●リプレイ本文
●ご子息の依頼
女性カポエイリスタ『ロサ』ことエストレーラに一目惚れした依頼人のULT支援団体の1つ、北米某所企業ご子息は、能力者達が来るのを首を長くして待っていた。
彼が依頼要請したのは、前日の出来事が理由である。
ある村で『ジョーゴ』(カポエイラの組み手)が盛んに行われているのを知ったご子息は、興味本位で立ち寄り見物。
人々の輪の中央では、大柄な男と男勝りで誇り高き女戦士のような女性がダンスを舞うように戦っていた。艶やかに咲き誇る一輪の赤いバラを思わせるその女性は、昨日、村を襲撃したキメラを能力者と共に退治した能力者のロサだ。
写真を撮らせてください! という勇気が無いので観客に紛れ隠し撮りをしようと試みたが、バレてしまい睨まれた。
諦めきれないご子息は、家に向かうロサを尾行し隠し撮りを実行しようとしたが、運悪く見つかってしまいロサにカメラを奪われ、壊された。
惚れた女性に買ったばかりの新品カメラを壊されショックを受け、傷ついたご子息は頼みの綱は能力者しかいないと、思い切って依頼を要請したのであった。
能力者=傭兵ということを知らない世間知らずなので「なんでも屋」としか考えていないが、UPC本部では個人的事情で依頼要請する中尉がいるのでそう思われても仕方ない。
「へっくしゅん!」
その頃、そのご本人がくしゃみを。
それと同時刻、依頼を受けた能力者が待ち合わせ場所にやって来た。
「ボクの依頼を受けてくださる能力者の皆さんですね! 宜しくお願いします!」
頭を下げて能力者達に必死にお願いした後、ご子息は市街地で購入した人数分のカメラとフィルムを手渡した。
(「被写体も被写体だが、依頼人も依頼人だな。携帯やデジカメで気軽に写真撮影を行なう風潮の中で隠し撮りをしているというの認識がある分マシなんだろうがな。まあ良い、ほどほどにやるか」)
本人の前でそう言えない九条・命(
ga0148)は、心の中でそう呟いた。
参加動機はカポエイラ使いの女性能力者の噂を聞き、実物を見てみたくなったから。
先日のキメラ退治に関わった櫻杜・眞耶(
ga8467)からロサの話とその一件を聞き、ますますロサに興味が湧いた彼だった。
盗撮というのは気が引けるが、正攻法で上手くいかないのであれば止むを得ない、間違ってた方法ではないと自分に言い聞かせ、依頼人のためにも1枚でも多く撮影するぞと燃える命。
「俺は撮影を担当する。ロサが現れるまではジョーゴ広場を撮影し、本人が来たらカポエイラを体験したいと申し出てみるつもりだ。その前にロサが現れとしたら、身を隠して望遠レンズで射程ギリギリで盗撮だ。どうだ? 俺の考え」
ロサと手合わせしてみたい白鐘剣一郎(
ga0184)は、命の提案に賛成した。
「写真嫌いか‥‥。事情は分からなくもないが、少々勿体無い話だな。いずれにしても正攻法が無理ならば、搦め手も交えてやるしかないだろう。とりあえず、俺はジョーゴ広場で彼女を張り込む。女性カポエイリスタの戦い方にも興味があるしな」
「盗さ‥‥いや、依頼と言っても色々とあるな、うん。俺も命や剣一郎が言うように何人かでロサに手合わせを申し込み、気を引いている隙に撮影、と言う線で行くことにする。これはある意味チャンスだ、プロの技、学ばせてもらうとしよう。より強くなるために」
命、剣一郎と共に行動することにした龍深城・我斬(
ga8283)は、武器を外して携帯品入れにしまった。
「命、剣一郎、俺達は仕事帰りに村に立ち寄った傭兵として「カポエイラで戦う同業者」がいるという話を聞いてを訪ねて来た」という設定でどうだ?」
それはいいかもな、と口裏を合わせる3人であった。
「盗撮みたいなこと‥‥できればしたくないんだけど‥‥依頼だから‥‥」
結城加依理(
ga9556)は気が引けたが、眞耶同様、キメラ退治の翌日にこの依頼に参加。どんな内容であれ、依頼要請があれば(犯罪加担で無い限り)立派な『依頼』である。
盗撮は犯罪ではと突っ込まれそうだが、ロサにバレないための止むを得ない手段と思っていただきたい。
「私は、白鐘さんの手合わせの撮影を試みます。依頼人さん、望遠仕様の機材はありますか? あれば、通常のデジカメと望遠レンズ、予備のメモリもお願いします」
おっとりとした微笑で頼む千光寺 巴(
ga1247)に「ボクのデジカメと望遠レンズを使ってください!」と急いで手渡すご子息。命も望遠レンズがいる、ということを思い出したご子息は「期待していますよ!」と手渡した。
ご子息はカメラ用具一式はほぼ買い揃えていたが、貸与希望者にしか必要な機材を手渡さなかった。
「では皆さん、宜しくお願いします。1枚でも多く撮影してくださいね?」
依頼要請同様、拒否させないような言い方だった。
●撮影作戦
眞耶はジョーゴ作戦失敗の保険として、カポエイリスタ護衛依頼を要請したオープンカフェ『natura』のマスターに会いに行った。ロサがこの店に立ち寄るという情報をゲットしたので、運が良ければ来るかもしれないと考えたからだ。
「おや? きみは愛弟子を守ってくれた能力者のお嬢さんじゃないか。何か用かな?」
「お久し振りです、マスターはん。実は、お願いがあるのですが‥‥」
眞耶は、ここの常連であるロサのことを話し、ここで寛ぐ彼女の写真を撮影したいと事情を話した。依頼であることは秘密だ。
「成る程ねぇ‥‥。エストレーラが写真嫌いなのは知っているよ。以前、彼女の写真を撮ろうとした客がいてね、それに気づいたエストレーラが「撮るなっ!」って怒鳴ったほどだから」
これは容易にいかないと思った眞耶は、店を手伝うのでカポエイラの基礎を教えてくださいとマスターに頼み込んだ。
古武道、日本舞踊の心得がある眞耶はリズム感や柔軟性があり、マスターの愛弟子達のジョーゴを見ていたので基礎さえ判ればある程度の技はマスターできるだろう。
「開店までまだ時間があるから、少しだけど教えるよ。この間の報酬追加、というでよければ。まず、基本中の基本『ジンガ』から始めよう」
「宜しくお願いします!」
ジンガとは、マスターが言うようにカポエイラの基本である。ほとんどの技がジンガで始まり、ジンガで終わると言われているほどだ。「ヨチヨチ歩き」という意味があるので、ゆっくりと逆三角形を作る動きとなる。
その後、側転のような移動技『アウー』、回避や移動に最適な『ホレー』等の基本動作を教わった。
愛弟子を助けてくれた恩人に色々技を教えたいところだが、開店準備の時間なので終了。
撮影前に狙撃の応用で撮影に必要な視界と位置取りをジョーゴが始まる前にチェックし、絶好の撮影ポイントを探す巴。小さな村なので場所取りに困りそうだが、その辺りはプロの傭兵としジョーゴ広場近辺、地図で『natura』周辺と市場内の三箇所で念入りにチェックし、複数の撮影ポイントを確保。
村人から聞いた話だと、ロサは午前中だけ腕力と体力を活かした力仕事をし、その帰りに市場に寄り買い物、午後は家に戻り病弱な母と幼い弟の面倒を見ているとのこと。父親は出稼ぎでいないので、長女であるロサが家を守っている。
そのため、ジョーゴは夕方〜夜間にしか行えない。
「命さん、剣一郎さん、我斬さん、私は市場に行ってきます」
「夕方までには戻ってこいよ」
剣一郎に「わかりました」と言うと、巴は市場に向かった。
●撮影実行・その1
仕事を終えたロサは、市場で買い物中。
市場と言っても狭い路地で行っているため混んでいる。その中でロサを捜すのは難しい。
「見つけました」
果物売り場で、売り子と話しているロサを発見した巴は早速望遠レンズで撮影開始しようとしたが、人混みに揉まれて上手く撮影できなかった。それでもめげずに頑張った甲斐あり、果物が入った紙袋を手にして笑うロサの撮影に成功。
それ以外も数枚撮ったが、おばさんのアップ、被写体でロサが左右端に写っていそうなアングルに。被写体であるロサが中央にいたのは、紙袋を持った1枚だけだった。
「‥‥いけないことって、不思議とときめきますね」
ドキドキな巴の初隠し撮り結果はいかに?
昼食時ということもあり、眞耶は『natura』の手伝いで大忙し。
「お姉ちゃん、注文ー」
「はい、ただいま」
眞耶が給仕をしている間、能力者達に護衛されていたマスターの愛弟子達はジョーゴショーの真っ最中だった。太陽が照りつける中、皆、真剣に取り組んでいる。
ロサはん、来ないのでしょうかと諦めかけていた頃、紙袋を持ったロサが来店した。
「こんにちは、マスター。いつもの」
いつもの、と気軽に注文できるほどロサはここに来ているようだ。
「ロサはん? 先日の依頼でご一緒だった眞耶です。お疲れ様でした」
「ああ! こっちこそ助かったよ。今日はここの手伝いが依頼かい?」
「ええ‥‥」
ロサを撮影したくて来た、とは言えない。
「マヤちゃん、3番テーブルにこれ運んで」
「今行きます! ごゆっくりどうぞ」
3番テーブルに注文された料理とドリンクを運び終えた後、ロサはアイスコーヒーを飲んでいた。ストローで飲んでいるのは意外、というか、女性らしい。
カウンターに潜み、眞耶はこっそりとその瞬間を撮った。時間が無かったので、コーヒーを飲んでいる写真はこれ1枚。
後は店を立ち去る前にマスターや常連客と話している写真を数枚撮影。
「上手く撮れているといいんですが‥‥」
「大丈夫です、私も何枚か撮りました」
「巴はん? 何時の間にここに!?」
「眞耶さんの協力者ですと言ったら、マスターさんが入れてくれました」
巴の協力もあり、かなりの枚数が撮れただろう。
眞耶は、トランシーバーで何枚か撮影したことを村にいる能力者達に報告した。
「こちら眞耶。巴はんとロサさんの写真を何枚か撮影したことをご報告します」
「わかった」
眞耶から連絡を受けた剣一郎は「俺も負けちゃいられないな」と意気込んだ。
●撮影実行・その2
日が沈みかけた頃、ロサがジョーゴ広場にやってきた。
「さあ、早速始めようか。まずは誰だい?」
「俺が最初だ!」
名乗り出たのは、ご子息がロサの対戦を見た時の男性だった。
「いくよ!」
ジョーゴが始まると、村人達は輪を作り二人を囲んで観戦。その様子を命、剣一郎、我斬の3人は見ていた。
勝負はロサの圧勝。
「だらしないね」
ショートパンツについた砂埃を払い終えたロサに、3人は手合わせの交渉を始めた。
「ロサ、というのはきみか?」
「そうだけど。あんた誰だい?」
「自己紹介がまだだったな。俺は傭兵の白鐘と言う。野暮用で近くまで来たんだが、カポエイラで戦う同業者の話を聞いてな」
純粋にカポエイラに味がある剣一郎は、暫く我斬、ロサとカポエイラ談義をしていたが本題を切り出した。
「きみさえ良ければ、俺達と手合わせ願えないか? 俺は剣士だが、流派には無手で戦う術もある。是非ともカポエイラを体感したい」
剣一郎の流派『天都神影流』の無手は『柔術』。合気での受け流しから掃腿での払い技等、色々ある。
「面白そうだね、やろう。それと‥‥悪いが、今日はあんたで最後だ。母さんの具合が良くないから、早めに済ませて看病してやりたいんだ。悪いね、我斬」
「そういうことなら仕方ないさ」
異種格闘戦の話題はあっという間に村に広り、一気に観客が増えた。
ロサが得意とするのは、回転や捻りの動きが多い応用蹴り。
ジョーゴが始まるなり『アウー バチードゥ』(片手を付き、膝を曲げながら足を振り上げる瞬間の蹴り技)、『シャーパ』(足刀蹴り)を繰り出したが、剣一郎は寸でのところで避け、受け流しからの投げ技を繰り出そうと試みる。
命と我斬は、真剣勝負をしているのならロサは写真撮影に気づかないはずと読み、大勢の観客を隠れ蓑として隠し撮りを始めた。
命は望遠レンズで射程ギリギリでの撮影。狙うタイミングは、2人の集中力が高まるきる直前の瞬間。
どちらかが技を繰り出せば、どちらがか素早く避け反撃に転じる。これの繰り返しは30分ほど続いた。
「もうやめよう。このまま続けたら、いつまでたってもケリがつきゃしないよ」
黙って項垂れたロサのもとに、少年に支えられながら歩く中年女性が歩み寄った。
「エストレーラ‥‥最後までやりなさい。あなたにカポエイラを教えたお父さんは、最後まで諦めなかったわよ‥‥」
「母さん、寝てなきゃ駄目じゃないか!」
「姉ちゃんが村の男以外と勝負するからって、母ちゃん無理して来たんだ。母ちゃんのために最後まで戦って!」
母と弟の説得により、2人は最後まで勝負することに。
ロサの鋭い蹴り、剣一郎の受け流しに転じる投げが幾度と無く繰り出されたが、未だに勝負つかず
ロサが自分と同じ名である技『エストレーラ』(空中で体を大きく広げ、1つ星を体現するかのような地面を見ながら行う技。数少ない相手を見ずに行っても構わない技)で止めを刺そうとしたが、剣一郎は避け、ロサが着地した瞬間に腕を掴み合気道の要領で投げた。この瞬間は、命がバッチリ撮影済み。
●記念写真
「あたしの負けだよ」
ロサと剣一郎は、互いの健闘を称え合い握手した。その瞬間は、我斬が撮影。
「エストレーラにとって初めての敗北ね‥‥」
「そうだね、悪いんだけどさ、もう1人相手したい奴がいるんだ」
「いいわよ。母さんは帰って休むから‥‥」
弟に支えられ、母は帰宅した。
「我斬、勝負しよう」
「ありがとう、ロサ」
ロサと能力者の連戦は、観客を更に沸かせた。
(「落ち着け、俺。キメラ相手に我流で鍛えた技がどこまで通じるか勝負だ!」)
受け流し、懐に飛び込んでの肘打ち込み、裏拳を繰り出す我斬だったが、ロサの一蹴でダウン。手を差し伸べた瞬間を撮影したのは剣一郎だ。
「ロサ、頼みがある。今日の記念として、俺達と写ってくれないか? 昔と違い、今は綺麗に撮れる。騙されたと思って1枚どうだ?」
勝負に負けたからねと、ロサは観念して記念撮影に加わった。
「用意できました‥‥」
カメラを三脚に立て、セルフタイマーにした加依理は準備が終えると皆のところに駆け寄った。
翌日。現像に出した写真が出来た。
記念写真は夕陽を背景に綺麗に撮れていたが、それ以外はピンボケだったりロサが切れていたりと出来が悪かった。
何とか綺麗に撮れていたのは、市場での買い物風景とアイスコーヒーを飲んでいる写真だけだった。
これだけでは寂しいと、剣一郎と手合わせしている写真も追加の計3枚をご子息に渡すことに。
待ち合わせ場所であるホテルのロビーで待っていたご子息は、写真を手にするなり大喜び。
「ありがとうございます! これ、家宝にします!」
喜んでもらえたので、皆、ほっとした。
記念写真は焼き増しし、能力者全員の宝物とすることにしたがご子息の分は無し。