●リプレイ本文
●土の下、蟻の国
「エリザベスさん‥‥よろしくね‥‥」
「今回もよろしく頼むよ」
挨拶した幡多野 克(
ga0444)を筆頭に、この依頼ではエリザベス・ゴードン(gz0295)と面識のある人間が多かった。
「‥‥エリザベスさん、またご一緒できて嬉しいです」
「こっちもだ」
榊 刑部(
ga7524)の差し出した手を、気軽な調子で握り返すエリザベス。
「敵は本命ではないとは言え、見過ごす訳にはいきませんからね。一緒に頑張りましょう」
久しぶりの再会だというのに、無骨なセリフしかでてこない自分の不器用さに彼は苛立っていた。握手できただけでも、刑部なりの精一杯なのだ。
「い、いや‥‥確かに蟻は蜂から進化した生き物だが‥‥エリザベス殿、相変わらずだな‥‥」
「蟻、か。蜂と似た虫にはなるが‥‥キメラにも、そういう分類が通じるのかね。元は生物だろうから、通じる可能性も零じゃないか」
シクル・ハーツ(
gc1986)は戸惑いを見せ、ローゼ・E・如月(
gb9973)は共通点に注視する。
「‥‥どの道、倒しておかないといけない相手か」
「ま、私には関係ないが、あいつには関係あるんだろう。手を貸すとするかね」
二人の言葉を総括するように、追儺(
gc5241)が口にした。
「蟻キメラの殲滅‥‥それによる安全確保は必要だな‥‥。ついでに‥‥それがエリザベスの目的に合致するなら‥‥しっかり果たさせてやろう」
『南1班、突入するわ』
『南2班も突入します』
「了解。北班も出るね」
紅 アリカ(
ga8708)やユーリ・クルック(
gb0255)の通信に応答したフローラ・シュトリエ(
gb6204)が、アンジェリカで地下へと足を踏み入れた。
続くのは、セージ(
ga3997)機、エリザベス機。しんがりに刑部機だ。
巣穴の幅は、せいぜい2機が並べるくらいの広さしかない。
「狭いわ暗いわで、色々と気を付けないとねー」
闇を通して、アンジェリカのライトが視界を確保している。
その中で、一瞬だけ照り返しが生じた。
「来たよ!」
フローラが注意を発すると同時に、正面から蟻キメラが組み付いてきた。
ライトに照らされて白く輝く白刃。フローラの練機刀「白桜舞」が一直線に突き出される。戦場が狭いことから、彼女は剣を振り回すのをさけ、突きを心がけていた。
「どれだけいるか分からないんだから、消耗はなるべく抑えたいわねー」
敵の勢いを受け流すようにしてすれ違うと、セージのシュテルンが機刀「建御雷」で斬りつける。
「まずは一匹目‥‥だね」
かすかに蠢いていた蟻キメラに、エリザベスがとどめの一撃を加えていた。
南1班を構成するのは、先頭の追儺に他2名と、一番少ない人員で編成されていた。
巣穴の壁は、泥を塗り固めたようになっており、それによって強度を保っているのだろう。
「‥‥KVが入れるくらいの穴だなんて‥‥、これは崩落だけはさせたくないわね‥‥」
周囲を眺めながら、アリカのシュテルンが足を進める。
「俺の機体だと全く向いてない依頼なんだが‥‥ま、何とかするしか無いよな」
ジャック・ジェリア(
gc0672)の愛機はスピリットゴースト。
高火力支援機であり、機体サイズも大きいため、ソフト面、ハード面ともに不向きと言えた。
僚機の視界を塞がないように最後尾を受け持ち、ジャックは手元でマッピングをしながら2機に続いた。
「見つけた‥‥行くぞ‥‥」
キメラを視認して、追儺のシラヌイ改が間合いを詰める。
「エリザベスは‥‥何か思い入れがるようだ‥‥。詳しくは知らないが‥‥その思い、果たす一助となろう」
「キメラ確認、交戦を開始する」
南2班でも交戦に突入する。
敵を察知した克は、出現した敵の先頭が雷電へ組みつくよりも早く、機杖「ウアス」の先端を敵頭部へと叩きつけた。
「やっぱり、この狭さは不味いね」
「一応、KVが動けるだけの広さはあるが、剣は振りにくそうだな‥‥」
交戦中の克を見て、あらためて実感するローゼとシクル。
克一人が全てを打ち倒すのはさすがに困難なので、圧力を逃がす形で後続の仲間へ敵を振り分けた。
ローゼは崩落の危険性が頭をかすめ、無理な回避ではなく、機盾「レグルス」で受け止めることを選択した。
吐き出された蟻酸が盾の表面でしゅうしゅうと弾ける。
「酸か。塩基でもぶっかけて中和するか?」
軽口を叩きながらも、ローゼはブレイブソードを突き刺して、動かなくなった敵の身体を横へ投げ捨てる。
「‥‥近づかれるとまずいな‥‥」
シクルも盾を構えつつ、長いリーチを活用して機槍「ユスティティア」を敵へ突き刺した。
足を止めたキメラに対して、ユーリのワイヤーが絡みつく。
電撃を浴びて息絶えたキメラに、ユーリは物足りなさを感じていた。
「あいつに勝つためにはもっと強くならないと」
倒すべき敵が存在するため、ユーリはまだまだ強くならねばならない。
「蟻酸‥‥不純物のない蟻酸なら、化学での研究に使え‥‥って何どうでもいいことを考えてるんだ、私は」
ローゼは頭を振って、好奇心を眠らせることにした。
●巣穴に入らずんば‥‥
ハイ・ディフェンダーを構えたシュテルンが蟻を押しとどめる。
「‥‥悪いけど長くは付き合えないわね。さっさと終わらせましょう‥‥」
アリカは攻防で時間を費やすつもりなどなく、確実に頭部を潰そうと攻撃を加える。
頭部を断ち割られて倒れたキメラを、地面へ縫いつけるように追儺の機刀「新月」が腹部を貫いた。
残る一匹には、シラヌイの頭越しに、ジャックが腕を向けた。カートリッジが炸裂して、ルプス・アークトゥスを装備した手甲が飛んで敵の身体を突き刺した。
キメラの一団を撃退した南1班は、左右への分かれ道に行き当たる。
「左が2班のいる道じゃないのか?」
侵入位置を思い返した追儺が推測を口にする。
「それに、右の道は下へ向かってるように見えるしね」
同意したジャックは、壁に印を刻んで向かう方向を書き記した。
不意に視界が開けたのは、狭い通路から、広い部屋へと出たためだった。
待ちかねていたような7匹の蟻へ、セージは刀を横薙ぎに振るって、行く手を切り開こうとする。
「さて、オメーらはドコまでついてこれるかな?」
シュテルンは壁や天井の凹凸まで足場とし、平面を越えた三次元機動で剣を振るう。
「一緒に踊ろうぜ。死と破壊が奏でる舞踏曲を」
踊るような剣舞は、他者に見せるためのものではなく、敵に破壊をもたらすためのものであった。
「‥‥なるほど、スズメバチキメラ同様に、蟻キメラ同士も密な連携を取って攻撃してくるわけですか」
刑部に挑む虫キメラ達は、とても陣形などとは呼べないが、かならず一対多で挑みかかってくる。
「おまけに地の利までキメラ側にあるとは‥‥。これはいずれ倒すべきスズメバチキメラとの前哨戦にもってこいですね」
絶対数の差が覆るはずもないため、刑部はせめてエリザベスとは切り離されないよう注意していた。
背後を狙うキメラには、SESエンハンサーを起動させたフローラが応戦する。挟撃などへの備えとして、彼女は最後尾についていた。
セージが撹乱させた群れを、3機のKVは一丸となって突っ切っていく。
南1班と同じ分かれ道に到達した南2班は、彼等を追いかけるように同じ道を辿り、二つ目の分かれ道へと遭遇した。
「こちら南2班のユーリです、そちらの進行方向と移動距離を教えてください」
アリカとの交信によって、南1班がジャックの残した印通りまたしても右を選択したことが確認できた。
「それでは、こちらは左へ向かいますか」
南1班の後追いだった先ほどまでとは違い、新たな道を進み始めた途端に、彼等は再びキメラと遭遇することとなった。
ローゼのサイファーが腕にしがみつく蟻キメラへ、逆にブレイブソードを突き立てて応戦する。
がちがちと顎を噛み合わせて迫る蟻を、雷電(改)が機盾「バックス」で押しとどめた。
「捕食しようとでもいうのか‥‥だけど!」
のしかかるようなキメラを、克の雷電は右足で蹴り上げた。唸りを上げて回転するレッグドリルが、胸部を抉って肉片をまき散らす。
邪魔者を排して、程なくして彼等の足は止まった。
「あれは‥‥女王蟻か。仲間を待ったほうがよさそうだ」
そのつぶやきは、シクルのものであった。
親玉発見の連絡は届いたものの、眼前のキメラを前に無防備に背を向けるのは論外だ。
「いつもの銃器が使えれば楽なんだが」
ジャックがぼやくのは、スピリットゴーストに乗っていればこそだろうか‥‥。
アリカがキメラの攻撃を受け止めた時、上方にスペースが空いていると見た追儺は、キメラの上を飛び越えてその背後へと回り込んだ。
振り向きざまに、敵の後方から足へ斬りつけてその力を削ぎ落とす。
力が弱まったタイミングで、アリカは力ずくで押し込んでハイ・ディフェンダーを突き立てた。
替わりに前線へ立った追儺は、自分にのしかかる蟻キメラの口を、機刀「新月」で貫いて見せた。
滑るように足を踏み出し、アリカがその胴体を両断した。
ようやく眼前の敵を始末し、仲間と合流するために南1班は先ほどの分かれ道まで来た道を戻ることにした。
●女王蟻を獲ず
「ラスボス発見。ここが正念場、か」
克が目にしたのは、一回り大きい黒光りする蟻キメラと、それを囲む働き蟻の群れだ。
「女王蟻ってわけですかっ!」
女王の間らしく、広い空間にユーリのウーフーが進み出た。
とは言え、4機のみで相手取るつもりはなく、この場に敵を足止めして合流までの時間を稼ぐのが基本方針だった。
狭い空間から解放され、シクル機のサイファーが機剣と練機刀の二刀流の構えを取った。
「ここなら使えそうだな」
左右から襲い掛かるキメラへ、それぞれ別の刀を振るって応戦する。
ユーリが地殻変化計測器を取りだしたのを見ると、ローゼはその設置を彼に任せ、替わりにブレイブソードを握りその間の護衛を引き受けた。
地殻変化計測器が設置型である以上、移動中での活用は難しかったが、現在は事情が異なる。ボス戦のために合流まで持ちこたえるためにも、敵の奇襲へ備える必要があるからだ。
「さて、まずは取り巻きからだ!」
シクルが機槍「ユスティティア」を振り回して、女王キメラの前に立ちはだかる蟻キメラを払いのける。
地殻変化計測器からの信号を受けて、ユーリが動く。
「位置がばればれですよっ!」
壁を掘り抜けてきたキメラが顔を出すなり、ゼロ・ディフェンダーの切っ先を向ける。
わずかに遅れたローゼが、同じキメラに向けてブレイブソードで斬りつけた。
皆が揃うのを待つ傭兵達に対し、そんな事情をしらぬ女王蟻は目についたユーリの機体へ噛みついた。
女王蟻の攻撃を支援するかのように、蟻キメラ達はKVに群がってその動きを鈍らせる。
女王の間の前に存在する蟻キメラを見て、ジャックはブーストを噴かせた。
盾を掲げたスピリットゴーストは、自機の体積と質量をもって進路の蟻キメラを押しのけて強引に突破を計る。
後を追うように駆けた、アリカのシュテルンと追儺のシラヌイはすれ違いざまの斬撃を加えていった。
女王の間に新たな3機が姿を見せた。
いまだ、北班は姿を見せていないものの、延々と待ち続けるだけでは事態が進展しない。
傭兵達は攻撃に踏み切ることにした。
「みなさんいきますよっ!」
宣言と共に、ユーリはウーフーの強化型ジャミング集束装置を稼働させる。
キメラのジャミングが低下したことで、KVが女王キメラへ殺到する。
確実にダメージを与えるべく、克は雷電の超伝導アクチュエータを稼働させる。
狙いは、大きな的である女王蟻の腹部。
「完璧なまでに叩き潰す‥‥!」
叩きつけた機杖「ウアス」が、外殻に大きなひびを走らせる。
女王蟻の吐き出した酸が広範囲にまき散らされた。
シクル機にのしかかるようにして押さえ込み、女王蟻は巨大な顎で腕を断ち切ろうとする。
危機を察したアリカとジャックは、とっさに似たような行動を取っていた。
壁から離れていることを自覚し、至近距離にまで接近し、それぞれが銃口を女王蟻へと向けた。
シュテルンのノワール・デヴァステイターと、ジャックの200mm4連キャノン砲が火を噴いた。
腹部に銃撃を受けて倒れる女王蟻。
ようやく、遅れていた北班がこの場へ駆けつけた。
蟻キメラの間へ駆け込んだシュテルンが地を蹴った。
襲い掛かろうと、顎を打ち鳴らす蟻たちの眼前で、シュテルンの照明が一瞬だけ水平方向に360度を照らし出した。
敵中で行ったトリプルアクセルによって、ソードウィングが攻め込んだ蟻キメラを斬りつける。
補助翼を動かして重心を微調整し、機体をしっかりと着地させる。
「ふう、危ない危ない。気を抜けば落とされる‥‥か。嫌いじゃないぜ。そういうの」
コクピット内のセージは不敵に笑っていた。
腕から高出力のエネルギーを噴出させたミカガミが、これまで以上の動きをもって一匹の蟻を斬り捨てる。
一気に畳みかけようとした刑部が、これまで温存していた機体内蔵『雪村』を発動させたのだ。さらに、接近仕様マニューバが動きの精度を上昇させていた。
力ずくで兵卒蟻をどかして、ミカガミが女王蟻へ斬りつけた。
「これで‥‥終わりだ」
追儺が向かったのは、女王蟻の左側。
同時に、ユーリは右側に回り込んでいた。
それぞれが、女王蟻の動きを止めるために足へ攻撃を集中させる。
「‥‥これ以上好きにはさせないわ。これで‥‥決めるっ!」
PRMシステムで攻撃力を増加させたアリカが敵へと攻め込んだ。
ハイ・ディフェンダーは狙い違わず、女王蟻の頭部を斜めに斬りつけた。
もはや棒立ちとなった女王蟻へ、フローラが最後の追撃を狙って飛び上がった。
SESエンハンサーを起動させた練機刀「白桜舞」は、胸から腹にかけて一閃して、外皮の内側へごっそりと斬りつけた。
地面を揺らして女王蟻が倒れた。
「こんな巣穴‥‥放置はできない‥‥ね‥‥。一匹残らず‥‥退治してしまおう‥‥」
克が視線を向けるのは、いまだ残っている蟻キメラ達。
もちろん、傭兵達は全てを狩り尽くつもりだった。
「‥‥卵がなかったのは幸運だな」
シクルに頷いた克は、今回の依頼を振り返る。
「子供の頃は‥‥蟻で遊んだ事も‥‥あったけど‥‥。まさか‥‥KVで巣穴に入る事になるとは‥‥ね‥‥」
意外な想いが嘆息として現れた。
合計11機のKVが、地下行軍を終えて地表へ辿り着く。
「陽の光が懐かしく感じるな」
皆の感想を代弁するかのようにシクルがつぶやいた。
「‥‥そういえば、この穴どうするんだ?」
「さてね。上から潰すか、何かで埋めるんじゃないか?」
エリザベスが気の抜けた回答を口にした。
「少しは‥‥目的に近づいたか?」
「だと思いたいね」
問いかけた追儺に、エリザベスは肩をすくめるのだった。