●リプレイ本文
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車窓から見える景色は次第に荒れていく。
道路は舗装されてこそいるが瓦礫や看板やその他もろもろ、街を構成していた色んな物が障害物となって散乱し、車内に小刻みな振動をもたらしている。街並みは「廃墟」の例として充分すぎるくらいの廃墟。廃墟・オブ・ザ・廃墟だ。ビルは傾き家屋は崩れ、割れていない窓ガラスを探すほうが難しい。ダッシュボードに置かれた猫のぬいぐるみの笑顔だけが、妙に怪しく浮き立っていた。
「ありがとうございます。車持っていないので助かります」
助手席に陣取ったキング(
gb1561)が、ランドクラウン『OО』を運転するドクター・ウェスト(
ga0241)に話しかける。
「構わないよ〜。こういうときのための6人乗りだからね〜」
後部座席にはシィル=リンク(
gc0972)とジャック・ジェリア(
gc0672)が同乗していた。
がたがたと揺れる車内で、運転席のウェストが誰にともなく呟いた。
「探し物は指輪かね〜」
彼はUPCで依頼人と会ってマンションの場所と回収物の情報を聞き出しており、その情報は仲間たちにも共有されてはいるのだが、小さな箱に入っているというその肝心の『モノ』が何なのか、はっきりとはわからない。
「‥‥何でしょうね。携帯できるもの、2年前の品、彼女のために‥‥当時の思い出の品、といったところでしょうか」
本に目を落としながらシィルが呟いたが、興味津々といった様子は伺えない。
「重要な疑問点として、忘れ物を『取ってきてもらった』というのは男を見せたということになるんだろうか?」
ジャックはどうも解せないといった風である。確かに、2年間も放っておいた物を今更、しかも他の誰かに取ってきてもらったところで何が彼女のためになるかと言えば、疑問は残る。後部座席を横目にキングが問いかけた。
「わざわざ立ち入り禁止の所に取りに行きたいくらいだから、よっぽど大切な物なんでしょうか」
「話を聞いた限りでは指輪だろうね〜。ま、細かい事情はわからないけど〜」
答えの出ない疑問を残したまま、車体は廃墟の隙間を縫っていく。
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例の物件『ボナ・ブレール』をあと十数メートルに控え、月極駐車場だったと思われる少し開けた場所に3つの人影があった。ナンナ・オンスロート(
gb5838)、芹佳(
gc0928)、リア・フローレンス(
gb4312)の3人である。彼らはバイクで先行していたようだ。
「『ボナ・ブレール』ここですね」
車を降りた4人と合流して7人となった傭兵たちは、かねてよりの作戦通り三手に分かれた。
キング、ジャック、芹佳の3人は帰りの足でもある車両とバイクの護衛。室内探索をウェストとリアが行い、ナンナとシィルはその護衛と屋内にいるキメラの迎撃に回る。目的は、小箱の回収である。
「私には大事な物が無いから理解できないけど、これが終わったら少しはその気持ちが理解できるのかな?」
芹佳はバイクのエンジンを温めながら呟いていた。
「あ〜、そうそう」
いざ出陣、という段になり、忘れ物をしたように振り返ったウェストが皆に声をかけた。
「キメラのサンプルを採取したいのだが、どうもそんな余裕はなさそうだからね〜。よかったらキメラの一部を切り取っておいてくれたまえ〜」
さらっとサブクエストをひとつ増やした後、ウェストら4人は件のマンションへと歩を進めた。
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半壊した非常階段をよじ登り、ときに駆け上がり。4人は依頼人の部屋がある4階へ到着した。ナンナとシィルの2人が非常扉を開けると、屋内は思いのほか原型を留めていた。さすがにここまではキメラの手も及ばなかったというところか。
目的の部屋・404号室は西側の奥にあり、パイドロスを装着したナンナと剣を構えたシィルの2人は勢いよく扉を開けた。
入口から窺い知れる室内にはちょうど夕日が差し込んでオレンジ色に染まり、散らばった窓ガラスの破片が陽光を反射している。2人が眩しさに目をひそめ、手をかざして慎重に中へ入ろうとした―――その時だった。
光の中に黒い物が蠢いている。
それが一体何なのかは逆光で判別できないが、ここにいる生き物が友好的である可能性はかなり低い。いや、そんな思考や推測を挟み込む余地もなく、能力者の勘ともいうべきものが二人の筋肉に指令を送った。
『敵だ』
ナンナの着たパイドロスからうっすらと青白い光が漏れ、バチバチと音を立てる。彼女の発した鋭い銃声が鳴り響いたのはそれとほぼ同時と言っても過言ではなかった。
弾はオレンジの光の中に吸い込まれて窓や床を叩き、けたたましい騒音を響かせる。銃声と破裂音が一瞬のうちに部屋を支配したその最中、ナンナの耳元で囁く声がした。
「かがんでください」
淡雪のような白い光の中に紅色の瞳が炎のように輝いていた。覚醒したシィルが小太刀を素早く振り切ると切っ先から衝撃波が飛び、しゃがんだナンナの頭をかすめて銃弾の後を追う。爆発音が響き、室内には―――粉塵が舞っていた。
戦果を確認しようと部屋に入った二人の視線の先、部屋の奥のベランダからカラスのようなキメラが一羽上空へと飛び去った。確認できたのは、なぜかそのキメラの頭部だけが真っ白な細かい羽根に覆われていたことだけ。
二人は小さくなる白頭のカラスを眺めながらいささか悔しそうな表情を浮かべたが、本来の目的は敵の殲滅ではなく室内の安全確保。目的は達成できたと言っていいだろう。
「お〜い、大丈夫かね〜」
少し間をおいて、白衣の襟で口元をおさえながらウェストが部屋に入ってきた。
「あーあー、また派手にやりましたねー!」
続いて入ってきたリアは、ほんのさっきまで最前線だったワンルームを見回している。
「こちらは異常ありません。シィルさん、そちらは?」
ナンナが浴室から出てきて問いかけると、
「異常‥‥ありません」
落ちていた本をぱらぱらめくりながらシィルが答えた。
「よ〜し、では探索といこうかね〜」
皆が振り返ってみれば、覚醒したウェストの眼は爛々と輝いていた。
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ウェストとリアが探索を始めた部屋を、下から見つめる者が3人。車両護衛中のキング、ジャック、芹佳である。銃声と爆発音が聞こえたと思ったらコンクリートやガラスの破片が降ってきたのだ。恐怖こそ感じずとも気にかかるのは当然といったところだろう。
今の静けさから察するにどうやら4人は無事のようだ。とりあえずはひと安心と胸をなでおろすジャックだったが、その心中に引っかかるものがあった。
―――銃声で敵を呼ぶかもしれないから、警戒をお願いします―――
別れ際にナンナが言っていた言葉。
そう、閑静な住宅街に轟いた爆発音は、言うなれば試合開始のゴング、出走合図のファンファーレ。
案の定、曲がり角の向こうに感じた気配はすぐに獣の形となって現れた。一頭の犬型キメラがだらしなく開いた口元から涎を撒き散らし、結構なスピードで駆け寄ってきている。
芹佳の蛍火が淡い光を放ち、愚かにも単体で向かってきた敵を待ち受ける。敵の動きは素早く、あっという間にすぐそこへ迫っていた。すると後方から轟音が響き、敵の影を追うように銃弾がめり込む。生まれた一瞬の隙。芹佳がその機を逃さず斬撃を叩き込むと、敵は吹き飛び、民家の壁でこと切れた。芹佳が息を深く吐いて後ろを振り返れば、ジャックが片腕を挙げて親指を立てていた。
瓦礫の散乱した住宅地は隠れ場所の宝庫。車両を挟んで芹佳の反対側にいたキングも強弾撃によって一頭のキメラを仕留めたところだったが、彼から少し離れたところには全壊した古い民家があった。その影に犬型のキメラが一頭。機を見るやそこから飛び出て走り出した。
接近するキメラに気付いたキングの纏ったオーラが瞬間的に大きくなり、砂錐の爪で思い切り蹴り上げる。
「ただ撃ってるだけじゃねえんだよ」
キャウン、と悲鳴を上げて地面に叩きつけられたキメラが体勢を立て直している内に、キングはS−01を構えた。本日二度目の強弾撃を見舞い、手負いの犬はその場に倒れ込んだ。
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室内の捜索を続けること30分。
一向に『忘れ物』は出てこない。リアが隣の部屋まで探してみたものの、それらしき物は見つからなかった。おかしい。明らかにおかしい。
「どうなってるんですかこれー!指輪なんかどこにもないですよ!」
しびれを切らしたリアは口数が多くなってきている。
「う〜ん、どうしたもんだろうね〜」
依頼人の話によれば、回収物である小箱は部屋の棚に安置してあったそうなのだが、既に床に突っ伏していたその棚を起こしてみても、下には本やら写真立てやらひび割れた目覚まし時計があるだけだった。それでも探索を続けるうち、ガラスの破片が散らばっている部屋の隅にその小箱はあった。あったのだが、蓋が開いていて中身がなかったのである。
確かに、2年も前の話だ。誰かがこの部屋を物色していった可能性もなくはないのだが、しかしここは地上の4階。しかも辺りにはキメラが徘徊しているのだ。火事場泥棒からしたって手間もリスクも大きすぎるだろう。なら何故‥‥
ここには目的の物がないかもしれないという可能性をうなじの辺りにひしひしと感じていたが、諦めるにはまだ少し早かった。
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2人が頭を悩ませているその真上。屋内のキメラを手分けして掃討したナンナとシィルは、屋上でそれぞれ周囲の警戒を行っていた。上空からの奇襲に備えるシィルと、眼下を見据えるナンナ。
下を見れば丁度、ジャックの放ったブリットストームが3体の犬型キメラにトドメを刺しているところだった。地上に控えた3人の活躍もあり、近辺のキメラは粗方片付いているようだ。確認したナンナは少し気を緩め、シィルに声をかけようと振り返った、瞬間。
パイドロスから再び青白い電光が漏れる。
「シィルさん!」
声に素早く反応したシィルが身を翻し、間一髪、護剣グリムワルドで敵の攻撃を防ぐ。何者かと目をやると、そこには真っ白な羽根がひらひらと。
「あれは‥‥さっきの!」
依頼人の部屋で惜しくも取り逃がした銀髪のカラスだった。
シィルに弾かれたそのキメラが中空で羽ばたきながら体勢を立て直している所へ、ナンナの放った銃弾が再び襲いかかった。銃声と、細胞の壊れる鈍い音がして、被弾したキメラの翼が虚空を掻く。そこへシィルが小太刀で斬りかかり、キメラは屋上から突き飛ばされた。
ゆっくりと宙を舞う銀髪のカラス。
右の翼はもう無い。
仮にあっても羽ばたけるほどの力が無い。
重力のなすがままに地面へと加速していくキメラの眼に、マンションの中で探索を続けるリアの姿が、3階のベランダに投げ出されたままのスペアタイヤが、2階の物干し竿が。
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何かが芹佳の前髪をかすめて地面に炸裂したのは、その次の瞬間だった。
一瞬何が起こったのかわからず硬直した彼女が、おそるおそる顎を引いて目をやると、そこにはぼろぼろの鳥が落ちていた。屈みこんでつついてみたが反応は無い。このぼろきれみたいな鳥は、まあ、キメラなのだろう。多分。
「すみませーん、当たりませんでしたかー?」
上から声がした。見るとナンナが顔を出して手を振っていたので、芹佳は手を振り返し、再び白頭のキメラをしげしげと眺める。
その時ふと、彼女はウェストから頂戴したサブクエストの事を思い出した。この鳥は、ちょっと珍しいやつなんじゃないか。少なくとも今日倒した犬っころとは比べ物にならないほどのサンプル感を漂わせている。しかし、サンプルというのはそもそもどういう状態であるべきなのか、彼女には見当もつかなかった。
「大丈夫か?」
ジャックが緑色の物体を3つ4つ抱えて駆け寄ってきた。
「あ、それ。例のサンプル?」
「まあ、そんなとこだ。珍しいタイプはいなかったかな。でもホラ見てくれよ。まさか肉球が緑色だったなんてな」
ジャックは少し嬉しそうにそう言った。どうやら切り取るのが定石らしい。
「あのさ、こいつ‥‥なんだけど」
芹佳は屈んだまま、上空から降ってきたキメラらしきものを指差した。
「とりあえず首を切断しちゃう?それとも全身持って帰る?」
「うーん、そうだな‥‥見たとこ体はぼろぼろだし、頭がなんか白いしな。それに、首だけのほうが持ち運びにも便利だろ?」
手に持った肉球を得意げに見せながら助言するジャック。
「じゃあ‥‥」
意を決した芹佳は蛍火を構え、白い頭部を断ち切ったのだった。
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車窓から見える景色は次第に穏やかなものになってきた。
車内が揺れているのは瓦礫のせいではない。車が郊外の舗装されていない道を走っているからだ。視界は広く、周りには田園風景が広がっている。キングはダッシュボードの猫を視界の隅に置きながらハンドルを握っていた。
「いや〜、大漁大漁〜」
後部座席ではホクホク顔のウェストがサンプル袋を覗き込んでいる。シィルは窓の外をぼんやりと眺め、助手席に座ったジャックは指輪を拭いていた。
「ラッキーだったよな」
「そうですね、あのまま放っておいたら一生見つからなかったかもしれませんし」
ジャックの手に握られている指輪は今回の回収物だ。小さなダイヤをあしらった、おそらくは婚約指輪なのだろう。
「しかし、カラスが光る物を集めるというのは本当だったんだな」
芹佳が切り取ったカラスに似たキメラの喉に引っかかっていたその指輪は、ちょっと触りたくない感じではあったにせよ、目的の回収物に相違なかった。なんとか取り出してその指輪を拭いてみると、リングの内側に『TAKAYUKI』と彫ってあったのだ。そして、その文字の横に―――
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UPCに戻り、依頼人・衣川隆之に指輪を渡す芹佳。彼女には少し気になっていることがあった。
「あの、この『HARUMI』というのは‥‥?」
指輪に彫ってあったもう一つの名前。婚約者の名は確か『弓枝』と言った筈だ。依頼前に会ったときヘラヘラしていた男の顔は、今日はどこかもの哀しく見えた。
「春海は、ね。2年前にバグアが来たときに、爆発事故に巻き込まれて死んじゃったんです」
今回の回収物は、依頼人が当時交際していた春海という女性に贈る予定でいた婚約指輪だったらしい。
「なんだかね、今もこれがあの部屋にあると思うと、ほら、まだ春海があそこにいるみたいな感じがして‥‥わかりますかね?この感じ」
衣川は、近々結婚する相手のために過去を清算したかった。しかし既に訪れていた唐突すぎる別れは、一生終わらない、届きようのない想いを彼に残していた。1年経ち、2年経っても、時間が死者への執着を解消してくれることはなく。だから彼は『忘れない』という解決方法を選んだのだろうか。
芹佳はUPCを出ると、階段に腰掛けてハーモニカを吹いてみた。
桜が満開で、空が青い。突然に吹く春の風が彼女の髪を一瞬で通り抜けて、桃色の花弁を散らした。