●リプレイ本文
●新郎新婦ご登場
某国の王子の新郎と新婦が手を繋いでUPC本部の前にやって来た時、二人をお出迎えしたラスト・ホープ案内係を務める六名の能力者達は、何かがおかしいと気づいた。
依頼説明の際に『バカップル』と聞いたが、どう見ても普通の新婚だ。
その疑問を悟られるよう、白鐘剣一郎(
ga0184)が能力者を代表して挨拶。
「白鐘剣一郎と申します。ようこそラスト・ホープへ」
紳士的に、礼儀正しく自己紹介する剣一郎。
(「此処に新婚旅行に来るなんて‥‥。今、世界で一番安全な場所ではあるが。ご公務の忙しい合間の中での新婚旅行だ。出来るだけ楽しんで貰おう」)
警護役も兼ねての案内役としてナイフと銃を懐に備えて、二人の良き思い出作りに協力しようと決めた。
「奉丈・遮那(
ga0352)といいます。ツアーコンダクターが本職では無いので至らない所がありますが、宜しくお願いします。都合により初日だけしかご案内できませんが、精一杯ご案内させていただきます」
遮那は、ジャケットの胸ポケットに入れてあるメモ帳に事前に調べたことが書き留めたメモ帳を確認しながら、できる限りの案内をするつもりだ。
「グーテンモーゲン(ドイツ語の「おはよう」)、果報者なお二方。殿下に於かれましては、本日はお日柄良く、ご機嫌も麗しゅう。つきましては、親しくお声を掛ける事をお許し願いたく‥‥。まぁ要するに、砕けた話し方をして構わないか? って事なんですよねェー。ラスト・ホープへようこそー!」
明るい口調を交えながら挨拶した獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)の口調に、新郎は「いつもの口調で構いませんよ」と微笑んで言った。
新郎の魅力は、自分を慕う人々を和ませる穏やかな笑みだ。
「橘・朔耶(
ga1980)です。護衛、SP、部下はいるでしょうが、ラスト・ホープに滞在している間は、我々を護衛兼友人と思い、何でも気軽にお申し出ください」
朔耶はSP兼観光案内係として二人に気軽に楽しんで貰えるよう告げると、剣一郎同様、楽しい思い出作りの協力者になろう決めた。
(「新郎は王子様ってぇ事で、いつも宮殿の中で暗いニュースを沢山聞いてるはず。ラスト・ホープの皆様に、活気溢れる庶民の姿を間近でご覧頂いて、未来への希望を感じて頂きたいトコだねぇ‥‥」)
普段はいい加減だが、実家が日本の名家の出であるため、幼少時から厳しいしつけを受けていたということもあり、王子に昔の自分を重ね合わせた佐竹 優理(
ga4607)。
「わたしくは、木花咲耶(
ga5139)と申します。奉丈様とご一緒にご案内させていただきます」
代々神社の神主の家系であるためか、常に和服姿の咲耶は、礼儀正しく挨拶した。
「OH、ビューティフル! ヤマトナデシコ!」
日本贔屓な新郎は、和服が似合う咲耶に感心したが、新婦に睨まれたので元の表情に戻った。
さあ出発という時、UPC本部の受付嬢が新郎新婦にカードを手渡した。
ULTオペレータのリネーアから渡すように頼まれたとのこと。
受付嬢は、新郎には黄色いバラが描かれた空色のメッセージカード、新婦にはカサブランカが描かれた淡いピンクのメッセージカードを手渡した。
カードには、リネーアの字で『お二人に末長い幸福が訪れますように』というメッセージが添えられていた。
●一日目
「これがジンジャなんだね。ここにもハニーの故郷と同じものがあるなんて‥‥」
「日本に里帰りすることがあったら、一緒に行きましょう、ダーリン♪」
言い忘れ。新婦は日本出身だ。
神社に着くなり甘い口調で話し出し、ベタベタし始めた二人を見て、バカップル情報は本当だったと再確認した能力者達。
ラスト・ホープには、神社仏閣の他、基本的に日本レベルのものが存在しているので、神社があってもおかしくはない。
「お邪魔するようで申し訳ございませんが、神社での作法をご説明して宜しいでしょうか?」
咲耶が、すまなそうに二人の会話を遮った。
遮那は、二人のバカップル振りが周囲の目の毒にならないよう、二人の護衛を仕事と割り切り、生暖かく見守ることを決めた。下手をすれば、マナー違反になりかねない行為をすることもあるかもしれないので、一瞬たりとも気が抜けない。
(「以前のソウジさん指導より、こちらのほうが苦労しそうです‥‥」)
何かと苦労が絶えない遮那であった。
「すみません。では、お願いします」
先程の甘々口調はどこへやら、新郎は丁寧に咲耶に説明をお願いした。
「それでは、まずは参道を進み、少ししたところに手水舎(てみずや)というところがございますので、そこで行う「手水」という作法をご説明いたします。手水、というのは、身を清めていただく作法でございます」
「奥様、足元にお気をつけください」
新婦の手を取り、転ばないよう気遣う剣一郎。
咲耶は手水舎に置かれている柄杓を手にすると水を汲み、まず右手に持ち左手を洗い、持ち替えて右手を洗った。次に、右手に持ち替えて左手で水を受けて口をすすいだあと左手を洗い、最後に柄杓を立てて柄杓の柄を水で洗い流した。
「お二人共、わたくしがしたようにやってみてください。水ですが、汲んだ分で済ますのが礼儀です」
新郎新婦は、咲耶の説明を受けながら、ぎこちない手付きで教わった手水を行い、能力者も『郷に入っては郷に従え』と行った。
それを終えた遮那は、でゆっくり休憩できそうな場所と、トイレがある場所に目星をつけておいて、必要であれば案内できるよう下調べに行っていた。
「こちらがご本殿になります。小銭はお持ちですか?」
「お賽銭ね。大丈夫、用意してあるわ♪」
新婦が用意しているのを知り安心した咲耶は、参拝の礼儀作法を教えた。
「まずは、賽銭箱にお賽銭を入れます」
能力者達も参拝しようと小銭を賽銭箱に入れたが、新郎新婦が賽銭箱に入れようとしたのは札束だった。さすが一国の王子とその妻!
新郎新婦が二人で鈴を鳴らし、次に能力者が一人ずつ鳴らした。
「お参りの作法は、二礼二拍一礼でございます。お参りの前に二回お辞儀をし、その跡に「拍手」といって、両手を合わせて二回手を鳴らし、お願い事をします。それが終えたら、一回お辞儀します」
説明後、新郎新婦は早速実践。能力者達もそれに倣う。
皆、どのような願い事をしたのだろうか。
「残念ですが、僕は用事がありますのでお先に失礼します、新郎新婦のお二人の新婚旅行が、良い思い出になるよう祈っています」
「御用があるのでしたら、仕方ありませんね。またお会いできることを楽しみにしております」
新郎が右手を差し出したので、握手だと解釈した遮那は新郎の手を握り返して握手した。
その後、遮那は笑顔で皆に手を振り、一足先に神社を後にした。
昼食は、ラスト・ホープにある和食料理店で鰻料理を堪能。
腹ごしらえの後、一行は色とりどりの花が多く植えられ、大きな噴水がある静かな雰囲気の公園に向かった。
「綺麗な花‥‥。持って帰りたいけど、摘んではいけないわね」
「この花よりも、きみのほうがすごく綺麗だよ、ハニー」
「本当? 嬉しい、ダーリン♪」
ここでもバカップル振りを発揮したため、折角の静かな雰囲気が台無しに。
白いベンチに腰掛けても、おのろけ話はまだ続いていたが、能力者達は、我慢して聞きながら護衛。
スクリーン数が多いことで有名な映画館で、一行は流行中の恋愛映画を鑑賞をすることに。これが、新婦の要望である。
「お二人はシネマのような経緯でご結婚されたんだよねェー。そんな二人が、我が事の様な筋書きの映画を見るのはどう言う気分なんだろうねェー」
人生はシネマだとは言うが、そういうことが実際にあるもんだねェーと感心するグナイゼナウは、入場料を払い終えると朔耶と優理を引き連れてフードコーナーに向かい、人数分のコーヒーとポップコーンを買った。
映画の内容は、二人の馴れ初めに似たようなものだった。
グナイゼナウは、それにかこつけて二人の馴れ染めを聞いてみたいと思った。幸せ一杯の二人だから、そう言う話は大いに弾むだろう。
彼女も、ロマンスな出会いに憧れているのだろうか。
上映中、二人は手を取り合って真剣に見ているので、グナイゼナウは声をかけるのを止めた。
男性陣は欠伸しながら鑑賞し、朔耶に至っては眠っていた。
一日目のスケジュールが終えたので、能力者達は、新郎新婦を宿泊先のホテルに送り届けた。
あと二日残っているので、能力者諸君もゆっくり休んでほしい。
●二日目
翌朝、新婦の要望で図書館に向かうことに。
ラスト・ホープの図書館は、知識の貯蔵庫といえる場所である。
多数の書籍が本棚に並んでいるが、一般人は普通の書籍やデータしか閲覧できない。
近い将来、従来の書籍ではなく、ヴァーチャルヴィジョンで内容が閲覧できるようになるらしい。
本好きの新婦は、書籍の多さに驚きながらも図書館を一通り回った。
巨大規模ショッピングモール内にあるファーストフード店で、遅めの朝食を摂ることにしたが、新郎は、初めて見る食べ物に目をくりっとさせた。
「これは、どうやって食すものなのですか?」
「私が食べ方を教えてあげるよ。こうやって食べるのさ」
優理はハンバーガーの包み紙から取り出すと一気にかぶりついた。
「そのようにして食すのですか!?」
「これが基本だ。奥様と一緒に、こういう店に入ったことがないのかい?」
コクンと頷く新郎。
結婚以前は、お洒落なレストランでの外食ばかりだったので、庶民的な店は初体験だった。
腹ごしらえを終えた後、一行はアミューズメントパークへ。
新郎は、大音量に耐え切れないのか、両耳を塞いだ。
「王子様、私がここを案内するよ。細かいことは奥様が説明するだろうけど、どんなものがあるか興味があるだろう?」
事前に調べておいたので、ゲームの紹介と説明をスムーズに行う優理。
その頃、新婦はクレーンゲームに夢中で、それを見ていた女性陣は取れるかどうかじっと見守っていた。
「やったわっ!」
新婦は、見事に大きなネコのぬいぐるみをゲット!
「ダーリン見て! これ、あたしが取ったのよ!」
「おめでとう、ハニー!」
一目をはばからず、ぎゅ〜と抱き合う二人。
一通り遊び終えた後、軽食コーナーでドリンクを飲みながら休憩。
朔耶は、前からプレイしたがっていたガンシューティングに夢中なためいない。
「王子様、庶民の娯楽は如何でしたでしょうか? 静かな宮殿と違い、随分騒がしかったことでしょうが」
「騒がしかったですが、十分楽しめました。ラスト・ホープには、このような楽しい場所があるのですね」
「喜んでもらえて何よりです」
優里はニッコリと微笑んだ。
夕食は、ショッピングモール内にある日本料理店ですき焼きを堪能。
その後、そこから離れた場所にある温泉施設に向かった。
タオルや石鹸、シャンプー、リンスの類は全て揃っているのでそのまま行っても大丈夫。替えの下着の販売コーナーもある。
「王子様、靴を下駄箱に入れてください」
新郎に、靴のしまい方を説明する優里。
「入場する際は、番台で料金を払います‥‥って、どちらへ? 隣は女湯ですよ!」
新婦について行こうとする新郎を、慌てて引き止める優里。
「ここでは、男と女は別々に入浴するのですよ。あなたの国は混浴なのですか?」
それはないだろうと思ったが、念のため聞く剣一郎。
「脱衣場で服を脱ぎ、服は籠の中にしまいます。湯船に入る前に、先に体を洗いましょう」
優里は、新郎の背中を流した。
女湯では、朔耶が新婦に入浴のマナーを教え、疲れをとるよう勧めていた。
体を洗う際、新郎は健一郎と優里の体をじっくり見た。能力者だけあって、鍛え上げられた肉体だった。
その頃、女湯では女性陣がはしゃぎながら背中の流しっこをしたいる様子が、男湯のほうに聞こえた。
風呂上りの楽しみは、何と言ってもコーヒー牛乳と主張する優里は、買ったコーヒー牛乳を新郎と剣一郎に手渡した。
「コーヒー牛乳の正しい飲み方は、腰に手を当てて一気に飲むこと!」
ここまできっちりお教えしたら、今後も大丈夫だろうと安心する優里。
女性陣は、化粧品でお肌の手入れをしたり、ドライヤーで髪を乾かしたりしていた。
二日目の日程は、ゆったり気分で終了。
●三日目
最終日は、新郎新婦が望んだ巨大規模ショッピングモールに行った。
新郎は和風用品売り場に、新婦は婦人服売り場に行きたいと申し出たので能力者達は男女別れて行動することに。
新郎は、何にしようかあれこれ悩んだ末、様々な種類の扇子を大量に購入した。両親や友人達へのお土産だろうと、剣一郎と優里は思った。
新婦も新郎同様、何を買おうか迷っていたが、長時間悩んだ末、帽子を購入。姑や日本にいる実の母、友人達への土産にしては、数が多いなと思った朔耶、グザイゼナウ、咲耶だった。
新郎新婦は、数点を除き、全ての購入商品を宅配便で送った。これなら、持ち運ぶ手間が省ける。
買い物終了後、ショッピングモール内にある蕎麦と天婦羅が美味しい店に。
「ハニーは何蕎麦が好きなのかな? 私は、蕎麦を食べたことがないからきみと同じものが食べたいな」
「あたしは、月見蕎麦が好き。一緒に食べましょう♪」
こうして、新郎新婦は月見蕎麦と天麩羅の盛り合わせを注文した。
麺類は食べさせっこができないので、天麩羅を食べさせっこしている。
「ダーリン、あーんして♪ サツマイモの天麩羅よ♪」
「美味しいよ、ハニー♪」
周りがどん引きするほどのバカップル振りだったので、能力者達は他人の振りをしてそれぞれ注文したものを食べていた。
●新婚との別れ
時間はあっという間に流れ、二人が某国行きの飛行機に乗るため、空港に向かう時間となった。
能力者達は、護衛を兼ねて二人を空港まで送り届けた。
「皆様、三日間お疲れ様でした。それと‥‥お恥ずかしいところをお見せして申し訳ございませんでした」
「宮殿では羽目をはずすことができないので、ここでさせていただきました。これは、あたし達からのお礼です。受け取ってください」
新郎が剣一郎、優里に差し出したのは、細長い箱を緑の竹模様の包装紙に包まれたものだった。初日しか参加できなかった遮那の分は、剣一郎が自分が責任持って渡すと約束した。
新婦が朔耶、グナイゼナウ、咲耶に手渡したのは、ピンクのリボンがついた花柄の包装紙に包まれたやや小さめの箱だった。
二人が搭乗口に向かう前に、剣一郎は、ペガサス型のメッセージカードを新郎に手渡した。
『ペガサスより、新郎新婦のこれからに幸あらんことを』
それには、そう書かれていた。
新郎は礼を言うと、それをジャケットの胸ポケットにしまい込んだ。
能力者達は、飛び立つ飛行機を見送りながら、二人がこれからも幸福で居られるよう祈った。