怖いよぉ‥‥」
母親にしがみつき脅えるジェフに、奏は「わしらがおるから安心し!」と力強く宣言し、ソラと神音も同じような言葉でジェフを安心させた。
「護衛は無論、親子に迫る危険を排除するのは‥‥当然のことだ」
二振りの刀を手にした玲於奈は、キメラとの戦いに胸躍らせているのを気取られないように言う。
朋が合流しようと向かっている間、エスターと克はゾウ型キメラの足止めをしていた。
「タイ人の調教師が象を調教するように、徹底的にやるッス! いくッスよ〜!」
一般的に急所とされている脚と眉間、肉の撓んでる所を確実に狙いつつ、エスターはアサルトライフルで狙撃。側面から攻撃しているのは、正面からだと突撃を喰らうからだ。「近寄られる前に撃て」「攻撃は最大の防御なり」の二つの基本コンセプトを忘れず、覚醒した克の援護を『鋭覚狙撃』を駆使して行っている。
覚醒後『豪力発現』で体力アップさせた克は、前衛として動いてゾウ型キメラの注意を引き、皮膚の弱い関節部分を狙い刀で攻撃。隙あらば目も狙おうとしたが、第三の手とも言える長い鼻が邪魔をするため、上手く狙いを定めることができない。
苦戦していた二人の元に朋が素早く駆けつけ、ゾウ型キメラの足元にファングを突き刺した。
「お待たせしました。他の皆さんもこちらに向かっています」
それを聞き、更に戦う気を増したエスターと克。
「ジェフ君達には、指一本触れさせないっ!!」
穏やかな朋が燃えたことに、意外な一面を見たと思う先行隊の二人。
十数分後、残りの能力者達も合流した。
「ソラ、ジェフ君とお母さんの護衛をお願い!」
任せて! と胸を叩いて神音の期待に応えるソラは、母子の前に立った。
「踊ってみせろ、血で血を洗う演舞を‥‥!」
戦いを待ち侘びていた玲於奈は、ゾウ型キメラの足回り等、比較的皮膚の薄い箇所を舞うかのように剣を振るい、斬りつけた。気性が荒く、人間に慣れ難いアフリカゾウの性質の名残か、ゾウ型キメラが怒り狂ったように能力者に襲いかかる。
余談だが、アフリカゾウは飼い慣らせば人間に従順になることもある。
「私の攻撃で怒るとはな‥‥。生憎、私の剣は渇きを潤したがっている‥‥糧になってもらうぞ!!」
ゾウ型キメラに負けじと、玲於奈も気性を荒げ、隙を狙っては渇きを潤すための兇刃と化した剣『The Blue Eyes Zairic』で徹底的に攻撃した。
周囲の状況を細かく把握できるように覚醒した神音は、母子が戦闘に巻き込まれないよう、ゾウ型キメラの動きが止まった時を狙い、皮膚の柔らかい足の付け根を狙撃し、ソラと母子の安全確保の時間稼ぎを行っている。
奏は『瞬速縮地』でゾウ型キメラに接近しては挑発し、攻撃を喰らいそうになると回避している。
「あくびが出るくらいとろいなー。皆ーはよ攻撃してやー。わしが頑張って注意ひいとるんやから、さっさとどうにかせいやー」
朋は、スピードを活かして敵の標的を散らさせ、仲間が攻撃しやすい状況作りをメインに行動し、その合間にゾウ型キメラが隙を見せたら畳み掛けるように攻撃を仕掛けている。
「どっちを見てる。俺はこっちだっ!! 大きさなんて関係無い‥‥この拳に全てをかける、それだけだっ!!」
渾身の力を込め、ファングをゾウ型キメラの腹部に突き刺した。硬い皮膚がガードすると思われたが、深く突き刺さった。
「あまり‥‥子供を怖がらせないでほしい‥‥なっ!!」
『豪破斬撃』で刀の威力を上昇させた克は、一気に刀を振り下ろしてゾウ型キメラの首を刎ねた。
ゴロンと転がったその首はジェフの足元に転がりつつあったが、ソラがジェフを抱きしめることで直視を防いだ。その隙に玲於奈が刀を突き刺し、母子の目の届かない場所へ首を放り投げた。
「もう大丈夫だ‥‥」
「ありがとう、玲於奈さん。ジェフ、もう大丈夫だよ」
本当? と聞き返すジェフに微笑むソラと能力者達。
「戦闘が終わったから、とっとと移動しよかー。はよせんともう一体来るかもしれへんし」
ゾウ型キメラを倒したが、まだトラ型キメラが残っている。
移動中に出没する可能性があるかもしれないので、能力者達は慎重に母子を護衛した。
●家に到着
長い道のりの末、ようやく母子がかつて住んでいた家に到着した。キメラにより破壊されたかと思ったが、幸いなことにそのまま残っていた。
「僕達のおうち、大丈夫だったね!」
「そうね‥‥」
安心する母子の邪魔をするのは悪いと思いつつ、奏はジェフに用意しておいた箱を手渡した。
「これに何か記念とか思い出になるもん入れとけや。サービスで運んだるさかい。家を出る時に持ち出せんかったもんあったやろ?」
家が崩壊する心配はないものの、万一のことを考え奏が付き添うことに。
ジェフは真っ先に自室に向かうと、アメコミヒーロー人形等の宝物を箱に詰めた。
「次はいつ来られるかわからへん、無いかもしれへん。だから、良う目に刻んどけや。物は壊れるけど、思い出は残る」
奏の言葉は、幼いジェフにはまだ理解できないだろう。
「また何かあった時は、遠慮なく言ってください。手が空いてる限りお手伝いできると思いますから」
朋は、今後の協力を申し出た。
家の無事を確認した一行の前に、高速艇が着陸した。朋から依頼遂行の連絡を受けたソウジが操縦士に連絡し、家の前に向かうよう指示したのだ。
高速艇の窓から、母子は名残惜しそうに家が小さくなるまでじっと見ていた。