●リプレイ本文
●手配
「さて、まいったね」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が困り顔でこぼしたのは、UPC軍へ申請した器材の貸し出しが却下されたためだ。残念ながら、依頼の遂行に『必要な品』とは認めてもらえなかった。
「自分で自作してみるのらー。昔に山で生活してた時はそうしてたのら」
建設的な提案を口にするのは熊王丸 リュノ(
ga9019)。
ホアキンとしても活用する事を前提に申請したのだから、物が無いままでは話にならない。
「自作の難しい物は、現地で調達するしかないね」
そういう事となった。
日常的に行っているキメラ退治に全財産を持ち出す人間がいるはずもなく、一行は所持金だけでやりくりするしかない。
「海の家にある調理器具を貸してくれるってさ。ジュースやビールも安く譲ってもらえる」
交渉を終えたフォルテ・レーン(
gb7364)が報告する。使用するのはキメラ退治後なのだが、早めに手配するに越した事はない。
「倉庫に1つだけスコップがあったぞ。古くさいやつ」
NO.9(
gb4569)が砂浜に突き刺したのは、年季の入った錆だらけの代物だった。
そして、近隣の店へ脚を伸ばした仲間も帰ってくる。
「バーベキュー用の食材も買ってきた」
この点では海の家にストックがなかったため、フィー(
gb6429)とアンジェラ・ディック(
gb3967)が買い込んできたのだ。
「釣具屋に行ってきましたけど、買えたのは釣り糸と釣り針だけです」
価格的に釣り竿までは手が出なかったため、月城 沙耶(
gb7550)が落胆気味に告げる。
「糸だけでもなんとかしてみせるのらー」
あくまでポジティブなリュノ。
「向こうに鉄パイプが転がってたから、使えるかも知れないわ」
アンジェラの情報を受けて、リュノが嬉しそうに頷いた。
「魚屋に頼んで、魚の血やアラを分けて貰った。鮫キメラをおびき出すにはこれが一番だろう」
白鐘剣一郎(
ga0184)が手にしているビニール袋の中には、いささかグロテスクなものが見えている。口を開けたらさぞかし生臭い事だろう。
「近所のスーパーからダンボールをもらってきた」
デカデカと『すいか』なんて書かれたダンボールをホアキンが砂浜に投げ出した。持ち帰り自由だったので、これならば入手はタダである。
こうして、最低限ながらも、彼等は欲しい物を手に入れた。
●準備
「まずは砂浜で罠の準備からだな」
スコップを担いだ剣一郎に、ホアキンが指摘する。
「小さいダンボールしか集まらなかった。大きく掘っても蓋をするのが難しいぞ」
「それなら、片足だけでも落として、動きを止めるのを目的にするか」
「それがよさそうだ」
実戦慣れしているふたりにとって、作戦通りにいかない事も想定内だ。
剣一郎は波打ち際から10mほどの場所に穴を掘り始める。キメラが5匹もいるため、広い範囲をカバーできるよう数をこなす事に重点を置く。
「俺も手伝うよー」
バトルスコップでさくさくと掘り始めたNO.9を見て、剣一郎はいささか羨ましそうだった。
SES搭載武器である向こうと違い、剣一郎の持つスコップは能力者の力に耐えられそうもなく、下手に扱うとポッキリと折れそうなのだ。
アンジェラはダンボールで穴をふさぎ、砂をかけてカモフラージュを手伝った。自分等がひっかからないように、小石を置いて目印にしておく。
残りの面子が即席の釣り竿作りを行い、ようやく準備が整った。
傭兵達が海へ視線を向けると、ほど近い場所に特徴的な五つのヒレが回遊している。
「鮫出没注意、か。確かに、海水浴場には打撃だろう」
金銭的な被害を想像してホアキンが顔をしかめた。
「足を生やした鮫キメラ‥‥。誰だ、こんなキメラを造ったのは?」
呆れ気味の剣一郎。
「初依頼なんだから一人で頑張って。私は手を出さないから。うん、頑張る‥‥」
自分の言葉に自分で頷いた沙耶へ、怪訝そうな視線が向けられた。彼女を励ましたのは、姉の様に彼女を支えている内なる人格の『マイ』であった。
「コールサイン『Dame Angel』、対象キメラを排除してさっさと元の状況に戻すわよ」
己を鼓舞するために、アンジェラは自らコールサインを口にした。
「観念しろ。お前らは俺らに喰‥‥倒されるんだ!」
NO.9の口元からはよだれが垂れており、覚醒によって生み出された棘のオーラや髪が、本人の意欲を示すようにウネウネと踊っている。
「‥‥美味しい鮫料‥‥、鮫退治‥‥」
口にした言葉を、フィーが慌てて言い直した。
「がうー! 鮫のフカヒレは食べるとおいしいって港のおっちゃんに聞いたのら! 退治して食べるのらー!」
リュノは隠そうともしなかった。
動機はどうあれ、傭兵達の戦意は旺盛らしい。
●開戦
まずは撒き餌でキメラをおびき寄せる事からだ。
「いらっしゃ〜い、フカヒレちゃ〜ん♪」
フォルテが魚の内臓をいれた袋に穴を開けて海に投げ入れる。
血の臭いに誘われたのか、フォルテ本人をエサと見たのか、気の早い1匹が上陸してきた。
「‥‥変な形」
フィーがバグアのセンスに疑問を感じる。
「‥‥どこかで見たと思ったら、エリマキトカゲに似てるわ」
アンバランスな身体を2本の脚で支えて走る姿を見て、アンジェラがつぶやいた。
フォルテがうまく誘ってみせると、敵が来るのを待ちかねていた落とし穴が、キメラの片足に食いついた。
もがいているキメラに、反転したフォルテも含め傭兵が殺到して袋だたきにする。
落とし穴の有効性を確認し、安全に1匹目を始末できた。
上々の滑り出しである。
沙耶とリュノとホアキンが即席の釣り竿を握り、釣り針に肉を引っ掛けて海に投じていた。
「エビでタイではなく、牛肉でサメ‥‥か」
ホアキンの口元に皮肉気な笑みが浮かぶ。
最初にあたりが来たのはリュノだ。
小さな身体がバランスを崩しそうになり、剣一郎が駆け寄って一緒に鉄パイプを握る。
「引き込まれるな! 少しでいいから耐えるんだ」
彼は豪力発現を使用して均衡を支える。
「こっちにも来ました!」
沙耶の竿がぐんと引かれ‥‥。
「‥‥逃げられました」
牙に触れたらしく、糸がぷつんと切れてしまったのだ。
一方、リュノの方はなんとか2匹目を波打ち際まで引き上げた。深く刺さった釣り針を外したいのか、キメラがその場で激しくもがいている。
ホアキンのエサに食いつた3匹目は、釣られるのを待たずに彼に向かって駆け出していた。
彼は追ってくるキメラと一定の距離を保持しながら、エネルギーガンで右足を狙い撃つ。さらに、左足が落とし穴を踏み抜いたため、キメラにとっては弱り目に祟り目と言えた。
ホアキンだけでなく、アンジェラとフィーまでもが動けぬ的に銃弾を叩き込んだ。
波打ち際で釣り糸に絡まっているキメラは、剣一郎が機械剣「莫邪宝剣」を突き立て、リュノがクマパンチでボコボコにしていた。
そのキメラをかばうつもりなのか、4匹目が襲いかかった。
リュノは自慢の足でキメラを翻弄するが、このキメラは運がいいのかことごとく落とし穴を回避して走り回った。
フィーとアンジェラが、それぞれ狙撃眼を使ってサメの両足を封じる。
起きあがろうとあがくキメラのエラに、フォルテが『雲隠』を突き刺してグリグリとえぐった。
「まったく、もう、なんて、こんなに、しっつこいのかなぁ!?」
「かわいそうですけど、勝利のためですっ」
沙耶もまたもう片側のエラをつぶす。水中へ逃げ込まれたとしても、これで呼吸する事ができないはずだ。
『‥‥意外に陰湿なんだね』
そんな声が聞こえた気もするが、自分の罪悪感によって生じた気のせいだと思う事にする。
気が散ったせいでキメラに噛みつかれそうになり、彼女は身をかわすのに思わず迅雷を使用してしまった。
それを除けば、大した危険を伴わずに2匹目と4匹目も始末できた。
残りは1体――。
●決戦
どれほど知能が低かろうと、仲間達が次々と討ち取られてしまえばさすがに警戒もするだろう。
釣り餌に見向きもせず、上陸して襲いかかる事もしない。
5匹目は、ただ、海の中を泳いでいる。
彼等はこんな事態を検討していなかった。
キメラは何日でも何ヶ月でもそうしていられるだろうが、傭兵達にはつき合うだけの時間的余裕がない。
キメラが自分の得意なフィールドでこちらを挑発しているように感じられた。そんな思考ができるほど賢いとも思えなかったが。
「やるしかないな」
NO.9の言葉に、
「やるしかないわね」
アンジェラが頷く。
向こうが攻めてこない以上、こちらから出向くしかない。
「こんな事もあろうかと思って‥‥」
ホアキンの担いだ試作型水陸両用アサルトライフルに、周囲から賞賛の言葉が上がった。
8人は敵の土俵でキメラとの対決に挑む。
水中で鮫キメラが牙を剥く。
リュノが拳を突き出すも、途中で進路を変えられて届かない。
沙耶は刹那を用いて薙刀『疾風』を突き立てたものの、牙による反撃を受けてしまう。傷口から流れ出た血が海水と混じった。
5体のキメラの内で、一番力が劣り臆病な個体だからこそ、最後まで残ったはずだ。それでも、水中戦に限れば傭兵達にとって脅威となった。
ただの海中ではなく、足の届く水深だったのは傭兵達にとって幸運と言えるだろう。
Uターンして戻ってくるキメラの鼻面に、ホアキンが試作型水陸両用アサルトライフルの銃弾を撃ち込む。
ざらざらした鮫の肌が、高速で交差したフォルテの肌を削った。
水中で射程距離が減衰した分だけ、アンジェラは相対距離が縮まるのを待ち、引き金を引く。強弾撃と鋭覚狙撃を重ねて使用した銃弾がサメキメラに弾痕を刻んだ。
剣一郎の機械剣『莫邪宝剣』が、傍らを通り過ぎようとしたキメラの皮膚に届く。傷は浅かったものの、縦に長く切り裂く事に成功した。
体表のあちこちから血を噴き出しながら、キメラは旺盛な戦意で傭兵に立ち向かう。
サメの進路上に、槍の『カデンサ』を構えるNO.9がいた。
突進するキメラを前に、彼女は切り札を出すタイミングを図る。
紅蓮衝撃。NO.9は全身に赤いオーラを纏って、とどめとなる一撃を繰り出した。
腹を上にして海に浮かぶキメラに近づき、剣一郎が死亡を確認する。
「5匹‥‥。一応これで報告にあった全てだな」
●平和
負傷者の治療は、ホアキンとアンジェラが持参した救急セットで行った。
戦いそのものはこれで終わりと言っていいだろう。
「さて、もうひと頑張りだな。落とし穴の埋め戻しをしておかないと」
「戦闘の痕跡が残っているのもまずいわね。血の痕には砂をかけたりして隠す必要があるわ」
剣一郎とアンジェラが主導して砂浜の復旧を進める。
海へ流すつもりだった鮫の死骸は、海の家の職員から自治体で保管すると告げられた。
アンジェラやフィーが切り取った残りの身は、やはり料理に使われるらしい。退治した証拠となるし、あわよくば名物にしたいとの事。
ホアキンはその間に、持参した包丁でサメキメラを切り分け、熱湯をかけて皮を剥ぎ、酢の入った湯で軽く茹でてアンモニア臭を抜いたりと、下ごしらえを進めている。
職員から特別の許可をもらい、海に飛び込んだリュノがウニやらアワビやらを捕まえてきた。調理担当はもちろんホアキンだ。
「これでこの場所が見直されると良いが」
剣一郎の言葉に皆が頷き、キレイになった砂浜を満足そうに眺める。
この後は、砂浜が平和になった事を示すために、賑やかに遊んで見せる予定だ。
ホアキンの手によるサメ料理の数々が、働いた彼等を労う。
醤油で味付けされたヒレのつけ焼き。
水溶き片栗粉でとろみをつけたヒレのスープ。
ポン酢を添えた刺身。NO.9の要望で心臓の刺身もある。
「サメのハツはうまいぞ! この刺身を一気喰いだ!」
「フカヒレも負けていない」
そう口にしたのはフィーにしてフィーにあらず。
沙耶の『マイ』と同じように、彼女の中にいる『フィオ』は積極的に発言しなかったため、誰もふたつの人格に気づかなかった。
ふたつの意見を沙耶が総括する。
「どっちも美味しいですねー。あのキメラも、少しはいいところあります」
「ん〜、美味しいわねぇ♪」
満足げなフィーのつぶやき。
素材としての鮫キメラも、調理したホアキンの腕も好評である。
ようやく再開した海の家だったが、今のところ利用するのは傭兵のみだ。
「私はカキ氷をお願いします」
お約束の頭痛に顔をしかめながら、楽しそうな沙耶。
「海に着たからには海の家の飯はぜーったい食っておかないと!」
NO.9とリュノが、ヤキソバやら焼きトウモロコシやらいろいろ買い込んでいる。
「こ、この量は‥‥凄いわねぇ。さっきまでたっぷり食べていたのに」
呆れているフィーに対して、彼女達は澄まして答えた。
「‥‥アレは別腹」
「別腹なのらー!」
栄養補給を終えると、今度はそれを消費する番だ。
「へっへー! 一番乗りー!」
その場で上着を脱ぎ捨てると、NO.9はビキニ姿で海へ駆け込んでいた。
他のメンバーもほとんどが水着に着替えて、再び砂浜に姿を見せる。
緑色のビキニにパレオ巻いてビーチサンダルをはいている沙耶のように、それぞれがお気に入りの水着を持参している。
レンタルで済ませたフィーは少数派だ。サイズが子供用だという点は言及しないのが気づかいというものだろう。
女性陣の水着姿を眺めながら、フォルテはご機嫌でビールを飲んでいる。
成人相手に彼は強引に酒を勧めたものの、つき合ってくれたのはホアキンだけだった。
それも、沙耶がビーチバレーの参加者を募ると去ってしまったため、彼は一人で取り残されてしまう。
「体動かすのは大好きだぞ!」
「リュノもやるのらー! ルールわかんないけど!」
NO.9とリュノが名乗り出ると、さらに賑やかになる。
海の家からビーチチェアを借り出したアンジェラは、迷彩柄のホルターネックビキニを身につけた身体で寝そべっている。
「あら? その背中‥‥」
「アイツラが来たときに、ちょっとね」
背中の傷に目を止めたアンジェラへ、フォルテがためらいがちに応じた。
彼女はそれ以上追求しなかった。
この場にいる人間の中で一番年長な彼女は、痕のあるなしにかかわらず、『傷』を背負っている人間を多く見てきた。
アンジェラは何でもない事のように、意識を切り替えて目をつぶる。
ビーチバレーの喧噪を子守歌に、彼女はうつらうつらと眠りに引き込まれていった。