タイトル:終われよ夏マスター:手納 具合

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/01 07:45

●オープニング本文


 この8月、四国山中のとある集落で住民同士の諍いが立て続けに起こった。
 普段は温厚な住民たちの間ではこれまで事件らしき事件など起こった試しもなかったのだが、今年は例外中の例外だった。昨年1年間の事件発生件数は5件、対して今年の8月に警察沙汰になった事件は24件に上る。
 捜査・仲裁に当たった巡査の話では、ほとんどのケースが非常に些細な原因に端を発するもので、平常時なら何の問題にもならないイザコザが、先月に限っては民事訴訟や傷害事件にまで発展したという。特別なことは何1つ起こっていないのに、その村に住む全ての人間が極度にイライラしていた。ギスギスしていた。

「で、その原因がこれ?」
 カンパネラ学園1階のキメラ生態研究室。
 博士の目の前には虫かごが置かれている。事件の原因として槍玉に上がったのは―
「セミだろこれ、セミだよな?」
「セミです」
「何でウチがセミを調べにゃならんの?馬鹿にしてんの?」
「してません。キメラです」
「キメラ?これが?」
「そうです」
「いや、どうみてもセミじゃないかこれ」
「博士」
「そりゃセミの鳴き声にはイライラするけども、何でもかんでもキメラってのは」
「博士」
「大体セミは夏の風物詩なんだからさ、もっと寛大に」
「博士」
「気持ちにゆとりを‥うん?」
「ちょっと黙ってて頂けますか」
 助手の眼鏡の奥にある切れ長の瞳には、ほのかな殺意が宿っていた。提示された選択肢は2つ。黙るor Die。
「通常セミは羽化すると1週間程しか生きられません。こんなことは博士でもご存じですよね?ですがこの検体は既に3週間生き続けています。異常です」
 博士は無言で頷く。
「そこで事前に調べてみた所、このセミの鳴き声が人間にとって非常に不快な周波数域に集中している事が判りました」
「で、それが住民のイライラを高めた、と」
「狙いとしては苛立ちを生んで指揮系統の混乱を図る‥‥一種のジャミング兵器と言えるでしょうね」
 
 データ収集の為、研究室奥の温室には発生地の状況が再現された。
 20坪×高さ10mの温室には十数本のスギが移植されて小さな林と化し、史上稀にみるほど不愉快な6匹のセミはそこに放たれた。

 分析開始から1週間が経過した研究室。9月に入っても暑さは和らぐ気配すら見せない。隣の温室からはセミの鳴き声が漏れ聞こえている。
 地中での生育期間を必要としない彼らはいつの間にか繁殖、予定外の信じ難い速度で成長し、その数は今や50匹を超えている。合唱団と化したその最低な歌声は当初の防音設備では到底防げなかった。
 研究室には今、夏の悪いところだけが凝縮されている。そこでは「苛」という文字が可視化し、ギスギスは極限に達していた。
「博士、麺の食べ方が生理的に無理です」
「博士の言動が共同作業者に与える悪影響を明示したグラフが‥‥」
「なぜ生まれてきたんですか博士」
 聡明な助手は、対人関係における『オブラート』という概念を夏のどこかに忘れてきてしまったようだ。言葉のバーサーカーと化した彼女の口からは堰を切ったように罵詈雑言が溢れ出し、博士の胃液は常につゆだくだった。
 彼女の異変は言うまでもなく、セミの鳴き声に因る。
 図らずも、2名の研究者による分析作業は人体実験となっていたのだ。

 分析は半ば。セミについてわかったことは、紛れもなくキメラである事と、物理的な攻撃をしてこない事、攻撃を受けると体液を排出するセミの習性がそのまま残っている事、そしてジャミングとしての性能の高さのみ。
 だが、博士の精神状態はもはや20年物の雑巾に等しかった。作業を続ける体力はこれっぽっちも残っていない。彼は今朝、分析の中止を決断し、UPC本部へ依頼を出した。
 長すぎる彼の夏に、終止符を打つために。

●参加者一覧

新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
フィオナ・フレーバー(gb0176
21歳・♀・ER
ジリオン・L・C(gc1321
24歳・♂・CA
ジョシュア・キルストン(gc4215
24歳・♂・PN
ゲンブ(gc4315
18歳・♂・CA
龍乃 陽一(gc4336
22歳・♂・AA
イスネグ・サエレ(gc4810
20歳・♂・ER
プルナグルン(gc4915
35歳・♂・SN

●リプレイ本文


 数日前に降った強い雨が、次の季節へと空気を変えたようだ。
 カンパネラ学園1Fの廊下にも心地よい秋風が吹き込んでいる。
 歩くのは8人の傭兵。向かう先はキメラ生態研究室。その奥にぽつんと、未だ夏が終わっていない空間がある。
「夏が終わるのが寂しい‥‥そう思っていた時期が僕にもありました‥‥」
 学校にはやはり感慨が沸くのだろうか。龍乃陽一(gc4336)は美しすぎる顔面に遠い目を浮かべ、思いを巡らせている。
 彼の言葉尻に反応したのはイスネグ・サエレ(gc4810)。
「でも季節外れの蝉とは風情が無いなぁ。まぁバグアにもののあはれとかは分からないやね」
 今回のターゲットは夏の象徴、セミだ。恐ろしく不快に鳴くという最低のセミが何十匹と立て籠もっている季節感ゼロの温室へ、彼らは向かっている。
 後ろを歩くジョシュア・キルストン(gc4215)は、ストレスの坩堝へ歩を進めている己を悔いていた。
(なんで僕はこの依頼を受けたのだろうか‥‥)
 メンバーを見れば、美しすぎる女装の青年、チャイナドレス一貫のネパール人、頭から羽根が生えている人もいる。
(今回濃い〜なぁ‥‥)
 温室は真夏日並の高温と聞いていたが、彼は一足早く違う種類の汗を拭うのだった。


「とーぅ!」
 頭から羽根が生えている人が着地した。
「俺様は! ジリオン! ラヴ! クラフトゥ! 未来の勇者様だ!」
 失礼、訂正させて頂こう。
 頭から羽根が生えている未来の勇者、ジリオン・L・C(gc1321)は、たぶん彼にしか見えないカメラに向けて自己紹介を続行中である。
「日夜、世界中の奥様方から極上の傭兵として絶賛される俺様だが、今回の相手は‥‥! ってセミかーーーい!」
 セミか、という話題は一回終わっているのだが、それはそれとして。
 一行は目下の敵が詰まった横長の温室を眼前に迎えた。
 辺りには誰もいない。セミの鳴き声は、ジリオンが『セミかーーーい!』と言うだいぶ前から実は聞こえてきていた。
 
 研究室内。サングラスの隙間から分析報告書を読み下し、ベテランの新条拓那(ga1294)が呟いた。
「精神攻撃までしてくるとは、キメラ侮り難し、だね」
 とん、と書類を揃えてイスネグに手渡す。
「強そうなキメラではないように見えるし、まぁ油断せずに頑張りますか〜」
「ボクの初戦、勝利で飾るネ!」
 華麗なチャイナドレスに身を包んだ35歳のネパール人、プルナグルン(gc4915)はライフルを構えて意気揚々だ。
「とりあえず熱中症には注意しましょう♪ 休憩を入れて作業すれば大丈夫ですよね‥‥絶対に♪」
 龍乃の興味は早くも秋の味覚に移り、端々には早々に片づけたい感を滲ませている。‥‥良からぬフラグが立ったような気もするが。
 一方、温室の前には中を見つめる少年―もとい青年―が一人。こちらも今回が初任務となるゲンブ(gc4315)だ。
「孤児院にいた時は毎年セミ取りして遊んだなぁ‥‥できれば捕まえたいですね」
 傍らのフィオナ・フレーバー(gb0176)がクーラーバッグを下ろして背を伸ばすと、彼よりも頭ひとつ上に来る。その身長差15センチ。
(撫でたいっ‥‥!)
 フィオナは鳩尾の辺りから沸く衝動的母性を抑えるので精一杯であった。
 

 温室前に集まった8人。まずは全員で突入してみることになった。
 先頭を切った新条は、温室の扉を開けた瞬間、いかに音が軽減されていたかを実感する。
 もわっと腕から顔に伝わってくる暑気。覆い被さるようなセミのフルオーケストラ。
 紛れもない夏が容赦なく襲いかかる。
「これはちょっと‥‥空気読んで欲しいね」
 新条はそう呟くとイヤホンを耳に嵌め、奥へと素早く身を投じた。
 続けて突入して行ったのはプルナグルン。ライフルを構え、壁を背にして横へ進んで行く。
 さらにイスネグが暑さと音に若干眉をゆがませつつ奥へ向かった。
「秋の味覚のためにも夏には早めにご退場願いましょう♪」
 何だかわくわくしている様子の龍乃は、ジョシュアと共にその後に続く。
「私もここに入らないとダメ‥‥なの?」
 入口ではフィオナが躊躇していたが、ゲンブに連れられて鍋の蓋を構えたままおずおずと中に入ってきた。
 そして最後に満を持して参戦したのが、われらが勇者ジリオンである。
「なぁに、セミの如き。未来の勇者であるところの俺様にかかれば、スライムばりにたやすk‥‥って五月蝿いな!」
 そう、温室内は想像を絶するうるささだった。セミは更に増えて今は80匹。8人はこまめな休憩を心に誓いつつ、それぞれに掃討を開始したのだった。


「ま〜早く片付けちゃいますか〜」
 耳をつんざく騒音の最中、イスネグが練成強化を使用した。傍にいた新条の超機械γが淡く光を帯びていく。イヤホンを付けた新条はその光を確認すると、イスネグに向けて手を挙げた。
 イヤホンの波音を台無しにする不快な鳴き声。その声がする奥の木に向けて超機械を発動させると、周りに3、4匹のセミが落ちてきた。1匹を拾ってみるが、完全に停止している。どうやら個体のスペックは大したこともないようだ。
 
 場数を踏んだ新条とは対照的に、ゲンブは初陣のためか少し緊張気味だった。
 セミは近くに目視できない。木の中かそれとも地面か、壁か天井か。小銃を構えて狙いを定めるが、対象がなくては始まらない。さてどうするか、と考えを巡らせていると、突然後方で羽音が鳴った。
(ビクッ!)
 後ろで縮こまっていたフィオナが跳ね上がり、その弾みでゲンブの銃が轟く。
 銃弾は1本の杉の木を掠めて壁に着弾した。
 鳴き声が一瞬小さくなり、嫌な予感がフィオナを襲う。木が一回り大きくなったように見える。ゲンブは胸騒ぎを覚え、ジョシュアの顔が引きつる。木の輪郭が徐々にほぐれる。龍乃の口が開き、そして、ジリオンの頭には羽が生えている。

 ビンゴだった。
 放たれた50のセミは幾つかの黒い塊になり、先程より強い警戒音のような声をあげながら四方に散らばり始めた。
「ぶっちゃけキモいんですけどぉおおお!?」
 ジョシュアは皆の本音を大きな声で代弁しながら、黒い塊にターミネーターを乱射し始めた。20発の銃弾がランダムにセミを撃墜していく。
 と、少し離れた龍乃の元へ10匹ほどのセミの群れが急速に迫る。
 ぴょこん。
 龍乃の頭に三角形の耳が、尻から尻尾が生えた‥ような気がした。
 覚醒とともに反則的な可愛さを発現した龍乃(♂)が、舞うようにセミの突進をすり抜ける。瞬間、真っ赤な刃が煌めき、立ち止った龍乃の足元に切っ先から3匹のセミがゆらりと振り落とされた。
 
「大丈夫ですか!? セミは私に任せてください!」
 ゲンブは目の前を飛び回るセミを銃身で振り払いながら、後ろのフィオナを庇っていた。
 隙を見つけては幹にとまったセミを撃ち落としていく。幸い乱戦ならば経験も戦略も関係ない。ただ殲滅するのみだ。セミの嵐の中、後ろをかばいながら懸命に戦うゲンブの背中はさぞ頼もしく映っただろう。
 当のフィオナは――後手で温室の扉をしっかりと閉じていた。
 外から。
「作戦よ。作戦。うん」


 戦略的撤退の後、フィオナは休憩所で皆に飲み物を手渡しながら、セミが逃げないように見張っていたそうだ。持参したクーラーボックスにはドリンク類が詰まっている。
「ふぅー‥‥意外と疲れるものだね」
 イスネグはのほほんとした様子で皆に声をかけるが、額には汗が滲む。室内は35℃の灼熱。体力の消耗も平常時とは比較にならない。
 少しして、プルナグルンがよろよろと温室から出てきた。
「暑いヨ〜‥‥」
 フィオナが緑茶を手渡すと、彼は思い出したようにニカッと笑って自分の荷物の方へ走り出した。
「今日は皆にネパール料理を振舞うヨ!」
 振り返って皆に告げると、彼は一式抱えて研究室の中に入って行った。

 中のメンバーも暑さが堪えてくる頃。フィオナは情報伝達を使ってゲンブにメッセージを送る。『休憩』『時間』『戻って』。
 程なく、ゲンブ、龍乃、ジョシュアの3人が中から出てきた。
 第1ラウンドでセミは60匹に減っていたが、涼しい風にそぐわない鳴き声はまだ止む気配すら見せていない。
「フィオナさん」
 ゲンブはドリンクを片手に、フィオナの前に仁王立ちしている。
「初任務の私だけを働かせるつもりですか? 先輩!」
「えへへ‥‥」
「えへへじゃないです! 行きますよ!」
「え〜!」
「そうですよ、ほら立った立った」
 ジョシュアもフィオナの手を引き、3人は温室へ。新条とイスネグも腰を上げて中へ向かう。第2ラウンドの開始を、プルナグルンの叩く鍋が告げた。


 中ではジリオンが孤軍奮闘していた。
「ヲ、ヲノレェ‥‥魔王の、手先めェ‥‥ひ、卑怯な‥‥ァ‥‥!」
 炎剣を大きく振り回しているが、狙いが定まっていない。どうも入ってはいけないスイッチがONになっているようだ。
「これはちょっと、まずいなぁ〜」
「そう‥‥みたいだな」
 イスネグと新条は同時に超機械を発動。ジリオンの周りを飛んでいたセミを撃墜した。勇者がその場に座り込むと、地面には相当数の残骸が転がっている。
 素早く駆け寄った2人が肩を借し、僕らのヒーローは外へ運び出されるのだった。頑張れジリオン、負けるなジリオン!
 
 ゲンブはフィオナを気にかけつつ、少し距離を取ってセミの銃撃を試みていた。
 フィオナは巨大ハエたたきで近寄るセミを振り払うものの、効果はない。
 と、死角からまた一匹のセミの羽音。
 彼女が驚いて飛んだ先にはジョシュアが立っていた。ささっ、と彼の影に回るフィオナ。周りから3匹のセミが集まってきている。
「貴女が戦えばいいでしょう貴女が!」
 ジョシュアにも若干疲れが見え始めている。彼はフィオナとセミを引き連れたままゲンブの方へ走り寄った。
「ゲンブ君危ないッ!」
「ちょっ、立場が逆じゃありませんか!?」
 そう言いつつも、小銃で何とかセミを撃ち落としていくゲンブ。
「その調子です! どんどんやっちゃってください!」
 頼りになる後輩の肩を叩き、ジョシュアは後方へ退いていく。

 その背中が、誰かの背に当たった。
「ん?」
 視線の先には尻尾。
 そこは元女形役者・龍乃の舞台上だ。
 舞うように次々とセミを払う龍乃。その顔には笑みが浮かんでいたが、何だろう、目が怖い。
「あ‥‥ジョシュ‥‥ふふ‥‥ジョシュ〜♪」
「あれ? 陽一君? なんか目が」
「ふふふ〜♪ ジョシュは顔は綺麗なんですけどね〜、顔は♪」
「へ?」
 詠うように紡がれる八つ当たりと、40は残っているセミの歌声が絶望的な調和を果たしたその瞬間、2人目の犠牲者が生まれた。
「うう‥‥」
 ジョシュアはわなわな震えながら弾を込めている。
「どうして‥‥」
 震える指先。こぼれる銃弾。
「どうして僕は‥‥」
 装填が完了し、彼の瞳は充血と覚醒でくすんだ紅に染まった。
「どうして僕はモテないんだあぁっ! うわぁあああっ!」
 ターミネーターの轟音とともに、彼の苦悩は大々的に発表された。
 銃身の先で散っていくセミをバックに、耳と尻尾の生えた美しい青年が威圧感のある微笑みを浮かべて舞い続ける。
 新条は休憩に出る直前にその光景を見ながら思ったのだった。
「これはこれで風流だな」
 と。
 

 外ではプルナグルンのネパール式蒸餃子が振舞われ、和気藹々とした雰囲気。
「あ、これ美味しいですよ」
「うん、旨い旨い」
「へぇ〜、モモって言うんですか」
「口に合って良かったデ〜ス」
 平和だ。実に平和だ。
 そこへ、妙にスッキリした感じの龍乃と、お星様になったジョシュアがゲンブに背負われて戻ってきた。フィオナが頃合いを見て休憩を告げたのだ。
「えー!? なんですかこれは!? 水餃子!?」
 龍乃は初めて見るモモに興奮を隠せない様子。
「食べていいんですか!?」
「もちろんヨ〜、たくさん作ってあるからネ」
 2人は食への貪欲さが一致したのか、モモの作り方やトンカツ論に花を咲かせ始めた。
 灰になったジョシュアにはフィオナがドリンクを手渡し、地面に安置した後でイスネグが練成治療を施した。しかし。
「もう2度と‥‥‥こんなの‥‥受け‥‥ません」
 真っ白な心が色を取り戻すには、もう少し時間がかかりそうだ。
 

 温室に残るセミはジョシュアの最後の輝きによってかなり減っていた。
 7人はいよいよ殲滅に乗り出す。
「ここでボクの狙撃の腕を見せるヨ!」
 料理が好評だったプルナグルンは気合十分。
 だが他の面々には疲れと苛立ちが見え始めている。適度に休憩を挟んではいたが、長時間戦ったメンバーの蓄積はやはり大きい。
「もうひと頑張りかな〜」
 イスネグと新条は奥の方へ進んで行く。新条が何事かを呟いているが、うまく聞き取れなくて本当に良かった。
 フィオナは相変わらず鍋の蓋とハエ叩きで健気な応戦を試み、隣にいるゲンブは慣れた手つきで地道にセミを撃ち落としていく。
(!)
 フィオナの鳩尾でまたむくむくと母性が急成長した。
「よしよし〜、よくできました〜」
 頭を撫でられたゲンブはキッと振り返り、心から叫ぶ。
「子供扱いするなっ! 牛乳飲めばまだ伸びる!」
 しかし彼女の姿は既に無く、ゲンブは発育に関するやり場のない怒りをセミにぶつけるしかなかった。

 プルナグルンが樹上にとまった1匹を撃ち落とし、いよいよ残るはあと3匹。
 そこへ登場したのは我らが勇者、ジリオンだ。頭に何が生えているかはもはや言うまでもないだろう。
 木の裏にかたまっていた最後の3匹へ向けて超機械を発動すると鳴き声はぴたりとおさまり、ぽそぽそっと残骸が地面に落ちる音が鳴った。
 長すぎる夏に終わりを告げる音が。

「真の勇者とは! 何時いかなるときも飛び道具を忘れn」
「いや〜終わった終わった」
 皆は一刻も早くこの暑さから逃れるべく、足早に出口へと向かって行った。
 頑張れ、負けるな、僕らのジリオン‥‥


「はぁ‥‥」
 外に出たゲンブは、長時間セミの鳴き声に晒されたとはいえ、苛立ちを抑えられなかった事を後悔していた。彼に非はないように思うが、生真面目な性格がその顔を下に向ける。
「はいっ」
 視線を上げた先には瓶牛乳。手の向こうには笑っているフィオナがいた。
 受け取って蓋をあけたところで、ゲンブはハッと気づく。
「これは暗に私の背が低いということを‥‥」
 フィオナは既に逃げていた。
 ゲンブは腰に手を当てて牛乳を一気に飲み干す。そう、未来の自分のために。

「数が多いと意外に疲れるなぁ‥‥」
 イスネグはセミのいなくなった温室を見渡す。冷たい風が汗に心地良い。
 秋の日はつるべ落としとは良く言ったものだ。時刻はまだ6時だったが、空はもう暗くなり始めていた。
「帰ってスポーツドリンク飲んで寝よう‥‥」
 どこか遠くの方で鈴虫が鳴いている。