●リプレイ本文
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「気ぃつけてくだせえ。安全『だった』道を選んではおりますが、今も安全とは限らんのです」
村人に案内されて、能力者たちは森の中を進んでいた。
温帯の森。木が茂っているとはいえ、木漏れ日も差し込み、鬱蒼とした印象は受けない。ただ、足元はところどころ薄暗かった。そして、今回の討伐対象になるキメラがそう言った場所を好むことは、全員が理解していた。
「爆発は遠慮したいですねぇ」
立花 零次(
gc6227)だった。着物のイメージが強い零次だが、衣類に触れただけでも爆発する可能性があるという話を聞き、今日は洋服を身につけている。
「まぁ、被害が出る前にわかってよかったですね」
春夏秋冬 立花(
gc3009)が零次に応えるように言った。視界にキノコ型の物体が入るたびにピクリとその肩が動く。当然の反応と言えるのかもしれない。
「たまにはこういう依頼もいいだろう、上手くいけば美味いキノコも手に入りそうだしな」
対照的にリラックスした口調の煌 闇虎(
gc6768)。ぴったりと後に続くルリ・テランセラ(
gc6587)に「ルリは初任務だし、一緒に行動するか?」と声をかける。ルリは小動物的な動きでこくりと頷いた。
「‥‥ん。退治したら。キノコ。食べ放題と。聞いて。飛んで来たよ」
ルリと同じく小柄な最上 憐(
gb0002)が言う。「はい、腹いっぱい食べていってくだせえ」と応えた村人からご愁傷さまとばかりに目を背けた能力者たちは憐の想像を絶する食事量を知っているのだ。ただ憐だけが「‥‥ん」と満足そうに頷く。
「着きました」
そう言って、村人が神妙な面持ちで足を止めた。その視線の先。森に抱かれ、巨木が朽ちている。キノコや木の新芽がその身からぽこぽこと飛び出していた。
案内役の村人が「よろしくお願いします」と言って村へ戻るのを、能力者たちは見送った。
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「ここが中心‥‥」
零次はそう言うと、回りこむようにして倒木を調査する。散開してキメラを殲滅するという打ち合わせはあったが、中心を調べるのは最良の初手に思われた。結局、零次に続く形で、全員が倒木とその周囲を調べることになった。
「あ」
発見したのは、旭(
ga6764)だった。
毒々しい見た目の巨大なキノコ。高さは30cm、饅頭のような傘の直径も高さと同じくらい。それが倒木と地面の間の辺りから、にゅ、と生えている。旭がそのキノコに注目したのは、温帯の森には場違いなように感じられたからだ。
適当な木の枝を拾い上げ、つついてみる。
キノコの表面に一瞬だが明らかな光沢の変化が起こった。そして、木の枝を押す旭の手には硬質な手触りが返ってくる。まるでキノコをつついたとは思えないような。
――フォースフィールド。
「キメラだ」
旭は携帯していた『小型超機械α』を取り出すと、それをキメラに向けた。
「エースアサルトの知覚力でも何とかなるかなぁ」
能力者たちが見守る中で、旭は超機械を起動した。強力な電磁波がキメラを包み‥‥バチッという音の後、赤く光を放ったキメラが『壊れた』。
「サンプルをいただこう〜」
白衣から頑丈そうなビンを取り出しながら、ドクター・ウェスト(
ga0241)が言う。他の能力者が爆発の危険を訴える間もなく、ドクターは崩れて黒くなったキメラの一部をビンに放り込んだ。爆発は、しなかった。
「スライム以外の増殖タイプは珍しいからね〜。ソウはいっても、コッチの胞子の出ないサンプルしか研究できないだろうけどね〜」
「‥‥ま、これでキメラの倒し方が分かったわけだ」
闇虎の言葉に能力者たちは頷きあい。散開するというプランに従って、それぞれの方向に散らばっていく。
――その瞬間。
「!?」
爆発音。と同時に、闇虎の体が宙を舞う。下生えに隠れていたキノコ型キメラをうっかり踏んでしまったのだ。
ルリが慌てた様子で闇虎に駆け寄る。ゆっくりとした動きで闇虎は身を起こした。
「‥‥ま、これで分かったわけだ」
何が、の部分を言わず、目をぎらりと輝かせた闇虎は唇を歪めて笑う。その顔は煤まみれだった。
「‥‥ん。服が。触れても。爆発するなら。全裸になれば。安全?」
「もっと危険!」
憐の呟きに瞬きの間で立花がツッコむ。正確には、服が触れたわけではなく踏んでしまったのだが。憐の言うとおり、服の裾は危険かもしれない。
能力者たちは先程よりもそっと散開した。
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「着物じゃないと違和感ありますねぇ」
呟きは、木立の合間に吸い込まれていく。森の味がする空気を吸い込んだ後、
「地道にいきますか」
零次は気合いを入れるようにそう言って、探索を開始した。
「えーと、村長のお話では5〜30cmで何種類か‥‥あれかな?」
地面に生えるキノコ型の『それ』を、抜刀していない『煙管刀』でつつく。ふにゃり。どうやら普通のキノコのようだ。その作業を繰り返すこと数回。こつり、と確かに普通のキノコと異なる感覚が掌に伝わった。
超機械『魂鎮』をキノコに向け、遊環を強く鳴らして電磁波を発生させる。周囲にダメージを与えないよう出力を調整することも忘れない。崩れたキノコを確認し、その隣に密集するキノコへ目を向ける。
「キメラではないようですが、はたして食べられるキノコなのか。‥‥まぁいいか」
事前に村で借りておいた籠にキノコを集め、零次は別の方向へ足を向けた。
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「おっ!?」
どかん、という音を認識したときには、旭は吹き飛ばされていた。
「いつつ‥‥」
大したダメージではない。が、気を抜くたびにこれでは精神的に厳しいものがある。
木の幹に生えていたキノコに防具が触れてしまったようだ。めりめりと音を上げてキノコが生えていた小さな老木が倒れていく。
気を付けないと。幾度となく繰り返した言葉を自分に言い聞かせ、探索を再開する。
朽ちた木にシイタケが生えていた。紛れ込んだシイタケ型のキメラを超機械でパチッと処理し、普通のシイタケを集める。
「‥‥まっつたっけ、しっいたっけ、えっのきっだけー」
遠くから少し音の外れた歌が聞こえてきたのはそのときだった。
「春夏秋冬さんだな」
パチッパチッとキメラを片付けながら、歌の発生源へ。
立花はトングでキノコを集めていた。二つの大きな籠にキノコを分けて入れている。
「お、結構入ってるね。何か美味しそうなの取れた?」
旭は二つの籠の内、中身の少ない方に手を伸ばす。
「あ」という立花の呟きは爆発音にかき消された。籠が吹き飛び、旭も吹き飛ばされる。そうか、あの二つの籠はキノコとキメラで分けられていて――
「‥‥爆発する方だったのか」
「ちょっ! 大丈夫ですか!」
爆発したキノコは一つか二つだけで、残りは爆発の衝撃で壊れたようだ。
「けほっ、けほっ。‥‥鎧に焦げ跡が付いたじゃないか」
――もぐもぐ。それは擬音だ。この場にはかなりそぐわない、擬音だ。立花はジト目で旭を見る。その視線の意味が全く分からないという表情をしながら、‥‥もぐもぐしながら、旭は言った。
「や、さっきとったシイタケが美味しそうに焼けたからつい」
「本当に大丈夫か!」
ツッコミ役に休みはない。
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憐は一人で行動していた。
「‥‥ん。油断すると。姿に。騙されて。うっかり。口に入れそうになる」
『死んじまいますよ?』と村長が言っていたことを思い出しながら、憐は携帯していたペイント弾を取り出し、密集するキノコに投げつけていく。
「‥‥ん。本物。本物‥‥偽物」
キメラは跳ね返り方からして違う。判別は簡単だ。
抱えているスイカ型超機械『スイカボム』でパチッ。黒く崩れたのを確認。散らばったペイント弾を回収し、次の密集地を探す。
「‥‥ん。何か。人の形に。見えそうな。キノコらしきモノ。発見」
それはキノコか、はたまたキメラか。憐は再びペイント弾を取り出した。
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「気をつけろよ? そこにもあるからな?」
斜面を下りながら、闇虎はあとに続くルリに声をかけた。ルリはビスクドールを抱えながら、ぴょん、とキノコ型キメラを飛び越える。
「退治しますね」
「おぅ」
ビスクドールを抱え直す。ルリの容姿とセットで壊滅的な愛らしさを演出するこのビスクドールは、ただのビスクドールではなかった。
「えいっ」
超機械『ビスクドール』。
キメラの周囲に電磁波が発生し、パチッという音をあげてキメラが壊れる。見た目は愛らしい人形だが、その性能は通常の超機械に少しも引けを取らない。
ルリは振り返る。
「闇虎さん、さっきのケガは大丈夫?」
「心配するなって。‥‥それより、気をつけろよ? あの爆発、結構キツイぞ」
闇虎は思い出したかのように頬の煤を道着で拭った。そして、にかっと笑う。煤がまだついたその笑顔にルリもほほえみ返し、二人は探索を再開した。
闇虎が考えたのは砂利をばら撒きながら進むという方法だった。と言っても普通に投げたくらいではさすがに反応しないので、投げつけるという感じだ。砂利に反応したフォースフィールドの輝きを発見できれば、ビンゴ。進行方向の広い範囲を安全に調べる方法だ。
エアーバットではさすがに効果がなかったが、木製のバットならばキメラを破壊出来る。そこと、あそこで光ったな。バットの先で小突いてフォースフィールドを確認した後、潰すようにバットを振ってキメラを処理していく。
「このキノコ変なの‥‥」
ルリの呟きに振り返ると、その小さな白い指が紫色の毒々しいキノコを突っつこうとしていた。
「普通に触って危ないキノコもあるんだぞ?」
――ゆっくりと、二人のキメラ駆除は続いた。
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ドクターは、森の中、緩やかな北向きの斜面を見下ろした。光が入り込まず、常に薄暗いであろうそこには、キノコが密集している。
「やってみよう〜、試してみよう〜!」
適当な木の枝を拾い上げ、キノコをつついてみる。ふにゃりとした手応えを返す本物のキノコが多いが、時折明らかに異質な手応えのキメラが交じる。厄介なのは、他のキノコと見分けがつかないことだ。
「体高は7cmほどか〜。ふむ、このサクラシメジというキノコに似ているね〜」
ドクターの手にはLHで借りてきたキノコ図鑑がある。さらに分析は続く。
「運動性はなく、能動的に攻撃するということもなさそうだね〜。通常の銃弾を受けて壊れることから、FFが脆弱なのか、そもそもダメージを受けることで崩壊するように作られているのだろう〜」
興味深いね〜。
ドクターはすぐにサクラシメジ型キメラを破壊することをせず、辺りを見渡した。小さな倒木があり、その中程には、鮮やかな黄色の傘を持つキノコが密集している。タモギタケだ。ドクターは再び木の枝を使い、キメラを探り当てる。
「サクラシメジの密集地に紛れ込んだキメラはサクラシメジ型に、タモギタケの密集地に紛れ込んだキメラはタモギタケ型に‥‥。なるほど〜、周囲の状況を認識する能力はあるということだね〜」
ドクターは超機械でキメラをパチッと処理する。
「しかし『分裂』したはずなのに、個体ごと形質が異なるのか〜。‥‥実に、実に興味深いね〜」
『サクラシメジ型』『タモギタケ型』とラベリングしたビンにキメラのサンプルを回収し、さらに別の密集地を探すべく、歩き出した。
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日が傾き始めた頃。
能力者たちは最初の倒木に集まっていた。
「ひと通り片付いたな」
「それじゃあ、キノコを集めながら戻ろうか」
闇虎の言葉に旭が応じる。
能力者たち、特に爆発に巻き込まれたメンバーの疲労は色濃い。が、もうひと踏ん張りだ。
「みんなに‥‥笑顔の祝福が訪れますように‥‥」
ルリのほんわりした笑顔に力を貰い。能力者たちはいくつかのグループに再び分かれて、キノコ狩りへ向かった。
「これは大漁ですな!」
村長は能力者たちが持つ籠と、それに並々盛られたキノコを見て、くしゃっと相好を崩した。
「村の者に食べられるものと食べられないものを選別させましょう。調理場は村の集会所のものをお使いくだされ」
料理の腕を振るったのは零次と立花の二人だった。基本の丸焼きはもちろん、キノコご飯にアルミホイル包み、キノコスープ、さらにはオムレツ、キノコカレー、と手際よく料理が出来上がっていく。
「作り甲斐がありますねぇ」
零次は洋服の裾をまくり上げた。
「皆さん、出来ましたよ」
集会所の外にある木組みのテーブルに、料理が次々と運ばれていく。うおー、と能力者たちのテンションが上がる。既に日は落ちていた。キメラから解放されたこともあってか、テーブルから見える村の通りは賑やかだ。
「オムレツを追加で作ってきますから、お先にどうぞ」
零次は再びのれんをくぐって消えていく。その背に能力者たちは別の人物を重ねていた。
『すまないね〜、もう我輩はそうゆう食事が出来ないのだよ〜』
ドクターはそう言って、食事会を辞退している。
「ドクターと立花<タチバナ>さんの分までがっつり食べよう!」
「いや、ダメだから!」
旭にツッコミを入れた立花の声を合図にして、能力者たちは一斉に箸やフォークを手にとった。
「‥‥ん。おかわり。大盛りで。沢山。いっぱい。頂戴」
早くも三度目のコール。憐は零次の作ったキノコカレーをかなり気に入ったようだ。早回しのように、みるみる鍋の中身が減っていく。
テーブルのそばに村人が用意してくれた炭火で直接キノコを炙っているのは、旭と闇虎の二人だった。焼き色がついた大ぶりなシイタケに軽くレモン醤油を振りかけ、豪快にかじりつく。
「ん‥‥中々美味いな」
「これは‥‥飲みたくなるね」
しまったな、と思わず呟く旭。
「ルリも食べてみな、美味いぞ?」
闇虎に呼ばれたルリは次々に料理を平らげていく憐から視線を外して、とてて、と小動物的な動きで闇虎の傍に立った。闇虎は、美味しそうに焼けた串焼きのシイタケを炭火から取り出し、ルリに手渡す。
「っ!?」
二人を真似てシイタケにかぶりついたルリはシイタケの熱さに飛び上がった。
息を吹きかけて冷ましながら、端っこを小さく食べる。
「‥‥あ」
「どうだ?」
「熱かったけど‥‥美味しい」
と、満面の笑顔。
「‥‥ん。『美味しい』と。聞いて」
そのルリの背後から姿を現したのは、憐だった。
「ちょっ、もう食い終わったのか!?」
足りないと言わんばかりに頷いた憐の視線は、炭火で炙られるシイタケへ。
「‥‥ん。少し。分けて」
「はい、どうぞ」
旭がシイタケを串から外して憐の皿に取り分ける。
「っ!?」
シイタケにかじりついた憐の肩が跳ねた。熱かったのだろう。その様子を見ていた三人は小さく笑った。
「さて、私もいただきま‥‥す? 私の分が‥‥」
調理場ののれんをくぐって。空いた皿の山を前に立ち尽くす零次。
その呟きを、解放された村の喧騒が包んだ。