タイトル:【NS】欺瞞の空へマスター:とびと

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/01 19:55

●オープニング本文



 人類側が窮地の中で少しずつ状況を乗り越えていく一方で、バグア側は最悪の『想定外』に見舞われていた。
 ドローム社を失い、リリア・ベルナール(gz0203)の叱責を受けたビルがワシントンに移動し、独断でギガワームを動かすという暴挙に出たのである。
『‥‥北米バグア軍は、高位生物としての誇りを失ったのですか?』
 エミタ・スチムソン(gz0163)は淡々と、見下したような口調で言った。
 人類に恐怖を与えるという意味で、今作戦は既に成功していた。ユニヴァースナイト弐番艦の接近にも言及し、エミタはオタワ侵攻の終了を命じる。
 だが、リリアがそれに従うことは無かった。

「総司令官は私です。撤退は、しません」

 ない交ぜになった感情は、果たして、誰に向けられたものだったか。


 その後。
 ギガワーム随伴部隊の多くと共にシェイドが戦場を離れていく姿が観測された。
 オタワに押し寄せていたバグア軍の半数以上が消え――戦局は、逆転する。


 UK弐番艦が攻勢に出る一方で、南米から駆けつけたヴァルキリー級飛行空母二番艦『ヴァルトラウテ』はオタワ防衛線の要となっていた。
 そこでの戦闘は決して派手な物ではない。
 何故か。
 鍵となっているのは、『システム・ペンタグラム』だった。情報はすでに漏れており、守勢に回った人類を相手にかの防衛兵器をバグアが無視する筈もない。
 それ故、バグアは突出はせずにその子機と送電線の破壊に重きを置くつもりだったが‥‥それも満足には叶わなかった。
 ヴァルトラウテ艦長、ビビアン・O・リデル中佐(gz0432)の発案で、送電線と子機のダミーが目も眩む程に設置されていたのだ。迂回してヴァルトラウテを狙う部隊もいたが、巧妙かつ重厚に配置された迎撃を潜る事も至難だった。
 とはいえ、バグアとて手を拱いてみていた訳ではない。
 偵察部隊を幾重にも飛ばし、人類側の反応が早く厚い戦域を探っていく。どれだけ偽の子機が破壊されようとも構わないのだとしても、急所がある筈だという事を、彼らは知っていた。

 それは即ち――システム・ペンタグラムの、制御装置。


「――建設が終わったばかりのシステム・ペンタグラム制御装置が、発見されました」

 北米UPC軍、オタワ基地。
 報告を受けたヴェレッタ・オリム中将(gz0162)は、執務室の机についたまま一度だけ眉根に触れた。
 しかし、その指は縦に入った皺をほぐす前に離れる。

「‥‥状況は?」
「現在、建設の護衛に当たっていた傭兵たちが強化人間を中核とする敵地上戦力と交戦中です。しかし――」
「空、だな?」
「はい」

 これまで、オタワ方面にバグア軍が送り込んできた航空戦力は、偵察隊に脂がのった程度のものだった。システム・ペンタグラムの位置を特定できない以上、大軍を空で動かすことには大きなリスクが付き纏うからだ。
 ――だが、状況は変わった。
 制御装置が破壊されれば、当然ながらシステムは稼働しない。
 つまり。
 バグア軍はシステムの制御装置のみを破壊できればいいのだ。

「すぐに回せる部隊はない。傭兵に依頼を出せ」
「はっ! 失礼します」

 激戦になるだろう、と予想するのは容易だった。
 システム・ペンタグラムの反撃というリスクを背負ったとしても、制御装置の破壊はそれを上回るリターン。
 敵はかなりの戦力を投入してくる――


「――状況は説明した通りだ」

 執務机そばの壁に埋め込まれた通信装置の前にオリムは居た。
 無線は、空を駆ける傭兵たちのナイトフォーゲルとヴァルトラウテとを繋いでいる。

『‥‥厳しい、ですね』

 ヴァルトラウテ艦長、ビビアンだった。その口調は連戦の疲労も相まってか重い。

「発見が早すぎた。恐らく制御装置を守り切るのは難しいだろう。装置が破壊されれば、今まで攻めあぐねていた敵が押し寄せることは目に見えている」
『システム・ペンタグラムを、その、起動するのは‥‥?』
「効果は見込めないだろうが、必要が生じればそうする。――艦長は傭兵が稼いだ時間で迎撃体勢を。指揮は任せる」
『は、はいっ! 了解しました!』
「傭兵諸君へ。厳しい戦局だが、可能な限り持ちこたえろ。健闘を祈る」

 オリムの指が、通信装置のスイッチに伸び、一瞬、止まった。

「引き際は誤るなよ」

 ――以上だ。
 叩きつけるように言うと、オリムはマイクを口元から遠ざけた。
 傍らに立つ副官が耐えかねた様子で口を開いたのは、ちょうどそのときだった。

「‥‥何故、秘匿通信を使用しなかったのですか?」
「内部に狐の息が掛った者が居る。あぶり出すためだ」

 ビル・ストリングス‥‥。
 得心がいった副官は会釈し、自分のデスクへと戻っていった。

 それに、とオリムは内心で続けた。
 ――僅かな真実を含むのは常道だ。

 通信装置に手を掛けたオリムの唇は、僅かに、だが確かに――歪んでいた。

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
伊藤 毅(ga2610
33歳・♂・JG
戌亥 ユキ(ga3014
17歳・♀・JG
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
翡焔・東雲(gb2615
19歳・♀・AA
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
ユメ=L=ブルックリン(gc4492
21歳・♀・GP
大神 哉目(gc7784
17歳・♀・PN

●リプレイ本文

●欺瞞の空で
 傭兵たちの間に張り詰めた空気は、重い。
「――引き際を見誤るな、ね」
「オリム女史が、撤退の許可を言外とはいえ提示するとは、絶対何かあるよな‥‥」
 夢守 ルキア(gb9436)、伊藤 毅 (ga2610)が代弁する傭兵たちの感情は、『不審』だった。
 制御装置が致命的なタイミングで発見されたにも関わらず、正規軍の増援はない。
 そして、オリム中将の発言。
 ――まるで、傭兵たちの撤退が前提となっているかのような。
「護れ、と言われれば護る。それが傭兵というものでしょう?」
 この戦域が――装置そのものが『囮』。
 可能性はあるとアルヴァイム(ga5051)は読んでいた。
 で、あるならば。傍受されうる無線で、その可能性に言及するのは避けるべきだ。
 深い意図を含んだ言葉に、傭兵たちが応える。
「仕方ない。稼げるだけの時間は稼いで、後は正規軍に任せるしかあるまい」
 榊 兵衛(ga0388)がため息混じりに呟き。
「これってレッドゾーンまでイッちゃうよね。はぁ‥‥」
 ぼそり、と続けたのは戌亥 ユキ (ga3014)だ。放り投げるような口調とは裏腹に、そう簡単に撤退は出来ない、と少女は覚悟を決めている。
 ユキ自身、この依頼のきな臭さのようなものは感じていた。
 だが、続く言葉はこうだ。「だから?」
 感覚が訴える不確定なノイズと、目の前に確かに存在する敵。
 どちらを優先するべきなのか、それは、考えるまでもないことだ。
「‥‥まぁ、与えられた仕事をするのが傭兵か」
 ユメ=L=ブルックリン(gc4492)の言葉が、結論だった――

 制御装置付近の空域に到達した傭兵たち。
 呼応するように、偵察機と思われる小型ヘルメットワームの編隊が接近していた。
「距離60に出現!」
 翡焔・東雲(gb2615)機のIRSTが敵機を捕捉する。
「さぁて、初仕事だ、ジェヴォーダン。残さず食べるんだよ」
 大神 哉目(gc7784)が飄々と言い――戦端が、開かれた。

●前哨戦
 第一波。
 暫定的にそう名付けられた小型HW6機に対して、兵衛機、アルヴァイム機が『十式高性能長距離バルカン』の弾幕を展開した。交差する火線に捉えられ、2機が墜ちていく。
 のろのろと始まった反撃はお世辞にも切れがいいと言えるものではなかった。
 武装が偵察機仕様のものであること、そして、目的が制御装置の破壊であることがその理由だろう。
 前衛を担う毅機――スレイヤーの航法コンピュータがはじき出した飛行ルートは、大気圏内最強を謳う同機の機動性を最大限に活かしたものだった。
「――ドラゴン1、FOX2」
 敵機の後方に回りこんだ毅機の主翼下からホーミングミサイル『DM−10』が放たれる。白い軌跡を引いて加速するミサイルは、小型HWを爆炎に呑み込んだ。
 あえて、追撃はしない。
 それは、スレイヤーの判断でもあった。
 兵衛機の『スラスターライフル』による追撃を掻い潜ったHW3機が前衛を抜ける。
 いや、『通した』というべきだろう。
 前衛を担う各機は、弾薬の温存と防衛線の維持を重視して立ち回っているのだ。
 そこには、後衛を務める傭兵たちへの信頼感がある。

 ――そして、後衛機はその任を確かに果たした。
「穴あきチーズの出来上がりっと♪」
 単調な動きで制御装置に突き進もうとする小型HWの後ろにつけたユキ機が『スラスターライフル』を撃ちかける。巨大なチェーンガンだ。瞬く間に吐き出された30発の弾丸が、チーズを蜂の巣にする。
「まだまだ前菜だ、残さず頂くよ!」
 射線上に味方機が存在しないことを確認。
 フェンリル『ジェヴォーダン』が咆哮し、マウントされた『RA.1.12in.レーザーカノン』から放たれた光条が小型HWを貫く。
「これでは、ウォーミングアップにもならんな‥‥!」
 東雲機が弾幕を広げ、それを回避しようとした小型HWをユメ機のミサイルが捉えた。
 第一波の6機は全て撃墜されたことになる。

「敵戦力の増援を確認したよ。小型HWが6機」
 ルキアは骸龍『イクシオン』に独自の電算装置――アルゴスシステムを搭載している。
 味方機の索敵状況を統合し、敵戦力の展開状況を出力するシステムだ。
 その情報は無線を介して友軍機に転送され、対応の安定化に貢献していた。

 堅実な前衛・後衛にルキアのサポートを加えた編成が、敵機の取りこぼしをなくし、兵装の弾数消費を抑えている。
 そのため、武装を節約して立ち回った第一波との戦闘でも、十分な余裕が傭兵たちにはあった。
 その優位性は第三波にまで続く。
 しかし、傭兵たちは知らない。
 敵の攻撃は、まだ始まってすらいなかった、ということを。

●死守、死闘
 暫定として定められた第一波から数えて、第四派の襲来だった。
「敵戦力の増援を確認。方向はこれまでと同じだよ。敵機は――」
 ルキアは一度、言葉を切った。コンソールの表示が間違いでないことを確かめたのだ。
 それは見間違いではなかった。
「タロスが1。HWが4。HWは一回り大きくなっているみたい。加えて、大型のキメラが数体いる」
 傭兵たちの間に緊張が走った。戦力が格段に増している。
 それまでの敵が偵察機であるならば、これは後方から送り込まれた攻撃隊だ。
「――各自、全力を尽くしてくれ」
 それは自分に向けた言葉でもあるのかもしれない。
 兵衛の言葉尻にあわせて、第四派の先陣を切るタロスが前衛機の射程圏内に突入した。

 傭兵側の対応火力は格段に増した。
 兵衛機からホーミングミサイル『UK−11AAM』、毅機から『DM−10』が立て続けに放たれる。
 第三波までの敵よりも明らかに連携のとれた動きで、タロス、HW各機がフェザー砲による対空防御を展開し、接近するミサイルを迎撃する。半数ほどが撃ち落とされるが、数発のミサイルがタロスを捉えた。
「易々とは通しませんよ」
 誘導弾を装備していないアルヴァイム機が、被弾したタロスに『ギアツィント』を撃ちこむ。高威力の対空砲弾が、ミサイルによって動きの鈍ったタロスの機関部を貫き、機体を爆散させた。
 兵衛機、毅機は、プロトン砲を回避しながら、黒煙の中から飛び出してくるHWとの距離を詰めていく。『スラスターライフル』の射程に持ち込むための接近だ。迎撃として撃ち放たれるフェザー砲を回避しつつ、弾幕を張って応戦する。

 前衛班は、ワームへの対処で手一杯となった。
 必然、ワームに追従していたキメラが前衛班の脇をすり抜けてくる。
「10時の方向‥‥そこだぁ!」
 東雲機の『十式高性能長距離バルカン』から、弾丸が吐き出された。敵の進路をなぞるように張られた火線が、数体のキメラを飲み込み、撃破する。
「地上付近を突破してくる戦力はなし。援護に回ります」
 低空を抜けていく敵機を警戒していたユメ機も加わり、後衛班で連携して、前衛が取りこぼした中型HWの対処にあたる。
 後衛班の防衛線ギリギリでHWを撃墜する。
 そのときには前衛班が既に第五派との交戦を開始していた――

 奮戦だった。
 タロス、中型HW、対KV用キメラの構成は変わらず、だが、かなり短い間隔で増援が送り込まれていた。
 火力を誇る前衛班がワームに先制攻撃をしかける。タロスは誘導弾の嵐にほとんど戦闘能力を奪われ、中型HWも前衛班の防衛線を突破するころには半数以下に数を減らしている。
 前衛班の防衛線を抜けたHWはほとんどの場合、大きなダメージを負っている。取りこぼしたHWとワームの対応が後衛班の仕事だった。
 奮戦、であり、それは均衡でもあった。
 釣り合いは、両側から同じ力がかかることで維持されるものだ。
 ならば、その均衡が僅かな力で崩れるのは道理だった。

 幾度、敵の攻撃を凌いだのだろうか。
 傭兵たちの疲労は色濃い。それと同じくらい、彼らの機体は被弾を重ねていた。
「誘導弾、残弾ゼロだ。バルカンでの攻撃に切り替える」
 兵衛が苦々しげにそう言った。ワームの出鼻を挫く誘導弾が、遂に尽きたのだ。
「バンデット、同一方向より接近」
 ホーミングミサイル『DM−10』をまだ残す毅機が、それまでより少し多くミサイルを放つ。だが、総数としての誘導弾の数は減っていた。
 展開されるフェザー砲の対空防御。
 数を減らした『DM−10』は――タロスにほとんどダメージを与えることが出来なかった。
 前衛班はタロスの対応に回る。
 必然、ほぼ無傷のHWとキメラが後衛班に流れて――
「弾幕で圧殺する‥‥!」
 前衛班ほどに誘導弾の消費がなかったユメ機。
 主翼下の『GP−7ミサイルポッド』が開き、同時に150発の小型ミサイルを射出する。敵戦力よりも高度を維持していたユメ機から放たれたミサイルは、同時に3機の中型HWを捕捉し、爆炎の中に呑み込んでいく。
 1機が墜ち、残った2機もダメージは大きい。
「んっふふ〜♪ ごちそう様!」
 黒煙の中から飛び出してきたHWにユキ機が機関砲の掃射を浴びせる。推力を失った2機が炎を吹き上げながら墜ちていった。
「ご馳走だぞジェヴォーダン! 食い散らかせ!!」
 制御装置側に下がる形でフォローに回った哉目機の『量産型G放電装置』が後衛班の脇を抜けようとしたキメラを次々に灼いていく。
 この襲撃は、しのいだ。
 だが、すぐに増援が送り込まれる。
 防衛線の乱れが綻びに変わるのに、時間はかからなかった。
「ッ!」
 中型HWが東雲機の脇を――後衛班の防衛線を突破する。
 東雲機はブーストを併用し、追撃。『UK−10AAM』、『スラスターライフル』を織りまぜた攻撃は、だが、HWの足を止めることは出来ない。
 HW下部のプロトン砲口が僅かに光を放つ。
 砲は、制御装置をまっすぐに捉えていた。
「させるか!」
 東雲は、自機をプロトン砲の射線上に強引に割り込ませる。
 淡紅色の光線が機体を貫いた。
 衝撃にロジーナが激しく揺さぶられ、コックピット内部にアラートが響く。戦闘継続は、不可能だろう。後続班のメンバーがHWを撃墜するのを見た東雲は、首を巡らせた。
 制御装置にダメージはない。
 安堵の吐息をこぼし、東雲は悲鳴をあげる機体をオタワ基地に向けた。
「すまない。‥‥離脱する」

 戦力の明らかな減少が、戦況をさらに厳しくした。
「行かせないっての! 喰らいつけぇッ!!」
 動きの鈍った傭兵たちの機体をあざ笑うかのように、次々と送り込まれる増援。
「こんな美少女の横を素通り? このっ!」
 防衛線は形をなくし、前衛と後衛の班分けも形をなくし、ただ乱戦が展開される。
「行かせんッ‥‥!」
 突破と追撃。接近と殲滅。
 だが。
 ――致命的なタイミングでHWが傭兵たちの奥に飛び抜ける。
「間に合わない!?」
 その瞬間だった。
 制御装置が黒煙を吹きあげる。
「防衛目標‥‥ロスト‥‥」
 ユメが呆然とした様子で呟いた。
 HWはプロトン砲を放っていない。つまり、地上部隊の側で制御装置が破壊された、ということだ。

 続く傭兵たちの行動は迅速だった。
「これ以上の戦闘行為を放棄、RTB、セイアゲイン、リターントゥベース」
「撤退を。あれが破壊された以上、敵戦力は――」
 残ったHWを素早く撃破した後、機首を返して、傭兵たちの機体が加速する。
 キャノピー越しに戦域を振り返った傭兵たちは――息を飲んだ。

●撤退
 空を埋め尽くす敵、敵、敵‥‥――
 システム・ペンタグラムが存在する、という情報のためにオタワ基地への進撃を封じられていた敵の主力だった。
「ダメだ、アルゴスシステムでも捉え切れない‥‥!」
 ルキアが機体のコンソールを操作しながら、悲鳴じみた声をあげる。
 迫ってくる敵戦力には、高速型の機体も含まれている。大きくダメージを負った傭兵たちのKVとの距離が瞬く間に縮まって、最初の攻撃が始まろうとしていた――
 まさに、そのとき。
『――高度を下げろ!』
 オタワ基地からの通信。
 オリム中将の声、と認識した瞬間、傭兵たちは雷に打たれたように高度を下げた。
 数瞬。ほんの一拍遅れて。
 傭兵たちの真上で、感覚を根こそぎ奪い去るような光が弾けた。

 一人は、雷だった、と言った。
 もう一人は、空が割れた、と言った。
 そして、バグアは見たはずだ。
 ――地上に輝く十の光点と、その光点が描く五芒星を。

 オタワ基地への侵攻を開始したバグア軍の主力を呑み込んで。
 システム・ペンタグラムが――起動した。

●そこにあった欺瞞
『勘付いた者も多かったようだが‥‥。あの制御装置は偽物だったのだ』
 画面の向こうで執務机につくオリム中将は、悪びれるふうでもなく、そう言った。
『敵の主力を引きずり出すためには、敵に「システムが起動しない」と思わせなければならなかった。結果は、見ての通りだ』
『敵に、指揮系統の乱れがあったことも‥‥幸いしました』
 ヴァルトラウテの艦長席に収まるビビアンが言葉を接ぐ。
 地上側の交戦記録によれば、敵地上部隊を率いていた『少年』はシステム・ペンタグラムの起動を予見していたとも思える言葉を残している。
「綺麗な花火」と。
 つまり、破壊した制御装置が偽物であると理解していた可能性がある、ということだ。
 ただの偶然なのか、それとも――
『敵側に乱れが生じるのであれば、その理由を求めるのは愚かなことだ』
 もっとも、だった。
 同時に、傭兵たちは一つの疑問に辿り着く。
 ブリーフィングのオリム中将とビビアンの会話が、状況と矛盾することになる。
『おかしいと思わなかったのか?』
 少しあきれた様子でオリム中将は言った。ビビアンが肩を小さくしながら続ける。
『あの会話は、バグア軍側へのミスリードを意識した、その‥‥お芝居だったのです。だから、えっと、わざと秘匿回線を使用しませんでしたし‥‥』
『作戦立案の様子を前線の兵士に見せる必要がどこにある? 明らかに「異常」なものだっただろう?』
 中将はふん、と鼻を鳴らした。
『――以上だ』
『えっと‥‥傭兵の皆さん、お疲れさまでした。後は、私たちに任せてください』
 言い切ったビビアンの顔は、飛行空母の艦長である一中佐の顔に戻っていた。
『これより、本艦は敵残存戦力殲滅の前線指揮にあたります。転進後、機関最大。――敵戦力が統制を失っている今が好機です』
 オタワ基地に詰めていた北米UPC軍は、基地の防衛のためにあった。
 風向きは変わる。
 護るための戦力が――反撃を、開始した。