●リプレイ本文
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急遽、高速艇が進路を変える。
併せて、傭兵たちには本部から状況が説明された。
救援先の基地は既に陥落しており、応戦した友軍の生存は絶望的。
だが、基地から逃れた避難民が付近の森を撤退している――
陥落した基地のことを考える傭兵は居なかった。手の届く所で危険に晒されている人々がいる。それが一番重要だった。
パラシュート降下に必要なバックパックを背負い、開いたハッチから傭兵たちは眼下を見下ろす。
黒々と横たわる夜の森がそこにはあった。
森は沈黙している。
その沈黙の影で殺戮が行われているのだと思うと、途端不気味なものに見えた。
「何でもいい。明かりになるものなら」
那月 ケイ(
gc4469)は高速艇のパイロットに照明器具の貸出を要求していた。
パイロットの返答はイエス。もともとの依頼で予定されていた交戦時刻が夜であったため、携行用のペンライトから野戦を意識したランタンまで、高速艇にはひと通りが備えられていたのだ。
傭兵それぞれが必要と思う照明器具を手に取る。
「予定変更はいつだってあるさ‥‥まあ面倒この上ないけど」
滝沢タキトゥス(
gc4659)がそう呟き、傭兵たちは夜の空へその身を投げた。
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気流に流され、軽く散った傭兵たちは、無線と照明で互いの位置を確認しつつ合流することに成功する。
問題は、いかにして避難民たちと合流するか、ということ。照明器具を用いたとしても数メートル先が闇に呑まれる夜の森で、視覚を頼るのは不可能に近い。
だが、その心配は杞憂だった。
「――探す手間、省けそうだね」
旭(
ga6764)の言葉に頷き合った傭兵たちは走りだした。
――聞こえたのだ。
機関銃が火を噴く音。何かが爆発するような音。
聞いただけで精神を引き裂かれるような人の絶叫。
そして、逃げ惑う人々を嘲笑うかのような遠吠えと、低く、暗い、唸り声。
狭められた視界と森が、傭兵たちの足を阻む。
「残らず死出の旅路に就かせてくれる‥‥」
蕾霧(
gc7044)が機関銃のストックで枝葉を払いながら、感情をそのまま吐き出す。
避難民に戦闘能力はない。武装している可能性があるにしても、それは自衛の域を出ないはず。彼らが自らの意思でキメラを攻撃することはないのだ。
敵に正義を求めるのは間違っているかもしれない。
だが、一方的な殺戮を許す理由も、ない。
ぎり、と奥歯が鳴った。
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(敵は‥‥素速い)
ロッカは自分の荒い息遣いを聞いた。
その空白は一瞬。
避難民の集団に近づかせまいと放たれる味方の機関銃が、断続的な銃声を響かせる。
(敵は、強い)
味方の射線を意識しつつ、木々の合間に揺らぐ赤い光点に機関銃を叩きこんでいく。
1体に絞るのではない――ばら撒く――少しでも怯ませる――‥‥
隙。
味方の無反動砲弾が突き刺さり、キメラを炎に呑み込む。
「けど‥‥倒せるッ!」
それは暗示だった。立ち向かうための暗示だった。
武器をとって。前に出たのも。きっと同じ。
自分が戦うことで、背中の側に居るいくつもの命が救われる。それは、はっきり言ってしまえば、自分に『関係のない』命だ。
‥‥自己満足、だろうか。
違う、と思った。感謝をされたいわけではない。ここで戦わなければならない、と強く感じたのだ。
‥‥戦闘狂?
それも、多分、違う。意識を傾けていなければ、膝が砕けてしまいそうなのだから。
――少し前。
体感としては、ずいぶん前だけれど。
ロッカは今の避難民の立ち位置に居た。
怒りの衝動に突き動かされ、故郷の村を破壊したキメラに挑んだ。
数は少なかったが、それぞれが強いキメラ。太刀打ちできるはずがなかった。
命の危機を感じて、それでも戦うことに固執して。
――背中を見た。
キメラを相手に、一歩も引かない強い背中。
『関係のない』ロッカを救うために、命をかけて戦った傭兵たちの姿だった。
優しい言葉も、厳しい言葉も、彼らはくれた。
少し、分かった気がする。
(‥‥憧れているのかもしれない)
あの、背中に。
世界が色彩と音を取り戻す。
マズルフラッシュに浮かび上がる木々の幹。低いキメラの唸り声。爆炎。
「――――ッ!!」
声にならない叫び。
機関銃を手放し、肩から下げた無反動砲を構え直して――!
ふ、と。
足元をすくわれたときの感覚。
死角だった。歪な形の木が、『その』姿を覆い隠していたのだ。
――キメラが、絶望的なタイミングで飛びかかって来ていた。
身体を捻れば、急所は外せるかもしれない。
いや。キメラの敏捷性としなやかさを考えれば、僅かな回避は無意味だ。
爪が引っかかっただけでも、かなりのダメージを負う。
防御。‥‥間に合わない。
ロッカは、その身を捻った。
背中に爪が食い込み、肌どころか肉も抉り、通過していくときの灼熱した感覚は、来ない。
どす、と不自然な音とともに、キメラが地面に『落ちる』。
「――ヒーロー登場、ってね」
脚甲の飛び蹴りでキメラを吹き飛ばした旭が、金色の瞳でロッカを見ていた。
「勇敢なのはいい事だけど、少し出過ぎだぞ‥‥っと!」
ロッカの傍らに膝をついたケイは小銃『S−01』を構えている。
迫り来る殺意の奔流に――制圧射撃。
弾丸は立て続けに放たれる。キメラの足先、四肢の関節、目、口内‥‥無意味な弾丸は一つもなく、その全てがキメラの動きを制圧していく。
「ここは私たちに。あなたは護衛対象の護衛に回ってください」
動きを止めたキメラに、D‐58(
gc7846)の双剣『ロートブラウ』が牙をむいた。エネルギーを最大限に付与した一撃が、キメラを両断する。
ロッカは、こみ上げてくるものを呑み込んだ。
「‥‥ありがとう、ございます」
能力者ではないから。
彼らほどに、強くはないから。
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戦場は、想定通り――混乱していた。
木々の間を避難民が続々と逃げてくる。
――母親とはぐれた女の子が転んで泣き出す。
――片腕を食い破られた男が歯を食いしばりながら歩を進める。
――その向こうで、マズルフラッシュが閃き、爆音が響く‥‥。
かろうじて集団の形が保たれていた。
だが、集団として効率的に機能している、とはとても言えない状態。
その機能を取り戻すことを第一に考えて行動したのが、紅苑(
gc7057)だった。
「皆さんの救援に来ました! 必ずお護りいたします。私達の指示に従ってください」
通る声の一喝が、避難民たちの足を止める。
絶望的な状況での救援、それも能力者であると分かった避難民たちの表情が変わる。
怪我人を含む集団の移動はひどく遅かった。そして、動き続ける集団を護衛するのは難しい。紅苑の判断は、避難民の足を止めさせる、というものだった。
さらに、怪我人、子供や女性を集団の中心に移動させ、防御の体勢を固めていく。
そのとき、再会があった。
「紅苑さん!」
「イーリル‥‥イーリルなのですか!?」
いつか助けた少年の姉の表情が驚きに染まる。
陥落した基地は、村を失った彼らが避難していた基地だった‥‥!
「イーリル、状況を出来るだけ詳しく説明してくれ」
雷霧の言葉に冷静さを取り戻したイーリルは淀みない口調で話し始めた。
避難民は30人居ること。
後方で、武装した一般人がキメラの迎撃にあたっていること。
負傷者の人数と、その程度。
「ロッカは?」
「‥‥戦っています」
「イーリルは避難民の皆さんをまとめてください。私たちが護衛します」
少女ははっきりと頷くと、避難民の集団に飛び込み、声をかけていく。
「あそこだ!」
銃火を頼りに辺りを捜索していた滝沢が、武装した一般人の位置を特定する。
既に掃討班が援護に回っていた。
「ロッカ、一先ず下がれ! 私達と他の者の護衛にあたれ!」
雷霧の言葉に従う形でロッカが後退してくる。
紅苑と滝沢は協力して武器を持つ一般人の指揮にあたった。
「機関銃と無反動砲は二人一組のペアになり集団の外側にてキメラの牽制を。その際は誤射に注意してください」
「俺たちより前に出るな。援護射撃を頼む」
非戦闘員を中心に、武装した一般人、護衛班の傭兵たちが防御網を構築し、キメラの接近を確実に防いでいく。
防御を担当する護衛班に対して、掃討班の位置づけは遊撃だった。
護衛班の照明弾の援護を受け、ランタンを利用してキメラをおびき寄せる。
「こっちだ、相手してやるよ!」
ケイの射撃は、キメラを倒すことを目的としていない。あくまで注意を掃討班に向けることが目的だ。
おびき寄せられたキメラを旭が『デュランダル』で屠っていく。
重剣の一撃はキメラに致命傷を負わせる。
大振りゆえの隙も、脚甲を駆使したガードや、投げナイフによるカウンターなどで確実に潰していく。
「護衛対象に向かう敵性体を確認。‥‥そちらには行かせません!」
掃討班の中ではサポートを担うD‐58が取りこぼした敵を間引き、キメラは確実にその数を減じていた。
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揺れていた。
――自分、とは?
これまで、記憶を持たないD‐58は疑うことをしなかった。
それは戦うことに不必要な疑問で、戦うことさえ出来ればこの傭兵稼業をこなすことが出来たからだ。
だから、突きつけられて、揺れている。
キメラを切り捨てながら、視線は銃をとる一般人に向かう。
力がないのに。キメラに噛み付かれただけでも命を落としてしまうのに。非力で脆い彼らは戦う。
守るべきもののために。
では、記憶のない私は何故戦うのか‥‥?
機械のように武器を振るう自分は一体なんなのか‥‥‥‥?
心臓が締め付けられる。息が詰まる。
毒だ。毒を持つ思考だ。シャットダウンしなければ。消去しなければ。
銃を持つ一般人が絶叫したのはそのときだった。
大型犬サイズのキメラが、機関銃を持った男の首筋に食らいついている。びく、と男の身が跳ね――動かなくなった。
瞬間、D‐58のこめかみの辺りが燃え上がるような熱を帯びた。
熱が思考を侵食する。
迅雷で瞬く間にキメラとの距離を詰めたD‐58の双剣が、何度も閃いた。キメラの戦闘力を奪い、生命を奪う。
彼らは、輝きだ。
脆い輝き。
直感が、その輝きを失ってはいけない、と訴える。これ以上、奪わせない。
D‐58は武器を握り、遠巻きに集団を伺うキメラを睨みつける。
――迅雷。
その戦いは、いっそ戸惑いを感じてしまうような、心地よい熱を帯びていた。
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旭は集団から少し離れた木の幹にその背を預けていた。
傍ら、地面に突き立てられた『デュランダル』は血に塗れている。
同じくらい、ランタンに照らしだされた旭の鎧も、赤く染まっていた。
「まさか‥‥ね‥‥」
呼吸は荒い。表情は固い。
血の臭いを嗅ぎとるキメラが、旭を見逃すはずがなかった。
5体。包囲するようにキメラが展開し――旭に襲いかかった。
「‥‥なんか今、モテモテだなぁ。エサとして見られてるんだろうけれど」
呟きの端に、笑顔があった。いっそ怖いくらいの笑み。
キメラが反応する間がないほどの素速い動きで、旭は『デュランダル』を地面から引き抜く。
その動きに、ダメージの蓄積は感じられない。
当然だった。旭は血を流すために、自ら傷をつけていただけなのだ。
それは、ダメージとも言えないような、動きを妨げない傷――
「――教えておこう。相手は選ぶべきだってねっ!!」
十字撃。
斬撃が、空中で姿勢を変えることの出来ないキメラに打ち込まれる。
「機関銃、奴らの動きを止めてやれ!!」
滝沢だった。彼の指示で、集団の護衛から離れていた機関銃を持つ避難民が、弾幕を張る。
弾幕の中。旭の死角をカバーするように、掃討班のケイとD‐58が立ち回る。
罠にかかったキメラを殲滅するのに、ほとんど時間はかからなかった。
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戦闘が終わったのは、傭兵たちが戦闘を開始してから数時間後だった。
負傷者は増えていた。
戦闘に回った一般人には、命を失った者も居る。
避難民の治療が開始された。
「前の時以来だな。前回と違い今回は、勇気を見せたな。とはいえ‥‥相変わらずだ、お前は」
雷霧は微笑を浮かべた。
ロッカは変わっていた。だが、芯の部分は何も変わっていなかった。
それは誰もが妥協して生きていく部分なのかもしれない。
『相変わらず』であってほしい、と思う。
「‥‥もちろん、見過ごせぬ行動もある」
隣に立つ紅苑が、雷霧に頷く。
紅苑はロッカの目を覗き込むようにして言った。
「あの状況ではしかたなかったかもしれませんが、『護る』だけでは足りません。私は貴方に『護り続ける』ための強さを身につけて欲しいのです」
ロッカは――目をそらした。
「分からないんです」
その視線は、広げた両の掌に落ちる。
煤とこびりついた血に汚れ、無反動砲の逆火で火傷をした、手。
「僕は、皆さんほどに強くないです。今日も、よく分かりました」
だから――
ロッカは言葉を失う。
自分の感情を言葉に出来ないのか、言葉にすることが怖いのか。
その沈黙と、表情からは判断出来なかった。
「――戦おうとするのは悪い事じゃない」
避難民の治療に回っていたケイだった。
護るために戦う。護りたい人が後ろに居る限り、命をかけて敵に向かう。
ロッカの前のめりな戦いに、ケイは少し、自分を重ねていたのかもしれない。
「護りたい人、いるんだろ。お前さんに何かあったら、誰がその人を護るんだよ」
護れなくなってからじゃ遅いんだぞ、とケイは内心に続ける。
ロッカは小さく頷いた後、傭兵たちに深く頭を下げた。踵を返し、避難民たちのもとに向かう。
怪我人の治療、そして移送と、避難民たちの逃避行は続くのだ。
「暗闇だからこそ、探さないとな‥‥」
歩みを再開した避難民たちを見つめながら、滝沢がぽつりと言う。
言葉は、夜闇の中に吸い込まれていった。