●リプレイ本文
●訪問
問題の北米航空基地を7人の傭兵が訪れた。
司令官室は6階にあり、滑走路の全景が見渡せる。白黒模様のキメラの所在も一目でわかった。
「一番東にいるのがトントン。南側を好むのがナンナン。同じような理由で、シャーシャーやペーペーと名づけている」
「名前まであんのかよ‥‥」
司令官の説明に七海真(
gb2668)が呆れてつぶやいた。
「こちらで勝手に命名しただけだから、本人にその自覚はないだろうがな」
「餌付けまでした上に名前までつけちゃってぇ‥‥。パンダって言っても所詮はキメラでしょ?」
クロスエリア(
gb0356)の口調には非難が混じっていたものの、司令官は気づかなかったようだ。
「うむ。その通りだ。キメラと言えどパンダなのだ」
彼女の指摘を受けても、なんら恥じる事などないという態度である。
「見たまえ。あのコロコロとした愛らしい姿を」
まるで我が事のように誇らしげに続けた。
(「良い被写体で動画素材になってくれそうなんですが‥‥、キメラである事が惜しいですね」)
イーリス(
ga8252)も可愛さは認めるが、やはりキメラという点は無視できない。
司令官のスタンスに不安を覚え、彼女は改めて確認する。
「今回の依頼はキメラ退治と聞いていますが、間違いありませんね?」
「うむ。パンダはいてくれても構わないが、滑走路が使えないのは問題だ。近々大規模な作戦も控えていると聞くしな」
「それならば、キメラに与えている餌を用意してもらおう」
御山・アキラ(
ga0532)の申し出に司令官は怪訝そうな表情を浮かべた。
「君達はキメラ退治に来たのではなかったのか?」
「滑走路からおびき出すために使う」
「な、なんと悪辣な」
そのつぶやきに、アキラが眉をひそめる。
「ちょっと待てよ。俺達は滑走路を守ろうとしてるんだぜ? 滑走路を破壊したらまずいんだろ?」
思わず篠崎 宗也(
gb3875)が突っ込んだ。こちらの気づかいを理解しようとしない司令官に納得がいかなかったのだ。
「‥‥そ、そうだったな。いつもはピックアップトラックに積んでキメラの元へ運んでいる。すぐに手配させよう」
「ピックアップトラックでは竹を運びにくいんじゃない?」
巳乃木 沙耶(
gb6323)の素朴な疑問に、司令官が首を傾げた。
「竹だと? そんな物をどうするんだ?」
「パンダの餌と言えば竹でしょう」
「そうなのか? 試しに与えた野菜を平気で食っているから、考えた事もなかったが‥‥」
どうやら、見た目を気に入っているだけで、司令官も兵隊達もパンダの知識をまるで持っていないらしい。
傭兵達はいささか呆れ気味である。
●引率
「ん〜、ちょっと前にセイウチと戦ったから、私はパンダを始末するのもそんなに抵抗ないんだよね」
荷台に野菜を積み上げながらクロスエリアがつぶやく。
「それがキメラであるのなら、何であろうと生かしておけぬ。何であれな」
アキラにとっても同様らしい。
今回の依頼を受けた傭兵達は、その点においてドライな人間が多かった。
パンダに好意的なベーオウルフ(
ga3640)は、彼女等の会話を聞いて苦笑していた。
「よーし。これで最後だ」
キャベツを積み終えた真の言葉を受けて、担当者がピックアップトラックへ乗り込んだ。
1台目の運転席にはベーオウルフ。もう1台の運転席に宗也、助手席にアキラだ。
まずは、滑走路にいるキメラを、傭兵の待ちかまえる東側のポイントへ誘導するのが作戦の第一歩である。
5m程まで近づくと、キメラがこちらへ興味を示す。
2台は方向転換すると、荷台の野菜を見せつけるようにバックで近づいた。
のそりと身を起こしたキメラが、ゆったりした動作で車に歩み寄る。その数は、3頭。
1番西側にいた1頭は、仰向状態で四肢を伸ばし満足そうに眠りこけている。
「どうする? おまえが呼んでくるか?」
宗也が隣のアキラに話を振った。
キメラに反応が見られなければ、アキラが車を降りて挑発する予定だったからだ。
「‥‥別に構わないだろう。もともとキメラを分断するのが目的なんだ」
車の窓越しにベーオウルフも同意した。
「そうだな。滑走路で戦っては本末転倒だ」
2台のピックアップトラックは、3頭のキメラを連れて東へ向かって動き出した。
●南南
トラックを降りたアキラがすぐに荷台へと向かう。
彼女のトラックには2頭がついてきた。
アキラの役割は、片方を引きつける事だ。
「ちょっと、私の相手をしてもらおうか」
トントンかナンナンか区別はつかなかったが、このさいどっちでもいい。
彼女は左側のキメラをナンナンだと勝手に決めた。
「聞こえないのか?」
キメラの無反応に苛立ち、彼女はすかさず行動に出た。
エネルギーガンによる攻撃を受けて、ようやく、キメラが彼女を振り向いた。
ガルルゥ。
ナンナンは威嚇しながらアキラへ襲いかかる。
●東東
傍らで始まった戦闘も無視して、図太くエサに食いついているもう1体のキメラ。
「え〜っと、トントンだよね?」
クロスエリアの質問に対して返答したのは、キメラ自身ではなく宗也だった。
「南東のどっちかだけど、俺にも2頭の見分けはつかないからな。最初はトントンを狙うつもりだったし、トントンでいいだろ」
「‥‥それじゃ、みんな準備はいい?」
クロスエリアの問いに皆が頷いた。
彼女の手にした拳銃が火を噴いて、トントンとの戦闘開始を告げる。
キメラの攻撃を正面から迎え撃ったのは宗也だ。
「さすがにパワーはでかいな」
キメラの大きさは宗也の倍以上だ。まともに力比べしては勝負にならない。
大剣でキメラの攻撃を受け流すようにして、彼はしのいでいる。
「パンダは見かけによらず凶暴というのが通説ですしね」
彼と共に前衛を受け持っているイーリスがつぶやいた。
クロスエリアは遠間から銃撃を繰り返している。
彼女が二丁拳銃なのはダテではない。二連射を活用して手数を増やし、強弾撃によって威力を底上げしていた。
真と沙耶も同じく後衛で、クロスエリアとともに仲間の援護を行っていた。
シャーシャーが参戦していないため、傭兵達は1頭目から5人で対処できる。その事が彼等を優位に導いてくれた。
側面へ回り込んだ宗也が、流し斬りでキメラの首を狙う。
「ごめんなさいは言わないぜ!」
宗也のコンユンクシオがキメラの首に食い込み、その頭部を斬り落とした。
●南南
瞬天速を使ったアキラは、キメラの間合いから容易に逃亡を果たした。
彼女はフォルトゥナ・マヨールーで執拗にキメラの顔面を狙う。どんな生物も抱えている弱点。つまり、キメラの目を狙っていたのだ。
彼女の思惑通り、撃ち出された弾丸がキメラの左目に命中する。
追いついたキメラが爪を立てようとしても、疾風脚を維持している彼女はひらりとかわしてしまう。視界の半分が奪われているのも、攻撃の外れる理由だろう。
反撃しようにも手の届かない敵に、キメラはますます憎悪を募らせた。
それは、アキラにとってむしろありがたい事だと言える。ナンナンの目を引きつける事が彼女の目的なのだから。
ナンナンはアキラとは違う方向から銃撃を受けた。
「次は君の番だよ、偽パンダ♪」
クロスエリアによる宣言。
トントンを始末した仲間達が、次の標的として選んだのはナンナンだった。
キメラも諦めずに戦うが、さすがに数の差を覆すのは難しい。
「なぜパンダ型? もっと違う姿ならやり易いのに」
不満を漏らした沙耶の顔は血の気が引いて真っ青だ。負った傷は活性化で治療済みなので、あくまでも精神的な変調である。
パンダ好きの彼女だから、内心で葛藤を抱えていても仕方がない。
それでも彼女は、自分のすべき事をきちんとわきまえていた。
小銃『S−01』を向けて、目や口内などの急所を狙い撃つ。
怒りに我を忘れているキメラであっても、残る右目の重要性は理解しているのだろう。右手で顔をかばおうとする。
死角へと回り込んでいたアキラは、キメラの隙をついて、急所へエネルギーガンを命中させた。
絶命したナンナンは大きな音と共に地面へ崩れ落ちる。
●北北
キメラを相手に悪戦苦闘している人間がここにいる。ベーオウルフだ。
彼の車を追ってきたのは1頭だけ。ここまではいい。
「これが、ペーペーだったかな?」
確かめようはないが、一番北側にいたのは確かなので、ここはペーペーとしておこう。
彼は試作銃『グロリア改』の銃口をペーペーに向けて引き金を引く。‥‥外れた。
最チャレンジ。‥‥これも外れた。
弾倉が空になるまで行い、全弾外れた。
「駄目だっ! 俺には出来ない!」
己の為すべき事に躊躇してしまうベーオウルフ。
彼は自分の手でパンダキメラを傷つけるという行為にためらいを見せている。
傭兵全てが同じ調子だったら、任務の達成には非常に大きな障害となっていただろう。
だが、幸いというべきか、あくまでも彼は少数派だった。
すでに仲間達はトントンやナンナンを相手に戦端を開いている。
武器を持ち替えた彼は、キメラに向けて屠竜刀を振り下ろした。心理的なブレーキが働いて、その攻撃は非常に浅くなってしまったが‥‥。
それでも、キメラにとっては充分な敵対行動だったらしい。
キメラの反撃にさらされながら、ベーオウルフは寸止めを繰り返す。
「いかんいかん。俺は何をやっている」
なんとか気合いを入れ直そうとするが、あいかわらず寸止めが続いている。
「くそぅ、バグアめ。姑息な真似をする」
攻撃をし損ねてはいても、彼はきちんと仕事をこなしていた。
彼の稼いだ時間によって、すでに2頭のキメラが葬られていたのだ。
ペーペーにとっては残念な事に、たったひとりの甘い敵に、5人の増援が駆けつけた。
●西西
ドドドドドッ!
激しい足音に、数人の傭兵が振り向いた。
滑走路からこちらへ向かってくるのは、最後の1頭だ。
不意の事態に備えていた沙耶が、真っ先に反応する。
「閃光手榴弾を使うわ」
沙耶が注意を促すと、傭兵達はキメラとの間合いを取る。
「OK、いくわよ」
炸裂すると同時に閃光と音が周囲を覆い、2体のキメラは大幅に五感を削がれてしまった。
事前に目と耳をかばっていた傭兵達は、すかさず反撃に転じる。
「あっちは俺に任せてくれ」
もともと、牽制役であった真は竜の翼を使用して、新たに参戦したシャーシャーへ向かう。
キメラの振り下ろした右腕をかわし、彼はスパークマシンαを起動させた。
放たれる電撃はキメラの右腕を集中的に狙っている。
「俺だけで腕の一本くらい。‥‥ってのは高望みかねぇ」
●北北
宗也の両断剣がキメラの頭部に叩きつけられた。傷を負わせた代償として、宗也もまた爪による一撃を受けた。
これまで前衛を受け持っていたために、蓄積されたダメージが大きい。
宗也は一度退くと、自身の細胞を活性化させて治療を行う。
入れ替わりに矢面に立ったのは、手間取っていたはずのベーオウルフだ。
仲間が傷を負わされた事で、ペーペーは確実な敵なのだと彼は認識を改めた。今の彼にとってキメラの姿形はなんら障害とはならない。
容赦なく振り下ろされる大刀。
(「そういえば‥‥。パンダの肉は熊と同じ方法で食すことができるという話を聞きました」)
思いついたイーリスの目に、眼前のキメラは食材としか映らなかった。
彼女は側面に回り込みつつ、足を潰しにかかる。まずは、左足。
動きの鈍ったキメラに遠距離攻撃が集中する。
チャンスと見たベーオウルフは、二つのスキルを同時に発動させた。身を守る時間を与えずに、敵の急所を狙う。
柄を槍のように伸ばした屠竜刀で、彼はキメラの心臓を刺し貫いた。
●西西
危険を減らす為に、真はキメラとの距離を保っていたが、突如としてキメラが突進を図った。
かわせないと察した真は、とっさに竜の鱗を使用する。
それでも、巨体による体当たりは真の体を弾き飛ばした。
追撃を狙うシャーシャーの爪は、瞬天速で飛び込んだベーオウルフに受け止められる。
ペーペーも始末できたため、残りは眼前の1頭のみだ。
傭兵達による集中攻撃。
「処刑人を名乗る気なんざねえが、やらねぇわけにゃいかねぇんでな。‥‥悪く思うなよ」
真が武器を持ち変える。手にしたのは機械剣α、それも2本。
竜の角まで使って知覚を引き上げると、真は両手の機械剣で挑みかかる。
戦力差で圧倒している以上、攻撃で押し切る方が安全だろう。
沙耶は小銃『S−01』のリロードする時間すら惜しんで、クルメタルP−38での攻撃に切り替えた。
重傷を負って膝が崩れると、キメラは四肢でその巨体を支える。
頭部が下がった瞬間に、狙い澄ましたイーリスの一撃。
彼女のベルニクスはキメラの眉間を、いや、その頭蓋を砕いた。
●帰結
アキラが救急セットで負傷者の治療を始めると、エマージェンジーキットを持参していた真も簡易医療キットでそれを手伝った。
治療を終えた沙耶は、パンダキメラに近づいて瞼をそっと閉じてやる。
「おやすみ。次は本当のパンダにでも生まれなさい」
傍らに立つふたりの傭兵が、死体を見ながらぽつりと漏らした。
「熊鍋にしましょうか?」
「パンダの毛皮も欲しいなぁ、絨毯代わりに‥‥」
イーリスとクロスエリアである。
さすがに沙耶とベーオウルフが反対し、ふたりの思いつきは却下されてしまった。
傭兵達は作業終了の報告のため、再び司令官室を訪れた。
廊下を歩きながら、宗也は兵士の反感を敏感に察していた。
(「相手はキメラなのになあ」)
口で説明して納得するくらいなら、傭兵に対してこんな感情を抱かないだろう。
さすがに司令官は傭兵を非難するような言葉は口にしなかった。
だが、傭兵達の方からはクロスエリアがひとつだけ忠告した。
「また可愛いキメラが来ても、甘やかさないよーに!」
それに対して司令官が堂々と答える。
「断る!」
「‥‥は?」
「あんなに可愛いキメラを手にかけるなど我々にはできん!」
「だって、それもきみたちの仕事でしょ?」
「我々の仕事は人類の脅威となる存在の排除だ。被害がなければ無理に殺す必要はない」
断言されてしまった。
可愛いから助けるという価値観は、裏を返せば醜ければ殺してもいいという判断につながる。本人の意図はどうあれ、美醜を基準に生かしたり殺したりするのは、非常に危険な要素を孕んでいた。
このように、人間同士であっても価値観の共有は難しい。
それを思えば、バグアとの戦争が終息するのは、ずいぶん先の事になりそうだった。