●リプレイ本文
●見上げる場所
見慣れた空の色は地平線のあたりにしか存在しない。
紺色の空。
思わず、見上げる。
真上の――ソラは、さらに暗い色に沈んでいた。
再びその高み挑む人類を受け止めるようにも、拒絶するようにも、見えた。
――ソラが近い。
愛機のコックピットに収まる時枝・悠(
ga8810)の第一印象は、それだった。
同時に、いくばくかの物足りなさも感じる。
悠は宇宙用KVのテストパイロットとして、その高度を――ソラを飛んだ。
空気が重いこと、重力が存在することを強く意識するのは、そのせいかもしれない。
「何とかと煙は高い所が、なんて。‥‥戯言か」
自虐的な笑み。
だが、それでも、悠の視線はソラを向いている。
高高度掃討部隊と名付けられた、UPC軍と傭兵の混成部隊が、紺色の空を駆ける。
『接敵まで2分。敵戦力データ、各機に転送します』
UPC軍の電子戦機から傭兵のKVに敵の位置と数をまとめたデータが転送された。
ブリュンヒルデの飛行ルートを含んだ空域で、平面状に展開する戦力の陣容が明らかになる――
「有人型のタロスが5機もいるのは相応に本気と見るべきか」
白鐘剣一郎(
ga0184)がコンソールに表示された情報を眺めながら呟く。
その思考は、自機を含んだこの掃討部隊に対する敵のリアクションに飛躍する。
‥‥敵の陣容はブリュンヒルデの飛行ルートに対し網を張っているものだ。
こちらの動きに、対応しない、ということはないはず。
仮にこちらが囮だとしても――そういう判断を下したとしても、敵は――網を破られればそこを補強せざるを得ない。
つまり――
暴れれば暴れただけ、状況はこちらに有利に傾く、ということだ。
「露払い、しかと引き受けよう」
剣一郎は唸るようにそう言い、操縦桿を軽く握り直した。
「こちらの戦力としては、4機がタロスの対応、4機がキメラの対応にあたります」
『‥‥行動方針は理解した』
編隊を離れたUPC軍KV隊長機は、アルヴァイム(
ga5051)機の脇を飛んでいる。互いの行動を確認するためだ。
すりあわせの結論は、UPC軍との連携は特に無しというものだった。
裏を返せば、作戦が必要となるような戦いではない、ということ。
遮蔽物もなければ、敵の陣容も平坦である。数をもって数にぶつかる戦闘になる、と予測するのは容易だった。
『有人機と思わしきカスタムタロス、及び、宇宙用キメラの掃討を基本的には任せよう。我々は特に通常タロスと中型HWの対応にあたる』
「当機は電子戦機ですので、ウーフーとの情報共有をお願いしたいと思います」
イビルアイズのコックピットに収まる乾 幸香(
ga8460)だった。
『了解した。そちらの機体にウーフーからコンタクトを取らせる』
‥‥他には?
傭兵たちは無言で応える。
『百戦錬磨の傭兵たちと飛べて光栄だ。――健闘を祈る』
機体をひねり、スレイヤーが離れていく。
隊長機がUPC軍の編隊のトップに戻った頃だった。
性能に差がある傭兵たちの機体のレーダーが、次々に敵影を捉えていく。
「約15分間で90体の敵戦力を可能な限り掃討せよ、ですか」
飯島 修司(
ga7951)はコンソールに表示されたブリュンヒルデの飛行ルートを確認し、
「‥‥目標は殲滅と、高くいきますか」
そう言って軽く口元を歪ませる。
90体の敵。
それぞれがKVと渡り合えるかそれ以上の能力を有する。数の上では圧倒的な不利。
だが。
「あ、そっか」
エリアノーラ・カーゾン(
ga9802)が、敵戦力のデータが送られてからずっと考えていて、ようやく答えにたどり着いたのは、『どうしてその数が多いと感じないのか』という疑問だった。
「北九州とかシャンプレーンとか、もっと居たものね。うん」
はるかに多くの敵を相手に立ち回った地獄のような戦いを、幾度もくぐり抜けてきた。
比べれば、敵の意識がそもそもこちらに向いていないこの戦いは、理屈で数の不利を理解しても、実感が伴うことはない。
先制攻撃は敵側から放たれた。
長距離攻撃が可能なタロス、HWが、砲門を侵入者に向ける。
プロトン砲の雨の中。
光条を巧みにすり抜けつつ、傭兵たちの機体は敵部隊に突き進んでいった。
●掃討フェイズ
傭兵たちの機体は多少のダメージを負いつつも、敵の存在空域に突入することに成功する。
ブリュンヒルデが上がってくるまでの時間――掃討フェイズと名付けられたそのタイミングでの行動指針は既に定まっていた。
ブリュンヒルデの飛行ルートを中心に、周辺エリアの敵を掃討すること。
各機が手当たり次第に敵にあたるのではなく、対応する相手を決め、機能的に殲滅を行うこと。
ロッテを構成すること。
奏歌 アルブレヒト(
gb9003)とエイラ・リトヴァク(
gb9458)のロッテは、対キメラを担当していた。
「‥‥タロスにHW‥‥そしてあれが‥‥噂の宇宙型キメラですか。‥‥掃討がてら‥‥情報収集させて貰います」
奏歌がキメラにレーザーガン『フィロソフィー』を撃ちかけながら、そう言った。
地上で見かけるキメラは、地球の生物をつなぎ合わせたような姿をしていた。それは、生物兵器であるキメラを最大限効率よく生産するため、バグアが地球の生物を活用したためだ。
だが、宇宙型キメラは、違う。
その姿は、地球の生物に当てはめて考えることが難しい。
ひょろりと伸びた体躯から無数の触手が伸び、触手の先端には赤い輝点が揺れている。
強いて地球の生物にあてはめるならば、深海魚。
奏歌は小さく笑う。
「‥‥中々に‥‥愛らしい顔を‥‥していますね」
――プレゼントです‥‥!
キメラが密集するポイントを捉えた奏歌機は『GP−7』ミサイルポッドを展開した。
放たれた150発の小型Gプラズマミサイルが、宇宙用キメラの集団を呑み込み――押しつぶす。
「あたしからも、プレゼントだっ!」
エイラ機の『試作型スラスターライフル』が火を吹き、ミサイルの嵐の中を生き延びたキメラを確実に潰していく。
一方、対タロスにあたるのは、剣一郎機と修司機のロッテ、アルヴァイム機と悠機のロッテだった。
UPC軍KV隊も戦域に突入し、乱戦が始まろうとしていた。
友軍との打ち合わせ通り、4機の最大の目標は、指揮官機と推測されるカスタムタロスの撃破である。
接近するキメラやHWなどは軽くいなし、戦闘空域を突き進む。
――結果的には、その必要はなかったと言えるかもしれない。
「カスタムタロス、確認」
発見したのは、悠だった。
肩に装飾を施したカスタムタロスが、傭兵たちが突入したポイントの近くに出現したのだ。
目的は、指揮・管制だろう。敵部隊の動きが明らかに変わる。
傭兵たちの読み通り、レーダーの情報によれば、カスタムタロスをタロス2機を僚機として従えている。さらに、中型HW、宇宙用キメラが前面――つまり、傭兵たちとの間――に展開されていく。
格段に密度を増したプロトン砲の光条。
前に出たのは、アルヴァイム機、悠機のロッテだった。
2機が同時にミサイルを撒き、敵戦力の出鼻を挫く。畳み掛けるように、アルヴァイム機は『十式高性能長距離バルカン』、悠機は高分子レーザー砲『ラバグルート』を集団に放ち、敵の数を減らしていく。
圧倒的な火力による、同時攻撃。
――だが、2機の目的はあくまで、剣一郎機と修司機のロッテのサポートであった。
宇宙用キメラ、中型HWのラインを突破した剣一郎機が、『CA−04S』チェーンガンで僚機のタロスにダメージを与える。
さらに、アルヴァイム機、悠機のロッテもラインを突破。悠機がばら撒いたミサイルに反応し、迎撃に回ろうとしたタロスをアルヴァイム機の精密な狙撃が襲う。
4機の連携により、瞬く間に防御を奪われたカスタムタロス。
修司機の『ツングースカ』が、あえてカスタムタロスを外す弾道で放たれた。それは、敵の逃げ道を確実に塞ぐための援護射撃だ。
「部隊統括の要となる有人型、ここで確実に討たせて貰う!」
瞬く間に距離を詰めた剣一郎機が、すれ違いざま、『ソードウィング』の一撃を見舞う。
回避すら出来ずに脇のあたりを抉られたカスタムタロスは、さらに続いた修司機の『ソードウィング』に両断され、爆散した。
がくり、と、明らかに一部の敵の動きが鈍る。
それは、指揮管制にあたっていたカスタムタロスが1体撃墜されたためだ。
動きの鈍った中型HWとキメラに、UPC軍のKV隊が襲いかかる。
「ロックオンキャンセラー、起動します」
幸香機とエリアノーラ機のロッテは友軍と同じ敵にあたっていた。
幸香機から放たれた妨害電波が、動きの鈍った部隊の増援として集結した別の部隊の命中率を下げる。
前に出て、電子戦機である幸香機の護衛についたエリアノーラ機は、弾幕系の兵装である『PCB−01ガトリング砲』と『DC−77クロスマシンガン』を織りまぜて敵集団の動きを鈍らせる。その隙に、UPC軍のKVが攻撃を放ち、敵戦力を確実に減らしていく。
――掃討フェイズは、傭兵たちの想定した展開で進んだ。
●突破フェイズ
さらに2機のカスタムタロスを撃墜することに成功した高高度掃討部隊。
対タロスを担当する4機が、3機目のタロスを撃墜した――そのときだった。
『‥‥時間だ』
スレイヤーを駆るKV隊長が、告げる。
傭兵たちとUPC軍の動きは迅速だった。
指揮系統の乱れにより統制を失った敵戦力の脇を飛び抜けつつ、『ポイント』に全戦力を集結させる。
――残ったカスタムタロスが反応したときには、もうすでに遅かったのかもしれない。
瞬く間に、防衛網の一点に巨大な穴が穿たれる。
ようやく状況に気付いた敵がその穴を塞ごうと距離を詰めてきたときには、傭兵たちの機体のレーダーがブリュンヒルデの姿を捉えていた。
白い軌跡を残し、最大戦速でソラへ駆け上がる純白の戦乙女。
射撃体勢に入ろうとする敵機との最後の衝突が――始まろうとしていた。
友軍機は、当初の19機から9機にまでその数を減らしていた。
パイロットの力量不足、機体が無改造ということ。
この2つが最大の理由だが、傭兵たちと違い、『数をもって数にあたる』ことを基本戦術にしていたのだから、道理とも言えた。
残った有人カスタムタロスは2。
タロスはもともとが少なかった上に、傭兵たちの集中攻撃にさらされたため、ほとんど数は残っていない。宇宙型キメラは、そもそもが大気圏内での活動を念頭に置いた存在ではなかったこともあり、多くが撃破されていた。
そのため、実質的に敵戦力の大半を占めるのは中型HWだった。
何機もの中型HWがプロトン砲の発射態勢に入る。
射線は斜め下。
指揮官機から高いレベルで制御されたHWは、通常より兵装の命中率が格段に上がっている。
「させません‥‥!」
幸香機が『対バグアロックオンキャンセラー』を起動し、その射撃を妨害する。
ロックオンキャンセラーのサポート領域下にある傭兵たちの機体と友軍機が、防衛線に穿たれた穴の維持と敵戦力の漸減のために立ち回る。
「――乙女に銃を向ける、とは」
牽制の対空砲『エニセイ』を放ったのは、修司機だった。
大口径の砲撃が、命中したHWの姿勢を崩させ、その周囲に居たHWにもなかば強制的に回避行動を取らせる。
「余裕こいてんじゃねぇぞそこ」
HWの奥、高度を下げてブリュンヒルデの飛行ルートに接近しようとしていたタロスを、エイラが発見する。
回りこむようにして背後をとったエイラ機から『十六式螺旋弾頭ミサイル』が放たれ、黄の機体に襲いかかった。
ミサイル先端のドリル状部分が機体内部に潜り込み、一拍遅れて、炸裂。
動きの鈍ったタロスに試作型『スラスターライフル』を叩き込み、撃破する。
「しつこい‥‥!」
――掃討を経てもなお、数で勝るバグア軍が、包囲の輪を徐々に狭めてくる。
「時枝、後方にHW」
――防衛線に穿たれた穴を塞ごうとする確かな圧力。
「友軍機、さらに2機撃墜! 奏歌さん、エイラさん、9時方向のサポートに回ってください!」
――巨大な敵の掌が、傭兵たちを押し潰そうとして。
「逝っけぇぇぇぇーーーっ!!!」
巨大な白が、紺色を駆け抜けた。
推力の残響を残し、ブリュンヒルデが敵の防衛線を突き抜ける。
被弾は僅か。
敵と、こちらの行動は――ほぼ同時だった。
ダメージが大きく、ブーストを継続出来ない修司機、奏歌機以外の6機がブリュンヒルデに随伴する。
敵の追撃も続いた。
ブリュンヒルデは幸香機の情報をもとに回避行動をとる。致命的なダメージはない。
傭兵たちはありったけの誘導弾とフレアを後方に放ち、応戦する。
完全に敵を振り切ったと確信したときには、傭兵たちのKVは練力を使い果たしていた。
『エスコート、感謝します』
ブリュンヒルデ艦長の言葉を受け、傭兵たちは機首を返す。
ほとんど空気のない高度にまで達していた。
操縦桿の操作が全く意味を成さない。
自由落下。
傭兵たちは無重力の状態を感じながら、後方を――つまり、ソラを、見上げていた。
――星の輝きが散りばめられた漆黒。
白い軌跡を残し、ブリュンヒルデが駆け上がっていく。
その機首は、天に向けられた剣のように、ソラへ突きつけられていた。